原作より色々と緩い風鳴家にクリスちゃんが嫁いだ話   作:とりなんこつ

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おまけ的な後日談であります





元ノーブルレッドが風鳴家にお世話になる話

 

一般的な家庭の例に漏れず、風鳴家の朝もそれなりに慌ただしい。

 

「おら、弁当とハンカチは持ったか?」

 

出勤していく弦十郎を、クリスは娘とともに門の前までお見送り。

 

「む…、二人とも寒くないか?」

 

「ちゃんと厚手の産着で包んでるから大丈夫だって」

 

心配顔で言ってくる夫に、クリスは笑い返す。

そんな彼女の腕の中の娘の名は『三琴』という。

名づけ親は風鳴訃堂で、「なんでアンタの一族は名前に数字入れてんだ?」と弦十郎に対して言いはしたものの、クリスとしては満更ではなかった。むしろいい名だと思う。

 

「なら、パパは今日も頑張って仕事してくるぞ」

 

そう言って娘へと手を伸ばす弦十郎の顔つきは、なんと柔和なことか。

その気になれば一撃で東京タワーを木っ端みじんに出来るくせに、そのギャップがクリスにとって微笑ましくて仕方ない。

 

「うッ」

 

不意に弦十郎が眉を寄せた。

 

「ど、どうした?」

 

訊ねるクリスに、

 

「…三琴が指を離してくれないのだ…ッ!」

 

見れば、太い弦十郎の人さし指を、モミジのような小さな手が鷲掴み。

 

「これは、ひょっとして仕事に行かないでくれということだろうか? むむ、ならば、今日は念のために有給をとって…」

 

「あー、はいはい」

 

あっさりとクリスは娘の手を取り上げる。恨めし気な表情になる弦十郎に向かって、

 

「心配せずしっかり働いてこいって。ほら『パパ、頑張ってきて~』」

 

三琴の手をバイバイとばかりに振って見せると、弦十郎は不承不承、本当に不承不承出勤していった。

それでも未練がましく何度も振り返ってくる姿に苦笑していれば、聞きなれた陽気な声が飛んでくる。

 

「おっはよ、クリスちゃん!」

 

立花響が小日向未来を伴ってやってきた。

 

「三琴ちゃんもおはよう! う~ん、今日も可愛いねえ♪ 師匠もメロメロなのもわかるよッ」」

 

白い息を弾ませながら響は笑う。

 

「ちっとばっか行き過ぎな気もするけどな。このままだと乳母日傘(おんばひがさ)になりそうだぜ」

 

苦笑したままクリスは頭を掻く。

 

「へ? ばばあひがさ? なにそれ、美味しいもの?」

 

「…ちったあ勉強しとけ受験生ッ!」

 

クリスに頭を引っ叩かれつつ、わざわざ通学路を遠回りにして彼女たちがこの屋敷へ来たのには理由がある。

 

「おら、迎えがきたぞッ! 準備は出来たかッ?」

 

クリスが呼ぶと、おずおずと門の影から出てくる小柄な姿がある。

リディアン音楽院の冬服を着たエルザだった。

 

「へ、変ではないでありますか…ッ?」

 

制服の裾を摘まんで顔を赤らめるエルザだったが、すかさず響は叫んでいる。

 

「うわ~ッ! エルザちゃん、めちゃくちゃ似合っているよ~!!」

 

「そ、そうでありますか…?」

 

先日、クリスは大丈夫だと何度も太鼓判を押していたが、響の遠慮ない賞賛にようやく受け入れる気になったらしい。

そこに、息を切らせて駆けつけてくる新たな二つの影。

 

「ふー、ヤバかったデス! ギリギリセーフデス!」

 

門の前に到着して額の汗を拭う暁切歌。

 

「セーフかどうかは切ちゃんが判断するのは違うと思う…」

 

遅れて月読調もやってきた。

 

「おう、おまえらもご苦労さん」

 

多少遅刻であるにせよ、わざわざ早起きしてきてくれた二人をクリスは労う。

 

「当然デスッ! なんたって、今日はアタシたちの後輩が入学する日デスからねッ!」

 

 

 

 

 

かのシェム・ハとの決戦を経て一か月余りが経過していた。

紆余曲折を得て、どうにか人間としての身体を手に入れたヴァネッサたち。

全員に家族は存在するものの、エルザは家族の元へと戻るわけにはいかなかった。

とはいえ未成年である彼女を、一人で放り出せるわけもなく。

 

当初はヴァネッサが引き取るか、ミラアルクが自分と一緒に故郷へと連れていくつもりだったらしい。

だが、当のエルザは、日本で暮らすことを希望した。

 

となれば身元引受人を立てなければならないわけで、だからといって普通の一般家庭へ、というのは難しい。

今やホムンクルスの肉体である彼女たちは、咄嗟の体調の変化などへの懸念がある。

S.O.N.G.の庇護下に置かねば行き届かない面も出てくるであろう。

 

そこで、弦十郎とクリスは相談。

いっそ自分たちの養子にするか、と纏まりかけたものの、訃堂が名義を貸すと名乗りを上げた。

いくらなんでも親子にしては歳が近すぎるだろう、と翼からも意見あり。

なので、戸籍上は、エルザは訃堂の末娘という扱いになってた。

弦十郎とクリスにとっては義理の妹ということになる。

 

 

「まあ、そんなしゃっちょこばらなくてもいいからな」

 

エルザの分の弁当を渡しながらクリス。

 

「そうデスよ! わかんないことがあったら、ドーンとアタシたちに訊くデス!」

 

「勉強意外のことだったら、たぶん大丈夫」

 

そういって胸を張る切歌と調に、クリスは苦笑を浮かべる。

 

「そんなんだと、逆におまえらがエルザに教わることになるぞー」

 

クリスが言明した通り、エルザの地頭の良さは相当なものだ。

ここ一か月、シフトの合間を縫ってエルフナインが高校生レベルの学問を教えていたが、砂地に水が染み込むような吸収力を発揮。

だけでなく、錬金術の基礎教養に対しても理解を示したのは、エルフナインも舌を巻いたほど。

 

『エルザさんさえ良ければ、放課後だけでもボクを手伝って貰えませんかッ』

 

その訴えに対し、クリスが返答を保留させていた。

装者でもないエルザには、普通の高校生活を満喫してもらいたいと思っているから。

 

「そ、それじゃ、行ってくるでありますッ」

 

「おう。車に気をつけてなー」

 

切歌と調に挟まれてエルザが歩いて行く。

 

「…そのネコミミのカチューシャ、どこで買ってきたんデス?」

 

「こ、これをしないと落ち着かないのであります。…変でありますか?」

 

「ううん、すごく似合っているけど」

 

三人の会話が聞こえてくる。

娘を抱き直したクリスは微笑ましく見送った。

 

 

 

 

 

 

 

ミラアルクは、つい先日に日本を発って故郷であるオーストリアヘと向かっている。

久しぶりに家族へ会う道程に、護衛として緒川慎次が同行していた。

一個人に対するこの破格の待遇は、弦十郎が強権を発動した結果だ。

 

『彼女は俺の家族の恩人だからな』

 

グラーツ空港へと降り立ち、それから中央駅へ。

市内へと向かい路面電車(トラム)へと乗り込む。

懐かしい街の景色に目を細めるミラアルクだったが、徐々に身体が強張っていく。

「どうしました?」と優しく尋ねる緒川に、彼女は俯き加減でいう。

 

「…ウチの家族は、みんなウチのことを覚えているのかな…?」

 

緒川の柔和な顔が曇る。

ミラアルクはスロバキアへの家族旅行した際、投宿したホテルで彼女のみが拉致されている。

会員制拷問倶楽部で筆舌に尽くしがたい扱いを受けた挙句、パヴァリア光明結社の辺境支部に素体として卸されるという過去を持つ。

エルザと同様の凄惨な過去をミラアルクは中々語りたがらなかったが、聞いたクリスがいの一番にブチ切れている。それがS.O.N.G.のエースたる緒川の派遣へも繋がっていたりする。

 

「…僕は、申し訳ないですが、あなたの家族のことは存じ上げません」

 

周囲を慮って、公用語であるドイツ語で緒川は話しかける。

 

「ですが、あなたにとって大切な家族であるならば、家族の方も、きっとあなたのことを大切に思っていますよ」

 

「………」

 

路面電車を降りて、ミラアルクは路地を抜ける。

足早に公園も駆け抜けて、辿り着いたのは瀟洒な住宅街。

平屋建ての邸宅の郵便受けの名前を確かめ、ミラアルクはおそるおそる玄関先へと立つ。

背後に付き従う緒川を振り返れば、にっこりと微笑まれた。

 

覚悟を決めて呼び鈴を押す。

反応ない。

ドンドンとドアを叩く。

やはり、返事はなかった。

 

不安そうにミラアルクは家の裏手へと回る。

急に視界が開けた。

広い庭には懐かしい手製のブランコ。雨ざらしでくたびれたテーブルとチェア。

そして物干しのところには―――。

 

 

「…Mutter(母さん)?」

 

洗濯籠が転がる。信じられないものを見たかのように母さんと呼ばれた女性は目を見開いて、

 

「…ミラアルク? ミラアルクなんだねッ!」

 

駆けてくる女性。

庭の柵を乗り越えるミラアルク。

勢いよくひしっと抱き合うその姿は、誰が見ても紛れもない親子そのものだ。

 

「生きて、生きていたんだね、私の可愛い娘ッ!」

 

「そ、そうだよ! やっと戻ってこれて…ッ!!」

 

ミラアルクの胸奥から涙と色々な想いがこみ上げてきて声を塞ぐ。

ずっと帰りたいと思っていた。

結社の瓦解後に脱出したときも、真っ先に思い浮かべたのは家族の待つ家。

しかし、伝承の怪物へと改造された身体で戻れるはずもなく。

 

それがいま、人間の身体になって戻ってこられたんだ…ッ!

 

「本当にどこにいってたの、ミラアルクッ!」

 

母親も号泣しながら言葉を紡いでいる。

 

「探して探してずーっと探して! ああ、神さま! わたしの娘と再会させてくださった今日に感謝しますッ!」

 

「そうだ、父さんはッ?」

 

「父さんは今日もスロバキアに行っているよ! 警察に何度もかけあっているのに、知らぬ存ぜぬで…!」

 

「あいたいッ! 父さんにも一刻も早くあいたいよッ!」

 

「ああ、そうだね…」

 

震える母の手が携帯端末を引っ張り出す。泣き笑いをしながらの連絡に、ミラアルク自身の無事を知らせる声も交じる。電話向うの父親の驚きと喜びも伝わってきそうなほどだった。

 

その光景を、少し離れた場所で優しく見つめる緒川がいる。

現代の忍びであるにも関わらず、本来の彼はこういう親子の情愛的なものにはとことん弱かった。

 

ミラアルクの身がパヴァリア光明結社の辺境支部に卸されたという経緯を錬金術師関連と解釈しS.O.N.G.からの派遣という、やや牽強付会な建前で護衛として付き従ってきた緒川。

彼の活躍により、会員制秘密拷問倶楽部はもちろん、それに癒着していた地元警察及び諸々の関係者の芋づる式な摘発、加えてパヴァリア光明結社辺境支部が壊滅の憂き目にあったのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後の一人はというと。

 

「はい、産休に入った川上先生の替わりに本日から来てくださったディオダティ先生です」

 

「ヴァネッサ・ディオダティです。化学を担当させてもらいます。みんな、親しみをこめてお姉ちゃんと呼んでもいいのよ~?」

 

リディアン音楽院の教壇へと立つヴァネッサがいる。

 

パチパチと歓迎の拍手をする寺島詩織の横で、なにやら難しそうに考え込む安藤創世。

そんな彼女は間もなく目をカッと見開くと、

 

「…ヴァネッサ、お姉ちゃん、先生……ヴァサ姉先生ッ!?」

 

「それってモロにアニメみたいだねッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年の瀬の風鳴屋敷には、非常に多くの人が集まっていた。

そこかしこで弾ける笑い声。

繰り返される祝いの挨拶。

そして、元気な元気な赤ん坊の泣き声。

 

「な。来年はもっと騒がしくなるっていったろ?」

 

腕の中で泣く三琴をあやしながら、クリスは弦十郎を見上げる。

 

「正直、ここまで騒がしくなるとは思っていなかったが…」

 

苦笑を浮かべた弦十郎は、珍しく酒杯を一気に空けてから断言する。

 

「だが、決して悪くない騒々しさだ」

 

「だな」

 

夫婦一緒に笑いあっていると、本日もう何度目かも分からない響のお祝いの声。

 

「クリスちゃん、誕生日、おめでとー!」

 

「はいはい、ありがとよ」

 

クリスマスの名残の縞々のとんがり帽に、鼻ヒゲ眼鏡までかけた響の言動は、以前の彼女であれば非常にうざったく感じたことだろう。

しかし、今や余裕をもって相対するクリスのもとへ、今度は風鳴翼がやってくる。

 

「誕生日おめでとう、雪音」

 

そうは言ったものの、翼の視線は三琴へとくぎ付け。

 

「いやはや、女の子の赤ん坊というのは可愛いものだな…ッ」

 

「ちょいと抱っこしてみるか、先輩?」

 

「だ、大丈夫なのか? 私のような粗忽ものが…」

 

そんなことを言いつつも、そっと小さな従姉妹を受け取る翼。

 

「おおおッ! 小さいなッ! 柔らかくてあったかい…ッ!」

 

小学生のような感想を漏らす翼だったが、その目つきも手つきも柔らかいことこの上ない。

しかし間もなく三琴はグズリはじめたため、たちまち返還してくる。

常在戦場の心持ちで己を律しているはずの翼の狼狽ぶりを可笑しく思いつつ、クリスは彼女が手ぶらなことに気づく。

 

「おい、エルザ。悪いが、先輩に何か飲み物をもってきてくれないか?」

 

ちょうど近くにいたエルザに言いつければ、

 

「ガンスッ!」

 

「…ところで、そのガンスってなんなんだ?」

 

「あ、これは了解という意味でわたくしめの口癖なんでありますか…。変でありますか? だったら使わないほうが良いでありますか…?」

 

「いや、うちらの身内にゃあ、普段からデスデスいったり、奔放な言葉遣いをする人もいるからな。問題ないさ」

 

「そうだな、雪音の言葉遣いはなかなかに独特だからな」

 

「そういうアンタの方が大概だよッ!」

 

ぎゃいぎゃいと言い合いをし始める翼とクリスを後目に、エルザはテーブルの方へ。

未使用のグラスに、適当な飲み物を注ごうして―――エルザの手からグラスがこぼれ落ちる。

 

彼女が目を見開いた先。

開け放しの廊下には、とても見知った人間が立っていた。

 

「よッ。久しぶりだゼッ」

 

「ミラアルク…ッ!」

 

どうしたでありますか、とエルザは詰め寄る。

故郷へ戻ったミラアルクは、そのまま家族と一緒に暮らしているはず。

 

「そりゃあアドベントは家族で一緒に楽しく過ごしたゼ? 

 でも、年越しは、こっちの家族と一緒に迎えたいかなと思って…」

 

ややそっぽを向いた格好のミラアルクの耳は真っ赤に染まっている。

そんなミラアルク(家族)の手を掴まえ、エルザは飛び切りの笑顔を浮かべてこういった。

 

「もちろんでありますッ!」

 

そんな二人が手を携えて向かった縁側では、ヴァネッサ(もう一人の家族)が訃堂の杯へと酌をしていた。

二人の姿に気づいたヴァネッサの手元から酒瓶が転げ落ちる。

 

「ミラアルクちゃん…!」

 

かくして再会を喜び合う三人。

そこには、怪物より戻る以前からの絆が燦然と輝いていた。

 

 

それを横目に、訃堂は並々と注がれた酒杯を一気に呷る。

 

見上げる師走の空には月が冴え、世は並べて事もなし。

 

 

 

 

 

 

 

 




元ノーブルレッドをタイトルにしてますが、今作中では一度もノーブルレッドを名乗っていないあたりは不問でオナシャス。

なお、お爺ちゃんは『四六八(しむは)』という名前も考えていたとのこと。

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