ジャッジメントですの!に転生したけど おねぇさまぁ!した方がいい?   作:ゆうてい

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睡眠時間約五分ノ女

「お見舞いにきてくれたりしないのかしらぁ」

 

 食蜂は自分の恋を認めた。きっと、彼女がこの先恋に落ちることはないだろう。何故ならば、この恋心は叶わぬものと決まったわけではないからだ。

 病室の扉が開く音に肩がびくついた。

 

「へ!?か、か、かみじょうさん!ん?」

 

 そこに入って来たのは上条当麻その人。ではなかった。思わず食蜂の口からだ、だれ?という言葉が溢れた。

 食蜂が全て(魅力度)で負けを認めるほどに完璧だといえる女性だった。彼女の制服は()()()()()()

 

「えっと、どちら様ですか?」

 

「それはちょっと失礼なのでは?」

 

「えっと、会ったことあります?」

 

 食蜂の口調が変わり果てているのは、彼女の寄せていた期待とはまったく異なる人物が現れたからである。

 上条、白井、帆風などなど。食蜂の見舞いに来る者など両手だけで数えられる程度、それは彼女自身重々承知していた。しかし、病室に訪れた女に関しては見た記憶がなかった。

 食蜂の疑問はまったくもって正しいものだった。なぜなら、彼女たちは会話はおろか、顔を突き合わせたことすらもないのだ。

 だが、そんな状況は茶髪の女にとってまったく異なっていた。彼女にとって、食蜂操祈という存在をただ恨むだけでは足りないのだ。彼女の心には、食蜂を殺したいという強烈な願望が渦巻いていた。

 

「あ」

 

 運命のような不可解な感覚が食蜂の内に湧き上がる。それはまるで風が予期せぬ方向から吹き付けるようなものであり、彼女の心を揺さぶった。どこからやってきたのか理解できないまま、彼女はその感覚を言葉そのまま言葉にした。

 

「あなたは、私に近い。それも、どうしようもないほどに」

「それはそうよ」

 

 対する少女はうっすら笑みを浮かべ、それが当たり前だと応えた。

 

「私の能力は『心理穿孔(メンタルスティンガー)』。今は強能力(レベル3)止まりだけど、本来なら超能力(レベル5)まで育つはずだったんだもの」

 

「え?」

 

 その言葉は今の食蜂にとって、とても理解できるモノでは無かった。

 話を続ける女に冷や汗が流れる。

 

「『素養格付(パラメータリスト)』っていう秘密のファイルは知ってる?それは研究のため、利害のため、人類の発展のため、大人の事情のため。誰を育てて誰を切り捨てるか、えこひいきに使う内部資料。貴女は知らないでしょう」

 

「そ、それで、何が目的かしらぁ?」

 

 気付かれないようにリモコンに手を伸ばす。

 

「あ.........え?」

 

 その手がリモコンに届く前に体が後ろに倒れた。

 

「ど....うし......て」

 

 体が完全に倒れた時、異様に大きな声で確実に聞こえた。

 

「私の名前はね、蜜蟻愛愉。蜂になれなかった蟻」

 

(ああ、そういうことか)

 

 途切れる意識の中理解した。彼女もまた、事情に巻き込まれた人間だった事に。

 

「そして、貴女を育てるために世界から切り離された、もう一人(ひとつ)可能性(レベル5)だったの」

 

(わ...たしの...せ...い)

 

 食蜂の意識は途絶えた。

 

 

 


 

 

 

 蜜蟻愛愉は、意識を失った食蜂を目の前にしながら、小さな声でつぶやいた。その言葉は風に揺れ、微かな響きを放ちながら、空虚な部屋に広がった。

 

「まあ、別に恨んでもいませんけどね」

 

 実のところ、彼女は食蜂を恨んでいない。

 

(ここまで私が変われたのも、一応あなたのおかげですから)

 

 彼女は日々、その思いを忘れずに胸に刻んでいた。彼女は過去の風景を追憶し、遥かなる記憶の彼方に浸っていく。

 一ヶ月程前の自分を思い出した。

 

 


 

 

『上条さん、来てくれるかなぁ』

 

 蟻は第二十一学区のとあるダムの前で携帯を触っていた。ブルーライトが彼女の表情を照らす。窺えたのは悲しみや絶望といった感情だろうか。目は赤く腫れていた。

 てろりん、とメールを送信したメロディーが鳴る。彼に向けて送るメールの内容は以前から似たようなものばかりだった。

 

《上条さん、また相談があります》

 

 蟻は返信を待つ。

 もう一度だけでいいから、彼の声が聞きたかった。

 

 

 ♦︎

 

 

 何分何十分。いや、何時間が経過したのだろうか。彼からのメッセージをすぐに見るためにつけっぱなしにしていた携帯は、バッテリーを残すところ五パーセントとなっている。

 巨大なダムに向けて視線を落とす一人の少女。彼女を照らすのは月と携帯電話の灯りだけ。

 その灯りが、少しだけ暗くなる。

 

「あ」

 

 携帯が、今、シャットダウンした。何度電源ボタンを押そうが、その灯りを取り戻すことはない。画面が月夜の光を映し出した。

 

 堰き止めていた感情が、彼女の口から吐き出される。

 

「ふふふ、私は、やっぱりいらない子ですね」

 

 膝から崩れ落ちる。膝から血が流れるのも気にせず、もう何も悔いはないと言うかのように。

 そしておもむろに、周囲に転がっている小石を拾い上げ、ひとつずつポケットや服の中にしまい始めた。小石は次第に数を増し、セーターの重みが増していく。

 

「もともと覚悟は出来ていましたし、何ともありません」

 

 彼女は目の端に涙を溜めながら、終わりへの歩みを進めていった。その瞳を閉じ、涙が頬を伝う一瞬で、彼女は勇気を湧き立たせ、足を前に進ませた。

 浮遊感がその身を襲う。向きを変え始める体に、肌が粟立つような恐怖を覚えた。頭が下を向く。

 

 水しぶきが舞い、波紋が広がる。石の重みによって、ゆっくりと体は深みへと沈みゆく。

 蟻は死ぬ。その筈だった。

 

 しゅんと風を切る音がした。宙を浮いた少女が、項垂れる女を抱えていた。

 

「自殺未遂者を発見しましたの!水面と強く衝突し気絶しており、水も大量に飲み込んでいます!早急に準備を!」

 

 白井黒子が世界の運命を導いている。

 

 

 ♦︎

 

 

 

 目を開けると知らな、いや知っている天井だ。どこまでも続いて行きそうな程白いこの天井には見覚えがあった。

 彼に出会う前、私は一度自殺未遂をしていた。その時と同じ病院だ。

 それより、あのダムの状況からどうやって助けられたのか、いやこの地獄へと引き摺り上げられたのか分からない。

 体を起こす。何かに左手が触れた。そちらに視線を送れば、椅子に腰掛けた少女がベッドに頭を預けていた。その寝顔には酷い隈ができている。彼女の苦労が窺い知れた。

 少女の腕には緑の腕章が付いており、なんとなくこの人が私を助けたことは予想が付いていた。

 

(善意のつもりなんでしょうけど、ほんと迷惑ですね)

 

 また死ぬことが出来なかった。何故か、それが私の心を酷く締め付ける。

 

「蜜蟻さんですわね?」

 

 私の思考に声が割り込んだ。寝ていた少女だ。

 軽く頷くと、少女の口からは、ぐちぐちとした言葉が絶え間なく流れ出る。彼女の説教は延々と続き、私はほとんどを耳に入れずにいた。しかし、その中で響いた名前に私は一瞬、身を乗り出した。

 

「上条さんが報告しなければ、貴女今頃ダムの底ですわよ?」

 

「今上条って言いましたか!?」

 

 私が急に叫ぶと、少女はツインテールが逆立たせて、驚きの表情を浮かべた。はぁとため息を吐いた彼女は呆れたように言葉を投げかけた。

 

「元気モリモリじゃないですの。携帯を無くしたから、貴女のことを見張ってくれないかと言われましたので。案の定と言う感じでしたわ」

 

 たしか、彼はよくツインテールの小さな先輩の話をしていた。彼女がそうなのか。

 彼が私を無視したわけではなかったことに、私は心から安堵した。その事実が私にとっては、嬉しい驚きと共にやすらぎをもたらしてくれた。

 

「へくちっ!」

 

「あ、私の為にダムに飛び込んだからですね」

 

 少女のくしゃみに、私の良心が痛んだ気がした。

 

 

 ♦︎

 

 

 その後、私の人生は再び大きく変わっていった。病院には、上条当麻さんと白井黒子さんがお見舞いに訪れた。彼らとの出会いは私にとって新たな展開をもたらすこととなった。彼らとの会話の中で、様々な話題が交わされた。

 

 特に白井さんは、お決まりのネタを繰り出してくれるようで、上条さんと初対面の時の出来事をおもしろおかしく語ってくれた。その鮮やかな話術とユーモアに、私たちは笑いがこみ上げることがしばしばだった。

 

 そして、上条さんは白井さんの話にツッコんだり、やり取りに加わったりしてくれた。こんなに笑ったのは初めてだと思う。その瞬間が、私の人生で最高の時間となった。彼らとの交流は、喜びや楽しみを私に与えてくれるものだった。

 

 退院後、私は二人と一緒に買い物に出かけた。上条さんの絶望的なファッションセンスに、白井さんと共に呆れることもしばしばだった。笑いながら服を選ぶ様子は、私たちにとって楽しい思い出となった。

 

 また、上条さんと私の思い出の喫茶店にも訪れた。そこで上条さんと私が出会った時の出来事を話し合い、白井さんが上条さんをからかったり、面白いエピソードを披露したりした。その場の笑い声が店内に響き渡り、楽しさと幸せな時間が広がっていった。

 

 その日々の中で、私の恨みや憂いを忘れるくらいの楽しさが私を包み込んでいった。上条さんに対する恋心だけでなく、白井さんへの感情も次第に芽生えていった。彼らへの愛おしさと絆が、私の心を満たす。

 

 喜びと笑いに満ちた日々は、食蜂操祈への恨みを遠ざけ、新たな感情を抱くようになった。

 私は地獄に引きずり上げられてなんかいなかった。

 

 


 

 

 幸せな記憶の中、携帯のバイブレーションが蜜蟻の体に響いた。

 スカートのポケットから携帯を取り出し、彼女の目に映ったのは、上条が目を覚ましたと言う白井からのメール。蜜蟻はほっとしたのか座り込み、涙を流し心の中でよかったと叫んだ。

 彼女が座り込んだまま一分ほど経っただろうか。まだ足は震えているものの、涙は引いていた。

 寝かせておいてごめんなさいと、蜜蟻は躊躇しながら少し恥ずかしい気持ちで食蜂を叩き起こした。彼女はおそらくたった五分程度しか眠っていないだろう。

 

「ん、んぅーん」

 

「寝ぼけているの?早く起きなさい」

 

「お、お母さんのような暖かみぃ!?」

 

 食蜂が半分も開いていない目を擦りながらほざいた。

 しかし、彼女の上条に対する執着は高いらしく、彼が起きたことを伝えると目を大きく見開いていた。

 蜜蟻が細かいことは彼が入院している病院で聞くことを伝えると、食蜂が可愛くおねだりする。

 

「わ、私も連れて行っていいんだゾ☆」

 

「では、背中に乗ってくださいね」

 

「こんな姿もう見せられないわよぉ!」

 

 などと彼女は悲痛な声をあげながら、自分の能力を辺りにぶちまけた。が、それに応じるように蜜蟻が似たような能力でそれを打ち消していた。

 

「もう!これデジャブじゃないのぉ!」

 

 食蜂は上条によって今と全く同じ状況が作られたのを思い出す。

 

「ああいやだああああ!ってそういえば蜜蟻さん?私の事恨んでるんゃなかったのぉ?」

 

「あら、まだ勘違いしていたんですね」

 

「えっ?」

 

「えぇ!」

 

 

 ♢

 

 

 能力で支配したタクシーに乗り込んでから、十数分の間、車は時速百キロで疾走し続けた。風景が一瞬にして駆け抜け、周囲の建物や車両がぼやけたまま通り過ぎていく。その速度とスリルに心臓は高鳴り、髪は風になびき、目に映る光景はただの一瞬の幻と化した。

 

 そして、やがて上条の入院する病院に到着した。タクシーは急ブレーキを踏み、轟音と共に停車した。食蜂が振動とともに座席から浮き上がり、瞬間的に体が重力に引き戻される感覚を味わう。車を降りる頃には彼女の顔は青くなっていて、むしろそちらの心配を優先したいほどだった。

 

「カエル先生!上条さんに会いに来ました!」

 

「あぁ蜜蟻くん、それと食蜂くんだね。彼はいつもの部屋だよ」

 

 蜜蟻がカエル先生に挨拶をし、部屋の確認をするとすぐに病室へ走り出す。道中食蜂はご自慢の運動神経の悪さを披露し、またもや蜜蟻に背負われたまま病室へ向かっていた。これでも白井に改善されているのでこれはもうどうしようも無いのかも知れない。

 

 

「蜜蟻さん、上条さんとの関係はぁ?」

 

「ふふふ、貴女よりも深い関係よ?」

 

 食蜂の質問に蜜蟻は自信を持って答えた。その答え方にムカついたのか首を絞めようとする食蜂だが、彼女の力では出来るはずもない。

 

 

「それで? 深い関係ってなにぃ?」

 

 そう聞かれた蜜蟻は、懐かしむような顔をして話し始める。乙女らしい顔が食蜂の腹を立たせる。

 

「そう、確か一ヶ月前のこと、私が上条さんと初めて会ったとき、私は上条さんに告白された」

 

 雷のような衝撃が食蜂の体に走る。目を泳がせながら食蜂は問う。

 

「ッ!?つ、つまり!?」

 

「私は彼にこう言われたの。

 『これから俺と楽しい毎日を過ごすんだ。拒否なんてさせないぞ』ってね」

 

「あはは、嘘はいけないんだゾ☆!!!」

 

 乾いた笑いをしながら食蜂は体を後ろに倒そうとするが、蜜蟻が背負っているので倒れようにも倒れられない。

 

「嘘じゃ無いわよ、ちゃんと私が覚えてる。見せてあげるわよ」

 

 ぴっと音がしたその瞬間、食蜂の体に衝撃がまた走る。

 

「う、うそよ、そんなわけない。上条がこんな人に告白するわけがない」

 

 もちろん、蜜蟻が見せたのは記憶の一部だけ。本来なら『これから俺と楽しい毎日を過ごすんだ。拒否なんてさせないぞ』の後に色々な事が起こるのだが、食蜂は知るよしもない。彼女は白目を剥いて体の自由を手放した。

 

 

 


 

 

 

 ぼふっ!

 

 

 ドアへと手を伸ばしたとき、何やらベッドに人が倒れ込むような音が聞こえ、蜜蟻は食蜂を背負ったまま静止した。

 

「静かにして下さい」

 

 食蜂は言われた通り息を潜め、蜜蟻は小声で病室の中で起きている事を的確に予想する。

 

「これを聞いても静かに出来ると約束できます?」

 

「できるに決まってるじゃないのぉ」

 

 食蜂は蜜蟻に乗ったまま自信満々に頷いた。そして、蜜蟻は話し始める。

 

「あくまでも予想、でもかなりの確率で当たっていると思われる事だと言えるのですが」

 

「???」

 

 食蜂は、回り諄すぎる感じのある気がする表現に首を傾げる。

 

「おそらく、今この病室のベッドに白井さんが上条さんに押し倒されています」

 

「ふぁッッツツツッッッ!?!!!???!!?」

 

 あまりの衝撃に食蜂はまた白目を剥いた。しかし、よくよく考えると上条の事なので、よくある事だとすぐに意識を取り戻す。

 

「えーと、それで?」

 

 彼女はまた首を傾げる。その様子に痺れを切らしたのか蜜蟻は、徐に携帯を取り出してカメラを起動した。ここで食蜂はいけない予感がビンビンすることに感づく。しかしもう遅い。蜜蟻は食蜂を振り解きドアを開けた。

 

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ

 

 おそらく二十枚くらい写真を撮った後、蜜蟻は病室から出てきた。その顔は真っ赤に染まっている。まるで恋する乙女なのかと勘違いするほどに。流石の食蜂でさえその顔を見てしまえば、撮られた写真を見たくなってしまうのが人間というもの!

 

「み、見せてくれないかしらぁ!?」

 

 かしらぁ!?の部分で声が裏返っていた事はさておき、その写真にはしっかりと、上条が白井を押し倒しているところが写されていた。

 

「く、黒子ちゃんってこんな顔するのね。顔が真っ赤じゃないのぉ」

 

「ふふふ、流石に知らなかったでしょう?他にもこんな写真がありますよ」

 

「ぶっ!鼻血が出てしまったわぁ!上条さんの体はムキムキね!他には他には!?」

 

「これとかどうですか?白井さんがパンダの着ぐるみを着ているところです!」

 

「かっわいいぃぃい!!いいじゃないこれぇ!送ってくれる?早速アドレスを交換しましょう!私も色々送るからぁ!」

 

「いいですね!じゃあ!これからもよろしくお願いしますね!」

 

「ええ!よろしく!」

 

 ふたりは かたく てを むすび ちかいあった 。

 

 ♦︎

 

 あと、零人。

 

 






死の開幕という話の続きから始まっています
たったの五分しか寝れなくても妙にスッキリする事ありますよね

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