「──皆、通達があるから聞いてくれる?」
昼食を終え、各々業務に戻ろうとしていた504部隊の面々を引き止めたのは、真剣な表情をした醇子だった。
「我々504部隊は明日、とある作戦に参加します。その作戦についての説明をさせて頂戴」
「なんか只事じゃないって感じね。そんなに大きな作戦なわけ?」
「ええ。作戦名は──"トラヤヌス作戦"」
作戦の概要を説明された隊員達は、皆一様に考え込んでいた。作戦を先んじて知らされていた醇子とドッリオとしても、こういう反応になるだろうと予想していた。
「ネウロイとのコミュニケーション実験ねぇ……まさかそんな作戦に私達が選ばれるとは驚きだわ」
「こんなの、前例もないですし……上手くいくんでしょうか?」
不安を零すルチアナに、醇子は説明を付け加える、
「一応、実際にネウロイと接触するのは私だし、皆には何かあった時の為に周囲で待機してもらうことになるわ」
「──本当に成功すると思ってるのか?こんな馬鹿げた作戦が」
「大将……」
真っ向から醇子に否を投げつけたのは、ジェーンの膝枕で横になっていたドミニカだった。
「私は反対だね。大体、もう何年アイツ等と戦ってると思ってるんだ。和平交渉なんてできる余地があるなら、とっくに試してる筈だろ。対話も何もない兵器の大群相手に、今更何を期待してるんだか……」
「大将、きつく言い過ぎですって……」
ドミニカを嗜めるジェーンだが、彼女も概ねドミニカと同意見のようだ。それに続き、またも反対意見が挙がってくる。
「……うん。私も同意見かな。少佐だってアフリカで苦労して戦って、怪我までしたのに……今更和平って、出来ると思いますか……?」
パティはドッリオと共にマルタ島で戦い、彼女が負傷する様を目の前で見ている。ネウロイとの激しい戦いを数多く経験している者程、この作戦に対する反対の意思が強くなるのは当然の帰結だ。
「……皆思う所があるのは理解しているわ。でもね、無尽蔵に湧き出てくるネウロイに対し、我々ウィッチは疲弊して、消耗する一方よ。このままずっと戦い続けるにしても、苦しい状況は変わらないと思う。その状況を変えられる可能性があるのなら、試す価値はあると思うの」
ドミニカ達の反対意見も最もだが、一方で醇子の意見も一理ある。例え和平に至らずとも、コミュニケーションを取ることで今まで知り得なかったネウロイの情報を掴めるかもしれない。そしてそれが、戦況を好転させる大きなターニングポイントになる可能性だって存在するのだ。
「ま、そういうことよ。何もせず状況悪化を待つよりは、取り敢えず試してみるのもアリなんじゃないかしら。それに、もしもの時は心強い仲間もいることだしね」
ドッリオの目線がユーリに向けられる。
「ってことは、ユーリがウチに来た理由って……!?」
「そ。目標である人型ネウロイとの交戦経験者って事で、上からお達しがあったのよ」
「要するに、今更何を言っても作戦自体は決行されるってわけだ。好きにすればいいさ、私は乗らないし、ジェーンも絶対に行かせないからな」
「ええ。勿論強制するつもりはないわ。ジェーンさんもそれでいいわね?」
醇子は一応ジェーンの気持ちも確認したが、やはり彼女も作戦には参加しないと答えた。
「そうねぇ──私は悪くないんじゃないかって思うわ。失敗が怖くて何もしないってのも性に合わないしね」
「だよねだよね!さっすがフェル隊長!」
ドミニカ達が参加を拒否した一方で、フェルやマルチナといった赤ズボン隊の面々は参加を表明。そこへ、同じく赤ズボン隊の名誉隊員であるアンジーも参加を頼まれ、これを承諾した。
何も言わずに醇子の要請を受け入れたアンジーへ、パティは心配そうに話しかける。
「ねぇアンジー。大丈夫?」
「私は命令に従うだけだ。問題ない。それに我々の任務は護衛がメインと聞いているし、そう危険が及ぶようなものでもないだろう」
「だと、いいんだけど……」
残る天姫と錦の2人だが、新型ユニットのテストパイロットも兼務している天姫にはデータを持ち帰るよう本国への帰還命令が出ている為、今回は不参加。彼女を途中まで見送りに行って欲しいと頼まれた錦もまた、出撃メンバーからは外れることとなった。
斯くして、来る"トラヤヌス作戦"に関するブリーフィングは終了。
作戦決行は明日の昼。出撃が決まったメンバー達は、各々準備を済ませておくよう言われ、食堂を後にした。
そして迎えた作戦当日──時刻は正午、出発1時間前。
"トラヤヌス作戦"に参加するフェルやアンジー達504部隊の面々は、最終ブリーフィングを行っていた。ただし今回皆の前に立っているのは、醇子ではなくユーリだ。
「作戦前に、僕が知る限りの人型ネウロイの情報を皆さんにも共有させてもらいます。──ただ、情報が情報なので、一応今回の作戦に関係のない人には他言無用ということでお願いします」
念を押したユーリに、一同は首肯を返す。それを確認してから、ユーリは人型ネウロイと交戦時の事や、過去の記録についてを話し始めた。
「──以上が、人型ネウロイに関する情報です」
「まぁ、普通のネウロイと同じだろうなんて端から思っちゃいないけど……話を聞く限りじゃ予想以上に厄介みたいね」
「ああ。敵は燃料消費も弾薬の上限も無い。我々が優位に立てるとすれば、各々が培ってきた空戦技術と、それを利用した連携だけだ」
「で、人型は過去にその情報を盗もうとウィッチを洗脳し、連れ去った……そう言われてるんですよね」
人型に関してユーリが確証を持って言えるのは、ブリタニアで接触したあの個体のみだ。過去にスオムスで出現したとされる個体の情報はあくまで記録上のもの。共有したそれらが有用に働いてくれるかは神のみぞ知る。
「人型ネウロイと直接接触する竹井さんは特に注意を。人型はその力の全容や目的、まだまだ不明な点が多いですから。皆さんも、もし戦闘に陥った場合、必ず2人1組で対処するよう心掛けてください」
5人が頷き、最終ブリーフィングは終了。それからはあっという間に時間が流れ、出発時刻である13時を迎えた。
「留守は私達に任せて、いってらっしゃい──くれぐれも気をつけてね」
見送りに来たドッリオの激励の言葉を背に、醇子率いる作戦メンバーは、人型が目撃された地点にあるネウロイの巣へ向かった。
「──そういえば気になったんだけどさ。人型ネウロイって、お話出来たりするのかな?」
「どうでしょう……さっきのユーリさんの話を聞いた限りでは、会話が成立するようには思えませんけど」
「じゃあ、ジェスチャーならどう?こうとか、こうとか……」
素朴な疑問を抱いたマルチナに、後ろを飛んでいたユーリが答える。
「仮にこちらの意思を理解できたとしても、向こうがそれに応じなければ通じていないも同義です。今回はそれを確かめる為の作戦ですよ」
彼女達には話していないが、ブリタニアに現れた人型ネウロイは芳佳とユーリを自らの巣へと招き入れ、何かを訴えるような素振りを見せた。それを鑑みるに、ネウロイにもある程度の自我や知性があると考えるのが自然だが……果たしてその解釈がどこまで通用するか。
ネウロイ全てか?人型のみか?はたまた、ブリタニアの人型が特殊だったのか?
何にせよ、今しがたユーリが言ったように、この"トラヤヌス作戦"が終わった暁にはそれも明らかになる筈だ。
「──竹井大尉は今回の作戦、どこまで信憑性があると思っているんだ?」
醇子にだけ聞こえるように問いかけてきたアンジー。醇子は少し考えてから、偽らざる本音を答えた。
「そうね……正直、上手くいったら儲け物。くらいかしら」
「意外だな。もう少し成功率を高く見積もっていると思っていたが……」
「まぁ、今私達の近くにある巣はガリアやオラーシャにあったものより規模は小さいし、仮に失敗して戦闘になったとしても、このメンバーなら何とかなると思っている部分はあるわ──何か、余程想定外の事態でも起きない限りはね」
そう話している内に、目的の巣が迫ってきた。醇子達の接近を感じ取ったのか、巣の中央から何かが現れる。ウィッチ達がそれを目にすると同時に、彼女達の後方を飛んでいた観測班もまた、それを目視で確認した。
『ネウロイの出現を確認。昨年、501統合戦闘航空団から報告のあった人型と酷似──』
「わ……ホントに人型だ」
「それにあの姿……ウィッチ?」
「いっちょまえに私達の真似でもしてるってのかしらね」
フェル達は初めて目にする人型ネウロイ。脚部はまるでウィッチの駆るストライカーユニットのような流線型。更に頭部には動物の耳のようなパーツも見られ、彼女達の言う通り、まるでウィッチを思わせる箇所がいくつも見られた。
「──我々も目標を確認した。これより接触行動に移る」
『了解。──お気をつけて』
この通信を最後に観測班は退避し、巣の近くには504部隊の面々だけが残る。さらにそこから醇子だけが前に進み出て、暗雲纏う巣の下にポツンと佇む人型ネウロイと正面から向かい合った。周辺で醇子を見守るフェル達護衛チームも、有事の際はすぐ行動に移れるよう片時も油断しない。
(この実験が成功すれば……終結させられるかもしれない。この戦いを──!)
緊張の面持ちで人型とのファーストコンタクトを図ろうとした、その瞬間だった──突如、空が紅く光った。
「竹井さん──ッ!」
「ッ──!?」
ユーリの声とほぼ同時に、醇子はその場から飛び退く。間髪入れず、醇子のいた場所を深紅の閃光が駆け抜けていった──そこにいた、
否、少し違う。醇子を狙った攻撃に人型が巻き込まれたのではない。その逆だ。
とすると、必然的に浮かび上がってくる疑問──
「まさか……ネウロイがネウロイを攻撃したというの……!?」
「タケイ──!」
作戦続行が不可能と判断した護衛チームは、素早く醇子の元に集合する。醇子と同様に、目の前で起きた事実を理解できず困惑している彼女達は、そのせいで気付くのが遅れた。
「ちょっと……何よアレ」
今醇子達が相対している巣の更に上──地表から遥か上空に、巨大な黒い渦があった。
いや違う。あれは……巣だ。
「……こちら竹井……作戦は失敗した──繰り返す。"トラヤヌス作戦"は、失敗した……ッ!」
空を見上げる醇子達の目には、目の前の巣を優に超えるとてつもなく巨大なネウロイの巣があった。恐らく先程のビームはこの巣から放たれたのだろう。人型の撃墜に止まらず、新たに出現した巣は元あった巣を跡形もなく消滅させた。これでまた1つ、世界からネウロイの巣が消滅した──それで済むと思う程、楽観的ではない。
古い巣を潰した新しい巣は、次はお前達だと言わんばかりに内部から多数の中型ネウロイを出現させる。その数たるや、ざっと目視できるだけでも7機はいるだろう。
「どーしよフェル隊長!?このままじゃアイツ等、ヴェネツィアまで行っちゃうよ!早く倒さないと!」
「でも数が多過ぎます……!一度退いて、迎撃態勢を取った方がいいんじゃ……!?」
マルチナとルチアナはフェルに指示を仰ぐが、当のフェルはこの状況に圧倒され、軽くパニックに陥ってしまっているらしい。部下達の声こそ聞こえているものの、それに答えようと開いた口からは掠れた息しか出てこない。
「──ルさん──フェルさんッ!!」
「ッ!……ユーリ」
「落ち着いてください。こういう時こそ冷静に、状況を見定めましょう」
このままここで戦っても、次々湧いて出てくるネウロイを完全に押さえ込むことは難しい。後ろに回り込まれて囲まれるか、そのままヴェネツィアまでの侵攻を許してしまうことになる。
かと言って、今すぐ退いたところで万全な迎撃態勢を敷くにも時間が足りない。最悪ネウロイがヴェネツィアだけではなくロマーニャ本土へ進路を向けることも考えられる。
ならば徐々に後退しつつ応戦。最低限ヴェネツィア市民達が避難できるだけの時間を稼ぐ事が現状の最善策だと、ユーリは考えた。
「──私もユーリさんと同じ見解よ。悔しいけれど、あれ程の規模の巣が相手では私達だけじゃ撃退できない。深追いは考えず、とにかく時間を稼ぐ事に徹して。市民全員の避難が完了するまで、何としても食い止めるわよ!」
「「「了解ッ!」」」
「攻撃開始──ッ!」
陣形を組みネウロイに向かっていった部下達。一方醇子は基地にいるはずのドッリオへ無線を繋いだ。
「緊急通信!少佐、応答願います」
『──オッケー、聞こえてるわ。何かあったのね?』
「はい。実験は失敗。新たに現れた巨大な巣に古い巣は破壊され、中から多数のネウロイが出現。現在応戦中です」
『そう……最悪の結果になっちゃったわけね。──まぁなっちゃったものは仕方ないわ。今できる最善を尽くしましょう』
「まず、一刻も早くヴェネツィア市民を避難させるよう連絡をお願いします。こちらもできる限り時間を稼ぎますが、それ程長くは保ちません。それと──新たな巣から出現したネウロイの一団が、ヴェネツィアとは別の方向へ向かっているようです」
『その方向は?』
無線越しに、重苦しい醇子の声が返ってくる。
「……恐らく、504基地です」
『そっか……分かった。こっちはこっちで何とかするわ。タケイはそっちの皆をお願い。……死なないでね』
「了解ッ!」
基地も心配だが、あちらはドッリオ達を信じるしかない。通信を終えた醇子もまた、手近な位置にいるネウロイ目掛けて飛び込んでいった。
醇子が基地へ連絡を取っていた頃──
「──私としたことが、さっきはちょーっとだけ驚いちゃったけど、大した事はないわね!」
「えー?さっきの隊長、本気でビビってなかったー?」
「そんなワケないでしょ!私を誰だと思ってんのよ!!」
「2人共、無駄口叩いてないで真面目にやりましょうよー!このネウロイ、とにかく硬くて装甲が中々
「オーケーオーケー。行くわよマルチナ!ルチアナ!ナメた真似されて黙ってる赤ズボン隊じゃないってこと、コイツらに分からせてやるわッ!!」
呑気に軽口を叩いていたのが一変、フェル達三変人は息の合った動きでネウロイ達を1機、また1機と撃墜していく。変人の名にそぐわない見事な連携は、ウィッチとして長いこと戦っているアンジーとしても目を見張るものがあった。
「一見不真面目なようで、よく連携が取れている……いいチームだ」
狙撃手として後方に陣取ることが多く、また自分でもあまり社交的とは言えない性格も手伝い、アンジーには相棒と呼べる程親密な戦友がいない。頭の片隅でフェル達の関係性を羨ましがっている事に気づいたアンジーは、無い物ねだりをしても仕方がない、と意識を切り替える。
「……ああ。私は私に出来る事をするだけだ──」
銃を構えたアンジーの身体を魔法力の光が包み込み、ネウロイに差し向けられたボーイズ対装甲ライフルの銃口に魔法陣が展開される。
引き金が静かに絞られ、轟音と共に13.9mm徹甲弾が放たれる。漆黒に彩られた薄い六角形の機体に命中した徹甲弾は一際眩い光を発したかと思うと、先の銃声に負けず劣らずの爆音を伴い弾けた。その衝撃はネウロイの機体をコアごと破壊し、銃弾1発でネウロイは光る破片と化した。
これが彼女の固有魔法〔魔法炸裂弾〕──ユーリの〔炸裂〕と同系統の攻撃系魔法だ。
「わぁ……!アンジーかっこいい!」
「見なさいマルチナ、アンジーだけじゃないわよ──」
フェルが見ている先では、こちらも単独で戦闘を続けているユーリの姿があった。遠距離から確実に敵を狙い撃つスタイルのアンジーに対し、ユーリは時折足を止める程度。狙撃手らしからぬ動きでネウロイの周囲を飛び回り、まるで機関銃を運用するような機動で対装甲ライフルを振り回していた。
「ふッ──!」
1秒程足を止めてネウロイを落とし、再始動。止まった瞬間を狙い打とうとするネウロイの裏をかき、すれ違いざまに徹甲弾を撃ち込んでいく。かと思えば、今度はしっかり足を止めた正確な狙撃で一気に複数のネウロイを撃墜してみせる。仲間内の模擬戦では一度として見せなかった戦い方だ。
「ユーリさんもすごいですね……」
「あいつホントに
「隊長!ボクらも負けないように頑張んなきゃッ!」
「そうね。もうちょっと気合入れるわよ──!」
アンジーとユーリの攻撃によってネウロイの撃墜速度が増し、次第に戦況は504へ優位に傾いていく。──そう思われた。
「ッ!?──アンジーさん後ろッ!」
どこか悲鳴にも似たルチアナの声。それを聞いて背後へ目を向けたアンジーは、自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるネウロイに気づいた。
「くっ──!」
舌打ちしながらも、アンジーは身体を捻って射線を後ろへ向ける。それだけでは足りず、ボーイズを横に倒して腕と肩を目一杯突き出すことで、どうにかネウロイを捉えることに成功した。しっかり狙う暇などあるはずもなく、間髪入れず引かれる引き金。流石ヒスパニア戦役からの歴戦のウィッチというべきか、咄嗟の射撃にも関わらず、弾丸はネウロイに命中した。
……しかし当たる直前、ネウロイが僅かに機動をずらしたことで、徹甲弾は本体ではなく、翼の末端部を浅く捉えるのみに終わる。更に不運はまだ終わらない。
「アンジー危ない──ッ!」
破損したネウロイの機体の破片が、突っ込んできたネウロイの勢いそのままにアンジーに向かって飛んでくる。彼女も警告より先に回避しようと身体を逃がすが間に合わない──!
ゴリッ────!
──そんな音が、聞こえた気がした。アンジーに襲いかかった破片は彼女の左肩を深々と切り裂き、紅い飛沫を飛ばしながら飛び去っていく。同時に痛手を受けた彼女もまた、ユニットの制御を失い落下していった。
「アンジー───ッ!!」
真っ先にアンジーの元へ駆けつけたフェルは、彼女のジャケットを脱がし左肩を露出させると、傷口に手を翳し意識を集中させる。すると魔法力の光が傷を包み込んだ。彼女の固有魔法である〔治癒〕が発動したのだ。
「ぁ──マルヴェッツィ中尉……すま…ない……」
「いいから喋らないで!」
しかしこれまでの彼女は己の治癒魔法を然程重要視しておらず、固有魔法の練度に限れば502部隊のジョゼをやや下回る程度。
治りが遅い傷を見ながら、もう少し治癒魔法の勉強をしておくべきだったと過去の自分を呪ったフェルに、醇子から通信が入る。
「──フェルナンディアさん!アンジェラさんの容態は!?」
『今治療中!でも応急処置にしかならないわ!』
「……分かったわ。そのまま治療を続けて!」
少ない弾数で敵を倒せる高火力持ちであるアンジーの負傷と、治療に伴うフェルの戦闘離脱。優秀な兵を2人失った504は、一気に劣勢に追い込まれることとなる。
アンジーと、治療を行うフェルを懸命に守るマルチナとルチアナだが、マルチナはもう弾薬が底をついた。ルチアナも直に弾切れを起こすだろう。それは醇子やフェルも同様で、何よりユニットの燃料が保たない。
(マズいわね……この人数じゃもう支えきれない……!)
今はまだユーリが敵を引き付けてくれているお陰でこうして考える余裕が生まれているが、それも無限に保つものではない。決断を迫られた醇子は、歯噛みしながら指示を飛ばす。
「皆一旦下がって!補給に戻り、態勢を立て直します!」
「ならば──」
醇子の耳に、今にも消え入りそうな掠れた声が入る。
「アンジー……!?」
「……ならば、
「ア、アンタ何バカなこと言ってんのよ!?私の魔法はあくまで応急処置!止血はしたけど、全然治ってないのよ!?」
「大丈夫だ……私はまだ燃料も、弾薬も残っているし……」
「そうじゃなくて──!」
「頼む……っ!」
必死に引き止めるフェルに、アンジーは息も絶え絶えながら語気を強める。
「……頼む。やらせて欲しいんだ」
「アンタ、何をそこまで……」
「──私はな……一度
カールスラント撤退戦。多くのウィッチと、多くの軍人及び民間人が命を落とした地獄のような戦いに、アンジーもいた。街は炎に呑まれ、志半ばで多くの同胞が死んでいった。避難が間に合わなかった民間人もいる。だというのに、必死に逃げる事しかできない。この手には間違いなく、人々を助ける為の力が備わっているというのに。過去に味わった無力感が、これまでずっとアンジーの胸の内で暗く、燻り続けていた。
「だから頼む……今度は、守らせて…くれ……」
「僕も残ります。弾薬も燃料もいくらか余裕がありますし、防戦に徹すれば、まだ──」
アンジーに続いて名乗りをあげたユーリ。こちらも燃料・弾薬共に消耗しているが、言ったように防戦に徹すればまだ戦える。
「……分かったわ」
「タケイ!?」
未だ避難が完了していないヴェネツィアへも民間人護衛に人手を回さねばならない以上、醇子達は絶対にここで全滅するわけにはいかない。それには殿が必要なのも事実だ。
「ただし条件があるわ。必ず迎えに来る。それまでどちらも欠けず、何としても生き残ること。この命令は絶対よ」
「了解した……──そうだな、出来れば早めに来てくれると助かる」
精一杯の軽口を以て醇子らを見送ったアンジーとユーリ。残された2人の前に、ネウロイが迫る。物言わぬ敵であるはずだが、無謀にも残ったアンジー達を嘲笑っているように感じられた。
「──君まで残る必要はなかったんだぞ。准尉」
「アンジーさんと同じですよ。今度こそ守りたいから、ここにいます。──本音を言えば、アンジーさんには戻ってもらいたかったんですが」
「ふ……それは…無理な相談だ。君も聞いていただろう?」
「ええ。ですから止めません──」
言葉の途中で、ユーリはシモノフを構えるなり引き金を引く。今まさに2人へ攻撃を仕掛けようとしていたネウロイに徹甲弾が喰い込み、〔炸裂〕──金属片となった残骸が辺りを舞う。
「──代わりに、アンジーさんには絶対に生きて帰ってもらいます」
「そうか……精々努力しよう……──さてネウロイ共、もう少し付き合ってもらうぞ。私達の……罪滅ぼしに!」
──醇子達を見送ってから、どれくらい経っただろうか。もう引き金を引いたのが何度目かも覚束無い。
(1発撃つ度、左肩に響く……あの時は見栄を張ったが、准尉がいてくれて良かった)
アンジーは荒い息をつきながら周囲を見回す。防戦とはいえ少なくとも数体のネウロイは倒しているはずだが、敵の数は減るどころか増えているようにすら思える。それも当然か。何せ目の前には巣があるのだから。
「アンジーさん!まだ生きてますよね!?」
「ああ……お陰様、でな」
気丈に振る舞うアンジーだが、合わせた背中越しでも分かる。消耗が隠しきれていない。これ以上無理を強いれば、彼女の意識が先に落ちてしまうか……斯く言うユーリも、正直だいぶキツい。魔法力はまだどうとでもなるが、燃料が残り少なく、何より残弾は僅か2発しかない。アンジーの方はどうか定かでないが、多く見積もっても2~3発と見るのが妥当だろう。
(竹井さん……急いで……!)
歯噛みするユーリの耳が、ネウロイの接近を背後に感じ取る。片腕が使えず照準を安定させるのに時間がかかるアンジーと位置を代わり、ユーリがネウロイを撃墜。そこを狙って逆方向──またもアンジーの前にネウロイが向かってくる。
「ぐ……うう……っ!」
上手く力の入らない腕を叱咤し、アンジーはボーイズを持ち上げる。
「アンジーさんっ!」
ふらついて狙いの定まらないアンジーの腕を、ユーリが後ろから支える。まだ多少のブレはあるが、アンジーは狙撃手としての意地を見せ、ネウロイに照準が合った刹那を捕まえ引き金を絞った。
寸での所でネウロイは爆散し事なきを得たが、状況は依然変わらない。しびれを切らしたネウロイ達が一斉攻撃を仕掛けてくるであろうことを考えれば、保ってあと5分……いや3分か。
「すまない准尉……今ので、最後だ……」
「そうですか……こちらもあと1発だけです」
「はぁ…はぁ……っ、准尉──」
「──逃げませんよ。言ったはずです。必ず生きて帰ってもらうと」
「君はまだ…未来があるだろう……それに、上官への恩返しとやらも、済んでいないんじゃないのか……」
「……アンジーさんは意外とズルい言い方をするんですね。なら──今度、ロマーニャの美味しいお店でも教えてください。僕みたいな人間でも間違いなく気に入るだろうって所をお願いします」
「准尉……?こんな時に何を……」
「はいもう約束しましたからね。アンジーさんはこの約束を果たさないまま、死ぬつもりですか?」
意趣返しをくらい目を丸くするアンジーは、戦場の
「……ふふっ…ははは──そうか。ならば、生き延びなければな……!」
アンジーが僅かながらも気力を取り戻した所で、ネウロイの機体に赤い光が灯る。ユーリが迎撃しようと銃を持ち上げた瞬間、小刻みな銃声と共に銃弾の雨がネウロイを襲った。醇子が戻ってきたのだ。すぐ後ろにはドミニカの姿もあるが、手にはいつも携えている2丁の銃が無い。
「──2人共無事ッ!?」
「竹井大尉……ああ、無事と言えるか怪しいが……何とか生きてはいる」
「良かった……それだけ軽口が叩けるなら大丈夫ね」
「ほら、
「……バレましたか。お言葉に甘えさせてもらいます」
騙し騙し回し続けてきたユニットも、いよいよ限界だ。ドミニカに抱えられると同時に、ここまで頑張ってくれたユーリの《スピットファイア》は眠るようにエンジンを停止させた。
「直ちに戦場を離脱、撤退します──!」
ユニットを全開にして即時撤退を開始する醇子達だが、当然ネウロイ達は許してくれない。背を向けて逃げようとする彼女達に向かって、幾筋ものビームを放つ。
「あークソ!せめてグレネードの1つでも持ってくるんだったか!」
「くっ……敵が予想以上に多い……!」
アンジーとユーリが敵を押さえ込んでいる間にも、ネウロイは着実に数を増やしていた、彼女らが撤退を始めたことにより、そのネウロイ達が一斉に襲いかかって来たのだ。基地へ向かっていた一団を迎撃するのに主要な武器弾薬を全て使い果たしてしまった為、ドミニカは丸腰。武装しているのは醇子だけ。彼女1人では敵の攻撃を振り切るのに手が足りない。
「ドミニカさん!僕を後ろに向けてもらえますか?」
「ああ?何する気だよ──!?」
「奴等を倒します!」
「できるのか──!?」
「……はい!」
ドミニカは意見を仰ごうと醇子を見る。彼女も今のやり取りは耳に入っており、数秒の思考の末、醇子は決断を下した。
「──お願い!ユーリさん!」
このまま撤退を続けても追っ手は振り切れない。最悪街までネウロイを連れてきてしまう。ユーリにこの状況を打開する術があるならば、それに賭けるしか道は残されていない。
醇子の指示を受け、ドミニカは身体を前後180度反転。抱えられていたユーリは後方でうじゃうじゃと群がるネウロイ達を視界に収める。
「……ドミニカさん。僕をしっかり捕まえておいてください」
「……?わかった」
身体に回されたドミニカの腕に力が篭ったのを確認したユーリは、シモノフをしっかりと構える。すると、長い銃身の先にいくつもの魔法陣が多重展開された。
「……術式展開。目標、補足」
魔法陣達は銃身を滑るようにして、チャンバー内に残された最後の1発に魔法力を圧縮充填する。この時点で、もし"知っている者"がいたなら即座にユーリを止めていただろう。だが生憎醇子もドミニカも、ユーリがやろうとしているのがどんな事なのか、何も知らなかった。
「〔爆裂〕───ッ!」
引き金が絞られ、眩い輝きを纏った徹甲弾が敵の群れに向かって飛んでいく。ネウロイ達の隙間をくぐり抜け、群れの中程の個体に命中した瞬間──光と共に、凄まじい轟音と衝撃が辺りを駆け抜けた。同時に、あれだけいたネウロイ達が次々金属片となって散っていく。ユーリの覚醒魔法〔爆裂〕によって、新たな巣から湧き出てきた大量のネウロイ達が一瞬にして消滅していた。
「この威力……ユーリさん、あなた一体──!?」
「──ダメだ。完全にノびてる。今ので魔法力も全部使い果たしたんだろうな」
ドミニカの腕の中で意識を失い、グッタリとしているユーリ。彼女の推測通り、今の彼には一滴たりとも魔法力が残っていない。
(今のが噂の魔弾ってやつか……こんなの使い続けてたらその内死ぬぞ。コイツ)
何はともあれ、このチャンスを無駄にしてはいけない。醇子は困惑しながらも、ドミニカ共々全速力で撤退を再開した。
『──タケイ!今そっちで凄い爆発あったけど、大丈夫なの!?』
ノイズ混じりだが、インカムからフェルの声が聞こえる。補給に戻った際、ヴェネツィアの避難民護衛に向かわせた赤ズボン隊の3人も、無事に任務を完遂したようだ。
「大丈夫よ。今アンジェラさんとユーリさんを回収して撤退してるわ!あなた達も合流ポイントへ向かって頂戴!」
『了解!』
今しがたのユーリの攻撃でネウロイ側も大損害を被ったのか、これ以上新手が出てくる様子はない。醇子はさっきまでの攻勢が嘘のような沈黙を見せる巣を睨んだ。
(この借りは必ず返すわよ……覚えておきなさい……!)
こうして、ネウロイとのコミュニケーションを図る前代未聞の作戦"トラヤヌス作戦"は失敗。新たに出現した巨大なネウロイの巣によって、ロマーニャの北に位置するヴェネツィア公国がネウロイの手に落ちてしまったのだった。
ユーリ君が覚醒魔法を気軽に使っちゃう件。
因みに身体に掛かる負担のことはちゃんとガランド少将から聞かされてます。それを知った上で2発目の〔爆裂〕を撃っちゃったわけですね。
ユーリ君の命は、あと5発。
ガランド少将には「次に覚醒魔法使ったら死ぬみたいなこと言ってなかった?」と問い詰める上層部に「流石はウィザード、運が良かったんでしょう。もう使わないようちゃんと言っておきます」とかなんとか上手いこと言いくるめてもらいましょう。