存在しない男
目が覚めると、そこは知らない場所だった。
ブリタニアの基地本部とも、501の基地とも違う。窓から日の光が差し込むそこは、どこかのアパートメントの一室を彷彿とさせた。
視界に広がる天井は無機質な白一色。部屋の壁も所々シミがあったり、塗装が剥がれかけている。そんなボロボロの内装に反して調度品は清潔を保たれており、今自分が寝かされているベッドや、部屋の隅に設置されているクローゼット、木製の床に敷かれた絨毯等は新品と遜色ない。
「ん……」
妙に重く感じる体をどうにか持ち上げ、壁に手を付きながらフラフラとした足取りで窓際まで移動した。余程長い間眠っていたのか、陽光が瞼を灼いてくる。少しの間目を瞑ってから、ゆっくり開くと……
「どこだ……ここは……!?」
窓の外に広がっていたのは、ブリタニアとは似ても似つかぬ景色だった。海上に位置する孤島という点は同じだが、それを除けば全く違う。慌ててここまでの記憶を遡ってみるも、今現在に至るまでの経緯に関する記憶は全く無い。最後の記憶を境にスッパリと途切れてしまっていた。
「確か、僕はブリタニアでウォーロックと戦って…それで、アカギが──そうだ、501の皆は!?あの戦いはどうなって──」
堰を切ったように浮かんでくる数多の疑問で頭の中がパンクしそうになっていたところへ、背後から部屋のドアが開く音が聞こえた。
「──あっ、目が覚めたんだ!良かった~!」
万が一の事を考えて身構えながら振り向くと、そこに立っていたのは水色の制服に身を包んだ短い金髪の少女だった。
「……ここはどこですか。あの後、僕はどうなって──ッ」
掠れた声を漏らしながら少女の元へ歩み寄ろうとした瞬間、両足から力が抜け落ち、その場に膝を付いてしまう。立ち上がろうと懸命に力を込めるが、自分の意思に反して足は震えを返すのみだった。
「あぁ、無理しないで!起きたばかりじゃまだフラフラでしょ」
少女の肩を借りて何とか立ち上がり、ベッドまで支えてもらう。無事にベッドへ腰を下ろすと、少女は「水、持ってくるね」と、部屋を出て行った。
程なくして戻ってきた少女からグラスを受け取り、落とさないよう慎重に水を飲む。冷たい水が喉を通って全身に染み渡る感覚を味わいながら水を飲み干すと、少女は一先ず安心したように中性的な顔立ちを緩ませた。
「えっと、まずは自己紹介した方がいいかな?私はニッカ・エドワーディン・カタヤイネン──階級は曹長。ニパって呼んでくれていいから。それで…キミの名前は?」
「僕は──」
階級があるという事は恐らくウィッチなのであろうニパと名乗った少女に名を聞かれ、自分も名乗ろうとした時だった。
「──失礼しますね?」
ニパに続く新たな来訪者が、ノックの後に扉を開けて入ってきた。こちらは紺色の詰襟を着ていることから、恐らく扶桑の人間だろう。
「あ、下原さん!」
「目を覚ましたと聞いたので、軽食を持ってきました。お口に合うといいんですが……」
下原と呼ばれた扶桑の少女が差し出したプレートの上には、湯気を燻らせるスープと、3つにスライスされたパンが乗っていた。それを目にした途端、待ってましたとばかりに体が空腹を訴え始める。
「下原さんの料理はすっごく美味しいんだよ。お腹減ってるみたいだし、食べて食べて!」
「……では、お言葉に甘えて」
扶桑のマナーに従い「いただきます」を言ってから、ゆっくりと食事を口に運んでいく。スープの具材はどれも柔らかく煮込んであり、相当疲弊している自分でも難なく飲み込める。パンもスープに浸せば咀嚼するのに苦はないし、思った以上にこちらの容態を考えて持ってきてくれたようだ。味に関しては言わずもがな。ニパの言葉に偽りは無く、すぐに完食してしまった。
「おかわりは要りますか?」
「いえ、取り敢えずはこれで大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ごちそうさまでした」
「はい。お粗末さまでした」
プレートを下げて部屋を出ていった下原は、ドアの外で誰かと鉢合わせたようだ。部屋の外から何やら話し声が聞こえる。その後すぐに、またも扉が開かれた。今度は2人組だ。
「──食事が出来る程度には回復したようだな。私は第502統合戦闘航空団ブレイブウィッチーズの隊長を務めるグンドュラ・ラル。少佐だ」
「私はエディータ・ロスマン。階級は曹長で、この部隊の教練担当をしているわ」
「502部隊……」
目の前にいる2人の名前には聞き覚えがあった。特にエディータ・ロスマンと言えば、現代のウィッチ達にとって基本戦法となる2人1組の飛行法「ロッテ」の考案者。原隊であるカールスラント空軍のウィッチの中では撃墜数こそ平凡だが、彼女がウィッチ全体に齎した恩恵は決して小さくない。
そしてグンドュラ・ラル。彼女も同じくカールスラント空軍出身のウィッチで、撃墜数はカールスラント第3位──ウィッチ全体で見た撃墜スコアで上位を占めるカールスラントのウィッチ中3番手ということは、即ち人類で3番目に多くのネウロイを撃破しているということを意味する。あのハルトマンやバルクホルンに次ぐ戦績を持つグレートエースだ。
そんな2人が、まさか502部隊に招聘されているとは知らなかった。
「起き抜けで悪いけれど、貴方にはいくつか聞きたいことがあるわ。事情聴取に協力してもらえるかしら?」
「……はい」
「ありがとう。──それで悪いのだけど、ニパさんは少し席を外してもらえるかしら」
「あー…もしかして、私が聞いちゃいけない話?」
「事と次第によっては、正座より辛い罰を受けることになるかもしれないわね」
「う、分かりました……それじゃあ、また様子見に来るから」
ニパが部屋を出ていったのを確認すると、ラルは早速質問を始める。
「よし。では最初にお前の名を聞かせろ」
「……失礼ながら、その前に1つよろしいでしょうか?」
質問に質問で返す形になってしまったが、ラルは無言で続けるように促す。
「今はいつで、ガリアはどうなったのか。教えていただけませんか」
この問いに答えたロスマン曰く、今は1944年の9月。最後の記憶から長くは経っていない。そしてガリア地方に関してだが……
「ネウロイに占領されていた欧州地方は、501部隊によって解放されたわ。もっとも、具体的にどうやったのか、っていう一番肝心な部分は知らされていないけれど」
「501部隊は今……?」
「ガリア解放の任務を完遂したのだ、部隊は解散し、隊員も皆原隊復帰を果たしているはずだ」
「……そう、ですか。良かった……」
「こちらの質問にも答えてもらうぞ。お前の名は?」
「僕は……ユーリ・ザハロフといいます」
「ではザハロフ。お前はブリタニア空軍の人間で間違いはないか?」
「……はい。階級は曹長です」
「ふむ、その若さで曹長か……では次の質問だ──お前の原隊はどこだ?」
この質問には、ユーリも言葉に詰まった。自分がブリタニア空軍に身を置いていたという事は、発見当時にユーリが着ていた制服を見れば分かる。嘘をついても仕方のない事と思い肯定したが、原隊の話となると話は大きく変わってくる。
501部隊がガリアの解放に成功したという事実は全世界に公表されているが、その詳細は軍の人間にも秘匿されている──察するに、上層部はウォーロックに関する一連の事実を公表せず、機密として内々に処理したのだろう。そんな状況下でユーリが自らの原隊を正直に口にしてしまえば、当然ラル達は深く掘り下げるはずだ。最終的にブリタニア空軍に所属するリーネにも迷惑をかけてしまうかもしれない。
かといって501JFWが原隊というのもおかしな話。あれは各国の軍からエース級の優秀なウィッチを派遣し編成された部隊。ユーリもそこに身を置いていたというのであれば、当然派遣元である原隊に行き着く。
どうすればいいかと思考を巡らせたユーリは、その末1つの賭けに出た。
「……僕は、連合軍第501統合戦闘航空団に身を置いていました」
ユーリの口から出てきた答えに、ラルもロスマンも怪訝な表情を浮かべる。当然だ。501のメンバーにユーリという名の隊員は存在しないことになっているのだから。
「……中々面白い冗談だ」
「それは整備兵として、という意味かしら?それとも……」
「ご想像にお任せします」
「ほう……そうか──」
次の瞬間──ラルは腰から拳銃を抜き、ユーリに銃口を突きつけた。
「隊長──ッ!?」
突然の事にロスマンも困惑している。対するユーリは、ラルが銃を抜いた時こそ驚いたが、銃口を向けられても身じろぎ一つしていない。理由は簡単。ラルは銃を向けてはいるが、トリガーに指を掛けていないのだ。これは銃を取り扱う際、不用意な誤射を防止するための基本所作。即ち、ラルに撃つ意思が無いことを示している。
「……ラル少佐。あまり長く銃口を向けられるのは、いい気分ではないのですが」
「……なる程。少なくとも戦場を経験したのは事実らしい」
「隊長、いきなりとんでもない事をしないでください。一瞬本気かと思ったわ」
「すまんな先生。続けてくれ」
そう言って銃を収めたラルは、引き続きユーリへの質問を再開する。
「お前が一介の整備兵でないことは今ので分かった。少なくとも実戦で銃を持ち戦った経験があるな。だが、501部隊にいたというのは到底信じられん」
もっともなラルの意見に、ロスマンがある提案をする。
「ではこうしましょう。これから私が501部隊に関する2つの質問をします。その結果を見て、あなたの言葉の真偽を確かめさせてもらうわ」
「……分かりました」
「そうね…では基本的なところから。501部隊の構成人数は何人かしら?」
「12人です」
即答してみせるユーリ。
「……そうね。私達の間では11人で通っているのだけど、あなたが本当に501の隊員であるなら、12人よ」
開幕から引っ掛けを出題してきた事に内心舌を巻きながら、ユーリは次の質問に答える。
「では2つ目。501部隊には、私の教え子でもあるエーリカ・ハルトマン中尉が所属していたわ。彼女はどのようなウィッチかしら?」
「それは……っ」
ユーリは先程と打って変わって固まってしまう。一応、ユーリの中で浮かんでいる答えは以下の2つだ。
1.ハルトマンは撃墜数250機の偉業を達成した、皆の模範と言うべき素晴らしいウィッチである。
2.同氏は戦場ではウルトラエースの名に恥じない力を示すが、私生活は自堕落の極みである。
果たしてどっちが正解なのだろう?問題的な意味はもちろんだが、ここに至ってはユーリの良心も関わってきている。
(ハルトマンさんのあの生活態度はいつからだ……!?バルクホルンさん曰く、最初は真面目だったと聞いてるが)
ハルトマンはカールスラント期待のウルトラエースだ。そう「期待のエース」なのだ。
そんな彼女の師に向かって「あなたの教え子は優秀ですが、それ以上に軍規違反を連発し自堕落な生活を送るトラブルメーカーです」等と非情な現実を突きつけるような真似をしてしまっていいのだろうか?
世の中には、知らない方がいい事もあると聞く。もしロスマンが501でのハルトマンの輝かしい活躍を楽しみにしていたなら、そんな彼女の夢を壊すような真似はするべきではないのではないか?
ロスマンが真面目だった頃のハルトマンしか知らないとしたら……ありのままのハルトマン像を知った際の心労は計り知れない。
悩みに悩んだ末、ユーリが出した答えは──
「エ、エーリカ・ハルトマン中尉は……カールスラントのウィッチの中でも、非常に優秀な功績を残している、誇り高きカールスラント軍人であります……」
──前者だった。それを聞いたロスマンは瞳を伏せると、ふぅ、と息をつく。
「……分かりました。質問は以上よ、時間を取らせて悪かったわね。隊長、行きましょう」
正解か否かを告げることなく、ロスマンは部屋を出ていく。独り残されたユーリはあれで正解だったのだろうかと無言で頭を抱えながらも、賭けを制し、一先ずこれ以上の追及を逃れることができた事実に胸をなで下ろした。
「──何というか、色々と申し訳ない気分だわ。もし彼が本当のハルトマン中尉を見たら、どう思うのか……」
部屋を後にしたロスマンは、そう言って溜め息をつく。先の質問の答えが原因だ。ユーリが語ったハルトマンは、主に新兵や訓練生達が教科書で学ぶ──言うなれば「綺麗なハルトマン」だった。
だが彼女は知っているのだ。自分の僚機として指導を受け始めた頃は素直で真面目で優秀だったかわいいハルトマンが、とある人物によってあんな自堕落で怠け癖のついた問題児に変貌してしまった事を。
どうか真実を知らぬまま真っ直ぐに育って欲しいと、他人ながらに願うロスマン。そんな彼女とユーリは、お互いに認識がすれ違っている事を知る由もない。
「ですが、あの質問ではっきりしたわね。やはり彼の言葉は信憑性に欠けるわ。何を思って501にいた、なんて嘘をついたのか……」
「──いや、嘘ではないだろう」
ユーリの証言を偽りと判断したロスマンの言葉に、ラルは否を唱えた。
「隊長──?」
「もし奴が本当にハルトマン中尉の事を知らないのなら、あそこまで悩んだ末の答えにはならん。なのにああも時間がかかったのは、どっちが正解なのかで揺れていたんだろう」
「けど……何故?何を悩む必要が……」
「さぁな──案外、お前がハルトマンの実態を知って気絶しないかと気を遣ったのかもしれんぞ?」
「止めてよ……初対面の相手にそこまで気を遣われるとか、自信無くしそうだわ」
「それに──」
足を止めたラルは、無言で窓の外を見つめる。遠く離れたその方角の先には、先日奪還されたガリアがある。
「以前報告にあっただろう。欧州大陸上空で起きた謎の爆発──この近辺からでも確認できる程の規模だった。いくら501とはいえ、あれほどの威力を出せる兵器を有していたとは思えん」
「ネウロイを撃墜する際、あんなふうに爆発する個体は確認されてないわね」
ネウロイはコアを破壊されると、無数の金属片となって散っていく。その際機体が弾けるようにして崩壊するが、そこに炎や煙といったものが確認されたという例は全くない。
「ふっ……エディータ。あいつは手元に置いておいて損は無いかもしれんぞ」
「……もしかして、例の爆発は彼が関係してると?」
「私の勘だがな。しかし可能性は高いだろう。タイミングが噛み合いすぎている。飼い慣らして戦力に加えるもよし。事と次第では、クソッタレな上層部が隠している機密とやらも聞き出せるかもしれん」
「……ニパさんが嘘をつくとは思わないけれど、正直未だに信じられないわね。彼が魔法力を有しているだなんて」
ロスマンが抱えているファイルには、ボロボロだったユーリを治療した医師による診断書が封入されている。内容はこうだ──
患者は魔法力の消耗が著しく、運び込まれた段階でほぼ底をついていた。
海を漂流していた期間は不明だが、皮膚のふやけ具合等から見るに、魔法力で身体を覆うようにして自分の身を保護していたのではないかと推測される。
この医師達の見解は見事に的を射ていた。
ロスマンやラルはまだ知らない事だが、ブリタニアの戦いで魔導炸裂弾を用いてウォーロックを完全に消し去ったユーリは、爆発の直前にユニットを脱装し、全力で多重シールドによる防御を行った。お陰でウォーロックと運命を共にせず済んだものの、衝撃までは殺せず、空高く吹き飛ばされてしまった。挙句の果てには意識を失い、運良く内陸側のバルト海に落下。そのまま陸まで流れ着き、ニパ達に発見されたという訳だ。
意識不明の状態で魔法力による保護を維持し続けられたのは、最早執念以外の何物でもないだろう。自らの固有魔法で爆発が起こる直前、脳裏に蘇ったミーナの言葉──「絶対に死ぬな」という彼女の命令を、ユーリはこうして完遂してみせた。並を大きく上回るユーリの魔力量と、生への執念、そしてニパ達があの場にいた事。どれか1つでも欠けていれば、ユーリはここにいない。正しく奇跡とでも言うべき出来事だった。
「何はともあれ、まずは奴がどれ程の腕か確かめる必要がある。先生、機を見て頼めるか」
「仕方ないわね……了解」
※因みに現時点で、まだひかりちゃんは502に加入していません。
というわけで、新章502編開始となります。
諸々不安はありますが、これまで通りゆったりまったりマイペースで更新していきます。よろしくお願いします。