【第49話】
「嫌な役回りをさせてしまったようですな」
「いえ、どうということはありません。」
その男、芹沢虎鉄は唖然とするヤマトの幹部クルーを尻目につかつかと会議室へと足を踏み入れる。
対して、ヴェルニーは彼の来訪を予期していたのか、会釈して微笑と共に彼に言葉を返した。
「………芹沢、副長官___」
絞り出すような声を発したヤマト戦術長の古代大尉を、芹沢は一瞥し、次いで他の幹部乗員らを見渡す。
「……遅かれ早かれ、いずれ諸君らの知るところになることは明白だった。
しからば、こちらで場を整え伝えてしまおうと考え、帰着していたヴェルニー氏に依頼した。
……御協力、まことに感謝します。」
「とんでもない。……では、私はこれにて失礼。」
芹沢が目礼すると、外務次官は自身の役目はここまでだ、と言わんばかりに退出していく。
ここで、沈黙していた山南艦長が口を開いた。
「……状況は把握しました。
その上で、統括副司令は我々と「ヤマト」に、何をお求めになるのでしょうか?」
その言葉に芹沢は黙って頷くと、ややあって告げた。
「それも含めて、私から諸々を説明させて貰う。
その場は、「ヤマト」としたい。」
モエン島の飛行場から、ヤマトに向けてコスモシーガル輸送機が飛び立った。
積載区画がキャビンとなっている人員輸送専用に改造された同機には芹沢と、
山南以下ヤマト幹部乗員が乗っていたが、機内で言葉を発する者は一人として居なかった。
(……何を考えているのだ?)
その中で、ヤマト2代目艦長を拝命しマゼランへの航海を行ってのけた山南少将は思考を巡らせる。
彼には、どうも芹沢統括副司令の思惑が掴めずにいた。
(何故、わざわざ「ヤマト」に……?)
芹沢が何を語らんとしているのかは、おおよその検討はついた。
ガミラスとの安保条約や波動砲条約に対する防衛軍の方針・立場を伝え、
今後のヤマトの運航について命令を出そうとしているのだろう。
山南が解せなかったのは、なぜ説明を「ヤマト」艦上で行う必要があるのか、ということだ。
芹沢と「ヤマト」は、イズモ計画を巡って因縁があるというのは山南も聞き及んでいる。
(……それに、だ。)
山南は、先程のヴェルニー外務次官から波動砲条約まわりの話を聞かされていた時の
古代戦術長、真田副長をはじめとした面々の渋面を脳裏によぎらせながら思う。
果たして、
山南は昨年の着任以来、ヤマトの第二次マゼラン遠征航海などを通じて
同艦乗員と交流を深め、信頼関係を築き上げてきた自負があった。
だが、肝心の2199年の航海で何があったのかは報告による伝聞でしか知らない。
当時の艦長・沖田十三の下で働いた経験もあり、彼の人柄もよく知っているが、
彼らがあのとき何に直面し、どう考え、どう判断し、どんな心情を抱いたのか、
自分の肌で感じ共有する術を山南は有していなかった。
イスカンダルでの経緯や波動砲の禁忌に関する諸事も同様である。
山南とて、ヤマトクルーを信用していない訳ではないが、
彼らの体験や心理を完璧に汲み取れているとも言い難く、芹沢の言動次第では
一部の者が暴発を起こさないとも言いきれない。
そんなリスクは、芹沢とて承知しているはずだ。
にも拘らず、万一の時の危険度が高く芹沢にとって言わば
説明の場にしたのか、いくら脳を働かせても納得の行く答えは出てこない。
山南の思考を打ち切るように、コスモシーガル人員輸送機はヤマトの甲板に着艦した……
「君たちも掛けたまえ。」
芹沢と、ヤマトの幹部乗員ら輸送機に乗ってきた面々はヤマトの貴賓室に場所を移し相対。
芹沢は山南の儀礼的な勧めにしたがいソファへ腰を下ろし、周りの一同にも楽にするよう言った。
貴賓席に入ったのは、先程の話を聞き条約のことを知った面々だけだ。
彼らによって芹沢の話と合わせて他の各科乗員に話し伝えるように、ということなのだろう。
幹部クルーらは目線を交差させ、芹沢の発言に備える。
たとえ彼が傲岸不遜な発言をしたとしても激発することがないように……
先程、外務次官に飛びかかりかけた古代は真田などから無茶はするな、との
意を込めた目配せを受け頷き、冷静さを保たんと努めていたのだった。
「では、初めに」
全員が着席したのを確認し、芹沢が切り出した。
彼が最初にやったのは……
「君たちを騙すようなやり方を取ってしまったことを、
防衛軍全体に代わって深く詫びる。済まない事をした、この通りだ。」
ソファから身体をもたげ、テーブルに両の手をつき、頭を深々と垂れた。
ヤマト乗員達に対する、謝罪であった。
芹沢以外の部屋に集う面々は信じ難い光景に息を呑んだ。
地球防衛軍のナンバー2が、一介の戦艦乗組員たちに対して頭を下げている。
それも、
因縁のある「ヤマト」のクルーに、だ。
驚かない訳がない。
「……しかし、こちらとしても言い分がある。
それをこれから、聞いてもらいたい」
唖然として芹沢を見る一同に対し、彼は顔を上げて鋭い視線を返す。
室内の全員が芹沢のペースに引き込まれた瞬間だった。
「まず、地球・ガミラス安保及び波動砲条約の締結はヤマト出航以前から
連邦政府と防衛軍の既定方針であったということは諸君も外務次官からの
説明で聞いていると思う。」
再びソファに腰掛け、語り出す芹沢。
「現在、地球連邦と友邦・共和政ガミラスは主として二つの敵対勢力に対峙していると言っていい。
一つは、旧デスラー親衛隊を初めとしたガミラスの反体制武装勢力。
もう一つは、帝星ガトランティスという星間国家だ。」
ぴくり、とヤマトのクルーたちはガトランティスという単語に反応した。
忘れもしない第一次イスカンダル遠征の帰途の折、同じく遭難したバーガーらガミラス艦隊や
ジレル人たちと出会った惑星シャンブロウ、またの名をアケーリアス遺跡「方舟」にて
宇宙戦艦ヤマトはガトランティスの遠征艦隊と激闘を繰り広げたのである。
当然ながらガトランティスにもヤマト、ひいては地球に関する報告がなされているであろうし、
彼らの性質を鑑みるに今後の衝突は必至と考えられる筈だった。
「さらに今後、接触が予想される未知の勢力にも備えねばならぬ。
地球連邦としても軍としても、先の大戦の惨状を見るにワーストコンタクトは
避けるべきと考えているが、決して楽観視できるものでもない。」
芹沢は続ける。
ここで真田副長が反論を試みた。
「ですが副長官、地球連邦はガミラスという有力な同盟国を得たのです。
国内情勢が安定化に向かいつつある彼らの軍事的な援助を得られることを考えれば、
地球が波動砲を保有する必要性はないと考えますが」
「君の言にも一理あることは認めよう、真田中佐。
だが、同盟を結んだからこそ地球は波動砲保有を求められているという一面もあるのだよ。」
そう言うと芹沢は腕を組んで一息ついた。
彼の言にヤマトクルーは理解しがたい、といわんばかりの怪訝な表情を浮かべる。
「……地球・ガミラス安保条約は少なくとも名目上は双方が対等な立場での軍事協力を謳っている。
必ずしも偏務的なものではなく、我々は彼らが持てないものを持ち、時に提供する必要があるのだ。」
「……それが波動砲、というわけか……」
呻くように呟いたのは島航海長である。
それを意に介さぬかのように芹沢は続けた。
「それに君たちが一番よく知っていると思うが、ガミラス本国のあるマゼラン銀河と
地球のある天ノ川銀河は16万8000光年という膨大な距離を隔てている。
これは波動機関を有する艦艇にとっても容易に踏破し得ぬ"距離の壁"だ。
仮に地球が危機的状況に陥っていても、マゼラン銀河からガミラスの援軍が到着するまで
数ヵ月単位の時間がかかることは想像に難くない。
その間地球が持ちこたえられるだけの戦力を有していなければならないことは理解できるだろう?」
話を聞くヤマト乗員たちの顔を覗き込むような視線を配る芹沢。
経験上、統括副司令の言に説得力を感じるだけに幹部クルーたちは抗弁に窮し、険しい表情を浮かべた。
「波動砲を保有するメリットは何より、トータルの流血を抑えることができるという点だろうな。」
芹沢は、新しい切り口から再度話し始める。
畳み掛けるような怒涛の攻勢であった。
「他の兵器……とりわけ旧世紀の核兵器などは特に顕著だったが、兵器は実用以外にも
抑止力の効果がある。地球に害意を持つ敵対勢力の動きを多少なりとも掣肘が可能な筈だ」
(……少なくとも、今後接触するであろうガトランティス以外の勢力にとってはな)
自らの口から出た言葉に、内心で補足を付ける芹沢。
未来のヴィジョンを見た彼にとっては波動砲程度でガトランティスが抑止できれば
苦労はしない、というのが本音であった。
「不幸にも実戦となったところで、"波動砲を投入した方が損害を抑えられる"という
戦術上の選択肢を、波動砲の保有によって防衛軍に与えることができるのだ。
大戦で人員に甚大な損害を受けた地球にとり、これほど
高効率兵器ほど求められるものはないと我々は考えている。」
そこまで芹沢が言ったところで、堪えきれなくなった古代大尉がソファから腰を浮かせた。
彼は思い出す。
波動エネルギーは星の海を渡るための力で、殺し合うための力ではないというユリーシャの言葉。
初めて波動砲の威力を思い知った木星での一件以外では、波動砲を殺人兵器として
積極使用はしなかった沖田の指揮の下での2199年の航海。
芹沢は、地球連邦政府と防衛軍は、波動砲を殺人兵器として運用せんとしている__
古代がソファの肘掛けに手を付いて立ち上がるため力を込めようとしたその時、
芹沢は遮るように、押し被せるように一際声を張って語った。
「__流血を抑えられるという点では、同盟国であるガミラスにとっても同様だ。
逆に、敢えて波動砲を保持しないということは、将来の戦いにおいて地球とガミラスの将兵に
不必要な犠牲を強いると言い換えることができるのだ!
……政治的理由によって装備を封じられ、窮地に陥るということは先の航海によって
君たちが経験したことではないかね。」
芹沢は立ち上がりかけた古代を見据え、言い放った。
「__ッ!」
その瞬間、古代進の脳裏で忌々しい記憶が鮮烈に甦り、駆け巡った。
ワルゴニア星系でのデスラー親衛隊残党の襲撃。
武装を封じられ、ガミラスの護衛艦隊に助けられ逃げることしかできないヤマト。
逃げた先に待ち伏せていた敵宙雷艇の奇襲。
迎撃ミサイルを突破しヤマトへ迫る敵新型魚雷。
ヤマトの脇をすり抜け、ミサイルへ向かう異邦の友・バーガーの旗艦。
直後、眼前で生じた閃光。
あの時戦術長としてあの場に居て、体験したことがありありと再生される。
芹沢の言う通り、宇宙戦艦ヤマトは政治的理由で身を守る力を封じられた結果、
危うく撃沈されかかり、古代は友人であるバーガー大佐を喪いかけた。
統括副司令は、それと同じことが地球とガミラスにも起こりかねないと主張しているのだ。
ワルゴニア沖海戦の記憶は、古代が封じていた喪失の記憶の再生を誘発する。
遊星爆弾による家族の死。遠き星で果てた兄。航海に殉じた戦術科の部下たちや、
その他の大勢のヤマトクルーたち。自らが立たんとした理由である沖田艦長。
そして……
「古代くん……」
恐る恐る視線を傍らにやる古代戦術長。
そこには、あの航海の帰途で傷つき、奇跡とも呼べる出来事がなければ
本来この場にいる筈のなかった人物が、古代の最愛の人がいる。
「雪……」
その名を呟いたとき、古代進は自問自答した。
(俺は、波動砲を射たねば彼女を救えない局面で、理想のために彼女を犠牲にすることができるのか?)
思考がそこに行き着いたとき、彼の全身からは力が抜け、ソファにへたりこむ。
もはや、再び立ち上がるための力は入らなかった。
その様を見て、芹沢は軽く息を吐く。
「……君たちが言わんとしていることは理解しているつもりだ。
連邦政府と防衛軍の方針は、地球を救った英雄である沖田十三の遺志を蔑ろにしているのではないか。
……確かに表層的にはそう見えるかもしれんが、大きな誤解であると言わせてもらおう。」
芹沢は真田中佐や徳川機関長、帽子を目深に被っている山南艦長らを見渡した。
「……沖田艦長はイスカンダルの過ちを繰り返さないと誓った、と聞いた。そうだな?」
「……えぇ。」
真田副長が汗を浮かべながら答える。
完全に芹沢の主張と勢いに呑まれているのを自覚し、冷静さを保たんと努めているのだろう。
「イスカンダルの過ちとは、波動砲を保有したことではない。
波動砲を用いて侵略戦争を行ったことにこそある、そう我々は解釈する。
地球がガミラスと結んだ『次元波動エネルギー兵器不拡散条約』は、地球が波動砲を用い
正義なき戦争に突入することを防ぐべく、地球市民が自らにかけた枷だ。
この条約にこそ、本来の沖田十三の遺志が宿っている!
この条約がある限り、沖田十三の遺志は蔑ろにされてなどいないし、ましてや死んではいない!
……私は、そう考えている。」
ヤマト幹部乗員一同が、まじまじと芹沢を見る。
沖田とは反目・対立していたはずの彼が振るった熱弁に、異を唱える声は出なかった。
「……だが、これでもなお地球を信じられぬと言うのであれば、君たちが変えていくがよかろう。
無論、相応しい立場と手段を得た上で、だ。
……私がこんなことを言うのは余計なお節介かもしれぬが、"ヤマトの英雄"と言う肩書は
君たちの将来に有用だろう。これに経験と実績を積んで行けば、波動砲運用に関して
声を上げたとき、耳を傾けるものは少なくないと考える。」
芹沢は言葉を切り、息を整えた。
「それまでは、どうか軽挙妄動などは慎んでもらいたい。
我々防衛軍上層部の目が黒いうちは、地球を無謀な戦いに駆り立てることは決してない。
そう、信じてもらいたい。」
「……一つ、肝心なことを聞いておりません。
波動砲装備を前提とした軍備計画において、この宇宙戦艦ヤマトはいかがなさられるのか?」
部屋に入ってから、初めて口を開いた山南艦長。
艦長の責務ということか、ヤマトが波動砲軍備計画においていかに遇されるかを問う。
芹沢は明朗に答えた。
「……宇宙戦艦ヤマトは元来、波動砲の運用を前提として設計された艦だ。
その艦を遊ばせておくような余裕は、地球にはない。
ヤマトは今後、極東管区のドックに入渠し、整備と併せて近代化改修を行う。
その折に、ヤマトには波動砲を再装備するものとする!」
室内全員の目が見開かれた。
イスカンダルによりヤマトにかけられた封印を、解くと言うのである。
「不服と言うのであれば、私を拘禁するなりすればよかろう。
ハッハッハッハッハッ!!」
かつての尊大さと傲岸さを思い起こさせる言い方で芹沢は続け、高らかな哄笑を響かせる。
あからさまに演技じみていたが、芹沢の確かな覚悟を読み取らせるものだった。
真田副長は古代戦術長に顔を向けた。
それに気づいて、古代も真田へ向き直った。
彼の表情は、先程の逡巡や苦悩の跡を残していない。
苦境の中に一筋の光を見た、と言うかのような決然としたものだった。
(大丈夫です、真田さん。ご心配をお掛けしました)
ぎこちない微笑を浮かべ、頷く古代。
真田も口元を綻ばせ、滲んでいた汗を親指で拭き取った。
「……統括副司令、御足労をお掛けしていただきありがとうございました。
連邦政府と防衛軍の方針と見解は、我々が責任を持って他の乗員に伝えさせていただきます。」
「ウム!……よろしく、頼む!」
この山南艦長と、芹沢統括副長官のやりとりによって、帰還したばかりのヤマトに対する
地球の状況説明は一先ずの終わりを迎えたのだった……
ヤマトからトラック環礁の基地施設に戻ったコスモシーガルを降りた芹沢は、
一人で基地司令部の通信所に入り、防衛軍最高司令本部との連絡を取った。
「統括副司令!……どうやら、巧く説明できたようですな。」
モニターに呼び出された相手は、地球連邦防衛軍・参謀総長を務めるジェファソン大将だった。
彼は、今回のマゼラン遠征においてヤマト管制部隊の上役を10月以降から受け持っており、
マゼランからの帰路についたヤマトに対し情報封鎖を行い、今日の今日まで地球とガミラスの
安保条約や波動砲条約を知らせずにいた、この一件の立役者の一人だった。
「えぇ。若いクルーにいくらか危ういかもしれぬ者がおりましたが、どうにかできたようです。」
「左様ですか。若者には、やはり導く人間が不可欠と言うわけですな。」
ジェファソンは思い通りだ、と薄い笑いを浮かべる。
「全くですな。……そうなると、やはり彼は最適任ということです。」
自身の本部への帰還の予定をジェファソンと話して通信を終えると、
芹沢は手元のタブレットデバイスを操作し、あるファイルに視線を落とす。
そこには、ヤマトが極東管区への帰還後に予定していた、
波動砲装備を含めた整備と改修のための入渠計画について記されている。
彼はファイルを流し見していたが、ある一点で手を止める。
そこにはヤマト改修計画委員会の名前が連ねられている。
改修委員会のトップは、基本的にその艦の艦長が務めるのが国連宇宙海軍からの通例だが、
委員会の名簿に山南修少将の名前は無い。
「……全く、説き伏せるのに苦労したものだ……
しっかり働いてもらうぞ、折角お前を生き延びさせてやるのだから……」
代わりに名簿の筆頭には、"土方竜"の字が記されていた。
西暦2202年2月末、宇宙戦艦ヤマトは極東管区へ帰還。
その後同地のドックにて精密検査の後、4月7日を以て本格的な近代化改修のため
暫しの間、雌伏の眠りに就くのであった……