時刻は午前10時。501部隊基地ブリーフィングルームにて──
「これより我々第501統合戦闘航空団は、ロマーニャ及びヴェネツィアからネウロイを殲滅する為、"オペレーション・マルス"に参加します!──昨日も言った通り、我々の役目は扶桑艦隊旗艦 大和の護衛よ。恐らくネウロイ側も、大和が通常兵器ではないということにすぐ勘付くはず。激しい攻撃が予想されるわ。くれぐれも油断しないように」
整列した隊員達を壇上からぐるりと見渡したミーナは、
「昨日の繰り返しになるけれど……誰1人欠ける事なく、全員でこの作戦を成功させましょう!──総員、出撃!」
「「了解ッ!」」
一斉に向かった格納庫では、次々とストライカーがエンジンを始動させて発進していく。その中には美緒の姿もあった。
ミーナに続いて一足先に飛び立っていく美緒の背中を見送ったユーリは、昨晩の会話を思い出す。
(……僕がしっかりしないと。絶対に誰も死なせない──皆を、守るんだ)
1番最後に芳佳共々基地から飛び立ったユーリは、以前の雪辱を晴らすべくヴェネツィアの巣へと向かうのだった。
飛び続けること暫く──たどり着いたアドリア海では、扶桑とヴェネツィア両海軍による連合艦隊が巣に向けて進軍していた。
「これが戦艦大和……」
「でっけーなぁ……!」
部隊の大部分が初めて目にする世界最大級の戦艦。すぐ横を随行する空母天城に匹敵する船体と、巡洋艦とは比較にならない巨大な主砲、扶桑のフラッグシップを冠するに相応しいその威容に、ウィッチーズ達は呆気にとられる。
「──501部隊の方々ですね?私は第504統合戦闘航空団の竹井です」
到着した501の元へ飛んできたのは、ここまで艦隊の護衛を請け負っていた504部隊──醇子とドミニカ、ジェーンの3人だった。ミーナに手早く任務の引き継ぎを済ませた醇子は、
「皆さんの実力は疑う余地もありませんが……ヴェネツィアの巣は強敵です。どうかお気をつけて。ご武運を祈っています」
「ありがとう。そちらも任務ご苦労様です──あとは私達に任せてちょうだい」
互いに敬礼を送り合った醇子は、ドミニカ達を伴い基地へと引き返していく。醇子は美緒の様子が少し気になっていたようだが、幸か不幸か、彼女らが直接言葉を交わすことは無かった。
「もう間もなく、艦隊はネウロイの勢力圏内に侵入するわ。総員警戒を──」
──ドォォン……!
ミーナの言葉が終わるのを待たずして、突如爆発音が聞こえてくる。音の方へ目を向ければ、先行していた駆逐艦の1隻が盛大な水飛沫に包まれていた。
『駆逐艦ニコラス、被弾!敵の攻撃です!』
『総員、戦闘配置!』
杉田艦長の指示と同時に、上空から多数の小型ネウロイが襲来。艦隊に向かって攻撃を開始する。
「始まったわ!大和がネウロイ化するまでの3分間、なんとしても守りきるのよ──ッ!」
「「了解──ッ!」」
501部隊としては初となるネウロイの巣との直接対決──その戦いの火蓋が切って落とされた。
「やああぁぁ──ッ!」
シールド能力に秀でた芳佳は、リーネと共に大和の防衛に回る。ネウロイのビームをシールドで防ぐ芳佳だったが、その威力に内心驚いていた。
「くっ……キツい……ッ!」
攻撃してきているのは取り巻きである小型のはずだが、ビームの威力が桁違いだ。部隊の中で最硬の盾を有する芳佳をして、シールド維持には相応の気力を要された。
絶え間なく降り注ぐビームを、芳佳は懸命に防ぎ続ける。リーネもそんな彼女を援護し続けるが、攻撃の手は一向に緩む気配が無い。ミーナ達の予想通り、ネウロイ側も大和が普通ではないことに気づいているのだろう。
501部隊に出来ることはただ1つ──ひたすら暴れて、敵の注意を出来る限り分散させることだった。
「──うっし、来いルッキーニ──!」
「あいよォ──!」
シャーリーは呼び寄せたルッキーニの手を掴み、グルグルと回転した勢いを上乗せして力の限り投げ飛ばす。
目にも止まらぬ速さですっ飛んでいくルッキーニの先では多数のネウロイ達が密集して待ち受けていたが、ただでさえ的の小さいルッキーニを迎撃することなど出来るはずもなく、隙間を縫うようにして通過したルッキーニの風圧で体制を乱されてしまう。更にその後を自慢の超スピードで追ってきたシャーリーによって、ネウロイ達は全て撃墜されていった。
「ヒュゥ!やったぜ!この調子で行くぞ──!」
別の場所では──
「ほら、こっちだこっち!当ててみナ!」
辺りを飛び回って敵の集団を背後に引きつけたエイラは、大和に狙いが行かないよう引っ張っていく。当然ネウロイは無防備な背中を狙ってビームを放つが、相手はあのエイラだ。〔未来予知〕を駆使した持ち前の回避技術の前には彼女に掠り傷1つ負わせることもできない。
そしてそんな彼女が向かう先には……
「今ダッ!サーニャ、ユーリ!」
離脱したエイラに代わりネウロイ達の前に現れたのは、得物を構えたサーニャとユーリ。彼女達の狙いに気づいた時には、もう遅かった。サーニャに続き、ユーリが少し遅れて引き金を絞る。
大挙してエイラを追い掛け回していたネウロイ目掛けて、円状に放たれたロケット弾と、その中心に糸を通すような徹甲弾が突き刺さる。集団の外周にいた敵はサーニャの、内側の敵はユーリの攻撃で、青空の下に無数の銀色の華を咲かせた。
「やった……!」
「まだ油断はできません。エイラさん、もう一度やれますか!?」
「トーゼン!……ってか、オマエもしっかりサーニャのこと守れよナ!ほら次行くゾ──ッ!」
このように各自協力してネウロイ達を撃墜している中、怒涛の勢いで撃墜数を伸ばしていたのは、やはりこの2人だった。
「──ねぇトゥルーデ!コイツら全然減らないんだけどー!」
「黙って倒せ!勲章が向こうから飛んでくると思えばいい!」
「えぇー、どうせなら勲章なんかよりお菓子がいいよぉー!」
「ええい、何でもいいからとにかく戦えッ!」
軽口を叩き合いながらも恐るべきスピードでネウロイを落としていくバルクホルンとハルトマン。カールスラントの2大トップエースの実力は、巣を相手にしても引けを取らなかった。
しかし最初こそ人類側に分があるかに見えた戦況は、次第に悪い方へと傾いていく。時間が経つに連れて、ネウロイ側の持つ優位性が効果を発揮し始めたのだ──即ち、ネウロイはネウロイであるのに対し、ウィッチは人間であるという違いが。
敵の激しい攻撃に、流石のウィッチーズも疲労が滲み始める。それでも果敢に戦う彼女達を援護するべく、連合艦隊は砲塔をネウロイに差し向けた。
『対ネウロイ用対空弾──全艦、砲撃開始ッ!』
砲声が轟き、空を行き交うネウロイ達を爆煙が包み込む。間違いなく効果はあったはずだが、敵の勢いは止まらない。硝煙の中からぞろぞろと後続が湧いて出てくる。その煙で接近してくる敵の姿が隠れてしまっていたのか、
「あっ……!?」
「囲まれた……ッ!」
リーネとペリーヌが、小型の集団に包囲されてしまう。ペリーヌ1人だけであれば固有魔法で包囲を破ることも出来ただろうが、生憎彼女の背後には背中を預けたリーネがいる。程なくして襲いかかるであろう敵の攻撃を前に、ペリーヌはこの場を打開しようと必死に思考を巡らせる。
そこへ、上空に1つの影が飛び出した。
「させるかァ──ッ!!」
烈風丸を振りかぶった美緒の気勢は、周囲の皆──ユーリの耳にも届く。
「坂本さん──っ!」
「──烈 風 斬ッ!!」
渾身の力で振り下ろされた烈風丸は、金属同士がぶつかり合う甲高い音を残してその刃を阻まれた。
「な……ッ!?」
一瞬の、しかし大きな動揺に見舞われたせいで、漆黒の装甲に弾かれた烈風丸は美緒の手を離れてしまう。無防備になった美緒の眼前で、ネウロイは仕返しとばかりに紅い光を──
「──危ないッ!」
寸での所で間に割って入った芳佳が、巨大なシールドを展開し美緒を守る。ほぼゼロ距離で放たれたビームに懸命に抗う芳佳を、どこからか飛来した弾丸が救った。美緒の異変に気づいたユーリの狙撃だ。同時に、この一瞬の混乱に乗じてペリーヌ達も包囲を抜け出した。
「はぁ……っ坂本さん!大丈夫です──か……」
危機を脱し振り返った芳佳は、絶望を顔に滲ませた美緒が自らの手を見つめる様を目にする。
これまで幾度となくネウロイを屠ってきた烈風斬が通用しない──それは即ち、最早美緒の身体には烈風斬を放つだけの魔法力すら残っていないことを意味する。もう飛んでいるのもやっとな状態だろう。
美緒の事実上の戦闘不能という事態に拍車をかけるように、ネウロイの攻撃も激しさを増していく。対するウィッチーズは消耗する一方。大和がネウロイ化を始めるまでの残り時間、長く僅かな20秒を必死に稼ぐ。
「──魔法力を消耗した者は、各自空母天城に退避して!余裕のある者は引き続き大和の防衛を!最後の正念場よッ!」
ミーナの指示に従い、エイラやルッキーニを始めとする面々が天城へと向かう。
芳佳、リーネ、ペリーヌ、ユーリ、そしてバルクホルンとハルトマンは、散っていた戦力を大和周辺に集めて最後のひと踏ん張りを行っていた。
「くっ……!皆頑張れ!あと10秒だッ!」
「あーもう、ホント鬱陶しいなぁッ!」
「宮藤さん、まだ行けますかッ!?」
「はいッ!まだ頑張れます……ッ!」
雨のように降り注ぐビームを芳佳とユーリが防ぎ、他の者が敵を落とす。普通なら人数が増えた分負担は減るはずだが、敵の数も増えたお陰で全くそんな気がしない。
『5、4、3、2、1、0──!』
『
『魔導ダイナモ、始動しますっ!』
大和の艦橋に搭載された魔導ダイナモが内部に格納されているネウロイのコアを励起させる。すると、艦橋を起点に大和の黒鉄色の装甲が漆黒に侵食され始めた。やがて漆黒が艦の全体に行き渡ると、艦橋の窓が不気味に紅い光を灯す。
『大和、ネウロイ化完了!』
『制御可能時間、残り約9分!』
『時は来た──大和、浮上ッ!』
船尾から大きな水飛沫が上がり、大和が前進していく。それだけでなく、漆黒に染め上げられた巨大な船体が浮上を始めていた。ネウロイの力を利用することで飛行能力を得た大和は、搭載された対空兵器からネウロイと同じ深紅の光弾を掃射し、周囲を飛び交う小型ネウロイを駆逐していく。
「大和が……飛んだ……!」
「すごい……!」
頭上を征く大和を見上げて呆然とする芳佳とリーネ。それは天城の甲板で戦況を見守るシャーリー達も同様だった。
『全システム、正常に作動中。成功です!』
『ネウロイの巣を補足。目標の軌道に乗りました!』
『よし──進路そのまま!大和、最大船速!』
無事にネウロイ化を終え、人類の決戦兵器として巣に向かう戦艦大和。その様子を見上げるユーリは、
(このまま上手くいってくれ……)
そう祈りつつも、心のどこかでは失敗した時の事を考えずにはいられない。
(もし、万が一失敗したら……その時は──)
自然と銃を握る手に力が入る。ルッキーニの故郷を、彼女が帰る場所をネウロイに渡すわけにはいかない。
勿論、ユーリとしても覚醒魔法は使わないに越したことはない。寧ろ使わずに済むのが1番だ。しかしユーリの──かつて"ウォーロック計画"に関わっていた者としての直感のような何かが、脳裏でずっと警鐘を鳴らしている気がするのだ。
──代償は高く付くぞ、と。
「──任務完了。全員、空母天城に帰還して」
大和が起動したことで、501部隊に課せられていた「大和がネウロイ化するまでの護衛」という任務は完了した。以前のウォーロックの時の様に、暴走する様子もない。これ以上ミーナ達の出る幕は無いと思っていいだろう。
「……少佐、私達の任務は成功よ。戻りましょう」
もうまともに戦えないという事実に打ちのめされ、項垂れたままの美緒。ミーナの言葉で顔を上げたかと思えば、その頬を涙が伝っていた。
「私に──私にとって、生きる事は戦う事だった……っ……扶桑で剣の道を歩み始めた、あの時からずっと……」
扶桑海事変、リバウ撤退戦、マルタ島奪還戦──美緒の脳裏で、数々の戦いの記憶が浮かんでは消える。
「私はもう、戦えないのか……?なにも、守れないのか……?」
「……あなたは十分過ぎる程戦ったわ。そして多くのものを守った。あなたのお陰よ、美緒」
涙を流す美緒に、ミーナは静かに寄り添うのだった。
一方──役目を終えて天城へ戻ってきた芳佳達は、甲板の上から孤軍奮闘する大和を見守っていた。
未だに湧き続ける小型ネウロイの大群の攻撃が、漆黒に染め上げられた船体に幾度となく突き刺さる。
「あのままじゃ……!」
「いえ大丈夫です。再生してますわ」
ネウロイの力は、飛行能力やビーム兵器だけでなく再生能力までもを大和に齎した。ネウロイの再生能力がどれほど厄介且つ強力か、それはウィッチ達が1番よく理解している。
「なんて火力だ、直に巣本体に到達するぞ……!」
「再生速度も速い……あれ程の数を相手に」
「これが、ネウロイ化の力……」
口々に感嘆の声を上げる最中、遂に大和が敵の群れを突破。本丸に王手をかけに行く。
『目標との距離、残り300!』
『そのまま突っ込めェ──!』
勢いを緩めることなく、大和は巣目掛けて衝角突撃を敢行。空気を揺るがす凄まじい衝撃が遠方の天城まで届いた。
『今だッ!主砲、斉射──ッ!』
ほぼゼロ距離での46センチ主砲一斉掃射──いくら巣といえど、これを喰らえばひと堪りもない。例え倒せなくとも相当な痛手を負わせることが可能なはず。
この海域に集った誰もが、勝利を確信した。あの巨大な砲塔から勝鬨が上げられるものだと信じて疑わなかった。
しかし……
「……撃たない?どうして──」
「まさか……ッ!?」
『──艦長!火器管制システムが作動しません!』
『何だとッ!?』
『魔導ダイナモ、出力低下!……完全に停止しました。主砲、撃てません!』
「そんな……っ!」
期待に満ちていた空気が一転して絶望に変わる。そこへ拍車をかけるように、巣本体から夥しい数の小型ネウロイが出現。物言わぬ大和に爆撃をお見舞いする。幸い再生能力はまだ生きている為このまま撃沈されるということは無いだろうが、それも時間の問題だろう。ネウロイといえど不死身ではないという事は、ガリアでのウォーロックが証明している。
『──皆、よく戦ってくれた。だが大和の魔導ダイナモが停止し、主砲が撃てない。再起動の手段が無い以上、最早我々には打つ手が無い……作戦は、失敗だ』
無念に満ちた杉田艦長の通信で、連合艦隊は戦場からの離脱を開始する。天城で事の行く末を見守っていたウィッチーズは皆一様に諦めきれない様子だが、事実、この状況を打開する方法は無かった。
「このまま諦めろってのかよ……!」
「しかし、ワタクシ達だけで何が出来ると……?」
「クソ!他に何か方法は無いのか……!?」
やり場のない思いを持て余すウィッチーズ。そんな中、ルッキーニは遂に泣き出してしまった。ルッキーニの嗚咽が、漣と遠くより響く爆音の中に消えていく。
「っ……やだよ……私の──皆のロマーニャが、こわされちゃう……っ……!」
「ルッキーニさん……」
甲板にこぼれ落ちるルッキーニの涙を見たユーリが、傍らに鎮座するユニットへ向かおうとした瞬間──
『──まだだッ!!』
「この声は……!」
「坂本さん……!?」
無線を通じてこの場の全員に届いた美緒のこの言葉が、漂っていた絶望を微かに吹き飛ばす。
『まだ終わってなどいない!この戦いも──私もだッ!!』
そう言うなり、美緒は《紫電改》を震わせ、一目散に飛び出していった。目指す先は今も尚激しい爆撃を受け続ける大和だ。
『──私が直接大和に乗り込み、魔法力で魔導ダイナモを再起動させるッ!』
『ダメよ美緒──ッ!』
「坂本さん──ッ!」
「ダメです坂本さん!今のあなたでは……ッ!」
『……知っていたか。確かに、もう私に残された魔法力ではこうして飛ぶのが関の山だ』
加えてシールドを失い、また烈風丸も失った美緒では、爆撃の雨に晒されている大和に乗り込むことさえ困難だ。このまま大和へ向かったところで、ネウロイの攻撃をくぐり抜けられる保証は無く、それどころか失敗する可能性の方が高いのだ。
『それが分かっているなら──!』
「──それが分かっているなら止めなさい!坂本少佐!」
「……ミーナ」
美緒の後を追って来たミーナは、MG42の銃口を美緒に向ける。
「戻りなさい、少佐!これは命令よ!」
「……私がやらなければ、誰が大和を動かせるというんだ?」
ミーナの不意を突き、美緒は一気に彼女へ詰め寄った。
「皮肉なものだ。ここまで満足に戦えなかった私1人だけが、こうして魔法力を温存することになったのだからな」
501部隊は、大和防衛の任務をこなす際に魔法力の殆どを使い切ってしまっている。それはミーナも例外ではなく、美緒の言う通り、今大和を再起動出来るのは彼女だけだった。
「ミーナ、私は嬉しいんだ。こんな私にも、まだ出来る事が残っている。まだ戦える──501部隊の戦闘隊長として、
「美緒……っ」
501部隊の隊長として隊員の命を預かるミーナは、無理矢理にでも止めるべきなのだろう。彼女の懐には携帯用の拳銃がある。それで美緒のユニットを撃って飛行不能にさせればいい。
「頼むミーナ。私に、501部隊としての最後の役目を果たさせてくれ──全員で、この戦いに勝つ為に」
そんな美緒の言葉が、懐に伸びかけていたミーナの手を止めた。銃のグリップを掴むはずだった手は、空気だけを強く握り締める。
「お願いッ……必ず、必ず帰って来て」
「ふっ……それは命令か?」
「……お願いよ」
「そうか……わかった。お前直々のお願いとあらば、聞き入れない訳にはいかないな」
美緒はミーナから身体を離すと、彼女の横を通り抜けていく。残されたミーナはその背中を見送ることも、既に下がっていた銃口を再び持ち上げることもしなかった。
「──そんな、少佐……ッ!」
「ダメです坂本さんっ──!」
「っ──!」
「芳佳ちゃん!?」
「おいユーリ!オマエまでどこ行く気ダヨ!?」
「坂本さんを行かせるわけには──!」
「そうだよッ!このままじゃ今度こそ……!」
自分のユニットへ走る芳佳達を阻むかのように、ユニットの並べられたエレベーターが格納庫に向かって降下していく。
「待って……!」
艦内に沈んでいくユニットへ手を伸ばした芳佳は、バランスを崩して転んでしまう。それ程体力・魔法力共に消耗しているのだ。
そしてこの中では比較的──あくまでも比較的魔法力が残っていたユーリだが、その腕をエイラが引き止める。
「離してくださいエイラさん!」
「落ち着けって!オマエだってもうフラフラじゃんかヨ!」
「ですが……──ッ!?」
不意に、頬に鋭い痛みが走る。ユーリの横には、サーニャが腕を振り抜いた状態で立っていた。そんな彼女の目に薄らと浮かぶ涙を見て、ユーリはやっと元の冷静さを取り戻す。
「……急に叩いたりして、ごめんなさい」
「……いえ。僕の方こそ、すみません。感情的になっていました」
静けさを取り戻した甲板に、沈んだ空気が漂う。
「……何も出来ないのは悔しいけどさ。信じようよ、少佐を」
「ああ……そうだな。時に無茶をする人ではあるが、我々の戦闘隊長だ。きっとやり遂げて戻って来る」
部隊創設時からの付き合いがあるハルトマンとバルクホルンの言葉を受け、一同は美緒が無事に戻ってくる事をただひたすらに祈るのだった。
美緒が大和に向かってどれ程経っただろうか。時間にして30分も経っていないはずだが、体感では数時間経過しているようにも思える。
そんな折、インカムから天城の船員達の声が聞こえてきた。
『魔導ダイナモの反応を検知!出力、上昇していきます!』
『坂本少佐か!』
無事に大和へたどり着いたらしい美緒が、魔導ダイナモの再起動に成功した。しかしこれはあくまで起動しただけ──外部電源で辛うじて作動させているような状態だ。主砲を撃つにはまだ出力を上げていかねばならず、また
『魔導ダイナモ、出力80%!ネウロイ化解除まで、残り30秒です!』
こちらから大和の中の様子は分からず、魔導ダイナモの反応を頼りに作戦の行く末を見守ることしか出来ない。
『出力90%──臨界!』
魔導ダイナモの出力が最大値に達した瞬間、大和の46センチ主砲が一斉に火を噴いた。空気を揺らす砲声を響かせ、巨大な砲弾が眼前にあったネウロイの巣を撃ち砕く──!
爆発の余韻が残る中、爆煙に混じって金属片が舞い散るのが見える。少し遅れて、上空に立ち込めていた禍々しい暗雲に青い穴が空き、ヴェネツィアに青空を取り戻した。
視界が晴れるのを待つのさえ惜しく、サーニャが魔道針で広域探査を行う。
「……ネウロイの反応、消滅しました」
「坂本さんはッ!?」
一先ず敵を倒せたということは分かった。後は美緒が無事かどうかにかかっている。頼む、無事でいてくれ……そう強く祈っていると、晴れゆく煙の中に影が見えた。
『大和、健在ですッ!』
それを聞いて、重苦しかった空気は一転して喜びへと変わった。
「やったんだな!」
「流石少佐ですわ!」
「大和が無事なら、きっと少佐も無事ダナ」
「ええ。──それにしても、大和は凄いですね。ネウロイ化が解けていてもおかしくないあの状況で、爆発に耐え───待って、ください」
不自然に途切れたユーリの言葉に、皆が首を傾げる。
「何故……どうして、
目を凝らしてよく見ると、確かに大和の船体は元の黒鉄色ではなくネウロイを思わせる漆黒のまま──何より、未だに滞空している事自体が不自然だ。
「どういう事……?ネウロイ化はとっくに解除されてるはずよ!」
その疑問に答えを示すかのように、サーニャの魔導針が反応を示す。
「嘘──ネウロイの反応、復活しました!」
「なんですって……!?」
大和の更に向こう──ようやく晴れた爆煙の中から姿を現したのは、大和を優に超える大きさの結晶体──過去に類を見ない程巨大なネウロイのコアだった。
「何だよアレ……!?」
「まさか、大和の主砲を耐えたというのか……!?」
ネウロイは辺りの金属片を凝集させ、形は不格好ながら小型ネウロイとして再構成する。自軍の再編成が終わるなり、紅い光が海面を走った。間髪入れず、大きな爆発が起きる。
「戦艦が一撃だよ……!」
「何て破壊力なの……ッ!」
「あ……見てください、あそこ──ッ!」
全員、芳佳が指差す先──ネウロイのコアを凝視する。そこには……
「坂本少佐ッ!」
ネウロイのコアに溶けるようにして、意識を失った美緒の身体が覗いていた。サーニャの探査で一度消滅を確認している以上、何らかの方法で復活する際に取り込まれたというのだろうか。
『坂本少佐を救え!主砲、斉射──ッ!』
かつて美緒と芳佳に窮地を救われたヴェネツィア艦隊が、今度は自分達の番とばかりに攻撃を開始。如何に巨大だろうと、弱点であるコアは剥き出しなのだ。これならば攻撃が当たりさえすれば、魔法力の込められていない艦砲射撃でも倒すことが出来る。寧ろ的が大きくて好都合と踏んでの行動だったが、その予想は大きく裏切られることとなる。
『──艦長、戦艦の砲弾がネウロイの寸前で停止!攻撃が届いていません!』
『何だとッ!?』
「嘘でしょ……」
「なんでネウロイが、シールドを……!?」
目の前の光景が信じられない。信じられないが事実だ。あのネウロイは、艦隊の砲撃を
「あのシールド──扶桑のシールドだ!」
「間違いないわ……ネウロイは、取り込んだ坂本少佐の魔法力を利用しているのよ」
こうして砲撃を尽く防がれている以上、最早連合艦隊の装備ではあのネウロイに手出しできない。
対抗できるとすれば501部隊のウィッチ達だが、彼女達も先の戦闘で魔法力をほぼ使い果たし、まともに飛ぶ事すらままならない状態だ。仮に飛べたとて、艦砲射撃すら防ぎきるシールドをどう突破するのかという問題が残っている。
連合艦隊が蹂躙されていく様を歯噛みしながら見ていたユーリは、必死に思考を巡らせる。
(どうする、どうすれば坂本さんを助けられる……!?)
飛べるかどうかという問題はこの際捨て置き、最も重要なのはシールドの突破方法だ。
真っ先に浮かんだ〔爆裂〕は即座に却下した。確かに〔爆裂〕の威力であればあのシールドも突破できるだろうが、効果範囲が広過ぎて確実に美緒にも被害が及んでしまう。
しかして〔爆裂〕以外でユーリにあのシールドを突破する方法が無いのも事実。
(何かあるはずだ、考えろ……考えろ……ッ!)
そんな時だ──遥か遠方で何かが光った。よく目を凝らせば、大和の船首甲板に何かが突き刺さっている。あれは──美緒の烈風丸だ。
(僕にやれるか……!?いや、
1つの活路を見出したユーリは、善は急げとばかりに踵を返す。
「「ッ──!」」
──全く同時に目が合った。不思議と言葉を交わさずとも分かる。きっと、彼女も同じ事を考えているのだろう。だがそういう訳にはいかない。何せ彼女は一度烈風丸を手にして気を失っているのだ。2度目はどうなるのか……少なくとも、あの時より酷い事になるのは確実だ。
たった数瞬の視線の交錯でお互いの考えを見抜いたユーリと芳佳は、声もなく、全く同じタイミングで格納庫に向かって走り出した。
誰にも気付かれることなく格納庫へ到着した2人は、自分のユニットを探す。
いち早く《スパイトフル》を発見したユーリは、走りざまにエレベーターの作動ボタンを押し込んでからユニットを装着する。芳佳も《震電》が固定された発進機に飛び乗り、ユニットに脚を通した。頭上のゲートが開き、エレベーターが上昇していく中で2人はようやく言葉を交わす。
「今なら引き返せます。宮藤さんといえど、そんな状態では飛ぶのも難しいんじゃないですか?」
「ユーリさんだって、ちょっと疲れた顔してます。私と同じじゃないですか」
「生憎、僕はやりくり上手ですから。少なくとも今の宮藤さんよりは上手く飛べます」
「むっ……私だって負けません!お父さんがくれた《震電》と一緒なら、ユーリさんより速く飛べます!」
「……本気ですか?あの時、一度痛い目を見てるでしょう。坂本さんにまた怒られますよ」
「ユーリさんこそ。そんな私を見てるのに、やるんですか?今度は本気で怒られちゃいますよ」
再び顔を見合わせると、お互いに小さく吹き出す。
「──残念ですが、烈風丸は僕が取ります。あなたには二度と待たせない」
「いいえ、私が助けてみせます!坂本さんも、ユーリさんのことも!」
エレベーターが上がりきり、甲板上に2人の姿が現れる。それを目にした501の皆は、揃って正気を疑った。
「2人とも何をしてるの!?」
「坂本さんを助けに行きます!」
「無理よ!あなたもユーリさんも、もう魔法力は殆ど残ってない!仮に飛べたとしても、あのネウロイを倒す事は──!」
「出来ます!烈風丸があれば──」
「まさか、美緒の技を……!?」
ユーリが見据える遥か遠方──大和の船首に墓標のごとく突き立てられたひと振りの扶桑刀を目の当たりにしたミーナ達の注意が一瞬だけ逸れる。
「「──発進ッ!」」
その隙を逃さす、芳佳とユーリは己が翼を羽ばたかせた。普段と比べてやや不安定ながらも、ユーリは甲板から飛び立っていく。対する芳佳は、やはり魔法力の消耗が響いて上手く離陸できずにいた。
チラリと背後を伺ったユーリは、そのまま大和へ向かう。今回ばかりは芳佳を助けることはしなかった。
先行して向かってくるユーリに、ネウロイは無数の子機を展開して迎え撃つ。幾度も放たれるビームの隙間を縫うようにして、時には敵を撃墜しながら、ユーリは止まることなく進み続けた。
しかし……
「くっ……!もう少しなのに……ッ!」
大和までの距離は僅か300メートル程。ユニットを震わせればすぐに手が届く距離だというのに、ネウロイという壁がその僅かな距離を大きく広げる。ここで足止めを食らってしまったことで遅れて来た芳佳が到着。しかしユーリ同様、この敵の群れを突破するのは至難の業だった。
各々で突破を試みるが、やはり手が足りない。ユーリの〔炸裂〕ならば或いは突破口を開けた可能性もあるが、残り少ない魔法力は本体を倒す為に温存しておかねばならず、魔法力を効率よく扱えるユーリとて気軽に固有魔法を扱える状況ではなかった。
正直なところ、突破する方法ならある。片方がもう片方のサポートに徹し、大和まで送り届ければいいのだ。しかし2人にとって美緒だけを救えればいいというわけではなく、互いに烈風丸を握らせないという目的も持っている以上、それは出来ない。
ふと、攻めあぐねる2人のインカムに通信が入る──
『──逃げろ!宮藤、ユーリ!』
「坂本さん……!?」
「待っていてください!今助けに──」
『──無理だ!諦めろッ!』
「えっ……!?」
『このネウロイは私の魔法力を利用している!消耗した今のお前達に、倒すことは不可能だッ!』
言わばこのネウロイは烈風丸と同じだ。取り込んだ美緒の魔法力を吸い上げる形で、強固なシールドを展開している。つまり時間が経過し、美緒の魔法力が底を突けばその時点でシールドは張れなくなるはず。しかし魔法力を強制的に吸い上げられた者がどうなるのか、それはジェットストライカーが証明済みだ。ここで退いて再度ネウロイを倒す頃には、美緒の無事は保証できない。
そんな未来を、この2人が許容するはずもなかった。
「ッ……ウィッチに──!」
「──不可能は、無いッ!」
ここで口にしたのは、他ならぬ美緒の──魔法力減衰という抗えない限界を前にしても諦めなかった、彼女の言葉だった。
「私は絶対に諦めません!」
「皆を守ると、約束したから──!」
「「──絶対に、助けますッ!!!」」
劣勢も劣勢なこの状況に置かれて尚、己を奮い立たせる芳佳とユーリ。そんな2人の背後から銃弾が飛来し、今まさに眼前で攻撃を行おうとしていたネウロイを撃ち抜いた。
「──全く。あなた達ばかりにいい格好はさせられませんわ。少佐を助けたいという気持ちなら、ワタクシだって負けません!」
「私達も同じだよ。芳佳ちゃん、ユーリさん!」
「みんな……!」
魔法力を使い果たし飛べなかったはずの501部隊が、こうして空に集っている。大方、芳佳とユーリに触発されたのだろう。案外、無理や無茶というのは気合と根性で通せるものなのかもしれない。
「行くわよ皆!フォーメーション・ビクトル──宮藤さん達を大和まで援護しますッ!」
「「了解ッ!」」
戦場に散っていったウィッチーズは、各自ネウロイとの戦闘を開始する。
「──あなたの可能性を信じるわ!ネウロイを倒して、宮藤さん!」
「私達が道を作る!行け、宮藤ッ!」
ミーナとバルクホルンの声を背に受け、芳佳は突き進む。
上空から襲い来る一団はルッキーニが、更にまた別の一団はペリーヌが引き受けた。
「行っけェ、芳佳ーーーッ!」
「頼みましたわよ宮藤さん!必ず少佐を助けなさいッ!」
「はいッ──!」
一方──
「よっしゃあ!さっさとやっつけちゃおうぜ、ユーリ!」
「ユーリならラクショーだよ!行っちゃえー!」
ユーリもまた、シャーリーとハルトマンの援護を受けて敵陣を突き進む。
進路上に大量のネウロイが立ち塞がり、ユーリ目掛けてビームを放つ。しかし何者かがユーリの手を引いたことで、放たれた閃光は全て空を切った。
「──ワタシに合わせろ!オマエなら出来るダロ──!?」
「はいッ!」
エイラに手を引かれ、ユーリはビームの雨を正確な動きでくぐり抜ける。包囲網を突破したところで、エイラはユーリを前へと送り出した。
烈風丸まで、あと200メートル──僅かにリードしていたユーリを止めようと、またもネウロイ達が立ち塞がる。しかし仲間達が敵を引き受けてくれているお陰で、先程よりも妨害は薄い。ユーリと、その少し後ろを飛ぶ芳佳は襲い来るビームを軽快な動きで躱していく。
そこへ、背後から飛来したロケット弾が付近にいるネウロイを撃ち落としていく。それだけに留まらず、突き刺すような一撃がネウロイ達を粉砕していった。
「ユーラと芳佳ちゃんなら大丈夫……っ!」
「頑張って!芳佳ちゃん、ユーリさんッ!」
サーニャとリーネの最後のひと押しを受け、2人はいよいよ大和に到達。先んじて船首にたどり着いたのは、やはりユーリだった。
シモノフを投げ捨て、烈風丸に手を伸ばす。緋色の柄巻に手を掛けると、あのゾクリとした感覚が背筋を走った。だが今回は手を離さない。金属を取り込むというネウロイの性質まで受け継いだ大和によって、烈風丸の刀身が漆黒に染め上げられているのだ。刀を引き抜くには、魔法力で侵食を引き剥がすしかない。
「くっ……うううぅぅぅ……ッ!」
魔法力を振り絞り、烈風丸の覚醒を試みる。そこへ遅れて芳佳も合流し、烈風丸の柄に手を重ねた。最早相手を止めようという余裕もなく、2人はひたすら烈風丸に力を注ぎ続ける。
「頑張って《震電》──!」
「《
芳佳達の求めに応じ、2基のユニットはエンジンを灼き切れんばかりに震わせる。大和の船首に巨大な2つの魔法陣を展開した。
「「う──あああああああぁぁぁ──!!!」」
2人の咆哮で目を覚ました烈風丸は、自らを覆っていた漆黒の殻を破り捨て、あの美しい白銀の姿を取り戻した。同時に、ユーリは魔法力の限界を迎えてその場に倒れてしまう。いくら魔法力を効率よく運用できても、絶対的な量は変わらない。ユーリと芳佳の間にあるその差がここで浮き彫りになった形だ。
力を取り戻した烈風丸を手に飛び立つ芳佳。ユーリはそれを霞む視界で見上げる。
(こんなところで、呑気に寝ている場合かッ……立て、立って戦え!)
最早烈風丸は完全に芳佳の手に渡った。今更それを奪おう等とは考えていない。だからといって、このまま何もせず見ているという事も出来なかった。敗者は敗者なりに出来る事をしなければ。
しかしどれだけ踏ん張ろうとまともに力が入らない。もう魔法力も搾りカス程度しか残っていないらしく、《スパイトフル》のエンジンも弱々しく唸るのみだった。挙句の果てには、大和の甲板を通じてユニットが侵食され始めている。
(このままじゃ……っ)
標的が芳佳1人だけになれば、たった数体でも小型を差し向けて行く手を阻むことができる。烈風斬ならば難なく倒すことが出来るだろうが、その一撃は美緒を取り込んだ巣本体にとっておかねばならない。芳佳のことだ。烈風丸に注ぎ込んだ魔法力を小分けにして烈風斬を撃つ、等という器用な真似は出来ないだろう。
彼女の力を100%余すことなく巣に叩き込むには、露払いが必要だ。そしてその役目はユーリにしか出来ない。
──動け
───動け!
────動けッ!!
─────動けェッ!!!
意識と共に沈みゆくユーリの手を──悪魔が引き上げた。
バチッ!
不意に、頭の中で何かが弾ける。
次の瞬間、ユーリの心臓が大きく跳ね上がった。
「ぅ゛っ……ぐ──ぁ゛……ッ!?」
体温が急激に上がっていくのがハッキリ分かる。首や腕の血管が浮き上がり、体の中を熱い何かが乱暴に駆け巡る。必至で呼吸する喉からは掠れた空気が漏れた。しかしこの苦しみの中にあって、ユーリは次第に体が言う事を聞くようになっていくのを感じていた。
「ぐっ、ぅ──ああああああああああああぁぁぁ!!!!」
突如、ユーリの身体を魔法力の眩い光が包み込む。力強い光は《スパイトフル》の侵食を一気に跳ね除け、その息を吹き返す。甲板の上で完全に侵食されてしまっていたシモノフも、ユーリが掴むと同時に元の姿を取り戻した。
一度使い果たしたはずの魔法力に満ち溢れたユーリは、力の限りユニットを震わせ飛翔した。
「ユーリさんっ!」
「ッ……大丈夫です、まだやれますッ!」
「──止せ宮藤ッ!烈風丸はお前の魔法力を全て喰い尽くすぞッ!二度と飛べなくなってもいいのかッ!?」
美緒の言う通り、烈風丸は魔法力を与えられれば無限に喰らい続ける妖刀だ。そんな烈風丸にとって、芳佳の魔法力はご馳走に他ならない。彼女に一度限りの大技を打たせる代償として、魔法力を根こそぎ要求することだろう。
「構いませんッ!それで皆を守れるなら──願いが叶うならッ!」
「行ってください宮藤さん!絶対に邪魔はさせません!」
ユーリは芳佳を巣の上空へ向かわせ、自身はシモノフを構える。
「お願い烈風丸……私の魔法力を全部あげる。代わりにネウロイを倒して──私に、真・烈風斬を撃たせてッ!」
芳佳の呼びかけに応じ、烈風丸は一際強く輝く。
そこへユーリの予想通り、ネウロイは2体の小型を出現させ最後の足掻きを見せた。左右から挟み込むようにして襲い来る2機の片割れを、ユーリは即座に狙い撃つ。間髪入れずもう一方へ銃を差し向けるが──敵の攻撃と、引き金を絞るタイミングが重なった。
「くっ……!」
幸い攻撃がユーリに命中することはなく、逆にユーリの弾丸は小型を正確に撃ち抜く。しかし外れたかに思えた敵の攻撃はユーリではなくシモノフに命中しており、銃身が中程から焼き切られてしまっていた。
ともあれ、邪魔者は排除した。もう芳佳の邪魔をするものは存在しない──そう思って上を見たユーリの視界に、芳佳とは別の黒い影が。
完全な死角である巣の裏側から出現していた3機目が直上より接近している。芳佳は眼下の巣を見据えており、その接近に気付いていない。対処できるのはユーリのみだ。
そう判断するなり、ユーリはエンジン奮わせ急上昇を始める。芳佳の背後をすり抜け、シールドを展開した状態でネウロイに突貫する。
ガツン!という衝撃を感じ、小型ネウロイは大きくかち上げられる。これで狙いは逸れたかに思われたが……
(まだ足りない……ッ!)
当たりが少々浅かったのか、依然としてネウロイの紅い銃口は今まさに刀を振りかぶった芳佳へと向けられていた。高熱で歪んだ銃身では最早射撃は行えず、回り込んでシールドを張るにはギリギリ間に合わない。
──刹那。ユーリは初めて走馬灯というものを経験した。
一説では、走馬灯は危機的状況を打開する為の方法を見つけようと、手当たり次第に記憶を呼び起こしているのだと言われている。その推論が真実なのかは分からないが、少なくとも今のユーリには当てはまると言えるだろう。
引き伸ばされた時間の中、凄まじいスピードで脳裏を駆け巡る過去の記憶。
──魔法力をどんな形で発動させるか。それさえイメージ出来れば、大抵の事は出来る。
──弾が無くても、この拳がある!オレがぶん殴ってやるッ!
ユーリの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
流石に馬鹿げている。そんな真似が可能だと思うのか?出来たとして危険過ぎる──そんな「常識」が頭を過るが、
──やってみなくちゃ、分からないッ!
(そうだ、余計な事は考えるな!今は──)
少女の声に後押しされたユーリはシモノフのボルトを引き、弾丸を1発手動排莢する。キン、という音を立てて宙を舞った弾丸の底面に自らの拳を押し当てると、魔法力を使って拳に固定。用済みとなった銃を投げ捨て、そのまま小型ネウロイ諸共急降下を始める──!
(──全身全霊を、この一撃に乗せろッ!!)
「「ぅ──おおおおおおおぉぉぉ───ッ!」」
気勢と共に、芳佳は烈風丸を、ユーリは剣と化した拳を振り下ろす───!
「───烈 風 斬 ッッ!!!!」
「───剣 一 閃 ッッ!!!!」
少女と少年の渾身の一撃は苦し紛れに展開されたシールドを容易く突破し、見事悪魔の心臓を撃ち砕いた。
無数の破片となって散っていくネウロイの残骸の中、芳佳と美緒は落下していく。芳佳の脚から《震電》が独りでに外れ、役目を終えた烈風丸共々深い蒼の中に没していった。
「宮藤……っ」
「ぁ──坂本さん」
「お前、魔法力が……」
「いいんです。皆を守れたから──願いが、叶ったから!」
烈風丸に文字通り全ての魔法力を注ぎ込んだ芳佳は、ウィッチとしての力そのものを失ってしまっていた。もう彼女は空を飛べず、治癒魔法も使えない。しかしその事実に反して表情は晴れやかであり、芳佳の言葉に虚勢も偽りもないという事が見て取れる。
「っ……そうか……ありがとう、宮藤──
美緒が頭上へ目をやると、そこにはこちらへ向かって手を伸ばす少年の姿があった。
「坂本さん、宮藤さん!手を──ッ!」
頷きあった2人は、こちらへ向かって飛んでくるユーリの手を掴む。浮遊感が消え、握り合う手にしっかりとした重みが加わった。
「……あの、ユーリさん。片手だけで私達を持ち上げるの、大変じゃありません?」
「宮藤の言う通りだ。ほら、右手も出せ」
「い、いえ。その……」
ユーリの左腕はプルプルと小さく震えており、額に滲む汗も酷い。しかしユーリは頑として右手を出さなかった。
「おい、どうした……?」
「な、何でもないですよ──ほら、皆さんも来ましたよ」
「芳佳ちゃーーーんッ!」
真っ先に飛んできたリーネが、芳佳を力一杯抱き締める。芳佳は彼女に任せ、美緒の事はペリーヌとハルトマンに預ける。
「少佐ッ……!本当に、ご無事で良かったです……ッ!」
「心配をかけたな、ペリーヌ。──どうだ?私はちゃんと帰ってきたぞ、ミーナ」
「馬鹿……っ……おかえりなさい……ッ!」
「──にしてもびっくりしたよねぇ。ユーリまでミヤフジみたいなこと言い出すんだもん……ってあれ?」
補助をミーナに代わったハルトマンは、相変わらず額に汗を滲ませたユーリをまじまじと見つめる。
「本当によくやったよ。スゲェじゃんか、なッ!」
そう言って笑うシャーリーがユーリの背中を叩こうとした瞬間、
「ストォーーーーーーップ!!!」
と、制止の声が飛ぶ。皆が何事かと声の主であるハルトマンに注目を向けた。
「ど、どうしたんだよハルトマン?」
「はいはいちょ~っとごめんねぇ……」
ハルトマンはユーリの正面に回り込み、もう一度ユーリをじっと凝視する。
「やっぱり……ユーリ、右肩脱臼してるでしょ!?」
「「ええええええぇぇぇ──!?」」
芳佳と共にユーリがネウロイに見舞った最後の一撃──走馬灯の記憶とその場の機転によって生み出された"ユーリ流 剣一閃"とでも言うべきあの技は、弾丸に充填した魔法力を
通常の〔炸裂〕は通常兵器のグレネードと同じように、充填された魔法力が四方八方様々な方向へ弾けるわけだが、爆ぜる魔法力に一定の指向性を与えることで、このような芸当も可能になった。
しかし流石のユーリといえど容易な事ではなく、魔法力を込めた物体と直接接触している必要があった。故に、弾丸を拳に固定して敵を殴りつけるという暴挙に出たのだ。
とっさの機転にしては十分過ぎる戦績を残したこの技だが、使って初めて分かった明確なデメリットが存在する。
何せ火薬の力を用いず、魔法力のみで銃に匹敵する弾速を発揮するのだ。充填されていた魔法力がユーリに向かって〔炸裂〕するという都合上、その衝撃で肩の骨が外れるというとんでもない代償が付きまとってしまっていた。
「おまっ、なんちゅー事してんだよ!?」
「その……坂本さんを助けようと必死になる余り、加減をミスしたといいますか……」
「いや、加減とかそーいう問題なのカ……?」
「ユーラ……」
「と、とにかく治療しないと……!」
「待て宮藤、お前はもう治癒魔法も使えないんだぞッ!」
「あぁそうでした!ど、どうしましょう……!?」
アワアワと狼狽する芳佳を見て嘆息したバルクホルンは、
「落ち着け宮藤──ハルトマン、頼んだ」
「ほ~いっ。シャーリー、ちょっと手伝って」
「お、おう……!」
「えっ、ハルトマンさん何を……?」
困惑を拭いきれない芳佳を他所に、ハルトマンはダラリと下がったユーリの右腕を優しく取り、痛むかどうか確認しながら少しずつ持ち上げていく。
「むむむ……うん、これならいけそう──ユーリ、3つ数えたら嵌め直すからね?多分めっちゃ痛いけど我慢だよ」
「は、はい……お願いします……ッ」
「シャーリーはユーリの身体、しっかり支えたげて。いい、しっかりだよ?」
「ああ、任しとけっ!」
「ぃよーし、行くよぉ~……い~ち、にぃッ──!」
「い゛ッ──!?」
ゴキッ!という小さな音と共に2カウントで肩の骨を嵌め直したハルトマン。対するユーリは、予期せぬタイミングでの激痛に声もなく悶絶している。
「ユ、ユーリィィィ!──酷いぞハルトマン!騙したのかッ!?」
「仕方なかったんだってば。カウント通りにやると、緊張で体が強ばって上手くいかない可能性があるし」
「だからってこんな……ッ!」
「い、いえ──ハルトマンさんのっ、言う通りです……ありがとう、ございましたッ……」
「いえいえ、どーいたしまして。一応帰ったらちゃんと看てもらうんだよ~」
得意げに笑うハルトマンを見て、芳佳は不思議そうな顔をする。
「──ああ、宮藤は知らなかったな。ハルトマンの父親は医師なんだ。あいつも軍に入ったばかりの頃は、部屋に医学書を持ち込んで読み耽る程でな。一応、今でも退役後は本格的に医師を目指すつもりらしいんだが……」
その医学書も、今やあの汚部屋に埋もれているという事実に、バルクホルンは頭を痛める。
「──でも意外だよ。骨が外れるくらいの衝撃なら、普通肩よりも手の方が酷い事になりそうなのに」
「確かに……血の一滴も出ていないとはな」
〔炸裂〕による魔法力の奔流を間近で受けたユーリの右手には多少のかすり傷がついている程度で、いつぞやのように包帯でぐるぐる巻きになるような怪我は負っていない。
(……これはルチアナさんに謝らないとなぁ)
……代わりに、その右手を包んでいた黒い手袋が、見るも無残な状態となっていた。
「──私達、やったんですね」
ネウロイによって遮られていた陽の光を浴びるヴェネツィアの街。それを見て1番喜んでいるのは、当然ルッキーニだ。満面の笑みでそこら中を飛び回る彼女の無邪気な笑顔を──彼女の帰る場所を守れた。その事実で胸がいっぱいになる。
501部隊は当初の目的通り、誰1人として欠ける事なく、ヴェネツィアを奪還することに成功したのだ。
「──任務完了!ストライクウィッチーズ、全機帰還します!」
「「了解ッ!」」
1945年 7月──ヴェネツィアを支配していたネウロイの巣の完全消滅が確認された。
これを以て、第501統合戦闘航空団 ストライクウィッチーズはその役目を終え、解散することとなる。
彼女達が再び集うのはそう遠くない未来の話だが、それはまたいつか、機会があれば語るとする。
それより先に、語るべき事もある──否、ここは敢えて、まだ語らずにいるとしよう。
きっと誰かが、気付くはずだ。
──気付かぬ内に払っていた、
Next unit code: 72JFS LNAF AVIATION MAGIC BAND
"LUMINOUS Witches".
ストライクウィッチーズ2編、これにて完結となります。如何だったでしょうか?
不慣れながらここまで更新を続けることができたのは、読んでくださる皆さんや、ありがたいことに感想等を頂けたお陰です。ありがとうございました。皆さん良いお年を。
ここで皆様にお知らせです。
本作「501のウィザード」は、以降1~2話程更新するのを最後に、一時更新停止とさせていただきます。
おいおいおい!全く回収されてない伏線的なものがあるじゃあないか!と思われた方。全くもってその通りです。
私自身、続きは書きたいですし「あの話のあの部分」なんかはそれを見据えた伏線です。回収方法もちゃんと考えてあります。
ただ、差し当たって問題になってくるのが時系列なんですよね。
長々とした説明になってしまうので掻い摘んでいきますが、
・ヴェネツィア奪還して501解散後、エイラとサーニャは502へ
・2人を加えた502はOVA~RtB1話までの間にリバウまで戦線を押し上げてる
・つまり、この間に502はまた1個巣を攻略してるわけで…(多分位置的に"アンナ"ですかね?)
・ラル隊長ならエイラーニャだけで満足せずユーリ君も呼ぶよね絶対
・そうなるとどのタイミングでリバウ解放戦始まるんだろ…?
・ヴェネツィア奪還後のユーリ君を下手に動かすと502に合流できないんじゃね…?
ってな事情です。
公式からの供給待ちですね。何よりユーリ君をまた502の皆に会わせたげたいので。
メインストーリーの更新再開は、「ブレイブウィッチーズ2期が放送したら」となります!
…果たして何年後になるんだろうか。