あと何話で異変を締め括れるか、あぁ、不安です。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいで、妖夢は。
やっぱり止めるべきだった。妖忌を行かせてしまった、私が悪かったのだ。
両親のいない妖夢にとって、彼の存在がどれほど大きなものなのか、わかっていたはずなのに。
どうにかして別の方法を見つけることだって、できるかも知れなかったのに。
あぁ…なんで。どうして。
どうしてこんなにも私は愚かなのだろう。
少女一人の笑顔すら…守れないというのか。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私の。私の。私、の。せ、いだ。
懺悔は届かない。
後悔はもう手遅れだ。
なら、どうする?
決まってる。
何をしてでも、彼女の笑顔を取り戻す。
何をしてでも、だ。
私が聞いた、彼女の願い。
未だ叶えてあげることができていない、彼女の願い。
三人で、お花見、したいと、言っていたんだ。
意識は微睡む。理性は溶ける。
人間らしさというタガは、もうすでにない。
正常な思考はままならず、今自分が何をやっているのかも不透明。
幽々子は。
遠い昔に万人から畏怖された、大妖怪そのものと成っていた。
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夢を見た。
幼い自分と、主人と、祖父。
三人で横に並んで、冥界を歩いている夢だ。
もっとも、私は疲れてしまっているのか、祖父に担がれている状態ではあるが。
綺麗な夢だった。
それはもう、綺麗で、美しくて、眩しかった。
私はいつからか、笑顔が不得意になっていた。
どれほど頑張っても、作り笑いひとつ作れない。
なんで、だろうか。
なんでなんだろう。
ーー嘘だ。
わかっている。
なんで自分がこうなってしまったのか。
幼い頃、突如としていなくなった祖父。
大きな心の拠り所だったはずのもの。
心に穴が空いた。
ぽっかりと、大事なものが抜け落ちる。
きっとその時に、一緒に落としてしまったんだ。
悲しかった。
最後に何も言わず言ってしまうなんてあんまりだ。
悲しかった。
二人とも、自分に黙ってそんな大事なことをやっていた。
憎かった。
何もできなかった自分自身が。
わかってる。
幼い自分にそんな話をしたところで意味なんかない。
二人とも、正しい判断をした。
だから、自分が憎い。
大切な人の、大切な時に何もできなかった自分が。
違うんです。
違うんです、幽々子様。
私が笑えなくなってしまったのは、あなたのせいでも、祖父のせいでもないんです。
私はただ、何もできない自分が、憎くて憎くて、仕方がなかっただけなんです。
そっか。私は、今から過去の精算をしに行くんだ。
この異変は、あの青年のせいでもなんでもなく、きっと、私にとって起こらないといけない異変だったんだ。
そうでなければ、私は今度こそ私が嫌いになってしまう。
これは多分、最後のチャンスなんだ。
少女は、綺麗な夢から目覚める。
ずっとでも見ていたい、それこそ夢にまで見た夢だった。
でも、そうじゃない。
今も背筋をなぞる悪寒。
少女は覚醒直前の脳で理解する。
自分の主人に、何かよくないことが起こっている。
だったら、夢を見ている場合じゃないだろう。
何もできないのは、もう、嫌だ。
目覚めた少女は身体を起こす。
遠く、凄まじい妖気にあてられる。
手足の感覚はすでに戻りかけている。
動く手足があるのなら、やることは決まっている。
少女は、主人の元へと走り出す。
恐怖はない。今はただ、昔の自分を重ねていた。
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「あぁ、もうっ!なんなのよこれ!」
幽々子と対峙する霊夢は、ただひたすら困惑していた。
自分に向かって放たれる無数の弾幕。
ずっと反撃のチャンスを伺ってはいるものの、そんなものがあるとは思えない。
宙を浮かぶ幽々子に、負けじと空中戦を挑んではいるものの、攻撃の機会など訪れない。
「なんだってこんなことになってるのよ…!なんであいつあんなことになってるわけ!?」
理解し難い現実に、怒りが溢れる。
あの感覚、あの雰囲気。
あのバカ!何やらかしたらこんな惨事になるのよ!?
今の幽々子は確実に大妖怪そのものだ。
理性そのものが存在しない、人間に畏怖されるための存在。
きっと今、宙に浮いていなかったら、私は足がすくんで動けなくなっていた。
いくら妖怪退治が仕事だからって、限度というものがある。
「っ!しまっ…!」
しまった。考え事に神経を使いすぎた。
三日月への怒りで一瞬戦闘から気を抜いてしまった。
迫り来る弾幕。
ゴォと音を立てて迫る。
「こんのっ…!」
精一杯身体を捻り直撃を避ける。
コンマ一秒の予備動作さえも許さない、ただ避けることに神経を削ぐ。
頬をかする弾幕を意識の外へ追いやりながら、第二、第三の追撃を回避するため体制を立て直す。
視界の先に映る幽々子は、死刑宣告のように弾幕を練り続ける。
薄暗い冥界を照らす死に、霊夢は足が震えそうになるのを必死に堪える。
「くっそ…!早く来なさいよ、魔理沙!」
予定よりも遅い魔理沙に怒りの矛先が向く。
本来ならもうとっくに着いていてもおかしくないはずだ。
そう考えた脳を必死に振り解く。だめだ、今はただ避けるだけの技巧に成らなくては。
今の幽々子は誤作動を起こさない機械そのもの。人間らしい感情などとうに捨て去られている。
きっと、羽虫一つ殺すことぐらい、何も思わない。
追撃が来る。
正面に展開される無数の弾幕。
先ほどまで明瞭だったはずの視界が覆い隠される。幽々子の姿も視認できない。
さまざまな色をしたそれは、とても綺麗な絶望だ。
全く、無茶苦茶にも程がある。あまりに規格外、全くもってふざけている。
ノータイムでこんな量の弾幕を、最も容易く作り出してしまうなんて。
もしかしたら、霊夢は幽々子にとって、羽虫とすら思われていないかもしれない。
それでもいい。
今はただ目先のことに集中するだけだ。
恐怖によって研ぎ澄まされた感覚は、微かな生存ルートを絞り出す。
躊躇する時間もない。霊夢は直感に従って飛行する。
弾幕の間を縫うように、全速力で駆け抜ける。
高速移動によって起こされる耳鳴りに吐き気がする。すぐ横を通る死のターニングポイントに戦慄する。
だが、止まるわけにはいかない。
尚も飛行は続き、波のように押し寄せる弾幕を回避する。
反撃のチャンスすら窺わず、ひたすらに逃げ惑う。
幽々子はいまだに視認できない。ということは、まだ窮地を脱するには早いということだろう。
弾幕の雨はいまだに続いている。
酷使していた脳が悲鳴を上げ始めている。
頭に上った血で眩暈がした。
「(あ、まずっ…)」
研ぎ澄まされた感覚が、一瞬で引き戻される。
今まで見えていた道筋が消え失せたことへの、コンマ一秒ほどの動揺と焦り。
コンマ一秒で治ったのは、霊夢の戦闘経験からくるものだった。
動揺も焦りも、すぐさま集中状態へと切り替わる。
だが、弾幕の嵐は、そんな短時間さえ許さない。
右肩、左足、腹部、頭部。それ以降はもう、どこをやられたのかさえも把握しきれなかった。
「(能力の負荷使用か…。くそ、しくじったなぁ…)」
それは、霊夢自身にすら気づけなかった、恐怖と緊張からくるオーバーワークに他ならない。
許容範囲を超えた速度を出し、脳がその処理に追いつけなかっただけのことだ。
そんな簡単なことが、命取りとなった。
動かない手足を無様に眺めながら、容赦なく墜落する。
笑えてくるほど無様な格好に、鼻で笑った。
「もう少しくらい、時間稼げると思ったんだけど…」
ゴォと風を切る音がする。
真っ逆さまに落ち、内臓が浮くような嘔吐感に眩暈がした。
霊夢は妖怪でもなんでもない、ただの人間だ。
この高さから落ちれば、きっと即死は免れない。
落ちていく瞬きの狭間、幽々子を見る。
片手を掲げ、人魂のような弾幕が無数に灯る。
もう、恐怖は無かった。
そんなもの、考える余裕はなくなった。
「あのバカ三日月。次会ったら、絶対に許さーー」
許さないーー。
そう言いかけて、瞼を閉じようとして、全て諦めようとした瞬間。
「霊夢ぅーーーーー!!」
「ーーえ、はぁ!?三日月!?」
なおも落下したまま、その光景に目を見張る。
三日月が、魔理沙の後ろに捕まりながら、霊夢の名を叫んでいる。
全速力で箒がこちらを目掛けて飛んでくる。
「魔理沙!もう少しスピード上げてっ!」
「ちょっ、三日月立つな!危ないだろ!」
「いいからーー!」
「ーーっ!…あぁもう、どうなっても知らねぇーぞ!」
箒が加速する。
地面に直行する霊夢めがけて全速力で突進してくる。
そんな光景を目の当たりにしながらも、霊夢の理解は追いつかない。
あまりに唐突で、頭が真っ白になった。自分が今、どんな窮地に立っているのかも忘れるほどに、ただ眺めていた。
「霊夢っ、手をーー‼︎」
「ーーあ」
三日月の声にシャットダウンしていた思考回路が活性化する。
気がつけば箒がすぐ近くまで迫っている。
三日月は細い箒に片膝を立てて懸命に手を伸ばしている。
それに縋るように、霊夢も力の限り手を伸ばす。
「あ、あぁぁああーー!」
痛む腕に鞭を打ち、ひたすらに手を伸ばす。
風を一身に感じるその刹那、三日月の手が霊夢の手を握る。
まさに間一髪。
先程まで感じていた死と、人の温もりを比べ、一時の安心を勝ち取る。
しかし。
「あ…」
「なっ…!」
三日月は目をギョッとする。
掴んだはずの手が、霊夢の血で滑り、抜け落ちた。
霊夢の落下は止まらなかった。
「霊夢!!くそっ、三日月!もっかいしっかり捕まっーー」
魔理沙がもう一度箒で霊夢の救出に向かおうとした。
だから、後ろの三日月に必死に、かつ迅速に呼びかける。
しかし、遅かった。
霊夢ではない。三日月が、すでに箒から飛び降りていた。
「ちょっ、バカ三日月ぃぃーーーー‼︎」
魔理沙の声は聞こえなかった。
ただもう一度、霊夢の手を離さないために飛び降りる。
思考する時間などなかった。
直感ひとつで、三日月は飛び降りた。
「三日月…あんた何してーー」
「もう一回、手をっっ!」
「…!」
霊夢はまた、軋む体を動かした。
きっといくつも骨が折れてる。
内臓も無事かはわからない。
意識があるだけマシな状態だ。
けど…
「三日月!」
手を、伸ばす。
三日月は今度こそ離さなかった。
手は滑るから、体をしっかりと抱きとめる。
ボロボロになった体に、再び体温が戻ってくる。
あぁ。
今、手が動かなくてよかった。
動いていたらきっと、あまりの安堵でこの男の背中に手を回していたかもしれない。
本当に、よかった。
「霊夢!」
「な、何⁉︎」
急な呼びかけに意識を引き戻された。
「もう一度だけ飛べるか⁉︎」
「ごめん、無理!もう限界‼︎」
「…わかったーー‼︎」
三日月はそれだけ聞くと霊夢を片腕で抱きしめ、もう一方の手で懐に忍び込ませている札を取り出した。
「これはあんまり得意じゃないんだけどーー!式神、『憑身鳥(よるみどり)』!」
「え?式、え?」
その術名を聞き、ギョッとする霊夢をよそに、札を下に向かって投げる。と、同時に、札は大きな鳥へと変化していく。
全長約2メートル越えの巨体に2人は頭から突っ込んだ。
妖力でカバーされた羽毛に包まれる。
痛みも衝撃も、全くと言っていいほど感じられなかった。
ガバッと2人で顔を上げる。
まさに地面スレスレもいいところだった。
「危なかったぁ…」
「本当よ、全く…。というかあんた、式神使えたんだ」
「まぁ一応ね。同時に一体しか出せないし、戦闘能力もほぼ皆無だけど」
「へぇ。それは初耳だったわ」
霊夢にとって割と衝撃的な事実をよそに、三日月はふっと地面に降りる。
霊夢も続いて降りようと、腕に力を入れる。
「痛っーー」
「おっと」
ふらついて落ちそうになった霊夢を、三日月がキャッチした。
「ぁ」
「大丈夫…じゃないよな。ごめん、僕のせいで幽々子さんがああなっちゃったんだ」
「あ、いや、それはーーまぁ、本当に反省して」
三日月は、まず言わなくてはいけない事を言った。
まずは謝罪から。
ことの発端は、間違いなく三日月のせいなのだ。
一方、霊夢はといえば。
初体験の状況、俗に言うお姫様抱っこに心臓を加速させていた。
あれ、何この状況。
ふらついて地面に落ちたと思ったら、なんか抱えられてる。
しかもこの体勢ってあれよね?
あれが、あれな、あれよね??
うん?あれってなんだ?あれはあれか。まぁなんでもいいか。
「ふぅー。」
一旦深呼吸。
そうだ、落ち着け私。落ち着きなさい博麗の巫女。
こんなことでドキドキしてたら、後で紫になんと言われるか。
「いや、ドキドキなんてしてませんけど⁉︎」
「わぁっ!なんだよ急に」
「あぁいや、なんでも…」
「??」
首をかしげる三日月。
大怪我をした少女が急に大声を出すなんて思ってなかった。
かく言う霊夢は、もう一度深く深呼吸をする。
平生を取り戻して、おまけに声のトーンも(照れ隠しに)少しだけ下げて。
「とにかく、一旦おろして。話はそれから」
「歩けるのか?」
「……どっかに座らせて」
はいはいと返事をしながら、霊夢を抱えて近くの石壁に霊夢を運ぶ。
ゆっくりとおろして、背中を預けさせる。
「とりあえず、血管は繋いでおく。痛みは消えないけど、止血ぐらいにはなるから」
「…ありがと」
まだ冷え上がらない頬を隠せないのが悔しい。
だがそれ以上に、こいつのせいでこんなことになったのに、こんなに安心してしまうのが、悔しい。
「よし、これでもう血は出ないと思う。ただし動くと悪化するよ」
「わかってる……。あんたって、こう、割と万能よね」
「まさか。器用貧乏なだけさ」
自重気味に笑いながら、そんなことを言う。
横になっている体を見下ろすと、確かに血は止まっていた。
今の短時間でここまでできるなら、やっぱりすごいことだと思うけれど、
彼は「ごめん、もっと高度な治療ができたらよかったんだけど」なんて言ってくる。
あー、馬鹿だ。
こんなに安心してしまっている自分は、きっと大馬鹿だ。
今が一大事だなんてことはわかっているのに。
まったく、イラつくなぁ。
「そもそも、こいつのせいでこんなことになってるんでしょ」
つぶやきが漏れる。まぁ実際、わざと聞こえるくらいの声量で。
助けられたからと言って、少しくらい反省してもらわなければ割りに合わないと言うものだ。
三日月は、その言葉に気まずそうに顔を逸らした。
「ごめん。ただ…。あの時僕には、幽々子さんが本音を言っているとは思えなかった。妖夢の話をするときは、少なくともあんなに苦しそうになんて話してなかったんだ。………でも」
きっと、三日月の言葉も、ただの呟きだっただろう。
彼の表情は、少し曇っていた。本当にいいのかと、己を問いただすように。
霊夢にかける言葉ではなく、自分の決意を固めるためのものだったに違いない。
それにまた呆れた。呆れて、可笑しくなって笑いが溢れた。
「あっそ。…何があったかは知らないけどね、自分の起こしたことを責任持ちたいって言うんなら、しっかりそれを果たしなさい」
「ーー!」
「あんたがそうまでして守りたいものなんでしょ。ならしっかり、守り切って見せて」
「あぁ…。ああ!ありがとう、霊夢」
霊夢の言葉は、いっそ投げやりと言ってもいいものだった。
やめたほうがいい。わかってる。
危険すぎる。わかってる。
だから、わからない。
こいつがこんなにも必死になる理由が。
だから、私に止める資格なんてない。
===================
頭の中でぐるぐると這い回る。
幽々子から聞いた、妖夢の過去が。
こびりついて、落ちてくれない。
だから、どうにかしたかった。
あのとき僕は、苦しそうに語る幽々子さんに、2つの「なぜ」を問いかけた。
ひとつ目は、なぜその話を僕にしたのか。
ふたつ目は、なぜこの異変を起こした張本人が、そんなにも苦しそうなのか。
結局どちらもわからずじまい。
色々考えたけれど、理解するには2人のことを知らなすぎる。
これ以上踏み込むのは、いいのだろうか。
それは、僕がやっていいことなのだろうか。
実際、僕は踏み込もうとして幽々子さんをああしてしまった。
もう、やめたほうが、いいのだろうか。
そんな迷いは、目の前の少女の言葉で、最も簡単に晴れてしまった。
そうだ。これは僕のしたことだ。
今引き下がるのは、責任の放棄に他ならない。
それに、魔理沙にも言っただろう。
妖夢に桜を見せなくちゃいけない。
あの時の笑顔を、無駄になんかさせない。
三日月は顔を上げる。
先ほどまでとは違う雰囲気を纏う幽々子を見上げる。
あまりにも儚く悲しいそのあり方に、故に決意は固まった。
「こんな終わり方、絶対に……!」
宣誓のように、高らかに。
三日月は性格的に善人です。
約束を破ることを嫌い、責任感も正義感も強め。
ですがそれゆえに時たま無鉄砲な行動をしてしまいがちです。
霊夢からの総評「死に急いでる」