五体投地してなんとかそれっぽい理由を話して許してもらってもなお、サラ教官にいびられ続けた自分は、当初の予定通り旧校舎地下のダンジョンに放り込まれていた。
ユーシス、マキアスの2人は喧嘩別れの様にいなくなり、ラウラとエマ、アリサは女性陣だけで行くことにするわと言って居なくなった。フィーは当然の様に霞の様に消えている。
残されたのは男子3人である俺とエリオットとガイウス。
前回と全く同じ構図だ。
だが、構図は同じでも自分というイレギュラーが混じっている。
たかが旧校舎1階の魔獣如きに遅れを取るわけがない。
太刀を振るう。
肉体はやはり17歳当時のものだ。まだまだ未熟で鍛錬の足りない肉体。
しかし、その体に宿るのは曲がりなりにも剣聖という一つの頂に至った武術家。気の運用はお手の物で、それが自分のかつての肉体だとしてもそれは変わらなかった。
だからどんどんと破竹の勢いで先に進んだメンツを追い越して行った。
こちらを入学式をサボった不届きものと思っていた彼らが、驚いてこちらを信じられないものを見る様に見るのは非常に申し訳ないが、こちらは2年後から来ているのだ。
この程度のダンジョンに湧く魔獣に遅れを取ろうはずもない。
そして手を抜く意味もない。
一刀のもとに全ての魔獣を切り捨てる。
視界に入った瞬間には切り捨てられる魔獣たちに全員が驚愕し、何度もこちらを信じられない瞳で見つめては魔獣の死体へと視線を行き来させる。
両断され、臓物をぶちまけられた魔獣たちがセピスをばら撒くがそれを回収する気も起きない。
追い越されるくらいならと合流し、お手並み拝見と言う彼らには悪いが、こんな面倒なことに時間を割いている余裕は自分にはない。
さっさと寮に戻って今後のことを考えたいのだ。
何せ今から逆算しても残っている時間は後わずか2年あまり。
あまりにも短い。もう何度も戻ってくると言う奇跡が起きるとも思えない。
そうであれば、本当に後2年。
その短い時間の間に彼らと真っ向から対抗して勝つための方策を考えなければならないのだ。
絶対的に、圧倒的に時間が足りない。
こんなことに時間を使っている場合ではないと言う感覚がどんどんとリィンの足を早める。
だから、最後の最後くらい全員であの強大な敵に立ち向かおうと言う声をあげた彼女にイラついたし、その程度の雑魚にわざわざ一緒に戦おうなんて馬鹿じゃないのかと言う感情が首をもたげた。
目の前には大きな部屋。
いつかの日に見た最後の関門。
部屋の中心にはガーゴイルが我々を通さないと言う様に立ち塞がっている。
あの巨大な敵は自分が倒したいと、こちらを見て肩を回す彼ら彼女らに白い視線を向ける。
心の底からそんなことをやっている時間がもったいないと思った。
頭を振るって悪い方向に流れる思考を打ち切る。
あの厳しい相克を勝ち抜けたのは仲間の助けがあったから、それを忘れてはいけない。
謙虚さと仲間を大事に思う心だけは忘れてはいけない。
リィンは黙って見ていてくれと駆け出す彼女たちを自分はどんな瞳で見ているのだろうか、そう思いを馳せる。
今鏡を見たら絶対に濁った瞳を浮かばせているだろうことはわかる。彼女たちが純真な人間だから騙せていると言うだけだ。
──どうせ彼女たちはガーゴイルにすぐに敗北する。
そこをさっさと救出しながらガーゴイルの首を吹き飛ばして仕舞いだ。
さっさと負けてくれないかな、そうリィンは思いながら彼女たちの奮闘を眺めていた。
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そいつを最初に見た時は入学早々から不真面目な奴だな、くらいにしか思っていなかった。
自分に突っかかってくる
他にも異国風の男やらどこぞの令嬢の様な風格を見せる女に
旧校舎と言う古く寂れた場所に集められた我々は本当に多種多様で、ここに我々をわざわざ集めさせた人間は何を思っているのか意図が全く読めない。
そんな空間にあって、奴だけは本当に異質だった。
全員が異質じゃないのかと言えば、それはもう異質というしかないが、それでも全員がなんだかんだ学生と言うカテゴリーに収まる。それはおそらく自分もそうだろう。
だが、奴だけは飢えた餓狼の様な瞳を爛々と輝かせ、そのくせ表情だけは穏やかな笑顔をみせるこの男だけは、やはりこの空間にあって特別に異質と言わざるを得ない。
ここで奴の異常性に気付いているのはおそらく自分だけだろう。いや、その異常すぎる戦闘力には気付いているだろうが、こと人間性と言う話についてだ。
貴族社会と言う伏魔殿で鍛え上げられた自分だからこそ見抜けた、そう確信する。
これが自分の傲りなのかどうなのかはわからないが、 さりとて奴が異常な人間であると言うことだけは確かだろう。
奴の剣の腕はそれこそ帝国最高峰の黄金の羅刹やら雷神やら剣匠やらに比肩しうる、そう確信させられる武芸の腕。
少なくとも自分とは比べ物にならず、達人級と言われる正規軍のほんの一部の精鋭達よりも明らかに強いことが見て取れる。
見たこともない太刀とか言う武器を使う奴が、彼ら帝国最大の武術家たちと同格?こんな名前も初めて聞いた様な奴が?
その異常性に気付いているのは果たして何人いるのやら。
武力とは本来ひけらかしてナンボだ。
自分はこれだけの力を持っている、そのことをことさらにアピールし、戦わずして敵の戦闘心を削ぐ。
それが出来るほどの人間というのが少ないだけで、本来であればこれほどの武術家が在野に眠っているなど国家としてあってはならない話だ。
俺がもっと前からこいつを知っていたら、とうの昔にアルバレアの家臣に推挙するなり、国家にツテを頼って推挙するなりしていた。
それほどの武芸の腕。
そして、その本人ときたら腹芸もまぁまぁに出来るときた。
これほどの人材を眠らせて置くなどあり得ないのだ。
それが
あの辺境の片田舎、温泉くらいしか取り柄のない場所を治める、それでも貴族のあの?
確かにかの家は社交界でも顔も見ない家だが、それでも皇家にもツテのある歴史ある家だ。
まごうことなき、
この帝国でも片手で数えれるほどしか居ない極致に至った武人を貴族が放置しておく?
そんなことはあり得ない。
いかにかの家が閉鎖的であろうと、国に恩を売っておけば補助金が出たりするだろうし、そうでなくても名誉なことだ。
名誉は金になる。辺境領主なら、そんな金になる木を放置するとは思えない。
絶対に、そんなことはあり得ないと確信を持って言える。
万が一、億が一にミラクルが起きてシュバルツァー家が彼を隠そうと思っても、これほどの武人を隠そうと思って隠せるとも思えない。
そう、あり得ないのだ。
あり得ないことが目の前で起こっていると思うと、やはりどうにも奴の腹の中が探りたいと思ってしまう。
ラウラとかいう女が馬鹿みたいに最奥の巨龍を我々だけで倒すと張り切る姿、その姿に辟易とする。
チラと横目で見るとリィンと名乗った奴は明らかに白けた視線を向けていた。
目が語る。どうせお前らじゃ勝てない、と。
その瞳には遺憾ながら自分もそうなのだろうな、と思う。
これほどの腕をもつ武人の見立てが外れるとも思えない。
これからこの馬鹿共と敗戦必死の戦いに駆り出されるかと思うと正直憂鬱だった。
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「じゃ、解散。明日からはきちんと時間通り学校に来るのよ!」
サラ教官がこちらを睨みつけながらホームルームを終わらせる。
ホームルーム中もこの後の動きをどうするかで思案中だった自分は苦笑いしかできない。
懐かしの同級生たちには悪いが、秒速で、それこそ今退出しようとしているサラ教官を追い抜く速さで即座に帰宅の途に着く。
何人かが話しかけてこようとしていたのは気付いていたが、そんなことに頓着している場合でも余裕もなかった。
忠告もどこふく風で走り去る自分に、サラ教官のガチギレしている顔は非常に恐ろしかったがまぁ、それも仕方がない。
行動指針はいくつかホームルーム中に立てた。
手元のノートに書いたやることリストは以下の通りだ。
1: イシュメルガの呪いの分析
2: イシュメルガの呪いの解呪方法の発見
3: 剣と騎神操縦の修行
4: 世界各地にある遺跡の再調査。
ざっくりとした指標。だが、そう大外しはしていまい。
そしてある程度世界の真実がわかっている自分をして、これだけ足りていないというのが本当にもどかしい。
しかもイシュメルガ関係は自分では調査しようにも知識が足りなさすぎてどうにもならない。
自分でも勉強はする。しかし、数百年もの間を生きる魔女をして解呪方法がわからないというのだから、お手上げに近い。
何かないかを模索する。その時間すら無い。
忸怩たる思いを舌打ちと共に道端に吐き捨てながら分け身を発動する。
持ちうる全ての気力をぶち込んだ全力の分け身十体。
彼らに帝国中の遺跡の再調査を命じ、自分はこの若く未熟な肉体を強化しにかかる。
運命の日になんとしてでも間に合わせる。そう自分を戒める。
運命の日までわずか2年と少しばかりだ。その間で何ができようか。
失敗した自分に今度こそうまく出来るなどという自信は無い。
だが、泣き言を吐いている暇があれば、行動するしか無い。
足掻いてもがいて無様に転げ回った先に、輝く未来がある。そう信じて進むしかないのだ。
何より、もうあんな光景はごめんだった。