巨大猪は見た目こそ大人達に言わせるところの不気味らしいが、味は普通に上手い。しかし生で食うのは流石にきつい。
なので枝を集め落ち葉を集め、火を付ける。
「……………?」
その光景を不思議そうに目を丸くして首を傾げる怪異級。仕草が一々人間臭い。じーっと見つめてくる中、肉の切れ端を火にかける。
「!!」
「うお!?」
と、そんな行動をしたレキに飛びついてくる怪異級。何やら怒っているようだ。しかし、何に?
困惑していると薪を蹴り飛ばす。火が消えてしまった。まさか、肉を焼いた事を怒ったのだろうか?
「───! ───!」
人の声帯からは発せられない音域の叫び声。ゲシゲシと獣の足で焚き火を蹴って消す。
「───!! ………?」
低く唸っていた怪異級は、しかし不意に鼻を引く付かせ首を傾げる。視線の先には僅かに焼けた肉。スンスン鼻を鳴らしながら地面に落ちた肉に顔を近づけ、ベロリと器用に舌ですぐ上げる。
「…………!」
頬を僅かに高調させ、大きく開いた3つの瞳がキラキラと輝く。まだ半生だったが気に入ったらしい。巨大猪の死体に向き直ると両手を口の前に持っていく。そして
「───フゥ」
掌に載せた羽毛でも飛ばすかの様に息を吐きだし、次の瞬間巨大猪が燃え上がる。
「──っ!!」
火が空気中を走ることなく、引火ではなく着火地点が巨大猪。過程も省いたこの世の法則の外の現象。しかしこの世界に現れた現象である炎はその力を存分に発揮し、巨大な死体を黒焦げにする。
ガラス化した地面を平然と歩き、口を首まで開いて齧り付く。
バフ、と黒い粉が舞い、怪異級の口からジャリジャリと音が聞こえる。口元を黒く汚した怪異級はブエ、と黒い涎を吐き出した。
「───ペッペッ! ペェ!」
涙目になりながら口の中の炭を吐き出した怪異級。黒焦げの巨大猪を見つめ首を傾げ、レキに視線を向けてくる。レキが動けないでいるとレキの手を掴み巨大猪の黒焦げ死体に近付けてくる。まだ熱を持つ地面を見て踏み止まるレキはどう伝えるかと迷っていると怪異級は地面に向かって手を振るう。高温だった地面が、風もなく水蒸気もなく一瞬にして常温に戻った。
「………中まで完全に炭化してるなこれ」
表面を叩き、音を聞く。パリパリと炭が崩れる。
この巨体を、熱に晒したのは一瞬だけ。なのに余すことなく炭化している。文字通り火が中まで通ったのだろう。
「────」
「そんな顔されてもこれはもう肉じゃなくてただの炭の塊だ」
とても悲しそうな顔をされて胸が痛いが、これでは新しい肉でも持ってこなければ料理はできない。
「───!」
「な、なんだ?」
そんなふうに考えていると怪異級が手を掴んでくる。何やら期待するようなキラキラした視線を向けてくる。
「………俺に、肉を焼けって?」
まさか、と思い尋ねるが人の言葉など返さず翼を広げ飛び立った。そしてすぐに先程とは別の種類の異形の獣を持ってきて。
「………初めて見るな」
「……………」
ワクワクという擬音が聞こえてきそうな顔を向けてくる怪異級には悪いがこの肉に毒でもあったら溜まったものじゃない。ヒサナが居ればその限りではないが………。
「………………?」
チラリと目を向ければ小首をかしげられた。
まあ、食うために持ってきたなら少なくとも彼女にとって毒性はないだろう。味見はできないがやってみるしかないとレキは死体を軽く叩き硬さと内部構造を把握する。見た目はワイヴァーン。このサイズの生き物が自由に飛び回れるはずが無い。骨もしっかりと硬く減量されてないことから少なくとも異端級だろう。
骨を避けて解体しなくては。
「こんなものか……皮膚は……服に使えそうだな」
なかなか硬い、ゴブリン程度の力ならそれなりの鋭さを持つナイフだろうと防げそうな強靭な皮膚を触っていると怪異級が肩に顎を載せてきた。
「………………」
恐らく、早く料理しろという抗議だろう。内臓はすでに取り出してある。手足も関節に沿って切り込みを入れ外した。
先に肉を少し焼いておく。
「………………♪」
沸き立つ臭いにすんすん鼻を鳴らす怪異級。涎がダラダラ垂れている。コチラの言葉を理解している風だったが、知能は幼児ぐらいだろうか?
チラチラこちらを見てくるのは、自分の判断で食べていいかわからないからだろう。
「ほら、食っていいぞ」
「───!!」
皿代わりの平たい石に移し替えるとバグりと食らいつく。取り敢えずレア、ミディアム・レア、ミディアム、ウェルダンで分けた。表情からして一番の好みはミディアム・レアのようだ。
時間はミディアムやウェルダン寄りかからなくていい。一気に大量焼き、食ってる間に解体を再開。頭を切り落とし………穴を掘りドングリなどと一緒に葉で包んで焼けた石とともに放り込む。
睾丸は……豚とかは珍味だけど食えるのだろうか? 内臓は洗わないと使えない。
「お………」
尻尾は鋭いトゲ状になっている。異端級なら怪異級に物理的干渉も行えるはず。チラリと怪異級を見れば視線に気付き肉汁で汚れた口元で笑みを浮かべた。
「……………」
まあ別に良いか。いつか使うかもしれないからとっとこう。しかしこれ、良く見ると硬質化した先端の根元あたりに毒腺がある。ここに毒が溜まっているなら、肉の方は大丈夫だろうか? 異端級である以上普通の生物の常識では測りにくい。
まあ血だらけの肌に特に違和感がないから大丈夫だとは思うが………。
「───! ──!」
尻尾の先端を眺めながらそんな事を考えていると 怪異級が服の裾を引っ張ってきた。お代わりの要求かと思えば、自分の尻尾を見せ付けてくる。
「………ん?」
先端が硬質化した棘になっていた。形もワイヴァーンと良く似ている。そう言えば腕の変化……。
(こいつの爪、俺の血が付着してたが………)
食べた対象の能力や姿を得るのだろうか?
そう思い尻尾を触る。逃げようとビクンと一瞬だけですぐに大人しくなる。
「ん、毒腺がない?」
どころか、穴も。まるで形だけ真似したかのように………。
むしろこっちがこの怪異級の本質だろうか? 食べた獲物関係なく、便利そうな型を真似る。そうなると何故鋭い爪も持たない人間の手など真似ているのか。
「───♪」
「ぶわ!」
今度は笑顔で焼けた肉を口に押し付けてきた。食ってみろということだろう。食欲旺盛な獣かと思えばこういったコミュニケーションもとる。良くわからない生態だ。怪異級を理解しようとするのは間違ってるが。
「ん………美味いな、この肉」
鶏肉みたいなプリプリ食感かと思えば意外と固い。が、噛めば噛むほどさっぱりした油が染み出してくる。
草食動物の食べた果物のんかの風味が混じった油とはまた別の………例えようがない味。鰐肉にも似ている。
しかしなんで怪異級なんて特大の地雷と一緒に飯を食ってるのか。3つの目を細め見つめてくる怪異級。その口は弧を描いている。
「……………♪」
怪異級といて危険ではないか、そんな考えも彼女の嬉しそうな顔を見ているだけで吹き飛んでしまうあたり、自分は彼女に相当弱いようだ。