ユーリが501に配属されてから早数日──ミーナ達の勧めもあって、少しずつではあるが他の隊員達との交流を持つようになった。
現状頻度として一番高いのは、食事や美緒の訓練で何かと顔を合わせることの多い芳佳とリーネ。次点で当初からユーリに対し好意的だったシャーリーとルッキーニだ。
特にリーネは同じ狙撃手ということもあり、今では射撃訓練の際に飛行状態での狙い方や偏差射撃のコツ等を教えることもある。
「──では僕が的を投げるので、落下する目標に弾が命中するようタイミングを図って撃ってみてください」
『はい……っ!』
片やシャーリーは時折ユーリを捕まえては「ストライカーの簡易メンテナンス方法を教える」という名目で、ユニット改造仲間を増やそうと画策しており、その度にバルクホルンから大目玉を食らっている。
「ちょっとココんとこ押さえてくれ……っし、オッケー!見とけよー?早速テストを──」
「おいリベリアン!新人を妙な遊びに巻き込むんじゃない!しかも何だその格好は!?ザハロフ、お前も少しは気にしろ!」
「遊びとは失礼な!アタシはユーリにスピードの世界に存在するロマンの何たるかをだな──!」
だがユーリとしては、これまでユニットの内部に触る機会など無かった為、知識として知っておく分にはそう悪いことではないのでは?というのが正直なところ。
そのバルクホルンは、機会があればユーリを模擬戦で扱きに扱き、時には敵チームとして、時には味方として、ユーリを徹底的に鍛え上げるつもりでいるらしい。
「どうした!この程度でへばっていては立派なカールスラント軍人になれんぞ!」
と言っている辺り、どうやらユーリに伸び代を感じた様子だ。因みにユーリはカールスラント軍に入る予定は無い。
ペリーヌは態度こそ多少軟化したものの、まだユーリに対する警戒心が完全には拭いきれないのか、ツンケンした態度を取ることが多い。……もっとも、それは芳佳に対しても同じなのだが。
ハルトマンは……いくら上官であると同時にカールスラントのスーパーエースであろうと、流石のユーリも参考にすべきではないと判断した。だがいつ如何なる時も
──と、このような感じだ。先日ミーナと美緒に提案された堅苦しさを無くす作戦が功を奏したのか、この数日で大分501に馴染んできたように思える。
そんなある日のことだ。
「夜間哨戒ですか?」
「ええ。昨夜のネウロイ、あなたも見たでしょう?」
「リトヴャク中尉が交戦した個体ですか……」
昨日、ユーリと芳佳の新人2人はミーナと美緒に連れられて首都ロンドンにあるブリタニア空軍の基地を訪れた。そこで彼女達が上層部とした話の内容は、帰りの不機嫌な様子を考えれば想像に難くない。
その帰り道で、夜間哨戒任務に出ていたサーニャが4人の乗る大艇を迎えに来てくれたのだ。しかしそこへ突然ネウロイが接近。姿こそ雲海に隠れて視認できなかったが、ナイトウィッチが有する頭部の魔導針によって超広域探知を行えるサーニャだけは敵の位置を察知。武装を持たない大艇から単身でネウロイを引き離してくれたのだ。
撃破には至らなかったものの、無事に敵を退けた501の面々が疑問視したのは、サーニャの交戦したネウロイが全く反撃をしてこなかったという証言だった。
「ネウロイは未だ未知数な部分が多い…だから、あの時の当事者であるサーニャさんと宮藤さんとあなた、そこへ本人の強い希望によりエイラさんを加えた4人で、今日から暫くの間夜間任務に出て貰えるかしら?」
「了解しました。任務開始まで仮眠をとっておきます」
一礼したユーリは、早速自分の部屋に向かった。夜の空は往々にして雲を抜けるまで真っ暗闇だ。暗闇に目を慣らしておく為に、日中でもカーテンを閉め切って外光が入らないようにしておく必要がある。その作業に取り掛かるつもりなのだ。
差し当たって必要なものを頭の中でリストアップしながら廊下を歩いていると……
「あっ、ユーリさん!ユーリさんも今日から私たちと一緒に夜間任務なんですよね?」
「宮藤さん──はい、先程ミーナさんから指示を受けました。これから出動に備えて、部屋の中を弄ろうと思っていたところです」
向かい側から歩いてきた芳佳と、その傍らにはエイラとサーニャもいる。彼女たちもこれから仮眠を取るようだ。
「今からやるのか?アレ、一度つければなんて事ないけど、それまでが結構めんどくさいゾ」
「最悪家具や木箱でも積み上げて窓を塞ぎますから、ご心配なく」
「いや、それじゃ今度は片付けが面倒になるじゃんかヨ……」
「片付けるのは僕ですし、皆さんのお手は煩わせません。お気になさらず」
「あ、あの──!」
呆れるエイラの横を通り過ぎたユーリ。その背中を呼び止めたのは、以外にもサーニャだった。
「……はい、なんでしょうか?リトヴャク中尉」
「……私の部屋、臨時で夜間任務専従員の詰所になってるから…その……」
「お、おいサーニャ?まさカ……」
サーニャの言わんとしていることを予測したエイラは、ワナワナと震えながら彼女を見る。
「良かったら、私の部屋……使って?」
「サーニャーーーッ!?」
「リトヴャク中尉…お気持ちは大変有難いのですが、流石にそれは色々と問題があるのでは?」
「そーだゾ!何考えてんだヨ!?」
「私なら大丈夫。だってエイラがいるもの」
「え、あ…ま、まぁナ!私がいる限りサーニャを危険な目に遭わせやしないサ!当然だロ!」
狼狽していたのが一転、デレデレと表情を崩したエイラは、クルリとユーリの方を振り向くと、その両肩をがっしりと掴む。
「いいか、今回はサーニャに免じて仕方な~く勘弁してやル!けど少しでも変なこと考えたらオマエを蜂の巣にして死神のカード体中に貼っつけてやるかんナ…!!」
「い、いえですから…なら僕は自分の部屋で──」
「オマエサーニャの厚意を無下にすんのカーーッ!」
「どうすればいいんですか……」
エイラの怒りに任せてブンブンと前後に揺さぶられるユーリは、揺れる視界の中に苦笑いしてこちらを見る芳佳の姿を捉える。
「そ、そうです、宮藤さんは?彼女の意見も尊重すべきでは……っ?」
「えっ?あ、私は大丈夫ですよ?ユーリさん、訓練の時なんかもすごく優しいですし、ご飯いっぱい食べてくれますし。乱暴するような人じゃないと思います!」
「その警戒心の無さはそれはそれでどうなんだヨ……とにかく、3対1でお前の負けダ!大人しく来い!」
エイラに背中をグイグイと押され、ユーリは観念してサーニャの部屋を使わせてもらうことになった。
「──にしても、さっき起きたばかりなのに、部屋の中まで真っ暗にすることないよね」
「目を慣らしとけってことだロー」
「夜間哨戒はライトも何も持っていけませんし、あっても大して役に立ちませんからね。普段明るい空しか見てない僕達にとっては大事なことです」
4人が今いるサーニャの部屋は、暗幕のカーテンを閉め切って隙間から光が洩れないよう術式の刻まれた符を貼っている。当然電気も点いてないため、中は相当暗い。最低限の視界を確保できる程度の光しか、今この部屋には存在していないのだ。
そんな部屋の中で、芳佳とサーニャ、エイラの3人はベッドで寛いでいるのだが、唯一男であるユーリは一層暗い部屋の隅っこに陣取っていた。ジャケットを脱ぎ、ズボンとタンクトップ1枚の状態で壁に背中を預け、下着状態のエイラ達を見てしまわないように自室から持ってきたブランケットを頭から被っている。
「ユーリさん、それじゃお尻痛くなりません?」
「問題ありません。お気になさらず」
「ベッドは1つしかないし、本人がアレでいいって言ってんだからいいんだロ。確かに幽霊みたいでちょっと気味悪いけどナ」
「アハハ…幽霊といえば、コレ御札みたいだなぁ」
芳佳が持っているのは、窓に貼ってある符と同じものだ。表面には術式が書き込まれており、確かに外見は扶桑で広く知られている護符に酷似している。
「……私、よく幽霊に間違われるわ」
「そうなんだ、夜に1人で飛んでたらそういうこともあるのかな?」
「ううん。飛んでなくても……居るのか居ないのか、よくわからない。って」
「あんなツンツンメガネの言うことなんか気にすんナ。暇ならタロットでもやろ」
どうやらペリーヌの気難しい性格はサーニャにもトゲを向けていたらしい。ユーリが数日過ごして感じた限りでは、ペリーヌ自身は言う程悪い人間ではないし、芳佳に対する敵意(のようなもの)と比べれば可愛いもののように思えるが、感じ方は人それぞれだ。サーニャとて傷ついていないわけではないだろう。
「……ねぇエイラさん。このカードは?」
「んー?…おっ、良かったじゃん。今一番会いたい人ともうすぐ会えるってサ」
「ホント!?──あ、でもそれは無理だよ…だって私の一番会いたい人は……」
(宮藤博士……宮藤さんのお父上、ですか──)
ブランケットの下で彼女たちのやり取りを聞いていたユーリは、当然芳佳のこの話も聞き齧っている。彼女の父親である宮藤博士は、ウィッチ達が駆るストライカーユニットの基礎理論を確立させた英雄なのだ。彼の功績なくして、人類はネウロイとここまで戦ってこれなかっただろう。
しかしそんな博士も、数年前に命を落としたと聞いている。
「──おいユーリ。オマエもどうだ?今なら特別に占ってやるゾ」
「占いですか…興味はありますが、僕はここから動けませんので」
「あー…じゃあ1から7で好きな番号言えヨ」
少し考えた末、愛用しているシモノフの装弾数から7をチョイスした。指定された番号位置のカードを捲ったエイラは、内容を見てニヒヒと笑う。
「"
「そんなつもりはないんですが…気をつけます」
そのまま暫く雑談を続けた芳佳達は次第に眠りにつき、ユーリも本格的に仮眠を取るべく目を閉じた。
時は進み、時刻は夕方。夜間哨戒メンバーはルッキーニの声を目覚ましに起された。
「では、先に行きますね」
女性陣が早く着替えられるよう、ユーリはジャケットを持って先に部屋を出る。食堂に向かう道すがら、基地内の照明がいつもより暗くなっていることに気がついた。
「──ああ、これは暗い環境に目を合わせる為の訓練だそうですよ」
「そういう事でしたか」
食堂に到着したユーリは、リーネに淹れてもらった紅茶の匂いに首を傾げる。
「これは…?何やら不思議な香りですが」
ユーリとて紅茶に詳しいわけではないが、上層部の人間に1~2回だけ飲ませてもらった記憶がある。これはその時の香りのどれとも一致しない。
そんな彼の疑問に答えるべく現れたのは、得意げな様子のペリーヌだった。
「それはマリーゴールドのハーブティーですわ。目の働きを良くすると言われてますのよ。ワタクシがわざわざ用意してあげたのですから、感謝なさい」
「…………」
「な、なんですの?ジッとこちらを見て」
「……いえ、恐らく私の記憶違いでしょう。そういうことにしておきます」
「ちょっと!一体何なんですの!?ハッキリとお言いなさい!」
黙ってハーブティーを飲むユーリの脳裏では、マリーゴールドが目にいいというのはガリアに伝わる民間伝承という一説が過ったのだが、ここはペリーヌの顔を立てることにした。
もっとも、そんな気遣いも後にリーネの一言によって台無しになるのだが。
(我ながら変な気遣いを覚えたな…けど──)
カップをソーサーに戻して一息ついたユーリは、食堂にいる501のメンバーをグルリと見渡す。
芳佳の横では、今朝食べたブルーベリーの時と違って口の中がどうにも変化しないことに「つまんない」とルッキーニが癇癪を起こし、そのことを擦ったエイラに向かってペリーヌが必死に弁解しているところだ。
バルクホルンは「静かにしろ」と彼女らを窘め、シャーリーとハルトマンはハーブティの独特な味に顔を顰める。
そしてそんな彼女達を見て笑みを浮かべるミーナと美緒の隊長組──物心ついてからこの方、家族というものを知らずに生きてきたユーリだったが、もし自分に家族がいたなら、こんな感じなのだろうかと想像する。
(──こういうのも、悪くない……かもしれない)
柄でもない感傷に浸りながら、残ったハーブティーを飲み干した。
そうこうしている内に日は落ち、空が暗闇に包まれる。サーニャ以下4名は、ストライカーを履いて滑走路に出ていた。
「夜の空がこんなに暗いなんて……ちょっと怖くなってきた」
「オマエ夜間飛行初めてなのカ?」
「無理なら止める…?」
「ううん…てっ、手、つないでくれたら大丈夫──だと、思う」
すると、サーニャは震える芳佳の手をそっと握った。その手を起点にしてじんわりと熱が伝わり、芳佳の震えも収まっていく。
「ムッ……」
サーニャと手を繋いでいることに嫉妬したのか、エイラは芳佳の左側に回ると、こちらも空いている手をしっかりと握る。
「全く、だらしないナ──ほらお前も」
「……エイラさん、この手は一体?」
彼女達の様子を黙って見ていたユーリに、エイラが突然手を差し出す。
「この際全員繋いどいた方がはぐれなくて済むだロ」
「いえ、僕は訓練で夜間飛行の経験もありますし──」
「──いいから行くゾっ!サーニャ!」
「ええ」
無理矢理ユーリの手を取ったエイラは、ストライカーの回転数を上げる。サーニャと、困惑するユーリもそれに続き、まだ心の準備ができていない芳佳を連れて夜の空へと飛び立った。
「は、離さないでね!?絶対離さないでね──!?」
「宮藤さん、落ち着いてください」
「もうちょっと我慢して。雲を抜けるから──」
それから僅か数秒後…周辺を漂っていた白い雲が唐突に途切れ、視界が晴れた。
「わぁ……!すごい!」
雲の上では煌々とした月がこちらを見下ろしており、下を飛ぶ芳佳達のことを優しく照らしてくれる。更には月だけでなく、満天の星々も小さいながら力強い輝きを以て、4人を迎えてくれた。
「最初は怖かったけど、夜の空ってこんなに綺麗なんだね!私だけじゃこんな所まで来れなかったよ!ありがとう、サーニャちゃん!エイラさん!」
「フフン。そこまで喜んでくれるなら、連れてきた甲斐もあるってもんダ。流石のユーリも見とれてるみたいだしナ」
「僕が夜間飛行を行ったのはどれも月の出ていない日ばかりでしたから…こんな景色は初めてです。リトヴャク中尉がいなければ、こんな機会も無かったでしょう。僕からも、ありがとうございます」
「いいえ……任務だから」
「──そういやずっと気になってたんだけどサ、どーしてユーリはサーニャの事だけ余所余所しい呼び方すんだヨ?仲間外れにする気じゃないだろうナ……!?」
「エイラ、私は気にしてないわ」
詰め寄るエイラに若干気圧されたユーリは、左ロールでエイラから離れつつ答える。
「いえ、決してそのような事は…リトヴャク中尉は501唯一のナイトウィッチとして夜間任務に当たる都合上、どうしてもお話できる機会がなかったんです──」
サーニャは常日頃、夜間哨戒から帰るなり部屋で寝ていることがほとんどで、ユーリが501に配属された時も眠たそうにしていた。
その後も中々彼女と話す機会に恵まれず、かと言って寝ているところを態々起こすのも申し訳ない。他の隊員にはそれぞれ呼び方を具申した上で接している以上、大した交流もないのに勝手に名前で呼ぶのは馴れ馴れし過ぎるのではないか。と、本人から承諾を得るまではこの呼び方でいるつもりだったのだ。
「そんな、気にしなくて良かったのに……」
「律儀な奴だナー」
「扶桑には"親しき仲にも礼儀有り"ということわざがあると聞きますし、リトヴャク中尉が不快な思いをされてはいけませんから。…しかし、逆効果だったようですね。申し訳ありません」
「いいえ。私を思ってのことだもの、謝る必要なんて無いわ。これからは好きに呼んで」
「……では僭越ながら、サーニャさん──と。改めて、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
「サーニャは優しいからな。感謝しろヨ」
「どうしてエイラさんが得意げなんですかー?」
「宮藤うるさイ!いーだろ別に!」
音ひとつない夜空に、少女達の笑い声だけが軽やかに響いていた。
※シモノフ対戦車(装甲)ライフルの標準装弾数は5発ですが、ユーリのシモノフは弾倉スロットを拡張してあるため2発多く入るようになってます。
因みに、今回エイラの占いで出たユーリの"吊られた男"には、
正位置:自己犠牲、自己放棄、試練、修行、服従、復活、再生
逆位置:我欲、わがまま、自己主張が強い
等の意味があるようです。