そろそろ異変も終わる?かもです。
では!
「それで、あなたはどうして欲しいのかしら、三日月くん?」
含みのある笑顔で、幽々子は三日月に問う。
そんなこと、聞かなくてもわかるのに、彼女は聞いた。どうして欲しいのかと。
だから三日月も言わなくてもわかる答えを口にする。
「異変を止めてください」
三日月はただそれだけを口にした。
余計な言葉は要らないと、そう思ったから。
だって彼女はこんなにも。
ーー全てを悟ったような顔をしているのだから。
あぁ、思い出した。この感覚は、彼女を前にしている時とよく似ている。
妖狐で九尾でスキマの、ガラス細工のように美しい、大妖怪に。
「異変を止める、ね」
「はい。……できませんか?」
「………」
三日月の言葉に幽々子は言葉を綴じ、手元の湯呑みのふちに指で触れ、水面を眺めている。
三日月はハッとした。彼女の表情が、優しいような、どこか哀しいような、そんな顔に見えたから。
そんな彼女を前に、ただ言葉を待つことしかできない自分が情けなく思う。ただじっと、春風に揺られる彼女を眺めていた。
「三日月君」
綴じていた口から、言葉が発せられる。
その声色は怖いくらい静かで、悲しいくらい優しかった。
返事すら忘れる三日月を気にも留めず、幽々子は続く言葉を開く。
「少し、昔話をしましょうか」
ーーと。
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○
「幽々子様」
後ろから野太い声が私を呼ぶ。
その声は少し掠れていて、落ち着いていて、年季の入った声だった。
「あら、どうしたの妖忌」
振り返ると、そこには老人が立っていた。
魂魄妖忌。
妖夢の祖父にあたり、妖夢の前の私の使用人をしていた。
老人と言ったが、彼は妖夢に剣術を教えていたということもあり、剣の腕はまだまだ現役だった。
「妖夢がどこに行ったか知りませんか。稽古が嫌だと言って、またどこかへ逃げ出しまして」
「あらぁ、妖夢ったら。ごめんなさい、見てないわ」
「そうですか、ありがとうございます」
スタスタと年不相応に姿勢良く歩いていく。
その姿を確認すると、私の背後に隠れていた女の子が、ひょっこりと顔を出した。
去っていった妖忌を見て、「ふうー」と大袈裟なため息をつく。
「ありがとうございますゆゆこさま!バレずにすみました!」
6、7歳程の少女、もとい妖夢が幽々子を見上げて元気いっぱいといった感じでお礼を言った。
そんな妖夢の頭を、私は優しく撫でる。ニコニコと嬉しそうな笑顔が私を見つめた。
「もぉ、ダメじゃない妖夢。稽古をサボっちゃ」
「だって、けいこ楽しくないんだもん」
そう言って口を尖らせる妖夢に、いつかの妖忌を重ねていた。
妖忌も、こんなふうに駄々をこねる時代があったことを、懐かしく思う。
今となってはもう立派な一人前ではあるが、妖忌の小さい頃も、こんな風だったことを思い出す。
「そうねぇ、じゃあ妖夢は何がしたいの?」
「おはなみ!」
「……っ!」
妖夢の口から出た言葉に、思わず私は言葉を失った。
無邪気なその笑顔に照らされる。
「……そう。お花が見たいの?」
「はい!」
「なんのお花?」
「さくら!さくらがみたいです!」
あぁ、眩しい。私には少し、眩しすぎるくらい。
でも、焼き付けておかなければ。
ーーきっともうじき、この眩しさは無くなってしまう。
「わかった。じゃあ今度、みんなでお花見しましょうか、ね?」
「ほんとう!?ほんとうですか!?」
「えぇ、本当よ。だから今日はおじいちゃんと一緒に稽古をしましょう?一緒に謝ってあげるから」
「はい!わかりました!」
トタタタと廊下をかけていく妖夢を見ながら心の中で謝罪をする。
あの桜が咲かないことを。そして……
三人で、なんて嘘をついてしまったことを。
○
「おじいちゃん」
「…なんだ?」
「おんぶして!」
「……ほら、乗りなさい」
「やったぁ!」
全く、つくづく不思議に思う。
こんなにも無愛想な人にこんなにも懐いていることが不思議で仕方がない。
三人での散歩中、妖夢はよくこうして妖忌におんぶをしてもらっていた。妖忌もそれを拒否せずに、何度も何度もこうしておぶっていた。
妖忌は不器用だったけれど、不器用なりに妖夢のことを可愛がっていたのだ。
「妖忌、重くなったら変わるからね」
「ご冗談を。いくら老骨とはいえ、力ではまだまだ幽々子様に負けてなどいません」
「ふふっ、そうかしら。小さい頃なんかは、私が妖忌をおんぶしたりもしてたのにねぇ」
「……。いつの話をしているんですか」
妖忌は顔色を変えないまま、そう言った。
本当に、立派になったものだ。
ふと、すぅ、すぅという寝息が聞こえた。
妖忌に担がれている妖夢が眠ってしまったらしい。
「まぁ、今日は少し長く歩いていたからしょうがないわね」
「えぇ」
コツコツと石畳を歩く音が響く。
しばらくの静寂が、その足音によって埋められていく。
きっと、二人とも待っている。どちらかが話を切り出すのを。
「ねぇ、妖忌」
口を開いたのは幽々子だった。
妖忌は返事をしなかった。ーー妖忌なりのOKのサインだろう。
「本当に、行く気なのね」
「……えぇ」
「…あなたが行かなくても、良いんじゃない」
「でなければ、妖夢がすることになります」
妖忌はただ淡々と口にした。
幽々子の聞きたくない答えすらも。
「私があの桜に命を注がなければ、暴走して周りの命を見境なく吸収するでしょう。それは何としてでも避けたい。死というのがどれほど重いものか理解している幽々子様なら、分かるでしょう。私がこうすることによって、後の数千年はこのようなことは必要なくなる」
「わかってる…けど」
「どちらにせよ、私はそう長くない。こうして孫の顔も見れたのです。悔いなどありませんよ」
「でも……そうだわ、いっそあの木を倒してーー」
「馬鹿なことは考えないでください、幽々子様。あれは冥界の象徴、あれがなくなれば、魂たちはどうやってここまでたどり着くというのです」
呆れたように口にするその声色に、私は悟った。
もう、彼は決めたのだ。己の最後を。本当の死を。
「何を言っても、無駄なのね」
「えぇ、無駄です。そう決めましたから」
○
「最後に会わなくていいの?妖夢、きっと寂しがるわよ」
「構いません。会ってしまったら、きっと妖夢がうるさいでしょう」
時刻は夜。夜といっても、いつも薄暗い冥界はさらに少し暗くなった程度だ。
妖夢は今、ぐっすり眠っている。
こんな夜中に、最後に会うこともなく、彼は……
「本当、難儀な性格ねぇ」
「なにか?」
不器用ったらない。
最後の最後まで素直になれないなんて、本当に困った使用人だ。
こんな状況でも、顔色ひとつ変えないなんて。
「幽々子様、これを妖夢に」
風呂敷に包まれたそれはカチャリと音を鳴らし、持ってみると異様に重かった。
「これは?」
「刀です。もう妖夢も十分剣を振るえるでしょう」
幽々子は2本の刀をしっかりと持つように抱き寄せ、彼の顔を見る。
やっぱり彼は、顔色ひとつ変えようとしない。
「それと、言伝を頼んでもいいですか」
「えぇ」
「『剣の修行は怠るな』。それと…」
彼は、その微動だにしなかった表情を、優しく緩めた。
「それと、『愛している』と」
私は思わず涙が出た。
せめて笑顔で送ろうと思っていたのに、涙が止まらなかった。
彼は最後に、「あぁ、ひとつ心残りがあるとすれば、妖夢の剣を振るう姿が見れなかったことですかね」と、それだけ言って、去っていった。
○
それから、あの時から。
幾たびの春を迎えた。
「幽々子様、お茶が入りました」
「ありがとう、妖夢」
あの夜から、だろうか。
妖夢があの眩しさを手放してしまったのは。
「幽々子様、お庭の掃除をしてきます」
「えぇ、ありがとう、妖夢」
あの夜から、だろうか。
妖夢がこんなにも仕事熱心になったのは。
「幽々子様、お食事の準備ができました」
「………えぇ。ありがとう、妖夢」
あの夜から、だろうか。
妖夢が自分の願いを、言わなくなってしまったのは。