第二十一話 眼下に渦巻くもの
【第21話】
時に、西暦2201年。
地球人類は、多くの同胞を戦災で喪いながらもその歴史は23世紀を迎えることになった。
西暦2201年 1月1日 午前0時00分(キリバス日付変更線における時間)。
前年の12月24日に満を持して極東管区地下都市へとやってきていた元・北米管区行政局長、
エイブラハム・ダグラスは全世界の地下都市へ向け、地球連邦の誕生を宣言した。
その発表を画面の向こうで待っていた人々は大いに沸くか、あるいは感慨深く受け止め、
地球の復興と発展を確信し、期待し、そしてこの時を待たず去っていった者たちに誓った。
……これは、地球連邦の新体制確立から二週間後、新体制に伴い地球連邦防衛軍の司令部が
置かれた旧国連極東管区軍の予備司令部庁舎においてのことである。
国連極東管区軍司令部ビルは地球連邦の主要機関が使用庁舎とした。
地球全域をカバーする機関群が庁舎を占有しているのだから、容積は限界ギリギリとなり
地球連邦防衛軍の司令部を置ける余地は無くなってしまった。
無論、このことは2200年の暮れの時点で判明していた。
元より極東管区一つ分の機関で使用していた建物である以上、それ以上に大規模な機関の
指導部を複数容れるのには無理がある(事実、物資配給局などは別の建物に本部を置いた)。
こうした都合上、新設された地球連邦防衛軍の総司令部は旧国連極東管区軍の予備司令部の
庁舎に置かれることとなったのだが、
このビルは、あくまで本命の庁舎の臨時のバックアップとして用意されていたもので、
本来の庁舎より少し規模で(有する機能ではほぼ同等だが)劣っていた上、
未使用・未整備で戦時の窮乏で半ば放棄されていたことで庁舎内の所々が不具合を示していた。
それでも、12月半ばまでには清掃や修繕などが行われて防衛軍司令部を迎えるに十分な
状態へと整備することが出来、2201年の正月から防衛軍は同庁舎に総司令部を置いている。
……その司令部庁舎の、主会議場。
そこでは、対ガミラス戦生え抜きの優秀な将官・士官で構成されている、
新連邦直轄の防衛軍の最高幹部陣が隔週で行われる定期会議を開いていた。
新連邦設立から日が浅く、この定例会議もまだ2回目であるためか、
参席する人間の挙動は不慣れであることを示している。
それでも、有能な人員ばかりが集められている防衛軍総司令部だ。会議は順調に進行する。
会議の進行役を務めるのは遊星爆弾の危険性を早くに指摘し、その先見性を買われ
地球連邦防衛軍にて参謀本部主席戦略参謀の任に就く男、ジャーベル准将だ。
「……では、次の議題に移ります。案件の提出者は、地上軍建設部門次長。」
「はいっ。」
役職名を呼ばれて、黒人男性が立ち上がる。
参席者は一様に自動翻訳機能付きのインカムを装着しており、同じ言語圏の人間同士のような
円滑な対話を可能としていた。しかし、使用する回線の都合上で発言は一人ずつとなっている。
南アフリカ管区軍土木部門出身の地上軍建設部門No.2、フランク・ゴーサ大佐が発言した。
「……去る1月8日、北ユーラシア管区駐留軍に所属する地質調査チームの深深部探査機器が
シベリア地域の一画の地下に異常な重力源反応をキャッチ、同調査チームは重力源が地下都市に
悪影響を与える可能性があるとして駐留軍本部及び建設部門本部へこの旨を報告しました。」
大佐は、参席者たちに手持ちのデバイスに送付された資料を見ることを促しながら語り続ける。
「……翌日、駐留軍本部は大規模な動員をかけて地下都市内の重力反応と影響を検査しました。
幸いというべきか、同管区内の地下都市内では異常な重力反応は確認できず、件の重力源からの
影響も目立ったものは見られなかったと報告されています。これについては重力源がシベリアに
位置し地下都市と距離があったことが要因であるように考えられています。」
「また、異常な重力源の存在する深度は地下都市よりも数倍深いものであることも一因と
現地部隊は考察しているようです。」
ゴーサ大佐の説明に疑問を呈したある参席士官が、挙手をして質問の許可を求め始めた。
ゴーサ大佐は説明を一度止めて、ジャーベル准将に発言回線を渡す。
発言権を返された進行役のジャーベル准将は、挙手した士官の名と役職を告げ、発言を許す。
「……その異常な重力現反応というのは、機器の不具合による
「いいえ。現地部隊もその可能性を疑ったそうですが、複数の機器が同様の反応を示しており
偽反応ではなく、異常重力源は存在するという結論に至っています。」
大佐は冷静に質問に応じ、他の質問がないことを確認し話を元に戻した。
「……では再開させていただきます。……建設部門本部はこの報告を受けて他の管区に同様の
事例が確認されていないか調査したところ、関連すると思しき報告を複数発見しました。
これを受けて、建設部門本部は各管区駐留軍へ向けて担当区域の大深度地下に異常重力源が
存在しないか調査・確認を行うよう要請したところ、ほとんどの管区駐留軍から地下に
異常重力源が確認されたとの報告を受けました。」
告げられる明らかな異変に、会議場はどよめいた。
「……ただし、いずれの異常重力源反応も地下都市から位置的にも深度的にも離れた場所に
存在することが判明し、現段階では地下都市並びに市民にも影響はないということになります。」
再度、傍聴側から質問が飛ぶ。
「……地球に、惑星そのものに悪影響があるのでは?地殻やコアに負荷がかかっている可能性は?」
「……建設部門としては重力源の正体は一体なんだと考えているのか?」
次々に投げかけられる質問に、大佐は端末機器を操作して確認しながら答弁する。
「……現在、建設部門は科学研究部局などと協力して調査・確認に乗り出しています。
その結果得られている現時点での推測になりますが、件の重力源の正体は、宇宙戦艦ヤマトが
地球にもたらした惑星イスカンダル由来の装置・
地球環境再生の際に発生した副産物である可能性が高いとのことです。
物理学者の計算と推測では、量子単位での物質の置き換えが全地表で行われた結果、大地下で
余剰エネルギーが重力の特異点化した……ということですが、詳細は省かさせていただきます。」
「惑星そのものへの負荷については1000年、1万年単位では影響があるかもしれないが、
短期的には、今後数世紀間は地表や地下都市の所在する浅深度への影響と同じく
脅威的ではない、という見解が示されています。」
大佐の返答に、会議場の空気は少しばかり緩む。
救われたはずの地球が実は崩壊寸前だった、などということがあってはたまらない。
復興や国防ならともかく、惑星の崩壊は人間が太刀打ちできる問題ではないからだ。
それでも、何が起こるか保証するものは何もない。参席者の心中には
不安と恐怖が沸き起こると共に、この副作用について何も言わなかった
イスカンダル星人に対する不信と疑惑が萌芽していた。
「……発見された異常重力源の分布はご覧の資料の通りです。
地球上の位置、地中・海中は問わず一定以上の深度に存在しています。」
説明どおり、重力源が確認された場所は法則性もなく多様な箇所に存在した。
あるものは海溝の底に、あるものは山脈の地下深くに。
「……現状こそ影響が確認できておりませんが、今後人類の活動に何らかの支障を
もたらす可能性に備えてこれら重力源の実態調査を行うべきであると具申いたします。」
ゴーサ大佐は長い説明を終えて、ようやく建設部門および自身の意見を具申した。
臨席する士官たちの間には重力源の潜在的脅威度を明確にしようという雰囲気が漂う。
彼らの視線は、この会議の場において最高の発言力を持つ二人の男に集約される。
議場テーブルの最上座とそこに一等近い席に座る、
地球連邦防衛軍 統括司令長官ブルーノ・プリエーゼ大将と、同 副司令長官の芹沢虎鉄大将だ。
並み居る士官たちの注目を受けて、芹沢は上官のプリエーゼにどうしますかと
言わんばかりの目配せを送った。プリエーゼは芹沢に飄々とした顔で頷き、発言回線を開く。
「……地球の自然環境の復活は、まさに奇跡とも呼ぶべき神秘の御業に見えていたが、
あくまでも物理学的な摂理に基礎を置くものであったことが明らかになった。
物理法則を根底に置く世界で代償なしの奇跡などは到底起こり得ないのだ。
……我々は地球連邦防衛軍。連邦市民を脅かす可能性がある事象は速やかに
捕捉・分析、そして排除せねばならない。」
眼鏡をかけた老境の大将は断固とした口調で語り、重力源の調査が決定された。
重力源の実態調査は、海底に存在する重力源に遠隔操縦型深深度潜航艇を送り、
潜航艇のカメラやセンサーから得られた情報を基にして分析するという方法が採られた。
調査する重力源はオーストラリア大陸西方、東インド洋の海底に位置するものだ。
遠隔無人操縦潜水艇を偵察に用いることになったのは、芹沢副司令が人命の
リスクを懸念し有線遠隔艇を使用するよう働きかけたところによるものが大きい。
重力源の生物への影響を確認する手段として、艇内に充分な酸素と水、餌等
生存に問題ない環境下に置かれた実験用ラット(保存されていた遺伝子から人工受精で製造)を
載せて、これもカメラで監視することでデータを得ようということになった。
調査の参加部隊は近隣のオセアニアや東南アジア管区の部隊が担当。
調査機器や専門分野の人員は地上軍から出されたが、水上を航行可能な船舶、
それも調査拠点が置けるような大型艦は地上軍は有していなかったため
修復が完了していた旧国連宇宙海軍オセアニア管区艦隊・現防衛軍オセアニア管区駐留艦隊の
標準型宇宙輸送艦「オーウェンスタンレー」とその乗員が調査隊の移動拠点に提供された。
防衛軍は当初、調査母船には大型の宇宙戦艦ヤマトが適していると考えていたが、
当のヤマトが定期整備のために仮設ドックに入渠しており断念せざるを得なかったという。
調査部隊は、会議が行われた1月15日から6日後の1月21日に重力源のある海底の
直上海域へと到達し、無人遠隔操縦潜航艇を投下する。
「オーウェンスタンレー」の艦底ハッチが開放され、ウインチによって降ろされていく探査潜航艇。
遠隔操作用の有線ケーブルは数キロ分用意されているが、潜航艇の快速さゆえか勢いよく
海中へと引き込まれてゆく。無人潜航艇のカメラからは人類が奪われ、焦がれてきた光景が広がる。
魚をはじめとする水棲生物たちが、珊瑚や海藻で彩られた海を游ぐ、楽園の海だ。
喪われた過去の世界から来たであろう彼らに別れを告げて、潜航艇は深海へと降りてゆく。
宇宙戦艦にも使われている強力な耐圧装甲材は暗く冷たい深海の水圧をものともしない。
生ける者の進入を拒む海へ、船体の強靭性に物を言わせて強引に分け入り進んでいく。
「……間もなく、例の重力源へ突入します。」
「各種計器、異常無し!」
調査母船の艦内では、探査潜航艇の操縦者や計器の観測員などの他に母船の船員などが、
臨時で設えられた大型のモニターに映る潜航艇のカメラから送られる映像を目にしている。
潜航艇は一時間あまりの潜航で海底の重力源へと到達しようとしていた。
「……潜航艇への負荷水圧に異常発生!負荷が軽減されています!」
「何だと!?」
重力源へ近づくにつれ、潜航艇への水圧は小さくなっていく。遥か深海にも関わらず、だ。
調査隊に同行していた物理学の研究者は、この状態を興味深げに考察した。
「……あまりに強力な重力源だ、周辺の海中は重力などが滅茶苦茶になっているのかもしれん。」
「……潜航艇を、前進させますか?」
一方、潜航艇の操縦員は不安げな声色で上官に尋ねる。
この先の重力源至近で何が起こるか分からない。ケーブルが切れて操縦不能になるかもしれないし、
潜航艇自体が圧壊・故障してしまうかもしれない。無論、潜航艇の喪失は計算に入っている。
だからこそ無人艇を用意したのだが、機材は貴重だ。無為な喪失はできるだけ回避したい。
「調査の目的は重力源の詳細な情報だ。……突入させろ。」
しかし、調査隊長は任務達成のためリスク承知で危険海域への潜航を決断した。
操縦員の手に導かれ、潜航艇は更に重力源へ近づいていく。そして、異変が訪れた。
「な!?水から出たぞ!」
「そんな馬鹿な!?」
潜航艇を進ませた先に、海水は存在しなかった。カメラカバーの耐圧樹脂部には
水滴がついており、潜航艇のいる空間が海中と異質なものであることを示す。
潜航艇のライトの光の広がりも海中でのそれではない。モニターに張り付く調査隊の間に動揺が走った。
「……重力源は!?」
「…潜航艇の前方、およそ5kmの海底です!」
「……重力源から半径5km圏内は、無重力あるいは低重力空間が広がっていると見て違いない。
……なんと奇特な光景だ……。」
考察する物理学者が絶句するほど、重力源とその隣接空間は奇妙な点に満ちていた。
すると今度は、別の誰かが悲鳴を上げる。
「一体どうした!?」
「こ、これを見てください……!」
悲鳴を上げたのは、実験用ラットを監視していた調査隊員。
モニターに映るラットの姿は衝撃的なものだった。
「何なんだ、何だって言うんだ!?これは!」
調査隊長は恐怖の色すら声のなかに滲ませていた。
……ラットは急速に老いてしわくちゃになり、間もなくーーー。
そして、それだけに留まらなかった。
「隊長!潜航艇、落下しつつあり!別の重力に捕まったようです!」
「なに!」
不安定な無重力空間に浮かんでいた潜航艇は、いつの間にか数キロ先の重力源に
捕らわれ、引き込まれつつあったのだ。隊長が輸送船内に作られた作業場を見ると、
凄まじい勢いで無線用ケーブルを巻くドラムが回転しケーブルを海中へと叩き込んでゆく。
このままでは重大な事故に繋がりかねない……。
「なんとか戻せんのか!?」
「駄目です!水の無い空間なのでスクリューが役に立ちません!」
潜航艇のカメラには暗黒の真空空間を、猛烈な速度で進んでいく様が映されている。
最早、無人潜航艇は還らないだろう。調査隊長は声を張り上げた。
「やむを得ん、第三ケーブルポイント爆砕!潜航艇は破棄だ!」
「はっ!」
このままでは潜航艇の巻き添えで通信ケーブルが全て重力源に落ちてしまうと判断した
調査隊長は、ケーブルの途中切断を命令。コマンドが送られ、重力源の影響域外に留まっていた
あたりからケーブルは切断された。貴重なケーブルの全喪失と、事故の発生はこれで防がれる。
ケーブル切断に伴って、潜航艇から送られてきた映像と各種センサーの情報も少し遅れて途絶した。
調査部隊は、探査潜航艇の喪失と引き換えに異常重力源の様子や生物への影響、各種データを入手することに成功。
後に、得られたラットの映像やデータの精密調査から重力源影響域内では時間が圏外と異なる速度で進んでいることが判明。
重力源は「反重力特異点」、その周辺の影響圏内は「時間断層」と命名され、
地球連邦と防衛軍は徹底的な箝口令と情報秘匿を敷くことになる。
(……どうしてこんなことに……地球は一体、どうなっちまうんだ……)
オセアニア管区駐留軍基地への帰路に着く「オーウェンスタンレー」の船内で、調査隊長は
調査の後始末を指示しながら考えた。
潜航艇が最後に送ってきた映像。闇の中を、破滅へとひた走る様。
あの重力源が、復興する地球と生き延びた人類に、同じ末路を歩ませるのではないだろうか……
そういった最悪の想像がしばらくの間、彼の頭に焼き付いて離れなかった。
地球連邦(旧国連軍)の標準型宇宙輸送艦のデザインは、ガンダムのコロンブス級を単胴型にしたようなものだと思ってください。