大変遅れました!失踪とかではありませんよ。はい。
息が詰まるのを感じた。
立ちくらみのような目眩が、視界の先の幽々子をぼかす。
「どうして…。どうして、そんな話を僕にしたんですか……」
幽々子の意図が掴めない。なぜ今急に、無関係な三日月にそんな話をしたのかが。
そんな話、三日月には重すぎる。まだ大して知りもしない相手に話す内容では無いはずだ。なんせそれは、今の妖夢が形成されてしまった
ーー笑わなくなってしまった少女の根幹だ。
目を伏せていた幽々子の瞳が、三日月を映した。
「貴方には、話しておきたくなったの。あぁ、勘違いしないでね?別に同情して欲しいわけじゃないの。この異変を止めるのをやめてくれって言っているわけじゃない。ーーこれは私の問題。私がそうしたかったから話したの」
「幽々子さんの…問題…?」
「えぇ、私の身勝手な願い。そして貴方なら、その願いは果たせるはずなの」
意味がわからなかった。幽々子が何を口にしているのかも、なぜそんなにも優しい目をしているのかも、三日月には理解ができなかった。
「あのっーー」
「さぁて!」
その言葉の意味は、その優しい目の行く末は、いったい何なのか。三日月がそれを聞こうと口を開くと、幽々子がそれを遮った。
「三日月君は異変を止めて欲しかったのよね?」
「あ、あぁ、はい」
空気を変えるかのような幽々子の調子に、狂わされる。
どうやら彼女は、なんでこの話をしたのかまでを語るつもりはないらしい。
しかし、そんな三日月の落胆も、次の言葉で打ち消されることとなる。
「ごめんなさい。それはーーできないの」
「……!」
幽々子は笑顔を崩さない。
「私にはね、どうしてもやりたいことがあるの。それがどんな悪であれ、仕方ないなって思えちゃうくらいに」
「ーーそれは、いったい…」
「ごめんなさい、それも今は語れない。ーーいいえ、語りたくない、というべきかしら」
幽々子は「ま、どっちでもいいかしら」と、はにかんだ。
どうやら、彼女は本気でこの異変を遂行する気だ。でもそれは。
「だったら、幽々子さん。これだけは教えてください。あの桜を咲かせるために、春を奪っているんですね」
「えぇ。アタリよ」
「そして、今のあの桜の咲き具合からして、それだけでは足りないのでは?」
「それもアタリ」
「じゃあ最後。これが一番大事です。幽々子さん、その足りない分を''どうやって''補うつもりですか」
あぁ、やめてくれ。
こんな時までその笑顔は。
ーー最悪の事態しか、想定できなくなってしまう。
三日月はただひたすら、待っていた。
一言でいい。一言「違う」と、「そうではない」と言ってくれれば、それはどんなにか。
でも知っている。
わかっている。
それがどんな夢物語で希望的観測かなんてことは。
ーーだから、彼女の言葉は分かりきっていただろう、三日月。
「そうね、ごめんなさい。それもきっと、あなたの想像通りよ。きっと」
「ーー」
「私、意外と冷たいのかもしれないわ。私の周り以外どうでもいいって、そう思っちゃうんだもの」
正直な話、きっとただただショックだったんだろう。
思わず思考を止めてしまうほどには。
彼女は言外に、今こう言ったのだ。
「人の命を吸ってでも、この桜を咲かせる」と。
彼女はそれを悪と分かっていながら、遂行しようとしている。
けど、一致しない。
彼女の言動は全く一致していない。
「話は終わりかしら。……ごめんなさい。三日月にそんな顔させたくなかった。けど、これはもう、決めたことなの」
「あの、幽々子さん」
「貴方に何を言われても、やめるわけにはいかない。わがままよね、わかってる。でもごめんなさい。貴方に理解してもらえるだなんて思ってないし、思えない。これは私の問題」
「幽々子さん」
「本当に悪いと思っているの…!けどこうするのが一番いいの。それで全て元通りになるの。だからお願い、貴方はこのまま帰ってーー」
「幽々子さん!」
「ーー!」
三日月の声に幽々子がはっと顔をあげる。
幽々子らしからぬ独白は、三日月には理解できなかった。しかし、それでもおかしいと思う。
「どうして、そんなに謝るんですか」
「ーー」
あぁ。やっぱりきっと勘違いだ。
この人は悪い人なんかじゃない。
だってーー
「そんなに苦しそうに、何度も、何度も……。幽々子さん、貴女本当は、やめたいと思っているんじゃないですか」
「違うわ」
「違わないです。だって幽々子さん、さっきから目を合わせてくれないじゃないですか」
「……違う」
「本当は後ろめたさを感じているんじゃないですか。いけないことだってわかっていても、そうするしかないからわざと目を逸らしているんでしょう」
「……そうじゃない!」
「なら何でっーー!」
「うるさい!」
幽々子は俯いたまま。
三日月は戦慄した。
幽々子が声を荒げたことにではない。
爆発するように発生する濃い妖力が辺りを包んでいることに。
いつからかはわからない。ただこれほどの濃度に気が付かないわけがない。
だとしたら考えられるのは、幽々子が今、感情に身を任せて妖力を放出しているのだろう。
そしてそれは弾幕へと変化していきーー
ーー爆発音と共に砕け散るのであった。
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「……ん」
不思議な感覚で目が覚めた。
ふわふわと揺蕩うような感覚と、それに似つかわしくない感覚過敏。
なんというか、いつもより少しだけ重力を感じる気がする。
そのせいで、脳が覚めきってないのがわかる。
「お、起きたか?」
「……うん。…………うん?」
「おはよーさん。意識は大丈夫か?」
「ーー魔理沙?」
「あぁ!大丈夫みたいだな!」
なんだこの状況。
魔理沙に肩で担がれて箒で空中浮遊?どんな寝起きドッキリだ。
「どうしてここに」
「詳しい話はあーと。今霊夢が幽々子を止めようと頑張ってるけど、しょーじき時間の問題だ。何がどうしてあんな暴走してるのかは知らんが、考える時間ももったいない。今はさっさと脱出することを考える」
「ーー!」
そうだ。
何を悠長なことを思っていたんだ。
三日月はおそらく、幽々子の触れてはいけない地雷に触った。
あれはどう考えても百ゼロで自分が悪い。だって、三日月は幽々子のことは何も知らない。
異変の目的も、それどころか彼女自身のことすらも。
「脱出するのか?」
「あぁ。それしかないだろうな。……全く驚いたぜ、屋敷が見えたと思ったらえげつない妖力が溢れ出てきて。フツーに怖かった。そっから全速でお前を救出。今に至る」
「簡潔な説明どうも。それより」
「止めないのか、なんてことは聞くなよな」
「ーーえ?」
「え?じゃない、無理だわあんなの。ただでさえ八雲紫クラスの化け物が大暴れしてるんだぜ?死にに行くようなもんだ」
魔理沙は呆れるように語る。
尚も全速力で空を走る箒に揺られながら、ここまで届くほどの妖力を感じた。
魔理沙は言った。
幽々子は八雲紫クラスの妖怪であると。
だとすれば勝ち目なぞないに等しい。
「けどそれじゃあ、冥界はどうなるんだ!」
「無事じゃ済まないだろうな。ていうかそっちも時間の問題。あの調子で行けば幽々子は自分であの桜を壊すだろうぜ」
「ーーなっ」
「でもそれは悪いことじゃない。異変を防ぐということならそれで万々歳だ」
「けど、それだと困ったことに、冥界が機能しなくなっちまう。しばらくの間、魂たちが下界を彷徨うことになるだろうな。ただまあ、それは八雲紫がなんとかするさ」
「……」
こんな時に思考停止する自分が憎らしい。腹立たしい。
手の打ちようがないのは、そんな状況にしてしまった自分のせいだというのに。
「ここじゃ紫のスキマは開けないらしい。それも幽々子の妖力の濃さが原因だろうな。スキマを開いても、すぐに上書きされるとのことだ。もう少し離れたところで待ってるからそこまでは我慢しーー」
「魔理沙、下ろして」
自分でも驚くほど、冷たい声だったと思う。
きっともう、自分に腹が立って気が動転しているんだ。
だからこんなバカなことを考える。
「我慢しろ」
「下ろして」
魔理沙の目つきも鋭いものに変わる。
聞き分けのない子供を諭すような、いや、そんな優しいものではなかったかもしれない。
「聞こえなかったか?我慢しろ」
「無理だ」
自分の命を大事に考えてくれる言葉も、今は届かない。
使命感などではなく、ただのわがままだった。
子供のように泣いて喚くような、振り絞るような切望だった。
「…この異変はさ、きっとこんな終わり方でいいものじゃないと思うんだ」
「話になんねーよ。いいから行くぞ」
「それにさーー約束しちゃったんだ」
魔理沙の動きが止まる。
ぴたりと擬音を立てるように、三日月の言葉に耳を傾ける。
「桜を見せるって、約束したんだ。約束は、破れない」
「ーー」
魔理沙は何も言わない。
ただなんとなく、落胆するように、というか呆れたようにため息をついた。
「はぁ。わかったよ。ていうかわかってたよ。三日月がそういうだろうな、なんてことはさ」
「うん、ごめん」
「謝んなよ。…わかった、私も付き合う。どっちみち後で霊夢の方に戻る予定だったんだ。けど無茶はだめだからな?」
「わかってる」
わかっていなかった。
「わかってねーな」
「……」
おまけにバレていた。
「もういい、好きなようにやってこいよ。私もカバーしてやるから。でも間違っても勝とうなんて思うなよ?無理だから」
「それは本当にわかってる。紫レベルの人に勝ち目がないのは痛いほど知ってる」
「なら良い。そうと決まれば善は急げだ。飛ばすぞ」
「あぁ」
許せない。このままでは、自分を一生許せない。
こんな結末は嫌だ。
誰も幸福になれないのは。
それに、聞いてしまったんだ。
妖夢という少女のことを。
それを見捨てるなんてできない。
ーーたとえこれがわがままでも。
数分後、三日月は目の当たりにする。
目前に控える桜の木。
そして、霊夢と対峙する我を失った幽々子だった。
戦闘力的には、冥界での幽々子はどうあがいても倒せません。
死者であるから殺せない。
冥界の主人であるから倒れない。
つまり、三日月たちが冥界に居る幽々子を倒すのは不可能です。