任務続きの501部隊に齎された、短期間の休暇。
各々が思い思いの方法で休暇を過ごす中、復興支援の為に一時ガリアへ帰国していたペリーヌは、ロマーニャに戻って来てからというものの、何やら浮かない表情をしていた。
「ペリーヌさん、どうかされたんですか?」
不意にユーリに声をかけられ、ペリーヌはふと我に帰った。
「えっ……?あ──い、いえ。別に何ともありませんわよ?ただ……暫くぶりの復興作業で、少し疲れてしまったのかもしれません」
「そうですか──復興は順調ですか?」
「……ええ。村の建物や畑も解放直後と比べて随分綺麗になりました。まだまだ完全復興には程遠いですが、皆で力を合わせて頑張ってくれています」
ペリーヌはこう言っているが、ガリア全体として見れば復興は遅々としているのが実状だ。ブリタニアや扶桑、ロマーニャといった諸国も復興支援をしてくれているものの、やはり物資提供の優先度は前線や都市部の方が高い。各地に点在する村々に割かれる物資は必要十分とは言い難かった。
だが一方で、民衆達が力を合わせて頑張っているというのもまた事実。ブリタニアの戦い以降、ガリアで復興作業に従事していたペリーヌとリーネの努力が新聞で世界中に報じられた影響もあって、支援も手厚くなってきている。当初のペリーヌの予想を上回る多くの人々が、ガリア復興に力を貸してくれていた。
「ただ、橋が……」
「橋?」
ポツリと呟いたペリーヌの言葉を聞き返した時、基地にネウロイの襲来を告げる警報が鳴り響いた。
「──いえ、こちらの話です。そんなことより、ワタクシ達も行きますわよ!」
ペリーヌに急かされたユーリは、彼女に続いて格納庫へ向かうのだった。
「──ネウロイ発見!各自、戦闘態勢!」
「「了解ッ!」」
出撃した501部隊は目標のネウロイと接敵。敵の先制攻撃を散開して躱した後、真っ先に飛び出したのは芳佳とユーリだった。新たな翼である《震電》と《スパイトフル》の性能を遺憾なく発揮し、一気にネウロイとの距離を詰めに行く。
「前に出過ぎでしてよ──!」
先行した芳佳がネウロイの反撃を防いだところへ、一歩遅れてペリーヌが合流。そのまま2人でネウロイに攻撃を続ける。敵の反撃が芳佳達に集中した時を見計らって、上と下とで狙撃位置に着いていたユーリとリーネが同時に引き金を絞った。放たれた2発の徹甲弾がネウロイの両翼に大きな穴を空ける。
「やった──!」
「反撃が来ますよ──!」
喜ぶのも束の間、再生を終えたネウロイがスナイパー2人にビームを放つ。ユーリの声を受けて危なげなく攻撃を回避したリーネ。彼女目掛けて放たれた攻撃は、背後にあった大きな橋の上端を掠めるのみに終わった。
「橋が……ッ!?」
「被害は僅かだ、陣形を崩すな!次が来るぞ──!」
僅かながら損壊した橋に反応を示すペリーヌは、先程芳佳を諌めていたのが一転、ネウロイに向かって突撃していく。
「橋に──何てことするんですの──!!」
降り注ぐビームを躱しながら銃撃を1点に集中させたことで、明確なダメージを与えた手応えがあった。連携を無視した無謀な突攻に思えたが、図らずもペリーヌの行動が攻勢をかける決定的なチャンスを生み出した。
「今だっ!全機、攻撃──!」
美緒の号令で、タイミングを図っていたバルクホルンやシャーリー達も攻撃に参加。集中砲火によって大きなダメージを受けたネウロイの機体から、紅く輝くコアが顔を覗かせる。
「よくも橋をォォォ───ッ!」
気勢に満ちたペリーヌの銃撃がコアを跡形もなく撃ち砕く。次の瞬間、ネウロイは無数の金属片となって弾けとんだ。
「はぁ…はぁ……っ」
「すごいよペリーヌさん!」
「やりましたね!」
芳佳とリーネから送られる賞賛の言葉もそこそこに、ペリーヌはこれ以上橋に被害が出なかった事に胸をなでおろすのだった。
翌日──501の面々は、全員水着に着替えて海岸の浜辺に顔を揃えていた。
シャーリーやルッキーニ、ハルトマン達は楽しそうにはしゃいでいるが、何も行楽目的で海に来たわけではない。本当の理由は勿論、訓練である。
「アイツら、よくあんなにはしゃげるナー」
「エイラは泳がないの?」
「別に泳げないってんじゃないんだけどサー、元々水遊びにあんま興味沸かないっつーカ……」
「私も……一緒だね」
そう言って微笑みかけるサーニャに、エイラはドキリとする。元々寒帯国出身なこともあり、海水浴というものに馴染みの無い2人は、浜辺に腰を並べて他の皆が遊んでいる様子を眺めていた。
「……えと、そうだ!暑くないか、サーニャ?良かったら、その……ひ、日焼け止め、トカ──」
予め準備していた日焼け止めのボトルを握り締めたエイラ。そんな時、不意に2人の頭上へ影が差した。
「よいしょ──っと」
「ユーラ……?」
何事かと振り返った先には、水着に半袖のパーカーを羽織ったユーリがいた。
「コレ……パラソルか?」
「はい。お2人とも強い日差しには慣れていないんじゃないかと思ったので」
ユーリが持ってきたパラソルは、基地の倉庫に置いてあったものだ。遊び心に富んだロマーニャらしいというべきだろうか、もしかしたら建設当初からこうして海水浴を楽しむことも想定されていたのかもしれない。
「へぇ、気が利くじゃんカ。日焼けなんてしたら、サーニャの折角の白い肌が真っ赤になっちゃうからナ」
「そういうエイラさんもですよ。サーニャさんと同じくらい、白くて綺麗な肌をされてるんですから──って、日焼け止めを持ってきていたんですね。流石です」
エイラの準備の良さに感心したユーリは「そろそろ訓練の時間なので」と崖の方へ走っていく。残された2人はというと……
「っ……最近のアイツ、あーいうトコあるよなァ……」
「エイラ……顔、真っ赤」
「あ、暑さのせいダ……」
──と、そんなエイラ達を他所に、ユーリは崖の上に立っていた。傍らには芳佳、リーネ、ペリーヌの姿もあり、4人全員足に銀一色の訓練用ユニットを履いている。
「いいか!訓練だからといって、絶対に気を抜いてはいかんぞ!」
「ユーリさんは始めてだから、気をつけてね」
美緒とミーナが崖の下で見守る中、リーネと芳佳は体を震わせる。
「こ、この訓練だったんだ……!」
「またやるんですか……?」
芳佳達の脳裏に蘇る過去の記憶──そう、あれはブリタニアにいた頃。ユーリが501に入ってくる前の事だ。突然海に連れてこられた芳佳とリーネは、あの時もこうしてユニットを履いたまま海に放り込まれたのを覚えている。
これは万が一、飛行中にユニットの故障や破損、あるいは戦闘で撃墜されて海に落ちた際、素早くユニットを脱装して浮上する為の訓練だ。一見簡単そうに見えるが、これが意外と馬鹿にならない。
普段はウィッチ達を鳥のように軽々と飛行させるストライカーも、一度海中に没すれば、一転して装着者を海の底へ引き摺り込む重荷と化してしまう。突然のアクシデントに見舞われてもパニックに陥ることなく、冷静に対処できるよう訓練しておく事は大切だ。
「全く……何故ワタクシまで……」
「まぁまぁ。何事も訓練しておいて損は無いですよ」
「いいからさっさと飛ばんかーッ!」
美緒の喝を引き金として、ペリーヌとユーリに続き、芳佳とリーネが恐る恐る海へ身を投げる。
4人全員が入水したタイミングで、美緒の手にある時計のスイッチが押し込まれた。
漣の音に耳を傾けること数秒──最初に上がってきたのは、やはりというべきかペリーヌだった。そこから一歩遅れてユーリが顔を出してくる。
「うむ、流石だなペリーヌ」
「ユーリさんも。始めてとは思えないわね」
「き、恐縮です……」
「し…少佐の日頃のご指導の賜物です……!」
先に陸へ上がろうとする2人だったが、突然背後から伸びた手がペリーヌの髪を掴んだ。
「えっ……!?」
「ペッ、ペリーヌさん……ッ!たすけ──て……っ!」
「きゃあっ!?ちょ、宮藤さん──!?」
「宮藤さん、落ち着いてください──!」
パニック状態の芳佳にしがみつかれたペリーヌを助けようとするユーリだったが……
「ぷはっ……!ユーリ──さ……っ!」
こちらも芳佳同様にパニックになっている様子のリーネが、藁にも縋る気持ちでユーリにしがみつく。
「リ、リーネさん……!暴れないで……っ!」
助けようにも、こう暴れられては海に浮かぶこともできない。ペリーヌとユーリは芳佳達共々、再び海中へ沈んでいった。
「全く、あいつらと来たら……」
最終的に、ユーリが気合と根性で3人を海面まで引っ張り上げて訓練は終了。残りは自由時間となり、4人は岩場で休憩していた。
「──ふぅ……ユーリさんがいてくれて助かりました」
「一時はどうなることかと思いましたよ。本当に……」
「全く、危うくワタクシ達まで溺れるところでしたわ」
「実際ペリーヌさんも溺れてたよね?」
「誰のせいだと思ってますの!」
ペリーヌがそっぽを向いた瞬間、すぐ目の前の海面からルッキーニが顔を出した。芳佳達は訓練直後でそれどころではなかったが、彼女は海を満喫しているようだ。
「ルッキーニちゃん!何してるのー?」
「あ、芳佳ー!あのねあのねー?海の底に箱があったー!」
「箱……?」
「うん!おっきくてね、鍵が付いててね、なんか宝箱みたいなやつ!」
「宝箱、ですか」
「そんな……!?確かに、このアドリア海は昔から海上貿易が盛んな場所ですし、宝箱の1つや2つ、海の底に沈んでいてもおかしくはありませんが……」
宝箱というワードに妙な食いつきを見せるペリーヌだが、彼女自身半信半疑ではあるようだ。結局、ルッキーニの案内でその宝箱があったという場所へ全員で行ってみることに。
青々とした海に潜り、辺りを行き交う魚たちをかき分けるようにして進んでいくと──確かにあった。3本の鎖で海底に縫い付けるように守られた謎の箱。所々苔や小さなフジツボを付けたその箱は、ルッキーニの言った通り、いかにも宝箱らしい様相を呈していた。
箱を地上へ持ち帰るべく、5人は鎖を解こうと一斉に力を込めるが……長らく海の中にあって尚、鎖の強度は健在だったらしい。手こずっている間に1人、また1人と息が限界を迎えて浮上していく。
最終的にペリーヌとユーリだけが宝箱の元に残ったが、2人もそろそろ息が限界を迎えようとしていた。
(あぁもうっ……!こうなったら……っ!)
(待ってくださいペリーヌさん!)
業を煮やしたペリーヌの体を魔法力が包み込む。彼女のやろうとしている事を見抜いたユーリは、寸での所で待ったをかけた。
(
身振り手振りと目配せで伝えられたユーリの言葉を汲み取ったペリーヌは、鎖から手を離して海面へ上がっていく。1人残ったユーリは、先のペリーヌと同じように魔法力を発動させると、3本の鎖が交差している部分に手をかけた。
(これくらいの太さなら……いけるッ!)
残り少ない息を少しずつ吐きながら、鎖に向かって魔法力を流し込む。すると──突如全ての鎖が一斉に砕け散った。込めた魔法力が破裂するように放出される〔炸裂〕の特性を用いて鎖を破壊したのだ。試みが成功するなり、ユーリは宝箱を抱えて全力で浮上を開始した。
「──ぷはぁッ!」
「あっ、ユーリさん!」
「大丈夫ですか!?」
「はぁ…はぁ……何とか……」
小さく咳き込みながらも息を整えるユーリ。芳佳やリーネ達がユーリを心配する傍ら、ルッキーニは海から引き揚げられた宝箱の方に興味津々といった様子だ。
「ふふーん♪私にかかればちょちょいのチョチョチョイ──♪」
どこからかピッキングツールを取り出したルッキーニは、鼻歌交じりに宝箱の開錠を試みる。過去の遺物ということもあってか比較的単調な作りの鍵だったらしく、あっという間に開錠された。
「にひひっ、なーにが入ってるのかなー♪」
1人で先に宝箱を開けようとしたルッキーニだったが、その背後に揺らめく影が立ちはだかった。
「──何をしているんですの、フランチェスカ・ルッキーニ少尉?」
影の正体──厳格な眼差しで仁王立ちするペリーヌは、有無を言わさぬ威圧感をルッキーニへ向ける。
「そのお宝の使い道は、既に決まってましてよ」
「ひぃ……っ!?」
箱を開ける役目を奪った──もとい譲り受けたペリーヌの手で、遂に宝箱が開かれる。果たしてどんなお宝が眠っていたのだろうと期待に胸躍らせた彼女達が目にしたのは……
「あれ……?」
「……また箱が出てきた」
思わせ振りな宝箱の中に入っていたのは、ひと回り小さい別の宝箱。あまりに拍子抜けだ。余程重要な宝が入っているという事なのだろうか。ともかく、目の前に箱があればやることは1つ──新たな宝箱を取り出したペリーヌは、緊張の面持ちで箱を開いた。
「……また箱、ですね」
「箱の中の箱の中にまた箱ォ……?」
「と、とにかく!開けますわよ……!」
箱を開ける、すると箱が出てくる。また開ける、箱がある。とにかく開ける、やっぱり箱。ひたすら開ける、ひたすら箱。
箱、箱、箱箱箱箱箱───
「もう、一体いくつあるの……?」
「開けても開けても箱だよ……」
「ざっと数えても10個は開けてるはずですが……何なんでしょう、これは?」
ユーリの脳裏では、いつか502部隊の面々と作ったマトリョーシカ人形が思い起こされていた。周りには開け放たれた宝箱がこれでもかと散乱しており、今に至るまでの5人の苦労が伺い知れる。
「ねー、お宝まだ~?」
「ちょっと黙っててくださいまし!──きっと、これが最後ですわ……!」
海で見つけた時は両手で抱えるのが精一杯な大きさだった宝箱も、幾度とない開封を経て今や小箱と呼ぶべき可愛らしいサイズとなっている。ここまで来ると大量の財宝など期待できないが、それでも何も無いよりはマシだと己を奮い立たせたペリーヌは、意を決して箱を開けた。果たして、箱の中身は──?
「空っぽ……」
「……ですね」
「ダマサレター!」
なんと最後の箱はもぬけの殻だった。最初の箱が鍵と鎖でしっかりと施錠されていたことから、既に誰かが中身を持ち去っていたとは考えにくい。この宝箱は最初から、大量の箱しか入っていないただの箱だったというわけだ。
「そんな、宝が無いなんて……それじゃ、子供達が……っ……!」
悲壮に満ちた顔を手で覆ったペリーヌの嗚咽は、辺りを揺蕩う波の音にさらわれていく。心配する芳佳達に、ペリーヌは以前の休暇中にガリアで何があったのかを話してくれた──
ペリーヌの生家であるクロステルマン家が治めていた領地は広大で、その中には領民達の家はもちろん、ネウロイに蹂躙されてしまった畑や学校もある。帰国したペリーヌは、まさにその小学校の再建を手伝っており、完成までもう少しと、作業は順調に進んでいた。
が、しかし……
「──そっか、橋が……」
「だからペリーヌさん、戻って来てからずっと元気無かったんですね……」
ここに来て、件の小学校へ向かう唯一の道である石橋が完全に破壊されてしまっていた事が発覚。これでは学校が完成しても、橋の向こうに住む子供達が通って来れない。修理しようにも、石橋というのは見た目以上に緻密な計算によって組み上げられるものだ。知識に関しては後からいくらでも詰め込めるが、先立つものは金だ。ウィッチとして稼いだ給料全額だけでなく、保有していた私財のほぼ全部を投げ打って復興資金に充てていたペリーヌには、これ以上の費用を捻出する余力は残されていなかったのだ。
だからこそ、ルッキーニから宝箱を見つけたと聞かされた時は天啓かと思った。もし本当に財宝が眠っていたなら、橋を修理して尚お釣りが来るほどの額になるはず。それだけの金があれば、村の復興も格段に進むだろうと。
……結果は見ての通り。見事にハズレを掴まされてしまった。
こうなれば、ペリーヌに残された手は1つしかない。せめてこれだけは手放すまいと決めていた、クロステルマン家最後の家宝である
「──あれ、なんか変な音するよ?」
「ルッキーニちゃん……?」
「変な音というのは……?」
「うん。箱は空っぽなのに、中から音がする。ほら──」
ルッキーニが最後に出てきた小さな宝箱を軽く揺すってみせると……確かに、何やらカラカラ、カサカサというような音が聞こえる。箱の中身も開けて見せてくれたが、やはり何も入っていなかった。
「どういうことですの……?」
「もしかして……ルッキーニちゃん、ちょっとそれ貸して!」
何かに思い至ったらしい芳佳は、様々な角度から箱をまじまじと見つめる。
「ここをこうして……うん、やっぱりそうだ!じゃあ、こっちをこうすれば──あった!」
驚くべきことに、この宝箱には仕掛けが施されていたらしい。パーツをスライドさせることで底面が開き、二重底になっていた箱の中から小さく丸まった羊皮紙が出てきた。
「芳佳ちゃんすごい!」
「えへへ。家の近所にこういうの作ってる所があるの。お店とかでもよく見かけたから」
「改めて、扶桑の技術には驚かされますね──それで、ペリーヌさん。中には何が入ってたんですか?」
「これは……恐らく宝の地図、ですわね。えっと──」
地図を見ながら進んでいくペリーヌは、入り組んだ岩場のとある場所で足を止めた。
「それに描いてあるのってここだよね?」
「えぇ。地図は本物のようですわね」
「ペリーヌさん、書いてある字読めるんだ?」
「これってラテン語でしょ?すごいです!」
「ラ、ラテン語を読む程度、良家の子女の嗜みでしてよ?」
「流石ペリーヌさんです。恥ずかしながら、僕は簡単なものを多少読める程度ですから」
「も、もう……そんなこと言って。分け前はあげませんわよっ」
照れ隠しするように、ペリーヌは海へ飛び込み先へ進んでいく。そこへルッキーニが続いた。
「良かったですね、ペリーヌさん。ちょっと元気が戻ったみたい」
「はい」
「ユーリさん、リーネちゃん!私達も行こ!」
勢いよく飛び込んだ3人は、ペリーヌとルッキーニの後を追う。岩の間の細い道を泳いでいくと、やがて開けた洞窟の中に抜けた。
「わぁ……!綺麗!」
「星空みたーい!」
水の中から顔を出した3人が最初に目にしたのは、薄暗い洞窟の中でキラキラと瞬く天井だった。
「外から差した陽の光が、水面に反射してるんですわ……」
「あそこから奥に続いてるみたいですね」
ユーリが指差す先では、2つの道が口を開けて5人を待ち構えていた。水から上がったペリーヌが地図を確認する。
「こういうのって、どっちかが正解でどっちかがハズレなんだよね。ペリーヌさん、分かる?」
「うーん……地図を見る限りは、どちらも奥に続いているようですが──こっちに行きましょう!」
「ホントに合ってんのー……?」
「疑うのなら1人で別の道へ行けばよろしくてよ?はぐれても知りませんけど」
「へいへーい……」
地図が1枚しかなく、またそれを読めるのもペリーヌだけな以上、分かれるのは得策ではない。一行はペリーヌを先頭に、分岐した左の道を進み始めた。
「──結構進んだと思いますが、まだ続きそうですか?」
「大丈夫ペリーヌさん?地図見える?」
壁に生えた苔が薄らと光を放っているお陰でこうして歩けているものの、視界が悪い事は間違いない。難しい顔で地図とにらめっこしていたペリーヌは、このまま真っ直ぐ進めば安全だと言うが……
「きゃぁっ──!?」
「ペリーヌさんッ──!!」
踏み出した先の地面が急に崩れ、足場を失ったペリーヌが落下していく。寸での所でユーリの伸ばした手を掴んだお陰で事なきを得たが……下では夥しい数の蛇が首をもたげてこちらを威嚇していた。
「ハァ…ハァ…!たっ、助かりましたわ……っ!」
「間に合ってよかったです……にしても──」
「全然安全じゃないジャン……」
「た、たまたまですっ!もうこんな物騒な罠は無いはず──!」
狼狽して足早に歩き出すペリーヌ。現にこうして罠があった以上、警戒しながら進むべきではないかとユーリ達は彼女の後を追うが──悪い予想は、思いの外早く現実となった。
「ペリーヌさん!まだ罠があるかもしれないんですから、もう少し慎重に進みましょう。ほら、こんな見るからに怪しい横穴もあることですし──」
少々冷静さを欠いているペリーヌの腕を掴んで引き止めたユーリは、真横にポッカリと空いている穴を指し示す。穴は下ではなく上に続いているらしく、もし罠であるなら、ここから何かが降ってくる可能性があった。
「……まぁ、少々取り乱してしまった事は認めますけれど──でも先程の落とし穴に対して、こんな露骨に怪しい穴に罠が仕掛けられてるとお思いですの?」
「それは確かに……」
まさかそんな──そう思った時。何かを感じ取ったユーリはペリーヌをその場から突き飛ばす。次の瞬間、例の横穴から滝のように流れ落ちてきた謎の赤い液体がユーリに襲いかかった──!
「ユーリさんっ!」
「何これ!?」
「分かんないよ!」
降りかかった液体はすぐに止み、その場にはがくりと膝をついて項垂れるユーリだけが残った。
「ユーリさん!大丈夫ですの!?」
「この赤いの……血じゃないよね……!?」
手に付いた赤い液体を目にしたリーネが顔を青ざめさせる。幸い、こちらの悪い予想は早々に否定された。
「安心してリーネちゃん、血じゃないよ。本物の血はこんなに水っぽくないし、いい匂いもしないから」
実家が診療所をやっている都合上、小さい頃から血を見る機会の多かった芳佳は、この液体がユーリの血ではないことをすぐさま見抜く。
「匂い……言われてみれば、この香りは……?」
「すんすん……なんかぶどうみたいな匂いするよ?」
「ぶどう……もしかしてこれは──ワイン?」
ペリーヌの言う通り、ユーリが頭から被ったのは大量のワインだった。一体何故ワインが降ってきたのかは全くもって不明だが、取り敢えず人体に有害なものではないということが分かっただけでも一安心だ。
「ユーリさん、立てますか?」
心配そうにユーリの顔を覗き込むリーネが肩を揺すったり、目の前でヒラヒラと手を振ってみるが、俯けられた顔はうつらうつらとしており、明確な反応は返ってこない。
「おっきろーーー!」
ルッキーニが冗談めかしてユーリのことを後ろから小突く。何か衝撃があれば目を覚ますだろうと思っての事で、実際ユーリは目を覚ましたのだが……些か、力が強すぎたようだ。
「ひゃっ……!?」
「ん……ぅ……?」
不鮮明ながら意識を取り戻したユーリが最初に感じたのは、妙に心地のいい柔らかな温もりだった。この感触に身を預けていると、覚醒しかけていた意識が深く沈んでしまいそうな──
「ユッ……ユーリさん!いい加減目を覚ましなさいッ!」
何かに耐えかねたペリーヌが、リーネにもたれかかっているユーリを引き剥がす。おまけに横面に強烈な平手を受けたことで、沈みかけていたユーリの意識は完全覚醒を果たした。
「んぁ……ペリーヌ、さん……?」
「あ、起きた!」
「なんだか、いいゆめをみてたような……」
「夢?」
「ん……あったかくて、ふわふわで、すごくきもちい……そんなかんじの」
「あったかくて……」
「ふわふわ~……!」
酒精の強いワインだったのだろう。すっかり酔ってしまっているのか、少々舌足らずな言葉で名残惜しそうに語られるユーリの夢の感想を聞いた芳佳とルッキーニは、すぐ傍で恥ずかしそうに縮こまるリーネの胸に熱意ある視線を向ける。
「ユーリさん!その気持ち、分かります!」
「ねぇねぇリーネ!私も~!」
「も、もう……2人ともっ!」
「あなた達!遊んでないで先に進みますわよッ!」
足元がふらついて危なっかしいユーリを芳佳とリーネが支え、前進を再開する。暫く道なりに歩き続けていると、開けた洞窟に出た。
「わぁ……なんか穴がいっぱいある」
「恐らく、ワタクシ達が入ってきたのとは逆の道と、ここで繋がってるのね。奥に続く道は──こっちですわ」
ペリーヌの先導で奥へ進もうとした一行は、ここで奇妙な現象に遭遇する。
「ワーッハッハッハッハ──!!ヒァーッハッハッハッハ──!!」
「ちょ、何?今の不気味な声……!?」
「分かんないよ~!」
「と、取り敢えず隠れよう!」
芳佳の提案で洞窟の隅に身を潜めた一行。そのすぐ後ろを、狂気を孕んだあの笑い声が駆け抜けていった。
「リ、リーネちゃん見た……?」
「うん……人間、みたいだった……」
「まさか、古代人の怨霊なんてこと……!?」
「えぇえぇえええッ!?──ねぇもう帰ろうよー!?」
「そうしようよペリーヌさん!ユーリさんだってこんな状態だし……!」
宝探し気分で楽しそうだったルッキーニですら逃げ出そうとするこの状況で尚、ユーリは冷静だった。時間経過で徐々に冷めつつある酩酊感に苛まれながらも、撤退を提案するリーネ達に否を唱える。
「でも……ほんとうにゆうれいなら…もっとずっとまえにでてきてるはず……」
「じゃあ、幽霊じゃなくて生きた人間ってこと……?」
「まさかワタクシ達以外にもお宝を狙う者が……!?こうしちゃいられません!早く進みますわよッ!待ってなさいお宝──!」
「あっ、ペリーヌさん──!」
「置いてかないでー!」
先を急ぐペリーヌを追って、芳佳達も暗がりの道を走る。幸いあの時のような罠はもう仕掛けられておらず、芳佳らはユーリが怪我をしないよう注意を割くことができた。
「もう少しですわ、ここを抜ければ──!」
道の先に見える明かり──そこがこの洞窟の最深部のようだ。
「わぁ……!ひろーい!」
「ここが地図にあった宝の部屋……?」
「えぇ、間違いありませんわ!遂にたどり着いたんですの!」
5人が足を踏み入れた石造りの広間は、宝の部屋というには閑散としていた。部屋の奥には玉座についた巨大な石像が鎮座しており、天井から差し込む陽光が神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「あそこですわ──あの石像の奥に、お宝が眠っているはず!」
緊張の面持ちで石像の足元へ歩みを進める。地図によれば、この裏に宝が隠されているそうだが……
「どこ……お宝は──いいえ、子供達の橋……!」
そんな時だった。突如、辺りに不気味なうめき声が──
「なに?──って、ペリーヌさん危ないッ!」
「えっ……?キャアアアアアァッ!?」
芳佳の声で振り向いた先では、玉座に座っていた石像が立ち上がり、攻撃の意思を見せていた。すぐさま飛び退いたペリーヌのいた場所に文字通り岩のような手が振り下ろされ、石造りの床を大きく凹ませる。
「ここまで来て……っ逃げるわけにはいきません!子供達の為に!」
こちらも退かないペリーヌだが、正直分が悪いと言わざるを得ないだろう。何せここにはストライカーも銃も無い。完全な丸腰で巨大な石像を相手取るのは、容易なことではなかった。
「な、何か武器になるものは──!?」
ペリーヌを助けようと、慌てて周囲を見回す芳佳達。そんな中、ユーリがある一点を指差していることにルッキーニが気づいた。
「そこ……に──!」
「それだっ!ペリーヌ、これ使って──!」
ルッキーニがペリーヌに投げ渡したのは、ひと振りのレイピア。広間の壁に盾と一緒に飾られていたものだ。
(お父様、お母様、ガリアの皆──ワタクシは……負けませんッ!)
跳び上がって剣を掴んだペリーヌは、空中で身動きの取れない瞬間を狙って繰り出される石像の拳を見事な身のこなしで受け流すと、魔法力を発動させる。そして鋭い気合と共に、レイピアを石像の頭に突き立てた──!
「トネール──ッ!!」
剣を媒介にして凄まじい勢いで放たれたペリーヌの雷撃は、石像の頭を木っ端微塵に粉砕してみせた。
「やった!」
「ペリーヌさんすごい!」
ペリーヌの華麗な勝利を喜ぶのも束の間、広間に地響きが。見れば、石像が座していた玉座の足元が開き、隠し通路が現れたようだ。どうやらあの石像は、宝を求める者への最後の試練だったらしい。
「あそこにお宝が……!」
剣を投げ捨て、通路の先へ走る。たどり着いた先でペリーヌを待ち受けていたのは──
「……これが、お宝……?」
通路の先は庭園のようになっており、清らかな水が流れ、優しい陽光が降り注いでいた──肝心の金銀財宝らしきものは、どこにも見られない。あるのは長い年月をかけて育ったのであろう花々だけだ。
「これは……ハーブ?」
クローブ、ローリエ、オレガノ、ソフラン、胡椒──趣味で花を育てているペリーヌには分かる。ここに生息しているのは全てハーブ──香辛料の花だ。
過去の時代に於いて、食用に限らず保存料や薬の原料として様々な用途に使われたハーブは、時代が時代ならそれはもう大層な財産として重宝されたことだろう。だが今やこれらの香辛料は世界中に流通し、容易に手に入れることが出来る時代──売れるには売れるだろうが、ガリア復興の為の資金にするには、あまりにも心許なさ過ぎた。
「──ペリーヌ、泣いているのか?」
「えっ──し、少佐!?何故ここに……!?」
「私にも分からん。気づいたらここにいてな──そんな事より、一体何があった?」
ペリーヌは、涙ながらに美緒に事の経緯を話した。
「そうか……泣くんじゃない、ペリーヌ。確かに何事にも先立つものは必要だ。だがそれ以上に重要なのは気持ちなんだ。国を──民達を想い寄り添うその気持ちこそが、お前を慕うガリアの人々にとっての宝なんだ」
「少佐……」
「だから顔を上げろ。胸を張れ。結果はどうあれ、お前は領主としてすべき事をした。ガリアの人々も、そんなお前のことを誇りに思っているはずだ」
「っ……はい。ありがとうございます」
その日の夜。ペリーヌの部屋に集まったユーリ達は、今日あった事について話していた。
どうやら例の宝があった洞窟は、古代のウィッチの遺跡のひとつだったという説が濃厚なようだ。ペリーヌが襲われたあの石像も、当時の防衛システムが未だ生きていたのではないかという。
全く傍迷惑な話だ。と呆れるペリーヌに、芳佳が1通の手紙を差し出した。
「手紙……ガリアの皆から?」
手紙には、村の近況報告とペリーヌの無事を祈る一文の他に、1枚の写真が同封されていた。
「これは……!?」
「すごい!みんなで橋を作ったんだ!」
「これで子供達皆、学校に通えるね!」
「良かったですね、ペリーヌさん!」
「えぇ……本当に……!」
ペリーヌは穏やかな笑顔で手紙をそっと抱きしめる。
貴族や王族といった一部の者の尽力ではなく、身分の垣根を越えて手を取り合い、力を合わせること──これこそが真の意味での復興なのかもしれない。
未だ未熟な自分に力を貸してくれる民達の心強さは十分理解しているつもりだった。領主としてそんな彼らを自分が支え、守らねばと思ってばかりいたが、自分の想像より何倍も強く、逞しく、そして優しい人々に、逆に支えられてもいたのだということに気づいたペリーヌは、胸が暖かくなるのを感じた。
「こんなのを見せられては、ワタクシももっと頑張らなければいけませんわね。一刻も早くネウロイを倒し、そしてまたガリアに──!」
「私も行ってみたいなぁ!ね、この4人でいつかガリアに行こうよ!」
「……そうですね。戦いが終わったら」
「うん!行こうよ!」
「ふふっ──まぁ、その時は道案内くらいはしてあげても宜しくてよ?」
「ホント!?やったぁ──!」
まだ見ぬ未来への予定に大喜びする芳佳達。その様子を微笑ましく見ていたペリーヌは、改めて手紙に目を通す。
(にしても……この多額の支援金を寄付してくれた方というのは一体どこの誰なのかしら……?)
丁度橋を直した直後の事だ。ペリーヌの村に、匿名で多額の支援金が寄付されたらしく、これを元手に他の施設や、ペリーヌの屋敷の修理も進めていくという旨が手紙に記載されていた。
この支援金を送った誰か──形式上記載されていた名前から、村の者には"名無しのオオカミさん"と呼ばれている者の正体は、未来永劫、誰にも分からない。
ただ1人、ユーリを除いては。
ユーリ君は比較的酔い易い体質で、嗜む程度の弱いお酒ならまだ問題ないですが、飲んだお酒が強ければ強い程理性が緩んでより子供っぽくなります。話し方や、ふわふわのリーネちゃん枕をちょっと名残惜しそうにしてたのはそのせいですね。
べ、別に芳佳ちゃんみたいな不埒な考えがあったわけじゃないんですよ?ほら、シンプルに気持ちよさそうじゃないですか。ね?