【第30話】
西暦2201年 4月5日。
地球防衛軍統括副司令官 芹沢虎鉄と、ガミラス外交団軍事顧問にして
ガミラス星の危機対策のため秘密裏に結成された派閥組織の一員だった
ガルヒ・ダークナス少将が地球によるガミラス民族の銀河系移民への協力に関する
秘密協定を結んだ日の前日のことだ。
芹沢とダークナスの秘密協定締結の舞台となる戦艦「シャングリ・ラー」艦内の、
ガミラス外交団団長ヤヒメル・ドロッぺが航海中に寝起きしていた個室にて。
外務次官当人は自分の生涯の少なくない時間を費やした趣味である、紅茶を淹れていた。
外務次官という地位は、共和制への移行を果たしたガミラスにおいての重要性を
前体制のそれから大いに高めた。
何しろ、デスラー独裁体制では植民惑星は元より自治惑星にも武力的な威圧でもって
帝国へと従属させていたので、外交官などの権限や活動は大いに制限されていた。
それが、ヤマトによって旧体制が打ち砕かれ共和制にガミラス政体が変化したため
ガミラスの内政はもちろん外交も大きく軍事色を薄めたものへと舵を切ったのだ。
その代償として、ガミラス本星含む帝国時代の領域内は混沌とした情勢に陥った訳だが。
元は弟ともども貴族の血筋であったため、それなりのポストにつけられることになり
外務省へ入省したヤヒメルは同職に適正があったのか(または時節の助けもあって)、
どうにか外務次官にまで成り上がった。事務処理と他者理解には長けていたのだ。
そんな自分の半生を脳内でとりとめなく流しつつ、ヤヒメルは私物のティーポットから
カップへ美しい線を描いて注がれていく、琥珀色の液体を眺めていた。
「お見事ですな」
ポットから茶を注ぎ終わると、不意にドロッぺの背後から声が聞こえてきた。
それは老人のもの。この
彼は驚く素振りも見せず後ろを振り向く。
声の主、チャールズ・エバット地球連邦外務局長官は室内のソファに腰掛け
ドロッぺが茶を淹れる様を見守っていた。
「お褒めに預り光栄です」
ドロッぺはエバットに対し微笑を見せて返す。
彼らの間の雰囲気に先日の外交会議のような緊張感はない。
あくまでこの日は、私的な秘密面会という体でエバットが「シャングリ・ラー」の
ドロッぺの元へ招かれていたのである。
ドロッぺは二組あったうちの一組のソーサーとカップをエバットの手元のテーブルに置く。
湯気と、芳しい香りがガミラス式の陶製カップから立ちのぼった。
「こうして閣下とお茶が飲めることを光栄に思いますぞ」
ドロッペは客人に向き合うようにソファへと腰かけ、エバット共々カップに口をつけた。
淹れられているのは、エバットら地球側代表団から贈られた茶葉、
『ファイネスト・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジペコ』である。
エバットの手でドロッペに手渡されて以降、貴重な茶葉として大切に管理され
贈られたドロッペも外交会議以来まだ2回しかこの茶葉を使っておらず、今日が3回目だ。
「……おぉ、素晴らしい。
我が地球の茶葉だけではここまでの味にはなりません。
外務次官殿の熟練の手際がなせる業でしょうな。」
「恐縮です。……では、今度は我がガミラスの、惑星オルタリアの茶葉をご馳走します。
淹れるまでそこの茶菓子をお召し上がりください。惑星ツルカネルロの高級砂糖を
用いた茶菓子です。お口に合うかと存じます。」
「ありがたい、いただきましょう。」
エバットに腕前を称えられたのに気をよくしたのか、ドロッペはエバットに茶菓子を勧め
自らはその間に、亡弟が遺したオルタリアの茶葉を使いエバットに振舞うことにした。
間もなく、地球のものとは異なるが、絶妙な快さを感じさせる芳香が室内に満ちてきた。
この二人は共に、風雅を愛する文化人であると同時に国益の為なら無粋も厭わぬ強かな
国家の外交幹部であるという共通点を持つ。性向が近ければ、話も自然と合うものだ。
両人の私的なお茶会は和やかに進行した。
しかし、茶会が始まって二時間が経とうとした頃である。
ドロッペは何杯目かの茶を飲み干したカップをソーサーに置くと、その雰囲気を変えた。
エバットもそれを目ざとく嗅ぎ取り、一瞬のうちに思考を私人から外交官の物に置換する。
「……ふむ。今日のご用件は私的な茶会とお聞きしましたが、
宮仕えの身ではやはり、遊興と仕事の区分けが難しいですかな。ことに、同業が隣では」
先制したのは、外交会議と同じくエバットの方だった。
かたやドロッペは星間国家、エバットは惑星地表の国家と戦ってきた部隊の規模は違えど、
等しく人間を相手取る“外交官”という職であるためここでは経験の差がモノを言った。
しかし、ドロッペの方も外交会議の時とは異なり、泰然とした態度で眼前の老人に応じる。
正式な会議の場でない上、今回は主導権が彼の側にあるためか余裕があるようだった。
「いいえ、これはあくまでも私的な会合の範疇ですとも。
これからするのも
「……では、そうさせていただきましょう。」
エバットの心中では警戒感がその存在感を強めたが
おくびにも出さず、様子見という体で異邦の外務次官の話の続きに耳を傾けた。
「……我が外交団の発進前にもその機運はあったのですがね……
国防軍内の参謀本部を中心に、水面下で
技術を導入し、一定数の同兵器搭載艦を整備するべきとの声が強まっているのです。」
ドロッペは、嘆息交じりに話し始めた。
ヤマトがガミラス艦隊と合同して航海の帰路にガトランティス艦隊を壊滅させて以来、
ガトランティス遠征部隊の襲撃は散発的なものを除き無くなっているが、
いつ再び大規模な襲撃艦隊が来航するかは不明であり、国内情勢が不安な今攻め込まれれば
減少し、反乱抑止のため分散している艦隊では太刀打ちできない可能性がある。
そのため、ガミラス国防軍では参謀本部を中心にして各省庁の一部幹部が同調し、
一大派閥が形成されつつあるのだという。
「……そういえば確か、貴国ではデスラー体制時代に波動砲と同種の兵器を
開発していたという情報をヤマトから受け取ったことがありますな。」
「いわゆるデスラー砲のことですな。仰る通り、わが国でも
成功しておりました。しかし、それは最高機密に属しておりました。
……貴国も同様でしょうが。……
空間機動要塞都市、第二バレラスに集約され外部に漏洩せぬよう厳重な管理下に
置かれていました。技術者も同様です。開発に携わったのはごく少数に抑えられ、
その動向も第二バレラス内で完結するよう制限されていたのです。
その徹底的な管理はあの日……ヤマトがバレラスへ突入し、第二バレラスを破壊するまで
継続されていました。」
「……なるほど、ではその破壊に巻き込まれ、開発技術情報や技術者は軒並み失われたと。」
「その通りです。失われた人材は国防軍の科学技術開発部内でも最精鋭の天才的技術者ばかりで
損失は計り知れません。万が一、ガミラスが再度開発をしようとしても十年は必要でしょう。
……だからこそ、その派閥は
当然ながら、貴国は絶対に承知なされないでしょう。危険極まりませんからな。」
「……個人的には、その見解に同意します。」
ドロッペの自虐的な口調が入った説明に静かに返すエバット老人。
地球からしてみれば、自国を滅ぼしかけた国(の後継国家)に自国の国防の最終兵器……
それも惑星を滅ぼしうる威力を誇るものの機密を明かすことなど絶対にできるわけがない。
そうしたことをエバットが脳内で再考証していると、ドロッペは再び語りだした。
「……が、そうした以前に我が国では
歴史的土壌が存在します。イスカンダルの存在です。ご存じと考えますが、
イスカンダルはかつて
そこからイスカンダルのスターシャ女王などは波動エネルギーを利用した兵器を強く
戒めております。ヤマトの
「……にも関わらず、その派閥は波動砲搭載艦隊の整備を訴えているのですか。」
「……彼らとて、理解はしているはずです。その上で、重大な国防の懸念がある現状を
憂いているのでしょう。あくまで彼らの派閥はガミラスを思う一心で動いています。」
ドロッペはそういうと、険しかった表情を一層、陰鬱にゆがめた。
「しかし、ガミラスにおいてイスカンダルは絶対的な信仰の対象。
イスカンダルの聖性を用いた旧帝国内領域の民衆の統一政策もマゼラン銀河内の
安定回復のためには不可欠であり、この派閥の存在は非常に危険視されるのです。
国民統一政策を阻害する要因になるうえ、現在共和政府を支持しているガミラス人民とも
衝突し、その支持をも失ってしまう可能性があります。」
ここで、聞き役に徹していたエバットが動き始めた。
「……あくまでその派閥がリスクであるならば、多少の軋轢はやむなしとしても
解体あるいは弱体化に動いた方がよろしいのでは?
……だが、次官殿の仰られようからすると、少々この派閥に対して次官殿が
同情的であるように思えますな。いや、内心支持しているようにも思える」
「……流石ですな。やはり、そうお聞こえに。」
エバットは、ドロッペがこの波動砲搭載艦隊整備派閥に対して、
心中では支持に傾いていることを看破する。
それに応じ、ドロッペはぽつりぽつりと自分の昔話を始めた。
「私が、弟であるオルタリア総督の失態に連座する形で
親衛隊に拘禁されたのは先ほどのお茶の席でお話しした通りです。」
彼の発言に促され、地球の外務局長官はドロッペが親衛隊に対して深い恨みを持つこと、
親衛隊に対してある種報復できる『デスラー名誉回復・親衛隊責任政策』には
外交会議中も内心賛同していたことを茶の席で話していたことを思い出す。
彼は、親衛隊に憎悪を抱いた原因として弟であるオルタリア総督のリベル・ドロッペを
親衛隊に殺された上、彼が総督として統治した星を開拓民もろとも焼き払ったことに加え
自身も妻ともども親衛隊によってデスラー体制への忠誠を疑われ拘禁され、
屈辱的・暴力的な扱いを受けたことを語っていた。
「……私と家内は、バレラスにある親衛隊官舎に拘束されていました。
ヤマトがやってくる、あの日も。そして見たのです。
落下してくる第二バレラスの一部をヤマトが
……だから、私はスターシャ女王が言うように波動砲を一概に悪しき忌むべき力であると
定義すべきではないと考えるようになりました。
事実、私たちはあの閃光に救われたのですから。件の派閥の面々の心中も同じでしょう。
いいえ、あの時バレラスであの光景を見たものは全員、心のどこかでそう思っています。」
断固とした口調でドロッペは断言した。
「……しかし、イスカンダルはいまだに
そうである以上、その派閥とはいずれ対決の時が来てしまうのでは?
……そして、地球人に対しこの情報を明かして、何を求めるとおっしゃるのです?」
少し間をおいて、エバットは核心的な部分を問い質す。
ドロッペも、落ち着きを取り戻した様子でそれに答えた。
「……この問題の図式として、派閥は弱体化した防備体制を補強するために、
しかし、大多数の国民はイスカンダルの戒めもありそれに抵抗を示すことが予測される。
派閥の主張はいつか政府などの本流側と衝突し、国内に更なる分断を生みかねない。
仮に、
その技術が失われており、
何より、ガトランティスの大規模再侵攻がいつか不明であり、解決に時間をかけられない。」
エバットは、聞けば聞くほど問題が八方ふさがりであるように感じた。
だが、ドロッペはゆっくりと閉じていた目を開き、まっすぐな視線をエバットへ向け語る。
「……そこで、
肩代わりしていただきたい、と私は考えています。勿論、相応の代価はお支払いします。」
「……何と!」
意外な提案に、エバットは絶句した。
数秒置いて、彼はそれに対する反論を試みる。
「……ですが、先ほども仰られたが地球もまたイスカンダルからヤマトの波動砲を
封印されるなど、波動砲の再軍備を行う上で枷をつけられておりますぞ。
その関連条約には、貴国も参加されているはずです。」
「ええ。その通りです。
……しかし、それはとうの昔です。あの条約にはいくつかの穴があります。
我々も、あなたがたも、波動砲の再装備などこれまで考えなかったことで
見逃されていた穴があるのですよ。」
「穴?」
自信ありげに口元の形を変えたドロッペに対しきょとんとした表情を作るエバット。
彼が語る、条約の穴とは以下の通りだった。
「……まず、条約に調印した勢力のうち2つはすでにその姿を大きく変えています。
条約に参加していますが、現共和政府の祖とはいえるものではあるものの、
全く同一の組織とは言えません。
お聞きしたところだと、あの時の
宇宙戦艦ヤマトはその代表として調印したとされています。現在の地球連邦政府の
前身ではありますが、やはり同一とは言い難いでしょう。
さらに言わせていただくと、あの時のヤマトが代弁していたのは、所属している
キョクトウ管区単体の意志であるようにも見て取れます。
全地球人類の意志の代弁者というのにふさわしいのでしょうか?
それに、責任者であるオキタ艦長にもガミラスに対しての外交官としての正式な
任命が全地球から託されていたとは記録にありません。
その上、彼は病気の身であることが知らされています。正常な状態か疑問がある、と
いう意見すら外務省内では上がったほどです。」
「……なるほど。ご指摘をいただくと、その通りですな。」
エバットは、特に気を悪くするでもなく納得した様子で頷いた。
「……こうした、十全とは言えない状態の条約を継続するには問題がある……という
名目で、イスカンダルを抜きにした二国間条約で
認可する体制を整えることはできる、と個人的に考えるのです。」
ドロッペは、エバットに確認を求めるような語り口で言った。
その目はあくまでも真摯にエバットを見据えている。
「……これはあくまで私的な意見の交換、ということでよろしいですかな。」
「無論です。まったくの非公式なものと考えていただきたい。」
エバットは、前置きを置いて口を開いた。
「……私としては、その運動に対し地球が好意的に動くと確約できませんが、
少なくともそれを受容する下地はあることをお伝えしたい。そして_____」
「……個人としての私は、運動に賛同し、地球側の支持者を取りまとめることを
してもよいと考えています。」
「……感謝します、閣下。」
ドロッペとエバットは顔を見合わせニヤリと笑う。
二人の耳は、歴史の歯車が動き出す音を感じ取っていた。
ああそうだ、とエバットは思い出すように言った。
「……支持者の取りまとめに協賛すると言いましたが、一つお願いしたい。
あの、オルタリアの茶葉。もしかしたら地球の土壌に合うかもしれません。
ぜひ、地球での復興栽培にご協力を。」
「もちろん、よろこんで。」
密談と密約は一区切りがつき、再びカップに茶が注がれる。
エバットはその茶に口をつけながら、波動砲搭載艦隊を認める条約を
結ぶ際に、抵抗・反発を示す勢力について思索する。
彼の脳裏にはいの一番に、地球を救った、あの戦艦のシルエットが浮かんできた……。
その戦艦は、連邦の首都が建設される予定の極東管区の、富士宇宙港の地表部にあった。
これまでの航海と戦闘によって負った傷や損耗箇所は集中的に行われた修理・整備によって
跡形もなくなり、新品同様の状態になっている。
艦内には、多数の物資が積載される。自衛用の武器弾薬、調査・工作用機器など各種装備、
以前の航海同様、OMCSに不調があった場合に使用される食糧・飲料、航空機や車両用の燃料。
地球でしか製造できないパーツなども予備部品が大量に積まれる。
そして、同時に新たな人員も乗り込んだ。
「全員、新艦長に向け、敬礼!!」
「ヤマト」第一艦橋では、これまで艦長代行を務めていた真田志郎中佐が号令をかける。
彼を始めとするヤマトの各部門責任者たちは一斉に国連軍時代から変わらぬ敬礼を行った。
そして、第一艦橋後方のドアが開かれる。
「や、みんな揃ってるな。」
宇宙戦艦ヤマトの新艦長、山南修が初めてその艦長席に着いたのは、
西暦2201年 4月5日、極東管区時間午後3時のことであった。
これにて、第2章は終幕となります。
第3章以降も読んでいただけると大変ありがたいです。
ご意見ご感想、心よりお待ちしています。