第五十一話 大宇宙の遠雷
【第51話】
西暦2202年 6月12日。
青い星・地球の海洋に浮かぶ島、グアムにはガミラスの地球大使館が置かれている。
大使館庁舎であるガミラス特有のドーム型建築物の回りには、要塞のような堤防が
二重に巡らされ、地下には隠蔽式の対空砲座すら備えられていた。
上空から見て目を引くのは、ドーム型庁舎の真横にある航空機発着場に大きく描かれた、
数字の4を上下逆さまにしたようなガミラスの赤い国章である。
そんな発着場に向けて一機の宇宙内火艇が降下し、着陸した。
それはトラック環礁の宇宙港湾に入泊したガミラス艦から飛来したものであり、
中からは数人のガミラス人が降りて来る。
そのうちの一人である暗い青色の制服を着た金髪の青年は、庁舎を一瞥すると
足早にその中へと入って行くのだった。
「地球大使館付武官を拝命致しました、クラウス・キーマン中尉であります」
「……以上が、本日付で着任した職員となります。」
内火艇でグアム島へとやって来たのは、ガミラス大使館の新入職員であった。
彼らは大使の執務室で挨拶を行う。
ガミラス遣地球全権大使であるメフィルス・ミューラーの傍らには、数名の補佐官が立っている。
その中には、赤い髪色をした参事官ローレン・バレルの姿もあった。
ミューラー大使は軽く頷くと、腰掛けていた椅子から立ち上がりまじまじと職員たちの顔を見回した。
「……新たな時代を迎えた我が祖国にとって、この星との外交関係は極めて重要です。
大使館で勤務すると言うことはその最前線に立つということになります。
どうかその事を胸に、職務に励んでいただきたい。」
激励の言葉を掛けると、ミューラーは腰を下ろす。
大使との対面式はこれで終わり、新任武官キーマンを含む職員やバレルら補佐官は退室する。
ただ一人を除いて。
「……どう見ます、ノルティオ大佐」
参事官らの中で部屋に残ったのは、大使館付武官長であるクライクァルス・ノルティオ大佐。
先ほど対面したキーマン中尉は直属の部下に当たる。
ノルティオ大佐はミューラー大使との付き合いも長く、彼から深い信頼を勝ち得ている。
「個人的な所感ですが……キーマン中尉はなにか腹に一物あるようです。」
「と言いますと?」
「そこまでは分かりませんが……」
大佐の言を聞き、ミューラー大使は軽く息をついた。
「……バレル参事官といい、個性的な方々が来られますね……この星には。」
ミューラーはノルティオに目配せする。
キーマンとバレルから目を離すな、と……。
ノルティオは黙って頷き、退室していった。
一方、遠くはなれたマゼラン銀河のガミラス本国では。
数十隻の葉巻型、球体を連ねた形の深緑の宇宙船が船団を成し、星の海を進んで行く。
平時のガミラスの領域内では高い頻度で目にするタイプの宇宙貨物船だが、
その船体には地球連邦船籍を示すマークが記されている。
この船団は、共和政ガミラスが地球連邦に賠償物資として供与した宇宙輸送船から構成されていた。
同船団は今年の1月に出発し、ようやくマゼラン銀河へと到達するところだった。
目的は資源惑星で産出される鉱物資源の買付けだ。
地球は復興による民需と、軍艦建造などの軍需で大量の資源を必要としており、
その国策の一環としてマゼランへの資源輸送船団を送り出したのである。
目的地はマゼラン外縁部に位置する鉱業惑星で、あと一週間の行程である。
無事に物資の積込が終われば、また数ヵ月かけて太陽系へと戻るのである。
ヤマトのマゼラン派遣以降、同銀河の情勢は目に見えて沈静化し治安も向上した。
銀河間航路も民間に一部開放され、商取引のために何隻ものガミラス船が天の川銀河へ旅立った。
本格的な地球・ガミラス間交易がスタートしたのである。
地球発のこの船団は地球連邦政府直轄・商船管理部の隷下にあり、公営のものだった。
軍や関係者からは「銀河鉄道」という通称を冠されている。
その理由として、旗艦をはじめとする一部の船以外は供与されたガミロイドが運航している
無人艦であり、有人船からの制御に従い動く様が機関車と貨車に重ねられたのだ。
船団の旗艦であるガミラス葉巻型輸送船の艦橋では、船団を任された防衛軍宇宙海軍に
所属していた退役軍人の船団長が、同じく退役軍人の船長と話をしていた。
「しかし、どうにかここまでやってこれましたね。」
「あぁ、船長や皆のお陰だよ。すっかり波動機関にも慣熟したな。
……ところで、どうです?資源の相場は」
船団長は、タブレットデバイスに視線をやっていた資源生産局の役人に話しかけた。
彼は資源の買付けを命じられており、そのための予算管理や計画などを担当していたのだ。
「今のところ、目的としているコスモナイトやチタンなど金属類の物価に大きな動きはありません」
通信ネットワークの整備によって、宇宙航海中でもリアルタイムでの正確な取引価格が
知ることができるようになっており、刻々と変化していく資源の価格を見ながら
資源買付けの正確な計画を立てることもできるようになっていた。
船団長は、役人のよどみない回答に安堵したようだった。
「それは良かった。ここまで来て、空荷で帰るのは御免ですからな。」
「ただ……」
「どうしました?」
微妙に眉根を寄せた役人の様子に気づき、船長が尋ねた。
すると役人はタブレットを操作し別の資源・工業製品の市場価格の画面に切り替え答えた。
「……このガミラシウムという放射性物質が急激に高騰していまして、妙に思ったんです。」
「ガミラシウム……ですか。」
「聞くからに、ガミラスが見つけた元素のようですが」
役人は船団長や船長に、知る限りのガミラシウムに関する情報を話すが、
それでもこの物質がなぜ値上がりしているのか理由になりそうなことは分からなかった。
「……しかし、我々の目的の資源には値上がりは波及していないんでしょう?」
「まぁ、そうなんですが……」
資源生産局員は、口ごもりながらタブレットを操作していたがある画面で目を止めた。
「これは……」
「何です?」
船団長もタブレットを覗き込む。
そこには宇宙船用塗料の価格グラフの移ろいが示されており、最近になって大幅に取引価格が
跳ね上がっていることが分かった。即ち、大きな需要があったことの表れである。
「……なぜ、宇宙船用塗料が?」
「ガミラスさんも、軍艦を増産しようとしてるんですかね?」
「もしそうなら、構造材のための金属の値上がりも近いかもしれませんね……」
一同は表情をこわばらせる。
目的が達成できない可能性に加え、ガミラスがかつての敵であることも思い出していた。
しかし、今のガミラスは取引相手であることも思い出し、船長は言った。
「少し、船足を上げた方が良さそうですかね。」
「……うん、そうしよう。……競争するにしても、商売での方がいい。」
「同感です。」
こうして、若干のペースアップを交えながら地球初の異星文明行きの交易船団は
マゼラン銀河へ進入していくのだった。
同時刻、同じマゼラン銀河の外縁のとある星系には、深海魚のようなシルエットを持つ
宇宙艦の大艦隊が集結していた。岩石惑星の軌道上に展開する多数のガミラス艦の表面では、
多数のガミロイドや宇宙服を着た将兵が艦の塗装を塗り替えていた。
旧デスラー親衛隊特有の「高貴な青」から、国防軍のものと同じ深い緑色へ変えられていく。
さらに、ガミラス艦に特徴的な「目」の部分でも部品交換が行われている。
作業が終わった艦艇は、すっかり国防軍所属の艦と見分けがつかなくなっていた。
そうした作業を、艦橋から眺める男が数名。
一人は親衛隊のクローン士官、ナッター・ネルゲ大佐。その横には、
元国防軍少将かつ脱獄囚であり昨年にはヤマトを撃沈一歩手前まで追い込んだグレムト・ゲール提督。
そしてさらに、何故かここにいるガミラス参謀本部の一員、ガルヒ・ダークナス少将。
一人は無感情に、一人は困惑気味に、一人は薄ら笑いを浮かべて作業を見守っている。
最初に口を開いたのは、ネルゲ大佐だった。
「全艦隊の作業が完了するまではおよそ3日というところです。」
その言葉に、ダークナスは満足げに頷き、ネルゲへと向き直った。
「ご協力に感謝します、
ネルゲの手には通信媒体があり、その向こうから変声機に通された声が聞こえてくる。
『……我々の本来の目的は一つ。
それが達成されるというのなら、
一方で、そうしたやりとりを聞いているゲールは不安と混乱に苛まれていた。
(……一体どうして、こういうことになったのだ……!?)
遡ること数ヵ月前。
ワルゴニア星系でのヤマト襲撃が行われている頃、旧デスラー親衛隊が使っていた
暗号を通して親衛隊残党にとある組織からのコンタクトが行われた。
それは、ガミラス星の寿命とガミラス人の特性の真実を知った国防軍参謀本部の秘密派閥だった。
親衛隊残党は警戒しながらも交渉役となったダークナス少将を介して同じく
ガミラス民族の危機を知った参謀本部と秘密裏に共闘できないかを模索することになり、
急遽ヤマト撃沈作戦を中止させたのであった。
かたやお尋ね者として追われるかつての圧政組織、かたや民主政府に従い
親衛隊残党を追う正規軍幹部でありながら真実を知り陰謀を巡らす者たち。
互いに弱みを握った彼らがどう協同するのか、秘密派閥内でも大いに問題になったが、
力業をもって解決することとなった。
元来、共和政府発足時にデスラー親衛隊、殊に航宙親衛艦隊は真っ二つに割れることになった。
共和政府に従って武装解除を受け入れたのは、ヤマトのガミラス本星突入時に
第二バレラスの崩壊に巻き込まれ壊滅した第一親衛師団艦隊「デスラー警護騎士団」を除く
19個師団艦隊のうち11個。残る8個艦隊は脱走しマゼラン辺境に身を潜めることになった。
うち半数は、当時の親衛隊長官ギムレー率いる第一親衛師団艦隊ともどもオルタリア虐殺に
関わった部隊であり、人間の指揮官が処罰を恐れて逃亡を命じたのだった。
これを受けて共和政府は反逆者となった親衛隊残党を討伐させるべく、投降した親衛隊の
クローン将兵と艦艇を使った掃討部隊を編成し親衛隊同士を相争わせ始末することを計画した。
秘密派閥は、ここに討伐対象そのものである親衛隊残党を潜り込ませようとしたのである。
参謀本部が親衛隊掃討部隊の監督役に就くことを利用して予算を架空計上し旧親衛隊19個師団を
秘密派閥の手駒として加えようと画策したのだ。
だが、これに虐殺に関わった親衛隊残党の部隊指揮官が反発する。
参謀本部はクローンと艦艇のみを欲しており、自分達は始末する気だ、と……
その通りだった。
結局、部隊と共に離反しようとしていた指揮官たちは暗殺の憂き目に遭ったが、
手を下したのは秘密派閥ではなく親衛隊側であった。
なんとケスが一芝居うち、自分も離反するふりをして反対派を集め一挙に毒殺したのだ。
こうして、本来骨肉の争いで共に消えるはずだった掃討部隊11個師団と叛逆部隊8個師団の
旧親衛隊艦隊は共和政府の目を欺きつつ参謀本部、ひいては秘密派閥の手に転がり込んだ。
一応正規の部隊として国防軍色に塗り直された掃討部隊に紛れ込ませるため、
追われていた側の旧親衛隊残党もこうして塗装を変えていたのだった___
(俺はこれからどうなるんだ……)
ゲールは遠い目で虚空を見つめる。
自らの将来も宇宙の暗黒と同じく、まったく分からないものになっていた。
ゲールは当初戦犯として参謀本部に引き渡されかけたものの、先述の親衛隊残党内の粛清で
指揮官ポストに不足を来したことから特別に1個師団を任じられることとなり、
秘密派閥の計画成功の暁には恩赦という形で将来を保証する、とされたものの
そもそも計画がうまく行くかの保証はない。だが……
(……総統。)
ダークナスと会った時、ゲールもまたガミラス星とガミラス民族の真実、
デスラー総統の真意を知ることとなった。
敬愛し崇拝する総統の意志___ガミラス民族の新天地の発見を達成させることが、
己の使命である、との思いがあった。
保身に走ってばかりいたゲールだが、ガミラス人としての一種のプライドもある。
やれるところまでは、とにかく突き進む他なかった。
宇宙の深淵の何処かで、空間が歪み、青白く光る。
光を突き破るように青白い雲か、泡のような残滓を纏いながら
獰猛な昆虫の複眼を思わせる黄色の発光部に、白色と黄緑に塗り分けられた艦体。
それらは紛れもなく、ガミラスが、ヤマトが対峙してきた、巨大な白い厄災の尖兵だった……