【第48話】
西暦2202年2月4日。
トランスワープ航法によって16万8000光年の旅路を僅か75日で踏破した宇宙戦艦ヤマトは、
ヤマトが不在な間、太陽系を守ってきたネレディア・リッケ大佐麾下のガミラス派遣艦隊に先導され
地球への凱旋を果たした。
入港予定地であるトラック環礁宇宙港湾基地に向かうヤマトの姿は、
軍が飛ばした航空機により撮影、各管区の地上復員都市や地下都市にて放映された。
そしてヤマトの再度の帰還を、出発とは対照的に歓声を以て見守る市民の姿もまた、
ライブカメラによって撮影されヤマトへと届けられるのだった。
そして、礁湖内の軍艦用泊地に着水したヤマト。
使節団と幹部クルーは島の基地に設営された会場で行われる帰還式典に出席することとなった。
これを終えて、ようやく長きに渡る任務を完遂したと言えるのである。
使節団の退艦時には、こんなやり取りが交わされた。
「キャプテン・ヤマナミ。長い時間お世話になりました。本当に感謝いたします。」
「いえ、我々は軍人としての職務を果たしただけであります、ミスター・ムベキ。
しかし、クルーたちの働きを認めてもらいありがとうございます。」
数ヵ月に及ぶ航海を共にし、マゼラン外交遠征という任務を乗り切ったのだから
当然ながら、このような感慨も生まれていた。
式典会場に指定されていたのはモエン島に建設された、港湾基地付属の多目的ホールである。
輸送機によってヤマトから港湾基地飛行場へと移り、車輌でホールまで移動する使節団員らと
山南艦長以下のヤマトの幹部クルー(真田副長、古代戦術長、島航海長、森船務長、徳川機関長)。
ホールへ入り、そのフロントロビーに一行が足を踏み入れると、
そこには護衛を連れた青肌のガミラス人男性の姿があった。
彼が着ている制服は茶色を基調としたもので、軍人ではなく政務関係者を示している。
先んじてムベキたち使節団が彼に近づき握手し、和やかに会話をする。
その中でムベキが、使節団に後続していた山南らヤマトの乗組員たちを指し示し
ガミラス人官僚がつられて顔をそちらへと向けた。
振り向いたその男は、
頭髪が実に濃い茶色をしており、髭は綺麗に剃りあげられていた。
薄く青い肌をした貌の造形も優れており、まるで俳優のようであったが、
特筆すべきは深淵を連想させる眼力を有する双眸だ。
地球の伝承に出てくる、ステレオタイプな吸血鬼さながらの男が、
いかにも繕ったような微笑を湛えてヤマトの幹部乗員へと歩み寄ってきた……。
「初めまして、ヤマト乗組員の皆さん。お会いできて真に光栄です。
私はガミラス共和政府よりこの
どうぞ、お見知り置きを。」
ミューラーと名乗ったその男は右手を胸に当て、ニヤリと顔に張り付けた微笑を深めるのだった。
「……これはこれは!大使閣下でしたか!……こちらこそ、ご挨拶いただき光栄であります。__」
山南から順繰りに自己紹介と挨拶を行う幹部乗員たち。
その間、新任のガミラス大使は不気味な笑みを湛え続けていた。
「大使閣下!」
そこに、同じく茶色いガミラス式官僚服を着た青肌の男性が現れる。
どうやら大使の部下のようで、ミューラーは近くの使節団員やヤマト乗組員に視線を配ると語った。
「紹介します。彼は本邦の地球大使館の参事官です。」
「ローレン・バレルと申します。どうぞ、よろしく。」
ミューラーの傍らに立った、赤毛の頭髪と顎髭の官僚はバレルと名乗り、方々に会釈した。
そして、自らが大使のもとに来た理由を思い出してミューラーに耳打ちする。
「……そうですか、分かりました。
……皆さん、会場の準備が整ったそうです。」
「……では、参りましょう。」
こうして、式典出席者はホールの中に入ってゆくのだった……。
地球連邦大統領エイブラハム・ダグラスをはじめとした錚々たる面々が揃った中で行われた
遣マゼラン外交使節団ならびに宇宙戦艦ヤマトの、ガミラスとの友好喧伝・情勢安定化を
目的として行われたマゼラン銀河派遣航海からの無事の帰還と外交的成果を祝した式典は、
カメラも入り盛大に行われたが、時間的にはそれほど長くかかることなく終わった。
式典終了後、外交使節団の周囲には要人達が彼らの話を直に聴くべくこぞって集まっていたが、
ヤマト乗組員らは長旅(しかも親衛隊残党などの襲撃の恐れもあった)の疲れを考慮されたのか、
いち早くこの場から解放されることとなり、艦に戻るためホールを出てロビーにまで戻ってくる。
ところが、そこには
「なっ!?」
「貴方は!!」
「どうやってここに!?」
「おや、驚かせてしまいましたかね。
……フフ、我ながら悪戯なことをしました、失礼。
無事の帰還を心より祝させていただきます、皆さん。」
多目的ホールのロビーで、ソファに腰掛けていた男。
彼は地球連邦の外務次官職、クロード・ヴェルニー。
ヤマトに乗り込んだ外交使節団の副団長を務め、帰路ではムベキたち乗艦組に同行せず
ガミラスに残留したと思われていた人物であった。
すくりと立ち上がり、ロビーから見える小さな会議室を指し示すヴェルニー。
「……ヤマトはマゼラン銀河を発ってから帰還するまで、セキュリティ上の目的から運航のための
情報などを除き、可能な限り外部との交信を行わなかった、と聞き及んでおります。
地球への帰着後も、今の今まで地球の現況について御知りになる時間はなかったはずです。
どうです、地球の現況について、"なぜ私がここにいるのか"について、
お話しさせていただこうと思うのですが。」
彼は口角をつり上げながら、ヤマト幹部乗員を誘う。
それに対し、山南艦長や各科責任者らは顔を見合わせて決めた。
「……分かりました、よろしくお願いします。」
一同は小会議室へと入り、扉を閉めるのだった。
部屋には折り畳み式のテーブルと椅子、それにキャスター移動式のテレビモニターが置いてあり、
ヴェルニーはヤマトの乗員らを座らせ、自分の手持ちのデバイスをモニターに連動させる。
そしてヤマトの幹部クルーへと向き直り、話し始めた。大仰な、どこか芝居がかった調子だ。
「えー、それではこれより、
"私がどうやって地球へと戻ってきたか"についてからお話しさせていただきましょう!」
そう言うと手持ちのデバイスをいじくり、モニターにとある画像を写し出す。
画像に映るのはガミラス国防軍の塗装をした、ハイゼラード級宇宙戦艦「シャングリ・ラー」だった。
「……私はガミラス星でヤマトから降りた後、数名の外交団員と共にムベキ団長のグループとは離れ、
両国における大使館の設置、銀河間通信網の整備など外交・連絡関係の確立について、
最終調整協議を行いました。その終了後、我々は外務局本部、いえ、連邦政府からの特命により
さらに2手に別れたのです。」
ヴェルニーが口にしたガミラスにおける外交使節団の舞台裏に
聞き入っていた一同は、最後の言葉に目を丸くする。
「……連邦政府からの特命ですと?」
山南は目を光らせ、ヴェルニーの言葉を反芻した。
「左様です。
私と、他2名の外交団員は政府からの特命に従ってガミラス星に残留する団員とも別れ、
あなた方もお会いになった、メフィルス・ミューラー大使をはじめとしたガミラスの在地球大使館職員を
地球へと移送する、この「シャングリ・ラー」号に便乗させて頂き、
一足お先に地球への帰路に着いたのです。西暦では昨年の10月10日のことだったと記憶しています。」
ヴェルニーはモニターに映るガミラス戦艦に視線をやりながら語る。
これに反応したのは、ヤマト航海長の島大介大尉だった。
「……なるほど。その戦艦は、ヤマトと同じくトランスワープ航法で地球へ向かったんですね。
それなら3ヶ月もかからずに、ヤマトより先に地球にたどり着けるわけだ。」
「えぇ、その通りです。到着は12月29日でした。」
ヴェルニーは得意気を滲ませながら、自分がヤマトより先に地球に帰ってきたトリックを明かし終える。
「では、貴方は地球で年越しを迎えることができたわけだ。
……それで、政府からの特命というのは一体何なんです。」
山南が腕を組み、核心部分について斬り込んでくる。
ヴェルニーはニィと笑い、モニターに新たな数枚の画像を映し出した。
「……!」
「これは……!」
山南以外のヤマトクルーは、それらの画像に一様に目を剥いた。
そして大きなショックを受けたようだった。
「……これは、どういうことなんですか……!?」
ヤマト戦術長の古代大尉が、震える声色でヴェルニーに訊いた。
彼の目前のモニターに映し出された画像の一つは地球のニュースサイトから引用されたものであり、
地球連邦のチャールズ・C・エバット外務局長官とガミラスのメフィルス・ミューラー大使が
とある条約に調印しているものだった。その日付は2202年1月5日。
番組の説明書きには「地球・ガミラス安全保障条約」とあり、
今後の地球連邦防衛軍と共和政ガミラス国防軍の緊密な連携が謳われたものである。
別の画像には2ヶ国間安保条約に付随して締結された、
別の条約や協定についても記載されており、そこにはこんな文言があった。
『次元波動エネルギー兵器不拡散条約』と。
「……地球連邦は自存自衛のため、次元波動エネルギー兵器を保有する。
この運用は防衛目的においてのみ使用が認められ、地球連邦が領有権を有する
太陽系及び周辺3光年以内の空間以外での同種兵器搭載艦艇の行動については、
友好国である共和政ガミラスとの協議を要するものとし、同種兵器の拡散防止に
努めることを義務付けるものとする。」
ヴェルニーが次元波動エネルギー兵器不拡散条約と名付けられた、
地球・ガミラスの共同方針決定の概要を諳じる。
「……待ってください。波動砲……次元波動エネルギー兵器の使用・整備については、
『地球・イスカンダル和親条約』において制限付けられていたはずです。
それを勝手に……覆すんですか!?」
顔をしかめヴェルニーに噛みついたのはヤマト副長・技術長の真田中佐だった。
「……元より政府内、そしてガミラスの外交筋においてはあの条約の欠陥が指摘されておりました。
ヤマト艦長・沖田十三提督への外交権限付与に関する問題。
当時の地球人類が管区を越えた意志統一能力を欠いていたことから、当時の決定を
現在の地球連邦にそのまま引き継いでよいのかという問題。
この点ではガミラスにおいても同様に、正当性において混乱期にあった当時の政府の決定を
共和政府が継承してよいのかという問題が指摘されています。
そのため、地球連邦政府は当時の『地球・イスカンダル和親条約』を凍結、事実上破棄しました。」
眼鏡のフレーム中央に指をやり、位置を直しながらヴェルニーは断言した。
「……!!」
「古代くん!」
「よせ、古代!」
息を荒げながら、古代戦術長は勢いよく椅子から立ち上がった。
今にもヴェルニーに飛びかかりそうな彼を、森船務長らが必死に制止する。
彼の中では、人生の師である沖田が残した意志が、地球を救わんとした2199年と
地球とガミラスの友好のため飛び立った2201年の航海の全てが踏みにじられたように感じたのだ。
だが、外務次官は古代におののくことなく終始冷静に語るのであった。
「……我々、一部外交使節団員に対する地球連邦政府からの特命は、
昨年7月の出発以前に既に伝達されておりました。内容はこうです。
"地球に来航するガミラス大使に同行し、波動砲関連新条約についての最終調整を行え"、です。
外交チャンネルでは、ガミラス側から安全保障と波動砲関連のための条約を
協議・締結するための権限を与えられた大使が派遣されることが伝えられていました。
そのため我々は、秘密裏に地球へ向かわれるミューラー大使に付随し条約のための
地球側要望伝達など、事前協議を済ませておくことが命じられていました。
12月29日の到着後、1月5日に早くも条約を調印できたのはこれが理由です。」
「……それだけではないでしょう」
「……と、言われますと?」
真田中佐が、ヴェルニー外務次官に静かな反駁を行った。
「……波動砲に関する新たな条約が結ばれることを我々ヤマトの乗員が知れば、必ず一定の反発がある。
そしてそれが連邦市民に影響することを恐れ、我々を遠くマゼランまで引き離した上で
新たな波動砲関連条約を公表し調印へと持ち込んだ。……騙し討ちの手法ではないでしょうか?」
「……流石は防衛軍きっての技術士官、想像力が豊かでいらっしゃる。
私にはその視点はありませんでしたよ、命令書にはそのようなことは一字一句とも
存在しておりませんでしたから。」
「……。」
場の空気は宇宙空間同様の絶対零度まで冷え込み、
副長などヤマト幹部乗員とヴェルニー外務次官は静かに火花を散らしていた。
その中で、先ほどまで憤懣に猛っていた古代大尉は静かに着座し脱力する。
先ほど真田が語ったことが真実であれば、自分達は死の危険すら冒してまで道化を演じていたことになる。
これが、自分達の航海の末に得たものなのか……。あまりのやりきれなさが彼の精神を打ちのめした。
そこで、会議室のドアが開かれる。
室内の面々は一斉に視線をそこに向けた。
「一段落ついたかね?」
そこには使節団及びヤマト帰還式典にも出席していた、
地球連邦防衛軍の統括副司令官、芹沢虎鉄大将が立っていた……
「そんなにあの
クラウス・キーマン」