【第43話】
時に、西暦2201年11月3日。
宇宙戦艦ヤマトがガミラス星に到達してからおよそ一月が経過したこの日の地球では。
地球市民は既に相当数が地表に建設された復員拠点都市へと移住しており、
全面地上帰還もそう遠くないことのように思われていた。
大統領による宇宙戦艦ヤマトのマゼラン派遣が発表されて以降、彼らの間では"地球の盟邦"となった
ガミラスに対する見方や態度に軟化の兆しが現れ始めていた。
無論、親兄弟など肉親を奪われた憎悪が簡単に払拭されることは無かったのだが、生活水準が向上し
精神的に余裕が生まれたことや、ガミラスが民主化のプロセスを辿っていく上で、
地球が"民主主義の先達として導いていく"ことに地球市民が一種の優越感を感じたことなどが作用し、
"地球を滅ぼしかけたことは許しがたいが、地球復興のためにとりあえず賠償は受け取り、
あくまでも利用する形ではあるがガミラスと協調していこう"……という機運も民間で生まれ始めていた。
そうした中、いまだに地下都市に拠を置く地球連邦防衛軍本部にて。
防衛軍統括副司令官を務める芹沢虎鉄大将は、執務室で腹心の一人である
下村光二郎大佐からの報告を受けている。
「……そうか、時間断層工廠の工事は建設段階に入った……ということで良いのだな?」
「ハッ!左様であります。」
芹沢は、一息ついて感慨深げな表情を浮かべた。
いよいよ、地球防衛の切り札たる時間断層の造船所や兵器廠が現実のものとなる日が至近に近づいてきたのだ。
これがが完成し稼働した暁には、芹沢が未来視によって知った世界よりも多くの戦力を整備し、
いずれ襲い来る白色彗星帝国ガトランティスに対峙することが叶うはずだ。
芹沢が知り得る未来世界で時間断層工廠は1ヶ所のみだったが、芹沢が必死になって策動し
改変した
尤も代償として着工自体はおそらくあの世界線よりも遅れてしまっただろうが、それさえも逆に芹沢の
未来知識と相まった慎重な軍備・建艦計画を立てるための有用な時間となったのである。
また、時間断層工廠だけでなく軍備の補助や民需に要する地表の工場群もこの間に整備され、
時間断層工廠の運営に要するであろう工員の基礎養成も行うことができた。
あの未来と異なり、芹沢が早くから地球人類が先んじて時間断層を発見することに向けて
手を打っていたことで、ガミラスからの圧力を受けることなく時間断層を利用した復興ならびに
軍備計画を策定することができ、外交交渉においてもイニシアティブを握ることができたのだ。
そして、遡って2201年10月20日から続々とガミラスから派遣された賠償物資輸送船団が
地球へと到達し始めた。ガミラスの先手を打って時間断層の存在を把握し、外交交渉の
カードとしたことで別世界線よりも割増で得ることのできた物の一つであるこれらの船団は、
地ガ和平交渉の舞台となって以来、地球におけるガミラス宇宙艦の主な停泊地に指定され
大規模な港湾施設や貨物ヤードなど荷役設備が設営された太平洋のトラック環礁に降下した。
数百隻にも及ぶ輸送船団の積み荷は地球連邦が賠償として供与を要求したガミラス式波動機関や
ミゴヴェザー・コーティングなどの軍民の各種技術の実物資料、艦船や航空機の建造資材となる
コスモナイトをはじめとした鉱物資源やそれを加工した基本素材に船体材などの簡易工業製品、
ユニット分解した各種産業工作機材や採掘・精錬設備群などで、量も膨大である。
ガミラスの実物技術資料は船団護衛艦隊が運んできたデータ資料とともに地球連邦の科学局本部が
置かれている極東管区へと移送されていき、ユニット化された工作機械や鉱業用装置などは
それらを扱う技術を地球人に習得させるための指導工員とともに各管区の地表工場群へ送られた。
さらに、輸送船団の船舶自体も護衛艦やごく一部を除いて地球側に供与されることになっており
近いうちに船員となる地球の人材が波動機関の取り扱いや操船方法を学ぶため来艦する予定だった。
だが、一番待ち望まれたのは何と言ってもやはり重量物曳航用に転用された惑星間弾道弾複数で
牽引されてきた7つの大型空間工廠ステーションに、同工廠での労働力用の
工廠機材の保守整備に用いる工具や潤滑油など稼働用物資を満載してきた輸送船に、
太陽系外縁の炉王星の人工太陽を修理していたものと同型の重工作船を加えた一群である。
"時間断層工廠建設セット一式"とでも言うべきこの一団は、船脚の関係上船団の中では
最後に地球圏に来着すると、7ヶ所の超大型反重力特異点が存在する地球上のポイントの
直上に位置する衛星軌道高度にそれぞれ分散展開。巨大な工廠ステーションを大気圏内に
無傷で降下させるための特殊コーティングを開始すると同時に、各工廠の建設責任者を含む
チームを地球上に派遣したのだった。時にして10月25日のことである。
「……それで、貴官はガミラス側の最高責任者と工廠建設についての事前最終調整に
出席したのだったな?」
「は!李興建国土開発局長官、フランク・ゴーサ地上軍建設部長ほか数名と共に参加致しました。」
下村は土木建設部門の俊英であり、極東における時間断層工廠建設の地球側責任者を務めている。
芹沢は彼に確認しながら、手元のデバイスに送られた資料をスクロールした。
ガミラス側の時間断層工廠建設計画の最高責任者はガミラス資源労働省官僚であり、
同国建築家協会理事のベルテル・シュベアとある。2199年のヤマトによるガミラス星突入時に
破壊された空間機動要塞都市第二バレラスの設計や建設に携わった実務派の人物だという。
ガミラス側も地球の時間断層には高い価値を見出だしており、優秀な人材を派遣することには
抵抗がなかったようだ。両国の有能な人材を以てすれば建設も順調に進むだろう……
……と考えたところで、芹沢は思い出したように懸念を口にした。
「……ところでどうかね、現場単位での諍いというか……対立は。」
下村も言葉を受けてはっと反応し、唇を引き結んだあと寸分の間を置いて発言する。
「……調整会議ののちに、ガミラス側責任者と地上から作業に当たる防衛軍・建設企業側の
作業者たちが対面調整を行いましたが……」
芹沢はごくりと唾を呑み込んだ。
「……表面的には、対立は起こらなかったと言えます。」
「内面では、違うと?」
「……各現場で同様の対面調整に立ち会った人間からの報告でも、対立の発生は起きていません。
ただ……」
下村の言葉を一つ一つ聞くと共に、表情が強張る芹沢。
地球人とガミラス人が現場で対立することは工事の失敗、引いては今後の地球の軍備に
大きく影響することに直結しかねないのだ。芹沢は下村の言葉を待った。
「……私が立ち会った極東管区内での時間断層工廠建設調整の対面の際、地球側の責任者は
「あんたがたの技術は買っている、まずは工事をやり遂げよう。他の話はそれからだ」……と
発言しました。……あくまで私が見た限りの現場で、他の工区のことは不明です。しかし……」
下村は発言しながら、俯いていた顔を徐々に引き上げていく。
「……少なくとも私の目には、関係者は地球の復興に繋がる工廠建設のためなら、
怨みがあるであろうガミラス人との協同は厭わないように見えました。」
「……民間でも、そのような動きがあるな。
"ガミラスにされたことは忘れてはいけないが、地球の復興のためであればガミラスを
利用すべきだ。地球を見事に復興させガミラスを見返すことが地球人の行うべき
ガミラスへの逆襲であり死者たちへの餞だ"という言説だ。……敵対意識が起源であろうと
作業の支障とならず復興への原動力となるなら、今は文句はない。」
芹沢は、安堵の息を漏らした。
今はひとまず、これでよいのだ、と……。
少なくとも、時間断層工廠の建造については大過なく取りかかることができそうだ。
「……で、貴官は工事の完了はいつ頃だと考える?」
「はい。既に調整と建設予定地の事前調査は物理学者などの合同チームと共に済ませ、
昨日一斉に時間断層内へのステーション投入・固定作業へと移りました。その完了後は
工廠内部設備の仕上げと、工廠内への人間用保守管理出入り通路の設置を行います。」
「……時間断層内への人間の進入設備、確かスケールシリンダーとかいうものだったか。
どんな仕組みなのかは今一つ理解しがたかったが……」
芹沢が首を傾げて放った呟きに下村は苦笑と共に返した。
「同意します。物理学者グループ曰くその装置を使ったとしても一時間程度が滞在限界で、
次元エナーシャルキャンセラーなる装置を使用した管理所の構想を進めているようですが……
基本的に保守管理も遠隔操作やガミロイドで賄え、稼働開始には影響しないと考えます。」
「では、出来合いのステーション投入後に内部の製造設備が整えば稼働はできるのだな?」
「左様になります。事後の各種確認作業も加味して考えますと、時期として要するのはおよそ1月半。
本年の暮れには試験操業が開始できると考えます。」
下村はデバイスのスケジュールを確認しつつ結論付けた。
以前からの予想と大きな変化はないが、それだけ順調にここまでこなせたということだろう。
これ以上訊くべきことはないと考え、芹沢は腕を組んで一息ついた。
「……ご苦労だった。
……茶を呑んでいきたまえ。何か気になることがあるなら可能な限り話そう。」
「恐縮です。」
芹沢は資源生産局から譲られた、ガミラスへの輸出を見据え試験栽培を繰り返している茶葉の
試供品で緑茶を淹れ、下村と共に飲む。地球が順調に復興へのコースに乗りつつあることを
示すような、ほっとする味わいだった。
「……ところで閣下、マゼランに派遣されたヤマトは今どうなっているのでしょうか?
ガミラス星到着から1月程度経過しておりますが……」
「その事か。……ヤマトからの報告を受理している管制部隊を統括するジェファソン大将から
知らされたところでは、予定通りにマゼラン銀河内の民族主義分離独立運動が活発な
星への親善巡航、地ガ友好のプロパガンダを実施しているそうだ。スケジュールでは……
すでに予定された12の寄港地全てを回りきって、これからガミラス星への帰路につく頃だな。」
芹沢としても、自身の策謀によりヤマトを全く未知の航海に送り出したことは重大に受け止め
逐次その様子を注視していた。だが、今のところ襲撃を受けたという情報は入っていない。
「往路は無事に乗りきったようですな。
……しかし復路は危険性が増すように思えますが、大丈夫でしょうか?」
下村が幾分か表情を曇らせる。芹沢も内心同じ懸念を有していたが、
半ば自身を納得・安心させるように断言するのだった。
「案ずることはあるまい。
宇宙戦艦ヤマトは地球を救った艦だ、こんなつまらん局面で沈みはせんよ。」
____同時刻。
大マゼラン銀河でも外縁に近い共和政ガミラス領アーゼス管区の惑星ジュトラズ。
管区の首都惑星だったこの星では一時、暴徒が総督府を包囲し同地に駐屯する治安軍が
その解囲作戦に動くことになったほど危機的情勢に陥っていた。
だが、今やその争乱の名残は一部の破壊された建造物などに留まるのみで、それらも修復され
痕跡を消去されつつある。この惑星で起きた暴動を扇動した分離独立主義者が旗印としたのは
2199年にガミラスの
宇宙戦艦ヤマト。
しかし、そのヤマトがガミラス共和政府による大小マゼランの支配を認め、加担していることが
喧伝されると、ヤマトを口実にした過激な分離運動は急速に勢力を弱めていった。
そしてこの惑星ジュトラズにもヤマトが寄港すると発表されたことが、
運動頓挫の致命的な一撃となった。
これ以上支持者の流出が止められず、独立の気運が絶望的であることを察知した分離独立運動の
穏健派幹部は、当局と司法取引を行い運動内の過激派を売り渡して独立運動を当初の惑星議会の
小政党にまで戻すことを認めさせ、運動を事実上幕引きしたのである。
12番目の寄港地惑星であるジュトラズの海に仮泊し浮かんでいる宇宙戦艦ヤマトと、
その護衛役のガミラス艦隊の姿をジュトラズの民衆はガミラス星のバンパレラ湖畔に
集った民衆よろしく付近一帯の海岸や港湾に設えられた見物場から代わる代わる眺めている。
その様はまさしく"ヤマト詣で"という表現が相応しいだろう。
ガミラスの支配継続を許容することに失望を感じる者こそいるが、大衆の視線は概ね好意的だった。
(……あれがヤマト。救世主……だった艦か。)
そんな大衆に交じり複雑な面持ちで彼方の巨艦に視線を投げ掛ける薄い赤肌の男は、前者に属した。
彼は、分離独立運動の幕を引いた当人である運動の穏健派幹部だ。
過激派の仲間を治安当局に売り渡して自身は拘禁から逃れたが、当局の監視員が近くにいる筈だ。
名目上は"裏切りを受けた過激派残党からの警護"だが、自身が信用されていないことは明白だった。
しかし彼には最早、この星に独立をもたらそうとする気概は残されていなかった。
過激化し、自分達の制御を受け付けなくなっていく運動に恐怖を感じたこともあるが、
何より大きいのが自分達を行動に走らせたヤマトが地球とガミラスの友好、そしてマゼラン銀河の
ガミラス政府による支配による秩序の許容を喧伝しながら各地を巡航しているというニュースを
知ったことが彼の心を徹底的にへし折り、虚脱感を与えていた。
ガミラス艦隊の護衛を受けて宇宙をゆくヤマトの姿を見たとき、彼はまるでヤマトが
ガミラスに敗れ、戦利艦としてお披露目されているかのような錯覚を覚えた。
あるいはサーカスで調教され、牙を抜かれた猛獣がおとなしく行進しているような幻視をした。
憧れの存在のそんな姿を見せつけられ、地球人でもガミラスに勝つことはできない……
自分たちは体制への従属と引き換えの安寧を得るほかに選択肢はない……そんな絶望感に襲われた。
それこそがガミラスの狙いであることを彼の理性は解っていたのだが、激動によって磨耗した
彼の精神で運動を継続することは不可能だったのだ。
同じようなことは、他の植民星でも多々起きていることだろう。
ヤマトもガミラスも、この巡航で一発の砲声も放つことなく多くの人々の心を征服した。
歓喜で、あるいは絶望で。
だが一つ確実に言えることがあるとするならば、マゼラン銀河においてヤマトを口実にして
血が流されることは、きっともうないだろう。
かの艦は、衆人の抱く幻想を破壊し失望を呼ぶと同時に、人々がかけられた希望という名の呪縛を解き
彼らが自滅の道へ進むことを防いだのである。
彼もまた、独立運動が止まらなければ武力鎮圧や運動の内紛などで命を落としたかもしれない。
それを考えれば、ヤマトは命の恩人かもしれなかった。
ジュトラズ出港の時刻となり、ヤマトとガミラス艦隊は離水し飛翔。彼方へと去っていく。
自分がもうヤマトの姿を見ることはないと確信し、彼は眼で追うあの艦に向かい無言のうちに告げた。
(さらば、宇宙戦艦ヤマト。我が青春の面影)
宇宙戦艦ヤマトと護衛艦隊がアーゼス星系第四惑星ジュトラズの重力圏を脱した頃、
ヤマトの各科責任者は会議室へ集合していた。
「長かったなぁ、全く」
「俺たちずっと艦内にカンヅメでしたけどね……」
「ま、過激派に襲われかねない以上仕方ないさ」
およそ1ヶ月に及ぶヤマトのマゼラン銀河各地への巡航において、ヤマトの乗組員はほぼ全員が
寄港先の惑星への上陸を禁じられた。理由としてはヤマトを裏切者と見なす分離独立運動の
過激派による乗組員への襲撃を防ぐためのガミラス治安当局からの要請だった。
彼らは1月近くの間、ヤマトの位置が宇宙空間・惑星地表を問わず艦内に閉じ込められていたのだ。
だが、例外としてヤマト二代目艦長の山南少将とヤマトの巡航に同行した外交団員は、
堅い警護の中で植民惑星の総督府へ訪問して惑星全土へ向けた地ガ友好、民族間融和や秩序回復を
謳うスピーチを行ったり、パーティーに参加したり時間の許す限り地球連邦政府の代理人として
ガミラス本星に残ったムベキ外交団長やヴェルニー副団長に負けず劣らずの激務に追われた。
また、その際に艦長が持ち帰り乗組員へ配する酒や菓子などの土産(検疫・毒味済)が、
乗組員たちの巡航における数少ない娯楽となっていた。
その山南艦長は、幹部乗組員らにやや遅れて会議場へ入室した。
「や、みんな揃ってるな。
先ほどガミラス護衛艦隊と秘匿回線を使った協議で、復路のコースが決まった。」
艦橋クルーの表情に、一様に緊張が走った。
宇宙戦艦ヤマトのマゼラン巡航においてもっとも危惧されているのは旧親衛隊残党など
反体制勢力の艦隊による襲撃である。ガミラス中枢部から遠く離れ救援も出しにくい
外縁部からの帰路は危険度が跳ね上がる。来た道を戻る選択肢もあるが、
最悪の場合市民を巻き込みかねないため可能な限り回避したいという政治的思惑もある。
しかも辺境宇宙航路はコースが限られており、待ち伏せるのは容易だった。
クルーが緊張するのは無理からぬことであった。
「本艦は、バーガー大佐の直衛艦隊と共にフラーゲ中将の間接護衛隊を陽動としつつ、
最短航路を以てガミラス星に帰還する!」
それにも関わらず、山南艦長は不敵な笑みを崩さない。
宇宙戦艦ヤマトは堂々と復路最初のワープポイントへ向け、前進を続けていた……