前回の戦闘の続きとなっております。
では!
「驚きました」
少女は短い白髪を風に揺らし、さも何事もなかったかのようにその場に立っていた。傷ひとつなく、息が上がることもなく、ただ平然と二本の剣を握りしめている。三日月はその光景を、未だ衝撃から覚めない脳にただ座ったまま焼き付けた。
「まさか弾幕の利点である距離を捨て、ゼロ距離で撃ってくるなんて思いませんでした」
「……そうか、だったら素直に当たって欲しかったけどねーーかはっ」
背中が痛い。石に激突するとこんなにも痛いものなのか。目が霞む、呼吸が苦しい。だが今は立たなくては。恐らくここから第二回戦…いや、ここからが本番といったところだろう。
少女が握る二本の刀。今までは本気ではなかったということだろう。これはそろそろ本当に、攻撃に躊躇している場合では無くなってきた。
「……一つ、教えてもらってもいい?」
「なんでしょう」
「さっきのをどうやって防いだのか。僕が思うに、あれは不可避の一撃だったと思うんだけど」
「あぁ、なるほど。そうですね、あれは間違いなく不可避の技だったでしょう」
そう、避けられるはずがない。あの距離で、あのタイミングで、あの速さの弾幕を避けるのはほぼ不可能に近い。なんせ三日月自身も、それを見越してあの瞬間に放ったのだ。
しかし、彼女は傷どころか埃一つかぶっていない。悔しい気持ちや驚きもあるが、それ以上にどうやって回避したのかを聞きたいと思った。
少女は「なので」と言葉を続ける。
「避けられないなら避けない、だったらーー」
「ーーだったら、切って仕舞えば良い」
「……!」
切った?弾幕を?あの速さを?
そんなことが出来るのか。
ーー出来るのだろう。実際、彼女はそれをやって退けたのだ。
どうやら彼女は三日月が思っているよりも相当の手練れだ。弾幕を切るなんて簡単に言ってしまうあたりがその証拠だろう。普通の弾幕なら他にできる人がいないでもないだろうが、今のはそんなものとは訳が違った。
「質問は終わりですか?では、どうしますか。帰る気になられたのでしたら、ご案内しますが」
「帰りたいのは山々だけど、残念ながらそうはいかないんだ」
「そうですか、残念です」
三日月は彷徨っていた意識を引っ張り出し、立ち上がった。ちょうど頭も回転してきたところだ、今ならまだ戦える。三日月は札を三枚取り出した。
それを見た少女もまた、臨戦態勢に入る。
先程とは構えが違う。二刀流の構えというやつか。
緊張で視線が揺らぐのを必死に止めて彼女を見据える。視界から離さずに少女の動きを観察する。
風が凪ぐ。
一呼吸置く。
少女は瞬時に腰を落とし、駆ける態勢に移行した。それを見た三日月は瞬時に札を三枚とも投げつける。すでに地面を蹴った少女はもう既に三分の一ほどの距離を詰めていた。
「華吹雪(はなふぶき)っ!」
その名を叫ぶと同時に三枚の札が分裂し、無数の刃、もとい花びらとなり彼女の行方を遮る。少女の疾走が、瞬間的ではあるが阻まれる。しかし瞬時に方向を変えた彼女は難なくそれを超えて、距離を取ろうと走り出す三日月に並走した。何物も捕らえなかった花びらたちが風を切り地面に突き刺さる。
「多芸ですね」
「それだけが取り柄だからーーねっ!」
さらにもう一枚札を投げる。今度は彼女ではなく空に向かって。
少女は三日月が空に投げた札を見て、何が起こるかを窺った。三日月は心の中で成功を喜んだ。
「閃々(せんせん)!」
「なっーー」
瞬時に札は眩い光を放った。そう、最初の華吹雪はただのデコイだ。三日月の持つ札により注意を引きつけるための囮でしかない。そして今、それは成功した。
突然の光で視界を阻まれた少女は、その場で足を止めて急停止する。三日月はそれを逃さない。札をもう一枚取り出し全速力で方向転換、彼女との距離を一気に縮めた。全速力で、彼女の視界が戻らぬうちに。
そして。
「天つ風(あまつかぜ)!」
手中の札を彼女に向けて、次の術の名を叫ぶ。
少女の身体は風に攫われたように後方へ大きく飛んで、そのまま地面に転がり三日月が想定していた位置まで届いた。順調にことが運んでいることに多少の喜びを覚えつつ、最後の仕上げに入る。
「術式変換ーー」
少女を飛ばしたその先には、先程の花びらたちが散散となっている。それを利用した最後の一手。
「宿木(やどりぎ)」
最後の最後の拘束技。花びらは形を変えて、根を張り、細い木々へと変換される。
木々は少女を捉えるべく急速に成長する。捕らえて仕舞えば怪我をさせる事もなく先に進める。これが三日月の考えついた作戦だった。完璧だ、これなら確実に成功できる。
ーー相手が、彼女でさえなければ。
「うっそぉ…」
思わず声に出してしまった。
三日月が見たものは、体制を直し、木々を粉々に切り裂く少女の姿。あまりに速く、美しい一瞬の閃光。三日月の語彙力を一気に削る一閃だった。
「陰陽術ですよね、今の。とても頭のいい立ち回り、流石に今のは危なかったですね」
「僕の得意分野…というか、それぐらいしか出来ないんだけどね」
「嘘を言わないでください。最初のみたいな切り札がまだあるでしょう?」
「……」
当然だろうと言ったふうに嘘を見破られ、図星を突かれてしまった。少女の言うように、切り札があるにはあるのだが極力使いたくない。自分への負担が大きいものもあるし、第一…
「私を怪我させてしまう、などといった心配は無用です」
またも図星を突かれた。ただそれだけでは無い。
「違うよ、ただ切り札はそうばんばん使うものじゃ無いでしょ」
「それもそうですね」
そう。そんなしょっちゅう使えるものなら最初から使っている。決して彼女を舐めているとか、そういうのでは全くない。それもそのはず、三日月は先程まで、それどころか今でも彼女から死の予感を感じさせられる。手を抜いたりしたら一瞬で殺されるのは目に見えている。ただ、自分が今できる最善を尽くしているのだ。
「そろそろ再開しましょうか」
「ーー」
静かに息を呑む。何度目かの再戦が始まる。
少女はダッと大きく踏み込んで一瞬で三日月の視界から外れた。突然のことに驚きつつも三日月は瞬時に周りを見渡す。しかしーー
「(居ないっーー?)」
三日月の目には少女の姿は映らなかった。
「(まずっーー)」
「せぇぁぁああぁあぁぁあ!」
ハッと顔を上げる。そこには空高く跳び、急降下してくる少女がいた。先程までとは違う、覇気のある声音を纏わせて、三日月に一撃を入れようとする。三日月はとっさに大きく前へ転がり難を逃れたが、少女の追撃は止まらなかった。このままではいけないと直感した三日月は瞬時に術を叫んだ。
「天つ風!」
前方に突風を発生させる。しかし、その照準は既に彼女を捕らえていない。
無人になった三日月の前方に風が発生する。
「それはもう見ました」
「(後ろ!?)」
反応が遅れる。三日月の背中に重たい衝撃が走った。少女は刀の柄で背中を殴打し、もう一方の刀で三日月の右腕を斬りつける。赤い血が石畳を染色した。
「ぐっーー!」
切られた衝撃で一瞬脳が揺らぐ。焼けるように熱くなった切り口を押さえて少女から距離を取ろうとする。しかし少女の猛追は止まらない。躊躇いなく新たな切り傷を増やそうと迫って来る。三日月は左手で札を彼女に向かって投げつけた。
「氷壁(ひょうへき)…!」
「っ!」
三日月と少女の間に氷の壁が発現した。少女は咄嗟に後ろへ退き、距離を取る。三日月はすかさず次の手へ移る。痛む右腕を脳裏から振り解き、術を展開する。
「術式変換・氷麗(つらら)」
氷壁の形状が変化し、するどい無数の氷柱となって少女をへと駆る。その隙に三日月は傷の応急処置に入った。血管を疑似的なもので繋ぎ、出血を抑える。痛みが消えるわけでは無いが、幾分かはマシになるだろう。ある程度の治療を終わらせ、三日月は後方へと避難する。今は少しでも距離を取るべきだ。後ろではパリン、パリンと氷を割っていく音が聞こえる。どうやら全て切りさばいているようだ。
それを三日月が認識したと同時に、氷を割る音が止んだ。
「(もう全部捌ききったのか)」
次の手を考えようとする三日月の頭に、少女の冷たい声が聴こえた。
「『幽鬼剣・ーー
ーー妖童餓鬼の断食(ようどうがきのだんじき)』」
横一文字に伸びた斬撃が、三日月に確かな絶望を運んだ。