新章の開幕1話目から1万字を超えるとも、全く思っていませんでした……
ハリボテのユーリ
第504
隊員にはロマーニャでも精鋭のウィッチを始め、扶桑やブリタニア、ヒスパニア、リベリオンからもエース級のウィッチ達が参加している。
そんな504部隊に臨時で新たな隊員が入ってきたのは、突然の事だった。
「──いや~、助かったわ。ウチの子達を助けてくれてありがとね。えーと……ユーリって呼び捨てちゃっていいかしら?」
「はい、ご自由に呼んでいただければ。──偶然交戦空域付近にいたのが幸いでした。力になれたようで何よりです。……もっとも、助けは必要なかったかもしれませんが」
隊長室で話しているのは、504部隊隊長を務めるフェデリカ・N・ドッリオ少佐。ロマーニャ空軍の軍服を胸元を大きく開けて着るという扇情的な身なりをしているが、これでも立派な504部隊の隊長であり、ロマーニャ公からの信頼も厚いウィッチだ。
「──そう思ったんなら手出ししないでよねッ!!私が華麗にネウロイを倒すところだったのにィ……!!」
「えっと……それは本当に、すみませんでした。撃墜スコアはお譲りしますので」
「ムキィ~~~!!なによぉ余裕ぶっちゃって!ムカつくゥ~~~!!」
「え、えぇ……」
地団駄を踏んでユーリに食ってかかるのは、フェルナンディア・マルヴェッツィ中尉。フェルの愛称で親しまれる彼女は、この504部隊のメンバーであり、隊長であるドッリオに強い憧れを持つウィッチでもある。
彼女がここまで憤慨しているのは、今しがたの言葉から分かるように、ユーリに撃墜スコアを横取りされた事が原因だ。念の為言っておくとユーリ自身にそのような意図は全く無く、100パーセント善意で応援に駆けつけたつもりだったのだが……真っ直ぐネウロイに突っ込んでいくフェルを助けようと行った狙撃支援が完全に裏目に出てしまったようだ。
「まーまー落ち着きなさいよ、フェル。これから一緒に戦う仲間なんだから」
「一緒に……って、ウチに来るんですかッ!?」
「ま、正式所属じゃなくて一時的なものだけどね。──言ってなかったっけ?」
「初耳ですッ!!」
「そっか、ゴメンゴメン。とにかくそういう事だから、ロマーニャを代表する赤ズボン隊の一員として、ルチアナ達と色々教えてあげてよ。──ユーリも、ウチの子達と仲良くしてくれると嬉しいわ」
「お心遣い、感謝します。ドッリオ少佐。マルヴェッツィ中尉も、よろしくお願いします」
小さく頭を下げたユーリ。対するフェルはというと……
「……まぁ少佐もああ言ってるし、いいわ。まずは基地を案内したげる。──といっても、あんまり広いとこじゃないんだけどね」
丁寧なユーリの態度に一先ず溜飲を下げたらしいフェルは、ユーリを伴い基地の中を案内し始めた。彼女の言う通り504基地はブリタニアにあった501やペテルブルグの502基地と比べると規模が小さく、各設備の案内はすぐに終わった。
そこで、部隊のメンバーを紹介すると誘いを受けたユーリは、まず最初にフェルと最も親交の深い2人の隊員と顔を合わせた。
「──あ、いた。アンタ達ー!」
「んぇ……?あ、隊長!」
「そちらの方は……って、えぇッ──!?」
フェルの呼び声に反応した2人の隊員──小柄なプラチナブロンドのウィッチと、対照的に背の高い黒髪のウィッチだ。
「紹介するわね。この娘達は私の部下で──」
「マルチナ・クレスピだよ!よろしくねー!」
「ロマーニャ空軍少尉、ルチアナ・マッツェイといいます。あ、マルチナは曹長です」
「……で、コイツが──」
「連合軍総司令部の命令で、暫くの間お世話になります。ユーリ・ザハロフ准尉です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたユーリを見て、ルチアナは戸惑った様子でフェルに耳打ちする。
「あっ、あの隊長?この人って……!」
「えぇ──さっきの出撃で私が倒すはずだったネウロイを横からかっ攫っていった──最近話題のウィザード様よ」
「やっぱり──……っていうか、まだ気にしてたんですね……」
ユーリの存在は新聞で大々的に伝えられている。この3人の中では比較的新聞を読んでいるルチアナは、ユーリの事も紙面上ではあるがよく知っていた。
「へー、キミ有名人なんだ?」
「まぁ、成り行きで……様付けされる程大層な身分ではないんですが。それに有名人というなら、皆さんの方が──」
「あら、私達の事知ってたの?」
「お名前を聞いて気づきました。──ロマーニャ公直轄の精鋭部隊、"
ユーリが微かに言い淀んだのを、フェルは聞き逃さなかった。
「別に取り繕わなくていいわよ。今更何とも思ってないしね」
ユーリの歯切れが悪かったのは、フェル、ルチアナ、マルチナの3人の通称のせいだ。
彼女達は元々、ロマーニャ空軍第4航空団の地上攻撃ウィッチ部隊に所属しており、3人揃って配属された北アフリカ戦線では、カールスラントで身につけた急降下爆撃の技術を遺憾なく発揮して地上攻撃に尽力。ロマーニャには同じ戦法を取るウィッチが殆どいなかったこともあって、いつしか周囲は彼女達3人を"三変人"と呼ぶようになったのだ。
因みに、504部隊の隊長でないにも関わらず、ルチアナ達がフェルを隊長と呼ぶのは、部隊長を務めていたこの頃の名残だったりもする。
「最初こそ"何よそれ!?"って思ったけど、裏を返せば、ロマーニャには私ら以外に同じ事を出来る人がいなかったって事だしね。そう考えれば逆に誇らしくすら思えたわ」
「確かに……思い返せば、私達のことを悪い意味で"三変人"って言ってくる人、あまりいませんでしたね」
「そだったっけ?ボクあんま覚えてないや」
あっけらかんと言ってみせる3人。明るく陽気なイメージを持たれるロマーニャ人的には、やはり悪意や皮肉めいた気持ちから付けられた名前ではなかったらしい。
「──そういや隊長、2人で何してたの?」
「少佐に頼まれて基地を案内がてら、部隊の皆を紹介するとこだったのよ。ちょうどいいわ、あんたらも付き合いなさい。見たとこ暇でしょ」
「ゴメーン、ボクこれから皆とサッカーする約束あるんだ」
「あぁ、あの子達ね。わかったわ、行ってきなさい」
「いってきまーす!」
そう言って走っていったマルチナだが、程なくして隊舎の陰からひょっこり顔を覗かせる。
「隊長、大尉が呼んでるよー?なんか話があるってー」
「タケイが?──分かったわ、今行くー!──…ってことで後は頼むわね、ルチアナ」
「えぇっ!?わ、私1人ですか!?」
「別に難しいことじゃないでしょ。もう基地の案内は終わってるし、テキトーに歩いて、見つかったメンバーを紹介してけばいいから!じゃ、頼むわねー!」
ルチアナを押し切ってさっさと行ってしまったフェル。残された彼女は、
「え、えぇっと……じゃあ、行きましょうか……」
と、フェルに代わってユーリの案内を開始するのだった。
思いの外、紹介はスムーズに進んだ。
まず最初に出会ったのは、扶桑から派遣された2人組──
「──は、初めまして。扶桑陸軍少尉、
「同じく少尉の
名乗った2人にユーリも自己紹介を返すと、錦はユーリを確かめるようにマジマジと見つめてくる。
「あの、何か……?」
「ああ、いや──男のウィッチって本当にいるもんなんだなぁ。ってさ。てっきり御伽噺とばかり」
「世界中を探せば、他にもザハロフさんみたいな方がいるんでしょうか……?」
「どうでしょうね……僕には何とも……」
「ま、同じ部隊で戦う以上は仲間だ!改めて、よろしく頼むぜ」
「はい。微力ながら、力になれるよう頑張らせていただきます」
ルチアナに連れられ次に向かったのは、基地の談話室。作戦前のブリーフィングルームも兼ねているそこには、金髪のウィッチの後ろ姿があった。ソファーに腰掛ける彼女に、ルチアナは声をかける。
「あ、いました──ジェーンさん、今お時間大丈夫ですか?」
「ルチアナさん?はい、大丈夫ですけ……ど──って、ルチアナさんこの人……ッ!?」
「あはは……まぁ、そういう反応ですよね」
先の自分と同じ反応をする金髪のウィッチに、ルチアナは事情を説明する。
「なる程……そういう事だったんですね。──申し遅れました、私はリベリオン陸軍のジェーン・T・ゴットフリー大尉です。それと、こちらが──大将、起きてくださいってば、大将……!」
座ったまま自己紹介をしたジェーンは、下へ目を向ける。ソファーの背もたれに隠れていたが、その視線の先には、もう1人ウィッチの姿があった。ジェーンの膝枕で安らかに眠る彼女のジャケットの下に、リベリオン陸軍の制服が見える。
「んん──なんだよ……もっと堪能させてくれ……」
"大将"と呼ばれた彼女は、そう言ってジェーンの膝──というよりは、ピッタリ揃えられた脚のより柔らかい部分──付け根の方へと顔を埋めた。至近距離で吹き掛けられる寝息にくすぐったさを覚えたジェーンは、
「ひゃうっ!?──たっ、大将……ッ!とにかく、一度起きてくださいッ!」
と、勢いよく立ち上がる。当然、そうなると寝転んでいた彼女はソファーから転げ落ち、床にぶつけた頭が鈍い音を上げた。
「いって……なんだってんだ──ん……?」
辺りを見回す寝ぼけ眼がユーリに止まる。
「……何で男がここにいるんだ?まさか──上層部もいよいよ本格的にイカれて、こんな子供を重役に据えるようになっちゃったのか」
「もう、いきなり失礼ですよ大将!前に少し話したじゃないですか、ペテルブルグでウィザードの方が大活躍した。って」
「んん……?あー、そういやそんな話聞いたっけか──んで?じゃあコイツがそのウィザードってやつだとして、何でここにいるんだよ?」
「総司令部の指示だそうです。──それより、大将も自己紹介してください」
「ふーん……まぁいいや。ドミニカ・S・ジェンタイル。ヨロシク」
「ユーリ・ザハロフです。──お会いできて光栄です、ジェンタイル大尉」
ドミニカはリベリオンの中でも屈指の実力を誇るエースウィッチだ。2振りの銃を携えた攻撃的な戦いぶりから、"ワンマンエアフォース"という名も付けられている。そんな彼女の僚機を務めているのが他ならぬジェーンであり、リベリオンウィッチの中でもドミニカの全力の動きについて行ける唯一無二の存在として、彼女を支えている。
因みに、巷では2人の関係がかなり進んでいるという噂もあるのだが──
「……ところでお前」
「はい……?」
「ジェーンを見てどう思う?」
「どう、と言われましても……非常に優秀なウィッチと聞いていますが──」
「──可愛いだろ?」
「えっ?」
「ジェーンは可愛いよな?」
「たっ、大将ッ!?」
いきなり何を言い出すのかと、困惑するジェーン。そんな彼女を他所に、ドミニカはユーリに詰め寄る。
「正直に答えろ。
「えと……容姿のことを仰っているのであれば……はい。非常に可愛らしいと思いますが」
「えぇっ!?」
「よし。ではお前に言っておく事がある。よーく聞いておけ」
ドミニカは突如、恥ずかしそうに顔を赤くするジェーンを抱き寄せると、
「──私とジェーンは相思相愛だ!ジェーンに色目を使うんじゃないぞ!」
そう、はっきり堂々と宣言した。
「もうっ、大将はまたそういう……」
一層顔を赤くしながらもまんざらではない様子のジェーンを見るに、どうやら巷の噂は本当だったらしい。
「もしジェーンを泣かせたり、妙な真似をしたら……私は全力でお前をボコボコにしなきゃならん。命の保証は無いと思え」
反応に困っているユーリへ強く釘を刺したドミニカ。そこへ、先程のドミニカの宣言を聞きつけたのか、新たな2人の隊員が顔を見せた。
「どうかしたのドミニカ?あなたがジェーンとラブラブなのは今に始まったことじゃ──…って、あら?」
「む、どうした。シェイド中尉──」
「ああ。パティさん、アンジーさん。丁度良かったです」
ルチアナの仲介の元、自己紹介をした2人のウィッチの内、オレンジ色の髪をしているのは、パトリシア・シェイド中尉。かつてユーリも所属していたブリタニア空軍の所属で、3年前のマルタ島防衛戦をドッリオと共に戦い抜いた実力者だ。
そしてもう1人──長い髪を後ろで纏めた厳格そうな雰囲気を纏う少女は、アンジェラ・サラス・ララサーバル中尉。ヒスパニア出身のウィッチであり、あのロスマンと同じくヒスパニア戦役の頃から戦っているベテランである。その時義勇兵としてロマーニャ義勇軍に志願した縁で推薦を受け、彼女はヒスパニア人でありながら名誉赤ズボン隊の称号も持っている。
……ここだけの話、ラルが502部隊を結成するにあたって隊員候補に彼女の名前があったことからも、その実力が伺えるだろう。結果は見ての通り、失敗したわけだが。
「──ザハロフ准尉。"フレイアー作戦"以降療養していたと聞いているが、身体はもう回復しているのか?」
「はい。そこは心配に及びません」
「そうか。──であれば、私からは何も言うことはない。よろしく頼む」
宣言通り、それ以降一言も口を開かないアンジーをフォローするように、パティが間に入る。
「あはは……アンジーはちょっと不器用なだけで、別に悪気があるわけじゃないの。──短い間だそうだけど、これからよろしくね!」
「はい。よろしくお願いします!」
差し出されたパティの手を握り返す。これで504部隊のほぼ全員と顔合わせを終えた。あと1人だけ残っている隊員のことを思い浮かべたルチアナは……
「──ああ、そうです。お2人は竹井さんを見かけませんでしたか?」
「大尉?確か……」
「竹井大尉なら、マルヴェッツィ中尉と隊長室へ入っていくのを見かけたが?」
ルチアナがユーリを案内し始める直前に、フェルを呼び出していた竹井という隊員。彼女が504部隊最後の1人らしいのだが……
「──うぅ……酷い目に遭ったわ」
と、そこへフラフラとやって来たのは、どこかやつれた表情をしたフェルだった。
「あ、フェル隊長!……その様子だと、また怒られたんですね?」
「ええ。こないだの報告書に表記漏れがあったとか。──私としたことが、うっかり"書類を書いたのはルチアナだ"って言っちゃったのよ……そしたらタケイがもうカンカン。今の今までこってり絞られてたってわけ」
「そうですか……あの、すみませんでした。私のせいで……」
「──いいえ。ルチアナさんが謝ることじゃないわよ?」
不意に聞こえた新たな声。その声を聞いた瞬間、フェルがビクッと体を震わせる。
ドッリオと一緒に談話室に入ってきたのは、扶桑海軍の軍服に身を包み、柔和な笑みを湛えたウィッチだった。
「あの報告書は元々フェルナンディアさんの仕事だもの。確かに書類に不備があったのはルチアナさんに原因があるけれど、最低限フェルナンディアさんが提出前にきちんと確認していれば防げた事よね?」
「う……そ、それはホラ、アレよ。優秀な部下を信頼しているからで……」
「自分は悪くない、と──?」
浮かぶ笑みから突然温度が失われ、その内から有無を言わさぬ迫力が滲み出てくる。
その冷ややかな笑みを目にした瞬間、無関係であるはずのユーリまでもが背筋に冷たいものを感じた程だ。
「だっ──だから反省してるって言ったじゃない~ッ!次からは私も手伝うわよ!」
あくまでも自分1人で書類を片付ける気は無いらしいフェルはルチアナに泣きつく。その様子を見て嘆息した彼女は、その視線をユーリに向ける。
「挨拶が遅くなっちゃってごめんなさい。私は扶桑海軍大尉、竹井醇子です。504部隊の戦闘隊長よ」
「やはり、あの竹井大尉でしたか……!」
何を隠そう、醇子はリバウ撤退戦を経験したウィッチであると同時に、あの美緒と肩を並べる"リバウの三羽烏"の1人なのだ。個人での戦闘能力や前線指揮能力こそ美緒に分があるとされている一方で、より規模の大きい部隊単位の指揮や運営、兵站管理の能力にかけては美緒以上と評されており、撤退戦以降、504部隊に招聘されるまでは扶桑本国で教官として後進達の育成に勤しんでいたのだという。
「──さて。見た感じ、自己紹介はタケイで最後だったっぽいわね。いい時間だし、皆集めてお昼にしましょ!」
「そうですね」
ドッリオの提案を受け、本日の食事当番である醇子はキッチンへと向かうのだった。
新たな顔を加えた504部隊の昼食には、料理上手な醇子お手製の肉じゃがが振舞われた。統合戦闘航空団では各隊員が持ち回りで自国の料理を振舞うことも多いのだが、中でも扶桑料理は高い人気を誇っており、504部隊のメンバー達も醇子の作る料理が出る日は各々食べる量が増えるとか。
今回もその例に漏れず、賑やかな食卓になるはずだったのだが……
「──ザハロフ准尉。今の発言は聞き捨てならんぞ」
「はい……?」
「"最低限食べられればなんでも"……!?聞けば准尉はブリタニアとオラーシャのハーフらしいな。やはりブリタニア人は食に対する熱意が足りんッ!」
「アンジー、落ち着いて!ユーリに言ったって仕方ないでしょ?」
「シェイド中尉もだ!以前諏訪少尉達が持ってきたうなぎに対する冒涜的発言、私は忘れていないぞ!」
「え、えぇ……っ!?」
想定とは随分違った賑やかさを見せ始めた食卓。事の経緯を簡単に説明すると……
醇子がユーリの食の嗜好を何気なく聞いた際「嫌いな食べ物は無い」と答えたまでは良かったのだ。しかしその瞬間、ペテルブルグで味わったクルピンスキーの料理のことを思い出してしまい──「人体に害が無く、最低限食べられるものであれば、なんでも大丈夫です」と続けてしまったのがユーリ痛恨のミスだった。
食に対し並々ならぬ拘りを持つアンジーがその発言に異を唱え、今に至るというわけだ。
「──例えばこの肉じゃがだ!じゃがいもはカールスラントをはじめとする世界中で親しまれている作物だが、大抵は蒸かすか揚げるかしか調理のバリエーションは無かった。それがどうだ──じゃがいもを他の具材と一緒に煮込み、内部までしっかりと味を染み込ませることでこれまでのじゃがいも料理の固定観念を粉々に破壊したこの肉じゃがという扶桑料理の素晴らしさ!しかも大尉の話によれば、調味料の配分を変えるだけでも味わいは多種多様になるというではないか!ここまで奥深いじゃがいも料理を私は見たことがない!それを……ッ」
肉じゃがを熱く語るアンジーは、人差し指をユーリとパティに突きつける。
「それを前にして何だ!?"食べられればなんでもいい"など、料理を作ったシェフに対する──いいや、最早材料になった食材達に対しても失礼だとは思わんのか!?」
「──アンジェラさん?食事中にお行儀が悪いわよ?」
「ッ……失礼した。せっかくの美味い料理を台無しにするような真似を……」
先程のフェルのときとは違い、優しくたしなめるような声でアンジーを制止した醇子。ヒートアップしていたアンジーが彼女の言葉にあっさり従った事にやや面食らいつつも、食事は再開された。
「──にしてもアンジーって、ホントに料理を前にすると性格変わるわよねぇ」
「マルヴェッツィ中尉……それではまるで私が大食らいのようではないか。──以前にも言っただろう。我々ウィッチはいつ死ぬとも知れない身だ、せめて食事くらいは1回1回をより満足のいくものにしたい。それだけだ」
アンジーの名誉の為に言っておくと、彼女は悪い意味で舌が肥えているとか、食い意地が張っているわけではない。彼女の場合は食事の量や効率より質を重視するタイプというだけなので、くれぐれも誤解しないように。
昼食を終えて──その後も隊員達とコミュニケーションを取り、例の如く名前で呼んでも良いかなどの確認を終えたユーリ。いつの間にやら日も暮れており、ユーリは基地に設置された浴場へ足を運んでいた。これまた例の如く男湯と女湯が分かれている訳ではないため、ユーリの入浴は1番最後となっている。
身体を洗った泡をシャワーで流し終えたユーリは、背後で湯気を立ち上らせる湯船を見やる。
「……そういえば、結局ブリタニアでは入らず終いだったな……」
501にいた頃は元よりシャワーだけで手早く済ませる質だったこともあり、ゆっくり湯船に浸かる事は終ぞなかった。
女性陣は既に全員入浴を終えたと聞いているし、折角と思ったユーリはゆっくりと湯船に身体を沈めた。
「おぉ……これは、中々……」
浴槽に満たされているのは同じお湯のはずだが、シャワーとはまるで違う。浸かっているだけで暖かさが身体に染み込んでくる。そして──
「────…」
ユーリの意識もまた、沈んでいった。
浮遊感にも似た感覚の次にユーリが感じたのは、これまた不思議な感覚だった。どうやら横たわっているらしい身体は硬い床の感触を感じるのだが、一部分だけ──後頭部の辺りから、不自然に柔らかい感触が伝わってくる。
「ん──…」
妙に重い瞼を開くと、そこには──
「──あ、気がついた?」
「………」
突然の事で言葉が出なかった。天井を見上げるユーリの視界には、見覚えのある顔が。
「ド、ドッリオ隊長……ッ!?」
数秒遅れで自分が置かれている状況を理解したユーリは、慌てて起き上がろうとする。が──
「ッ──!?」
力を込めた瞬間、ユーリの身体は大きくフラつき、踏ん張ることもできずに倒れて込んでしまう。
「おっ、と──大丈夫?」
危ないところをドッリオに抱き止められたユーリだったが、今度は思い切りドッリオの胸に顔を埋める形になってしまった。普通なら即座に押し退けるなり、悲鳴の1つでも上げそうなものだが、ドッリオは笑いながらユーリの頭をポンポンと叩く。
「すっかりのぼせちゃったみたいね?流石にビックリしたわ、入ったら湯船で溺れかけてるんだもの」
ドッリオの声は最早まともに聞こえていない。ユーリの脳裏を駆け巡っていたのはただ1つ──早くここから退かねば──それだけだった。
「あ、あのっ……隊長。もう、大丈夫ですから……っ」
「ダメよ、まだフラフラじゃない」
「でっ、ですがこの状態は……!」
ユーリの言いたいことを察したドッリオは、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる。
「あらぁ?もしかして、女の子の裸を見るのは初めてだった?」
「当然ですっ!とっ、とにかく一度離れてください……っ!」
どうにか密着していた体を引き離したユーリは、途端に頭がくらくらして気分が悪くなる。ドッリオの言う通り、まだ回復には程遠い状態のようだ。
「もう──ほら、せめてもう少しこうしてなさい」
彼女の手で再び寝かせられる。頭は先程と同様、褐色の膝の上に。せめてもの抵抗として、ユーリはしっかり両目を瞑った。
「ふふっ、そうそう。隊長の命令には素直に従っときなさい」
ドッリオが何故ここにいるのかというと──書類仕事がひと段落ついた為、気分転換にもうひと風呂浴びようと風呂場を訪れたところ、のぼせて湯船で溺れかけていたユーリを発見。ここまでつきっきりで介抱してくれていたらしい。
「……情けない姿をお見せして、すみません」
「どうして謝るのよ?」
「……僕が504部隊に来た理由、隊長はご存知なんじゃないですか?」
「……そうね、うん。今の所、私とタケイだけが知ってるわ」
ユーリがここに来た理由──それは504部隊が臨むことになる前代未聞の作戦を支援する為だ。
「もし何かあった時、僕は皆さんの力にならなければいけないのに……作戦前からこのザマです。……挙句の果てに、その……事故とはいえ、女性である隊長に不埒な真似を働く始末」
「どうせならもっと堪能しておけば良かったのに♪ああいうの、ラッキースケベって言うらしいわよ?」
「……それを素直に受け入れたら色々とマズい気がするんですが」
不意に、先程まで顔全体で感じていた柔らかな感触がフラッシュバックする。ユーリがそれを慌ててかき消した所で、ドッリオが口を開いた。
「──私はね。面白い人しか部隊に入れない主義なの」
「……?」
「確かに、上層部から人型ネウロイとの接触だけじゃなく、交戦経験まであるあなたが来るって聞かされた時は、正直心強いと思ったわ。只でさえ人型に関する情報は少ないし、そんなのとコミュニケーションを取ろうだなんて、接触するウィッチのリスクが大き過ぎるもの」
しかし彼女のポリシーである面白いかどうか、という観点は、彼女自身の目で見なければ判断できない。504部隊の隊員の大部分がそうやって選出された以上、そこへ突然ウィザードが入ってきて、果たして上手くやっていけるかどうか……彼女も不安な部分はあったのだろう。
「私から見たあなたの第一印象は、"素質はあるけどまだまだ"だったのよね。折角の面白さが内側に押し込められちゃってる、みたいな」
「はぁ……」
「で、ちょっと強引にでもそれを引き出そうと思えば出来たわけなんだけど──何だかあなた、今の状態で満足しちゃってるような気がしたのよね」
ドッリオがユーリを一目見た時、彼女の直感が伝えてきたのは、どこか歪に思えるユーリの内面だった。簡潔に表すなら「無欲過ぎる」といったところだろうか。
人間誰しも、未来に向けた何かしらの目標や願いを持って今を生きている。それはウィッチだって例外ではない。──祖国を奪還し、家族と暮らした暮らしを取り戻したい。この戦いが終わったら、世界中を旅したい。予てより興味のあった夢に挑戦したい──そんな未来に向けての希望が、ユーリからは一切感じられなかったのだ。
あるとすれば即物的なものだけ──ユーリの場合「仲間や家族を守りたい」がこれに当たる。立派な目的であるのは間違いない。だがそれは夢や目標のように、追い求めるものでないのもまた確かだ。この戦いが終わり、仲間達を守る必要が無くなったら……その後、一体ユーリには何が残るのだろうか。
「勿論、人の生き方はそれぞれだし、何より本人がそれで良いと思ってるんなら、私が手出しするのは良くないかなって思ったんだけど……あなたの場合、多分そうじゃないわよね?」
ユーリを見下ろすドッリオの瞳からは、僅かながらも確かな憐憫が見て取れる。
彼女自身初めての体験かもしれない。彼女の天才的とも言える直感は、まるで直接覗き込んだかのようにユーリの内側を感じ取っていた。
幼い頃からひたすら戦う為に育てられたユーリは、
この世に生を受け、時を重ねながら、様々なものに触れることで、人は多種多様な夢を抱く。だがユーリは違った。10年以上の時を過ごした狭く閉じた世界には、おおよそ夢と呼べるようなものが存在しなかった。
ユーリは夢を求めない。そんなもの知らないのだから、それが当たり前だったのだから。
ドッリオがどうして憐みを感じているのかすら、ユーリはよく分かっていないはずだ。これではまるで、中身が空っぽのハリボテではないか。
──だが、ユーリの中にそういった物が全く存在しないわけではない。先も言ったように、無いのではなく、認識できていないだけなのだから。先程ドッリオの胸にユーリが倒れ込んだ際、彼は慌てて離れようとしていた。それは嫌悪から来る行動ではない。要するに、人並みにあるはずの欲を凄まじい理性で押さえつけているのが今のユーリなのだ。
「──ユーリ。あなたはもっと自分に正直になりなさい。折角の人生なんだから、今のままじゃ勿体無いわ」
「正直に……」
「さて、そこでもう一度聞きます。──初めての女の子の身体はどうだった?」
「なッ……!?」
すっかりのぼせも引き、火照りの収まった顔がもう一度赤くなる。
「へ、変な言い方をしないでください!──もう大丈夫ですので、失礼しますッ!」
足早に浴場を出て行ったユーリ。静まり返った浴場にドッリオ1人が残されたかと思うと、脱衣所とを隔てていた戸が僅かだけ開かれる。
「……介抱して頂いた事は、ありがとうございました。おやすみなさい」
それだけ言い残し、ユーリは今度こそ風呂場を後にした。
「ふふっ……弄ったら結構可愛いところあるじゃない」
小さく笑ったドッリオは、自身も湯船に身を沈めるのだった。
尚、部屋に戻ったユーリがベッドに入らず、正座したまま眠りに就いた事は本人のみぞ知ることである。
ドッリオ少佐が劇中でも言っているように、ユーリ君が504に身を置くのはトラヤヌス作戦が終わるまでという短い間ですが、コミックス「紅の魔女」をまだ読んだことないという方に、504メンバーの魅力を少しでもお伝えできればと思います。
尚、のぼせたユーリを介抱してくれた少佐が果たしてタオルを巻いていたのかは……皆様のご想像にお任せします。
それはさておき。ここらで一度、ユーリ君の事がどこまで世界に知られているのかを整理しておきましょう。
・ユーリは男でありながら魔法力を持つ航空ウィザードである
・彼は天性のストライカー操縦技術を持っており、501部隊に義勇兵として志願。ガリア解放の為に尽力する。
・ガリアの巣が消滅した後、続けて502部隊にまたも義勇兵として志願。ここでも獅子奮迅の戦いぶりで白海の巣の撃破に貢献する。
ざっとこんな感じです。
実際、ユーリ君のストライカー操縦技術や銃の扱いなんかは幼少期から厳しい訓練を積んで身につけたものですが、表向きには上記の形で民衆達に伝わっています。1から10まで真実を知ってるのはブリタニア空軍の上層部と501、そして502の上位メンバー4人だけです。