人のような顔を持った異形は数多く存在する。
その殆どが怪異級と言う規格外。そうでない者は疑似餌として
目の前の彼女は、間違いなく怪異級。異端法則を操る、物理法則が通じぬ相手。今回持ってきた銃弾はただの鉛、彼女には効かないだろう。それを、良かったと思う自分が居る。
「………?」
こちらを睨むレキに不思議そうに首を傾げる異形は、それこそ敵意なんて感じない。ゆっくりと立ち上がる。
穢を知らぬ、ありとあらゆる色を捨て去った純白の髪がさらりと流れる様に体を滑った。
その身は、異形も異形。
背中の龍を思わせる白い翼の他に、腕にも純白の羽毛が生えていた。腕の翼は、翼角から鳥類のような指が生えている。
鳥人系かと思えば、その足は大型肉食哺乳類を思わせ、太い尻尾は爬虫類のそれだ。よく見れば4本足で、うち2つは虫のそれ。体各所に鋭い鱗も生えている。
立ち上がった大きさは、2メートルより上。レキより高い。
「………………」
微笑みを浮かべたまま、手を伸ばしてくる異形の者。ひんやりとした手が頬を優しく撫でる。
「…………っ!?」
瞳に吸い込まれそうになる、そんな旧文明の大人達の中でも取り分け物語を好む者達が良く言う例え、まさにそんな感覚を味わったレキは爪が頬を僅かに裂いた痛みで我に返り慌てて離れる。
「ア………」
と、離れたレキに切な気な声を上げる異形。
思わず罪悪感で足が止まる。
何をしているんだ、自分は。相手は異形。人類の天敵、神に近づいたと思い上がった人類を、霊長を騙る獣をただの獣に押し戻した怪物。
確かに、一部異形の者は飼いならす事も可能と聞くが相手は異端法則を纏う異形下層上位ではなく、まず間違いなく異端法則を操る異形中層怪異級は確実。
「………っ!!」
取れる手段は、闘争。彼女を相手出来る程の武装は、今この場に無い。身体強化に全力を注ぎ、『遺跡』を駆け巡る。
取り残された異形の者は、己の手を見る。鋭い猛禽の爪の生えた手。僅かにに付着したレキの血を見て、大きく口を開け、口の中に、血の味が広がる。
何度も曲がり角を曲がり、時に建物の中、地下を駆け抜け『遺跡』の外に出る。感覚を研ぎ澄ませる。追ってきてはいないようだが、先程も警戒を説いた一瞬とはいえ何時の間にか現れていた。油断は出来ない。今日は、集落に戻らず何処か適当な場所で過ごそう。
森は、少なくとも自分の敵になる異形は住んでいない。食性もすっかり変わり巨大化した木々。確か人が入れるほどの穴があった木も幾つかあった。
「ギヒヒ!」
「ケキャキャ!」
「うせろ、猿ども……」
骨が浮き出る程痩せこけた毛無し、皺だらけの異形猿が数匹襲ってくる。鋭い爪を持つ猿達は、俊敏な動きで襲いかかってくる。
ギョロギョロとした大きな目で獲物を睨む猿。名前、何だったか?
腕を振るえば関節が外れ、筋肉がゴムの様に伸びる。身をそらしかわすと腕を掴み引き寄せ首をナイフで切り落とす。仲間がやられ、キィキィ喚きだす猿ども。と、不意に矢が飛んでくる。
「…………」
「ゲギャッ!?」
「ゴブリンか………」
睨んだ方向にいたのは赤黒い肌に長い耳、醜い顔が特徴の
人に近い見た目こそしているが異形下層でも下の方。だが、武器を作り、扱うだけの知能はある。徒党を組み、己より強い者を崇め下につく知能もある。
おまけに繁殖能力も高く、基本的に餌側のくせに妊娠している雌を残せばまた増え、狭い環境においても放置すれば淘汰されきらない厄介な異形。前に殺し尽くしたと思ったが、また何処ぞから迷い込んだか。
懐のロープ、『鬼蜘蛛』を取り出す。無数に飛んでくる矢に投石、猿の爪。レキ、ほんの少し集中する。
時間の流れがゆる床になる。空気の流れを肌で、毛で感じ取り埃のゆらぎすら目で見え、関節が外れる音や肉がギチギチと伸びる音が明瞭に聞こえる。
「キッ!?」
後頭部目掛けて伸びた爪。しかし何も捉えることなく、手首から先が切り裂かれる。矢がレキに当たる筈だった物だけ全て振り回した『鬼蜘蛛』のロープに当たる。全て、だ。はなから当たらないものは無視されるか、僅かに起動を逸らされ猿達に当たる。
「キ、キィ!」
「キャキャ!」
螺旋を描きながら広がるロープは猿達の腕を絡めとる。そのまま、電撃で焼き殺す。
上に立つ者達が一瞬で全滅し慌てて逃げ出すゴブリン達。判断が速いが、動きは遅い。
地面を蹴り跳ぶレキは木々の幹や枝を蹴り、時に掴み猿たちよりも速く森の中を移動する。
まずは一匹、『鬼蜘蛛』の杭が放たれ喉に深く突き刺さる。奥の方にいた一匹だ、引き寄せれば何匹か巻き込もれ倒れる。手元に来たゴブリンの死体を掴み、倒れたゴブリン達の頭を踏み潰し先頭がやられ戸惑っていたゴブリン達の動脈を切る。
囲むように展開していたゴブリン達はまだまだいる。その一匹に向かってハンマー代わりに手元のゴブリンを投げつけ、肉塊に変えると残りのゴブリンを見る。恐らく唯一複数いた方向が素なのだろう。他の場所に居たゴブリン達も意識はそちらに向いていた。それも、残り3匹。
ナイフを投げ一匹殺し、木々の上をかけ追い付いたゴブリンの首を『鬼蜘蛛』で縛り、枝から飛び降りる。頚椎が砕ける音がロープ越しに伝わる。
残り一匹。距離およそ100メートル。視認は不可能、というか不要。
空気の流れ、地面の振動、草木を揺らす音が全てを伝えて来る。あの慌てよう、雌や、最悪繁殖済みの子供も居る。この森であの猿に従ってる以上、増える速度は今まで以上だろう。ゴブリンの肉はそれなりに美味いが、増えすぎると狩りの邪魔。獲物が取られる。
ここらは人間の縄張り。余所者にはご退場いただくのが自然界のルール。
レキは最後の生き残りの後を追う。意識は少し集中させたまま。
高低差のある地面、そこに出来た洞穴。中の住人を全て殺し、うち何匹かをその日の夕飯にし残りは洞窟から離れた場所に捨てておく。血の匂いに誘われる獣が少しでもそっちに行ってくれれば御の字だ。
「ふぅ………」
その日のメニューは骨猿のだし汁ゴブリンの肉入り。ゴブリン刺し。後は木の実だ。火は料理が終わったらすぐに消す。料理の匂いは持ってきていた匂い消しを使い消しておいた。
目を開けば光源なき闇夜が昼のように鮮明に見渡せ、耳を済ませれば100メートル離れた先の梟の僅かな風切り音が聞き取れる。獣の匂いは死体を巻いたあたりでしかしていない。
片手を地面に置く、地の底で蠢く虫の足の数まではっきりとわかる。服を少しはだけさせれば、蛾の飛ぶ空気の流れまで感じ取れる。
そのどれか一つにでも驚異を感じ取れば目を覚ませる。故に、レキはその洞窟で眠りに付く。
生温く、暖かな肌が頬を撫でる。
スルリと蛇のように絡みつく腕が首の後ろに回され、逃さぬとばかりに体を押し付けられる。
柔らかな胸が胸板にあたり形を変え、甘い匂いが立ち込める。
彼女以外に不要だと言わんばかりの闇の中で、闇に溶けてしまわないか不安になるほど白い肌は儚く、思わず抱きしめしまう。
『………♪』
女は嬉しそうに微笑む。獲物を前にした猫のようにも、蛇のようにも見える笑み。背中に回された一流の職人が白亜を削り出したかのような艶やかな指が背中を撫でる。
ゾワゾワとした快楽に思考がとろける。そんな様子を女は慈しむような笑みで眺め、口を開く。人とは異なる鋭い牙の生えた口から、伸びる赤いした。ぬるりと首筋を舐められ、視界に白い頭頂部が見えた。香りがする。甘い匂いが。その匂いに誘われるように………
「───っ!?」
そこで目を覚ます。
既に成人しており女を抱ける体。見た夢が夢だ、一部が元気になっている。しかし、女の夢を見るなんて初めてだ。というか、ただの夢か? いやに鮮明な……。
女の微笑みが目から離れず、女の肌の温もりが体に刻まれ、女の匂いが忘れられず、女の矯正が耳に響き、女の…………
「…………チッ」
洞窟から出て、近くの川で顔を洗い舌打ちするレキ。
相手は怪異級。夢に干渉するぐらいは平然とやってのけるだろう。だがそれはただの人間に対して。
この星の人間は最早下から数えた方が速い位置にいる。星の外へと旅立った、この星に興味も示さなかった異形共を含めたならそれこそ蟻とさして変わらぬ扱い。人が生態系ヒエラルキーのトップに戻りたいのなら、最低ラインで
それでも、この辺りを縄張りに出来る程度には、この辺りに住まう異形は脆弱と切り捨てられる程度には、レキは強かった。
能力は平凡、されど才能は鬼才。物心ついた13年前から、他人と自分の違いを理解しつつ、自分と怪異級の差も理解していた。だけど、だからこそ、己の強さを正確に知っていたつもりだ、少なくとも己の探知距離外で夢に干渉されるなんて思ってなかった。
「ああ、いや、それもわかんねぇんだった……」
食事を始めるその瞬間まで、まるで気配を感じなかったのだ。であるなら、今この瞬間自分の命を狙っていたとしても気付けまい。
だとするなら、どうするべきか。あれが本当に干渉された確証はないが、ただの夢と切って捨てるのも無理だ。
人里に戻った瞬間怪異級が現れるなんてのは洒落にならない。暫く様子見すべきだろう。
「っ!?」
と、その時だった。ドンと何かが地面に落ちる。地面が軽く揺れるほどの衝撃、慌てて振り返れば巨大な猪。口が十字に裂け、肉を突き破り骨が生えた異形。体高3メートルはあるであろうその猪は落下の衝撃で飛び出た骨が中に押し込まれ虫の息だ。
その上に、見知った異形の者。昨日の怪異級。
それを確認すると同時に猟銃の引き金を引く。
「…………?」
しかし不思議そうに首を傾げられるだけ。やはり通常弾では効果はない。
歪む事なく、カラカラと音を立て地面を転がっている。確信に至る、感知をすり抜ける異端級ではなく、間違いなく怪異級。フル装備ならともかく、今の装備なら勝ち目は0。
猪の上から降りる怪異級を見て、覚悟を決める。せめて痛くない食われ方をしたい。幸い知能は低そうだ、エルフ何かと違って、獲物で弄ぶとかは、しないと思う。いや、知能の低いゴブリンはするけど。
「………………」
「あ?」
だが、怪異級はレキの頬に優しく触れるだけだった。そのまま首を強引に撚る。グキ、と鳴ったが折れるほどではない。頬をまじまじ見つめ、指でつついてくると満足行ったような離れる。
背を向けてきた。警戒すらされていないが、これは、逃げてもいいのだろうか?
怪異級はそのまままだピクピク痙攣している猪に近付くと、喉を食いちぎった。一瞬だが明らかに口が耳までどころか首あたりまで裂けていた。
ブシュ! と血が勢い良く吹き出し血圧が下がりやがて緩やかに流れていく。
食事を始めた? コチラを食う気は、無いのか? なら何故追ってきた。と、振り返ってくる。
「…………?」
不思議そうに見つめられても困る。何がしたい? と、とてとて4本の足で歩み寄ってくる。その手に持っているのは、猪の肉。真っ白な肌が血で汚れていた。
「………………」
ニコニコと微笑みを向けてくる怪異級。その肉に手を伸ばせば引っ込められる。かと思えば、ずいっと顔の近くに突き出してくる。
「……あ、あ〜………」
まさか、と思い肉に喰らい付く。レアとも異なる、完全な生の肉。血の味が口いっぱいに広がる。獣臭い。
「…………!」
パァ、と輝くような笑みを浮かべた怪異級はそのままグイグイと腕を引っ張って、腕を掴む手とは反対の手で猪を指差す。まさか、一緒に食べようとでも言ってるのではあるまいか。いや、逆らうのはやめておこう。大人しく猪の死体に歩み出す。
「……………?」
ふと、違和感を覚える。この怪異級の腕、こんな、人みたいな感じだったか?
用語一部解説
異形
地殻変動、空の亀裂による文明崩壊時に世界各地に現れた生物の進化から逸脱した謎の存在。一部宇宙に飛び出した個体も居る。地球に残っているのは比較的に弱い部類ではあるが、惑星規模の驚異は複数残っている
階級
異形級
単に見た目がおかしな生物。武装さえしていれば一般人でも対処可能。異形下級、異形上級に分類され、異形上級は武装した人間数人でなければ勝ち目はない。数人いても勝ち目が低いのもいる。
異端級
科学的にありえない身体構造をしている個体。本来なら飛べないサイズでありながら飛べる鳥、巨大化しすぎているのに自重を支える虫などが例。異端法則を纏っていると言われている。
怪異級
汎ゆる武装を用いようとそれが通常法則下にある限り勝ち目のない存在。異端法則を操る。
伝承級
初めて確認された個体がその地の伝承に残る怪物にちなんで名付けられたことから付けられた階級。単に怪異級とは比べ物にならない力を持つ怪異級
神話級
伝承級と似たようなもの
成劫級
神クラス
住劫級
上位互換
壊劫級
上位互換。世界を破壊できるだけの力を持つ
空劫級
上位互換。世界を破壊できるのが当たり前クラスの化け物
異端法則
現世の法則とは異なる法則の事。それを扱える怪異級以上は現世の法則に従った攻撃を受け付けない。それこそが最大の驚異。授接者や異形以外では、たとえ元気玉打たれようと無傷だが、あくまで現世の法則。なので授接者に取っては異端級より弱かったりする。
感想お待ちしております