【第83話】
西暦2203年6月3日、ガトランティス本星の降伏から約一ヶ月後。
この日の朝、地球・極東管区の首都近郊にある軍用飛行場から、
一機の九七式空間輸送機・コスモシーガルが飛び立った。
極東管区、旧日本国と呼ばれる領域では梅雨に当たる季節のせいか、
空模様はあまり良好とは言えず、明け方までは小雨も降っていた。
首都もまた、戦時状態がいまだ解除されていないため、
各種統制が続いており、街に活気はない。
そんな陰鬱さすら感じる雰囲気の中での出立であった。
「……睡眠はとれているかね、ヴェルニー君」
「えぇ、久々に。皆様方もお疲れではありませんか?」
「元気かと言われると自信はないが、そこはお互い様だろう」
「違いない!」
輸送機のキャビンで談笑しているのは、地球連邦や軍の高官たちだ。
国防局長官のアーサー・C・ペリー、外務局次官のクロード・ヴェルニー、
国土開発局長官の李興建、資源生産局次官のハサン・アル=アディーブ、
防衛軍建設部長のフランク・ゴーサ少将、防衛軍の前身たる国連軍で
宇宙戦艦「ヤマト」の設計に携わった退役造船技官・平賀穣太郎元造船中将。
錚々たる顔ぶれだが、皆一様にやつれているように見える。
しかし同時に、明るい顔でもあった。
そんな重要人物たちを乗せたコスモシーガルは、東へ飛ぶ。
重苦しい灰色の雨雲を突き抜けて、蒼い空に飛び込んだ輸送機の眼下には、
これまた碧い太平洋の海面が雲の切れ間から見え隠れしている。
やがて雨雲の群れを遥か後方に置き去りにし、シーガルは紺青の狭間へ。
機首の遥か先には、目的地となる緑の島影が現れた。
ガミラスの駐地球大使館がある租借地、グアム島である。
大使館の会議室で地球側要人らを迎えたのは、
大使館の主たるガミラスの特命全権大使メフィルス・ミューラーと、
事務面での補佐役・大使館付参事官ローレン・バレル、
軍事面での助言者兼警備統括者の大使館付武官長クライクァルス・ノルティオ大佐。
全員が着席したところで、ヴェルニーが進行役となって会談が始まった。
「本日は、時間を設けてくださり誠にありがとうございます。
それでは、『対ガトランティス戦後処理に関する最終確認』の方を、
開かせていただきたく思います。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
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帝星ガトランティスの降伏に勧告された5月8日1500時から、
地ガ両国では降伏条件の確実な履行と、戦後を長期的に見据えた策を実施するため、
軍のみならず各省庁が膨大な業務と格闘し、総力戦の様相を呈していた。
最初に地獄を見る羽目になったのは地球・ガミラス双方の外交部門であった。
特に、ガミラス側は白色彗星を迎撃する地ガ連合軍の旗色を厳しく見積もっており、
ここまであっさりと勝利してしまう事態は想定外、まさしく寝耳に水であった。
対する地球連邦外務局は、芹沢防衛軍統括司令長官からエバット外務局長官へ
内密に自軍の勝利・ガトランティス人の大多数を生存させたまま終戦する可能性を
示唆していたため、これを受けたエバット長官の差配で特命チームが結成され
事前に関係各所に積極的な根回しを実施していた。
この甲斐もあり、ガトランティスへの降伏勧告をめぐるガミラス側との交渉は
地球側が終始主導権を握った状態にあったと言って良かった。
これまでの襲撃による犠牲もあり、世論の反発を恐れてガトランティスへの
宥和的姿勢に及び腰だったガミラス共和政府に対し、地球の外務局は
同じく芹沢から勝利とガトランティス屈服の可能性を聞いていたダグラス大統領を
担ぎ出し、ガミラス共和政府が提唱する『マゼラン連邦構想』への寄与を訴えさせた。
「___現状、貴国の旧植民星では分離運動が地下でいまだに継続されていると
聞き及んでおります。ここで、ガトランティスに対し降伏を勧告することで、
受諾されるにせよされないにせよ、共和政府は「降る者に寛容である」という
姿勢を伝えることができます。それは今後の連邦構想にとり、
決して不利益にならないと考えますが、いかがか?____」
かくして白色彗星要塞動力炉破壊直後から行われた、
ガミラス大使館を通じたガミラス本国共和政府との緊急交渉の末、
ガトランティスへの降伏勧告が実現したのである。
その後も両国外交部門の
戦後処理の方針は『天ノ川銀河圏(伴銀河群含む)からの追放』で一致したが、
その際に与える技術・物資・軍備について交渉を重ねることとなったのだ。
この件で振り回された被害者に、地球連邦の国土開発局と資源生産局、
船舶部門と(ある意味元凶ではある)防衛軍が挙げられる。
彼らは、彗星帝国へ課した降伏条件の一つである「『滅びの方舟』からの退去」を
実現するため、(迎撃作戦でガトランティス側艦船の10割を消滅させたため)不足する
ガトランティス人の輸送・仮泊用FE級ほか輸送艦の建造・手配に奔走させられていた。
当初はいまだ1000隻ほど稼働状態にあった鹵獲カラクルム級戦艦の武装を全て外し、
5000隻近くの無人波動砲艦の一部を改装転用すれば事足りると思われたが、
工事の手間が予想以上にかかること、艦船では万一反乱分子が奪取した場合危険と
軍が拒否したことから、頭を抱えることになったのだ。
しかも、この件は『天ノ川銀河圏からの追放』での追放手段の問題にも直結した。
結局、防衛軍統括司令長官の発案で、22世紀半ばに放棄されたアステロイド圏にある
全長百~数十km級の旧採鉱小惑星のいくつかをO級重量物輸送艦複数隻がかりで移送、
内部坑道を改修してとりあえずの居住・留置区画とし、彗星帝国から同軍の残存艦と
ガミラスから譲渡された中古輸送船、退役寸前の国連軍標準輸送船などを総動員した
ピストン輸送でガトランティス人全員を移送・収容させた(監視役は機械兵が担当)。
これら小惑星群にはO級で用いられたものと同様の巨大波動エンジンの取り付けなど
自律航行可能な改修が加えられ、追放もこれを用いて行われることになっている。
先述の追放に当たり、戦闘以外の技術的技能を(首脳部が封じていたため)有さない
ガトランティスに与える技術的知識についてのゴタゴタは、この後から波及した。
結局、軍備は残存艦艇に加え地球側が鹵獲していたカラクルム級の極一部が返還され
自衛用の最小限の戦力を上限とされた。
技術は基礎的な、自給自足・医療・法的概念・穏当な文明の育成と存続に関わるものが
データや書籍として供与され、物資は地球の食料供給システムOMCSとその原料たる
改変宇宙植物が当座の分、医療用など装置、各種原料・部品一式が渡された。
これら物資の相当の割合は戦争終結に伴い放出される両軍の余剰生産品が占めたが
足りない品目の調達にも、上記の省庁が苦心を重ねたことは言うまでもない。
紛糾するほど協議・交渉しただけあってガミラス軍・省庁も各種供与品調達に
携わった他、各地の収容所にいるガトランティス人捕虜の返還に奔走した。
同軍捕虜移送船はトランスワープに次ぐワープで捕虜を銀河辺境の拠点に集めた後、
太陽系から来た輸送艦が集合点から捕虜を回収し、追放船団に乗船させていた。
対して、技術者捕虜(ガトランティス側呼称:科学奴隷)の返還も行われた。
彗星帝国が用いていた人間爆弾化改造"蘇生体"は、科学者のパフォーマンス低下を
来すため行われていないことが確認され、存命の技術者全員が解放・保護された。
中には滅びた文明の者もおり、当人らの希望でガミラス国籍に帰化するという。
一方、ガミラス側が強く求めるであろうと思われた「侵略者への処罰」は
地球側の予想と異なり、同国公機関が出す要望は非常に小さいものだった。
一連の主戦場がガミラス本国を遠く離れた戦場であったこと、
侵略戦争への責任関連の話を強く持ち出すと、ガミラス帝政時の問題が
再燃しかねないことから、ボリュームを抑えざるを得なかったのだ。
結局、責任者の大半は死んだことにして、残りは『銀河外流刑』に処したと
両国民に説明するという点でこれについては一致を見た。
上記はほんの一例で、両国の人々はこの一月の間にかつてないほどの努力を
"
予定していた報告が一区切りつき、激務をしみじみと振り返りつつ
ペリー国防長官や、
「……尤も、我々の労苦に報いてくれるだけのものは、手に入ったと言えます。」
「炉王星沖に転がる、万単位の戦艦。
外宇宙の天体や宙域の各種観測データ、彼らが滅ぼした文明の技術、
きっと本邦や貴国の今後に役に立ってくれるでしょう。」
地球高官たちの言葉に、ミューラー大使も頷く。
「そうですね。しかし、最もかけがえのないものも取り戻せたのが何よりです。」
自慢のコーヒーを飲んで、意味深長な言葉を口にしたミューラー。
それに反応したのは、ヴェルニー外務次官だった。
「『平和』、ですね? 大使閣下。」
クイ、と眼鏡の位置を直し、薄く笑みを浮かべるヴェルニー。
ミューラーも、「我が意を得たり」とばかりに微笑むのだった。
「その通り___『天下泰平』、私の好きな言葉です。」
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同じ頃、太陽系に一隻のガトランティス艦艇が出現した。
それは、艦体各所が傷付き、機能の殆どを停止している。
だが、かつては多数の実弾兵装を装備した強力な戦闘艦であった。
その名はゴストーク級ミサイル戦艦「ゴーランド」。
数カ月前、宇宙戦艦ヤマトとテレザート星を巡り激突した彗星帝国艦隊の旗艦である。
同艦は2隻のクリピテラ級航宙駆逐艦に挟まれ、トランスワープしてきたのだ。
「……
「……あれが、白色彗星なのか……」
「何と……!」
その艦橋には、戦傷から復帰した艦隊司令官ゴーランドと、その幼生体ノル、
ゴーランド艦隊同様テレザート守備の任に就いていたが、「ヤマト」の機略で
戦わずして麾下部隊を無力化された陸戦軍団司令官ザンツ・ザバイバルの姿があった。
テレザートでの激戦を運よく生き延びた彼らだったが、
程なくして制圧・確保対象だった惑星テレザートが
彗星帝国本星からの命令もなく半ば見捨てられていた彼らだったが、
「ゴーランド」を修理し微々たる歩みながら地球へと向かっていたところで、
ゲーニッツ、ひいてはズォーダーからガトランティス本星の敗北という悲報を報され
同時に現れた(遠巻きに監視・尾行していた)ガミラス艦隊に投降を命じられたのだ。
幸か不幸か生き残ってしまった彼ら。
ズォーダーによるガトランティス人の『人間宣言』により意識改革を促されたが、
それ以上に「自分たちは人間なのだ」と思い知らされる出来事があった。
それは投降時に、対応したガミラス人兵士たちが皆同じ顔形・姿をしていたことだ。
ガトランティス人以上に統一された外見で画一的な存在であり、
個性も自我も薄く、いかにも戦闘のためだけに創造された人工物という感がある。
あんなものを見てしまえば、"親子の情"を持っていた自分たちが「人間」であると
実感せざるを得なかったのである。
「……これから我らは、どうなるのでしょう。」
「なに、新帝陛下に懸命に仕えようではないか、ノル殿。
さすれば、我らにも新たな未来が開けようというものよ」
「然り! ……我らはゴーランド、ガトランティス生え抜きの戦士よ!
胸を張れ、我が
「はい!!」
そうして、彼らを乗せて曳航される「ゴーランド」は、
指定着岸ポイントである、木星・土星間空域に点在する収容小惑星の一つへと
止まることなく向かっていった……。
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その、白色彗星要塞から退去したガトランティス人を収容する
旧鉱山小惑星の一つ、通称「ラバウル」にて。
アステロイドベルトから選別された中でも最大の全長100kmを誇る資源小惑星の
廃鉱改装収容所には、彗星帝国の「育みの間」から搬出された各種の人造細胞培養、
クローン製造装置といった民族の存続に欠かせぬ諸機械が移設されているのに加え、
彗星要塞「玉座の間」同様、ガトランティス人の死命を制する自壊装置『ゴレム』が
配された、来る追放時にはガトランティス新政府の中枢となるであろう
高官収容区画が配置されていた。___その一角に、向かい合う二人の人影がある。
「……あなたは、だあれ?」
人影のうち一つは、小さく幼いものだった。
小柄な体格に合わせて誂えられた、白を基調に炎の意匠を持つドレスを纏う、
白亜の長髪とペールオレンジの肌を持つ幼女___
オリジナルの情報に、記憶と情動に制限をかけて再現された故に、
幼い容姿で産まれ出でた、新たな"白銀の巫女"こと、シファルである。
「私は……あなたの母親……お母さん、のようなものかしらね。」
対して、もう一つの影は、大人のそれだ。
シルエット自体はシファルのものと同じ、長髪の女性。
苦笑しながらシファルの言葉に返す彼女の肌は地球人のものに近く、黒髪だ。
彼女もまたゼムリア人の純粋クローンとして造られ、諜報の任に就いていた
"白銀の巫女"の一人、桂木透子こと、サーベラーであった。
「……おかあ、さん?」
光に乏しい瞳でサーベラーを見上げ、抑揚の足りない口調で首をかしげるシファル。
そんな眼前の幼女に対し、サーベラーは歩み寄っては屈み、目線を合わせた。
「そう……あなたは、きっと私とは違う人間になれる。」
そして、抱擁。
「………!?」
シファルは制限がかけられた情動でありながらも戸惑いを覚え、
サーベラーは腕の中に感じる熱を愛おしそうに慈しむ。
「いい子。……おまじないをかけてあげるわ」
そう言うと、サーベラーは自身に出せる最強の思念波をシファルへと当てる。
ズォーダーらは純粋体(ゼムリア人クローン)同士の共鳴を防止するために、
彗星制御役だったシファルには情動と記憶、特に後者に厳重な制約をかけていたが、
零距離でぶつけられた最強クラスの
「……ぁ……っ!?」
頭の中に流れ込み、沸き上がってくるものに、
サーベラーに抱き締められた時以上の困惑を覚えるシファル。
だが、不思議と不快ではなく、懐かしさのようなものすら感じていた。
シファルの瞳には、先ほどよりも意志の光が宿っており、
どこか人形のようだった固い表情も、年齢相応の無垢であどけないものへと変わる。
オリジナルのデータからほぼ引き継がれなかったらしい記憶はともかく、
彼女の人間的な情動は、
制限を解除され、甦ったのであった。
「……これであなたは、まっさらな"人間"の子になったわ。
サーベラーの記憶と、
強い抱擁からシファルを解放すると、黒髪のサーベラーは優しい目つきで
幼い自分__遠き過去に存在した、可能性の蕾であった頃の己を見て、言う。
「……おかあさん。」
一方、どこか不安げにサーベラーを見るシファル。
情動が甦ったため、自らの現況に(幼い彼女には周囲の雰囲気を感受する程度で
理解はそこまでしていなかったが)不安を覚えているのだろうか、
それとも、
察知して彼女のこと案じたのか。
サーベラーは、彼女の不安を取り除かんとばかりに、努めて優しく告げる。
「……あなたは、私の"未来"。だけど、なりたいものは貴女自身が決めていいの。
でも、"お願い"を一つ、聞いてもらっていいかしら?」
「おねがい?」
きょとんとした顔で、シファルが鸚鵡返しする。
サーベラーは顔を上げ、遠くを見るようなそぶりをして、続けた。
「えぇ、お願い。
私の代わりに、あの子の、ミルの傍に居てあげて。」
「ミル……新帝さま?」
「そうよ。新帝様を、できる限り支えて、見守ってあげてほしいの。」
「……うん、わかった!」
「いい子。」
サーベラーの、"最後の願い"に明るく応えるシファル。
優しくそれを見つめていたサーベラーは、再びシファルを抱き締める。
まるで今生の別れを惜しむかの如く、先ほどより強く、長く抱擁し続けるのだった………