回帰する英雄   作:瓶ラムネ

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回帰する現実

守りたかった。

世界を、祖国を、そこに住む人々を。何より掛け替えのない大事な仲間たちを。

ただ、平和な日常を、穏やかに暮らす人々の生活を守りたかった。

そんなささやかな願いを抱いて戦った。

 

──世界が、悪意と狂気に満ちていく。

 

眼下に広がる世界は今や漆黒のモヤに包まれ、崩れ落ちかかっている。

濁流に飲み込まれるように漆黒の悪意と狂気が伝染し、エレボニアを、いや世界中を蹂躙して行く。

 

背後には仲間たちの屍が積み上がり、今なお彼──イシュメルガ──に立ち向かっているのは自分だけだ。

それも、もう、どうやら難しい。

 

どうしてこうなってしまったんだろう、とは()()()()

 

俺たちは明日を夢見るただの子供で、仲間たちと一緒ならなんとかなると無邪気にも信じていた。

心から信じあった仲間たちとなら、奇跡すら起こし、目の前に君臨する諸悪の根源を打倒しうる。

そう、どこか勝って当然と言う気持ちを持ちながら、その場の勢いのまま至極当然のように彼に戦いを挑んだ。

 

その結果がこのザマだ。

 

諸悪の根源が、何故(なにゆえ)諸悪の根源と言われているのかすら忘れ、続々と集結した数多くの仲間たちを見て無邪気にも絶対に勝てると信じ込んだ無様な負け犬。

それが俺、リィン・シュバルツァーと言う男だ。

 

帝国の英雄、守護神、灰の剣聖──

数々の美麗字句で褒め称えられ、国民の期待を一身に受けた男の、その最後の仕事が世界を滅亡させる邪神に無様に敗北することとは、物語なら皮肉が効きすぎている。

まぁ、父の期待にも、我々を信じて後を託してくれた鋼の聖女にも、後方で我々を信じて待つ仲間たちの期待にも応えることが出来なかった自分には、もはやどうしようもないのだが。

 

漆黒の狂気を全世界にばらまく敵、帝国の不倶戴天の敵であるイシュメルガがこちらに手を(かざ)す。

彼の表情はこんな時でも怒りと苦悶に満ち溢れ、無様に這いつくばる虫の一匹を適当に蹴散らそうと言う物。もはやこちらを敵とすら認識していない。

 

莫大な虚無のエネルギーがその掌に収束し、世界すら滅せる一撃が放たれる。

 

 

──そして俺、リィン・シュバルツァーの意識は永遠に途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い微睡から覚醒した脳が熱を持ち、急激に視界が開ける。

 

──俺は…ッ!

 

バッと目蓋を開き、周囲を見渡すと()()()()トリスタの風景。

つい先ほどまで立っていた黒の騎神イシュメルガが作り上げた機動要塞ではない。

 

ライノの花弁が舞い散り、あちこちで新入生らしき()()()()()()()()()()が学院へと足を向けている。

 

平和な光景、しかしリィンの意識とは大きな齟齬が発生する景色だった。

 

──ドンッ!

 

茫然と立ち尽くし、どこか懐かしい衝撃に背中を叩かれる。

振り返ると、彼女。

 

艶やかで美しい金髪を靡かせた、どこかあどけなさの残る少女。

 

自分は、その少女を知っている。

 

アリサ、ラインフォルト。

エレボニアの皇族のシンボルカラーである緋色の制服を纏った彼女、彼女が自分との接触で転んでいる光景に眩暈(めまい)を覚える。

 

急速に冷えて行く体が脳にここがトリスタの街の、駅の出入り口だと言うことを理解させて行く。

いった〜いなどとどこか馬鹿っぽく無邪気な声を上げる彼女の懐かしい姿にどんどんと心臓が早鐘を打つ。

 

自分は夢を見ているのだろうか。

だが、突然のことで鋭敏になった自分の肉体の知覚は、そうは言っていない。

 

ライノの花弁が美しく舞い散る光景も、入学式当日のどこか騒がしいトールズの喧騒も、花屋から香る少し甘い匂いも、トールズを吹き抜ける清涼な風も。これが現実だとリィンの肉体に明確に叩きつけてくる。

 

これほどまでに違和感のない幻覚を見せることなど、出来はしないだろう。そう心から信じてしまうほどの風景。

 

記憶の中にあった光景をなぞる様に彼女に手を差し出し、引っ張り上げる。

 

何を話したのか、自分でも覚えていないのに体が勝手に言葉を紡いでいく。

自分は今、どんな顔をしているのだろうか。彼女の綻ぶ様な笑顔を見れば多分、そう変な顔はしていないのだろう。

大人になって身に付けたポーカーフェイスが知らずの間に上達していたことにほっと一息つく。

 

しかし、やはりここは1204年の春。トールズに入学した時分なのだと、改めて彼女との会話でわからせられる。

"そんなわけないだろう"と思う自分と、これはチャンスだと思う自分が心の中で反発し合う。

 

だから、アリサに手を掴んで引っ張り上げて笑顔で別れてからも、リィンは一人でトリスタの街を見回ってこの不可思議な現象に頭を悩ませる。

 

この世界には不思議がいっぱいある。

自分の知らない世界の真実など、もう何度も何度も目の当たりにしては驚愕に表情を歪ませてきたものだ。

 

だが、それでも。これは、これだけはどう言うことなのだ!と煩悶せざるにはいられない。

 

体にはなんの外傷もない。

だが、イシュメルガとの激闘で負った傷も、最後の最後に放たれ自分の肉体が消し飛ばされて行く感覚も全て、色鮮やかに残っている。

 

彼に戦いを挑んで無様に散った愚か者がもう一度やり直しのチャンスを貰える?

そんな都合の良いことがあるわけがないだろう。

 

そんな都合の良いチャンスが与えられるのであれば、もっとふさわしい存在がいるはずだ。

こんな能天気に、馬鹿みたいに戦いを挑んで死んだ愚か者よりもずっと。

 

それこそ鋼の聖女がお似合いだ、なんなら最悪ルーファス卿でも良い。

 

少なくとも彼らの方がまだ自分よりも優れている。

腕っぷしの強さじゃない。何がなんでもどんな手を使ってでもイシュメルガに勝つと言う決意。

それが自分たちには圧倒的に足りず、それが故に慢心を生んだ。

 

彼らなら最後の最後まで慢心などしないだろう。

まぁルーファス卿に任せるくらいなら鋼の聖女に任せたいところだが。

 

しかし、どんどんと思考の袋小路に迷いながらも足は迷いなく進んだ。

 

トリスタの街まで出てくるまでに買った缶ジュースの空き缶を、気功を用いて針金状の物体に変形させてピッキングする。

古くなった錠前を外し、堂々と真正面から侵入する。

 

気配はしない。だが、真下にその存在を感じとる。

長年の契約によるリンクが今なお生きているのか、それとも相棒と認めて一緒に戦った相手だからか、この世界でも契約者候補とされているからなのか。

 

理由はわからない。それでも感じとった。

 

懐かしい、昔戦いの最中に折れてしまった昔の相棒の太刀。

入学祝いと言って師匠が送ってきた物だ。

 

引き抜くと流れる様に美しい波紋がきらりと頼もしい光を反射する。

 

この世界がどんな世界かなどわからない。

しかし、最後まで一緒に戦った相棒に会えば何か進展するかもしれない。

 

ダンジョンに巣食う魔獣を一刀の元に切り伏せ、足早に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下1層、2層、3層、4層、5層、6層、そして7層。

 

かつてあれほど苦戦し、クラスの仲間全員の力を集結させて倒した相手。

幻想の黒の騎神を打倒する。

 

名前はロア・エレボニウスとか言ったか。

 

今思えば()()()()()()()()()とは、笑わせてくれる。

直訳すると「エレボニアの言い伝え」。こんなところにも黒の騎神のヒントが残されていたとは、当時ふーんくらいに流していた自分たちが今思えば本当に滑稽だ。

 

何事にも疑念を覚えること。嘘と過大解釈と謙譲と卑下で溢れるこの世界の真の姿をみるには、常に疑い続けなければならない。

そう、師匠に言われ続けた教えを、やはり自分はどこか軽んじていたらしい。

仲間たちにはリィンは素直すぎる、なんて褒められる性格。世界を救えないでいて素直さなどなんの意味があろうか。

 

自分が甘く能天気で自分の手が悪事を働くことを許せない。そう言う性格だと言うのはもうわかっている。

世界大戦となった相克は元より、内戦でもそうだった。

人斬りを忌避し、ずっと一緒にいた仲間と敵対することを嫌い、軍にも貴族にも敵対しない第三の道などと(のたま)って逃げた。

しかも最後の最後は正規軍と事実上手を組んでの皇城攻略。とんだ日和見の蝙蝠野郎だ。

 

逃げて逃げて綺麗事だけを振りかざして生きて、最後の最後がアレ。

 

今こうやってロア・エレボニウスと言う名の黒の騎神の似姿を斬って捨てているのが空虚に思える。

 

現実は御伽噺の様にハッピーエンドになるとは限らない。

そんな事百も承知といいながら、どこか自分たちは特別だと言う傲りが心のどこかにはあった。

 

そう、暗く淀んだ思考。

 

だから、懐かしい声が掛かった時に反応が遅れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今代の契約者を確認。起動。』

 

『我が名前は灰の騎神ヴァリマール。』

 

『上階の試しを突破した主を我が起動者として認める。』

 

──あぁ、本当に戻ってきたんだな。

 

そう、腑に落ちる感覚。

何も。そう何も疑念を覚えることなくこちらに()()()()()と声をかける彼に、ついにリィンは現状を受け入れざるを得なくなる。

 

どんな時でも一緒に戦ってきた相棒。いつだって自分がピンチの時には助け、道を示してくれた相棒。

彼との永劫と誓った絆が失われていることがはっきりと叩きつけられる。

 

カチリとピースが嵌まり、ここが現実なのだと脳が、心がようやく認める。

彼がそう言ったのなら、そうなのだろう。

 

そう心底から浮かんでいた疑念が消し飛ぶくらいには彼を信用していたのだ。

 

2,3言葉を交わして今後ともよろしくと言葉を交わして逃げる様に外に飛び出る。

 

たった一人、誰も自分を覚えていない世界に放り出されて一人ぼっちになった感覚。

あまり長いこと彼と話していたら、彼に全てをぶちまけてしまいそうだった。

 

そんな無様は晒せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧校舎の扉をバンと開け放って、逃げる様に外に飛び出ようとした瞬間、自分に向かって攻撃が放たれる。

導力銃による攻撃だ。

 

とっさに太刀を振るって弾き飛ばし、下手人の首筋に太刀を当てて顔を確認する。

 

 

──空気が死んだ様に急速に冷凍されていく。

 

 

下手人と思った相手はサラ教官だった。

 

「……リィン・シュバルツァーくん。入学式をすっぽかして貴方は何をしていたのかしら?良ければお姉さんに教えてくれないかしら?」

 

ビキビキと額に青筋を当てて烈火のごとく怒る彼女に、後方ではあちゃーみたいな顔をしているかつての同級生たち。

マキアスやラウラなどは入学式初っ端からサボった不真面目な学生をみて憤懣やるかたないと言う様相。

 

こう言う時の対処法だけは自分は随分と詳しく知っている。

 

太刀を鞘にしまい、サラ教官がブレードを構えた腕を捻り抑えた左手を離し、丁寧にゆっくりと距離を離す。

太刀を地面に置いて土下座という名前の五体投地する。

 

修羅場を何度も潜り抜けた歴戦の戦士による土下座。

 

その見事な土下座はしかし、サラ教官には通用しなかった。

 

 

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