501のウィザード   作:青雷

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「無傷」のエース

「──今見てもらったのは、空軍の偵察機が撮ってきた写真だ。中央に写っているのが、今回出現したネウロイなんだが……」

 

 ある夜、急遽ブリーフィングルームに招集された501部隊。

 壇上の美緒が指し示す写真には、彼女の言う様に今日出現した新手のネウロイの写真が映し出されているのだが、そのネウロイというのが、また奇怪な形状をしていた。

 ──率直に言って、細長い。ただひたすらに細長い。そうとしか言いようがなかった。地上から天に向かって一直線に屹立するこのネウロイは、全長が推定3万メートル(30キロ)以上。移動速度は毎時約10キロと低速だが、着実にローマ方面へと歩を進めている。

 

「厄介なのが、こいつのコアの位置でな──ココだ」

 

 指し示した場所は、敵の機体の先端部。そこに敵のコアがあるというのだ。美緒が魔眼を通して直接確認したことからも間違いはない。

 その何が厄介かというと、極めて単純明快──高度3万メートルの敵を倒しうる武器が存在しないのだ。地対空砲は無論のこと、ウィッチ達の駆るストライカーユニットの限界高度は精々1万メートル前後。そこから銃の射程を加味しても、ネウロイのコアまでは倍以上の距離がある。

 地表付近の機体を爆薬で吹き飛ばすことで敵を物理的に横倒す。という手段も考案されたようだが、周辺に群がる子機達がそれを許さないだろう事と、機体が倒れることによる周辺への被害を考慮した結果、却下された。

 

 以前この基地にひと波乱をもたらしたジェットストライカーがあれば話は変わったかもしれないが……無い物ねだりも甚だしい。

 

「そこで、だ──作戦にはコレを使う」

 

 プロジェクターが切り替わり、ネウロイの写真に代わって、何やら図面のようなものが映し出される。

 

「ロケットブースター……確かに、これを使えばストライカーの推進力を大幅に向上させられますが……」

 

「そう簡単な話ではないだろうな」

 

 ユーリやバルクホルンの言う通り。ロケットブースターは強力な分、使用者の魔法力を大幅に消耗させてしまう。通常よりも短くなる飛行可能時間の問題をどう解決するか……その答えを出すのは容易かった。

 

「だったら簡単だ。あたし達で、誰かを途中まで運んでやればいい──って言うのは簡単だけど、問題は山積みだよなぁ。3万メートルともなりゃあ空気も殆ど無いだろうし、喋ったって聞こえないかもだ」

 

「ええ。これ程の超高高度は、人間の限界を超えた未知の領域になるわ。正直、何が起きるか……」

 

「ミーナ中佐の言う通り。……だが我々はウィッチだ。ウィッチに不可能はない。今回の作戦も、我々ならば必ず成し遂げられる──私達にしか出来ない事だ」

 

 不安に満ちた空気を払い除けるような美緒の言葉に、一同は揃って頷きを返す。

 

「話を戻すぞ──今言った通り、今回の作戦はかなりの極限状況下での戦いになる。コアを叩くのに時間はかけられない。そこで、瞬間的且つ広範囲に渡る攻撃力を備える者として──サーニャ。コアへの攻撃はお前に頼みたい」

 

「私……ですか?」

 

「ああ。お前が持つフリーガーハマーの火力と攻撃範囲が必要だ。やれるか?」

 

「はい。私なら──」

 

 美緒の問いに答えようとしたサーニャの言葉を遮るように、すぐ隣から手が挙がった。

 

「──ハイハイハイッ!サーニャが行くならワタシも行く!」

 

「ふむ……時にエイラ。お前シールドに自信はあるか?」

 

 美緒の唐突な質問に、今度はエイラが答える。

 

「シールド……?自慢じゃないケド、ワタシは実戦でシールドを張った事なんて一度も無いんダ!」

 

「なら無理だ」

 

「うん、ムリダナ!──って、エェッ!?」

 

 自信満々に胸を張って答えたエイラだったが、その表情は即座に驚愕へと切り替わった。

 

「そうねぇ。こればっかりは……」

 

「な、なんでダヨ!?」

 

 これにはミーナが答えた。

 

「今回の戦いはブースターの使用と、極限環境での生命維持。そしてコアへの攻撃と、とにかく多くの魔法力を消耗するわ。その状態では、サーニャさんに自分の身を守れる程の余裕はない……だから、サーニャさんがネウロイを倒すまでの間、攻撃を防ぐ盾役が必要なのよ」

 

「ワ、ワタシは別にシールドが張れない訳じゃ……ッ!」

 

「だが実戦で使ったことはないんだろう?」

 

「うぐッ──」

 

 極限状態という大きなハンデを負っている以上、かなりの激しさが予想されるネウロイの攻撃からサーニャを守る為に求められるのは、シールドの強度だ。それを考慮した結果、適任と判断されたのは……

 

「よし。宮藤、お前がやれ」

 

「はい!──って、私ですかっ!?」

 

「そうだ。501の中で最も強固なシールドを張れるお前が、サーニャを守るんだ」

 

「は、はい……!」

 

 無事に作戦遂行メンバーの選出が終わったかと思いきや、またもエイラの手が挙がる。

 

「──待て待て待て!なんで宮藤なんダヨ!?せめてユーリとか……っていうか、そもそもユーリと宮藤で行けばイイじゃんか!」

 

 食い下がるエイラに、美緒はあくまでも丁寧に説明する。

 

「確かに、一撃の威力に関してはユーリの攻撃も必要十分だが、フリーガーハマーは対装甲ライフルとは違い、一度に多数のロケット弾で広範囲を攻撃できる。短期決戦で確実にコアを破壊する事を考えるなら、ユーリよりもサーニャの方が適任と判断した。……他に異論はあるか?」

 

「うぅ……ナイ」

 

「宜しい。ではこれにて解散だ。作戦日時は追って伝える」

 

 ブリーフィングを終え、各自部屋を出ていく中……エイラは芳佳にひたすら恨めしそうな目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──基地の空には、3つの人影があった。

 1つはエイラ、その後ろにあるもう1つはペリーヌ、そして2人とは離れた場所にある1つが、対装甲ライフルを携えたリーネだ。

 

 

『あ、あのペリーヌさん……ホントにいいんですか……?』

 

 

「構いませんわ。おやりになって」

 

 

『で、でも……』

 

 

 リーネが躊躇するのも無理はない。彼女の構えるボーイズのサイトには、エイラの姿がすっぽりと収まっており、ペリーヌは「そのまま撃て」と言っているのだから。

 

 事情を知らない者が見れば即座に止めに入るこの状況には、勿論理由がある。

 昨晩、ブリーフィングを終えたエイラはペリーヌを呼び出し、次の作戦で自分がサーニャを守れるよう、シールドを使う特訓に付き合ってくれと頼んだのだ。こんな私利私欲と言われても仕方のない理由ではペリーヌは断るかに思われたが、思いの外すんなりとこれを承諾。そこからペリーヌがリーネを引き込み、今に至る。

 

 

『あの、やっぱり危ないと思うんです……』

 

 

「さぁエイラさん。ワタクシをサーニャさんと思って、しっかり守ってくださいまし」

 

「えぇ……オマエがサーニャ……?」

 

 肩越しに胡乱な目を向けるエイラ。脳裏では本物のサーニャとの違いをこれでもかと列挙している事だろうが、果たして口に出さなかったのはせめてもの恩情なのか。もっとも声には出さずとも、その目線からエイラの考えている事はバッチリ伝わってしまっている。

 

 

『あの…本当に、ほんっとうにいいんですか……?』

 

 

「~~~ッ!ああもう、真面目におやりなさいッ!」

 

 

『は、はいいィ~ッ──!』

 

 

 業を煮やしたペリーヌの一喝は、自分で頼んでおきながら煮え切らないエイラに対するものだったのだが、自分が怒られていると勘違いしたリーネは思い切って引き金を絞った。

 轟音と共に発射された13.9mm徹甲弾が、後ろを向いたままのエイラ目掛けて飛んでいく。弾丸こそ見えていないものの、エイラは〔未来予知〕の魔法によって弾道を認識できているはずだ。後はそれに合わせて、シールドを展開すれば──!

 

「──あ…ヒョイっと」

 

「ヒャアッ──!?!?」

 

 ──展開…すれば……良かったのだが。

 

 

『ペ、ペリーヌさん!大丈夫ですか……!?』

 

 

「エイラさん……!?どうして避けるんですか!?避けたら特訓になりませんでしょう!」

 

「ワ、ワリィワリィ──いやぁ、何かこう…オマエじゃ本気になれなくてさァ」

 

「なっ……!?誰の為にワタクシが体を張ってると思ってまして!?」

 

 身勝手なエイラの言葉にもめげず、ペリーヌはリーネにそのまま続けるよう伝える。最早半泣き状態で射撃を続けるリーネだが、エイラはそれらを全て回避。通り過ぎた弾丸は、背後に庇うサーニャ(ペリーヌ)のシールドが全て受け止めた。

 

 弾丸が発射されてから回避する──常人どころか、ウィッチの中でも真似できる者はそういないであろう芸当をいとも簡単にやってみせるエイラだが、そんな抜きん出た才能を持った代償なのか、普通のウィッチと同じ事が出来ないという、こと今回に於いては極めて致命的な欠点が露呈した。

 

「はぁ…はぁ……もう、何度言ったらわかるんですの!?」

 

「頭じゃ分かってンダヨ、頭じゃ。けど弾道が()()()と、つい反射的に避けちまうっていうカ……」

 

「そんな調子ではサーニャさんを守るなんて出来ませんわよ?」

 

「分かってるヨ!後ろにいるのがサーニャなら、きっと……」

 

「……ワタクシでは駄目だというなら、別の誰かに頼むしかありませんわね──」

 

 嘆息したペリーヌは、下でずっと特訓の様子を眺めていた他の隊員達の中から、エイラが限りなく本気になれそうな代理人を探す。その結果──

 

 

「──それではリーネさん。お願いします」

 

 

 ペリーヌに代わってエイラの背後に立ったのは、ユーリだった。

 

「オ、オイ……なんでオマエなんダヨ?」

 

「ペリーヌさん曰く、"ユーリさん(ぼく)ならエイラさんも少しは本気になるだろう"──との事です。何故僕なら大丈夫なのかは教えてもらえませんでしたが、協力はさせてもらいます」

 

「何かカンチガイしてねーだろうな、あのツンツンメガネ……」

 

 釈然としないものを感じながらも特訓は再開。先程と同じように、戸惑うリーネが弾丸を放ち、その弾丸が辿る道が、エイラの脳裏に浮かび上がる。頭の中で必死に「ガマン、ガマン……!」と唱え続けたエイラだったが、やはり長年かけて身に染み付いた癖には中々抗えない。ギリギリまで耐えたものの、意識に反して身体は半ば自動的に回避行動を取ろうと動き始める──

 

 

「ッ──!?」

 

 

 ──刹那。エイラは回避行動を取りながら、同時にユーリを全力で()()()()()()

 

 次の瞬間、ユーリがいた場所を徹甲弾が駆け抜けていく。

 突然の事に戸惑いながら体勢を立て直したユーリ。間髪入れず、その胸ぐらを掴み上げる手が──

 

「──何考えてんだバカッ!!」

 

 エイラの予知が彼女に視せた未来は、2つあった。1つは迫り来る弾丸の弾道。そしてもう1つは……

 

 

「オマエッ……オマエ今()()()()()()()()()()()だったダロ!!」

 

 

 エイラのこの言葉は、インカムを通してリーネやペリーヌにも届いていた。彼女達もまた、信じられないといった顔持ちだ。

 

 

『ユーリさん……!?』

 

『あなた、どうしてそんな事を……!?当たれば怪我じゃ済まなかったんですのよ!?命の危険が……!』

 

 

「──それはサーニャさんも同じです」

 

「っ……!」

 

 静かに、しかしハッキリと発せられたユーリの言葉に、エイラの顔が強張る。

 

「知っての通り、作戦本番はサーニャさんはシールドを張れません。先程のペリーヌさんの様に、攻撃を避けたエイラさんの代わりに自分の身を守れないんです」

 

 エイラとてその事は重々理解していた。だからこその特訓だ。

 彼女自身が口にしていた「本気になれない」という言葉──それは心のどこかで、ペリーヌならば避けても自分で防ぐから大丈夫だという気持ちが少なからずあった事を意味する。だがユーリは違った。ユーリは自分では一切防御を行わず、本番同様、文字通り自分の命をエイラに預けてきた。その事実が、エイラの胸に重くのしかかる。

 

「……とはいえ、流石に断りもなくやってしまったのは失敗でした。驚かせてしまい、すみません」

 

 

『そういう問題ではありません!特訓はもう終わりです!エイラさんにシールドは張れませんわ!』

 

 

「待ってください!まだそうと決まったわけでは──エイラさん、もう一度やりましょう。大丈夫です、エイラさんならきっと出来ます」

 

「ワ、ワタシは……」

 

 次第にエイラの呼吸が荒く、顔色も悪くなっていく。

 

「ッ──!」

 

「あっ、エイラさん──!」

 

 やがてエイラは、特訓を放り出して独り飛び去ってしまった。

 

 すぐさま後を追おうとするユーリだったが、背後から両腕をがっしりと捕まえられる。振り向いた先では、明らかに怒っている様子のリーネとペリーヌが。それからしばらくの間、ユーリは空で2人からのお叱りを受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、エイラはというと。あのまま基地の中へ引っ込み、自室へ足を向けていた。

 

「ハァ……」

 

 わざわざ特訓に付き合ってくれたペリーヌ達に悪い事をしたと思いつつ、部屋に入る。すると、椅子の背もたれに何かが引っ掛けてあるのが目に入った。

 

「コレって……」

 

「──エイラのコートでしょ?」

 

 同室のサーニャは、クローゼットの中から冬物の服を取り出していた。

 来る作戦を決行するにあたって、高度3万メートルの成層圏は南極も斯やという極低温の世界だ。魔法力の保護で寒さにはある程度耐えられるウィッチといえど、流石に今回は防寒着の着用を余儀なくされる。

 

「そっか。そういやコレ着るのも久しぶりダナ」

 

「……で、どうだったの?ペリーヌさんの特訓」

 

「え?あー…ナンダ、知ってたのカ」

 

「上手くいきそう?」

 

 特訓の首尾を尋ねられたエイラは、逡巡した末、自嘲気味に笑う。

 

「ハハ……ムリ。ダメだった」

 

「……そう……」

 

 流れる気まずい空気を変えようと、エイラは話題の転換を試みた。

 

「えと……あ──マフラー、そんな沢山持ってくのカ?」

 

 サーニャの手元には、水色と緑。そして首に掛けた赤と、3つのマフラーがあった。いくら寒冷空間での戦いとはいえ、1人で使うには流石に多すぎるように思えるが……

 

「ああ、これは私とエイラと──芳佳ちゃんの分」

 

「み、宮藤?」

 

「芳佳ちゃん、扶桑から何の用意もしないで来ちゃったから。貸してあげようと思って」

 

「そ、そっか……そうだよナ。1番寒いトコ行くんだもんナ」

 

「うん。でも……エイラも張れるようになるといいね。シールド」

 

 サーニャの激励の言葉を受け取ったエイラ。そんな彼女から返って来た言葉は、サーニャにとって予想外なものだった。

 

 

「──無理だよ」

 

 

「え……っ?」

 

「あはは……やっぱり、慣れない事はするもんじゃないナ」

 

「エイラ……諦めるの?」

 

「だって、出来ない事をいくら頑張ったって、仕方ないじゃナイカ……」

 

「っ──出来ないからって、諦めちゃダメ……ッ!」

 

「サーニャ……?」

 

「諦めちゃうから、出来ないのよ……!」

 

 サーニャのこの言葉は、エイラの胸に深く突き刺さった。

 諦めるから出来ない──あの時逃げ出したから……()()()()()()()()()()──

 

「っ……じゃあ最初から出来る宮藤に守ってもらえばいいダロッ!」

 

「エイラのバカ……ッ!」

 

「サーニャのわからず屋……ッ!」

 

 口を突いて出た言葉。どちらも決して悪意から発せられたものではなかったが、それでも──

 

 

 ──ボスッ!

 

 

 ……それでも、サーニャにとっては、枕を投げつけるに値する言葉だった。

 

 翡翠色の瞳に涙を滲ませて走り去っていくサーニャ。エイラはその背中を追いかけることも、声をかけることも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──。

 

 格納庫での作業を終え、自室に戻ろうとしていたユーリは、廊下でエイラと鉢合わせた。

 

「エイラさん……何か、あったんですか?」

 

「……別に。何でもネーヨ」

 

 そのまま横を通り過ぎようとするエイラ、ユーリはその腕を掴んだ。そのまま食堂へと連れて行く。

 

「オ、オイ……!」

 

「ちょっとだけ暇してたので。付き合ってください」

 

 月明かりの差す無人の食堂。ユーリはエイラを椅子に座らせると、グラスに注いだ冷たいミント水を差し出した。

 

「──で?何に付き合えってんダヨ」

 

「えっと……どう、しましょう?」

 

「オマエなぁ……何も考えずに連れてきたのカヨ?」

 

「すみません……随分落ち込んでいるようでしたから、つい……」

 

 シュンとするユーリに呆れながら、エイラはミント水を一口煽る。ミントの香りと、透き通るような清涼感が口の中に広がった。それから数秒の沈黙を経てから、エイラは遠慮がちに口を開く。

 

「……サーニャと、喧嘩したんだ」

 

 エイラはユーリに、昼間あった事を話した。

 

「──ワタシさ、サーニャの為なら何だって出来ると思ってた。何も怖いものなんか無いんだ、って」

 

 サーニャと一緒に夜の空を飛ぶと決めた時だってそうだ。雲1つない晴れた夜空ならまだしも、月の光が遮られる漆黒の夜空に初めて飛び立つ際はエイラも恐怖心を抱いたものだが、それでも今こうして夜の空をサーニャと一緒に飛べるようになったのは、ひとえに彼女が傍にいてくれたから。これに尽きる。

 

「でもさ……今日初めて、怖いと思った。守るって、こういうことなんだな……」

 

 スオムスにいた頃だって、失敗してはならない状況は何度もあった。見事成功させた時もあれば、失敗してしまった事もある。そしてそんな時は必ず、心強い仲間達が助けてくれた。

 だが今回は違う。ネウロイのコアがある成層圏には、エイラとサーニャだけしかいない。サーニャは自分で自分の身を守れず、もしエイラがしくじれば……その事を考えると、怖くなった。だから特訓からも逃げ出したのだ。仲間の──サーニャの命という重責に、耐えられなかった。

 

「カッコ悪いよな……サーニャもきっと、ワタシなんかより宮藤に守って貰った方が安心だ」

 

「……エイラさんは、本当にそれでいいと思っているんですか?」

 

「き、決まってるだろ。ロクにシールドも張れないワタシと、安心安全の宮藤。どっちが良いかなんて……そんなの……」

 

 歯切れが悪くなるエイラを、ユーリは無言でジッと見つめる。その目は尚も「本当に?」と問いかけていた。

 

「ッ……出来ることならワタシが守りたいよ!当然だろッ!でもッ……オマエだって見てただろ?ワタシはシールドで誰かを守れない。あれじゃきっと……サーニャのことも……ッ!」

 

 涙に声を震わせながら両手を握り締めるエイラ。

 

「──やっぱり。エイラさんは自信がないだけですよ」

 

 やった事がないのは出来ないも同然。そう考えるのは何もおかしな事ではないが、では本当に出来ないのかと言われると、また話が変わってくる。

 

「エイラさんが自分で言ってたじゃないですか。"サーニャさんじゃなければ本気になれない"って。だからその分、できる限り本番に近づけようとあんな真似をしたんですが……却って、エイラさんを追い詰めてしまいましたね。すみませんでした」

 

 あの特訓でエイラがシールドを張れなかったのもある意味当然だ。何故ならあの時背後に庇っていたのは、どこまでいってもペリーヌであり、ユーリであり、サーニャではなかったのだから。

 

「原因はハッキリしましたし、この後どうするかはエイラさん次第ですよ」

 

 いつの間にか飲み終えていたらしいグラスを片付けようと立ち上がったユーリだが、不意に何かに引っ張られるような感覚を覚える。見れば、エイラが軍服の袖を掴んで、ユーリを引き止めていた。

 

「エイラさん……?」

 

 エイラもまた立ち上がったかと思うと、無言でユーリのすぐ目の前に移動してくる。すると──エイラはユーリの胸に、自分の頭を預けてきた。

 

「……なぁユーリ。ワタシ、出来るかな?サーニャを守れるかな……?」

 

「……はい。きっと出来ます。出来ないはずがありません。だってエイラさんは、これまでもサーニャさんの為に色んな事を頑張ってきたんでしょう?それなのに、サーニャさんを守れないだなんて。そんな事、あるはずないじゃないですか」

 

「……なんで、そこまで言い切れるんだよ?根拠になってねーだろ」

 

「信じてるからですよ。エイラさんと、エイラさんがサーニャさんを想う気持ちを。だからエイラさんも、自分自身を信じてあげてください。僕も一緒に信じますから」

 

 ユーリの袖を握るエイラの手に、キュッと力が入る。

 

「……ありがとな……」

 

 ボソリと呟いたエイラは、ひと思いにユーリから体を離して食堂を出て行く。俯けられていた顔がどうなっていたのか。それはエイラが背にしていた月明かりの逆光が隠し、ユーリに見られることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日未明──ウィッチーズに先んじて、ロマーニャ艦隊と航空部隊が例のネウロイに攻撃を仕掛けた。結果はやはりというべきか返り討ち。出撃していた巡洋艦2隻が航行不能に追い込まれたという。こうなればいよいよ、最後の砦であるウィッチの出番だ。

 

 滑走路に用意された3段構成の小さな骨組み。それを囲み込むようにして、一同は陣形を組んだ。

 

 発進前のカウントを緊張の面持ちで聞きながら、カウントがゼロに達した瞬間、骨組みを支える1番下の美緒やミーナ達5人がストライカーを全力で駆動させる。白煙の尾を引きながら、ウィッチ達は空へと飛び立っていった。

 

 作戦内容はシンプルだ。

 最初に、美緒達5人で構成される第1打ち上げ班が、ブースター無しの通常動力で上昇する。

 限界高度の1万メートルに到達し次第離脱し、続いてペリーヌやリーネ、ユーリが担当する第2打ち上げ班がブースターに点火。高度2万メートルまでサーニャ達を持ち上げる。

 最後はコアの破壊と防御を担当するサーニャ達2人がブースターに点火。ネウロイのコアを捉えられる高度33333メートルを目指して上昇。そのまま弾道飛行に移行し、コアを破壊する。

 

 尚、地上へ帰る為に残しておける魔法力は、精々進路を変えるだけの量しかない。重力に任せて落下するコア破壊班は、消耗している501に代わって504部隊の面々が回収する手筈になっている。

 

 そしてそのコア破壊班として陣形の1番上にいるのは……当初の予定通り、サーニャと芳佳の2人だった。

 昨夜のユーリとのやり取りで、渦巻いていた不安の大部分は解消されたものの、あと1つ足りない何かが、最後の最後でエイラを足踏みさせてしまっていた。

 

「──時間ですわッ!第2打ち上げ班、離脱(パージ)!」

 

 ペリーヌの合図で、サーニャと芳佳がブースターに点火。同時に、ここまで2人を運んで来た5人も陣形を解き、離脱を始める。

 見る見る離れていくサーニャの姿をジッと見つめていたエイラ。結局、今回の自分は最後までダメダメだった……と瞳を伏せようとしたその時──ふと、こちらを見下ろすサーニャと視線が交錯した。

 

「っ──サーニャ……」

 

 ほんの一瞬だけだが、確かにサーニャはエイラ(自分)を見た。美しい翡翠色の瞳が──その瞳から伝わった彼女の想いが、後1歩のところで縫い付けられていたエイラの心を解き放った──!

 

「……イヤだ」

 

「エイラさん……?」

 

「ワタシが……ワタシがッ!サーニャを守る──ッ!」

 

 ユーリがエイラの変化に気づいたのも束の間、エイラは弱まりかけていたブースターのエンジンを再点火。飛び去っていくサーニャを追いかけ始める。

 

「何してるの、エイラ──ッ!?」

 

「サーニャ言ってたじゃないか!"諦めるから出来ないんだ"って!ワタシはやっぱり諦めたくナイ!──サーニャはッ!ワタシがッ!守るんダアアアアアアァァァ───ッ!!!」

 

 懸命に手を伸ばすも、エイラの残り魔法力ではブースターを用いてもサーニャには追いつけない。無情にも再び開いていく2人の距離は、急に再接近を始めた。

 

「エイラさんっ!」

 

「宮藤──!?」

 

「行きましょう!」

 

 降下した芳佳は、エイラの背を押してサーニャの元へ送り届ける。

 

「──無茶よ!アレじゃ魔法力が保ちませんわ!帰って来られなくなりますわよッ!?」

 

 

『大丈夫──』

 

 

 インカムからサーニャの声が聞こえる。

 

「エイラは私が連れて帰ります──必ず、連れて帰ります……!」

 

 サーニャはエイラを引き返させるのではなく、このまま一緒に行く道を選んだ。必ず2人一緒に帰る──そんな強い意思を秘めながらも、間近でエイラを見つめるサーニャの目は、確かな喜びを湛えていた。

 

 程なくして、エイラとサーニャは作戦高度である成層圏に到達。目標のネウロイを肉眼で確認する。ネウロイ側も外敵の接近を察知したのか、先端部を花のように展開させ、エネルギーを収束させた強力なビームの発射準備を始めた。

 

「こんなの無茶苦茶ですわ……!」

 

「ええ、その通りです。それでも──!」

 

 ペリーヌの言う通り、サーニャ達の行動は無茶で、無謀極まりないものだ。ましてや、同行しているのは特訓中も一度としてシールドを張れなかったあのエイラなのだ。

 

 

 ──しかしユーリは何度も見てきた。どれだけ無理だ、無茶だ、無謀だと言われようと、たった1つでいい──

 

 

 しっかりと手を繋いだエイラをサーニャを飲み込まんと、ネウロイの先端のコアが一際眩く輝く。

 

 

 ──全身全霊を掛けられる強い想いが、願いが(そこ)にあるのなら──

 

 

 ──いかなる困難も、それを裏付ける道理も、全てをねじ伏せ我を貫く。そんな力を発揮できるのだと──!

 

 

「エイラさん───ッ!!」

 

 突如、澄み渡る青空に一条の閃光が奔った。

 どこまでも伸びていくかに思われたその閃光はある一点で途切れ、幾筋ものか細い光となって散っていく。

 

 光の拡散の起点となっている場所では、深紅の光に混じって青白い光が確認できた。魔法力の光だ。魔法力によって形成されたシールドが、ネウロイの放つ閃光を遮っているのだ。

 紅い光の尾を纏って進んでいく青い光──それはさながら、白昼の空を翔ける流星の如き美しさだった。

 

 やがて深紅の光は収まったかと思うと、次は遥か上空で大きな爆発が起きた。同時に、地上に屹立していた漆黒の悪魔も無数の金属片となって散っていく。

 

 エイラは見事、サーニャをネウロイの手から守りきって見せたのだ。

 

 そんな2人はというと……

 

「──ごめんナ。昨日の事……」

 

「ううん、私の方こそ……エイラの優しさに、甘えちゃってた」

 

 心の底には、エイラと一緒に行きたいという気持ちが間違いなくあった。しかしそれを明確に自覚出来ていなかったサーニャは「エイラならいつものように付いて来てくれる。自分の気持ちは伝わってるはず」と、いつしか勝手に期待してしまっていたのだろう。事実、エイラはいつだって自分の隣にいてくれた──それが、今回のすれ違いの原因の1つだった。

 

「見て、エイラ。オラーシャよ──」

 

「うん……」

 

 成層圏から見下ろす広大なオラーシャの大地。サーニャはその中の、大きく切り立った山脈に手を伸ばした。

 

「ウラルの山に手が届きそう──このまま、あの山の向こうまで、飛んでいこうか……?」

 

「え……ッ?」

 

 ウラル山脈の向こう──オラーシャの東の地には、ネウロイの戦火から逃れた国民達が暮らしている。その中には、半ば生き別れる形となっているサーニャの両親もいるのだ。

 

 確かにこのまま行けばオラーシャの大陸を横断し、両親に会いに行けるかもしれない。だがそれは同時に、仲間との離別も意味する。無断で前線を離れたとあれば、サーニャとエイラを捕まえて軍法会議にかけようとする声も上がるだろう。両親と再会できた傍から、終わりのない逃亡生活が始まるかもしれない。

 何より、501の皆ともう二度と会えないかもしれない──ミーナ、美緒、バルクホルン、ハルトマン、シャーリー、ルッキーニ、ペリーヌ、リーネ、芳佳、そしてユーリ。

 

 それでも──

 

「……いいよ──サーニャと一緒なら、ワタシはどこへだって行ける。絶対、守ってみせるから……ッ」

 

 もうエイラの胸に、恐怖はない──といえば嘘にはなる。だがその恐怖に足踏みをすることはなかった。サーニャが望むのなら、どこへだろうとついて行く。何があろうと傍で支える。その決意は、待ち受けるだろう脅威を前にしても揺らぐことはない。

 

「……今のは嘘。ごめんね──今の私達には、帰る場所があるものね」

 

 涙を滲ませたエイラの目元を優しく拭ったサーニャは、残る魔法力をロケットブースターに注ぎ込み、地上へと進路を向ける。

 

 仲間達の待つ、自分達の帰る場所に──。

 

 

 

 ──「守りたい」って思う気持ち、その本当の意味が、ちょっとだけ分かった気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦完了後──格納庫。

 

「──ごめんね、エイラ」

 

「えっ?な、なんで謝るんダヨ?昨日のことなら、もう……」

 

「そうじゃないの。……だってエイラ、もう"無傷のエース"じゃなくなっちゃったから……私のせいで」

 

 エイラの代名詞とも言える"無傷のエース"という称号──未だかつてネウロイの攻撃をシールド越しでも受けたことがないという彼女だけの偉業は、今回の作戦で過去のものとなってしまった。その事をサーニャは謝っているのだ。

 

「ああ……別にどーでもいいヨ。サーニャを守れるなら、称号でも勲章でもいくらでも手放すサ」

 

「エイラ……」

 

「──エイラさんの言う通りですよ。でも、1つだけ間違ってます」

 

「ユーラ……?」

 

「間違ってるって……何がダヨ?」

 

「エイラさんは、今も"無傷のエース"のままだってことです。だって、エイラさん自身は勿論、そのシールドで守ったサーニャさんも、傷ひとつ付いていないでしょう?」

 

「あっ……!」

 

 ユーリの言いたい事を理解したらしいサーニャは、嬉しそうに笑う。

 

「自分だけじゃなく、仲間も無傷で帰還させる──それもまた、"無傷のエース"を名乗るに相応しいと思いませんか?」

 

「良かったわね。エイラ」

 

「うーん、ぶっちゃけホントに興味なかったんだけどナァ……でもまァ、そういう事なら、これからも"無傷のエース"でいてやるヨ。良かったなー、ユーリ?これで他の部隊の皆に自慢できるゾー?」

 

「はい。僕も鼻が高いです」

 

「……ナンカ、調子狂うナァ……」

 

 小さく頭を掻いたエイラは、思い出したようにユーリに正面から向き直った。

 

「……ユーリ。その、あれダ──信じてくれて、ありがとう、ナ」

 

「………」

 

「ナ、ナンダヨ……別に深い意味は無いゾ?ただ、昨日のお礼、ちゃんと言ってなかったカラ……」

 

「……はっ──すみません。エイラさんに面と向かってお礼を言われたのが嬉しくて……放心状態になってたみたいです」

 

「ハ、ハァッ!?何だよソレ!?」

 

「言葉通りの意味ですよ」

 

「イ、意味ワカンネー!」

 

「いえ、ですから──」

 

 心底嬉しそうな笑顔を浮かべるユーリに、エイラはペースを狂わされる。そんなエイラを見て、サーニャもまた楽しそうに笑うのだった。

 




夏の飲み物といえば、我々日本人的には麦茶ですが、イタリアではミント水というシロップを水で薄めた飲み物が家庭で飲まれてるらしいです。カルピスみたいな感じなんですかね?氷を入れると清涼感がこう、いい感じになるそうですよ(語彙力
ロマーニャ公室からの支援物資に入ってそうだなーと思い、これをチョイスしました。

さぁて次回……どうしましょうねぇ……?
もしカットしたり、代わりのオリストを挟んだ場合は「あ、上手いこと行かなかったんだな…」と思ってくださればw

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