今はモチベが高い。
一目見た時、彼は普通の人という印象だった。
見た目は確かに良い。とあるランキングでは三位に位置付けられているらしく、ミステリアスな雰囲気も相まってクラスを問わずに人気も高い。
しかし、その程度だ。
そんな世俗的なものに惹かれる私では決してない。
だが結果として、彼は私の中でも一際大きな輝きを放った。
身体能力は勿論、学力という括りを超えて非常に頭が良い。
Sシステムに早期から気づいており、誰よりも早く行動を起こしていたのだろう。
例えば私にメールで送ってきた画像。
あれは真澄さんがコンビニで万引きしていたところを抑えた場面だ。
その日付は入学式から二日後。私と真澄さんがそのコンビニ出会ったのが、入学してから一週間後。
つまり彼は私よりも前に真澄さんの根幹にあるものに気が付いていたということになる。
いつ、どこで、何故真澄さんに目をつけていたのか。
気になる点を挙げればキリがないだろう。
恐らく、かつて見た『彼』と重なる部分があるかもしれない。
ただ唯一違うとすれば、『彼』とは違って偽りの天才などではなく本物の天才である可能性があるということ。
私はあの日から『彼』に惹かれ続けていた。これが恋愛感情とは言わないが、見方を変えればある種の恋と表現出来るのも間違いは無い。
そんな偽りの天才をいつか葬るための余興にでも、とこの学校に入学してみたのだが、思わぬ収穫だ。
彼を語るには『価値観』という言葉が必須だろう。
あらゆるものに価値を付けていくその態度は良く言えば観察力が優れており、悪く言えば傲慢。人によっては非常に不快に感じるだろう。だが逆に、人によっては様になっていると感じるはずだ。
そこが恐らく一つの境界線。
彼に使われる者か、彼と対等な者か。
しかしそのあらゆるものに価値を付けていく姿も仮の姿なのだろう。
その裏にあるものは現状判断できないが、評価を付けて保身に走る。そんな確実な道が好きな人間とは到底思えない。
確実な道が好きならそれこそ
恐らく彼はこう言いたいのだろう。
―――生温いことやっていたらすぐに裏切るぞ。
彼が敵に回る。
Aクラスにとってとても脅威な存在であり、他クラスにとっては喉から手が出る程欲しい人材。そして私にとっては大変喜ばしい敵の出現でもある。
彼との戦いはこれからの退屈全てをひっくり返してくれるだろうと確信できる程には楽しくなると、そう確信している。
彼という存在は、退屈だと思っていたこの学校生活に幾つもの楽しみをもたらしてくれたのだ。
♦ ♦ ♦
ふぅと一息。
テストが近いという事もあってお昼のカフェは勉強をしている生徒で溢れている。
血相を変えちゃって、なんて思わないこともないが、実際退学がかかっているという精神状態に加えて急なテスト範囲変更が行われたのだ。必ず乗り越えられる手があるとはいえ、そんなものを知らない生徒にとっては結局正攻法が一番安心するのだろう。
そんな彼らを横目にコーヒーを含みながら、周囲を見渡す。
目当ては一年Dクラスの生徒だ。
今年の一年Dクラスは最低の不良品とまで言われているクラスではあるが、Dクラスのリーダーである平田洋介は学力身体能力共に高く、櫛田桔梗は学年でも人気の高い女子と聞いている。それだけ聞くと彼らが何故Dクラスにいるのか甚だ疑問ではあるが、今回はその情報収集も兼ねて接触するつもりだ。接触するならクラスや男女分け隔てなく接しているという櫛田だろうが、平田でも構わない。
葛城が葛城自身のために、坂柳が坂柳自身のために俺を使うなら、俺は俺のために動く。
この一か月過ごしてみて分かったが、Aクラスという立場はそれなりに価値があるものなのだ。
一先ずは面識だけでも。そこから何かしらのきっかけが生まれれば、後は成り行きで関係が構築されていく——と、思う。
普段ならそのきっかけというものが難しいが、ここは特殊な学校だ。きっかけは作ろうとしなくても勝手にやってきてくれる。
カフェに入ってから数分。
このカフェは学校でも随一の人気を誇るため、人気者である平田や櫛田が訪れる可能性が高いと踏んだ。Dクラスの教室に行くのも考えてはいるが、あまり目立ちすぎても問題があるためさりげなく出会った感じを出したいのだ。
向こうにそれがバレたら時はまあ話したかった等と言っておこうか。
我ながら雑な言い訳だと思ってはいるが、実際二人の名声は聞き及んでいるから不信感もないだろう。
そうやって変な言い訳をツラツラと並べれば、目当ての人物がカフェへと入ってきた。
「お、来たね。櫛田ちゃん」
この一か月で一学年のアイドルとなった櫛田のお出ましだ。
後ろの二人は凛とした表情の黒髪長髪が特徴的な女子生徒と如何にもやる気が無さそうながら顔は整っている男子生徒。見るからに美男美女のグループって感じだ。後ろの二人が他クラスの可能性は否定できないが、それならそれで問題なし。
喧騒によって声は聞こえないが、テーブルは近いためコーヒーのお代わりを頼んで機を伺うとしよう。
普通外から見たら寂しく一人でコーヒーを飲んでいるように見えるのだが、俺の場合は有難いことに様になっているらしい。
別に様になっていようがいまいが関係ないが、不審に思われるようなら考え物だったからそこについては素直に親周りに感謝だ。
チラッと視線を向ければ、その男子生徒と視線があってしまった。
こんな時は見ていなかったかのように自然に視線を移すことで誰か探している雰囲気を醸し出すことが大事だ。
適当に一巡させて再びチラッと向けると、またもや視線が交錯する。
これは予想外。
こちらからは男子生徒が対面に見えているのだが、何度視線を向けようとも向こうもすぐさま視線を合わせて来る。一人でいることに疑問を覚えているのか、はたまた視線に気が付いているのか……なんてことはない。あれは気が付いている。
間違いない。
そんなやり取りを何度か繰り返した影響だろうか。
櫛田ともう一人の女子生徒がその男子生徒の視線の先、つまり俺に顔を向けてきた。
「あれ、もしかしてAクラスの坂田君?」
まさか声をかけて来るとは。
「ああ。Aクラスの坂田真緋瑠だ。坂田でいいよ。話し合いを邪魔しちゃって悪い」
「ううん。私はDクラスの櫛田桔梗です」
あざとい。
男が何をやられたら好きなのかをよく理解している。
それでいて嫌味が無い。
男女問わず人気が出るわけだ。
「それで私達に何か用?」
「いや美男美女のグループが見えたからついつい見ちゃったんだが、そしたらそこの―――ごめん、名前聞いても良い?」
「綾小路清隆だ。綾小路でいい」
「ありがとう。綾小路君と何度か目が合っちゃってね。少しだけ気まずい雰囲気になっちゃってたんだ」
「へー、そうなんだね! でも丁度良かったよ! 実は私坂田君と一度話してみたかったんだよね……ほら、Aクラスの派閥争いに参加していないただ一人の生徒って結構有名なんだよ?」
小声で言わなくても他クラスもある程度知っているだろう。
櫛田なりの配慮、と言ったところか。
それともあざとさのスパイスなのだろうか。
事実派閥にいない方が他クラスとの関係構築を築きやすいのも理由の一つだ。
現に今、この場で一人釣れた。
「……派閥争いですって?」
「そう。あまり大きい声だとあれだから綾小路の隣良い?」
「……構わない」
綾小路が視線で二人に目配せをした後、許可が降りたので近くのテーブルから椅子を一つ拝借。綾小路と櫛田の間に座って、少しだけボリュームを落とす。
「今Aクラスは二つの派閥に分かれている。一つが葛城派でもう一つが坂柳派だ。葛城派は保守的で今あるポイントを死守しつつ着実に増やそうと考えている。対して坂柳派はまだ動きという動きを見せていないが、坂柳が好戦的な性格をしているからな。意見が合わずクラスが真っ二つだ。Aクラスを潰したいなら今のうちに仕掛けないと厳しくなるよ」
「それが本当だとして、私は罠である可能性を疑うわ。自分のクラスを売るようなことをする意味が分からないもの」
当然の疑問だ。
俺だって罠を疑う。
「別に俺はAクラスだのDクラスだのに興味はない。そうだな……」
しかしこれは事実だ。
それを証明するためにもまずは俺という価値を認識してもらおう。
「……例えば今度のテストについて教えてあげても良い。テスト範囲が変わって今頃大変―――」
「待ちなさい。テスト範囲が変わったってどういうこと?」
思っていた反応と違った。
これで相手の認識がどのくらいなのかを判別しようと思っていたのだが——。
まあいい。
無価値なものが価値あるものへと昇華しただけのことだ。
「今日の朝担任から話が無かったか? テスト範囲変更について」
「いや無かった。間違いないか?」
「間違いない。茶柱先生に確認してみたらどうだ?」
「そうさせて頂くわ」
ヒントすらもなかったのか。
別の意味で悪質な気がしてくるが、そこを突くのは俺ではなく彼らDクラスの役目なので手は出さないでおこう。
さて、ここから交渉開始だ。
「そうしな。ほい、これ」
「何かしらこれは」
「俺の連絡先。無償とはいかないけど色々手伝ってあげるよ」
「興味ないわね」
もう用は無い、とばかりに女子生徒は席を立った。
相手の話は最後まで聞いた方が良い、というのを学ばせてあげよう。
「対価次第ではAクラスを裏切る、と言ってもか?」
「えっ」
「それはどういう——」
釣れた。
「俺は中立だ。だがそれは坂柳派や葛城派に対して中立、というわけではない。一学年全クラスは勿論、知人やクラスメイト全てに対して等しく中立。それがどういう意味か分かるか?」
「一つ聞きたい。例えば今回のテストについての情報を欲しいと言ったら、いくらで売ってくれる」
綾小路は頭の回転が早いな。
テスト範囲変更で逸れていたテスト情報の話題。
そこをしっかりと切り抜いてきた。
視線の件といい、少し浮世離れしているのかもしれない。
「良い質問だ。三人全員の連絡先交換と1万ポイント。それで特別に中間テストを乗り切る一つの『答え』をあげよう」
「だそうだ、堀北」
もう一人の女子は堀北というらしい。
堅物の類いだな。
「それで渡された『答え』というものが本当にこのテストの『答え』だという保証はあるのかしら?」
「それは見て貰えば分かる。連絡先を交換してくれたらその答えを送るよ。ポイントはその後送ってくれればいい」
そこで胸ポケットに手を突っ込み、起動中の機械を一つ出す。
携帯ではないそれを確認した堀北の目は、疑惑から嫌悪へ。
「ボイスレコーダー……」
「その通り。ポイントは後払いでいいけど、ポイントの送付が無かったらどうなるかは分かるよね?」
「……貴方、最初からこれが目的だったのね」
「大正解。言いたいことは終わったし、こちらはもう聞かれても喋るつもりはない。交換するかしないか、今決めてね」
テスト範囲変更について知らなかったというイレギュラーはあったが、何とか本筋通り持って行けた。これでDクラスは大丈夫だろう。
「折角だから私は交換しようかな。1万ポイントで退学者が出なくて済むならそれに越したことはないからね」
「俺もそう思う。後は堀北が決めろ」
櫛田、綾小路と机の上に置いた携帯端末から連絡先を追加していく。
残るは堀北のみ。
「気に入らないわね……でも良いわ。交換するだけでいいのでしょう?」
「ああ、こちらからメッセージを送ることは滅多にない」
「なら送らないで。それならいいわ」
「はいはい」
俺が言えたことじゃないが、絶対に友達できないタイプだ。
言葉に棘があるどころではない。言葉そのものが棘という一匹狼タイプ。
だが価値を見極める目は合格か。
ちなみに堀北の下の名前は鈴音らしい。
「三人とも確認した。三人に資料を送ったから、テスト範囲を聞きに行く道中にでも見といてくれ。ポイントは誰でもいいから今日の日付が変わる前までによろしく」
そこで俺は携帯とボイスレコーダーをしまい、元居たテーブルへと戻る。三人はこちらを一瞥していたが、テスト範囲が気になるらしくそのまま職員室へと駆けて行った。
「んんー、過去最低のDクラスと言われている割には優秀だな」
本音だ。
少なくともAクラスの下っ端より能力は高い上に一癖も二癖もある。そうなると何故俺がAクラスにいるのかが謎だが、よく考えれば神室も万引きしているのにAクラスだった。つまりはそういうことなのだろう。
クラス分け、という観点から見ると非常に価値のある時間だった。
ポイントで見たらテストの情報は最低でも四万ポイントで渡したいところだったが、この学校がどのように実力を分けているのかある程度理解できたのは大きい。
Aクラスは基礎能力が全体的に高い。
Bクラスは能力だけで見るならAの下位互換と見ていいだろう。
Cは何かやらかしたり社会性に問題があったりするが、Dにする程ではない。
そしてDは、単純な出来損ないか何かしらの事件や事故を起こした問題児。
分類するならA、Bが万能型、Cが攻撃型、Dが特化型といったところか。
爆発力は間違いなくDクラスが一番あるだろう。
それに面白い人物にも会えた。
「綾小路清隆ねぇ……」
あの男は何者なのだろうか。
張り付けただけの薄い表情を浮かべていたが、大きな表情の変化は全く見られなかった。ただ冷静に俺の言葉を受け入れ、分析し、聞きたいことだけを的確に聞いてきた。
まだ数分の付き合いとはいえあそこまで人格を把握できなかったのは久々だ。
例えば堀北。
自分が優秀だと信じてやまず、群れを嫌う一匹狼。優秀とはいえ全体的に突出していないため、恐らく協調性の無さが足を引っ張りDクラスにいるのだろう。
櫛田は一見あらゆることを手伝ってくれそうな善人に見えるが、連絡先を交換する際に見えた彼女は欲の塊だ。会話に割り込まないようにしようという配慮のためかそれ以上は分からなかったが、その欲で何かをやらかした可能性が高い。
となると平田も似たようなものがあるのだろう。
ピロン、と携帯が鳴る。
綾小路からだ。
開いた画面には、先程より1万ポイント増えたポイントが表示されている。
どうやらテストの有用性を確認できたみたいだ。
携帯を胸ポケットに入れて、再びコーヒーに舌鼓をうつ。
坂柳を見た時も強く惹かれるものがあったが、綾小路もまた似たようなものを感じる。
勘なんてもの信用していないが、案外当たっていることが多いのだからそうなんだろう。
七桁の大台に乗ったし気分も良い。
たまにはケーキを付けて見ようと、俺は再びカウンターへと向かった。