【第56話】
その艦は、もはや廃墟も同然であった。
先の戦いで負った損傷は下部に集中しており、決戦兵器こそ失われたが
その分主船体や機関へのダメージは局限され、航行に不自由はなかった。
それ故に、この艦の主___
既に亡き者となったガトランティス遠征艦隊大都督、"焦熱"のギバン・チャグラムは
麾下艦隊がバランで全滅した後も旗艦であるメダルーサ級戦艦単艦で、
今度は銀河方面の亜空間ゲートを代替目標として破壊しようとしていた。
彼は、残された転送投擲機と艦載機の
一か八かの奇襲を仕掛けようと息巻いていた。バラン星のような要衝でなければ
妨害装置は置いていまい、ただ一艦となっても戦いは継続されるのだ、
ガミロンの青虫どもに思い知らせてやろうぞ___と。
しかしどうやら、チャグラムはバラン星の戦場から脱出できたことで
幸運を使い果たしていたようだった。
ガミラス軍がマゼラン銀河=天ノ川銀河間のルートとして使う航路から外れた
宙域に逃げてきたにも関わらず、そこにはガミラス軍の大部隊が潜んでいたのである。
運のないガトランティス戦艦は、それに気づくことができなかった。
正規ルートでもない辺境の銀河間宙域には索敵・観測を阻害する星間物質も多いため、
それが作用したのかもしれない。とにかく、ガトランティス戦艦に先んじて相手を
見つけたガミラス艦隊は、敵が単艦かつ珍しいメダルーサ級であることから情報源として
有用だと判断し、ガミロイド部隊による移乗攻撃によって敵戦艦の制圧を試みたのだ。
メランカ戦闘爆撃機の急襲で浮き足立ったメダルーサ級は、内火艇の後部飛行甲板への
強硬着艦を許してしまい、そこから機械降下猟兵と激烈な白兵戦を演じることとなった。
外部には援護とばかりに敵機が飛び回り、ミサイルや機銃で艦外から守備兵を攻撃、
さらにガミロイドが真空でも自在に行動できることから空襲で生じた破孔から新手が
次々に侵入。数に勝る敵から先手を打たれ、内外から攻撃されたのでは到底勝ち目はない。
最期は艦橋にまで侵入され、チャグラムは壮烈な戦死を遂げるのだった。
敵兵を全滅させメダルーサ級を完全制圧すると、人間の後続部隊が艦に侵入する。
艦を乗っ取って回航させるならガミロイドだけでもできるが、そうしなかったのは
メダルーサ級艦内に、転送投擲機を整備させるための科学奴隷として囚われていた
数人のガミラス人技術者が発見されたからだった。
PTSDを負ったのか、ガミロイドによる応急治療の間も終始怯えている技術者たちだったが、
見慣れた青肌の人間の姿を見るや安心したのか嗚咽し、ある者は意識を投げ出した。
そして蘇生体と呼ばれる人間爆弾化処置がされていないことが確認されると、
敵の情報についての尋問がガミラス艦隊の艦内で行われる。
すると複数の技術者が口を揃え、同じ内容を尋問を行った艦隊の指揮官に伝えた。
「……デスラー総統と、タラン軍需相が生きておられます。
生きて、ガトランティスの手に囚われております……」
その内容に、当然ながら艦隊の指揮官は大きなショックを受けたようだ。
いつもは冷静さを失うことのない彼であっても、動揺が隠せなかった。
「……まさか、ゲール少将の言うことが正しかったとはな……」
ガミラス国防軍参謀本部員を主構成員とする秘密組織・救国軍事会議の一員で
旧デスラー親衛隊から接収した艦隊の一つ、第七親衛空間機甲師団「蒼い雷光」を
指揮している男、ガルヒ・ダークナス少将は虚ろな声で呟く。
ガデル・タラン中将とともに天ノ川銀河にガミラス人の新天地を見つけにいくはずが、
とんでもない情報を手に入れてしまった、と言うように……
それから数ヵ月が過ぎ、時に西暦2202年10月。
太陽系第三惑星・地球の首都では、夏の暑さが和らぎ、人々の装いは
既に寒さに耐えるためのものとなり始めていた。
気温は往時と比べて低くなっているのだ。天気も曇りなら、なおさらである。
そんな中で芹沢もまた、制服の上から外套を羽織った姿で、防衛軍司令部から
科学局の庁舎へと走ってきた
庁舎に入ると芹沢には案内役が付き、防衛軍長官に相応しく丁重に部屋まで案内される。
そこは、科学局に十数部屋はあるであろう会議室のうちの一つだった。
そこに待っていたのは、芹沢の腹心である地上軍建設部門次長の下村光二郎大佐と、
科学者らしきスーツ姿の二人の男性だ。一人は中年、もう一人はそれよりふた回りほど若い。
どちらも度の大きそうな眼鏡をかけており、髪型は少し伸び乱れているように思える。
あまり外見には頓着しない人物たちのようである。
「地球連邦防衛軍、統括司令長官の芹沢です。」
外套を外の案内役に渡した芹沢は眼前の人物に挨拶する。
「初めまして、宇宙物理学者のトシロウ・モンタナです。」
「じょ、助手のアラコメと申します」
中年の方、モンタナ博士はニタリと笑みを浮かべ、若い助手の方は緊張しながら名乗った。
この二人は、重力特異点・時間断層の観測と研究、同地への工廠施設の建設や
盛大な式典とともに就役したアンドロメダ級、続々と就役しているドレッドノート級が
搭載している新型超兵器の拡散波動砲の開発に功績のある人物であった。
「今回はお二人に折り入っての依頼をお伝えに参りました。」
芹沢が着席し、下村に目配せする。
彼はデバイスを操作して会議室のモニターに画面を映し出した。
「依頼、ねぇ。
アナタの差し金で小型艦用波動砲計画が凍結され、
ガミラス銀河調査艦隊に銀河中心部に向かった波動砲残余エネルギーの観測調査を
委任する形でラボラトリー・アクエリアス計画が中止され暇になり、
研究リソースが駄々余りしている我々研究チームに何を?」
「は、博士……!」
据わった目で芹沢を見つめて嫌みったらしく語るモンタナを、
アラコメが制止し、下村も表情を険しくするが、モンタナは怯まない。
相手の肩書きなどは意に介さないタイプの研究者らしかった。
芹沢は超然として続けた。
「まぁ、我々としても優先順序と言うものがあります。
子細を御伝えすれば、博士にも納得していただけると思いますよ」
そう言ってモニターへと視線を転じた芹沢。つられて二人の研究者もモニターを向く。
映されているのは、「G計画」と銘打たれた計画書である。
下村がタブレットデバイスでページを進め、芹沢が説明していくにつれ、
疑わしげな表情をしていたモンタナやアラコメの顔に好奇心の色が浮かんでいくのだった。
三時間ほど後、芹沢は再び車上の人となり、下村と交信している。
「……既に研究用の資材は手配してある。そちらは、進行状況の管理を頼むぞ。」
『了解しました。』
通信が終わり、画面が転ずる。
そこには時間断層の工廠ステーションで建造されている、一枚の船の画像があった。
舳先だけしか見えないが、特徴的な赤いバルバス・バウがひときわ印象的だった。
ほぼ同時刻。
極東管区のとある航空基地では、防衛軍の無人機開発の第一人者である椎名冥博士と
地球に残留していたヤマト航空隊隊長の加藤三郎中尉が、ヤマト航空隊の面々を迎えていた。
「よぅ、お前ら!」
「ご無沙汰してます、隊長!」
威勢よく挨拶を交わすパイロットたち。
ヤマトがマゼラン銀河への派遣から帰還してより、約半年の間ヤマトクルーには
特別な長期休暇が与えられており、この日から軍務に復帰することとなったのである。
その最初の務めとして命じられたのは、彼らは開発が進む無人機のデータ収集用の
テストベッドである試験機「XP-1501改」への搭乗であった。
「加藤隊長から、皆さんのことは聞いています。
その技量の程を、ぜひ我々の研究に役立てさせてください。」
椎名も行儀よくヤマト航空隊員たちに会釈する。
この時点で、防衛軍に採用予定の防空用小型無人機や攻撃用大型無人機の設計・開発は
ほぼ完了しており、その初期ロットは既に時間断層工廠で量産されつつある。
後は、運用のためのソフトウェアをどこまで向上させられるかにかかっていた。
そして、それは無人機だけの事ではなかった。
他のヤマト乗員も半年間の休暇終了後は戦術科・航海科・機関科などを中心に
各地の練習艦やシミュレーションシステムで無人艦の運用システムに反映される
データ収集任務に従事している。芹沢統括司令長官が"視た"未来で行われていた
ヤマトクルーの技量の無人艦への移植を先取りしたようなものである。
これは今月末に長期改装からの出渠が予定されている宇宙戦艦ヤマトの
新たな艦内運用システムに早期に慣熟するための訓練も兼ねていた。
改装後のヤマトも防衛軍の方針に漏れず一部の省人化が実施されており、
AUシリーズのロボットを代替クルーとした新しい艦内人員編成が施行される予定だった。
結局、2199年以来のヤマト乗員たちが転属することは基本的になく、
ヤマトが改装を終えるまでは休暇と他部署への一時的な出向に終始するのであった。
その一方。
虚空の片隅を、巨大な存在が往く。
白く燃える厚いガス帯に包まれた、悪しき知性体に破滅をもたらす役割を有した遺物。
「滅びの方舟」、あるいは「白色彗星」と呼ばれるその天体は、
長大なガスの尾を曳きながら天ノ川銀河へと向かっている。
その奥底では鸚緑色の肌を有する者たち、それも帝星を統べている"大帝"に
近しい高位の者たちが集まっている。そこは、"玉座の間"と呼ばれる空間だ。
臨席する者の中で、唯一異なる色の肌をした美しい白髪の女が尋ねた。
「艦隊司令長官、新たな艦隊の出師は何時になるか?」
"丞相"にして"巫女"の問いに、空色に近い青色の鎧のような服装をした、
"艦隊司令長官"と呼ばれた老年の男が恭しく頭を垂れて述べ始めるのだった。
「はっ。……チャグラムめの艦隊が1隻残らず敗れ失せ、
"基幹艦隊"をも再編しております現在、新たに送り出す艦隊は一からの建造を
余儀なくされております。したがって、暫しの時をお待ちいただきたい。」
髪も髭も白い老年の男の隣にいた、顎髭と特徴的な髪の生え際の壮年の男が一礼し、
許しを得てから話し始める。彼の肩書きは"支配庁軍務総議長"である。
「"封印岩盤"の移送隊をお使いになっては如何でしょうか?」
「……それはならぬ。"封印岩盤"は替えが利かぬものだ。
未熟な艦隊に代えて運ばせ、喪われれば何とする。」
"巫女"が、提案を却下する。
彼女の言葉は、そのまま"大帝"___部屋の上方に設えられた玉座に身を沈め、
瞠目している鎧の男__の言葉であり、一同にとって絶対であった。
そんな"大帝"が目を開き、すくりと立ち上がった。
何かを決めたような様子である。
「ゲーニッツよ」
「ハッ!!」
名を呼ばれ、宇宙艦隊の全ての運用を任されている老将が威儀を正して応じた。
「優先すべきは"テレザート"、"テレサ"の力の確保だ……」
威厳の塊のような、重い声が響き渡る。
"巫女"が白銀の髪を靡かせ、"大帝"の姿を仰ぎ見た。
「"テレザート"が天ノ川銀河に存在することは確実です。」
"大帝"は"巫女"を一瞥すると頷き、再び"艦隊司令長官"へと告げた。
「新たな艦隊の出撃は、"テレザート"の発見と共に行え。
ガミロンとそれに与する者たちに、我らが"テレサ"の力を、
無尽蔵の反物質エネルギーを手に入れることを邪魔させてはならん。」
"大帝"の勅命を聞いた一同。
その中には、特徴的な仮面を除き、"大帝"とよく似た顔の輪郭をした老人、
"諜報記録長官"の姿もある。
「……ガミロン共の耳目を引き付けさせるため、
襲わせるというお考えでありますな?」
しわがれた声が"大帝"の耳に届いたのか、重い声が返される。
「左様。」
それから"大帝"は、玉座に腰を降ろして少し考えてから、付け加えた。
「……送り出す艦隊には、"ガイゼンガン"の試作艦を加えることを許す。
我らが悲願を叶えるための陽動、万全の備えを以て為すべし。」
「……有り難きお言葉!」
深々と頭を垂れる"艦隊司令長官"こと、ゲーニッツ。
そんな彼の姿を見下ろし、
帝星ガトランティスを統べる"大帝"・ズォーダーは玉座に身体を預け、瞑目する。
その心眼には、長きに渡り探し求めた伝説の星が映されているのだった___