ようこそ請負人のいる教室へ   作:型破 優位

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 我慢できなかった


葛城康平の思惑

 俺は他の人よりも苦難が多い方だと感じている。

 病で頭髪を失うのはまだ優しい方で、両親祖父母は既に他界。病弱な双子の妹は親戚を預けて今この学校に来ている。

 幸い学力は全国的に見ても高く、中学時代は生徒会長を務めるなど模範的な生徒を地で行っていると自負しているため学力不足によって学校選びに支障が出ることは無かった。

 だが高校入学にはお金の問題がどうしても付き纏う。

 そんな俺にとってこの学校は入学金授業料全てが無料とまさに天の思し召しとも言えるような内容だった。

 

 入学してから間もなく、有難いことに俺は一部のクラスメイトから慕われて僭越ながらもAクラスのリーダーとして導く役目を担うこととなったが、リーダーの役割を担っているのは俺一人では無かった。

 その生徒が、坂柳有栖という女生徒。

 頭脳明晰で疾患を患っていながらも、その疾患すら自身のステータスとして振う俺の対となるリーダーだ。俺としてはリーダーに固執している訳では無いので譲っても良かったのだが、坂柳有栖のやり方に違和感を覚えたために坂柳有栖にリーダーを譲る気は無い。

 現状クラスの派閥争いは五分で均衡が保たれていると思うが、その均衡はかなり不安定な状態で保たれている。

 というのも、クラスの中で唯一どちらの派閥にも属さない生徒がそのどちらの派閥に参画するかによって情勢が一変するからだ。

 その生徒こそ、坂田真緋瑠(さかたまひる)

 一言で表すなら、優秀なAクラスの中でも突出していると評するに相応しい人物だ。

 身長は180近くあり一見スラっとしているが、着痩せするのか水泳の際には筋肉の発達具合が見られた。50Mを24秒で泳ぐ身体能力を有していることから見せかけの筋肉では無いことが証明されている。

 また学力面では先日の小テストにおいて坂柳と同率の一位であったことは記憶にも新しく、学力についても同様に高い水準にあるのだろう。さらに挙げるとするなら、入学初日の時点で既にSシステムの存在に気が付いていた節があるところだろうか。

 交友関係の面では何とも言えない。

 クラスメイトと交流をすることはあっても何処か線を引いて浅い関係を維持している。放課後を誰かと一緒に過ごしている姿は見たこと無いが、だからと言ってクラス内でういているわけでもなく一定数の関係は築いているようだ。

 俺も坂柳も、坂田を派閥に入れようと躍起になっている。

 坂田が入った派閥がAクラスのリーダーになると確信しているからだ。

 

 しかし入学早々から声をかけているのだが、一向に色良い返事が返ってくる気配はない。最近では声を掛けたら否定から入られる始末だ。

 だがその過程で分かってきたこともある。

 坂田真緋瑠という男は、あらゆるものに価値を付けている。

 日常的に使う物等は勿論、自分の能力や知り得る限りの情報もその対象だ。

 それが分かっていながら俺はあくまでも勧誘と言う形を取ってきた。

 数を重ねればいつか結果を出した際に靡いてくれるかもしれないと、甘い考えを持っていたのだ。

 

 だがその考えも改めざるを得ない。

 坂柳が毎月十万ポイントで坂田を買うという発言に、坂田は興味を示した。

 ポイントを支払えば協力はするという姿勢を見せたのだ。

 それは今までの俺の行動が全て無駄であったということと同義でもある。

 

 いくらで買えるのか。

 その情報にすら価値を付けている坂田が提供した、数少ない情報だ。

 坂柳がこれから積極的にポイントを使用してくることは目に見えている。

 次のイベントは差し迫っている中間テスト。

 このイベントで坂田の()()を勝ち取れるかどうか。それがこれからのカギになることだろう。

 まずは俺という存在に価値を付けてもらわなければいけない。

 この学校の生徒会は非常に権力が強いと部活動説明会の際に話しており、坂田も大きい価値を見出しているだろう。

 だからまずは生徒会に入って葛城康平に付加価値を付けることが先決だ。

 そう考えた俺は、生徒会の門を叩いた。

 

 

 

 

♦   ♦   ♦

 

 

 

「中間テストまでは残り三週間。中間テストで赤点を取ってしまえば退学になることは先程も話した。この三週間じっくりと熟考して、赤点を回避してくれ。お前達が赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している」

 

 これは一週間前にSシステムの話をした際に担任の言葉だ。

 中間テストが二週間後、今日は金曜日だからテストまで一週間と少し。

 先週末にテスト範囲の掲示があり、先日の一件もあってAからDのどのクラスも独自に動いているみたいだが俺個人の行動は特に変わらない。いや、変わらないというのは少し語弊があるか。

 

「坂田、放課後勉強会を開くのだが手伝ってはくれないか?」

「ごめん。今日はパスだ」

「そうか、また都合が良い時に頼む」

 

 あの一件から葛城も坂柳も俺の思考が多少理解できたみたいで、依頼をするため俺に対価を示してきた。まだ様子見の段階なのか本当に軽い依頼ばかりだが、それでも数千数万ポイントとポイントを提示してきている。勿論提示額をそのまま飲み込むこともあれば、低いと断ることも、高いと値下げを求めることもある。

 ツンデレとかそういったものではなく、純粋に価値通りの額しか提示しない。そこには当然振れ幅や依頼してくる人にもよるが、下限上限は設定してある。大まかに言えば下限より少し上が適正値であり、上限はあまりにも高額な対価を提示してきた際に提示する値。

 毎度下限付近を提示してくるならその者の価値は上がる。物事の価値をしっかりと見極められている者にはこちらもその者に対して誠意を示す必要がある。

 毎度価値不相応の高額を提示してくる者は、必然的にその者としての価値が落ちて来る。依頼主から金蔓へとランクダウンだ。

 

 この二週間弱の間、俺にはそれなりの依頼が来た。

 依頼主は主に二人。

 坂柳と葛城だ。

 坂柳は毎度程よいポイントを提示してきており、この一週間で早くも見極めにかかってきているのが分かる。

 対して葛城はまず無償で依頼を出す。

 ポイントを支払いたくないのではなく、それが俺のやり方であると示してきているのだ。理解を示したうえでのその行動ならばこちらが何も言う必要は無い。

 その無償依頼作戦が功を奏して俺はこの1週間葛城主催の勉強会に参加していた。

 しかしそれも今日で終わりだ。

 

「坂田君」

「どうした坂柳」

 

 つい一週間前までは名前を呼ばれるだけで否定の言葉を出していた俺だが、今は対話の姿勢を示している。この一週間勧誘も無くなったのだ。こちらとしては非常に有難い。

 

「私の派閥に入りませんか?」

「次の依頼額は二倍にしてあげるよ」

「残念です」

 

 感謝を返して欲しい。

 これが男だったら拳の一つや二つ入れていたが、女性で疾患持ち、しかも可愛いという三連コンボがそれを抑える。そういった感情は当然持ち合わせているが坂柳に向けるのは些か不相応ではないかと思っていることは決して口にしない。

 ちなみに二倍にするというのは本当だ。どうせ安い依頼を頼まれるのがオチだが、そこは仕方ない。

 

「それで本当はどうした?」

「それが本当のお願いだったのですが……少しおふざけが過ぎたみたいですね。葛城君の勉強会に無償で参加されているみたいですが、どうされたのですか?」

「どうも何も、別に対価を求めるほどのものでもないから求めなかった、ただそれだけだ。勉強について質問を受けるぐらいなら別に構わない。それに今日は参加しないよ」

「なるほど。では()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、無償で手に入るものでしょうか」

「そんなバカな。価値があることは無償ではやらない」

 

 坂柳の問いかけに即答する。

 

「あら、それは勉強会に価値がないとおっしゃっているようなものですね」

「俺にとって交友関係を結べる以外の価値なんて実際ないだろう」

 

 今回のテストに対しての勉強会には価値がない。では価値が無いから無償で参加するかといったらそうでもない。もう交友関係を結ぶという依頼料は貰えたし、役割もしっかりと全うした。価値がないものなど俺が参加するはずがない。

 傲慢と思うだろうか。

 俺は決して思わない。

 力を持っていながら使わずに細々としている方こそが傲慢だと自覚しているから。

 

「俺は物事一つだけで価値を決めることはしない。だがその場その場で暫定的な価値が存在することも確かだ。だから俺は坂柳なら俺の価値を理解しているだろうなんて甘い考えは持っていない」

 

 ニッコリと微笑む坂柳。正解だと言いたいのだろう。

 だがいつまでも情報を握っているだけでは人としての価値が落ちてしまう。価値は上がると共に下がるものでもある。維持することが難しいからこそ、時には価値ある情報を与えることも必要だ。

 

「俺が今日勉強会の参加を断ったのは予定があるとかそんな理由じゃない。この後本当のテスト範囲が公表されるから、その助力を無償でやるつもりはないってことだ。まあ葛城のことだ、すぐ俺のことを勝手に解釈してくれるだろう」

 

「なるほど。つまり今まで無償で勉強会に参加したからこそ生まれる価値があるということですね」

 

 嬉しい限りだ。

 坂柳は俺の考えにしっかりとした理解を示してくれる。

 何度もいうが俺はその場で価値を決めることはしない。

 だが依頼主はそうとも限らない。

 今後のためを考えるなら参加しないよりも参加した方が結果的に価値が増す。そう結論付けただけ。

 

「それで、本当の要件はなんだ? 今の坂柳には依頼を無償でやってくれる()()()()()さんがいるだろう?」

「……笑えない冗談ね」

 

 そうだろうか。

 俺としては中々的を射ていると思うし、坂柳的にもウケているようだが。

 坂柳の隣に立っている神室真澄は先程まで表面上は無表情を取り繕っていたが、余程気に入らなかったのか不機嫌な表情を隠そうともしない。

 

「ええ、真澄さんは優しくて面白い私の友達です」

「ああ、知ってるよ。坂柳に捕まるなんて難儀な子だ」

 

 不機嫌な顔から訝しむような顔へ。

 負の感情は豊かな子だ。

 俺は胸ポケットから携帯を取り出して、ぱぱっとメールを送る。

 送信ボタンと同時にピロンとなったのは、坂柳の携帯だ。

 メールを確認した坂柳は若干目を見開き、面白いものを見たとばかりに俺の目を見詰め、神室に携帯を渡す。その内容を認めた神室の瞳は、僅かに動揺した。

 

「理由も知っているから大丈夫だ。安心してくれ」

「何も大丈夫ではないのだけど。ねえ坂柳、これあんたの仕業?」

「そうじゃないことは真澄さんが一番分かっていると思いますが」

「そういった依頼も受けているから、見合った対価を出せるならいつでもおいで。勿論次の依頼は二倍貰うけどね」

 

 同時に二人は席に戻っていった。

 区切りは若干よろしくないが時間が迫っているため仕方ない。

 先程予め作成していたもう一つのメールをとある人物へと送信し、視線を前に向ける。

 始業のチャイムと共にガラリと扉が開いた。

 担任の真嶋先生が教室へと入って来たのだ。

 

 

「ホームルームを始める前に一つ重大なミスが発覚した。テスト範囲の伝達ミスだ。今から正しいテスト範囲が書かれている紙を配布する。前から順番に一枚ずつ取ってくれ」

 

 

 その言葉が早いか、俺のメールを受け取った葛城の射抜くような視線と、予めそれを知っていた坂柳の二つの視線が確かにこちらへと向けられた。

 これで葛城も甘い考えは捨ててくれるだろう。

 依頼という形なら勉強会ももっと有意義なものになっていたことだろうに。

 実力至上主義の学校。

 俺の思った通り、非常に楽しい学校生活が送れそうだ。

 

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