原作より色々と緩い風鳴家にクリスちゃんが嫁いだ話 作:とりなんこつ
虐待してみた
「おら、こっちだッ」
訃堂の連れてきた、人だか獣だか分からない真っ黒な娘を、クリスは臆することなく風呂場まで誘う。
有無を言わせず乱暴に衣類を剥ぎ取り、浴室の中へと放りんだ。
間髪入れず、人肌よりやや温い程度の熱湯をシャワーで浴びせる。
「わぷぷ…」
何やら藻掻いている声がするが、クリスは完全に無視。
それから、経口摂取すれば間違いなく人体に有害であろう液体を、プッシュボトルから手にたっぷりと。
クリスが毎晩毎晩薄ら笑いを浮かべながら使っている高級品である。
きっと消化器に吸収されれば劇薬に違いないフローラルな香りのそれを、クリスは目前の少女に満遍なく塗りたくる。
泡立つまで執拗にだ。
全身を泡だるまに拘束しておいて、続いてクリスが持ち出したのは、植物由来の繊維質が剥き出しの何か。
乾燥したまま使用すれば皮膚を傷めつけて苦しめるだろうそれを、クリスはしっかりと熱いお湯にくぐらせる。
そうしておいてから、容赦なく少女の皮膚の上を擦り始めた。
全身をくまなく擦りまくる様は、執念染みたものさえ感じるほど。
この暴虐に、さすがに少女も消耗したらしい。くてっと浴室のタイルの上に横たわる彼女に対して、クリスはまだまだ容赦しない。
泡の拘束を洗い流してやると、今度は人肌より多少熱めの熱湯を湛えた浴槽へ、少女を放り込む。
「!??」
熱いのだろう。悶える少女を、しかしクリスは頭を押さえつけて逃がさない。
それどころか、無慈悲にこう告げている。
「おら、きっちり肩まで浸かって百まで数えろよ?」
凄む瞳は、言外に「勝手に上がったらぶっ殺すからな」と主張しているよう。
そういったくせに、更にじっと浴槽の傍らで監視をしているクリスの行動はなんと形容すればいいのか。
「………」
この暴虐に、少女は口元まで湯につかりぶくぶくと泡を立てている。どうやら観念したらしい。
それを見て取ったクリスは、さっそく尋問を開始。
「なあ? おまえ、名前はなんていうんだ?」
返答はない。
少女の頭の獣耳も力なくうなだれている。
その様子に少しだけ気勢を削がれたクリスだったが、尋問を再開。
「おまえ、父ちゃんや母ちゃんは? 心配してんじゃねえのか?」
すると、少女の耳が一瞬だけピンと立つ。
だが、すぐに肩と一緒に小刻みに震え始めた。
名も知らぬ獣耳の少女は全身を震わせ泣いていた。
これ以上の尋問は諦め、クリスは浴室を後にする。
「なあ。爺様はどこいった?」
リビングへ戻ったクリスは、テレビで映画を流し見している弦十郎へ訊ねた。
「親父ならもう寝たぞ」
言われてクリスは壁掛けの時計へと視線を向ける。
まだ20時を回ったばかり。しかし訃堂の就寝時間は早いのだ。
「マジか。どんな状況で拾ってきたのか訊こうと思ったんだけどな…」
クリスはバリバリと頭を掻いてから弦十郎の顔色を伺う。
「な、なあ? あの子のことだけど…」
今晩、泊めてやっても構わないか? そう最後まで弦十郎は言わせない。
「ああ。全ておまえの好きにして構わないぞ」
「…いいのか?」
「俺の妻が深い情の持主であることは、俺が一番良く知っているからな」
笑う弦十郎。
「…言ってろ」
ぷいっと背を向けたクリスは、頬を赤らめたままキッチンへと向かう。
残り物のご飯を鍋にぶち込み、牛乳と一緒にグツグツと煮立てる。
けれど、熱々の美味しそうなものなど盛りつけない。
しっかりと冷ましてかき回し、わざとご飯粒をぐちゃぐちゃにして消化吸収しやすいよう食感を悪くしたものをあの少女へと与えるのだ。
無慈悲な虐待はまだ終わりそうもない。
学校
「失礼します」
ペコリと一礼してから、クリスはドアを閉める。
生徒指導室の前を立ち去り、しばらく歩いてからようやくふーっと息をつく。
「あ゛゛~、なんか肩が凝った気がするぜ…」
ネクタイを緩めながら伸びをするクリス。
今日、担任教師に、渡すプリントがあるからと直々に呼び出されたわけだが、案の定の本命は、クリスの進路相談だった。
『雪音さんは成績優秀なのですから、女子大への進学を考え直してみては?』
『先生。雪音ではなく風鳴です』
『あ、そうだったわね、ごめんなさい。でも…』
担任教師の言わんとするところは、結婚を機に、進学その他をきっぱりと取りやめたクリスの在り様が疑問らしい。
元々の成績が良いのだから、結婚したとしても進学するべきでは?
これは、夫である弦十郎からも言われていることなので、もはや耳タコである。
クリス本人としては、『歌で世界を救いたい。歌で世界を変えたい』と願っていたことは、誓って本当のことだ。
しかし、キャロルやアダムとの決戦を得て、もう十分に世界を救っているのでは?
そういうと、弦十郎は不承不承ながらも納得してくれた。
だが、真実としてのクリスの本心は、新婚生活を満喫することにある。
失われた家族を再構成する意味もあろう。
好きな男と暮らす幸せもあろう。
そしてそれ以上に、クリスは甘えてみたかった。
心より信じられる相手に、身も心も委ねて、時にはとんでもないワガママも言ってみたり。
そんな他愛もない安穏で平凡な日々を送ってみたいのだ。
(まあ、それに飽きたら、進学してみるのも悪くないかな…)
そんな風に考えながら歩く廊下は人影は少ない。
既に三年生は自由登校になっているから当然だろう。
久々に制服に袖を通したクリスだったが、やはり少々浮かれていたのかも知れない。
用事が済んだらさっさと帰るつもりだったが、その足取りは鈍っている。
実質二年ほどしか在籍していないリディアン音楽院。
そんな短い間だったけれど、そこかしこに思い出の欠片が散らばっていて―――。
「あ、やっぱりいた、クリスちゃーん!」
げ。とクリスは反射的に呻いてしまったが、もう既に何もかもが遅い。
「んん~! クリスちゃん、ひっさしぶり~!」
全力全開で首筋に飛びついて来たのは立花響。
「重いわッ、離せバッカ…!」
藻掻くクリスを、響はますます強く抱きしめて、あげく頬ずりまでしてくる始末。
「もう少しだけッ! クリスちゃん成分を補給させてッ!」
「…響。もうそれくらいにしたら? クリスも嫌がっているじゃない」
底冷えする声で言ってくる小日向未来に、ようやく響もクリスを解放。
遅れてやってきた後輩三人組も挨拶をしてくる。
「クリス先輩。ご無沙汰しています」
と、寺島詩織。
三人組の中で一番良識的で丁寧な物腰の彼女には、クリスをして「ああ、久しぶりだな」と素直に挨拶を返さずにはいられない。
「あ、ナリクリ先輩、オッスオッス」
これは安藤創世。
「…なんだよ、そのナリクリってのは」
「そりゃあ風鳴クリス先輩だから略称ですよ」
「まあ、どうでもいいけどよ…」
げんなりとするクリスに、最後の板場弓美が声をかけてくる。
「しっかし高校在学中に結婚するなんて、先輩はアニメみたいな生き方しているね!」
「おまえ、普段どんなアニメばっか見てるんだ?」
クリスがフリーである以上、響たちに予定がないのならば逃れる術はない。
半ば諦めた表情を浮かべたクリスは、後輩五人に連れられて校舎内のカフェテリアへ。
「はい、クリスちゃん! あったかいもの、わたしのおごりだよー」
笑顔でコーヒーを渡してくる響。
「…ありがとよ」
不承不承受け取るクリスの表情は冴えない。
後輩たちと他愛もないお喋りをするのは嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。
けれど、今のシチュエーションに限って、俎上にのぼる話題と言えば―――。
「で? クリスちゃん、新婚生活はどんな感じ?」
そりゃ来るよな! 絶対に来るよな! クリスは内心で頭を抱えた。
響本人には全く悪気を感じない上に、他の面子も揃って興味津々の瞳をしているのは、そこはかとないプレッシャーである。
「そ、そりゃまあ…。普通だよ」
誤魔化すようにコーヒーに口をつけるクリス。
「夜なんか、もう寝かせて貰えないんじゃない?」
あくまで無邪気な響のこの台詞に、クリスは思わずコーヒーによる毒霧殺法。
「わぷッ!? ひどいよ、クリスちゃん!!」
「ひ、ひどいのはてめえだろ! よりによって、なんちゅう質問を…!!」
「ええ? 違うの?」
未来に渡して貰ったハンカチで顔を拭いながら響は言う。
「師匠とクリスちゃんって、好き合って結婚したんだよね…?」
あくまで真摯な眼差しを向けてくる響に、クリスはぐっと言葉に詰まる。
「…おまえ、本当に真面目に訊いているのか?」
「そりゃもちろん! でも、クリスちゃんは真面目に答えてくれないんだ?」
「………」
クリスは混乱する。
以前の彼女であれが、「そういう質問は家でやれ」と声を掠れさせながら斬り捨てただろう。
しかしながら、今の彼女は結婚している。
人妻である。大人である。
そして後輩たちも、いずれは誰かと巡り合い、結婚するだろう。
そういう意味においては、自分は連中にとっての人生の先輩ではないのか?
その上で、将来の結婚生活を念頭に置いた質問であるならば、これには真摯に答えなければなるまい。
「…そりゃあまあ、な。足腰立たなくされちまって、朝になっても起きれなくてさ。そういうときに限って、目ぇ覚ますとしっかりご飯作ってくれたりして…」
あくまで冷静を装いながら答えるクリス。
それからおずおずと周囲を見回すと、
「………」
寺島詩織と小日向未来は顔を赤くして揃って絶句。
「…わーお」
安藤創世と板場弓美は、異口同音に呟いて頬を真っ赤に染めている。
ここで彼女らに同調して顔を赤くしては負けだ。
そう心に定めたクリスは、響に対してグッと胸を張る。
どうだ、この答えで満足か?
無言でそう告げるクリスに対し、響はうんうんと納得気に何度もうなずいて、
「だよね~。師匠の映画好きは有名だからねッ!」
「…は?」
「クリスちゃんも毎晩毎晩おそくまで一緒に映画見るの、大変だなあ~」
「お、おおうッ!?」
「…あれ? 違うの? 映画の話だよね?」
「おおッ! そうだぞ、映画の話だぞぉッ!?」
半ば叫びながらクリスは周囲を見回す。
だが、揃って気恥ずかし気に視線を逸らす後輩たち。
この反応に、クリスの顔は発火しそうなほど赤く染まっていく。
結果、一人でますますきょとんとした表情を浮かべる響。
そしてクリスの「映画だ、映画の話なんだ…ッ!」という悲鳴にも近い声が、延々とカフェテリア内にこだましたそうな。
捕まえた
草木も眠る丑三つ時―――。
風鳴屋敷の上に、傾きかけた月が浮かぶ。その中心に浮かぶ異形のシルエット。
少女らしき外観の背中に生えているものは、どうみても蝙蝠のものだ。
「どうやらここにいるみたいだぜ…ッ!」
呟いた少女は、夜露を含んだ中庭へ降り立つ。
鋭敏な感覚を解放し、周囲の気配を探るが、どうも釈然としない。
これは、そろそろ稀血を補充しないといけない時期かも。
となれば、条件はアイツも一緒だ。
一刻も早く見つけてやるぜ!
焦りを抑え込み、異形の羽をもつ少女は、開け放しの縁側から廊下へと上がり込む。
かなり大きな造りの屋敷だ。
気配が読めないのは先ほども言った通りだが、監禁するにしろ閉じ込めておくにしろ、一番奥深い場所へ置くのが定石だろう。
なので、音もなく廊下の奥を目指して少女が足を踏み出した瞬間―――。
「ここでなにをしておる?」
いきなりかけられた誰何の声。
振り向いた先にいるのは白い総髪の巨漢。
全く気配を感じなかった尋常ではない出現に、少女は全力で庭へと飛び出す。
そのまま宙へ羽ばたけば、空は彼女にとっての無限の逃走経路。
仕方ないけどここは一旦引くぜ…!
そう決めて、少女が夜空へ羽を広げた時だった。
「遅い」
スパン! という軽快なスナップ音に続き、彼女は庭草の上へと墜落していた。
一体何が起こったのか?
眼を回してしまった少女が状態を起こしてみれば、巨漢がこちらに迫ってくる。
巨漢の手に引っさげられたハエ叩きに色々と思うところがあったが、ここで捕まるわけにはいかない!
「オープンバットだぜッ!」
巨漢の手が届く寸前、彼女は力を解放。
全身を何十もの蝙蝠へと分裂させ、その一体でも生き残ればそこから全身を再生することも可能。
回避技であり逃走術としても申し分ない秘中の秘だ。
「ぬうッ!?」
これには巨漢も面食らった気配。
あざ笑うような羽ばたきを残して、蝙蝠へと分裂した少女が散々に逃げようとした先。
不意に巨大な手が出現していた。
それも一つだけではない。
無数にさえ見える手の数は、そのまま神速で動いていることを意味する。
「なあッ!?」
何十にも分裂した意識が、強制的に搔き集められていく。
飛び去ろうとした蝙蝠を両手いっぱいに抱えた巨漢は、そのまま自分が着ていた丹前を脱ぐ。
それで蝙蝠を包んで帯びで一絡げにし、軒下へと吊るした。
どのような結び方をしたのか、蝙蝠は暴れるも帯は決して解けようとしない。
それから、まるで何事もなかったかのように身を翻して日課である朝の散歩に赴いた巨漢は、もちろん風鳴訃堂だった。
翌朝、トイレに起きてきたクリスは、丹前に包まれてぐったりとした少女が軒下にぶら下げられているのを発見して腰を抜かすことになる。