唐突だが世界が終わった。今から17年前だ。
何か前触れがあった訳ではない、その日は突然訪れた。
空に罅が入り、地面が避け、島が浮き上がり、風が吹き荒れ、炎が文明を焼いた。
空の罅や大地の裂け目からは異形の者共が溢れ出し人々を喰らい、或いは異形の者共で殺し合いその余波に人が巻き込まれていった。生き残った軍の力は弱い部類の異形の者にしか通じず、聞いた話では核が誘爆してもそのエネルギーを取り込んだ異形の者までいるらしい。らしい、というのは所詮噂だからだ。電波機能しないこの状況、外の情報なんて生き残りを名乗る連中から聞いた、なんて噂にどれだけ信憑性があるか。
人類の生存圏は狭い。少なくとも青年が知る限りでは。大地の裂け目の窪みに集落を作ったり、或いは魚などが取れ、大型の異形が少ない浅い海岸沿いに洞窟などに集落を作る。
それを屈辱と感じる大人達も居るが、生憎と青年は当時5歳。この世界こそが日常だ。
「…………ふぅ」
人類が追い詰められているこの時代、生き残るには4通り。異形の者から逃げ続ける終わりなき逃亡の日々、口に出すのも悍しいと幅かられ、詳細は知らぬ道。そして……
パン
乾いた音が響く。空を異形の鳥達が飛び立ち、大きな影が飛び上がる。
魚だった。ただし顔だけ。
体は猪。一部から血が流れているその異形の名は名を
まんまるな瞳をギョロリとこちらに向けてくる。そのままガチガチ歯を鳴らしながら突っ込んでくる。
青年は慌てず、懐から取り出したナイフを構える。
とある異形の者、大人達の言う蟷螂に似た複腕を持つ横に避けた唇の奥に縦に並ぶ歯を持った人型の異形の死体の鎌から作った特注品。
逆反りのナイフは、なれると使いやすい。突っ込んでくる魚猪の突進を避け、背中を斬りつける。背骨ごと切り裂く。体が動かなくなった魚猪にトドメを刺そうと近づけば、影が指す。
「ギギィィィィィッ!!」
「チッ!!」
それは巨大な鳥だった。爪だけでも人の腕ほどある怪鳥。しかし首も嘴もない。だが口と目がある。
腹部に裂けた切れ込み、そこから除く鋭いは。その上に存在する猛禽類のような明るい色の目。魚猪の体を掴み鋭い爪で命を奪うと浮き上がる。
「待てこら! 俺の獲物だぞ!」
先端に石のついたロープを投げつける。狙いは翼。そのまま引き寄せると同時に飛び上がり、バランスを崩した怪鳥の上を駆け翼の付け根を切り裂く。
「ギャアアアア!?」
ズゥン! と砂煙を上げ落下した怪鳥。初めて見るタイプ。頭が腹についているが、心臓は何処だ? まあ、脳の位置は多分目の奥だろう。解剖学的に。
青年はナイフを眉間に差し込む。ギャッ! と鳴き目を大きく見開いた怪鳥。そのままナイフを振り下ろす。皮を裂き、肉を切り、骨を割る。血を出しながら怪鳥は地面に落ちた。
「食えるかな? まあ、とりあえず持って変えるか」
これが人類の現状の一つ。己の集落周辺の異形の者を狩り、己達の糧に変える、狩人として暮らすこと。
放浪せず拠点を保つ者達の集落にはだいたい狩人と呼ばれる者達がいる。
獲物を2匹引きずり集落へと帰る青年。
大地の裂け目、底の見渡せぬ深淵を覗かせるそこに、獲物を放り捨てる。闇に紛れて見えにくくなっている黒いロープで編まれた編みの上に落ちると、網が角度を変えていき、獲物を亀裂の窪みに落としていく。
青年もまた飛び降りる。腰に巻きつけていたロープを取り出し、投げる。壁にぶつかると同時に異形の者が持っていた針を加工した杭が深々と突き刺さる。
手元の装置を捻るとバチリと電気がロープを走り、杭から返しが飛び出す。
振り子のように窪みに向かっていく青年は再び手元の装置を捻り杭の返しを戻し、思い切り引く。岩壁から杭が引っこ抜かれ、青年は窪みへと降り立つ。
「おかえりなさいませ!」
「おう……片方は新種だ、毒がないかヒサナに試させろ」
「はい!」
降り立った場所には武装した男達。彼等もまた、村の入り口を守らされるだけの力の持ち主。
世界が、文明が崩壊した同時期から、人々の中から異形の者達、その中でも怪異級と分類される異端法則を操る者達に唯一対抗できる者達が現れ始めた。
人外じみた身体能力に、個人差はあれど高い再生能力、様々な特殊な力を持つ。人々はそんな彼等を『何か』と接触し力を授かった者、
基本的に世代を経ている者ほど初期値が高いが、鍛錬次第で力も増すのです一概に新世代が強いとは言えない。
青年は第3世代。異形の者と戦い、その肉を狩るのが青年の仕事。とはいえ怪異級とは戦ったことがないが。
「俺はおっちゃんちによってから寝るから、飯の時に起こしてくれ……」
「は、はい!」
旧文明、そう呼ぶと怒る大人達もいるが、もっぱら若い連中がそう呼ぶ文明の残骸を寄せ集めて作った集落。猟銃というらしい道具の整備を出来る者の家へと向かう青年。
ふいに、上を見る。水があった。魚も泳いでいる。
ここは池の真下なのだ。時折魚が落ちてくる。
「おっちゃん、いるか?」
「おお、レキ………おかえり」
旧文明期からの生き残りの老人、アズマが青年、レキを見て手を差し出して来る。さっさと渡せと言う事だろう。
「今日は見てくよ」
「おお、そうか?」
旧文明の遺物である猟銃、整備出来る者はこの集落ではアズマだけ。崩壊後の一年は様々な国が避難しようとしたりで国境、国籍がかき回された世界においてこの集落は『日本人』のみで構成されている。『日本』は銃の規制が厳しいらしい。アズマのように生業としていた者だけができる現状、こんな世界だ、老人の寿命は長くない。弟子もいないしそろそろ学んでおこうと思ったのだ。
「まずは分解の仕方からだな……」
「ふむ………」
「次に弾の削り方だ。先端が尖ってると空気の抵抗を受け難いが、角度を均等にしなきゃならねえ。そうしないと弾道が歪む」
ちなみに現代の弾は鉄より硬い異形よ骨や角なんかを加工して使っている。アズマは見てろ、と研磨機で骨を削っていく。足で踏むと回るタイプだ。
「次に火薬だ。お前さんは当たり前にしてるが、昔はこんな植物なんて無くてな。調整間違えて何度も爆発させちまった」
崩壊後に変化したのは地形や空、生態系だけではない。物理法則や植物なんかもだ。
この村の上には底が無いのに落ちてこない浮く水。水深はかなりあるが、透明度が高く、天窓の役割を果たしている。
植物なんかでは発火性が強く、乾燥させて粉にすると火薬になる実なんかもある。
「これは気ぃつけて粉にしねぇと挽いてる間に爆発するからな。水を流しながら挽け。ペースト状になったら油と混ぜて乾燥させる」
「なるほど、
「気ぃつけるのは道具が壊れることだ」
「石なんて簡単に加工できるぞ俺は」
「…………ああ、そうかい」
最後に試し打ち。レキの作った銃弾は狙ったように飛ばなかった。そこは慣れろとの事だ。
「しかしこれ、もう少し火薬の量を多くすれば威力も射程距離も上がるんじゃねえの?」
「銃が吹き飛ぶわ。異形を素材に出きりゃいいが、そこまで精密に削れる設備もねえ」
「そういう能力持ち生まれねぇかね」
同意するぜ、とアズマが頷いた時だった。扉がノックされる。
「あ、あの……アズマさん、レキさん、ご飯の用意ができました」
聞こえてきたのは女性の声。アズマはそんな時間か、と頭をかく。
「おう、今行く」
「あんがとな、ヒサナ」
扉を開けた先にいたのは青い肌をした少女だ。年齢は10の、第4世代。汎ゆる毒が効かず、しかし有無が分かる超感覚を持つ
「毒は?」
「あ、ありませんでした。お、おお、美味しかった……です」
第4世代はヒサナのように異形とも言える容姿が生まれてくる事も少なくない。それ故、こんな世界だ、虐待を受けていたりするのもいる。
ヒサナはレキが拾った捨て子だ。未だ人になれないのか、オドオドした性格をしてる。
「それでは諸君、本日も我等が狩人達の恵みに感謝し、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
大人たち曰く、昔の酒に比べたら飲めるだけの酒。それでもレキ達からしたら十分に美味い酒を飲む。
「よおレキ! 新種飼ってきたんだってな! しかも大型、くぅ、また負けたあ!」
狩人の同僚が絡んでくる。
3ヶ月に一度の狩り。ある程度の食料は上の池から取れるが、それでも60人規模の集落には足りない。故に狩った肉を宴に使われないぶんを干し肉、燻製などにするのだ。
その肉を多く獲ってくる者ほど優れた狩人。
「でも新種か………大丈夫かね、この辺りの生体」
「あれ自体は弱かった。軽量化のために骨も脆くなってってし、筋繊維自体はそこらの獣より硬いが、ただの異形級だ」
「ま、それなら俺達の敵じゃねえな」
「違いねえ!」
他の狩人達も笑う。とはいえ、狩人として活動しているのは僅か6人程度だが。
「それよりお前、こんだけ毎年優勝してんのに浮いた話一つ聞かねぇってのはどういうこった!」
「そうだそうだ! 狩人んなかで一番年上のくせに!」
「お前が結婚しなきゃチャンス狙ってる子達が嫁に来てくれねぇんだよ!」
「つか、
狩人としての腕が一番で、顔立ちもそれなりに整っているレキは女達の憧れの的だ。
「結婚ねえ、そりゃ最終的には好み関係なく抱く覚悟はあるが、今んとこ好みの女が居ねえしな」
「おお、今の言葉で若い女集が軒並み項垂れてる」
「それと、俺は明日から新種が来た方角、『遺跡』に向かってみる。あの大きさだ、繁殖しすぎたら厄介だしな」
「肉も硬くてあんま美味しくないしな。何なら繁殖してたら卵全部割ってきちまえ」
『遺跡』。
崩壊、惑星規模の環境変化に晒され尚形を残した旧文明の跡地たる鉄の領域。
電力は時折動いているのもあり、浮き上がる床板に乗り階層を移動するレキ。
やはり上層に昨日の怪鳥達が居た。それなりの数、繁殖されていたら周囲の獲物が無くなるところだった。
「しっかし卵もねえとは、渡り鳥だったか?」
肉は硬くて美味しくはないが、卵なら栄養豊富だし長持ちするし持って帰って氷室にでも入れて置くか、と思って少し期待したのだが。
しかも腹かっさばいても卵は出てこない。繁殖期でもなかったようだ。
「ギギイィィィ!!」
「ギャギャッ!!」
迫ってくる怪鳥。大きな体に対して、ここは室内。動き辛いだけの彼等を狩るなど容易い。あっと言う間に殲滅したレキ。
生き残りがいないか確認する為に目を閉じる。資格情報をカットし、音による索敵。まだ数匹、別のビルに残っている。この距離なら跳んでいける、と走り出し割れた窓から飛び出すレキ。
「ギギャ!?」
「ギギィ!?」
大慌てて向かってくる怪鳥、その数4。爪を振り下ろしてくる足首を切り裂き、その下をくぐり抜け別の個体の翼の骨を切り裂く。
その体を踏み台にすると背中を見せ、振り返ろうとする怪鳥の脇腹を大きく切る。内臓の位置は昨日報告させた。此処に肺がある。ブヒュウウと音を立て空気が血を赤い霧に変える。最後の怪鳥は思い切り左眉間あたりを蹴りつける。心臓はここにあるのだ。骨が砕ける感触、ズゥンと音を立て倒れる。
残り2匹もまともに動けない。すぐに命を刈り取った。
「これで終わり、と…………」
片道2日。全力でかければ半日。時間的に余裕もあるし、『遺物』でも探してみるか? とその時だった。
不意に、唐突に、気配が現れる。
「────っ!?」
その場から飛び退き猟銃を構える。何時の間にかそこにいたのは、一体の異形。グチャリグチャリと音を立て怪鳥の死体に体を埋めている。食っているのだろう。
「………………」
「…………!」
殺気に気付いたのか、ピクリと動く影。やや血に染まった純白の翼が持ち上がり、顔が顕になる。
「─────」
息を呑む。
白い肌、2つの右目に、1つの左目と言う不文律を持ってなお、その顔から目を話せない。
鋭い牙の生えた赤く染まった口は弧を描き笑みを形作る。細められた黒い眼球に白の虹彩を持つ瞳は、殺気を向けるレキに親しさすら抱いているように見える。
いや、どうでもいい。
「…………綺麗だ」
なにせ、どうし様もないほどに、レキは彼女に惚れてしまったのだから。
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