「リィン!あなた絶対に向こうで騒ぎを起こすんじゃないわよ!!?」
太い太い釘を刺すように注意するサラ教官。その瞳は常にないくらいに真剣だ。
彼女に心配されるだけの態度をとってきていたのは本当のことで、彼女の心配もわかるつもりだ。
隣の明らかに崩壊の兆しが見えているB班はこちらよりも、もっと太い釘が刺されているわけだし。
まぁだがここまで語気が強いのは、先日の実技試験の顛末で自分だけお咎め無しになったことでサラ教官はお冠だというのもあるだろうなとは思う。
それについては俺は悪くない、そうリィンは思うわけだけれど。
別に自分はケルディックで何かしようなどとは思っていない。
本音を言えばケルディックで2日も無駄にするのは嫌なのだが、かといって他に今できることがあるわけではない。
着々と今後の仕込みを続けている最中で、次のアクションを取れるようになるまでにどうしても時間がかかる。
この2日間は普通に大人しくしていようと思っている、それは本当のことだ。
前回とは違って随分と警戒されているのが心に痛いが、さりとて本当に時間的余裕がない。
サラ教官には迷惑を掛けて本当に申し訳ないが、まだまだ迷惑をかけることになるだろう。許して、などとはあえて言わないが。
何せ動くにはまだ早い。
それに我が
現在帝国中に散った分け身の調査報告では、続々とかつて集めた黒の予言書の回収と各地の遺跡に残っている情報の収集が進捗している状況だ。
しかし、まだまだ魔女たちからの接触も、結社からの接触もない状況でもある。
まぁ各地を嗅ぎ回っていることに、結社と政府、いや宰相派閥の面々は気付き始めているようだが。まだまだ接触はない状況だ。
差出人不明の手紙は自分のところに来ているが、これは彼女だろう。全く、集団で活動してる連中よりも個人で足掻いている彼女の方が動きが早いとは。
予想はしていたが現在の逼迫した状況を理解している人間がこれほどに少ないと思うと、舌打ちの一つも打ちたくなるというものだ。
前回の人生で能天気に生きてた奴が言えた言葉ではないのだが。
ともなれば、この現状では本当に自分を鍛える事しか出来ず、修行であれば別にどこででも出来ると言うもの。
チーム全員での共同生活など面倒どころの話ではないが、それが必要なのであればそれはそれでやりようがなくも無い。
自分には分け身という非常に便利なスキルもあることだし。
まぁ気の注入にも限度というものがあるから過信は禁物なのだが、便利なものは便利だ。
少なくともケルディックでの活動くらいなら分け身に任せても問題はない。サラ教官には直ぐバレるからやらないけど。
そんな事をつらつらと考えていたら、サラ教官の呆れたような顔が目の前に迫って来た。
本当にわかっているのか?という顔だ。
わかってますわかってますと両手を上げて降参のポーズを取ることでようやく解放された。
アリサとエリオット二人から、ちゃんとしてよね?というセリフと共に肩を叩かれる。
ラウラは釈然としない表情で、もちろんにべもない。
前途は多難だが、まぁ上手いことやろう。
そう自分に喝を入れて列車に乗り込んだ。
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ケルディックでの実習は前と変わらずの内容で、答えを知っている自分からすれば欠伸が出るような仕事内容ばかりだった。
薬の材料調達という名前の買い物を済ませ、街道の外灯を取り替え、手配魔獣を処理する。
酷く単調な
大市での商人の真似事は非常に苦労したが。
肉体的にはともかく、精神的に酷く疲れたその日はそれでもなんの問題もなく就寝、するはずだった──
「リィン、私と本気で戦ってくれないだろうか?」
夕食を食べ終わり、明日の予定を決めようかというタイミングで一つの爆弾が投げられる。
爆弾を投げたのはラウラで、その矛先は自分だ。
うわ来た、と辟易するが顔には出さない、──出てないはず。
正直いつかは来るだろうな、と思っていたから心構えは出来ていた。
学院の生徒や教師陣からの目がない実習先であれば心置きなく戦えると言うもので、 まぁ今日あたり来るんじゃないかなとは思っていた。
「……はぁ。ラウラ、俺が君と戦うメリットがないぞ。何故そんな事をしなければならない」
覚悟はしていたとはいえ、苦言は呈す。
ラウラの性格上、自分が勝つまで絶対に毎日のように勝負しろ勝負しろと言ってくるのが予想できる。それを防ぐための布石としても釘を差しておかねばなるまい。
「これは武人と武人の試合。対価など……」
「それはラウラの価値観だろ?俺の時間を一方的に奪おうと言うのだからふさわしい対価を用意するのが筋と言うものだと思うのだが、言っていること間違っているか?それに、武人という言葉は相手に無理を押し付けるための言葉じゃない」
「ッ!……リィン、そなたは何故そうにも……」
考え方の違いでどうにもラウラには理解がしてもらえそうにない。
正直自分としても暇なんだったらなんぼでも付き合うところだが、生憎と暇がない。
前回のように笑って流せるほどに余裕のある状況ではないのだ。ラウラには申し訳ないが。
「ラウラ、正直私はリィンに同意よ。仕事には対価を支払う。当然のことでしょう?」
「うん、ちょっとラウラの言い分は一方的すぎると僕も思うかな」
どんどんと険悪になる雰囲気にフォローを入れてくれるのはアリサとエリオット。
正直助かる。
「リィン、あなたももう少しくらいラウラに譲歩できないの?」
「出来ない。こうしている間も時間が着々と進んでいる。その事を考えれば申し訳ないがラウラの我儘に付き合えるほどの余裕は自分にはない」
断言する。そんな余裕は自分にはない。
こんな話し合いをしている間に、素振りが何回出来るだろうか。
少しでも進まなければならない自分からすれば正直学院も今すぐにでも退学したいくらいだ。まぁ、まだ学院でやることがあるからこうして通っているのだが。
「リィン……前から気になっていたんだけど、リィンがそんなに余裕がない理由なんだけど、それって僕らには話せないような事?」
「ちょっとエリオット!?」
「ごめんリィン。でもこの一ヶ月君を見てて、話して貰いたいなっていう気持ちが湧いてきちゃってさ。リィンが話せる内容ならだけど、話してくれないかな。それでラウラも多少は納得できるかもしれないし」
エリオットの柔らかい笑顔に貫かれる。
これだから人格者は強い、そう思わせられる。
ため息を吐く。
ため息を吐くと幸せが逃げるというが、それでもそうせざるを得ない心境だ。
「……仕方がないな。聞いたところで君らが納得するかはわからないが」
「それでもいいよ。リィンが話してくれればどんな内容でも少なくとも僕は納得するから」
「ぐ……エリオット、随分卑怯な技を使うな」
「ばれた?ごめんね、でも一緒のクラスでこれからやってくんだからさ、多少の歩み寄りは必要だと思うんだ」
こちらの視線をハハハと愛想笑いで頬を掻いて流すエリオット。
何度でもため息が出てくる。
「はぁ……。別に俺だけじゃないだろうに、色々抱えてるのは。」
「それはそうなんだけどさ。授業中の態度の悪さのせいだから、因果応報じゃないかな……」
随分と強めの当たりが飛んできたものだ。
エリオットにやり返したい気持ちが湧いてこないでもないが、そんなはしたない事をする程落ちぶれたつもりもない。
「……まぁいいか。確かにエリオットの言うことも一理ある。ここじゃなんだし、部屋に戻って話そうじゃないか」
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「……ある男の話をしようか」
部屋に戻った全員を椅子やらに座らせ、自分はあてがわれたベッドに腰をかける。
馬鹿正直に話しても納得は得られないだろうから、抽象化して話すことにする。
直截な表現を好むラウラでもわかりやすいように話す必要があるが、こう言うのは短かったとはいえ教師生活で鍛えられた。
なんとかなるだろうたぶん。
「──その昔、随分と要領が悪くて、それでいて無駄に正義感が強くてそして楽観的な男がいたんだ」
リィンの話だ。
そう、全員が確信する。
過去を思い出しながらの話は精神的にくる物がある。
意識して顔に力を入れていないと、正直今にも泣きそうだ。
「男は中途半端に強くて、中途半端に優しくて、中途半端に人間だった。無鉄砲で楽観的希望にあふれてて無駄に正義感が強い、そんなどうしようもない男だった。でも、彼にも多くの大切な友人や仲間が居たんだ。そう、つい、こないだまでのことだ。」
この間までのこと。ポツリ、掠れたような声で囁かれるように放たれた言葉に全員が硬直する。
今、どうしているのか?という問いが浮かび、次の言葉で粉砕された。
「彼には守りたい世界があった。守りたい仲間たちが居た。守りたい女性が居た。でも、彼にはどうしようもなく巨大な敵も居た。いや、彼だけじゃない。彼が住んでいる世界には、隠された強大で邪悪な敵がね。」
「でも、彼がそんな強大な敵がすぐ身近にいると知った時には随分と遅くて、彼もその仲間も自分たちの世界を守るために戦いを挑んだけど、失敗した。」
──失敗した。
そう、自分たちは、どうしようもなく、完膚なきまでに、失敗した。
話していて思わず、掌をギリッと握りしめる。
あれほどの、いっそ潔いほどの大敗は生まれて初めてで、それがあのどうしようもない局面で体験することになるなど、今考えても悪夢でしかない。
そして、今も悪夢の状況は刻一刻と近づいてきている。
何せ、自分の中に息づく鬼の力はドクドクと鼓動しているのだから。
「そう、失敗した。乾坤一擲の全てを投げ打つような彼らの死力を尽くした大攻勢は、しかし完膚なきまでに失敗に終わって、みるも無残な屍を晒した。勝ったのは敵で彼らは負けた。……だから、彼らが愛した世界は滅びを迎えた。」
「だが、その強大な敵に最後の最後まで抗ったたった一人のその馬鹿だけは、なぜか命拾いすることになってね。無様にも生き残ってしまった」
「彼はその強大な敵を許すことはないし、また無謀にも立ち向かうだろう。だからだろうな、彼が必死になって努力するのは。」
「絶対的に努力が足りない。絶対的に強さが足りない。絶対的に知識が、覚悟が、仲間が足りない。かつて一緒に戦った戦友も無くして、それでもなお敵を許せないと戦い続けるのならば、そうであるならば努力するしかない。だから彼、いや、俺は努力し続けるし、立ち止まる気など毛頭ない。それだけ。」
そうだ、立ち止まる暇などないのだ。
前回よりは今時点で強い?それがなんだ。
その程度で倒せるなら苦労はない。
そんな程度の相手であるならば、とっくに誰かが倒している。
人間の枠から飛び出るほどに努力し続けた女性が居た。
その女性を倒した男が居た。
それほどまでに至った男が、されど負けたのだ。
楽観はした。どうしようもないほどに解決策を全く考えずに挑んだ馬鹿者だ。
しかし、かの黒の騎神との戦いの中では、慢心も油断もしなかった。それもまた事実だ。
自分の慢心や油断で負けたのならばどれほど良かったか。いや良くはないが。
だが、それならば今の自分はここまで追い詰められ、狂ったように鍛錬に邁進していない。
しかし違うのだ。
味わったのは完膚なきまでの敗北だ。
確かに自分たちの力が全く通用しなかったわけではない。
が、その貧弱な攻撃では、彼の命まで到底刃が届かなかった。
それが、どうしようもない現実だ。
そして今回の未来ではミリアムという犠牲を容認しないと自分は定めている。もちろんクロウや他の仲間たちもだ。
それを考えれば、どうしても前回よりも苦しい状況からスタートすることになる。
彼女が生きて人間として過ごせるという奇跡を引き寄せる。なればこそ、その代償を自分の力量を上げて支払う。
それはあれほどの敗北を突きつけられて、それでもなお甘ったれた考えを今なお貫き通そうとする自分の責務で覚悟だ。
そして、そもそもの話が前回は彼に届いてすらいないのだ。
そんな状況で容認できない犠牲としてミリアム達を守る気でいておいて、努力を放棄するなどそれこそ
どうやって彼に刃を届かせるか。
そこにすら回答を持てていない自分が、今の歩みを止めれるわけがない。
だから、どれほどまでに周囲に迷惑を掛けようと、彼らから心配されようと、立ち止まる気はこれっぽっちも無かった。
閃の軌跡を発売初日に購入して4章。
ラウラとフィーの決闘騒ぎの時にラウラが放った
「この勝負、私が勝ったらそなたの過去を教えて欲しい」
と言う言葉に当時衝撃を受けたのを思い出しました。
あまりの衝撃で持っていたPS Vitaを床に叩きつけた記憶があります。