リィン・シュバルツァーは不真面目な学生だ。
そう誰もが口を揃えていうだろう。
選ばれし7組というクラスにあって授業をろくすっぽ聞かず、自己に埋没するかの様に上の空で何事かを思案する姿。
フィーという女学生もまた不真面目だが、こちらは爆睡。
寝てるよりは起きている方がマシと言えばまぁその通りかも知れないが、明らかな上の空の様子のリィン・シュバルツァーという男、こいつはこいつで不真面目だ、そう誰もが思う。
しかもどの先生も彼を見かねて注意するために問題を解かせてみればあっさりと回答され、さらに自分が後から補足しようとしていた内容まで言われ面目を潰される。
だからどの教師も煩くは注意できず、さりとて無視もできない。そんな学生。
優秀なのは認める。その卓越した武芸の腕がおそらくどの教師よりも学生よりも上回り、教師陣の教えがなくとも既に知っている内容だというのも認める。
だが、それでも納得がいくかと言えばそうでは無い。それが人間という生き物だった。
特に教師陣はまだしも、同じクラスの一部の学生たちはリィンのその様子に憤懣し、もっと真面目に授業を受けろと圧をかける。
隣でもっと不真面目な様子のフィーに文句を言わず、リィンに文句をつけるというのがなんとも不可解ではある光景だが、さりとて小さな少女に怒りづらいという感情もわからなくは無い。
だが、彼らがどれだけの言葉を重ねようともリィンは取り合わない。
真面目に授業を受けているの一点張り。
ラウラなどリィンに一騎討ちを挑んではまるで歯牙にも掛けられずその価値なしと言われ、怒髪天をつく有様。
普段はこれだから貴族は!と言うマキアスをして、彼、リィンの拾われた親なし子と言う境遇を考えれば貴族のくせにとは言いづらいのも事実。
そして、別にコミュニケーションが取れないわけでは無いと言うのもまた一面の事実だった。
普通に、穏当に、彼に話しかけるエリオットやユーシス、ガイウスにアリサにフィー。
彼は彼、自分は自分、ときちんと線引きして話しかける相手には誠実に話を返す。そもそも彼らの脳内では隣にもっと不真面目な学生がいるだろうと言う思考があったと言うのもある。
特にラウラのせいであの日死にかけ、命の危機に瀕した面々を助けたのは彼だと言う意識があったのも強い。
だからこそクラスの大概の面々は彼に
ラウラとマキアスに突き上げを食らい、だからこそ教室で非常に浮きながらもまだ破局には至らず、さりとて問題がないわけでも無い生徒。そんな立ち位置に彼は居た。
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「リィン・シュバルツァー、彼をどのチームに配分するか。それが問題です。」
トールズ士官学院大会議室に居並ぶ面々を前にして重々しく口を開くサラ。
どこか楽観的に見ていた中で非常に面倒なことになっているクラスの状態を
正面に並ぶのは学園の理事たち。
こちら側は学院長のヴァンダイクにハインリッヒ教頭、トマス教官、ナイトハルト教官、ベアトリクス教官、そしてサラ。
自分のクラスの子供すらまともに管理できないのかと言う理事たちの鋭い視線が突き刺さり、サラは早く家に帰ってビールを飲みたい気分だった。
既にマキアスとユーシス、ラウラとフィーと言う特大の爆弾と言う話は既にしてある。
そこにさらにもう一つ爆弾が隠されていたと言うのは、帝国を代表する権力者でもある理事たちを持ってして面倒極まりない厄介ごとの種だ。
特に彼、リィン・シュバルツァーを
故郷のユミルでは多少屈折しつつも極々普通の域を出ない程度の少年だった彼が、トールズに来てから激変している?
それは、あまりにも興味を引く事象だった。
だからこそ先ほどまで
そしてそれは彼の実力をまとめた資料を見せられている理事たちもまた同じだ。
まさか、太刀を用いた東方の武術、八葉一刀流のおそらくは皆伝者。
ようは剣聖が学生として混じっているなど、寝耳に水も良いところだった。
八葉一刀流と言えば別に武術に精通しているわけでも無い自分でも名前を多少は聞くことのある名の知れた武術。
リベールの英雄カシウス・ブライト、クロスベルの風の剣聖アリオス・マクレイン、彼らと同格の武芸者がこの学院の一年生として入学してきている?
そんなことはあり得ないだろうとも思うし、こんなことをかの戦神と謳われたヴァンダイク学院長が大真面目に報告しているなど、おかしすぎて何かのギャグだとすら思う。
しかし、事が本当であれば非常に重要な意味をもつ。
剣聖級と言うのは、それだけ非常に意味のあるものなのだ。
単機で要塞をすら落とす事ができる人形の戦略兵器。
ただの一振りで数十体数百体の人間をいっぺんに屠り、ただの一歩で音速をも超えたスピードを叩き出す生き物。
それが理の地平に足を踏み入れた武人と言うものだ。
彼がどこかの派閥に与したらそれこそ今なんとか保たれている均衡が崩れかねない。
なればこそ、彼がそんな存在だとは認めることが出来なかった。
無視する。
彼がどれほどまでに強くても、どれほどまでに本来重要な存在であったとしても。今は無視する。
今このタイミングで表に出てこられては困る。そう思い、冷静で理知的な理事の面々はこの報告書をなかったことにした。
──
だから硬く口を閉ざした彼らは穏便に、波風を立てないように彼、リィン・シュバルツァーをサラ教官が出してきた素案通りケルディック行きで可決させた。