かつて感想にて
「もしユーリがルミナスに入っていたら…という話も見てみたいです」
というお声をいただきましたね。
残念ながらユーリ君が501ではなく音楽隊に入るifルートは99.9%ありえない(出自が出自なので…)んですが、代わりにというか、上の感想を頂くよりも前から考えていたルミナス編をお送りいたします。
ひとりぼっちの迷子
ヴェネツィア解放を目的とした一大作戦"オペレーション・マルス"によって、ヴェネツィア上空に出現したネウロイの巣が撃破されてから、早数日──
完全復活を果たした504部隊によって、残存していたヴェネツィアのネウロイは殲滅。ロマーニャやヘルウェティアといった近隣国に避難していたヴェネツィア市民達は、徐々にではあるが着実に自分達の街へと帰還を果たしていた。
今は軍と市民で協力して街の修復に専念しており、制圧されてから解放までの期間が比較的短かったこともあって、予想していたよりも被害は少なく、順調に復興作業は進んでいる。
解散した501部隊のメンバーは再び各地へ散り散りになり、シャーリーとルッキーニはこのままロマーニャに駐留。ユーリもまた、総司令部から次の命令が下されるまでの間、軽い療養も兼ねてロマーニャに滞在していた。
「──では、ゆっくり肩を回してみて下さい」
「はい」
医師に促され、右肩をゆっくり大きく回す。
「痛みは?」
「大丈夫です。違和感もありません」
「良かった。外れた肩をその場で嵌め直したと聞いていましたが、靭帯や骨の方も異常は無いようですね」
「はい。お陰様で」
医者の父を持ち、自身も前線で戦う傍ら医学書を読み込んでいたハルトマンの処置は完璧だった。芳佳の治癒魔法も無い中、ストライカーで滞空中という不安定な状態でありながら全くの後遺症無しに肩を嵌め直せたのは、
「検査は以上です。もし肩が痛み始めたら、またすぐ受診して下さい」
「はい。ありがとうございました」
頭を下げて診察室を出たユーリが受付で諸々の手続きを済ませていると、病院のスタッフ達の談笑が耳に入ってきた。
──そういえば知ってる?近々ヴェネツィアでコンサートがあるんですって!
──ああ、聞いた聞いた!あの音楽隊でしょ?
どうやらヴェネツィア解放を祝して何か催し物があるらしく、スタッフが話していたコンサートというのもその一環なのだろう。確か去年の年末頃にガリアで解放記念式典が執り行われたはずだが、あの時はガリア奪還から数ヶ月の準備期間を要した。
ヴェネツィア奪還からひと月も経たない内に式典の類を行うのは、先も言ったようにガリアと比べ被害が少なかった事に加え、一刻も早く市民達の心の傷を癒そうという目的もあるはずだ。
病院を後にし、家の代わりに貸し与えられているロマーニャ空軍の施設へ帰る道中──行きは車だったが、帰りは街を見て回りたい、と無理を言って歩きである──今日も賑わうローマの街の喧騒を耳にしながら、少しだけ遠回りをして帰っていたユーリは、街の広場でこんなものを耳にした。
──歌を歌おう 音符の翼を羽ばたかせて~♪
(……?)
見れば、広場の噴水の前に集まった数人の子供達が揃って歌を口ずさんでいた。普段なら楽しそうだな、程度の認識で通り過ぎる所だったが、ユーリは自分でも気づかぬ内に足を止め、あどけない歌声に耳を傾けていた。
「──お兄ちゃん、どうしたの?」
「えっ──?」
半ば放心状態だったユーリは、唐突に掛けられた声に間抜けな声を返してしまう。どうやらジッとこちらを見ていた事に気づいたらしい子供の1人──猫を模った髪留めをつけた幼い少女が、ユーリの元へ駆け寄ってきていた。
「あ……いえ──素敵な歌だなと思って。ご家族に教わったんですか?」
「ううん、この歌はルミナスウィッチーズの歌!わたしがママとパパに教えてあげたんだよ!」
「ルミナス、ウィッチーズ……?」
「お兄ちゃん知らないの!?ルミナスウィッチーズはね、すっごいんだよ──!」
首をかしげたユーリに、ルミナスウィッチーズとやらの説明を喜々として始める少女だったが、
「──おねーちゃーん!お母さんたちが呼んでるよー!」
「あっ、はーい!──バイバイ、お兄ちゃん!」
そう言って、どうやら姉弟だったらしい他の子供達と一緒に広場を駆けていく。結局ルミナスウィッチーズが何なのかは教えてもらえなかったが、戻ったら自分でも少し調べてみるかと思い直し、ユーリは歩みを再開した。
広場を外れ、狭い路地を進む。一転して静かな雰囲気を漂わせる路地は人が少なく、考え事にはうってつけであると同時に、軍の施設への近道でもあった──もっとも、この街の生まれではないユーリに土地勘はほぼ無い。単に建物の位置関係から、この路地を突っ切っていけば近道ができるはず。という予想の下、ここへ足を踏み入れた次第である。実際その予想は当たっており、路地へ薄らと差し込む光の先には見覚えのある施設が垣間見えた。
(ルミナスウィッチーズ……ブリタニアの
遠巻きに、何やら鳥とも猫とも付かない謎の声が聞こえるが、思考に耽るユーリの意識には届かない。そのまま施設入口へ差し掛かる。そんな時──
「──んム゛ッ!?」
突如、凄まじい勢いで飛来した毛玉のような何かが顔面にクリーンヒット。痛みという程の痛みこそ無いが、モロに受けた衝撃でユーリは仰向けに倒れ込んでしまった。
クワ~ッ!というような鳴き声が遠ざかっていく中、少し遅れてダークグリーンのジャケットに身を包んだ少女が施設の中から駆け出てくる。
「モフィー!誰かとぶつかったりしたら危ない──って、ああごめんなさい!」
まだチカチカと視界の定まらないユーリを見て時既に遅しという事を察した少女は慌てて謝罪する。どうやらユーリの安否を確認したい気持ちと、これ以上被害が出る前に速くあの毛玉を確保したいという気持ちがせめぎ合っているらしく、視線は毛玉が跳んでいった方向とユーリとをしきりに行き来していた。
「──おーい、ジニー。モフィ捕まった?」
「外に出て行っちゃったんです。しかもこの人にぶつかっちゃったみたいで……!」
「なる程──ここは私が見とくから、ジニーはモフィを探しに行って」
「お願いします!──あの、本当にごめんなさい!後でまたちゃんと謝りに行きますから──!」
新たに現れた2人目の少女にこの場を任せ、ジニーと呼ばれたジャケットの少女は道を駆けていく。彼女に代わってこの場に残った少女は、
「大丈夫ー?」
ようやく定まったユーリの視界には、こちらを見下ろす髪の長い少女の顔が。
「運が悪かったねぇ、モフィは暴れだすとあんな感じでさ──」
体を起こしたユーリを見て、少女は一瞬だけ言葉を失ったようだった。
「っ……ほら、手。立てる?」
「ありがとうございます」
「ねぇ……名前、聞いていい?」
「あ、はい。ユーリ・ザハロフです」
「ユーリ……うん、覚えた。後でさっきの娘にも伝えとくね」
そう言われて、先程改めて謝罪に来ると言っていたあの少女の事を思い出す。同時に、最も重要な疑問も思い出した。
「あの凄まじい勢いで飛んできた毛玉の様なものは一体……?」
「モフィの事?モフィはジニー ──さっきの娘の使い魔だよ」
「使い魔……?という事は──」
「うん、あの娘はウィッチ。ついでに私もね──」
目の前の、自由ガリア空軍の青い軍服に身を包んだ少女は、遅ればせながら自らの名を名乗る。
「自己紹介が遅れちゃったね──私はエリー。ルミナスウィッチーズの、エレオノール・ジョヴァンナ・ガションだよ──
きっかけはほんの些細な事だった。自分の使い魔であるイエネコのリオが、ジニーの使い魔である黒鳥(の雛?)のモフィに戯れついて、それを鬱陶しがったモフィが逃げ出すという、いつもの事。
自分の使い魔が原因である手前、真っ先にモフィを追いかけていったジニーを手伝おうと、自分も彼女の後に続いた。
半ば暴走したモフィが通行人とぶつかったと聞いて、道のど真ん中に倒れている人物の顔を見た瞬間──エリーの脳裏に電流が走った。
間違いない、あの時の少年だ──と。
時は遡り──1944年3月、場所はブリタニア。
当時のエリーはそこで、相方であるスオムス空軍の元エース、アイラと2人で細々と音楽活動に励んでいた。というのも、少し前に出会ったリベリオンのグレイス少佐に誘われたのだ──「音楽で人々を助けてみない?」──と。
戦傷によってまともに戦えなくなってしまった経歴を持つアイラが半ば渋々それを承諾すると、エリーもそれに同調。2人きりの音楽隊もとい、小さな合唱団が結成された。今にして思えば、ここが全ての始まりだったように思える。ここから彼女達は仲間を増やし、ウィッチの音楽隊として名を馳せていくことになるのだ。
──これは、そんな
ある日、首都ロンドンのアルバートホールでコンサートを行った時の事だ。ステージを終えれば、待っているのは軍の上役からのおべっかばかり。しかも褒められるのは外面だけで、肝心の歌に関しては全くと言っていい程関心が向けられていなかった。それどころか上役同士でコネクションを作ったり、表沙汰にはできない密談の場として利用される始末。
歌で人々を救う、と掲げたはいいが、観客がその歌を真剣に聴いてくれなければ意味がない。そしてその観客というのも軍や上流企業のお偉方がほとんどで、発起人たるグレイスが本来想定していたであろう一般市民にはそもそも観覧する権利が無い。
何事にも先立つ
何度公演を行っても、イマイチ変わり映えのしない観客の顔触れ。まるで定型文の如き変わらない感想、一向に変わらない現状──ここまで手応えが無いと、果たして自分達のしている事に意味はあるのかと疑問に思うのも道理だった。
そんな折だ──何度目かの公演を終え、いつものように退屈なやり取りを貼り付けた笑顔でやり過ごしていたエリーとアイラ。そこへ、1人の若い女性が近づいてくる。
また外面だけ褒められるのか、と内心で辟易しながらも貼り付けた笑みは崩さず、その女性に向き直ったエリー。
──そんな彼女に向けられたのは、もううんざりする程聞かされたお世辞でも、歌声に対する感想でもなく、冷たい金属の刃だった。
「え───?」
「弟の仇──ッ!」
小振りのナイフがエリーに突き立てられようとした時──凶器を握る手首を横から掴んだ者がいた。女性の腕を引いてエリーをナイフの軌道から外すなり、か細い腕を捻り上げ、後ろ膝に蹴りを入れて跪かせる。瞬く間に取り押さえられた女性は、まだ自由の利く左腕で転げ落ちたナイフを拾おうとするが、動きを見せた瞬間その腕を踏みつけられてしまった。
「ぐっ……何するのよ、離しなさいッ!大の男が女にこんな事して恥ずかしくないの!?」
「……生憎、私がその大の男というカテゴリに含まれるには、もう10年程の期間を要するかと。故に、その抗議は的外れなものであると判断します」
あまりの手際の良さに顔を確認する間も無かった女性は、ここで初めて、今自分を取り押さえているのが年端も行かない少年である事に気づく。
「そもそも、ここは本来音楽を楽しむ場だと伺っています。そこへこのような凶器を持ち込み、あまつさえ出演者に害を成す行為に及んだ時点で、あなたには反論の権利すら無いという事をご理解ください」
騒ぎを聞きつけた周囲の人間によってすぐさま警備員が駆けつけ、女性は連行されていく。
「ッ……あなたたちのせいよ!あなた達ウィッチが助けなかったせいでッ、弟は──ッ!」
聞けば、兵士として戦場に出ていた彼女の弟は、ネウロイとの戦いの最中に戦死してしまったのだという。生前ウィッチ達の事を甚く尊敬していた弟の「ウィッチがいるんだ、きっと大丈夫さ」という言葉が、姉である彼女の聞いた最後の言葉だったそうだ。
エリー達へ恨み節を吐く女性に、少年は静かに言い放つ。
「……あなたは実際に戦場へ行って、戦っていたウィッチ隊の顔を見たのですか?」
「は……?」
「それとも、実際に弟さんから言われたのですか?彼女達のせいで自分は死んだ、復讐してくれ。と」
「そんな、事……ッ」
「無いと言うなら、あなたの行動そのものが極めて無意味なものであると判断します。ご家族を亡くしたあなたの心中はお察ししますが、ただウィッチであるというだけで襲われる謂れは、当事者ですらない彼女達にはありません」
「っ……分かってるわよそんなの──だったらッ!……だったら、この気持ちはどうすればいいの……?このグチャグチャになった気持ちを、誰にぶつければいいのよッ!?」
「……申し訳ありません。私には、その質問に対する適切な回答が分かりかねます」
大切な誰かを喪った悲しみは、その当人か、同じ経験をした者にしか分からない。幸か不幸か少年はそういった経験をしておらず、だから回答しなかったのだろう。気休め程度の回答を口にするのは簡単だが、そんなもので彼女の気が休まるとも思えず、第一その必要もない、と少年は判断した。
自身の行いが無意味で的外れなものだと分かっていても、何か行動に起こさずにいられなかった女性は「ごめんなさい」と、涙を滲ませた瞳でエリーとアイラをまっすぐ見据えて謝罪をした後、改めて連行されていった。
事態が終息し、徐々に観客達の喧騒が戻り始める。役目を終えたとばかりに立ち去ろうとする少年を、エリーが呼び止めた。
「ねぇ!──ありがとう、助けてくれて」
「いえ……当然の事をしたまでです」
「君は……ブリタニアの軍人か?」
少年が着ているのがブリタニア空軍の軍服であることに気づいたアイラに、少年は言葉を返す。
「まだ若輩の身です。気にかけて頂く程の者ではありません」
「だがこうして助けてもらった以上、礼はしっかりとしておくべきだろう。後日、隊長と一緒に──」
「お礼の言葉でしたら先程いただきました。それで必要十分です。お気になさらず」
真面目な性分であるアイラは尚も食い下がるが、そんな彼女の言葉を遮るように、エリーが小さく手を挙げた。
「それじゃあさ──また私達の歌、聴きに来てよ。それがお礼ってことでどう?」
「……確約は出来かねますが、機会があれば」
「うん!」
嬉しそうに微笑むエリー。アイラは未だに「それでいいのか…?」と迷っている様子だったが、最終的にはエリーの案に賛成した。
長々と退屈な観客達とのやり取りが終わり、ステージ用のドレスから馴染みのある軍服に着替えたエリーは、同じくスオムス空軍のジャケットに袖を通すアイラへ声を掛ける。
「ねぇアイラ──もう少し、頑張ってみない?」
「……この活動を、か?」
少し前から2人の間で相談していたことだ。このまま何も変わらないようなら、いっそのこと活動を止めよう、と。
「お前の方からそんな事を言うなんて、珍しいな」
「なんかさ、さっきの見たら思ったんだ。私達、まだスタート地点にも立ってないんじゃないかって」
「まぁ……そうだな。グレイス隊長が言っていた"歌で人々の心を救う"という活動は、あのような一般市民達の為にこそあるべきだ。だが──」
ここまでのアイラ達の活動は、ああいったホールを利用してのコンサートと、ラジオで歌を放送した事が数回ある程度。後者はまだしも、前者が届く対象は先も言ったように権力者達が殆どで、あの女性のような一般市民に直接歌を披露した経験は無い。
「それに、助けてくれたあの男の子……私と似てる気がするんだよね」
「似ている……?」
「うん。多分、私と同じ──迷子なんだよ、あの子も」
帰る場所の無い、ひとりぼっちの迷子の目──あの短いやり取りの中で、エリーは少年に自分と似たものを感じ取っていた。
助けたい、と──そう思ったのだ。
後半でエリー達を助けた少年は勿論当時のユーリ君です。501に入るちょっと前、軍のお偉いさんと口裏合わせをする為にマロニーに連れられてホールに来てた訳ですね。例の女性を取り押さえるのに腕を踏んづける所とか、結構容赦なく描きました。