【第36話】
西暦2201年 8月16日。
長くエレベータ・トレインの振動に揺られた末に
人々は人工灯火ではない正真正銘の、本物の自然光の下へと解放された。
ここは、地球連邦極東管区の関西方面地下都市、その地上出入口に当たる場所だ。
巨大な箱状の建物は地下から復員してくる民間人を乗せた輸送軌道車両の発着ステーションで、
地上へ久方振りの帰還を果たした人々を車両群が次々に吐き出していく。
人々は歓喜を表情に浮かべ、万感の思いで外へと歩みだしていく。
中には嬉しさのあまり思わず駆け出すものもおり、そうした人々を宥めて
折角の地上帰還を安全なものとするのが、極東管区の連邦職員や警備の軍人たちの務めである。
その人混みのなかには、とある一家の姿がある。
旧国連軍きってのエースパイロット・加藤三郎と、その妻で元「ヤマト」の衛生士・加藤真琴。
真琴の腕に抱かれているのは二人が授かった長男・加藤翼だ。
彼らも、今しがたの便によって地上へと上がってきたのだ。
「ヤマト」の英雄である二人だが、流石に復員に関しては特別措置はなかった。一点を除いて。
「……戻ってきたねぇ、さぶちゃん。
……ほぉら翼ぁ、あれがお日様だよ~~」
真琴が、我が子をあやしながら復員拠点が築かれた大地を望み、感嘆する。
「あぁ、戻ってきたんだな、俺達は……」
愛おしげに妻と、子に視線をやりつつ、応える加藤。
彼らはこれから、加藤の父のもとに身を寄せることになっており、地下都市出口から
拠点都市行きのシャトルバスにのる予定だ。そんな中で、真琴が呟いた。
「……ヤマト、いまどのあたりだろうね。」
「あぁ……ニュースじゃ太陽系外縁だって言ってたが……」
二人が結ばれる場となった「ヤマト」。仲間たちも乗る船がどうなっているか、
情報管制がしかれている以上は彼らは知る由もない。
「……まぁ、あっちには
「……そうだね、うん。
……今はさぶちゃんには、一緒にいて欲しいし。
とうちゃんいっしょがいいもんねー、翼!」
真琴が少し表情を曇らせるのを、加藤は見逃さなかった。
起因するそれは、翼が満1歳になった直後に、高熱を発症したことから始まった。
中央大病院では「遊星爆弾症候群」と診断され、「ヤマト」艦長の沖田の生命を奪ったそれに
真琴からの経由で翼が罹患したと聞かされたときは、絶望した。
どうして俺の息子が、と。
だが、その頃にはもう「遊星爆弾症候群」は不治の病ではなくなっていた。
森田製薬が「遊星爆弾症候群」の特効薬を完成させ、量産していたのだ。
多くの患者が、特に、翼と同じように母子経由で発病した子供の命が救われた。
翼も無論、薬を投与され病魔から逃れたが、母であり病気の原因となってしまった
真琴の心に大きな影を落としていたのだ……
……加藤は妻を優しく抱き寄せ、一緒に息子の顔を覗き込む。
翼は両親に見つめられ、キョトンとしていた。
「……あぁ、父ちゃん、一緒にいてやるよ。」
加藤は思う。
真琴の心を治してやれるのは自分しかいない、と。
だから、ヤマトの仲間に気は引けるものの、今は妻のそばにいてやりたい。
いつかヤマトが帰ってきて、自分が再び航空隊長としてヤマトに乗るところを、
真琴にも翼にも、笑顔で見送ってほしいのだ。
安心したのか、真琴は加藤と顔を見合わせ、微笑んだ。
やがて、復員拠点都市行きのシャトルバスがやってくる。
一組の家族は、新たな未来に向けて確実に歩み出したのだった。
人々を長い復員の路から解放した輸送列車は民衆の搭乗時より数段早い速度で
地下へと戻っていく。ガミラス戦争の間で人口が急減したといえ、地下都市には
いまだ多くの人間が残留している。政府の抽選で地上の復員拠点都市に先行移住が
決定した彼らは地上への連絡軌道駅周辺の待機施設に詰めて帰還の順番を待っていた。
また、復員列車の地上駅とは異なる箱状巨大建造物も復員拠点都市の周辺に存在する。
それは復員都市の建設の際にも用いられた資材輸送用大型高速エレベーターである。
拠点都市の建設が一段落済んだ現在では、復員する人々の家財道具などを一括して輸送している。
地球連邦の各管区における地上復員計画は現在のところ、順調に進行していた。
地下都市の復旧・改装工事が完了した発電所に加え、地上にも太陽光などを始めとする
エネルギー供給源施設が設置され復興のための動力生産を担っている。
地上に建設された復員拠点都市は、広大な開拓地に地下都市のインフラや建造物を
そのままそっくり移転したような景色が広がっていたが、そこに住む人間はやはり、
頭上に太陽や雲がある青空が広がり、外部に海や森林・山が広がっているという懐かしさや
解放感に満足していた。
地球連邦防衛軍の建設部隊は、予定された拠点都市造成を完成させると、
都市から少し外れた開拓地にて各種物資の生産工場群整備に取り掛かり始めていた。
復員拠点の建造物群と同じく、地下都市にあった工場施設をそっくり移転させたような
無個性な外観の箱形建造物の群れが次々と組み上がっていき、内部には製造設備が設置される。
こうした工場施設群が、今後の民衆の暮らしを支えるのみならず、生まれ変わった
人類の自衛組織・地球連邦防衛軍の軍備を支えていくのだという確信が、
建設に当たる国土開発・復興局の局員や防衛軍建設部隊の面々の心中にはあった。
ただし、ある男を除いて……
その男は、陽の当たる地上へ我先にと戻っていく群衆の波に逆らうかのように
物資移動用大型昇降機の管制室に便乗する形で、極東管区地下都市へ移動していた。
その目指す先は旧国連極東管区軍の予備庁舎である、現地球連邦防衛軍の司令本部だった。
同ビルの中でも最深近くに位置する、防衛軍統括副司令官の執務室のドアを叩いたのは
旧国連軍の土木建設部門のホープ、下村光次郎。
現在の階級は防衛軍大佐である。
「失礼します」
「入りたまえ」
入室許可がくだるや否や、気後れを見せることなくつかつかと足を進める下村大佐。
彼の前には、珍しく執務机から離れ二対のソファの片方に腰掛ける威厳ある軍高官、
芹沢虎鉄大将の姿があった。下村の到着に口元を緩め、彼はソファの対岸への着席を促した。
「忙しい中、ご苦労。よく来てくれたな。」
「はっ、お呼びいただけて光栄であります。」
「うむ。久しぶりだな、対面して話をするのは」
"入り"の会話を口にしつつ、芹沢は自身の旧くからの腹心の着席を待った。
そして、ソファの間のローテーブルにあった盆の上の急須に入っていた緑茶を、
二つの来客用の湯呑みへと注ぎ、小皿に入った煎餅と共に下村へ出した。
「OMCS製だが、茶菓子だ。そして茶の方は驚くな、
本物の茶葉だ。長期保存でもない、資源生産局が試験栽培した物の試料だよ。」
「なんと……!」
湯呑みの中で揺れる浅緑の水面をまじまじと覗き込んだ下村。
彼は芹沢の勧めのままに煎餅と、
「……どうかね?……数回目の試験栽培で合格点を出せるものが出来たと
芹沢は既に試飲していたが、あえて自分の感想は言わない。忖度ではなく、純粋な感想を問うていた。
対して、湯呑みから口を離した下村はどこか遠くを見るような目つきになって、息を吐いた。
「……これは、狭山の茶葉ですな。」
「……わかるかね。」
試験栽培で再現された茶葉の品種を言い当てた下村に、芹沢は唸った。
下村は、はにかんだ顔で釈明する。
「忘れられない味ですから。」
下村は埼玉県の出身であり、ガミラス戦役の勃発まで飲み慣れていたものだった。
彼は、芹沢から出された茶の味によって、もう二度と還ることのない故郷を思い出したのだ。
「……君が埼玉の出であることは聞いていた。懐かしい味だろう?」
「はい。……お気遣い、痛み入ります。」
「私も、この茶葉はなかなかの物だと思うよ。」
そう言うと、芹沢も湯呑みに口をつけたのだった。
「……さて、本題に入るとしようか。」
「はい、閣下。」
一服してしばらく後。ようやく芹沢は下村を地下深くまで呼びつけた理由を語り出した。
土木建築の専門家である下村を呼び寄せたのだから、自ずと内容は絞られてくるが……。
「……時間断層の件は、以前話した通りだ。」
「は、時間断層の工廠化はガミラスからの賠償船団到着後、でしたな。」
話題は時間断層の工廠化計画についてだった。
下村大佐は同計画に地球連邦防衛軍側からの高位者として参加している上に
専門知識を持つことと、統括副司令と元来から親しいことから
芹沢からはこの計画についての相談役としていたのである。
「そうだ。知っての通り時間断層、それも数十km級の超大型のものに工廠を置くには、
膨大な機材や物資、工数を要する。加えて、建設用地の特殊性から厳重な事前調査も。
しかしながら、地球にはそれを可能にしうる機材も物資も無いため建設する上では
ガミラスからの供与物資頼りにならざるを得ぬ。」
「……。」
芹沢の言葉に微妙な顔をする下村。やはり思うところはあるらしい。彼は懸念を口にする
「……ガミラスとの共同作業を行う上で、双方のしこりがあるのは危ぶむところです。」
「うむ……対立の表面化は重大な事故を引き起こしかねんだろう。
上層部でもあれこれ考えているが、現場でこらえてもらわねばな……」
芹沢は両腕を組み、懸案について思い悩む。
地球とガミラスの双方の国民感情はある程度やわらいでいるという報告は上がっているが、
互いに仲間を殺し、殺しあった間柄である軍人についてはそうもいかない。
「……現場の人間に対しては可能限り管理を徹底する方針となっています。
あとは、実際に共同作業をしなければ何とも……」
「……だろうな。」
ここで、地ガの工事従事者間の対立についてはひとまず置いておくことになる。
答えが見つからないのは明白なのだから……
「……それで、閣下が私をお呼びしたのは……」
下村は痺れをきらしたのか、話題の核心へと切り込んだ。
対して芹沢も話す準備を整えており、ゆっくり語り始めた。
「……"ヤマトの一件"を指揮している土方から連絡があってな。」
「は……」
芹沢は、現地球連邦防衛軍・宇宙艦隊副司令長官の職に就く男、
土方竜大将の名前を挙げた。
現在彼は、上役のタナカ宇宙艦隊司令長官が各地の駐留艦隊の再編と稼働化に奔走する傍らで、
ネレディア・リッケ大佐指揮下のガミラス太陽系防衛派遣艦隊との折衝や、
再度マゼランへの遠征の途に就いた宇宙戦艦ヤマトへの司令・管制、報告受領の任務を受け持つ。
芹沢は、下村に対し口外しないことを誓わせてヤマトが太陽系外周防衛ではなく、
マゼラン遠征の任のため太陽系を離れたこととそれを地球上で土方が監督していることを
話していたため、下村大佐も話の流れは掴んでいた。
芹沢は言葉を続ける。
「昨日の時点で、「ヤマト」はバラン星に到達したらしい。」
「バラン星……と言いますと確か地球とガミラス、イスカンダルの中間でしたか。」
「うむ。」
土方から然るべき部署を経由して芹沢に届けられた情報によると、
宇宙戦艦ヤマトはガミラス艦と協力した連続トランスワープを成功させ、8月15日には
地球からおよそ8万4000光年先に位置するガミラスの銀河系方面の拠点でもある、
自由浮遊惑星バラン沖に到達したのだという。
実際のところは、地球から5万4000光年先のアケーリアス文明の遺跡である亜空間ゲートまで
進出して、そこからゲートネットワークによりバラン星までの3万光年を省略したのだが、
それでも地球を出発してから僅か1ヶ月あまりでマゼラン銀河への往路の中間地点まで
進出したのだから、大記録という他ない。
ガミラスにとっての『希望の船』と化したヤマトだからこそ出来たことだろう。
だが、それが時間断層となんの関係があるのか。
「……報告によると、そのバラン星沖で「ヤマト」は
集結中のガミラス輸送船団と遭遇したというのだ。」
「賠償物資の船団はバラン沖、ですか。
では、到着時期がいよいよ把握可能になりますな。」
「そういうことになる。」
芹沢と下村は、再び急須から注いだ本物の緑茶を味わいつつ話す。
宇宙戦艦ヤマトによる報告では、ガミラスから地球に向けた各種賠償物資(技術指導要員も含む)を
満載した輸送船団は、バラン星周囲のデブリを警戒して惑星からかなり離れたポイントを
中心として集結しており、その数は護衛艦艇も含め数百隻に達する見込みだという。
しかも船団は、惑星間弾道弾に曳航された巨大な工場用空間建造物と思しき巨大物を
7基も伴っており、凄まじい威容に乗員たちは一様に閉口したのだという。
船団は、"ガミラスを
ヤマトへは数百にも及ぶ航海の安全やマゼラン銀河の混乱終息を願う電文が寄せられたそうだ。
「……それで、船団はいつ集結を完了し地球へ?」
「それなのだが、大方の集結はかなり前に完了していたらしいのだ。
バラン星沖にいた理由は、ヤマトがゲートを通過するのに被らないよう待っていたのと、
どうも曳航する空間工廠が大きすぎてゲートを通過できず、通過可能な大きさに
工廠の各種ユニットを組み替える作業を行っていたらしい。」
芹沢の説明に納得した下村は、芹沢と共に報告された情報を元に船団が到着する日時を試算した。
「……船団の規模や船足から考えるに、船団が到着するのはおよそ70日後ですな。」
「……とすると、今年の10月下旬にかけて太陽系に到達するということか。」
芹沢は唸った。
来年2202年の暮れにはガトランティスとの本格戦闘が控える都合上、
船団の到達は早ければ早い方がいい。しかし、さすがの芹沢もそれはどうしようもなかった。
ならば、と芹沢は下村に尋ねた。
「……船団の到着後、時間断層への工廠移設にはどのくらいの時間がかかるかね?」
「は……おそらく出来合いのものを海中に投入する作業になると予想されるので、
事前調査や調整、事後の各種作業も含めるとして最低およそ1ヶ月半ほど要するかと。」
「ふむ……工廠の本格稼働は来年の始めだろうな……」
芹沢はここで自身の未来視の記憶を思い返す。おそらく"本来の歴史"とでも言うべき世界の
情報では、時間断層は2200年の夏に発見されたらしく、そこから半年かけて調査され
2201年一杯を使って時間断層1ヵ所分に工廠を建設し2202年に波動砲艦隊計画に基づいた
艦隊整備を行っていた。……芹沢はここで青ざめる。
現段階では戦力整備が未来視で見た世界よりも遅れている!
しかし、芹沢は考え直した。その分、地球連邦発足や全管区の復興に時間や予算を割き、
未来視よりも地球は、否、ガミラスともさえ連帯して危機に立ち向かう体制を
築きつつある!……とはいえ、常に最悪に備えて行動する男である芹沢は危機感を強める。
波動砲艦隊はともかく、そろそろ現有艦型改設計の波動機関搭載艦艇を揃え始めなければ
今後の将兵の練度的に不安が出る。無人艦隊のみに頼るわけにもいかない……。
そう芹沢が考えていたところに、下村が質問して芹沢を現実に引き戻す。
「……閣下、軍需工廠は時間断層工場と、地上に建設・移設中の各種工場で充分として、
そこで生産する兵器群の開発状況はどうなっているのでしょう?」
「……!」
「いえ、管轄外なのは充分に弁えていますが……」
「……いや、説明しよう。情報共有は重要だ。」
芹沢は、半ば自身を落ち着ける意味合いも含めて語り出した。
「……まず新型艦艇だが、各設計部に指示を出して新世代艦艇の素案を準備させている。
次に、艦載機も99式と零式の発展型の策定が行われており、今秋にも決定される。
また、補助航空戦力として無人防空小型機や無人攻撃機の構想も進んでいる。
これらが、これから開設される
「おお、それは実に心強いことですな!」
「そうだろう、そうだろう。
それに、これから君が仕事を共にするであろう物理科学者が中心となったチームが、
新型大威力の波動砲を開発している。新型艦の多くはこれを搭載する!」
「………!……我々と共に仕事をするとは一体……
いやそれより、新型波動砲とは、また凄いですな……!」
今後、自分が関わる時間断層工廠により地球の自衛力が格段に増すことを無邪気に喜ぶ下村。
一方、芹沢は自分や地球人類に残された時間が少ないことを再度自覚し、自省した。
今は紙の上、またはデータのみながら地球防衛のために産み出され胎動する兵器群。
同じく、地球という星の底で奇妙不可思議に渦巻き、胎動する時間断層。
ガミラスからの船団が到達するや、目覚めるであろうこれらは人類にどのような道を示すのか。
2201年も、折り返しの時期に入りつつあった。
船団が遅れてるのは間違いなく芹沢さんの影響です。
あんなバカでかい工場ステーション7個+芹沢さんが追加要求した諸々を運んで
遅延が起きないわけないんだよなぁ……
それでも史実(2202本編よりはマシになってると思いたい)