「──またユニットを壊しましたね、ニパさん?」
「は、はい……ごめんなさい」
格納庫の中で、大破したユニットを前に縮こまる正座したニパ。そんな彼女の前に仁王立ちしているのは、困った
「僕からも、すみませんでした。もっと上手くカバー出来ていれば……」
「いえ、これはニパさんの心掛けの問題です。いつものような不運ならまだしも、今回は完全な不注意が原因。ユーリさん1人ではカバーしきれないのも無理はありません」
今回のニパのユニット破損は、ユーリと2人での偵察任務中にネウロイと遭遇した事によるものだ。コアもいち早く発見し、あと少しで倒せる……そんな時、背後に迫っていた背の高い木に気付かず激突。枝々に揉まれて落ちていき、地面に着く頃にはユニットがこの有様だった。
「ユーリさんもごめんね。迷惑かけちゃって」
「いえ。ご無事で何よりでした」
サーシャは露出したユニットの内部を覗き込み、魔法力を発動させる。
「今回の破損箇所は──ありました。これなら私だけでも直せますね」
「流石サーシャさん!これならまた落ちても──」
「"また落ちても"──何ですか……?」
「い、いえ……安全第一で、キヲツケマス」
嘆息したサーシャは工具箱を開くと、白い手が汚れるのも厭わず慣れた様子で修理を開始する。
「手伝います。多少はユニットの知識もあるので」
「助かります。では、もう片方をお願いできますか?破損箇所は──」
道具を手にもう片割れのユニットを覗き込んだユーリは、すぐに壊れた箇所を見つける。どこがどう壊れているのかまで、今しがたサーシャに指示されたのと寸分も違わなかった。
「サーシャさんは、いつもユニットの修理をご自分で?」
「流石に日頃の整備や、破損が酷い時は整備兵の方々にお任せしていますが……そうですね。軽い損傷の時は大体私が」
「では、修理も独学で?」
「独学と言えるか怪しいですが……元々私は、父の影響もあって機械弄りが好きでしたから。それに、ここまで手際良く作業できるのは私の固有魔法によるところが大きいと思います」
サーシャの固有魔法は、視覚から得た情報を映像として記憶し、必要に応じて自由に引き出すことができる。絵や写真は勿論、ひと月以上前の食事の献立から、ストライカーユニットの複雑な内部構造まで、一切を鮮明に記憶することが可能なのだ。
ユニットの破損箇所を速やかに把握できたのも、この魔法によって記憶したユニットの設計図と照合したからだった。
実は現在ユーリが使っている、埃を被っていた予備ユニットを1日で使えるように仕上げてみせたのもサーシャなのだが、当のユーリはそれを知る由もない。
「──よし。こちらは終わりました。念の為確認をお願いします」
「分かりました。……うん、切れた配線の接続も丁寧ですし、問題ありませんね。ありがとうございました。後はこちらでやっておきます」
「……もしご迷惑でなければ、後学の為に修理の様子を見せて頂いても?」
「ええ、構いませんよ」
そう言って作業に戻るサーシャの隣に、ユーリが膝を突こうとした瞬間──
「──ッ!?」
「警報…ッ!」
『北東部監視所がネウロイの砲撃を受けた。出られる者は全員出動せよ──』
ラルの指示を受け、ユーリとサーシャはすぐさまハンガーへ向かう。ニパもそれに続こうとしたが、
「ニパさんは留守番です。まだユニットの修理が終わっていませんから」
「えぇ!?そんなぁ……!」
サーシャの言う通り。ニパのユニットは今も尚目の前で無残な姿を晒しており、とても飛べるような状態でないのは誰の目にも明らか。がっくりと肩を落とすニパを残し、502部隊は現場へと急行した。
被害現場へ到着した一同は、分担して周辺の警戒及び怪我人の救出、現場にいた兵士からの情報収集に当たっていた。
「──目撃した兵によると。砲撃は1発のみ。ペテルブルグ外周部より撃ち込まれたと思われます」
「アイツ等、とうとう街の近くにまで出てきやがったか……!」
「今まではラドガ湖が陸上ネウロイの侵攻を阻止してくれてたけど……」
「この前、ネウロイのせいで凍っちゃったから……」
「予期しない湖の凍結によるネウロイの早期侵攻……厄介ですね」
本来想定していた時期よりも早い段階で湖が凍結したことにより、これから構築を予定していた新たな防衛網無しで敵に対処しなければならない。これでも一度、ユーリが偵察ついでに凍った湖を〔炸裂〕で割ったのだが、自然の修復力には及ばなかったようだ。
ラルの判断で指揮権は現場のサーシャに移譲され、彼女の指示の下、一同は手分けしてラドガ湖方面を中心に周辺区域を探索する運びとなった。
「──どう?502部隊での生活は楽しんでもらえてるかな?」
「ええ、お陰さまで」
「ウチの部隊は可愛い娘が多いでしょ。ユーリ君はどんな娘がタイプだい?」
「これといって特には」
「ボクは可愛い女の子なら誰でも大歓迎さ!ニパ君やサーシャ君みたいな綺麗な金髪の娘もいいけれど、ナオちゃんやひかりちゃんみたいな扶桑の女の子の綺麗な黒髪も捨てがたいよねぇ。特に下原ちゃんの清楚な立ち振る舞いなんか、正に扶桑女子って感じ。ああいうのを扶桑じゃ"フソウナデシコ"って言うんだってさ」
「………」
「あ、ユーリ君がタイプじゃないって事は無いから、安心してね?ボクは基本女の子が大好きだけど、ユーリ君、男の子にしてはかなり可愛い顔してて結構ボク好みだからさ。──あ、そうだ。今度試しに女の子のふ──」
「──サーシャさん。こちらユーリ&クルピンスキー班。敵影は見られません」
クルピンスキーの雑談を遮るように無線で連絡を入れるユーリ。今はれっきとした任務中なのだが、クルピンスキーはずっとこんな調子だ。最初こそ丁寧に受け答えをしていたユーリだったが、話題が異性(クルピンスキーにとっては同性)に移ってからというものの、答える気力も沸かなくなってきた。
「もう、拗ねないでよ。可愛い顔が台無しだよ?ほら、またボクの愛情たっぷり特性スープ作ってあげるからさぁ」
「スープだけは断固拒否します」
まだ記憶に新しいあの惨劇の夜が脳裏に蘇る最中、インカム越しに他のチームからの状況報告も入ってきた。どこのチームもネウロイは発見できなかったようだ。
『──了解。各班警戒しながら帰投してください。以降の捜索は陸上ウィッチ部隊に引き継ぎます』
「了解。──僕達も戻りましょう」
「だね。見落としが無いかの確認も含めて、帰りは少し高度を下げようか」
「……ちゃんと仕事をしていたんですね」
「あっははは!ひどいなぁ、まるでボクが日頃怠けてるみたいじゃないか!」
「少なくとも出撃の時以外でクルピンスキーさんが真面目に仕事をしている姿を見たことはありませんよ、僕は」
「これは手厳しいね──」
そう言いながらも、クルピンスキーの提案通り高度を下げ、地上を間近に捉えながら基地へ進路を向ける。
普段は怠けていつつも、やるべき時はきちんと仕事をするクルピンスキーのスタイルに、ユーリはどこか懐かしいような感覚を覚えていた。
無事に全員基地へと帰投した502部隊だが、その面持ちは皆深刻だった。
というのも、各チームが帰還中、1人残ってもう一周り探索を行っていたサーシャが雪原でネウロイと遭遇し交戦したのだ。結果から言えば敵は取り逃がしてしまったのだが、それだけではない。
サーシャと交戦した際にネウロイが放った砲撃──それが基地の貯蔵庫を直撃したのだ。決して物資が多いとは言えないこの状況下で貯蔵庫の破壊。502部隊の面々はいずれも歴戦のウィッチ達だが、そんな彼女達でもネウロイからここまで直接的な兵糧責めを受けたのはこれが初めてだろう。
「申し訳ありません。私が油断していたせいで……」
「まぁまぁ、失敗は誰にでもありますよ」
「ニパさんの言う通り、やられてしまったものは仕方ありません。今すべきは、これ以上被害を受けないよう速やかにネウロイを撃破することです」
壇上で情報を纏めるロスマンの話によれば、今回も撃たれたのは1発のみ。射撃ポイントはペテルブルグから88キロ離れた雪原に潜んでの、超長距離ピンポイント砲撃だという。
「驚いた。あのネウロイは一流の砲撃手ってわけだね」
「けどよ。いくらネウロイつっても、ンな離れた場所からピンポイントで狙うなんて芸当出来んのか?」
そんな直枝の疑問には、ユーリが答えた。
「方法ならありますよ。狙撃と砲撃では少し勝手が変わりますが、砲撃を補助する
「そういう事だろうな。観測班から、ネウロイの砲撃を受ける直前、被害に遭った場所から微弱な電波が発信されていたという報告が挙がっている」
「じゃあ、そのマーカーネウロイが街中に侵入してるってことですか…!?」
今こうしている間も、ペテルブルグの街中をネウロイが徘徊している……その事実は、言葉以上に隊員達の胸に重くのし掛かった。
「そこで、だ。チームを2つに分ける。──エディータ、クルピンスキー、菅野、下原、ジョゼの5名は砲撃ネウロイを捜索。発見次第速やかに撃破しろ。指揮はエディータに任せる」
「了解」
「サーシャ、ニパ、雁淵の3名は街に侵入したマーカーネウロイを捜索。こちらも見つけ次第撃破せよ。2人はオラーシャとスオムスの出身だ。多少は土地勘もあるだろう」
「ですが私は南部の生まれで、この街の事は……」
「ふむ……まぁ、お前なら何とかなるだろう」
他人事のように言ってのけるラル。小さく頭を抱えるサーシャを元気づけるニパだったが……相手が"あの"ニパだからか、イマイチ効果は薄いようだった。
「あれ……?あの、隊長!ユーリさんは?どっちのチームにも入ってないですけど」
手を挙げたひかりの質問に、ラルはとんでもない答えを返した。
「ザハロフ。お前には観測班の指示の下、固定砲台になってもらう」
「砲台…ですか?」
「ああ。これまでの事例を見るに、今回のネウロイはどちらも身を隠しているせいで迅速な発見が困難だ。お前は街の中央上空に陣取り、万が一敵の砲撃を許した場合、これを
ユーリに与えられた役割を聞いて、隊員達は皆驚愕する。どこから発射されるかもわからない、超高速で飛来する敵の砲弾を、当たる前に狙撃で撃ち落とせ、と。ラルはそう言っているのだ。
「でも待って!ペテルブルグの街は結構広いんだよ!?その全体をユーリさん1人でカバーしきれるわけ──!」
「観測班が砲撃の予兆である電波をキャッチし次第、ザハロフへ直接連絡するよう話をつけてある。奴の有効射程なら街全域まではいかずとも、重要な施設の大部分はカバーできるはずだ。やれるな?ザハロフ」
「──任務了解。全力を以て事に当たります」
「無論、ネウロイをいち早く撃破するに越したことはない。両チーム共に気を抜くなよ」
「なるほど。一流の砲撃手vs一流の狙撃手ってわけだ。面白くなってきたね」
クルピンスキーの冗談はともかく、この作戦はネウロイだけでなく時間との勝負でもある。迅速な任務遂行が求められるこの作戦では、全員が重要な役割を担っているといっていい。
「よし。各自配置に着け!」
ペテルブルグ主街区──その上空に陣取ったユーリは、ラドガ湖がある方角を前にして街を見渡す。
「静かな街……これがオラーシャの街並み──僕が生まれた国の」
いつかエイラが言っていたように、オラーシャ帝国の領土は広い。サーニャの生まれだというモスクワは、ここペテルブルグの南に位置している。ここから更に東へと続いている広大な領土のどこかで、ユーリは生を受けた。
……とはいえ、全く実感が沸かない。各国の軍人達が皆胸に秘めている愛国心が自分には存在しないのだということを、改めて見せつけられたような気分だ。
「こちらザハロフ。所定位置に着きました。観測班からの通達まで待機します」
張り詰めた冷たい空気を大きく吸い込み、吐く。気合いを入れ直したユーリは、警戒を強めた。
そして……
『──ザハロフ曹長!第2貯蔵庫から例の電波を確認しました!』
「了解──!」
ユーリは即座にシモノフを第2貯蔵庫の方へ差し向ける。幸いユーリの射程圏内だ。上空を見渡すと、小さな影がこちらへ向かって飛んでくるのが目に入った。
「目標、補足……ッ!」
放物線を描くように飛来する敵の砲弾。その落下位置を予測し、引き金を絞る。
無人の街に木霊する轟音に後押しされるように、撃ち出された徹甲弾は凄まじい勢いで進んでいく。やがて貯蔵庫の上空20メートル程の位置で、大きな爆発が起きた。爆煙に混じってキラキラと光る金属片が舞い散る。
「──迎撃、成功!別動隊はマーカーネウロイの捜索を!まだ近くにいるはずです!」
『今向かっています!ユーリさんは引き続き、敵の砲撃を警戒してください──!』
通信が終わると同時に、3つの人影が貯蔵庫へ向かっていくのが見える。人影達は二手に分かれると、周辺の捜索を開始したようだった。
その様子を見届けたユーリは、溜めていた息を吐いて空を見上げる。
全力を尽くす。とは言ったものの、正直砲弾を撃ち落とせるという確たる自信は無かった。大まかな方角こそ分かっているものの、正確な砲手の位置は分からないのだ。今回はいち早く砲弾を見つけられたから良かったが、少しでも反応が遅れれば更なる被害を被ることになる。
「僕が、守らないと………!」
小さく意気込んだユーリ。
結局、この後2発に渡る敵の砲撃が行われたが、その両方をユーリは見事に撃ち落としてみせた。お陰で被害はゼロだが、肝心のネウロイは砲撃型、マーカー型のどちらも発見できないままに終わってしまったのだった。
その後、解析班からの報告を踏まえて新たに判明した事実がある。
「──ユーリ曹長が撃墜したあの砲弾はネウロイと同じ体組織から生成されたもので、1日に3発撃つのが限界だと思われます」
「取り敢えず、今日はもう撃たれる心配が無くなったか。……しかし、街に潜伏したマーカーネウロイが擬態能力を持っているとは……面倒だな」
「はい。今回は被害を出さずに済みましたが、ユーリ曹長の消耗も考えるとあまり時間はかけられません。1日3発とはいえ、1発落とすのにも相当な集中力が要求されるでしょうから」
「──すみません、あの時自分が仕留めてさえいれば……」
そう肩を落とすサーシャだが、ラルも、隣にいるロスマンも彼女を責めるようなことはしなかった。
「まぁそういう時もある。明日も頼むぞ、サーシャ」
その日の夜。ふと格納庫の前を通り過ぎたユーリは、中から誰かが言い争う声を耳にした。程なくして声は止み、何事かと中を覗こうとすると、格納庫を出ようとしていたニパと鉢合わせた。
「ニパさん、何かあったんですか?」
「あ、ユーリさん……うん、ちょっとね」
「……僕でよければ相談に乗らせてください。以前、僕もニパさんに話を聞いて頂きましたし、そのお返しということで」
表面上は笑っているが、明らかに気落ちしているニパをこのまま見送る事もできず、ユーリは彼女を連れて食堂へ向かった。
「──どうぞ」
「ココア……?」
「気が動転している時は、温かい飲み物を飲むと落ち着くそうですよ」
「なんか悪いな、気を遣わせちゃって──いただきます」
カップを傾け一息ついたニパは、ゆっくりと格納庫での出来事を語り始めた──
「──そういう事でしたか。それはまた何というか…運が悪かった、ですね」
ニパが語った事の経緯は、ほんの些細なすれ違いだった。
普段は自分に厳しいサーシャが、実はニパのユニットハッチにオラーシャ語で"
ニパはそのお返しに、欧州に於いて幸運の象徴とされるナナホシテントウの絵をサーシャのユニットに描いていたのだが…現場をサーシャ本人に見つかり、更にテントウムシの絵を悪意から来る落書きと勘違いされてしまったのだという。
「あぁ……どうしてこうなっちゃうんだろ」
「今回の作戦の事もあって、サーシャさんも少し気が立っているのかもしれませんね。大丈夫ですよ、ちゃんと話せば分かってもらえるはずです」
「だといいんだけど……サーシャさん、本気で怒ってたみたいだし」
「だったら尚更、誤解は解かないと。──その為にも、まずは作戦を成功させましょう。ネウロイを倒して、サーシャさんとも仲直りする。不安なら僕も立ち会いますから」
「……うん、ありがと。頑張ってみるよ。ユーリさんも頑張って。一緒に街を守ろ」
「……はい」
翌日──前日と同じようにチーム毎での行動を開始した502部隊だったが、昨日と違う点が1つだけ。街中でマーカーネウロイの捜索を担当していたサーシャの班から、サーシャ1人が別行動を取っていた。
ネウロイが次に狙いそうな施設に当たりを付け、周辺の地形や建造物を記憶することで、擬態したネウロイをあぶり出すのが目的だ。
「できれば、今日で決着をつけたいところだな……サーシャさんやロスマン先生達のチームが上手くやってくれると良いけど」
恐らく砲撃ネウロイは3発の砲撃を撃ち切ってしまえば、また撃てるようになるまで顔を出さない。1~2発目──あわよくば1発も撃たせない内に発見、撃破するのが理想だ。こちらに関してはロスマンが記録と地図と睨めっこしていた為、全面的に任せて問題ないだろう。
一方問題なのはマーカーネウロイだ。報告によるとマーカー型は小型ですばしっこく、身軽さで言えばウィッチを上回るらしい。路地での追いかけっこに持ち込まれれば、例の擬態能力も相まって逃げ切られてしまう可能性も大いにある。こちらはサーシャの記憶力とチーム3人に期待するしかない。可能ならユーリもマーカー型の対処に協力したかったが、生憎狙撃銃は狭い場所での追撃戦に不向きだ。ユーリにできるのは、仲間を信じて砲弾の迎撃に全神経を集中する事のみ。
待つこと数分──インカムに通信が入った。砲撃の予兆かと身構えたユーリだったが、聞こえてきたのはひかりの声だ。
『マーカーネウロイ発見!追跡中ですッ!』
位置を確認するサーシャだが、またもやニパが不運を発動しているらしく、無線から聞こえるひかりの声は目の前で起きている惨劇に半ばパニック状態のようだ。幸い大まかな位置は聞き取れたようで、サーシャがそこへ飛んでいくのが見えた。
『──こちらも砲撃型を発見しました!交戦に入ります!』
『了解した。ザハロフ、お前は引き続き砲撃の警戒を続けろ』
「──了解。皆さん、ご武運を」
「っ──私ったら……」
マーカーネウロイを目視で捉えたサーシャは、路地に逃げ込んだネウロイを単独で追撃していたのだが、窓に反射した日光で目を眩ませてたことでユニットの制御を失い、暫くの間気を失っていたようだ。
「ネウロイは──…っ?この景色……やっぱり、私はこの街を知ってる……!」
昨日の作戦でも感じていた妙な既視感。他ならぬ彼女自身が間違いなく知らないと断言していたこの街の景色。今この瞬間、サーシャの記憶に僅かな歪みが生まれていた。
「そうだ……小さい頃、私はこの街に──おばあちゃんの家に遊びに来たことがあった──」
幼少期のサーシャが、この街に住む同年代の子供達と遊んでいた時の事だ。事故により暴走した車から他の子供達を守ろうと、サーシャは初めて魔法力を発動させた。幼いとはいえウィッチのシールドだ。サーシャは暴走車から見事に子供達を救ってみせたのだが……そんな彼女を、子供達はまるで凶暴な獣でも見るかのような目で見ていた。
1番混乱していたのは、突然ウィッチの力が目覚めたサーシャ自身だ。自身へ向けられる畏怖の念を敏感に感じ取ったサーシャは、泣きながらその場を逃げ出した。
──そんな彼女の逃げ場となったのが、今サーシャの訪れている祖母の家。
今でこそウィッチは世界的に受け入れられつつあるが、オラーシャは迷信深い一面も持つ。特に感受性豊かな子供達にとって、
周囲から魔女扱いされるのも、魔女になった自分自身も怖くて、サーシャは無意識にペテルブルグでの記憶を固く閉ざしてしまっていた。
「──でも、お母さんとおばあちゃんだけは、泣いて帰ってきた私を抱きしめてくれたっけ」
蘇る思い出に笑みを浮かべる。そこへ、何者かが床を踏みしめる音が……
「あ、えっと……」
「どうしたの、サーシャさん……?」
遠慮がちに尋ねるひかりとニパを見て、今が作戦中だということを思い出す。
「ふぅ……ごめんなさい。任務に戻ります」
ニパからここまでの状況説明を受けたサーシャは、自分達もマーカーネウロイを見つけなければと思考を巡らせる。
「ふぁ…ぁ──へくちッ!」
「うわっ!?──急にどうしたのひかり?」
「すみません……あの建物がキラキラしてて、何でか急にくしゃみが」
ひかりの目線の先では、金色に彩られた寺院の屋根が陽の光を反射していた。
「ハハッ、なんだよそれ。──あぁでも、丁度この辺に通信所があるし、ネウロイが狙う場所としては十分アリだよね」
ニパの言葉を受け、サーシャは寺院を凝視する──
「──違う」
違和感にはすぐ気づいた。
「あの寺院に尖塔は無い──ッ!」
「えっ!?尖塔って、あの屋根の先っちょのヤツだよね──!?」
祖母の家から見える景色──その一部でもあったこの寺院の外観を、今ならばハッキリと思い出せる。
「それで隠れたつもり──ッ!?」
サーシャと共に、ひかりとニパも寺院中央の建物──その先端に銃撃を集中させる。数発弾丸を受ければ破損するであろう細い尖塔は弾丸を弾き、やがてその姿を漆黒の悪魔へと変じさせた。
「本当にいた──!」
驚きながらも攻撃の手を緩めず、集中砲火を浴びせ続ける。
元々戦闘向きではなかったのだろう。マーカーネウロイの機体は存外呆気なく四散していく。だが死の直前、このネウロイがある置き土産を残していったのをサーシャは見逃していなかった。
「しまった──マーキングされたッ!」
「でもユーリさんなら──!」
安心したのも束の間、無線に下原からの連絡が入る。
『すみません、撃たれました!──現在、
「3発……」
この通信は、当然ユーリにも届いていた。マーカーネウロイの電波が観測されなかった事から、恐らく3発の内2発はマーキング無しで無造作に放たれたものだろう。
置き土産というには物騒極まりないこの事態にも、ユーリは退かなかった。
「了解。これより迎撃行動に入ります──ッ!」
『ユーリさん本気……ッ!?』
ユーリとて考え無しに迎撃するわけではない。砲撃手が1体だけな以上、3発の砲弾はそれぞれ着弾するまでにタイムラグがあるはずだ。その時間差を利用し、順番に砲弾を撃ち落とす──これがユーリの考えた策だった。
『全ての砲弾をいちから探していては間に合いません!私達がいる寺院に向かう1発は無視してください!恐らく1番最初にここが狙われるはずです!』
最初の1発を無視するということは、残る2発への対処に時間的余裕を持たせられることを意味する。破壊されても問題ないここよりも、無作為に放たれた2発が重要な施設へ着弾する危険性の方が重要だと、サーシャは戦闘隊長として合理的な判断を下した。
「っ……了解。皆さんは至急退避を!」
ユーリは、ロスマン達の交戦区域があった方角を前に、青空へ目を凝らす。
「──見つけた!」
いち早く発見した1発目掛けて、シモノフの引き金を絞る。ユーリの魔法力で弾速の増した徹甲弾は、空気を切り裂き飛来する砲弾を粉砕した。
「次──ッ!」
次なる砲弾を探すユーリの視界の端を、黒い影が通過していく。サーシャに無視するよう言われた1発だ。
「ッ……!」
歯噛みしながらも、サーシャに言われた通りその砲弾は無視し、遅れて最後に飛来する3発目の砲弾を視界に収める。狙いを定める思考の隅で、視界の外から爆発音が聴こえてくるのだろうと、そう思っていたのだが──
「やあああぁぁぁ───ッ!」
聞こえてきたのは、破壊音ではなく激突音だった。サーシャと一緒に退避したはずのニパが、シールドで砲弾の直撃を食い止めているのだ。
「ぐっ…ううぅ──!この街を、守るんだああああああぁぁぁ──ッ!!!」
「───!」
次第に押し負けていくニパの叫びを聞いたユーリの行動は、極めて正確且つ迅速だった。
照準済みのシモノフが轟音を発し、飛来する悪魔の槍に対し鋼鉄の槍が放たれる──その結果を確認するよりも早く、ユーリは銃の反動を利用して体の向きを変え、自分でも驚く程の精度でピタリと狙いを定めた。
(3発目──ッ!)
──即座に絞られる引き金。マズルブレーキが火を噴き、魔法力を纏った弾丸が一筋の閃光となって漆黒の砲弾を貫いた。
刹那、爆煙と無数の金属片が舞い散る。その中を、意識を失ったニパが落ちていく。
「ニパさん──ッ!」
すかさずサーシャが彼女の体を受け止めたお陰で、大事には至らずに済んだ。無事に彼女たちが地上へ降りたのを確認したユーリは、無線を繋ぐ。
「──こちらユーリ。目標、全て迎撃に成功。ペテルブルグの街は無事です。……任務、完了しました」
インカムの向こうから、直枝達の歓喜の声が聞こえる。どこか心地良さそうに顔を顰めたユーリは、自分もサーシャ達の元へ向かうのだった。
──3人の元へ降り立ったユーリが目にしたのは、横たわるニパの胸で泣き崩れるサーシャの姿だった。
何があったのか、と聞く必要は無い。聞くべきは──
「仲直りはできましたか?ニパさん」
「……うん。ユーリさんもありがとね。街を守ってくれて」
「この街を守ったのはあなたです。僕は…一瞬、諦めかけてしまいましたから」
サーシャの提案を呑んだ後も、ユーリはどうにかして寺院を守れないかと考えていたのだが、1発を処理した時点で「自分では無理だ」と諦めかけていた。ニパの決死の行動が無ければ、あの寺院は木っ端微塵に破壊されていただろう。
「ですから、ありがとうございます。またニパさんに助けられてしまいましたね」
「大袈裟だよ……でも、うん。どういたしまして、って言っとこうかな」
そう言って、ニパとユーリは小さく笑い合った。
「──でも、少し意外でした」
「……何がですか?」
基地への帰投中、すっかり泣き止んだサーシャはユーリへある質問を投げかける。
「その、ユーリさんはどちらかというと私寄りの思考をする方だと思っていたので。隊長からの命令があったとはいえ、ニパさんと一緒になって街を守ろうって言ってくれたのが、意外だったというか……」
「ああ、その事ですか。──僕はどうも、皆さんのように守りたいものが多くないようで。このオラーシャも、正直生まれ故郷だという実感は今でも湧きません。極端な話、国や街そのものには、これといって思い入れも何もありませんよ」
「……じゃあ、どうして?」
「僕が戦う理由は、仲間や家族を守る為です。そこには勿論、
「ユーリさんには無いんですか?帰る場所は」
この問いへの答えには、ユーリも少し時間を要した。
「僕の帰る場所──僕が前にいた部隊は、今はありません。でも家族はいます。あそこにいた人達が、僕にとっての家族です」
「そうですか。また会えるといいですね。家族の方々と」
「……はい。またいつか」
そう言って、ユーリは頭のヘアピンをそっと撫でた。
502部隊での物語も折り返しといったところでしょうか。短いような長いような。
先日コロナワクチンも2度目を摂取しまして、当方発熱で苦しんでおりました。結構辛いですねアレ。
最近急に寒くなってきましたので、皆さんにおかれましても体調を崩されませんようお気をつけ下さい。