「以上が作戦…っつーか方針だな。とりあえずこれでいいか、妖夢」
「はい、魔理沙さん」
「三日月も異論ねーな?」
「ないよ、了解した」
魔理沙がニカっと笑う。
全く、緊張感があるのか無いのか、判断のしにくいことこの上ない。だが、今はその笑顔がなによりも心強く感じる。時と場合によっては、この楽観も頼もしい。
そんなことを思いながら、三日月は妖夢を流し見る。
時間にして約5分前、たったそれだけの時間があまりに遠く感じてしまうのは、きっとこの状況から来る焦りなのだろう。
ーーそう、5分前。
状況を打開する術に煮詰まった2人のもとに、魂魄妖夢は現れた。それはまさに救いの手のようで、きっとその光景を当分忘れない。挙句、「さっきぶりです、三日月さん」なんて笑いながら言うものだから、色んな意味で心臓に悪い。
幽々子さんからあんな話を聞いたからだろう。
こんなふうに、年相応に笑っている彼女は、とても眩しく見える。
「驚いたな。こんな事になってるし、怒られるかと思ったよ」
「そんな事しませんよ!私をなんだと思っているんですか」
「そうかな、割と妥当な判断だと思うけど」
「元はと言えば私たちが異変を起こしているのが原因なんですから、そんな逆ギレみたいな真似はしません」
うーん、そうかなぁ。
それはそうと、なんだか物腰が柔らかくなったような。最初に会った時よりも、年相応の反応をしてくれる。
「妖夢、何か吹っ切れた?」
「え?」
「あぁいや、なんかいい笑顔だったから、その。ついーー」
本当に些細な疑問を口にする。突然の物言いに、妖夢が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
しばらく「うーん」と唸ると、にこやかな笑顔でまた、
「だったら、それはきっと三日月さんのおかげです。貴方が来てくれたから、私が私を許すためのチャンスを貰うことができたんです」
「え、僕…?」
「はい、そうです」
「…僕は、そんな大層なことはやってない。どちらかといえば、僕は君たちの関係を踏み荒らしたようなものだよ。だから、本当なら謝るべきでーー」
「いいえ」
妖夢は一歩踏み出すとじっと三日月の目を見つめた。
ドキリと胸が鳴る。手を伸ばさずとも届いてしまうほどの距離にいる妖夢に視線が吸い寄せられる。
いいえ、と。力強く答えた彼女は、同様に力強い意志のこもった瞳を向けてくる。
かと思えば、妖夢は三日月の手を取り、両手で包むように胸の前まで持ってきて言葉をつづけた。
「貴方のおかげなんですよ。今までなあなあで済ませていた事を、済ませてはいけなかった事を、貴方が動かしてくれた。止まっていた私と幽々子様の今までを、これからを、貴方が救ってくれたんです。たとえそれが三日月さんの本意ではなかったとしても、それでも私は、勝手に感謝しつづけます」
「…でも」
「いいんです。感謝って、いつだって自分から勝手にする事でしょう?」
包んだ三日月の手を、彼女はさらに強く握る。
彼女の言葉は、三日月にはまだわからない。だって、感謝されることなんて一つもやっていない。
掻き回して、掻き乱して、その結果がこのザマだ。責められる事こそすれ、感謝されるなんて。
けれど、同時に思う。
きっと理解できないのは当たり前なのだ。だって、今までの彼女の苦悩も辛さも、三日月にはわからない。
だから、妖夢が欲していたものもわかるはずがなかった。
彼女が欲していたもの。それは、些細なきっかけだったのだ。
現状を動かす何かが、欲しかったのだろう。
それを、三日月にも理解できないほどに、望んでいたのだろう。
「ところで、三日月さん」
「ん、どうしたの、妖夢」
「あぁいえ、そのですね…約束、忘れてませんよね?」
控えめがちに聞いてくる。
モジモジ、チラチラと落ち着かない様子である。なんだろう、やはり最初にあった時とのギャップが凄まじかった。
でもまぁ、多分こっちがこの子の素なのだろう。幽々子が言っていた、昔の変わってしまう前の妖夢は、きっとこんな感じだったんだ。
そんなことも考えてはいるが、その実、三日月は笑いを堪えるので必死だった。こんなふうな妖夢が見られるなんて、夢にも思っていなかった。
「ーー…ふっ」
「あ!今笑いましたか!?なんで笑うんですか!」
「ーーあっいや、ごめん。なんか嬉しかったんだ。最初は…ほら、なんかピリピリしてたし」
「あの時は私の仕事がありましたから。でも、そうですね。まだ気を抜いちゃいけませんでした」
「あぁごめん。そんなつもりで言ったわけじゃーー」
「違います、三日月さん。上を見てください」
「ーー上?」
食い入るように空を見つめる妖夢。三日月はそれを真似るようにして空を見上げる。
暗い空。
雲ひとつなく、星ひとつなく、ただただ淡く明るい空。
そして、その空に浮かぶ大妖怪。
幽々子は、その虚に開いた目で、じっと焼き付けるように妖夢を見ていた。
あぁ、なるほど。酔狂はここまでか。
「話は終わったか?それじゃそろそろ再開だ。幽々子もこれ以上は待たないってカンジだしな」
「はい、魔理沙さん。…それと、ひとつ提案を。囮になるのは三日月さんではなく私がやっても良いですか」
「…」
「ーーなっ!妖夢、それは…!」
「大丈夫です、三日月さん。それに、幽々子様は私を見ている。意識が私に向いているなら、私が囮になるのは最善でしょう」
「それは、そうだけど」
「それに、私なら幽々子様の弾幕もある程度防ぐことができます。時間を稼ぐにしても、やっぱり私の方が適任だと思いますよ」
確かに、それはそうだろうけど。
そう言い返そうとするが、言葉が出ない。
「それに、三日月さんはもっと他にやることありますよね。万が一を考えるべきです」
「あ、ああ、はい…ごもっとも」
「でしょう?」
でも、それは。
もしも妖夢が幽々子の攻撃で傷つけられてしまうようなことがあれば、幽々子の心は本当に歯止めが効かないところまで行ってしまうのではないか。そうなったら本当に、助ける手段がーー
「大丈夫」
そっと、妖夢が三日月の手をとった。
妖夢の目には、覚悟の色に染められている。
「信じて」
その一言が決定打だった。
そんな顔をする少女を、その意志を、踏み躙ることは出来なかった。
「あぁ、信じるよ」
本音を言えば、不安はある。
たった数分の間でもあの幽々子と撃ち合って、思い知らされた。格の違いや、そもそもの土俵が違っていることを。だって、幽々子は戦闘なんてしていない。ただ目の前に飛んでいる虫を払うのと何ら変わりはないだろう。
けど、そんなもの。
そんなもの、彼女は、妖夢は知っている。
三日月とは比べ物にならないほどの時間を過ごしてきた彼女が、誰よりも恐怖しているはずだ。
「有難うございます。三日月さん」
だのに、彼女はこうやって笑うのだ。
ーー優しく、強く、嬉しそうに微笑むのだ。
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「せあぁぁあ!」
弾幕。弾幕。弾幕。弾幕。弾幕。弾幕。弾幕。
差し迫る灯火は、まるで私を飲み込むように覆い尽くす。
右も、左も、上も、下も、前も、後ろも。四面楚歌、なんて、あぁ、よく言ったものだ。
だってこれは恐怖でしかない。こんなの、正気の沙汰じゃない。正気でなんていられない。
けれどーー
「怖がるな、怖がるな!さもなくば…!」
自分を叱咤する声があり、体を動かすだけの力がある。
震えてなんかいられないのだ。自分が望むものは、こんなところで妥協して手に入るものではないはずだ。
刀を握る手に力がこもっていく。
息をするごとに、意識が洗練されていくのを感じる。
弾幕は確かに速い。目で追うだけでも神経の大半が持っていかれるようだ。
ただし、裏を返せばその程度。
ただ速いだけの的にすぎない。それに、単純な速さだけで言ったら三日月さんのやつの方が速かっただろう。厄介なのは、そう。恐怖してしてしまっている頭と、それにつられて動きの鈍い手足だけ。
ーーうん。なら大丈夫。私はまだ対応できる。
「あぁ、あぁぁぁあああーー」
だってほら。今、この瞬間にも、こんなにも心が軽くなっていく。
もっと早くに気がつくべきだった。そもそも、戦闘になっている時点でおかしいんだ。
彼女を相手に、たった三人で相手が務まるはずが無い。本当だったら、冥界なんてとっくに無くなっていてもおかしくないのだ。
彼女が今正気でないのは確かだろう。力だって大妖怪そのものだ。ただしそれはスケールの話。規模としては大妖怪であってもーー
「ーー貴女はまだ、堕ち切れていないっ…!」
幽々子は未だ冥界の主人としての自分を捨てることができていない。
その理由は私には解らない。しかし、彼女の中で譲れない何かが、諦めたくない何かがあったのだろう。
ならば、私が戦う理由は、私が諦めない理由はそこにある。
あの時、何もできなかった私。
弱かった私。
ずっとあなたに守られてきた私だからこそ、強く想うのだ。
ーー今度は私が、貴女を守ってみせる。