【第9話】
西暦2199年 12月20日。
ヤマトの支援行への出発及び沖田の葬儀の日から2日。
ひょんなことから未来の知識を手にいれた男・芹沢虎鉄は今、
極東管区地下都市の中央大病院区画の高架道路を走る公用車の車中にいた。
秘書官に車を運転させるなか、後部座席にて芹沢は地下都市病院区画を車窓越しに眺める。
同区画では、数日前まで医薬品など各種物資の欠乏により医療崩壊の危機が迫っていた。
それはヤマトによる波動エンジンのエネルギーの地下都市への供給で
医薬品などの生産設備が再稼働したことである程度解消されたが、
医療スタッフの不足など物資由来でない問題の解決までは出来なかった。
それでも、以前と異なる安穏とした雰囲気に包まれているように芹沢には思える。
車は、居住棟の間を縫う高架道路を中央大病院へ向け走る。見舞う相手がいるわけではない。
先日連絡を送った、とある人物との会談を病院近くで行うのだ。
「……閣下、間もなく到着いたします。準備の方を。」
「わかった、ご苦労。」
車は中央大病院近くのある施設に停まり、芹沢は降車し付き添いと共に施設へと入っていった。
そして、内部の廊下をしばらく歩き突き当たりの一室の扉を開く。
その部屋は応接室というべき内装となっていた。
あらかじめ芹沢が休止中の施設の一画を借りて、調度を手配していたようだ。
そして、その部屋には先客がいた。
芹沢が扉を開いた時点で既に室内のソファの一つに腰かけていたのは、
森田製薬の社長・森田華太郎だった。
芹沢とほぼ同世代、中肉中背でくたびれた雰囲気を放つ初老の紳士は
かつて極東管区においてトップのシェアを誇っていた製薬会社の主である。
芹沢は彼に、遅れてきたことを謝罪する。
「いや、こちらから面談をお願いして遅れたことについては、本当に申し訳ない。」
「いえ、構いませんよ。予定時間の10分前、私の方こそ早く来すぎたんです。」
「恐縮です。」
「……まぁ、今回は非公式な場、
「ええ。まずは一杯頂きましょう。」
芹沢と森田社長に出されたOMCS製の緑茶。二人はそれに口をつけ、世間話を始めた。
「昨日、娘が南部重工のご令息と見合いをしましてな。」
「おぉ、ご縁談が進んでいるという話はかねがね伺っております。」
「その娘曰く、さすがはあの"ヤマト"乗組員だといい、
想像していたより遥かに凛々しい方だと言います。
芹沢さんにも、彼の人となりを教えていただければありがたい」
「……彼と私は直接の上下関係ではありませんでした。
あくまで傍目から見た、程度の人物評ですがそれでもよろしければ。」
「ええ、構いません。」
「…南部二尉は我が極東管区方面軍内でも優秀な人材で、それ故にヤマト計画に選抜されました。
彼の実直さ、勤勉さについては私が保証します。」
「ふむ、閣下が仰るなら信が置けますな。」
「……ただ、南部二尉が実家の方を継ぐのか不透明であることは、ご存じですか?」
「ええ、まぁ。”ヤマト”の英雄となれば、退役するのも難しいことは理解しています。」
「お恥ずかしい限りですが、我が軍は人材不足が顕著です。
向こう何年かは彼のような優秀な人材を手放したくないのが正直なところで……」
「閣下がそこまで評価される人とは、是非とも縁を結びたいですな。たとえ何年先でも。」
「ご祝儀の際は是非ともお招きに預かりたいものですな、ははは」
「むろんお呼びしますとも。はっはっはっ」
こういった調子で世間話は30分ほど続いたが、唐突に森田社長は目を細めて訊いてきた。
「………で、本日私をお呼びしたのはどういうわけか、お訊きしても?」
「はい。そろそろ本題に移りましょうか」
鋭い視線を向ける森田社長に対し、引き締めた表情で対峙する芹沢。
彼は付き添いの秘書官に目配せして持っていた鞄からある資料ファイルを取り出させた。
「それは……?」
怪訝な顔をして芹沢らを見やる森田社長。今まで何度か芹沢と話をしたことは
あったが、このようなことは一度もなかったからだ。
芹沢は秘書官からファイルを受けとると、二組のソファの間の応接机にそれを置く。
「これはヤマトの航海によって得られたとあるデータです。」
「ヤマトの…⁉」
森田社長は身構えた。目前のファイルは想像以上の代物だ、と察したのだ。
芹沢は説明を続ける。
「……ヤマトのイスカンダル行の道中に寄港したある惑星において、
経過については軍規に触れるためお話しできませんがガミラスの情報端末から
入手したと報告されております。」
「して、内容は?」
「ファイルに記されています。どうぞ、開いてご確認ください。」
「……軍規には抵触しませんか…?」
「私の権限内にあります、ご安心を。」
「では…」
恐る恐るファイルの表紙をめくる森田社長。最初に目に入ってきたのは化学式。
それは仕事上多少化学・薬学に通じている彼にも見たことがないものだった。
「この化学式は一体?」
「そのファイルは軍規保持上不適と思われる箇所について省略がなされていますが
内容について理解できるよう適当な注釈が加えられております。
……有り体に申し上げますと、その化学式はガミラス軍が試作した、
“遊星爆弾症候群”の治療薬のデータだというのが、我々の見解です。」
「遊星爆弾症候群の特効薬ですと!?」
森田社長は思わず腰を上げた。対する芹沢は表情を変えることなく頷く。
「ヤマトがデータを接収したガ軍の施設は、どうも遊星爆弾に付随し散布された
敵性植物兵器の研究施設だったらしくその兵器の毒性を中和する薬品についても
研究が行われていたと報告されています。」
「なるほど……」
芹沢の説明に森田社長は納得し、落ち着いたのか再び腰をソファへ下ろした。
だが、その表情には興奮が満ちていた。
「……これもヤマトからの報告で、一部の人間にしか知らされていない事実ですが、
お伝えしておきましょう。ガミラス人は、我々と同じくヒューマノイド種族で
信じ難いことですが我々地球人類とDNAがほとんど一致します。」
「!?」
芹沢が明かした事実に社長は今日幾度目かの驚愕を余儀なくされた。
恐るべき正体不明の敵性宇宙人が自分たちと同じ人型種族で遺伝子的にも同種だと
言われたのである。無理もない。
「そんなことが……いえ、貴方にそう真剣な顔で言われては、信じざるを得ませんな」
「ありがとうございます。」
だが、森田社長は立場ある人間であり、人目の前だ。取り乱すようなことはなく、
一応芹沢の言葉を信用することにした。芹沢は続ける。
「ガミラス人と地球人が同一のDNAを持つという事実がある以上、接収されたデータに
ある遊星爆弾症候群の治療薬も、我々地球人に有効だと考えられます。」
「……確かに、筋は通りますな。
……それで、わが社にその治療薬の製造を依頼したいということですか?
それならば、このような非公式の場でなくとも……」
わざわざ話を私事として持ち掛けた芹沢に森田社長は疑念を抱く。
「おっしゃる通り、単にこのデータを元にした治療薬の製造を依頼するのであれば
このような席を持つ必要はありません。しかし、ガミラスの技術を使用している
という点が少々不味いのですよ」
「……それは、効果が信用できないなどといった声があるということですか?」
「それも一つ。主要因としては政治的なものです。」
芹沢は肯定しつつも明言せず、森田社長は彼の、ひいては極東管区上層部の思惑を推し量る。
(……政治的、か。ついこの間聞いたところだと芹沢さんは藤堂さんのお情けで留任したと
司令部内で噂されている。もし事実でないなら藤堂さんと会うことも多い私のところに
やってくるのはリスクが高すぎる。……噂が事実とすると、管区内部の話ではない。
……そうか、海外管区か。ヤマトの機関部技術を持ってきた異星人のみならず、
ガミラスの技術をも独占しようとしている、などと後で他の管区に勘繰られて
痛くもない腹を探られるのは御免だ、というのがおおよそのところか……?)
森田社長の思考は芹沢の発言で中断を強いられた。
「兎も角です、このガミラスのデータを基にした治療薬の開発・生産は御社にお任せしたい。
それも、御社が独自開発した新薬という体で!」
「…………!!」
芹沢は力強く言い放ち、森田社長は気圧され押し黙った。
彼の脳内に様々なものが浮かんでは過ぎていく。
沈黙が室内を支配した。芹沢も、芹沢の秘書官も固唾を呑んで見ている。
……そして、社長は口を開いた。
「……戦災復興成った暁には。我が社は世界で初めて遊星爆弾症候群の治療薬を完成させた、
高い技術力を持つ製薬会社と呼ばれることになるでしょうな。」
「おお、では……」
「はい。私どもはクスリ屋、
病に苦しむ人がいればそれを治す薬を出す。
たとえどこで造られたものだろうとね。
そうして少しでも多くの命を救うのが我々のあるべき姿と思っていますよ」
老紳士は不敵な笑みを見せ、芹沢の提案を快諾した。
芹沢も安堵の息を漏らし、礼を述べた。
「森田社長、お引き受け下さり、感謝します。
こちらとしても、あらゆる協力を惜しみませんぞ。」
「遊星爆弾症候群の治療薬開発、社の総力をあげて取り組ませていただきます。
是非、今後とも御贔屓に、ね。」
……斯くして面談は終わった。
森田社長はその後資料を持って本社兼工場のある地下都市区画へ戻っていった。
社長が一部の重役と協議したあと、新薬開発チームを組織し開発に着手するそうだ。
一方で芹沢は、社長の車が去っていくのを見送ると秘書官に
中央病院に向かうよう指示した。
「………さぶちゃん、ありがとうね。ホントに」
「なに言ってやがる、もう夫婦だろ?俺たち」
「うん……///」
中央大病院の一角にて。
宇宙戦艦ヤマト航空隊長を務めた国連軍名うての戦闘機乗り、加藤三郎は
ヤマトの航海中に伴侶となった加藤真琴(旧姓・原田)の
妊娠状態のチェックのため
彼女と共に同病院に居た。
真琴は上記の理由から他の一部のヤマト乗員ともども下艦を命じられており、
加藤も付き添いとしてヤマトクルーから送り出される形で同行したのである。
ちなみに、現在ヤマトの航空隊は大半が輸送機・偵察機などに載せ変えられており
責任者は古代戦術長と篠原航空隊副隊長が務める。
また、加藤は共に下艦した南部と同じくニ尉の階級にあるが様々な配慮により
沖田の葬儀に参列する任を南部へ譲っていた。
……とかく彼ら夫妻は、現在も任務に就く他のヤマトクルーに引け目は感じつつも
宿らせた新たな生命とこれからの自分たちの未来に胸を踊らせていた。
そんな二人を、陰から芹沢が見つめていた。
彼が視た未来において、加藤一家は過酷な境遇に翻弄されていた。
その末に加藤隊長は地球を裏切ってしまうことになり、
その後凄惨な最期を遂げた。
また、芹沢はその未来において加藤に死を以て
背任を償うよう命じており、彼を追い詰めていた。
芹沢は元来義理堅い男である。
これからのこととはいえ、加藤たちに対し申し訳なさを
感じていた。
だからこそ、未来において彼らの厳しい境遇の元凶となった
遊星爆弾症候群の抹殺を図り、行動に出たのだ。
芹沢の脳内では、未来に起きると思しき事象の記憶を精密に再生することができる。
だからこそ、ガトランティスから提供された遊星爆弾症候群の治療薬の組成データ、
精製方法などを書き出して森田製薬に渡すことができたのだ。
むろん、森田社長に説明した治療薬データ入手の
バックストーリーは真っ赤な嘘である。
(………今、私にできるのはこれぐらいのことだ、加藤ニ尉。
………罪滅ぼしとは言わんが、受け取ってもらおう)
心の中で独り言ちると、芹沢はその場を発つ。
明日より先の未来を知る男は同胞の幸福を願い、今日も奔走する。
西暦2199年、12月20日の午後のことだ。
是非是非、感想をお送り下さい。
作者の励みになりますので………