その日、長門は1つの確信を得た。
「フランスから来たシャルル・デュノアです」
突然現れた2人目の男性操縦者。長門は『元男性』なので除外する。
「何すんだよ!」
「ふんっ」
そして問答無用で一夏に張り手を入れるドイツから来た転校生。
これらから導き出される答えはひとつ。
「(また面倒事に巻き込まれるヤツだこれ)」
長門の腹の中で、キリキリと軋む音がした。
「君が織斑君だよね? 僕は……………」
「そんなことより急ぐぞシャルル! 長門も早く!」
「………………先に行ってろ」
だってお前と一緒だとろくな目に遭わないもん。
長門の本音はこれである。長門の精神面を案じた千冬の配慮で、長門は一夏とも違う更衣室で1人着替えることが許されている。生徒一人に贔屓? 全てはどこぞ兎が悪いと千冬は開き直る。
そして1組の教室の外にはシャルルを目当てに集まる女子軍団。尚更嫌な予感しかしない。主に集合時間的な意味で。
と、言うわけで。
「ほらさっさと行けよ男子共。女の着替えでもガン見する気か? それとさっさと行かねぇと遅れるぞ」
「やべっ! 行くぞシャルル!!」
「あ、ちょっと! 織斑君!?」
織斑君が行ったわよ!
出会え出会え!
往生しなさい!
そんな声が響きながら遠ざかっていく。
脅威は去った。ならば後はゆっくり向えばいいだけの事。
「さて、と………………」
長門はおもむろに窓を開け、ロープを結んで下に垂らす。
窓からの脱出。長門の思いついた方法がコレだった。何でロープがあるのかは考えてはいけない。
「じゃ、先行ってるわ。篠ノ之、ロープの処理頼んだ」
「承知した」
そのままスルスルと降りる長門。わざわざ他教室や他学年の女子から逃げながら向かうのと、窓から直行ではどちらが早いのかは自明である。何食わぬ顔で実習を行うアリーナに向かった長門を見送ると、箒はロープを回収し、長門の机に隠した。1組の皆は唖然としていた。
さて、集合時間に遅れてやってきた一夏は先にいた長門に驚愕する。
「何で先にいるんだ!?」
「群れに追われなければ早いだろ」
とは言うものの、千冬が長門に問う。
「本当は?」
「窓からロープを垂らして来ました。今日の外に織斑とデュノア目当てに、女子や先輩方がいつもより大勢いたので、集合時間に間に合わないと判断しました」
「そうか」
スパァン! と一閃。長門の視界に火花が散った。
「今回は見逃してやる。だが二度と窓から降りるな」
「承知しました」
脳天から煙が立ち上る長門。近くにいたクラスメイトに叩かれた所が禿げていないか思わず聞いた。
「さて、今日から訓練機を使った実習に入る。専用機持ちは教える側になれ」
「織斑先生、俺も訓練機が使いたいです」
「お前の機体は目に悪い。許可する」
「あー、うん。いつも通りに歩く感じでいいよ」
『雑過ぎ!?』
「だって動かし方そんなんだもん。転びそうになったら支えるから」
そして特に問題なく実習は終わる。
その数日後の、近々行われる試合のトーナメントがタッグマッチに変更されたことが通知された放課後。長門はラウラに呼び止められる。
「待て、片桐長門」
「あ、ボーデヴィッヒさん? 何かご用で?」
「お前、が元は男と聞いた。それは本当か?」
「………………」
直後、一気に長門の雰囲気が暗くなる。ついさっきまでの雰囲気と全く逆方向に突き抜けた悲しみのオーラにラウラは思わずたじろいだ。
「いいよ、別に。秘密にしてないし。平気だし。うん、平気だよ。平気平気。だから好きなだけ聞いてよ」
「明らかに平気ではないな」
ラウラはやってしまったと後悔した。そこへ来るもう1人の来訪者。
「あれ? 片桐さんにボーデヴィッヒさん? 何してるの?」
「…………デュノアか」
「………………俺が元男性なのかって聞かれて」
「あ、それ僕も気になってた」
「…………………………お前もかぁ」
そして長門はポツリポツリと、呟くように経緯を語る。それを聞く2人は次第に興味から同情へと心境が変わり、最終的にこう思った。
「「(聞かなければ良かった…………!)」」
次第に長門が涙を流し始めたのだから余計にである。
そしてシャルルは話を整理する為に問う。
「えっと、つまり片桐さんは本当に元は男の人だったの…………?」
「………………笑えよ」
「いやいやいや! 全く笑えないからね!? ていうか目が死んでる!?」
「………………聞いてはいたが、本当だったとはな………………」
「専用機もゲーミングPCよろしく光るんだよ。嗤えよ」
死んだ目がついに深淵となった。2人の思考は長門が男だったのかよりも、長門に何をしてやれるかにシフトする。
「……………………ボーデヴィッヒさん」
「……………………何だデュノア」
「……………………近い内にどこかに片桐さん連れていこう? お金は僕達で持ってさ、その、食事とか買い物とか」
「……………………買い物の単語が出た瞬間余計に落ち込んだぞ」
「………………体が女になっただけ。この意味がわかるよな?」
「…………………………………………ごめん。せめて片桐さんの趣味に合わせるよ」
「…………………………付近の施設に食べ放題のスイーツバイキングがある。タッグマッチが終わったらそこに行こう。全額私が払ってやる、好きなだけ食え」
「……………………優しさが心に染みる」
長門が涙を流す。
それを見たラウラは激怒した。必ず、織斑一夏を討たねばならぬと決意した。ラウラには一夏の心情がわからぬ。ラウラはドイツの軍人である。軍人としての訓練ばかり行ってきた。けれども一夏に向けるヘイトだけは人一倍あった。
「(織斑一夏、タダでは置かん!)」
自分が女体化した苦しみを知りながら気遣いもなく平然としている一夏(だと思っている)に、ラウラはこれまでのの怒りを忘れ、長門の為に怒りを燃やす。
しかしその夜、一夏は早速長門にトラブルを持ち込んだ。
「助けてくれ長門! 実はシャルルが───!」
「仮にも俺は今女子だぞ! 問答無用で扉開けんなこの野郎! あとまたトラブル持ってきたのかこのトラブルメーカー!!」
「えっと、ごめんね?」
「お前も問題児かよおおおおおお!!!」
血反吐を吐く勢いで長門は叫ぶしかできなかった。
「取り敢えずだ。嫌な予感しかしないから帰れ」
「いやそこは友達として助けてくれよ!」
「これ以上お前の持ち込むトラブルに関わりたくねぇんだよ!帰れ!」
「そこをなんとか!」
「断る!帰れ!千冬さん呼ぶぞ!」
「それだけはやめてくれ!」
夜中に騒ぐ2人。ならばこの女が黙っていない。
「夜中に騒ぐとはいい度胸だ。それなりの理由があるのだろうな?」
「げえっ!千冬姉!?」
「全ては弟さんが悪いです。俺はコイツのトラブルに巻き込まれそうになった側です。弟さんは煮るなり焼くなり刻むなりお好きにどうぞ」
「待って?俺刻まれるの?」
「あれ?僕は?」
「祈れ」
「……………ジーザス」
そして2人は千冬に連行されていく。一夏の救援を拒絶し、問答無用で千冬に2人を押し付けた長門。そして1人になると、長門はベッドに倒れ込む。
「もうやだぁ…………………………」
ただ泣くことしかできなかった。
そしてタッグマッチトーナメント当日。一夏はシャルル改めシャルロットとタッグを組んで出場。その相手はラウラと箒のタッグだった。
しかし試合開始と同時に、ラウラの頭に声が響く。
『力が欲しいか?』
それにラウラは即答する。
「ああ! 力を寄越せ! シュヴァルツェア・レーゲン! 片桐に代わって私が奴を討つ!」
直後、ラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンは泥のように溶け、全く違う形を作り出す。しかしラウラは自分の意識を保ったまま制御を始める。
それの正体に気づいたシャルロットは困惑しながら叫ぶ。
「あれってVTシステム!? 条約で使用禁止されてるシステムの筈なのに! ていうか何で制御できてるの!? それって事実上の暴走システムだよね!?」
「待て、あの得物はまさか千冬姉の暮桜の…………!」
その得物を思い出した箒は思わず叫ぶ。
「雪片だとぉッ!?」
そう。シュヴァルツェア・レーゲンが形作ったのは、ISの世界大会である、モンド・グロッソの第2回目で千冬が操縦した『暮椿』と、その専用武装である雪片である。
しかしラウラは暮桜と雪片を泥のような何かに変えると、再びシュヴァルツェア・レーゲンの姿に戻す。尚、性能はVTシステムで上がったままである。
「雪片なぞ使わん! 教官の紛い物にも頼らん! 使うのは強化させたシュヴァルツェア・レーゲンと己の力のみ! 私は私の意思でお前を討つ! 織斑 一夏ァッ!」
「意味違くないか!?」
文字通り一夏を討伐する勢いで攻めたてるラウラ。その気迫と怒りを原動力とした攻撃で一夏は敗北。ラウラはVTシステムをそのまま制御し、相方の箒と共に優勝を飾った。その後VTシステムは取り外された。
そして長門といえば。
「……………………おなかいたい」
「……………………胃薬、飲む?」
「……………………水もありますわよ?」
「ありがとう…………………………」
2組代表の凰鈴音とセシリアに胃薬と水を貰っていた。
後日、長門はラウラ、鈴音、セシリア、シャルロットの奢りでスイーツバイキングに行き、ほんの一時の安らぎを得るのだった。
その後臨海学校で何があったのかは皆さんのご存知の通りである。
深夜ほどアホな回路が働くものですね。