異変は突然、何の前触れもなく訪れた。
「──ちょっと宮藤さん!訓練だからって手を抜かないでくださる?それとも、ワタクシ相手では本気になれないとでも言うつもりですの……!?」
「そ、そんな!手を抜いてなんか……!」
いつものようにペイント弾の入った訓練用の銃を携え、リーネやペリーヌ、ユーリと共に模擬戦に励んでいた芳佳は、ペリーヌとの戦闘中に謎の違和感を感じたのだ。
今やすっかり芳佳の得意技となった左捻り込みでペリーヌの背後を取った所までは良かったのだが、射撃の直前、不意に体勢を崩したことで、まず当たるであろう距離で狙いを外してしまう。即座に背後を奪い返され、ペリーヌが1本先取。
思うように動けなかった事を訝しみながらも、芳佳はそのままペリーヌとの模擬戦を続けるが……結果は3戦3敗。その全てがあっという間に決着するという、ペリーヌの圧勝だった。
確かにペリーヌは強い。そもそもの経験値からして芳佳と違う事は勿論、今も尚精進を続けているガリアのエースだ。だから芳佳が1本も取れなかったという結果そのものは、異常事態という程の事でもない。
問題なのは、あまりにも呆気ない勝負だったという点だ。芳佳も芳佳で成長を続けており、ペリーヌとの実力差だって、去年501に入隊した当時と比べれば格段に縮まっているはず。ペリーヌ自身、芳佳はもうあの時程簡単に勝てる相手ではないと分かっているからこそ、1戦1戦油断することなく戦った。
だが実際はどうだ。「この距離で?」という位置から射撃を外し、肝心なところで動きも鈍い。これではまるで勝った気がしない。ペリーヌが手加減されていると感じるのも当然だった。
「宮藤さん、本当に大丈夫ですか?もし体調が優れないようなら……」
「だ、大丈夫ですよ!ホントに!」
「……フン。もういいです──ユーリさん、代わりに相手してくださる?これじゃ訓練になりませんわ」
「わかりました。──宮藤さん、くれぐれも無理はしないでくださいね」
不調の芳佳に代わってユーリがもう3戦、ペリーヌと模擬戦を行う。こちらは芳佳のようにあっという間に決着がつくこともなく、1対1という接戦にもつれ込んだ。
そして3戦目──好位置を取ったペリーヌは、執拗にユーリの背中を追い掛け回していた。ユーリもどうにかして振り切るべく幾度となくシャンデルやインメルマンターンを繰り返すが、ペリーヌは見事な動きで追従していった。
(流石ペリーヌさん……ッ!中々振り切れない……これはどうだ──ッ!)
ユーリは背面飛行状態で上半身を起こし、背後のペリーヌを目視で捉えながら器用に逃げ回る。微かな隙を見つけては反撃していくも、やはり狙撃銃と機関銃では、撃ちながら追撃出来る分後者に分がある。ペリーヌの優位は揺るがなかった。
(ダメか……だったら──ッ!)
ユーリはペリーヌの銃撃が止んだ一瞬を突き、《スピットファイア》の持つ上昇力を活かして急上昇していく。
「真上に逃げたところで──ッ!」
ペリーヌもユーリを追って急上昇を始めるが、上昇力という点ではユーリの《スピットファイア》が優位。だが十分な速度に達してさえしまえば、追いつくことも可能だ。最初こそ開いていた彼我の距離は、ペリーヌが徐々に詰め始めていた。
(まだだ……ッ!もう少し──もっと速度を上げさせろ……!)
「いただきですわ──ッ!」
(ここ──ッ!)
ユーリを射程内に捉えたペリーヌは、狙いを定めたブレン軽機関銃の引き金に指を掛ける。その瞬間、ユーリはユニットの動力を一瞬だけ落とした。同時に勢いよく足を振り上げ、後ろ向きに宙返りしながら直線軌道を外れる。一瞬の浮遊感の後、ユーリの体は重力に従い落下していく──ユーリを猛スピードで追ってきていたペリーヌとすれ違う形で。
「なっ──!?」
急上昇したユーリに追いつこうとスピードを出していた所為で、ペリーヌはユーリの動きにすぐには反応できない。短くも決定的な隙が生まれた──!
(獲った──!)
姿勢制御の為にユニットを再始動させるユーリ──だったが。
「えッ──!?」
不意に、力が抜けたような感覚に襲われる。ユニットに魔法力を流しても、上手く魔導エンジンが回らない。
「くっ……!」
戸惑う気持ちを抑えペリーヌに狙いを合わせる。が、時既に遅し──ユーリの体に、オレンジ色の斑点模様が量産された。同時に、審判を務めていたリーネのホイッスルが鳴り響く。
「2対1でペリーヌさんの勝ち!」
「ふぅ……最後の機動は少し驚きましたわ」
「上手くいくと思ったんですが……流石に無理がありましたかね。ペリーヌさんも、切り返しが思った以上に早かったです」
互いの健闘をたたえ合うペリーヌとユーリ。その様子を、芳佳は浮かない表情で見ていた。同時に──
(さっきの感覚……何だったんだ?)
ユーリもまた、先程感じた違和感に内心で眉をひそめるのだった。
「──やはり、お前達もそう思うか」
「はい。今日の宮藤さんは絶対に変でした。動きにいつものキレが無いというか……」
模擬戦を終えた後、ペリーヌとユーリは先の訓練を下から見ていた美緒に、芳佳から感じた違和感のことを報告していた。
「意識の方はしっかり反応できているように見えましたが、やはりここぞというタイミングで、動きが目に見えて鈍っていました。本人も、原因に心当たりがないといった様子です」
「ふむ……わかった。報告してくれてありがとう。私の方でも宮藤の事は気にかけておく」
そう言って、この場を別れようとした矢先──
「──それだけじゃないんじゃない?」
「ハルトマン……?どういうことだ」
いつになく真面目な表情のハルトマンの視線は、ある1人に向けられていた。
「おかしくなってるのはミヤフジだけじゃないって事──だよね、ユーリ?」
「なんだと……?」
「ユーリさん……?」
「ハルトマンさん、急に何を──」
「私もさっきのペリーヌとの模擬戦見てたんだけどさ。アレ、本当ならユーリが勝ってたでしょ。ペリーヌが切り返すより早く撃てたはずだよ」
「確かに、完全に不意を突かれたと思ったら、思いの外あっさりと勝てたのはワタクシも思いましたけれど……」
「……そうだな。考えてみれば、ユーリが自分で作り出したチャンスをみすみす逃すというのも考えにくい」
「そーゆーこと。じゃあ何でかって話だけど──ペリーヌを撃とうとしたあの瞬間、何かあったんじゃない?思わず仕留め損なっちゃうような、予想外の事がさ」
ジッと問い詰めるような目を向けてくる3人に、ユーリは観念してあの時感じた微かな違和感について打ち明けた。
「ユニットが上手く回らなかった……?」
「はい……どれだけ魔法力を流しても、エンジンが安定しなかったんです。気づいた時には元通り飛べていたんですが」
「ユニットのメンテナンスが不十分だったということ?」
「そういう訳でもないと思います。事実、格納庫から飛び立った時は問題ありませんでしたし。違和感を感じたのはあの時だけ──いえ。実を言うと、昨日の訓練の時点で兆候はありました。てっきりユニットの不具合か、疲労から来るものとばかり思っていたんですが……」
「ふむ……分かった。少し調べてみるとしよう。ペリーヌ、ハルトマン、教えてくれて助かった。──ユーリは異変を黙っていた罰として、今度の訓練メニューを倍にするからな」
「う……はい。申し訳ありませんでした」
ハルトマン達の言葉を受け、美緒がまず手をつけたのはストライカーユニットだった。
芳佳の《零式艦上戦闘脚》と、ユーリの《スピットファイアMk.XVI》を整備兵達の手を借りて詳細に検分していく。
「全ての項目をクロスチェックしましたが、どちらのユニットも特に異常は見受けられませんでした。不具合があったという魔導エンジンもきちんと
「ストライカーは問題無しか──了解した、ありがとう」
ユニットに関する知識で右に出る者はいない整備兵の目で見ても問題は無い。であるなら、考えられる可能性は1つだ。
(問題はあいつ等自身、か……)
続けて美緒は、芳佳とユーリを連れて医務室に来ていた。ユーリはともかく、芳佳には無用な心配を与えないように簡単な健康診断程度のものではあるが、もし身体に何らかの異常をきたしていると感じたなら報告するよう、担当医に話は付けてある。
「──至って健康ですね。異常は見られません」
「そうですか……」
「急に健康診断なんてどうしたんですか、坂本さん?」
「いや、部下の健康状態を把握しておくのも、上官の務めだからな。何ともないなら良かった」
「いいや──何ともないなら却って不安だな」
そんな言葉と共に姿を現したバルクホルンは、芳佳とユーリを厳しい目で見据える。
「宮藤、お前がまともに飛べていないのは確認が取れている。その原因が分からない以上、実戦に出すわけには行かん──そしてザハロフ、自分では上手く誤魔化していたつもりだろうが、昨日の訓練から明らかにミスが多かったぞ。騙し騙し飛んだところで、実戦でもそれが通用すると思っているわけではあるまい」
「今の話、本当なんですか……?」
部屋に駆け込んできたのは、芳佳達が医務室へ連れて行かれたと知って様子を見に来たリーネとペリーヌだった。
「芳佳ちゃん、ユーリさんも……上手く飛べないの?」
「……うん」
「やっぱり……道理で歯応えのない模擬戦だったわけです」
「不調の原因が明らかになるまで、お前達2人には基地待機を命じる!」
「っ……!」
「そんな、嫌ですっ!私は飛べますっ!」
「これは上官命令だ!」
「……そうだな、その方がいいだろう」
「めい、れい……」
「……了解しました。次の命令に備えます」
まだバルクホルン達の指示を受け入れられずに気落ちする芳佳。そんな彼女の分もユーリが命令を受諾したことで、この場は解散となった。
その日の深夜──ユーリは芳佳と格納庫で鉢合わせた。2人の手には箒が握られており、どうやら全く同じことを考えていたらしい。
「それじゃあ、始めましょう──」
秘密特訓を行うにあたり、一方が飛ぶところをもう一方が横から確認するという方法を取る事に。最初はユーリが飛ぶ番だ。
アンナの教えを思い返しながら、ユーリは箒に腰を乗せると、魔法力を発動させる。
「く……うぅ──ッハァ……!どう、でしたか?」
「あんまり……飛んだっていうより、浮いたって感じでした」
「そうですか……次、どうぞ」
今度は芳佳が箒に跨り、魔法力を発動させる。
「ふぅ……っ!」
瞳を閉じ、意識を集中する芳佳。箒に込める魔法力を徐々に上げていくところで、
「誰かいるのカ──?」
「ふぇっ……?」
不意に飛んできた声に驚いた芳佳は、集中が途切れてしまった。
「芳佳ちゃん……?」
「ユーリも──何してんダ、こんな時間に?」
格納庫に入ってきた声の主──エイラとサーニャは、2人から事のあらましを聞かされる。
「箒で訓練かァ。そーいや、ワタシの近所にも箒で飛ぶばあちゃんがいたナァ」
「でも、何でこんな遅くに2人で?」
「それが……」
「……あのね、サーニャちゃんとエイラさんは、急に飛べなくなった事ってある?」
「え……芳佳ちゃん達、飛べなくなっちゃったの……!?」
「そーなのカッ!?」
「ああいえ、僕も宮藤さんも、全く飛べないわけでは……」
「って、何だよ。驚かせやがっテ……」
エイラが胸をなで下ろした時だった。突然、何か金属質の物が落ちる音が静まり返った格納庫に木霊する。
「ッ──!?」
「誰ダ──ッ!」
ユーリは即座に芳佳とサーニャを背後に庇い、エイラは手近な所にあったバケツを音のした方向へ放り投げる。結構な勢いで飛んでいったバケツは見事に命中したらしく、「きゃんっ!」というような悲鳴が返ってきた。
「うぅ……ああもうっ──ちょっと!何なさるんですの!?」
そんな抗議の声と共に顔を出したのは、頭に大きなたんこぶを作ったペリーヌだった。
「ペリーヌさん、そんな所で何を……?」
「べ、別になんでもありませんわよ。たまたま、お手洗いに行ったら皆さんがいたから……」
「取り敢えずその頭どーにかしろヨ」
「誰のせいだと思ってますのっ!」
恨みがましい目でエイラを睨みながら、ペリーヌは芳佳の治療を受ける。
「おー、治った治っタ」
「その様子じゃあ、魔法力は問題ないみたいね。ユーラは?」
「日中確認したところ、シールドも固有魔法も問題なく使えましたから、魔法力が弱まっている訳ではないと思うんですが……」
「ま、取りあえずは一安心ダナ。良かったじゃんカ」
「人の頭を実験台みたいに扱わないで下さる……!?」
ペリーヌとの禍根はともかく、エイラの言う通り、魔法力に問題は無いという事がわかっただけでも一応収穫と言えるだろう。だが一方で、疑問は更に深まるばかりだった。ユニットも、身体も、魔法力も問題ない。なのに何故急に飛行が安定しなくなったのだろうか?
「2人共、ちょっと休んだ方がいいのかも」
「そーそー。きっと疲れが溜まってんダヨ。特にユーリなんて、巣と戦って、その次に別の巣と戦って、それが終わったらまた別の巣と戦ったんダロ?そんなの誰だってヘトヘトになるって。──案外、寝て起きたら治ってるかもしんないゾ?」
「だと、いいんですが……」
「……とにかく、2人共今日はもう寝なさい。これ以上起きてたら、休まるものも休まりませんわよ」
ペリーヌに諭され、芳佳とユーリは大人しく部屋に戻っていく。
実はこの後こっそり部屋を抜け出した芳佳が再び箒での訓練を始めるのだが、その事を知っているのは芳佳本人と、彼女を心配して様子を見に来たリーネだけである。
翌日──501部隊の面々は朝の定時ブリーフィングの為、ブリーフィングルームに集まっていた。
「──連合軍司令部によると、明日にはロマーニャ地域の戦力強化の為、戦艦大和を旗艦とした扶桑艦隊が到着する予定です」
「いよいよか……」
戦艦大和──扶桑皇国の有する、世界最大級の戦艦だ。46cm主砲を始め搭載されている武装も強力なものばかりで、コアを持たない個体に限るものの、ウィッチの助力無しでもネウロイと渡り合える力を秘めている。
そんな戦艦がロマーニャを目指しているという事は、それだけの戦力が必要になるという事──ヴェネツィア奪還作戦が決行に近づいている事を意味していた。
じわじわと緊張感に包まれていくブリーフィングルームの沈黙を、不意に鳴った電話のベルが破った。受話器を取ったミーナの表情が、次第に強張っていく。
「──救助要請です。先程、大和の医務室で爆発事故があり、負傷者が多数発生。大至急医師を派遣して欲しいそうよ」
「事故だと!?──すぐに二式大艇で送ろう!準備をするよう、医療班にも連絡を──」
「──私に行かせてください!戦闘は無理でも、治療と飛ぶ事くらいなら出来ます!」
「私も!包帯を巻くくらいなら出来ます!」
名乗りを上げた芳佳とリーネ。確かに、今から医療チームを揃えて飛行艇を飛ばすよりは、ユニットで即座に出発できるウィッチ2人を送った方が早く救助に向かえる。極めつけに芳佳の治癒魔法だ。この場は彼女に任せた方が得策だろう。
「分かったわ。宮藤さんとリーネさんは、至急大和に向かってください!」
「「了解!」」
芳佳とリーネが大和目指して出発していき、残ったメンバーは解散となる中、ユーリはミーナと美緒に呼び止められた。
「新型ユニット……僕にですか?」
「ええ。荒天による電波障害でこちらへの連絡が遅くなってしまったけれど、ブリタニアからの輸送船に積んである新型ストライカーを、是非ユーリさんに使って欲しいとの連絡が今朝届いたのよ」
先方曰く、飛行試験こそクリアしてるが実戦配備はまだな為、簡単なデータ収集も兼ねてユーリに船が停泊している港まで出向いて試運転をして欲しいのだという。
何故ユーリなのかという点は伏せられているようだが、文脈から読み取るなら、さしずめユーリが使うことを想定して作られたユニットということなのだろうか。
「とは言え、お前も宮藤同様に不調の原因は不明なままだ。向こうには断りを入れて、ユニットが基地に届くのを待つことも出来るが……」
「……いえ、行きます。どの道この状態では満足に訓練も出来ませんから」
「そうか。分かった、そのように連絡しておく。すぐに支度をしろ」
「了解!」
これが最後になるかもしれない《スピットファイア》に足を通したユーリは、慎重にエンジンの回転数を上げながら離陸する。一気に上昇しようとするとまたあの現象が起きたが、あまりとばし過ぎないよう抑えて飛べば、何とか目的の港までは保ってくれそうだ。
ヒヤヒヤしながら飛び続けること数十分──ロマーニャ沖に停泊する輸送船が見えてきた。あれが件のブリタニアの船だろう。
「お待ちしておりました准尉。早速こちらへ!」
着陸したユーリは、現地にいた整備兵に案内されて格納庫へ向かう。
その先で待ち受けていたのは、発進機に固定された1機のストライカーユニットだった。カラーリングこそ似ているが、ユーリの《スピットファイア》と比べて機体がやや太く、特徴的だった主翼も楕円形ではなく、角ばった台形になっている。
「こちらが、准尉にお渡しするブリタニアの新型ストライカー──《スパイトフル Mk.XIV》です」
「《スパイトフル》……《スピットファイア》ではないんですか?」
ユニットと一緒に随行してきた整備兵が資料を見ながら言うには、この《スパイトフル》は《スピットファイア》の発展型の機体であり、既存の多くのユニットにも搭載されているマーリンエンジンから、より高出力のグリフォンエンジンに交換するにあたって主翼や胴体をいちから設計し直したものなのだという。
リーネが現在使用している《スピットファイア Mk.22》にも同じグリフォンエンジンが搭載されているのだが、機体としては全くの別物。最高速度は780キロに相当するとされ、数値だけで見るならシャーリーの《P-51》以上。更に限界高度も約12000メートル、流石に航続距離では扶桑の《零式艦上戦闘脚》に軍配が上がるが、それを加味しても従来のレシプロストライカーと比べて高性能だということが分かる。
しかしこれだけ高性能だと、それを動かす為の要求魔法力も馬鹿にならない。実戦配備にあたってある程度のデチューンを施されたものが少数ながら量産されているようなのだが……ユーリの魔法力ならば、開発当初に想定していたスペックを引き出せると踏んだのだろう。今目の前に鎮座している《スパイトフル》は、デチューン前の開発者達が望んだ状態でユーリとの邂逅を果たしたという訳だ。
「差し支えなければ、このまま試運転とデータ収集にご協力頂きたいのですが」
「……生憎今は不調なもので。簡単に流して使用感を伝える程度でもよろしければ、是非」
「それで十分です。ご協力、感謝します」
整備兵達が各種計器の準備を始めていると、格納庫に置いてあった無線機がどこからかオープンチャンネルの通信を拾ったらしく、スピーカーからノイズ混じりの声が聞こえてきた。
『こ──ら扶桑艦隊、旗──大和!──当艦──大─ネウ──襲撃を──る!至急──求─!』
(大和……扶桑艦隊に何か……!?)
『──繰り返す!至急応援を求む!当艦隊は大型ネウロイと交戦し、戦域を離脱中!ウィッチ1名が現在も戦闘を続けている──!』
「ウィッチ1名……まさか──ッ!?」
大和に向かった2人の内、芳佳はユーリ同様に原因不明の不調で満足に戦える状態ではない。となると今大型ネウロイと単身で戦っているウィッチというのは……
(リーネさん──ッ!)
その考えに至った瞬間、ユーリの体は半自動的に動いていた。忙しなく行き交う整備兵達の間を縫って、立てかけてあったシモノフを掴むなり新型ユニットが固定された発進機に飛び乗る。
「このユニット、すぐ飛べる状態ですか!?」
「准尉!?一体何を──」
「飛べますかッ!?」
「は、はい!しかし、この仕様の《スパイトフル》は実質試験飛行もまだ──」
「飛べれば十分です──!」
ユーリは迷いなく《スパイトフル》に足を通す。魔法力がユニットに伝わり、足元に巨大な魔法陣が展開された。
「待ってください准尉!試運転も無しにいきなり実戦なんて危険です!」
「《スパイトフル》の速度じゃないと間に合いません!」
「しかし──!」
「データが欲しいなら実戦データを渡します!西岸の港からロマーニャを横断して大型ネウロイを撃破──それでどうですか!?」
整備兵はそういう事を言っているわけではないのだが、ユーリの勢いに押されたのか、
「っ──ああったくもう!分かりましたよ!新型の力、ネウロイに見せつけてやってください!」
「了解ッ!」
正面ハッチを塞いでいた人影が分たれ、進路を確保。ユニットの固定ロックも解除される。
「発進準備完了!准尉、いつでもどうぞ!」
「──ユーリ・ザハロフ、行きます──ッ!」
ユニットを固定していたボルトが開き、新型ユニット《スパイトフル》がユーリと共に空を翔る──!
「すごい……これがブリタニアの新型……!」
トップスピードは無論の事、そこに至るまでの加速力も《Mk.XVI》とはまるで違う。このユニットならば行ける──そんな確信が、ユーリの胸の中に生まれた。
やがて遠方に、青空の中を飛行する漆黒の機影が見えてくる。アレが通信にあった大型ネウロイだ。
「リーネさんは……ッ!?」
ネウロイの周辺を見回すと、絶え間なく放たれるビームを忙しなく動く何かが受け止めているのが見えた。懸命に耐え続けているようだが、大和からの救援要請があったタイミングとあのネウロイの攻撃の激しさを考えると、リーネももう限界に近いはずだ。
「くっ──間に合え──!」
ネウロイを射程圏内に収めるまで、僅か200メートル。今のユーリならば息をつくより早く駆け抜けられる距離だ。
しかし──無情にもリーネのシールドが限界を迎えてしまう。
シールド越しに大きく弾かれたリーネの影が、真っ逆さまに落ちていく──そんな時だった。海面スレスレの極低空から駆け上がるようにして現れたもう1つの機影が、リーネの体を受け止めた。ネウロイは新たな敵ごとリーネを葬ろうと、全砲門に紅い光を宿すが──そうはさせじとネウロイの眼前に超巨大なシールドが出現し、渾身の攻撃を完全にシャットアウトする。
「あのシールドの大きさ……宮藤さん!?」
ユーリ同様《零式艦上戦闘脚》に代わる新たな翼──《震電》を手に入れた芳佳が加勢に入ったことで、ネウロイ絶対有利であったこの状況が文字通りひっくり返った。
「──宮藤さん、聞こえますか!?」
『えっ、ユーリさん何でここに!?』
「お互い色々聞きたいこともあると思いますが、話は後で。まずはこのネウロイを倒します!」
『はいッ!』
不思議なことに「どうやって倒すか」は示し合わせなくとも分かった。芳佳は展開していたシールドを小さく絞り、ユーリもまた、敵の真後ろに数発攻撃を加えてウィークポイントを作ってから小さく絞ったシールドを展開。そして──
「「うおおおおおおおおォォォ───ッ!!!!」」
全力の気勢と共に、ネウロイへ突貫攻撃を敢行した──!
潜り込んだ機体の内部で手当たり次第に撃ちまくる。そうして進み続ける内に、前方に紅く輝くコアと、こちらへまっすぐ向かってくる芳佳の姿が見えてきた。向こうも同じらしく、2人は流れ弾が当たらないよう攻撃を止める。代わりに、各々が手にした翼をより一層奮い立たせた。
再度展開された2つの極小のシールドが、コアを前後から噛み砕くように交錯する──!
2人がそのまま前方に見える光までネウロイの中を一直線に駆け抜けると同時に、コアを失い機体が維持できなくなった大型ネウロイが、無数の破片となって弾けとんだ。
「すごい……」
芳佳とユーリの戦いを外から見ていたリーネは、思わず声を漏らす。ユーリ程ではないにせよ、リーネも対装甲ライフルを扱う点で攻撃力は高い方だ。しかしそれでもあのネウロイには攻撃が全く通じなかった。だというのに、あの2人は銃ではなく、シールドで装甲を突破するという荒業で見事敵を倒してみせたのだ。
呆気にとられるリーネの元に、ユーリが飛んでくる。
「リーネさん!大丈夫ですか!?怪我は──!?」
「ユーリさん……私は大丈夫です。芳佳ちゃんが助けてくれましたから」
珍しくオロオロしながら安否を確認するユーリに、リーネは小さく笑みを零す。そこへ、芳佳も戻って来た。
「全く、大型ネウロイを1人で相手するなんて無茶ですよ!」
「そうだよ!リーネちゃんたら1人で先に行っちゃうんだもん!ホント怖かったんだからね!?」
2人してリーネを叱りつける中、当のリーネはというと……
「ふふっ……!良かったぁ……また、ちゃんと飛べるようになったんだねっ」
そう言って、2人に抱き付いた。そんなリーネの言葉に毒気を抜かれた芳佳とユーリは、
「……心配かけちゃってごめんね。リーネちゃん」
「もう大丈夫ですから。ありがとうございます、リーネさん」
と、小さく抱擁を返すのだった。
その日の夜──ミーナと美緒は、格納庫で顔を合わせていた。
「──これが扶桑の試作機?」
「ああ──《J7W1 震電》──開発が頓挫したと聞いていたが、宮藤博士の手紙に記されていた設計図を頼りに、完成したそうだ」
「博士の?──まるで宮藤さんの専用機みたいな話ね」
「専用機というなら、ユーリの方も大概だがな……カタログスペックでは最高速度は《震電》以上──こんなゲテモノをよくもまぁ寄越したものだ」
「どちらも始めての飛行で、ある程度使いこなせちゃったのよねぇ……」
苦笑いしながら、改めて部下の持つ才能に舌を巻くしかない。
「でもすごいわよね。これまで使ってたストライカーでは、強くなり過ぎた2人の魔法力を受け止めきれなかったってことでしょう?」
そう──《震電》に《スパイトフル》という新型機が加わったことで、原因不明と思われていた芳佳とユーリの不調の真相が明らかになった。
魔法力を流すことで駆動するストライカーの魔導エンジンには、許容量以上の魔法力が流れ込んだ場合、エンジンが破損しないように動きを停止するリミッターが設けられている。要するに、ストライカーにも、それを扱うウィッチにも問題は無く、寧ろどちらも正常だったが故に起きた出来事だったという訳だ。
しかしこれらの新型機であれば芳佳とユーリの全力を受け止められ、また2人ならばこれらのフルスペックを引き出すことが出来る。
「ふふっ。宮藤さんも、もうひよっ子卒業かしら?」
ミーナが笑う一方で、美緒の表情はどこか浮かない。彼女の脳裏では、先日の芳佳とのとあるやり取りが思い返されていた。
──坂本さん!私にも烈風斬を教えてください!
──ダメだ。お前みたいなひよっ子には、この技は使えない。
──頑張りますっ!だから教えてください!
──無理だ。
「………」
美緒は無言で、手を強く握り締めるのだった。
※長めな後書き
芳佳ちゃんが震電に履き換えると同時に、ユーリ君も履き換えてもらいました。
最初は特に機種変えは無しの予定だったんですが、折角ならと思ってあれやこれやと調べてはみたものの、震電のような「幻の機体」が44~5年当時のイギリスには無かった…
まぁ、スピットファイアのままでいっかーと思ったその時、
おや?スピットファイアってMk.21~22辺りから派生した別の機体あるんだ~
へぇ~、スパイトフルねぇ。なになに、スペックは凄かったけど終戦とかジェットとか時代の波に呑まれて10機ちょいしか量産されなかったとな。ふ~ん…いいじゃん。
っていう割と軽いノリでスパイトフルに決まりました。
が、ここで……芳佳ちゃんの全力を受け止められるのが特別感ある震電のハ48星型エンジンなのに対し、ユーリ君の全力を受けきれるのが既存のスピット何機かにも使われてるグリフォンエンジンってどうなんだ。じゃあリーネちゃんと同じスピットMk.22(これもグリフォンエンジン)で良かったんでないかっていう考えが私の中で浮かびました。
悩みながらとりあえず書き続けてる途中で、降ってきたんですねぇアイデアが。
どうなったのかは読んで頂いた通り。
・ストライクウィッチーズの震電はオリジナルの試作機だと芳佳ちゃんくらいしか満足に使えないので、実戦配備にあたってエンジンを下位のものに挿げ替え、誰でも使えるようにした
・史実スパイトフルは"レシプロ機の極限に近い"とされるくらいには高性能だった(らしい)
という点を踏まえ「じゃあもうスパイトフルも震電と同じって事にしちゃおう!」と。
ウルトラマリンの技術者がめちゃ強を追い求めた結果生まれたスパイトフル。
しかしスペックを最大限発揮するには要求魔法力が高過ぎる。ちょっと抑え目にしないとかぁ…
このユーリって少年、魔法力スゲェらしいじゃん。しかもスピットファイア使ってんじゃん!
彼ならスパイトフルのフルスペック出せるんじゃね!?じゃあグリフォンエンジンもこの出力バカ高いの載せたまま送っちまえー!
ってな感じですね。バッチバチのオリ設定です。
模擬戦ではユーリ君にクルビットの真似事をしてもらったり空戦に触ってみたんですが、やっぱり描き方がムズいですねぇ…(似た動きは過去の話でもしれっとやったりしてるんですが)
上述の通り、私は特に戦闘機等ミリタリー方面に関して造詣が深いわけでもないので、詳しい方からすると「ん?」と思う描写もあると思いますが、そこは素人の浅知恵というか、所詮付け焼刃ということでご容赦頂ければ幸いでございます。