501のウィザード   作:青雷

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何の為に

 先日の出撃のこともあり、扶桑への送還がほぼ確実と思われていたひかりだったが、彼女に可能性を見出したらしいラルの采配によって引き続きこの基地に残ることとなった。

 しかし彼女の実力不足が悩みの種である事に変わりはない。そこで、欧州(いち)の教官と名高いロスマンの下で1週間に渡る訓練を受けることになったのだが……

 

「やぁ──っ!」

 

「……ねぇ、アレ本当にテストなのかな?」

 

「さぁな。どっちにしろ、アレが出来なきゃアイツはここにゃ居られねぇ」

 

「手伝おうにも、魔法力の制御は個々人の感覚に依るところが大きいですからね…こればかりは雁淵軍曹が自力で頑張るしかありません」

 

 ユーリも受けた事のあるロスマンのテスト──魔法力の量や武器の扱いを確かめる為のそれを受けたひかりだったが、その結果は燦々たるものだった。落第の評価を受けても尚食い下がるひかりに、ロスマンはある課題を突きつけたのだ。内容は至ってシンプル。尖塔に引っ掛けた帽子を1週間以内に取ってくる事。

 ──ただし、ユニットを使ってはならない。

 

 方法としてロスマンがひかりに示した手本では、全身に流れる魔法力を両手足に分配し、それを使って塔の壁面をよじ登っていた。ロスマンとて保有魔法力が多いわけではないが、魔法力の制御をしっかりすればそう難しいものではない。

 ……が、しかし。ひかりが同じ事をやろうとすると、難易度は一気に跳ね上がる。只でさえ魔法力が平均より劣っているというのに、それを各手足へ4分割してしまうと壁に張り付くことさえ困難なのだ。

 ここまで、登っては落ちてを何度も繰り返す内に段々とコツは掴んできているものの、重なっていく試行回数に反比例してひかりの精神力は削られる一方だった。

 

 結局、その日は満足に塔を登れないまま夜を迎えた。

 夕食の際、酷使した手の痺れからひかりがスプーンを滑らせ、掬っていた熱々のスープが直枝に降りかかったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──ひかりは昨日に引き続き、ロスマンに課された課題に励んでいた。眠って気力が回復したのは勿論、前日に僅かながら掴んだ感覚を手がかりとして、愚直に塔を登っていく。

 

「あ、でも昨日に比べたらスムーズに登れてるね」

 

「あんだけやってりゃ嫌でも上手くなンだろ」

 

「とはいえ、昨日落ちた回数は両手じゃ足りないくらいです。怪我に繋がらなければいいんですが……」

 

 ユーリが心配を口にした途端、まるで予言したかのようにひかりの体がぐらつき始める。塔を見上げると、壁をよじ登っていたひかりの頭上を小鳥が飛び回っているのが見えた。振り払おうにも手荒な真似はできず、更に集中が途切れたことでひかりの体は真っ逆さまに落ちていく。

 

「ひかり!大丈夫……!?」

 

「いったた──あんなトコに鳥の巣が……」

 

「おう、ありゃチドリだな。そろそろ巣立ちが近づいてる時期だ」

 

「チドリ……」

 

 孝美が履いていた扶桑の新型ユニット〔紫電改〕に付けられたのと同じ名の鳥をジッと見つめるひかり。丁度いいタイミングだろうと、ニパの提案で休憩することになった。

 

「──お前分かんねぇのか?ロスマン先生はお前に"諦めろ"って言ってんだよ」

 

「でも、てっぺんの帽子を取ってくれば……」

 

「ばーか、おめぇに出来るわけねぇだろ!」

 

「そういう菅野はできるの?」

 

「へんっ!こんなのラクショーだろ!」

 

 手本を見せてやる。とばかりに魔法力を発動させた直枝は助走をつけて勢いよく壁に取り付くと、ものすごいスピードで塔を登っていく。その姿に感嘆の声を漏らすニパとひかりだったが、程なくして直枝は地面に背中を打ち付けた。

 

「……最高到達点こそ雁淵軍曹より上ですが、帽子まではまだ距離がありますね」

 

「う、うるせぇな!こんなのできたって何の役にも立たねぇよ!」

 

「……でも、やらなきゃ」

 

 不貞腐れて隊舎に戻っていく直枝を他所に、ひかりは壁登りを再開する。その日1日ずっとひかりに付き添っていたニパとユーリだったが、結局今日もまた、ひかりが塔のてっぺんに到達する姿を見ることはできなかった。

 

「今日はもうここまでにしようよ。疲れただろ?一緒にサウナ行こ」

 

「サウナ……?」

 

「うん。疲れた時はサウナが一番!──あ、でもユーリさんは……」

 

「お気になさらず。どうぞ、お2人で行ってきてください」

 

 ひかりとニパを見送り、独り残されたユーリは塔の尖端で夜風に揺られる帽子を見上げる。

 現実的に考えて、ひかりがこの課題をクリアできる可能性はゼロとはいかないまでも、かなり低い。もっと言うなら、仮にこれを突破したからといって、ひかり自身の力量に大した変化は見られないはずだ。

 

 

 ──こんなのできたって何の役にも立たねぇよ!

 

 

 昼間に直枝が口にしていた言葉を反芻しながらその場を後にするユーリだが、その胸中では「本当にそうだろうか」という疑問が燻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、ひかりは毎日様々な工夫をしながら塔を登り続けた。

 魔法力による吸着力を高める為に、靴を脱いで裸足に。次の日は少しでも体重を軽くすれば高く登れるだろうと、朝食を抜いた。しかしそのせいで十分な力が出ず、思ったような成果は得られなかった。その次の日、前日の失敗を踏まえて朝食をしっかりと摂ったひかりは快調な動きで塔を登っていくが、ある地点で動きがピタリと止まる。何事かと目を凝らすと……

 

「うわ!ひかり寝てるよ!あのままじゃ──!」

 

 ニパの予想通り、意識を手放したことで手足から魔法陣が消え、ひかりの体は重力に任せて落下し始めた。

 通常、ウィッチは高所から落下してもシールドによって身を守れるが、睡眠中等、無意識状態ではその限りではない。あの高さから落ちれば無事では済まない。

 幸い、間一髪で滑り込んだユーリによってひかりは抱きとめられ、事なきを得た。ユーリに抱えられて部屋へと運ばれている最中もぐっすり寝息を立てていたのを見るに、連日の疲れがここに来て一気に押し寄せてきたのだろう。

 

「ったく…4日でこのザマじゃてっぺんなんて届くわけねぇだろ」

 

「ふふっ……」

 

「……何笑ってんだよニパ」

 

「いや?何だかんだ言って、菅野もひかりのこと心配してるじゃん」

 

「あぁン!?これのどこが心配してるように見えるってんだよ!?」

 

「お2人共静かに。雁淵軍曹を起こすつもりですか?」

 

 ユーリに窘められ、3人はそのまま部屋を後にする。幸か不幸か、期日まではまだ3日あるのだ。根を詰めすぎても良くない、今日1日くらいゆっくり休むのも悪くないだろう。

 

 ……と、思っていたのだが。どうもひかりの体に蓄積していた疲れは想像以上だったらしい。朝の9時頃に意識を失ってから夜の9時まで──実に半日以上の時間が経ってもひかりが目を覚ますことはなかった。

 夕食時になれば起きてくるかと思っていたニパが心配して部屋を覗いてみると、ひかりは未だに寝息を立てていたとのことだ。

 

(雁淵軍曹は着実に上達しつつある……が、この調子じゃ期日までに課題を突破するのは難しいか)

 

 そう考えたユーリは夜も深まりつつある中、基地の裏手を訪れていた。その目が見上げているのは、ひかりが何度も挑戦しては敗れている尖塔だ。

 

 まずはロスマンの手本通り、魔法力を両手足に分配して壁面に取り付いてみる。ユーリの魔法力を以てすれば、制御を怠らない限りこの程度造作もない。そのまま確かめるように1歩、2歩とよじ登ってみてから、軽やかな身のこなしで地面に飛び降りた。

 

「言われた通りにやれば普通は出来る。その"普通"よりも劣っている雁淵軍曹がこれをクリアするには……」

 

 暫し考え込んだユーリは、ここまでのひかりの問題点をざっと挙げ直してみた。

 

 

 ・魔法力の総量が並のウィッチよりも劣っている。

 ・そのせいで、ユニットを十分に駆動させられない。

 

 

 他にもあるが、目下のところ課題点となっているのはこの2つだろう。どれだけ射撃技能や戦術理解を深めようと、航空ウィッチにとって何よりも重要なストライカーユニットを満足に動かせないようでは死活問題だ。

 ひかりの魔法力ではエンジンを回すので精一杯。そんな状態ではシールドの出力が不安定になり、かといってシールドの展開に魔法力を割けば、今度はエンジンが出力不足に陥ってしまう。

 魔法力は後天的に増やすことはできない以上、ひかりが今握っているカードで今後も戦っていくつもりなら、方法は1つしかない。

 幸いというべきか、あの〔紫電改〕を履いた状態でネウロイの攻撃を最低限防御出来ていた事は彼女が502に来る前の戦いで確認できているのだから、後は魔法力の制御さえ上手くできるようになれば──

 

「──そういう事か……」

 

 果たしてロスマンがこれを見越してこのテストを課したのかは定かでないが、理論上可能だ。今ユーリが考えついた方法なら、ひかりでもこの塔を登りきることができる。

 

「すぅ──ふぅ………」

 

 物は試しと、数歩下がってピョンピョンと小さくジャンプする。1つ深呼吸を挟んだ後に走り出したユーリは、力の限り地面を蹴って塔の壁に飛び掛かった。

 

(──今ッ!)

 

 壁面に右足が着いた瞬間、魔法力をそこに集中させる。一点に集中された魔法力が右足を強固に固定したことで、ユーリはそのまま壁を()()()()()()。体が持ち上がると同時に、上半身が後ろへ傾いていく。だがそれよりも速く、今度は魔法力を集中させた左手を壁に着いた。同時に魔法力が霧散した右足は重力に従ってズリ落ちるが、さっきと同じ要領で今度は左腕で体を持ち上げ、すぐに左足。壁を蹴って今度は右手、という具合に、両手足4箇所の間で魔法力を目まぐるしく移動させることで、ユーリはものの数十秒で塔の先端まで登り詰めてしまった。

 

「はぁ、はぁ……なるほどやってみるものだ」

 

 風に揺られる帽子には目もくれずに、塔を滑り降りた──今度はちゃんと両手足に魔法力を纏わせている──ユーリは、深く息をつく。

 

(出来はした……が、これを彼女にやらせるのは危険だ。一瞬でも魔法力の制御をミスすれば真っ逆さま。下手をすれば命が危ない)

 

 やってみたら出来てしまったものの、この方法はかなり集中力を要する。魔法力の制御に於いてはロスマンと互角以上の腕を持つユーリでさえ、内心ヒヤヒヤものだったのだ。

 もう少し気軽且つ安全に行えるならひかりに勧めるのも吝かではなかったのだが、それは叶いそうにない。

 いや、寧ろこれで良かったのかもしれない。語弊を恐れずに言うなら、そもそもユーリはひかりがこの基地にいるのをあまり快く思っていなかったはずなのだ。彼女の身の安全の為にも扶桑へ帰国──それがダメなら、せめて本来配属されるはずだったカウハバ基地へ向かうべきだと。

 

「……そうだ。それでいいじゃないか」

 

 今体験したことは胸の内にしまっておくことにしたユーリだったが……

 

 

「──うわぁ……ユーリさんって凄いんですね。あんな登り方出来るなんて!」

 

 

 背後から聞こえた声──その主であるひかりと遭遇してしまった。

 

「か、雁淵軍曹……一体、いつから?」

 

「はい?ええっと……私がここに来た時、丁度ユーリさんが塔をすごいスピードで登っていくところでした」

 

「そう、ですか……」

 

 よりにもよって1番見られたくなかった部分をバッチリと見られていたらしい。自分で言うのも何だが「ユーリさんすごい!」と顔に書いてあるのが目に浮かぶ。

 

「よーし、私も頑張らなきゃ!──あ、そうだ。ユーリさん、今のってどうやってたんですか?菅野さんとかロスマン先生とやり方違いましたよね?」

 

「……お教えすることはできません。危険ですから」

 

「お願いします!出来る事は何でもやっておきたいんです!」

 

「あなたには出来ない事です。最悪、命を落とすことだって──」

 

「やってみなくちゃ分かりません!」

 

「やってみた結果死んだら意味がないでしょう!」

 

「っ……」

 

 珍しくユーリが声を荒げる。

 

「以前、仰ってましたね。"死ぬまででいいから部隊に入れてくれ"と」

 

「は、はい……」

 

「あなたは死ぬ為にここに来たんですか?」

 

「そんなこと──!」

 

「戦いたいなら強くなれと、そう言われたはずです。しかし今のあなたは戦場で戦うには弱すぎる」

 

「っ…分かってます!だから、こうして──」

 

「あなたはまだ自分に何が足りていないのか理解できていない。そんな状態でこのテストを続けても無駄です。万が一帽子を手にできても、戦場に出た瞬間命を落とすだけだ」

 

「そんな…こと……」

 

「……突然大声を出してすみませんでした。失礼します」

 

 足早に隊舎へ戻っていくユーリ。その背中に対し、ひかりは反論をぶつけることができない。いつもなら「やってみなくちゃ分からない!」とすぐさま言い返すところだったが、喉まで出かかっていたその言葉が今回は不思議と出てこなかった。

 

「──随分と言われたようね」

 

「ロスマン先生……」

 

「少し付き合いなさい。話があるわ」

 

 ユーリと入れ替わるように姿を現したロスマンは、ひかりを伴って海岸へ場所を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……ぁふ──ひかり大丈夫かな──って、うわぁっ!?」

 

 同じ頃──欠伸をしながら基地の廊下を歩いていたニパは、曲がり角で蹲っていた何かと鉢合わせる。窓から差し込む月明かりからは陰になっているせいで姿はよく見えないが、暗がりの中でも微かに見える白い菱形のヘアピンを見て、ニパはこの"何か"の正体を悟った。

 

「こんなとこでどうしたの?ユーリさん」

 

「……この声はニパさんですか。こんばんは」

 

「あ、こんばんは──じゃなくて。何かあったの?廊下で寝たら体痛めちゃうよ?」

 

 膝を抱え項垂れていたユーリは、ニパに先ほどのひかりとのやり取りの事を話した。

 

「──そういうことなので、ニパさん。僕を殴ってください」

 

「えぇ!?なんでそうなるのさ、嫌だよ仲間を殴るなんて」

 

「そうですか…では菅野さんに頼みます」

 

「わ~待った待った!ひかりに色々言っちゃって落ち込んでるのは分かったからさ、一旦落ち着こう?ユーリさんらしくないよ」

 

 早まるユーリをどうにかして宥めようとするニパは、ユーリを連れて基地の最上階へ向かった。

 

「──暫く一緒にいて思ったんだけどさ、ユーリさんってすっごい真面目だよね」

 

「……堅苦しい、という意味ですか?」

 

「違うよ。んーと……真面目に優しい?なんて言えばいいかなぁ──とにかく、ユーリさんって誰に対しても優しいでしょ?」

 

「そうでしょうか……優しい人は、頑張っている雁淵軍曹にあんな事を言わないと思いますが」

 

「ほらそういうとこ。つい厳しく言っちゃうのも、その後落ち込むのも、全部ひかりのこと心配してるからでしょ。別に間違った事を言ってるわけでもないんだし」

 

「それは……」

 

「大丈夫だよ。きっとひかりは分かってる。じゃなきゃ、菅野にあれだけ言われた時点でもう扶桑に帰っちゃってるでしょ」

 

 そう言って笑うニパにつられる様に、ユーリも顔を緩ませる。

 

「だから気にしないで……ってよく考えたら、これ私が言うことじゃないか。アハハ──けど、あまり思い詰め過ぎるのは良くないってホントに思うよ?」

 

「肝に銘じておきます。──ニパさんにはずっと助けられてばかりですね」

 

「私が…?そう言ってもらえるのは嬉しいけど──買いかぶり過ぎだよ。私がいつもツイてないの、知ってるでしょ?」

 

「関係ありませんよ。そもそもニパさんが見つけてくれなかったら、僕はここにいなかったでしょうし。あなたに見つけてもらえたのは、僕の今までの人生で一、二を争う幸運です──本当に、ありがとうございます」

 

 星空を見上げながら感謝を伝えたユーリだが、すぐ隣にいるニパから何も返事が返ってこないことに気づき、ふと首を横向ける──

 

「……ニパさん?」

 

「へっ!?あ…っと、なに!?」

 

「いえ。何か用、というわけではないんですが……それより、大丈夫ですか?」

 

「な、何が?」

 

「先程と比べて顔が赤いように見えます。意識もボーッとしているようですし……風邪や熱ではないと思いますが、念の為医務室で診てもらいましょう」

 

「だっ、大丈夫だよ!これはその…えっと、そう!ユーリさんを見つけるまで自主トレしててさ!その後サウナ入ったから、多分そのせいじゃないかな?」

 

「そうでしたか……お疲れの時にすみませんでした。もう遅いですし、ゆっくり休まれてください」

 

「う、うん!私はもう少し涼んでくよ」

 

「分かりました。では、おやすみなさい」

 

「お、おやすみ~……」

 

 ペコリと一礼したユーリが階段を下りていくのを見届け、更に数秒経つのを待ってから、

 

 

「っ……はぁぁぁ~~~っ!」

 

 

 と、ニパは盛大に息をついた。自分でも顔が火照っているのが分かる。それくらい顔が紅潮しているのだ。きっと鏡を見ればとんでもないことになっているだろう。

 

「普通に相談に乗るだけのはずだったのに……!」

 

 不意に、ユーリに言われた言葉が蘇る。

 

 

 ──あなたに見つけてもらえたのは、僕の今までの人生で一、二を争う幸運です。

 

 

「あんなこと言われたの、初めてだ……」

 

 ニパがウィッチの力に目覚めてからというものの、"ツイてない"体質のせいで周囲からは散々な言われ様だった。502部隊に来る前にいたスオムス空軍では、エイラと同じ──と言っても彼女は自分よりもずっと優秀なのだが──エースの称号を持ちながらも"ツイてない"体質のせいでハンガーの掃除を命じられ、出撃させてもらえなかった経験さえある。

 

 そんな自分が、初めて誰かにとっての幸運になれた。自分と会えたことを幸運だと言ってくれた。

 

 その事実が、ニパには堪らなく嬉しかった。

 

「ふふっ、えへへへ……」

 

 壁にもたれて腰を下ろしたニパは、笑顔を以て嬉しさを噛み締める。部屋に戻ってベッドに潜ってからも彼女がその笑みを絶やすことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2日が経過し、7日目──今日がロスマンの課した課題の期日だ。今日中にひかりが塔の上の帽子を手にできなければ、彼女は扶桑へ強制送還される。

 この6日間でひかりも随分上達したが、それでもまだ塔のてっぺんには手が届いていない。それでも、単純計算すれば7日目の今日、塔を登りきれる可能性は僅かながらあった。

 

 しかし……

 

「──風が強い。もう今日しかないのに」

 

「あいつも大概ツイてねぇ奴だな」

 

 天候は曇りと強風。塔を登るには最悪に近い空模様だ。不幸中の幸いで雨は降り出していないが、灰色の空を見る限りいつ降ってきてもおかしくない。

 

 普通なら速く登りきってしまおうと焦るところだが、ひかりは冷静だった。落ち着いて、一歩一歩塔を登っていく。やがて塔の半分ちょっとを登ったところで、天の悪戯か、強烈な横風がひかりを襲った。できる限り身を縮めて堪えるも、次第に体は押し流されていき……

 

「危ない──ッ!」

 

 ニパの言葉とほぼ同時だった。遂にひかりの手足は壁から完全に引き剥がされ、真っ逆さまに落ちていく。いくらシールドがあるとは言え、完全に衝撃を殺せるわけではない。このままでは──!

 

 そう、誰もが息を飲んだ瞬間、

 

 

「ッ──!!」

 

 

 壁に擦っていた両足に意識を集中させると、ひかりの落下が止まる。彼女の両足は魔法力によってしっかりと壁を掴んでおり、未だ吹き続ける風の中でも微動だにしていなかった。

 

「あっぶなぁ……巣にぶつからなくて良かった……!」

 

「ひかりー!大丈夫ー!?」

 

「はい!巣は無事でーす!」

 

「ったく…そっちの心配かよ」

 

 微妙にズレた返答をするひかりに呆れる直枝だが、彼女もニパと一緒に朝からひかりの挑戦を見守り続けているあたり、内心では応援しているのだろう。

 

「よし…せーのっ……!──っと……うわぁ──ッ!?」

 

 逆さの状態で宙ぶらりんになっていた体を何とか起こしたひかりはすかさず両手を壁につくが、魔法力が両手にも回された途端、今度こそ風に吹き飛ばされてしまった。

 

「いったた……上に行けば行くほど、風も強い……!」

 

「この風じゃ無理だ。ロスマン先生に言って、もう1日──」

 

「──ダメです。延長は認めません」

 

 転落したひかりに期限の延長を提案する直枝だったが、その案はほかならぬロスマンによって真っ向から斬り伏せられる。

 

「休んでいる時間は無いわよ。あなたがやると決めた以上、最後まで続けなさい」

 

「はいっ!」

 

 再度、塔を登り始める。その様子を、隊舎の中からも見守る者がいた。言うまでもなく、先日のこともあって、ここ数日ひかりと顔を合わせるのが気まずいことこの上ないユーリだ。

 例えクリアできずとも、どうか無事に終わるよう祈りながらひかりの挑戦を見守っていると、ふとひかりが動きを止めた。何やらロスマンが指示を飛ばしているようだ。

 すると、突然ひかりは壁から足を離す。この風の中で自殺行為とも言える真似だが、ひかりの体は風に流されることなく、しっかりと壁に取り付いている。両手でぶら下がっている状態から、今度は左手を離す。片手だけになったひかりを見て、ユーリはロスマンがやらせようとしている事を理解した。

 

「やはりそれしかないか。けど……」

 

 この方法は裏ワザ的なやり方だ。これでひかりが帽子を取れても、根本的な問題の解決にはなっていない。ロスマンはそれを承知の上であのやり方を指示したのだろう。テストをクリアした後も、ひかりがちゃんと戦えるようになるまで自分が面倒を見る、と。

 

(……欧州一の教官と言われるわけだ)

 

 腕だけで登り続けるひかりが塔の半分程まで到達した頃、身の程を弁えない彼女に対する天からの怒りのような、激しい雨が降り始めた。

 強風と豪雨──危惧していた最悪の条件が遂に揃ってしまったが、それでもひかりは手を止めることなく登っていく。

 

 そこへ更なる追い打ちをかけるように、基地に警報が鳴り響いた。

 

 

『ラドガ湖北部の基地に向かって東方から急速接近中の中型ネウロイを確認。総員、緊急出撃』

 

 

 ラルの指示を聞き、ひかりを除いて出撃可能な部隊の全員がすぐさま格納庫へ向かう。次々と出撃していく隊員達の中で、ユーリは横を飛ぶ直枝がしきりに後ろを気にしていることに気づいた。

 

「……何か、()()()()()()()()()()()()。菅野さん?」

 

「……そうだな。悪りぃ、すぐ追いつく」

 

「え、おい菅野──!?」

 

 独り基地へ引き返していく直枝に困惑するニパはその後を追おうとしたが、ユーリに止められる。

 

「菅野さんならすぐに戻ってきます。先に行きましょう」

 

「わ、わかった……」

 

 それから少しして無事に合流した直枝の表情は、心なしか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ネウロイ発見!前衛は攻撃、中尉と曹長は援護を!」

 

 

「「了解!」」

 

 

「菅野一番!出る──ッ!」

 

 先行した直枝とニパ、その後ろからサーシャが先制攻撃を仕掛け、戦いの火蓋が切って落とされた。クルピンスキーとユーリは後方支援を担当し、ネウロイの装甲を着実に削っていく。

 

「──コアは見つかったか!?」

 

「ダメだ、見つからない!──ねぇ、アレって──!」

 

 ニパの視線の先には、こちらへ向かって飛んでくる2つの影──1つはフリーガーハマーを携えたロスマン。もう1つは──

 

「……ひかりだ!アイツやったんだ!」

 

「へっ、遅ぇんだよ──!」

 

「頑張った子猫ちゃんに、カッコ悪いところは見せらんないね──!」

 

「ちょ、中尉!全くもう──!」

 

 ひかりが試練を乗り越え出撃してきたことでニパやクルピンスキー達の士気が上がり、攻撃が激しさを増す。代償として援護を命じられていたはずのクルピンスキーが前衛に加わってしまったが、残ったユーリと、合流してきたロスマンの2人で後方支援を続行する。

 

「──先ほど雁淵軍曹に何か指示していたようですが、何を?」

 

「大したことじゃないわ。ただ、自分らしく戦うよう言っただけよ」

 

「自分らしく……茨の道、というやつでしょうか」

 

 上から戦場を見下ろすユーリは、ネウロイの光線を掻い潜って接近していくひかりの姿を見つめる。彼女は魔法力も弱ければ、射撃技能も高くない。遠方から撃って当たらないなら、当たる距離まで接近する。魔法力が足りないなら、防御を捨てて機動力に特化させる。

 傍目には捨て身の戦法としか思えないが、あの連日に渡る塔登りのお陰で魔法力の制御が上達したのだろう。以前とはまるで違う軽やかな動きで、見事にネウロイの攻撃を回避できている。

 

「彼女が自分で選んだ道だもの。ああも諦めが悪いと、いっそとことん極めさせた方がいいかと思ってね」

 

「……心中、お察しします」

 

「その言葉、そのままお返しするわ」

 

 ここで会話を打ち切り、再び援護に集中するユーリ。ネウロイの直上を飛びながら攻撃を加えるひかりの姿を捉えたところで、急ぎ照準をネウロイの左翼側に定めた。

 引き金が絞られ、轟音と共に徹甲弾が放たれる──一直線に突き進む弾丸は狙い通りネウロイの左翼に命中し、装甲の薄さも相まって一撃で砕け散った。

 

「間に合うか……っ!?」

 

 依然ひかりはネウロイの上で攻撃を続けているのだが、攻撃に集中しすぎる余り、背後から迫るネウロイの尾に気づいていない。このままでは接触してしまう。打ち所が悪ければ意識を失う危険性もあるのだ。

 そこでユーリが放った弾丸により、ネウロイは姿勢を大きく左に崩していく。十分な距離さえあれば接触事故を防げただろうが、もう彼女とネウロイの距離は幾分もない。ギリギリ間に合うかどうかといったところだ。

 

 最悪ネウロイの機体後部ごと吹き飛ばせるよう〔炸裂〕の発動準備を行うユーリだったが、ここで運は味方をしてくれた。鯨やイルカのようにのたうつネウロイの尾は直撃確定だった軌道から逸れていく。

 だが惜しくも完全回避には至らず、ひかりは漆黒の機体に肩を打ち付けて大きく体勢を崩してしまった。

 

「ッぅ──!……っ!?コアが見えた──ッ!」

 

 ひかりのこの言葉はインカムを通して全員に伝わり、ひかりが銃撃を浴びせるポイントへ意識が集中する。果たして、削られていった装甲の下から、赤く輝く結晶が顔を覗かせた。

 

「でかした!コアの位置さえ分かりゃ──!」

 

 直枝を筆頭に、全隊員がコア目掛けて集中砲火を浴びせる。四方八方から降り注ぐ弾丸の雨はコアを砕き、ネウロイの機体を無数の金属片へと爆散させた。

 

「やったねひかり!」

 

「ま、ビギナーズ・ラックってやつか」

 

「──ひかりさん。コアが見えたというのは本当?」

 

 今回の戦いの功労者であるひかりの活躍を口々に賞賛する中で、ロスマンは極めて冷静に当時の状況を把握しにかかる。

 

「はい!前と同じで、ネウロイにぶつかった時に!」

 

「ネウロイとぶつかった……そう」

 

「立ち話もなんですし、まずは帰投しましょう。詳しい話はその後で──」

 

 そう提案したサーシャを先頭に、一同は基地へ進路を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰投後、ロスマンとラルによる事情聴取により詳しいことがわかってきた。

 

「──雁淵ひかり。お前には〔接触魔眼〕の力があるようだ」

 

 〔接触魔眼〕──名前の通り、ネウロイと接触することで発動する魔眼だ。姉である孝美がそうであったように、ひかりにも魔眼の力が発現していたようだ。これで晴れて孝美の代役を務めることが──

 

「──〔接触魔眼〕は使用を禁止する」

 

「え…!?なんでですか!?魔眼があればネウロイだって──!」

 

「無駄に命を捨てるな!何の為に孝美は"あの技"を使ってまでお前を助けたと思っている」

 

「"あの技"……?」

 

 心配をかけまいと伏せていたのだろう。孝美が発動した〔絶対魔眼〕──単独での発動は自殺行為にも等しいとされるこの魔法の存在を、ひかりは聞かされていなかった。

 

「──いいか、〔接触魔眼〕は禁止だ。孝美が払った犠牲を無駄にするな。ここ数日努力をしてきたのは、あいつの代わりにここで死ぬ為ではないだろう」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、チドリ。私、502に入れたよ」

 

 夕日の差し込む格納庫で、独り〔紫電改(チドリ)〕に語りかけるひかり。そんな彼女の元に歩み寄る者がいた。

 

「──雁淵軍曹」

 

「あ……ユーリさん」

 

「……初撃墜、おめでとうございます。無事帰還できて何よりです」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

 緊張の面持ちでひかりと向かい合うユーリは、気まずそうに目を泳がせる。自らを落ち着かせるように深呼吸してから、意を決して──

 

「……その……すみませんでした!」

 

「え、えぇっ!?」

 

 ──ユーリは頭を下げた。

 

「雁淵軍曹なりに皆の力になりたいと頑張っているのはわかっていました。仲間としてそれを応援すべきだったにも関わらず、頭ごなしに実力不足だと切り捨てるような真似を……」

 

「そんな、頭を上げてください!私、気にしてませんから!寧ろこっちがごめんなさいというか、お礼を言いたいのはこっちというか!」

 

「お礼……ですか?」

 

「こないだユーリさんに言われたのと同じこと、隊長からも言われました。"死ぬ為にここにいるんじゃないだろう"って……ロスマン先生からも、"お姉ちゃんみたいになるんじゃなくて、自分になりなさい"って。あの時ユーリさんが言いたかったのって、そういうことですよね?」

 

「雁淵軍曹……」

 

「塔の帽子を取ってからチドリを履いた時、私、チドリと一つになれたって感じたんです。それで思ったんです。私、お姉ちゃんみたいになろうって思い過ぎて、チドリと全力で向き合ってなかったんだな、って」

 

 あの日ユーリに指摘された「自分に足りていないもの」を自覚したひかりは、自分でも驚く程スムーズに〔紫電改〕を使いこなせた。あの塔登りを経て魔法力制御のコツを掴んだことで、全身に散らばってムラのあった魔法力をユニットへ集中させることができたのだ。

 

「ユーリさんがいなかったら、例え塔を登りきってもチドリとひとつになれなかったと思います。ですから、ありがとうございました!これからも、よろしくお願いします!」

 

「……はい。まだ至らない身ではありますが、こちらこそ、よろしくお願いします。雁淵軍曹」

 

 無事にわだかまりを解消できたユーリは、ひかりに手を差し伸べる。それを見たひかりは、嬉しそうにその手を握り返した。

 

「──あ、それと。私のことはもっと気軽に呼んでください。階級で呼ばれるの、実は全然慣れなくて……天城の皆さんにも、名前で呼んでもらってましたし」

 

「そうでしたか……では僭越ながら、ひかりさん、と呼ばせて頂きます」

 

「はい!」

 

 そう言って笑う2人の生徒を、ロスマンは階段の上から静かに見守っていた。

 




こんなに長くなるはずでは無かった…二重の意味で。
しばらくぶりの更新となりました。ちょっとFGOにかまけてたらコレですよもう。

書き終えてから今回のユーリくんとニパのやり取りを見直してて思い出しました…

「ヒロイン未定」タグの存在を。

現状、ヒロイン!って感じの絡み方をユーリ君も相手側もしておらず、フラグというか、匂わせというか「ヒロインになるかもしれない」ムーブだけやってる感じなので。
「そもそもストパンなんだし、明確なヒロイン無し路線もアリっちゃアリなのでは?
いやでも書きたい欲「だけ」はあるしなぁ…しかも誰にするのか自分の中でも固まってないし…」ってな感じで進めております。

見切り発車もいいとこですが、お付き合いいただければ幸いです。
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