某日の朝──ユーリは格納庫に足を運んでいた。
目の前にはハンガーに固定されたストライカーユニットが鎮座しており、傍らにはロスマンとサーシャの姿もあった。
「今回あなたに使ってもらうのは、この予備のユニットよ。暫く使われてなかったけど、昨日の内にメンテナンスは済ませてあるから問題なく動くはずだわ。ザハロフさん、そっちの調子はどう?」
「魔法力は8割方戻っています。体調も万全です」
ユーリはその身1つでここに流れ着いた為、当然自分のユニットも武器も所持していない。この基地に使われていないユニットがあって幸いだった。ユーリとて素人でないとはいえ、万が一不慮の事故で隊員の誰かのユニットを破損させるようなことになっては、流石に顔向けができない。予備なら問題ないというわけではないが、心理的にいくらか楽になったのは確かだ。
促されるままユニットを履いたユーリは、初めて履くユニットにも関わらず不思議と違和感が無い事に驚く。ある程度クセがあるのではと予想していたが、余程丁寧に整備されているようだ。
「始めましょう。まずは回転数1500をキープしてみて」
「はい──」
ユニットを回し始めたユーリは、ロスマンに言われた通りエンジンの回転数を一定の値でキープする。その状態で数秒経ってから、徐々に回転数を上げるよう指示される。段階を踏んで増していく回転数に難なくついて行くユーリ。回転数が5000に差し掛かった辺りで、制止の声が飛んだ。
「──そこまで!……問題なさそうね。さすがの魔法力だわ」
「お褒めに預かり光栄です。……ですが、それよりもこのユニットに驚きました。暫く使われていなかったにしては、かなりスムーズに動いてくれましたから。整備士の方の腕がいいんでしょうね」
「……ええ、自慢の整備士よ。そうよね、サーシャ大尉?」
「えっ?あ……はい。そう、ですね……」
何やら意味ありげな笑みを浮かべるロスマン。その視線の先では、サーシャがむず痒い表情をしていた。
「次に行きましょう」
ロスマンに連れられ次に訪れたのは、射撃訓練場。ユニットを履いた状態でどれだけ命中精度を保てるかのテストだ。
「この中から好きなのを使ってくれていいわ」
ズラリと並んだ大小の銃を見渡すユーリだったが……
「ロスマン曹長、狙撃銃……対装甲ライフルはないんでしょうか?」
MG42Sや九九式機関銃等、様々な銃が並ぶ中には、いくつか姿が見られないものがある。501ではサーニャが、そして502では他ならぬロスマンが使用する大型支援火器フリーガーハマーと、これまでの戦いでユーリやリーネの相棒として多くのネウロイを屠ってきた対装甲ライフルだ。
「……ごめんなさい。ウチに対装甲ライフルは1丁しか無いの、それもサーシャさんが実戦で使用する事があるから、残念だけどここでは使えないわ」
「そう、ですか……」
502部隊逗留しているペテルブルグは、ブリタニアと違って物資の補給が十全とは言えない。過去にもネウロイによって補給ルートが絶たれ、その度に苦しい戦いを強いられてきた側面を持つ。
……加えて、とある理由からこの部隊は常に予算が切迫しており、ユニットや武器も破損したものを修理してやりくりしているのが殆どだった。狙撃手を擁していない以上、使いもしない銃を何丁も発注する余裕などあるはずもない。
仕方なくブリタニアの戦いでも使用した九九式二型を手に取ったユーリは、射撃レーンに立って銃を構える。
「前方の台座にコインがあるのは見えるわね?アレを撃ちなさい」
「はい──」
ロスマンがターゲットとして指定したのは、1枚のコイン。肉眼では豆粒程度にしか捉えられない小さなコインを撃ち抜けと言う。
普通なら無理だと言う所だが、魔法力によって銃の反動を相殺できるウィッチであれば決して無理難題ではない。遠視魔法や魔眼には遠く及ばないものの視力を強化することも出来る為、目標が見えないということもない。ましてや銃を構えているのはユーリだ。
「すぅ──ふぅ──」
ひとつ深呼吸をして、吐ききった所で息を止める。照準をピッタリ定めたユーリは、静かに引き金を絞った。パァン、という軽い発砲音と共に放たれた弾丸は見事にコインを捉え、ユーリとロスマンの耳に小さな金属音を届けた。
「お見事。射撃能力も問題なし、と……それじゃあ──」
次なるテストに移ろうとしたロスマン。その瞬間、基地内に警報が鳴り響いた。忘れもしないこのけたたましい音──ネウロイが現れたようだ。
「テストは一時中断ね……続きはまた後日行うわ」
「……分かりました。ご武運を」
そう言ってロスマンの背中を見送るユーリだったが、一瞬だけ自分も出撃すると言いかけたことを反省する。大方復調しているとはいえ、ユーリはまだ病み上がりの身。付け加えれば、まだ502部隊の一員に数えられてすらいない。そんな状態で出撃を申し出たところで許可されるはずもなければ、出たところで足を引っ張ってしまうだけだ。
今はとにかく無理をせず、課されたテストをクリアしていくことを最優先に考えなければ。
そう自分に言い聞かせるユーリは、胸の内に言い知れぬ歯痒さも感じていた。
一方──出撃したロスマン達は、観測されたネウロイとの交戦を開始していた。
出撃メンバーはロスマン、サーシャ、クルピンスキー、直枝、ニパの5人。そこに哨戒へ出ていた下原とジョゼが合流し、基地で総指揮を担うラルを除いた502部隊の総力を以て事に当たっている。
出現したネウロイは陸上型1機のみ。サイズこそ大型だが、現状変わった能力も見られない。このまま行けば然したる苦労もなく倒せるだろう。
「──へっ!ただデカイだけでオレ達に勝てるわけねーだろ!」
「攻撃も弱まってきています。一気に畳み掛けましょう!誰かコアを発見した人は──!?」
「っ──結構削ってるはずだけど、全然見つからない!」
ネウロイを取り囲んで集中砲火を浴びせる502の隊員各位。しかしどれだけ撃てども、弱点であるコアが見つからない。
「ちっ──めんどくせぇ、一気に決めてやる──!」
痺れを切らした直枝は銃を投げ捨て、ネウロイの直上へ大きく飛び上がる。彼女が右腕を掲げると同時に、他の隊員たちは攻撃をパタリと止めた。その隙を見て逃げ出そうとするネウロイだったが、ロスマンのフリーガーハマーによる攻撃がそれを許さない。
「やっちゃえ菅野──!」
ニパの声に応えるように、直枝の右手が青白く光る。これこそ、彼女の固有魔法である〔超高硬度シールド〕を右の手袋に宿すことで繰り出される菅野直枝必殺の一撃──!
「うおおおおぉぉぉ───ッ!
何物をも通さない最硬の鉄拳が、一筋の流星となって漆黒の装甲を打ち砕く──!
直枝の攻撃で無数の破片となって散っていくネウロイ。止めの一撃を見舞った彼女が得意げに胸を張っていると、宙を舞う破片の中から何かが飛び出してきた。
「うぉッ!何だ──!?」
ただ黒い、という程度しかわからないその物体は、明らかに不自然な速度で低高度を一直線に飛び去っていく。
「……ねぇ、今のネウロイだよね!?これマズいんじゃないの!?だってあっちには──!」
「やられたッ……!」
鬼気迫る表情のニパとロスマン。それもその筈。あの物体もといネウロイが飛んでいった方向には502の基地があるのだ。
「とにかく追いましょう!これ以上離されるわけには行きません──!」
サーシャを先頭に、すぐさまネウロイの後を追う各員。だがそもそもの速度が速い上に完全に出遅れてしまったせいで、彼我の距離は一向に縮まらない。悔しいがあのネウロイに追いつくのは無理と言う他ないだろう。唯一加速を行えるクルピンスキーでさえ、その加速は瞬間的なものなのだ。
ロスマンはすぐさま、基地へと無線を繋いだ───
「──状況は分かった。私が出る」
『頼むわ、隊長!』
通信を切ったラルは、そっと自分の腰を撫でる。
「……全く。本当に神とやらがいるなら、1発殴ってやりたいものだ」
そう呟くラルの腰にはコルセットが巻かれていた。過去の戦いで負った腰の古傷を保護する為の魔法繊維で編まれた特注品だ。ロスマン達が基地を発ってすぐに感じた嫌な予感──杞憂であれば良しと思っていたが、憎たらしいことに予感というのはこういう時ばかり的中する。
執務室を出て格納庫に走る──そこで、1人の整備兵に呼び止められた。
「少佐!先程、見知らぬ少年が銃を──!」
「……まさか」
ラルが壁面の武器ラックに目を向けると、サーシャが今回装備していないはずの対装甲ライフルが姿を消していた。
同じ頃──502基地の最上階。
こっそり拝借していたインカムから状況は伝わっている。どうやらこの基地に小型のネウロイが高速接近中らしい。
大型ネウロイを模した外殻を纏い、それが破壊されると中に潜んでいた小型の本体が行動を開始する──そうと分かっていなければ対応できない、所謂初見殺しというやつだ。いくら小型とはいえ、ストライカーをも超える速度で飛来するネウロイを単独で処理するのはラルの腕を以てしても決して容易ではないだろう。
本来なら圧倒的にネウロイが有利な状況だ──しかし敵も何分運が悪い。
「まさか1丁だけ置いてある銃がコレだったとは……柄にもなく、運命めいたものを感じるな」
何せ──今この基地には、数多のネウロイを葬ってきた最強の
報告にあった敵が来る方角を向いたユーリは魔法力を発動させ、担いでいた銃──シモノフPTRS1941対装甲ライフルのバイポッドを開き手摺に立てると、弾倉スロットのストッパーを外して一度銃弾を抜き取る。薬室を空の状態にすると、引き金を2~3度引いて感触を確かめた。そう期間は空いていないはずだが、随分久しぶりに感じるシモノフの重みに小さく笑ったユーリは弾を再装填。バイポッドを畳み両腕でしっかりと銃を構えた。
「…敵影、確認──」
程なくして、低空飛行で接近する小型ネウロイの姿を確認したユーリは深く息を吸い、吐く。
「ふぅ──……ッ!」
体内の酸素を限界まで吐ききった所で息を止めたユーリは、僅かに銃口を下向けて引き金を引いた。
九九式とは比べ物にならない──聞き慣れた轟音。そして頼もしい反動が肩を叩く。大きなマズルフラッシュを残して放たれた14.5mm徹甲弾は張り詰めた空気を切り裂き、
しかしネウロイも、手傷を負って尚歩みを止めることはない。鉛弾ならばここまで幾度となく受けてきた。強大な鎧こそ失ったが、目と鼻の先にある人類の住処を蹂躙する程度、造作もなi──
……果たしてネウロイがそんな事を考えていたのかはいざ知らず。その目的が達せられることはなかった。その漆黒の体に牙を立てられた時点で、既に敗北は決しているのだ。
「───爆ぜろ」
刹那、小型ネウロイの機体は爆音を伴い木っ端微塵に弾け飛んだ。凄まじい衝撃が辺りを駆け抜け、煌めく破片が舞い落ちる。
「っふぅ……目標、撃墜。任務かんりょ──いや、任務ではないか」
見事敵を迎撃してみせたユーリは、銃を担ぎ直して踵を返す──そこで足が止まった。
「──予想以上だ。どうやら私の予感も捨てたものではないらしい」
「……ラル少佐」
いつの間にか背後に立っていたラルはゆっくりとした足取りでユーリに詰め寄ると、右手をユーリの頬に這わせた。突然のことに困惑するユーリは、まるで蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動けない。やがてラルの手はユーリの顎にかかり、中性的な顔を至近距離でマジマジと見つめられる。
「し、少佐……?」
これは一体どういう状況なのだ?と脳内で必死に考えるユーリを他所に、ラルはこう告げる──
「益々お前が欲しくなった──ユーリ・ザハロフ、お前は私の
「は……!?」
突然のことに、いよいよユーリも思考停止に陥りかける──だが人というのは物事を都合よく解釈する生き物だ。額面通りに受け取れば誤解を招くラルのこの言葉は、ユーリの奇跡的な理解力の下に本当の意味で受信されることとなった。
その日の夕食──食堂では、昨日に引き続きユーリが隊員の前に立たされていた。
「──というわけだ。以上の事を踏まえ、ザハロフの能力は502部隊に相応しいと私は考える。異論のある者はいるか?」
「いーんじゃない?隊長がそういうんなら本当でしょ。ボクは歓迎するよ」
「私も、隊長の決定に従います」
ラルからユーリの活躍を聞かされ、クルピンスキーとサーシャは彼女に同調する。続けて、予てよりユーリに友好的だったニパと下原、そしてジョゼもこれを承諾。ロスマンもまだテストが途中であることをぼやきつつユーリの正式加入を認めた。そして残るは……
「……ねぇ菅野ってば。何か言いなよ」
「別に必要ねぇだろ。今更何を言えってんだよ」
「何って……これから一緒に頑張ろう、とか色々あるでしょ」
「ハッ──!ンな浮ついた気持ちで生き残れるほど
ツンケンした態度を取る直枝に、ユーリは正面から向かい合う。
「菅野少尉のご意見はごもっともです──ですが、そう刺々しくても生き残るのに苦労するのでは?戦場で大切なのは仲間との連携だと、僕はそう教えられました」
今や随分と懐かしくも思える──501での記憶。ミーナや美緒に教えられたことは、今のユーリを形作る上でかけがえの無いものだ。
「ですから、僕はこの502部隊で戦っていく為にも……その、皆さんと、仲良くなれればと思います。その第一歩として──僭越ながら、皆さんのことをお名前でお呼びしたいな、と……勿論、僕のことは好きに呼び捨てて頂いて構いません」
これもミーナ達から教わったことだ。どうもユーリは初対面の人間に対して堅苦しくなりすぎる嫌いがある。その解消策として、相手のことを名前で呼ぶ。という方法を取っていた。
それが果たしてこの武闘派502部隊でも通用するのか否か……沈黙に満たされた緊張の瞬間は、直枝の声で破られた。
「──ぷっ、ハハハハ!」
「ちょ、菅野!笑うことないだろ!」
「ヒィ、だってよ……!こいつ、ニパのこと散々名前呼びしてるくせして今更…~ッ!」
「いえ、それはその……ニパさんにお許しを頂いたので」
「おまっ、人の名前呼ぶのに一々許可取ってんのか?バッカじゃねぇの!」
「バッ……!?」
どストレートに投げつけられたバカの2文字を受け、ユーリはガクリと膝をつく。
「ああもう、菅野ってば──気にしないで!私たち全員、名前で呼ばれるのが嫌とかそんな風に思ってないし、好きに呼んでくれていいからね!」
「そうそう。ナオちゃんのこれは愛情の裏返しみたいなものだから、気にすることないよ」
「って、おい!何テキトーなこと抜かしてんだ!」
途端に賑やかになった食堂。ニパのフォローでなんとか立ち上がったユーリに、下原達も声をかける。
「それじゃあお言葉に甘えて。改めて、よろしくお願いします。ユーリさん」
「よ、よろしくお願いします!」
「……はい、こちらこそ。下原さん、ジョゼさん」
「っていうか、いっそのことタメ口でもいいんじゃない?ボクは全然構わないけど?」
「タメ口……えと……すみません。僕はまだその領域には至れないようです──クルピンスキーさん」
「まぁ、こういうのは自然体が一番でしょうし。無理をする必要はありませんよ」
「そう言って頂けると幸いです。サーシャさん。──それと、銃を勝手に持ち出してしまい、申し訳ありませんでした」
「ああ、構いませんよ。あの銃はこれからもユーリさんが使ってください。その方がいいだろううって、ロスマン先生も仰ってましたし」
「新しいユニットを用意できないお詫びにね。……ユニット共々、くれぐれも大切に扱ってくれると助かるわ」
「そう、ですね……是非、そうして頂けると」
「……了解しました。お心遣い、感謝します。ロスマン先生」
隊員たちと次々打ち解けていくユーリ。501にいた頃はこうもスムーズに事は運ばなかった。こうなっているのも、大元を辿れば直枝が笑い飛ばしてくれたお陰だろう。
「……ありがとうございます。菅野さん」
ボソリと呟いたその言葉は、直枝の耳には届いていない。結果的に助けられたとはいえ、ストレートに自分をバカと言った直枝に対するせめてもの仕返しのつもりだった。
何はともあれ、晴れて502部隊への仲間入りを果たしたユーリ。
彼がこの場所で一体何を手にするのか……それは、神のみぞ知る、と言うべきだろう。
ラル隊長の告白もとい正式勧誘の際、ユーリくんに悪寒の1つでも走らせようかと思いましたが、それはまたの機会に……