ついに冥界にたどり着いた三日月。彼はどうなるのでしょう。
では!
階段だ。
長い、永い階段がある。石でできたそれを、灯火が淡く照らし出している。それはまるで導くかのように、ただそれのみを三日月に視認させるかのように。
三日月は吸い寄せられるように階段を登った。己が直感を信じて、登っていく。何故か疲れは感じなかった。それどころか体は浮くように軽く、けれどそれがなんだか気持ちが悪くて。登っている最中、三日月は後ろを振り返らなかった。見てしまったら、そのまま吸い込まれてしまうような、そんな気がした。そんなことが無いのは分かっているが、分かっていても不気味に感じてしまうのだから仕方がないだろう。
一段、一段と進んでゆく。せめて周りの景色がハッキリすれば、ある程度の気分転換になっただろうか。あるいは誰か話し相手でもいれば。そんなタラレバを思ってしまう。
コツン、コツンと辺りに鳴り響く。靴の音が反響する。他の音は遮断されたように三日月の耳には届かなかった。
嵐の前の静けさなんて言葉を想像してしまった自分を呪いたくなった。
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「やっと着いた……」
長い階段が終わり、少し開けた場所に出た。ここはどうやら下とは違い、何不自由なく動けるほどの明るさだった。暗さに慣れてしまった目がチカチカする。
三日月はため息を一つついた。肉体的にはなんともないが、精神的に大分参ってしまった。まだスタート地点だというのにこの有様では、この先どうなるかわからない。気を引き締め直さねば。
「ん、あれは…」
慣れてきた視界で辺りを見回す。ぼやけていた時はよく見えなかったものの輪郭が、だんだんとハッキリしていく。
「道だ」
どうやらここから道が続いているらしい。ここもどうやら石畳が敷かれている。道の端々に置いてある灯火を見て思う。なんというか…物凄く古風だ。冥界というものがどんなところか全く知らなかったが、こんな感じだったとは。勝手に、人の骨や死骸がそこら中に散らばっているような物騒なイメージを持っていたが、それどころかとても綺麗な場所だ。
まぁそんな事はどうでもいいのだ。先を急ごう。今回の目標は異変解決であって観光ではない。霊夢や魔理沙も待っているだろう。早く終わるに越した事は無い。先を急ーー
「どなたですか」
「ーーっっ!」
少女の声。細く、冷たい声。ぞくりと心臓が脈打った。
考えるよりも先に、三日月の足は地面を蹴った。己が出せる力を全部使い、声の主から距離を取る。信じられない、あり得ない。少女は先ほどまで三日月が立っていたすぐ後ろに立っている。気配が遮断されているかと思うほど、何も感じなかった。心臓はいまだ落ち着かない。いつ近寄られたのか…それどころかいつからいたのかも把握できない。
落ち着け、彼女はそこに居ただけだ。自分が気づいていなかっただけ、きっとそうに違いない。きっと疲れで周りが見えていなかったんだ。視界が悪くて視認できなかったんだ。
…しかし、三日月の予感は、ずっと危険信号を出していた。
「どなたですか」
少女は同じ質問を繰り返す。先ほどと変わらぬ口調で、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「あなた、まだ死んでいませんよね。死人が、魂が、あなたほど自我を保っていられるはずありません。体を保てているはずがありません」
「ーー…ぼっ、」
このままではまずい。危険だ。せめて状況を、自分のことについてを話さなくては。
「僕は、三日月。どうやってここにきたのかは、自分でもよく分かっていなくて…ここにきた理由はーー」
少女はじっと、三日月の言葉を待っていた。一切にして動かず、ただじっと、耳を傾けていた。
「ーー異変を、解決しに来た」
「……」
異変という言葉を聞いて、三日月は少女が驚くだろうと思っていた。自分の居る場所で異変が起きているなんて知ったら、きっとこの少女は酷く混乱するだろうと、そう思っていた。いやーー。
「そうですか、わかりました。ですが、お気になさらず。私たちは何ともありませんので帰っていただいて結構です」
ーー願っていたのだ。どうか驚いてくれと。どうか無関係であってくれと。
だが違った。この少女は、間違いなく異変に関わっている。
三日月はそっと腰にある札に手をやった。
「そういうわけにはいかない。困っているんだ、地上のみんなが」
「そうですか、残念です」
少女は腰に携えたそれを引き抜いた。
ーー刀だった。とても長く、美しい刀だ。
三日月も彼女が刀を持っていた事は気が付いていた。ただ、見て見ぬ振りをしていた。
「なら、多少強引にでも」
「ーー…」
少女は刀を三日月に向ける。どうやら避ける事はできないらしい。少女は姿勢を落とし、三日月を視界から外さない。三日月も札を取り出す。彼もまた、刀を向ける少女から視線を逸らさなかった。
ーー逸らさなかったのだ。
一瞬たりとも逸らしていない。…なのに、だと言うのに。
何故今自分の視界には少女の姿が映っていないのだろうか。
「なっーー!!」
「どこを見ているんですか」
一瞬だ。先の一瞬で少女は三日月の懐にまで迫っている。
迫る死の予感が三日月の頬をくすぐり、背中を伝う。
身体を崩しそうになるのをどうにか踏み止まり、彼女が刀を振り抜く直前で条件反射のごとく後方へ回避した。
「っ……」
腕を浅くなぞった刃に少量の血が伝う。避けきれなかったのか、左腕から血が流れた。ただ軽症だ、何とも無い。まだまだ全然動く。左手を握りしめる。今の奇襲でこれだけの怪我なら安いものだ。
「避けましたか、なるほど。戦闘経験がお有りなんですね、意外です」
「ははっ…」
思わず乾いた笑いが出る。まるで避けないと思っていたようではないか。避けなかったら首を刎ねられていただろう。と言う事はつまり、彼女はそういうつもりなのだろう。
ところで、もし冥界で死んでしまったらどうなるのだろう。行き場をなくして彷徨い続けるのだろうか。
…止そう。今は考えたくない。
「では次も避けてくださいね」
「くっーー!」
第二の刃が来る。凄まじい速度で迫ってくるそれは、何だか見惚れてしまいそうになる程美しかった。しかし、彼女はそんな時間すらも許さない。左から振り抜かれる刀をまたギリギリのところでかわす。ブォンと音を立てて、その剣戟は空を切る。安堵したのも束の間、彼女の瞳は三日月を見据え、次の攻撃の姿勢に入る。第三、第四と流れるように迫って来た。
「(不味い、このままだといつ切られてもおかしくない…!)」
体制を直した少女は上段を構え、また三日月に急接近する。
やるしか無い…
その数コンマ先に三日月は札を抜いた。
「(ごめん)」
「『鳴符・霹靂神(はたたがみ)』!」
「ーーっ!?」
此処に現るるはまさしく神速の一鳴り。
札を叫ぶ。それに呼応する様に発光する。
雷の器を持った弾幕の一刺しが少女を目掛けて空を這ってゆく。
ドォンと大きく音を立てる。三日月は確かに見た。
雷撃とも呼ぶべくその弾幕は、確実に彼女を捕らえている。
少し威力は抑えた。大事には至っていないはずだ。ただまぁ、気絶ぐらいはしているかもしれないが。確認しようにも煙が立っていてよく見えなかった。近寄るにも、緊張から解かれたばかりの足が思うように動かない。
三日月は大きく溜息をついた。
「死ぬかと思った…」
久しぶりにこんな窮地に一生に立たされた。全くもってやめていただきたい。
思うように動くようになった足を動かして彼女の元へ近づく。いまだ煙が立っていて視界が悪い。
不意に、三日月の耳が小さな音を汲み取った。
空を切るような音。
ーー瞬く間、三日月の胸に弾幕が飛び込んできた。
三日月の身体は軽々と飛ばされて、石垣に背中から勢いよくぶつかった。
逆流して来た唾液を吐き、咳き込む。
視界の先には刀の少女。
先ほどまでは何も持っていなかったその左手には、二本目の刀が握られていた。