エリゼ・シュバルツァーは激怒していた。
かの邪智暴虐なる後輩の魔の手から敬愛する兄を守らねばならぬと奮起していた。
怒髪天を突く。
その言葉が相応しいほどの激しい怒りにエリゼが打ち震えているのは、後輩が放ったある言葉が原因だった。
「エリゼ先輩♪お兄様が帝都にいらっしゃっていたのなら教えてくだされば良かったのに、この間先輩のお兄様にお会いして……きゃっ♡」
「は?」
思ったよりもドス黒い声が出て自分でもびっくりする。
栄えある聖アストライア女学院に通う淑女が出すような声ではまるでない。
だが、その威圧の効果は莫大で、生意気な後輩が多少ビビった様子を見せるのは悪くない。
ハートマークでも飛び散りそうな甘ったるい声でいやんいやんとこちらを煽るように身をくねらせていたミュゼが緊急停止する。
が、この場にいたのはエリゼとミュゼだけではなかった。
「あら、エリゼのお兄様が?エリゼも言ってくれれば良かったのに……」
あからさまに私興味あります!と目を輝かせる姫に、これからこの不届きな後輩から
ミュゼがニンマリと笑うのを視界に捕らえ、
「今丁度エリゼとお茶にしようと思っていたところなの。良かったらミュゼもどうかしら?」
「もちろん。殿下のお誘いとあれば喜んで」
淑女特有のやりとりが目の前で超速で展開され、逃げ道を失う。
ここに居ない兄を酷く恨む。
そもそも帝都に来ていたことなど初めて知りましたけど!!?と完全にキレた様子で、それでも瀟洒に椅子に座るエリゼ。
エリゼの様子に、あんまり突ついたら反撃でこちらが大火傷になりそうだと思ったミュゼとアルフィンだが、それはそれ、これはこれ。
いつも事あるごとに口にするエリゼの兄の実物の話をするのだ、アルフィンは辞める気はなかった。理由は多少違えどもちろんミュゼも。
「で、エリゼのお兄様はどんな方だったんですか?」
待ちきれませんと
運ばれてきた紅茶を一口飲んで一息ついて、話始める。
「素敵な殿方でした♡噴水広場でお会いしまして、まさに運命的な出会いでしたわ♡」
「きゃ〜♡どちらから話しかけましたの?」
「
いやんいやんと体をくねらせ最大限にエリゼを煽る。
しれっと嘘付いたが、まぁバレないだろう。
相変わらず殿下はきゃーきゃーと黄色い声を上げている。が、エリゼへ爆弾を投げたのもアルフィンだった。
「そういえばエリゼ、あなた確かリィンさんの写真を持ってましたわよね?」
「え!そうなんですかエリゼ先輩!?」
「見せませんよ!」
機先を制するように初手から威嚇するエリゼに、それでも二人はちっともめげない。
ちょっとくらい良いじゃ無い見せて♡という二人掛かりの攻撃。
エリゼは頑として見せようとしないが、しつこく食い下がる。
アルフィンはともかくミュゼは割と必死だ。
その必死さもあって、数分の攻防を経てようやく渋々とエリゼが折れて胸元のペンダントの写真を見せる。
リィンの顔を見てあらー♡と黄色い声を上げるアルフィンに、食い入るようにみるミュゼ。
隅から隅まで確認し、確信を得る。
やはり、おそらくこの間噴水広場で出会った彼は本当にエリゼ先輩の兄なのだと。
写真で見分けがつかないくらいの変装をされていたという可能性もあるが、少なくとも自分程度を相手にそこまでするとも思えない。
その前提を確認したかったと言う自分の目的は果たされた。
あとは、エリゼ先輩もまた彼と同じ志を持っているかどうかだが……これは多分そう言うことはないだろうと既にわかっている。
何年も後輩やっているのだ。彼女の思考と嗜好くらいは既に大凡把握している。
いや、彼の妹だと考えると油断は禁物なのだが。
「エリゼもこんなに格好良いお兄様がいたなんて、なんで黙ってましたの!?」
こうなるからだよ、とでも言わんばかりの顔をエリゼは浮かべていた。
その顔を見て益々楽しくなるのがアルフィンとミュゼと言う女であり、エリゼのその行動は悪手なのだが、勝手に表情筋が動くのだから仕方がない。
──が、
「ミュゼ?一つお聞きしたいのだけど、兄様とお会いしたのはいつのことかしら?」
鋭い。
今は既に週の終わりの金曜日。
買い物で疲れていたという
愛する兄のこととあっては普段以上の集中力を発揮しているようだ。全く家族仲が良さそうで羨ましい。
「先月の中頃ですわ♡」
「あら、……でも今はもう5月ですわよ?」
ビキリと額に血管を浮かばせ、般若の如き顔となっているエリゼに恐れ慄いたアルフィンが恐る恐るミュゼに話を振る。
その声のトーンは大分落ちていた。
「リィンさんから妹には内緒ね、と言われていまして♡」
が、それを知ってもなおミュゼは全力で地雷を踏み抜いた。
隣の友人の顔ももう見れなくなったアルフィンが流石に不味いと思い、椅子をエリゼともミュゼとも少し離し、緊急離脱の構えを取る。
が、その構えもすぐに吹き飛ぶことになった。
「……では、なぜ今更になって話したんですか?」
「それがちょっと今度の週末にリィンさんと帝都でお会いすることになりまして」
「は?」
まるで恋する乙女のような顔のミュゼに、エリゼの全身から気すら立ち上り始める。
その異様な様子から飛び出る渾身の「は?」の威力でミュゼは心底恐怖したが、それはそれ。
愉悦の心が恐怖心を軽々と超克する。
それは、隣に座っていたアルフィンも同じようだった。
「あらあらあらあらあら♪ ちょっとミュゼ、いつの間に?」
「黙っていてすみません、姫様。4月にあってから私とリィンさんは文通を開始してまして♡」
「きゃー♡ちょっとミュゼ、貴方だけずるいですわよ?」
「ふふっ。リィンさんと秘密の文通でしたから」
当然秘密に決まってる。
誰があんな内容の文を公開できようか。
が、それはそれ、これはこれ。
ただ、文通していたと言う事実でエリゼ先輩を翻弄するのが楽しい。
普段は厳格な上級生として君臨しているのだ。今日くらいは多少のおイタは許されるだろう。
「私もお会いしてみたいですわ、リィンさんと」
「駄目です♡」
えーとか、うふふとやり取りする二人の様子にとうとう堪忍袋の尾がキレたエリゼが立ち上がる──
と言うところで丁度
ミュゼの完璧な先読みによる時間調整の賜物だった。
「では、先輩方。次の授業がありますので私はこの辺で」
「えーもっとお聞きしたかったですわ♡」
「では、また来週どこかで。デートのご報告をいたします、先輩方♡」
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・
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「あら、エリゼ。どこに向かうのかしら?」
「ッ!?……姫様!!?」
週末の土曜の午後。
ミュゼが
顔を向けるとそこにはアルフィン。
マスクにサングラス、帽子にその艶やかで長い髪を全て隠した姿。
明らかな変装の様子にため息が出る。
何せ自分も同じような格好だ。
栄えある聖アストライア女学院の女学生がこんな不審者みたいな格好をしているなど、厳格で名を馳せる寮監殿に見つかったらどんな雷が落ちるかわかった物ではない。
ここで彼女を巻いたりしたら絶対に拗ねられて寮監に
それに尾行はやはりツーマンセルが基本だ。
──敵は噴水広場にあり。
どちらともなく頷き、ミュゼの後を追いかけた。
女学院3人組、好きです(告白)