「──ちょっと宮藤さん!またこの腐った豆を出しましたわね!?」
「でも、納豆美味しいんですよ?ね、坂本さん?」
「ああ、扶桑では親しまれてる味だな。もっとも、扶桑の人間でも苦手な奴はいるが」
食事中にも関わらず賑やかな食堂では、芳佳が用意した扶桑の民間食、納豆を巡ってペリーヌと芳佳が言い争っていた。
「とにかく!ワタクシは絶対に食べませんわよ!そこの彼だって同じ事を言うに決まってますわ!」
そう言ってペリーヌが指を突きつけた先には、食事に全く手をつけず不動のままのユーリの姿が。
「あ、あの…もしかして、和食嫌いでしたか?」
「いえ、そのような事は。ただ……これは私が食べていいものなのかと」
「食事は人数分用意されている。目の前にあるのは、紛れもなくお前の分だよ、ザハロフ」
美緒の言葉を受け、ユーリは芳佳を見る。彼女が肯定の意を込めて微笑み返すと、静かにスプーンを持って食事を食べ始める。
「どうですか?扶桑の料理がお口に合えばいいんですけど……」
「ん……はい。非常に美味しく思います。先程宮藤軍曹が仰っていた納豆という食材も、見た目に反して美味です」
「わぁ…良かったです!」
次々と料理を口に運んでいくユーリを見て嬉しそうに微笑む芳佳。その横では、ペリーヌが信じられないと言うような目でユーリを見ていた。
「あ、あんな臭くてネバネバしたものを美味しいと思うなんて……一体どんな食生活をしてきたんですの?」
音もなく味噌汁を啜ったユーリは、ペリーヌのこの言葉にも律儀に答える。
「ここに来る前──連合軍本部にいた頃は、軍用食と、足りない栄養素は投薬で補っていました」
「軍用食って……あの味気ないレーションとかビスケットか?」
「アレきらーい。美味しくないもん」
シャーリーとルッキーニが言うとおり、軍人が戦場で食べる携帯食は過酷な戦場で生き延びるのに必要な最低限の栄養素を補給するためのものだ。保存性を優先する為、当然味など二の次。そこに「美味しい」という感想が発せられることはまずない。それはユーリも例外ではなかった。ただ彼女たちと違う点として、ユーリはアレを不味いとか美味しくないとも別に思っていない。ただ出されたものを黙々と腹に入れていただけだ。
「わたしも好きじゃないなーアレ」
「お前は贅沢過ぎだぞハルトマン。軍人たる者、どのような状況下でも生きて戦わねばならん。人体にどんな影響を及ぼすかも知れない泥水やその辺の草を食べるより、軍用食の方が遥かにマシだ。──とはいえ、司令部の下にいたにも関わらずそのような物しか与えられていないとはどういうことだ?そこまで物資が困窮しているわけでもあるまい」
バルクホルンの疑問はもっともだ。ブリタニアの最前線であるこの基地でさえきちんとした食材が供給されている以上、食糧難というわけでもないのは明らか。
「私自身、特に不満はありませんでしたし、気にすることでもないと思うのですが。何でしたら、明日から私の食事はレーションでも──」
「──ユーリ曹長。それは認められません」
ユーリの言葉を遮ったミーナは、テーブルを挟んだ斜向かいから真剣な眼差しを向けていた、
「何故でしょう?今現在は問題なく物資の供給が続いていますが、昨今はネウロイの出現パターンが変化しつつあると聞いています。いつ補給路が絶たれるか分からない以上、貴重な物資は1人分でも節約できるに越したことはないのでは?」
ユーリの言い分も一応理に適ってはいる。彼自身が軍用食だけでも大丈夫だと判断している以上、ユーリの分を他の隊員達に回した方が合理的だ。合理的なのだが……
「いくら司令部の命令でここに来たとはいえ、あなたはもう501の隊員で、私の部下です。私の部下になった以上は万全の状態で任務や訓練に臨んで貰わねば困ります。誰1人欠けること無くヨーロッパを奪還する為にも、きちんと食事や睡眠をとりなさい。これは上官命令です」
ミーナがきっぱり「命令」と言ったのが効果覿面だったらしく、ユーリは「了解しました」とそれ以上は何も言わず、残った味噌汁を飲み干した。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
扶桑のマナーに従いきちんと手を合わせたユーリは、食器の乗ったプレートを片付け始める。シンクにプレートを置いたところで、一足先に食べ終えていたミーナと美緒から、執務室へ来るよう指示を受けた。
2人の後についてミーナの執務室を訪れたユーリは、直立不動で次の言葉を待つ。呼び出される理由にはいくつか心当たりがあった。
「──さてザハロフ。この部隊で1日過ごしてみて、どうだ?」
「……どう、とは?」
「正直、私も坂本少佐もあなたみたいな存在と直接交流するのは初めてだから、色々と不安はあったのだけど、あの子達とは上手くやっていけそうかしら?」
「そういうことでしたら、私からは何も。それより、私の存在が501に影響を及ぼさないかの方が重要なのでは?」
「いい影響ならこちらとしては大歓迎だ。それに、もう何人かはお前に対する警戒心も薄れつつある。バルクホルンも、内心ではお前のことを認めているようだったしな。だが同時に──今回は無事でも、大型ネウロイを1人で相手するのは無茶が過ぎる──とも言っていた。これに関しては私もミーナ中佐も同意見だ」
「……少佐の指示を無視し、あまつさえ身勝手な行動をとったことについては反省しています。申し訳ありませんでした。どのような罰も、甘んじて受け入れます」
深々と頭を下げたユーリに、美緒は困ったような顔をする。バルクホルンも大概軍人としての規範意識にうるさいが、ユーリもユーリで中々に曲者らしい。
「お前は本当に生真面目な奴だな……どうするミーナ中佐?」
執務机で手を組むミーナは、呆れ半分な笑みを浮かべる。
「そうね……ではお望み通り、処分を言い渡します──」
その言葉を聞くと、ユーリは下げていた頭を上げて背筋を正した。
「ユーリ・ザハロフ曹長。貴官には、今後無期限に501統合戦闘航空団の隊員達と円滑なコミュニケーションを計ることを改めて命じます。また少なくともこの部隊にいる限り、自主的な自室待機の禁止及び発言許可の確認も不要とします。他の隊員達と同様に生活するよう心掛けるように」
「はっ──は……?」
「なんだ、不満か?」
「いえ……そういうわけでは」
ユーリに言い渡された処分は、処分とは名ばかりの非常に軽いものだ。本来ならこのような形をとる必要もない。それでもミーナが処分という体裁をとったのは、ユーリの「命令には忠実」という性分を逆手にとった為。こうしなければ、十中八九「ご命令でしたら従います」の一文が彼の口から出ていたことだろう。
「確かに軍人として礼節や規律は大切よ、けどそれで隊員間に溝が出来たら元も子もないでしょ?ここにいるのはあなたの仲間であり友であり、家族も同然なんだから。必要以上に上下関係を意識する必要はないわ」
「家族……その様に言っていただけるのは有難いのですが、私がこれまで会話をしたのは軍の人間が殆どで、具体的にどうすればいいのか……」
「ふむ……まずは皆が接しやすくなるよう、堅苦しさを無くしてみるのはどうだ?」
「堅苦しさ……ですか」
「そうね。例えば、1人称を"僕"に変えてみたらどうかしら?」
「他には、皆のことを愛称で呼ぶのも良いかもしれんな」
「…美緒?それは流石にまだ早いんじゃないかしら」
「そうか?シャーリー辺りは初対面の人間にも愛称で呼ばせてるじゃないか」
「それはシャーリーさんだからよ。きっとトゥルーデはいきなり愛称で呼んだら怒るわよ?まだ彼は部隊に来たばかりなんだから、まず名前で呼ぶところから始めるべきだと思うわ」
「むぅ、そういうものか……よし、ではとりあえず私達の事を好きなように呼んでみろ。因みに私も今後はお前のことをユーリと呼び捨てさせてもらう」
まるで子供の育児方針を決めるが如き議論が繰り広げられる様を一歩引いて見ていたユーリは、突然話を振られて困惑しながらも、言われたようにする。
「では、僭越ながら──ミーナ…さん。坂本、さん」
「うむ、それでいい。皆と絆を深めれば、自ずと連携も取れてくる。そうすれば、今回のような無茶をする必要もなくなるだろう」
「……ご厚意に感謝します。努力します」
「さて──本題に入るまで随分長くなってしまったけれど、あなたを呼んだ理由は別にあるわ」
柔和だったミーナの表情が引き締められ、ここまでとは一転して真面目な話だということが伝わる。ユーリもスイッチを切り替え、改めて姿勢を正した。
「資料では、あなたの固有魔法は〔射撃威力強化〕とあったけれど──この情報に虚偽はないかしら?」
「……何故、そのようなことを?」
この問いには美緒が答えた。
「お前があの大型ネウロイを撃墜した時、明らかに銃撃の威力が跳ね上がっていた。あれがお前の固有魔法だというなら、何故もっと早く使わなかった?」
美緒の言い分はこうだ。
ユーリの固有魔法である〔射撃威力強化〕自体は至って珍しくないカテゴリのもので、近しいものだとリーネの〔射撃弾道安定〕がある。これらの威力を決定づけるのは使用者の魔法力の量であるが、ユーリの魔力総量は並を大幅に上回ってはいるものの飛び抜けているわけではない。その点では芳佳の方が突出している。
つまり、ユーリの魔力量ではあそこまでの大威力狙撃を連続して行えるはずがないのだ。
一方で、ユーリが美緒を援護していた時の威力は銃単体で出せる威力ではない。恐らくリーネでも固有魔法を発動させなければ同じ威力を出せないだろう。
つまり──
・もしユーリが射撃威力強化の固有魔法を常時発動していなかったならば、何故そうしなかったのか?
・逆に、ユーリが射撃威力強化を発動した状態で戦っていた場合、ネウロイ撃墜時のあの攻撃は威力強化の魔法とは別の何かが働いていたことになり、それに関する言及は資料内には無い。この理由は何故か?
──と、2人はそう言いたいのだ。
「……流石、501部隊を率いているだけあって、観察眼も素晴らしいです」
「こちらとて、何かしら事情があるのだろうとは察している。内容次第ではあるが、この事を上層部に報告するつもりは無い。話してみろ」
美緒とミーナを順番に見たユーリは、ひと呼吸おいてから口を開く。
「分かりました。お二方を信用した上で、お話します──」
まず、司令部からミーナに渡された資料に虚偽の内容は一切書かれていない。だが記載されていない事実はある。
それが、ユーリが持つもう1つの固有魔法──〔炸裂〕である。
〔炸裂〕は、銃弾等に付与したユーリの魔法力を着弾時に破裂させることで、通常の射撃では出せない大威力攻撃を行うことができる魔法。あの大型ネウロイの強固な装甲をたった2発で半壊させることができたのは、この魔法を発動させたからだった。
ただしこの魔法は威力の下方調整が難しく、多数の敵味方が入り乱れる編隊戦闘で使おうと思うと味方を巻き込みかねないリスクがあった。だからあの時、ユーリは単身で大型ネウロイを美緒達から引き離したのだ。
「──何故隠す必要があった?お前の固有魔法はネウロイに対する強力な武器になるじゃないか」
「いつ爆発して巻き添えを食うかもわからない状況では、皆さんも安心して飛べないでしょう?ましてや、私──…僕はこれまでに類を見ない
「……そうか。そういうことならば、我々から言うことは特にない。お前が仲間を気にかけていたということも分かった。ただ、〔炸裂〕の魔法はお前の言う通り、気軽に使えるものではないな」
「わかっています。今後も基本的に使用せず戦うつもりです。それ以前に、並み居るエースの方々の力があれば、必要ないだろうと判断しました」
「そこまで評価してくれているなら、私も戦闘隊長として鼻が高い」
「坂本…さん、ミーナさん。この事は……」
「大丈夫、この事は内密にしておきます。話してくれてありがとう、ユーリさん。もう戻って大丈夫よ」
「はい。失礼します」
一礼して執務室を後にしたユーリは、自室までの廊下を歩きながら小さく口元を歪ませる。
先程ユーリが美緒達に明かした事実は、真実の一部でしかない。〔射撃威力強化〕の延長として通すつもりだった〔炸裂〕のことを早々に看破されたのは誤算だったが、何とか彼女たちを丸め込むことができた。
美緒もミーナも、501の面々は優しい。当初はもっと招かれざる客然とした扱いをされることを想定していたのだが、そうならなかったことを見ても、彼女達は皆いい人なのだろう。
疑う事を知らないという訳ではないが、だからといって積極的に疑うこともしない。極論、得体の知れない異物であるユーリが部隊に馴染めるよう、あれこれと考えてくれた。
そんな彼女達を平然と騙したユーリの胸の内には、形容しがたいモヤモヤとしたものが立ち込めていた。
(いつか本で読んだな……確か「良心の呵責」と言ったっけ。僕にそんなものがあったのだろうか……でもまぁ、関係ない。ネウロイを倒し、あの人の目的を達成する。その為に僕は生まれたのだから)
ユーリ・R・ザハロフは、ネウロイと戦うために生み出された。
兵器として生を受けた彼の運命が、静かに変わろうとしていた。
一方、ユーリが出て行った後の執務室では……
「お前はどう思う?ミーナ」
「少なくとも、嘘をついてるようには見えなかったわ。けれど……」
「ああ、全て詳らかにしたわけではないだろうな。やはり、上層部絡みの何かがあるんだろうが……」
「美緒…あれで良かったのかしら」
「ユーリのことか?もし間違っていると思ったなら異を唱えていたさ。それに、その心配は無用だと思うぞ」
「どういうこと?」
「ユーリが置かれている立場は、私たちが想像している以上に複雑なのかもしれないが…それでも、あいつ自身は優しい人間だと私は確信している。でなければ、訓練で気落ちしているリーネを励ますような真似はしないさ」
「……美緒がそう言うなら、きっとそうなんでしょうね。あなたの人を見る目は確かだもの」
「なぁに、もしもの時の為に私達がいるんだ。ユーリも含めて、あいつらを見守ってやろう」
「そうね──」
その内ユーリのプロフィールを出そうかなーと考えてはいるんですが、如何せん最低文字数をどうやって埋めるかで頭を悩ませております。
ネタバレ情報無しでどうやって1000文字埋めれば…