不測の事態に見舞われながらも、夜間任務本来の目的を達成した4人は、その後無事に基地へと帰投を果たす。戦闘でユニットの片割れを失ったサーニャと、無茶な動きをしたことで道すがらユニットが悲鳴をあげていたユーリ以外は、一足先にミーナの元へ報告に向かった。
ユーリは恐る恐るユニットのハッチを開けて中を覗いてみると、各パーツ共に中々な損耗具合だった。シャーリーのユニット弄りに付き合わされていなければ「なんか凄いことになってる」程度にしか感じなかっただろうが、彼女のお陰で、パーツの状態の判別くらいは付くようになっている。
……同時に、今回自分がどれだけユニットに無茶を強いたかもよーく理解できた。
整備士の面々に内心で頭を下げていると、そこへサーニャがやってくる。左脚には包帯が巻かれているが、本人曰くかすり傷らしい。大事を取っての処置だそうだ。
「お疲れ様」
「サーニャさん──こちらこそ、お疲れ様でした。今回はエイラさんと宮藤さん、何よりサーニャさんのお手柄でしたね」
「ううん。皆が無事だったのは、あなたのお陰でもあるもの」
「僕は大したことはしてません。ネウロイを追撃した時も、本当ならあそこで撃墜しておくべきでしたし……僕の実力が足りなかった所為で、皆さんを危険な目に遭わせてしまいました」
「けど雲の中でのあなたの攻撃がなければ、きっと私たちは今ここに居ないわ」
サーニャの言葉で、ユニットのハッチを閉じようとしたユーリの手が止まる。
「雲から出てくる直前、あのネウロイはダメージを負っていたわ。アレはあなたがやったんでしょう?見てたもの」
そう言ってサーニャは魔法力を発動させ、頭部に魔道針を発現させる。
(見られた……!?いや、僕がもう1つ固有魔法を隠してるという事実には気づいていないはず)
そう……彼女には全て見えていた。
ユーリがネウロイに接近し、危険な戦い方をしようとしていることも──フリーガーハマーの着弾に合わせて、〔炸裂〕でネウロイを損傷させていたことも。全て。
「それにね?あの時あなたが言ってくれた──諦めないでって言葉。あの言葉のお陰で、私もエイラ達と一緒に戦えたのよ。だから、ありがとう。エイラや宮藤さんを助けてくれて、ありがとう」
気が付けば、サーニャはユーリの手を取って優しく包み込んでいた。
「僕は……」
日常の中での挨拶程度ではなく、初めて面と向かって受け取った正真正銘感謝の言葉。
それに対してどんな言葉を返せばいいのか分からず、ユーリは口篭る。
「おーいサーニャー…と、ついでにユーリも、後ででいいから報告に来いってミーナ隊長が──あーッ!オマエサーニャに何してんダー!」
そこへ報告を終えて格納庫に戻ってきたエイラが。ユーリがサーニャの手を握っている(ように彼女には見えている)のを見たエイラは、猛スピードで2人の間に割って入り、ユーリに代わってサーニャの手をしっかり握る。
「サーニャと手を繋いでいいのは私だけなんだかんナ!」
ガルル…とユーリを威嚇しながらもサーニャと繋いだ手をしっかり見せつけてくる辺り、余程サーニャのことが大好きなのだろう。そんなエイラを見てクスクスと笑ったサーニャは、
「教えてくれてありがとうエイラ。行ってくるね」
「あっ…サーニャァァァ……」
繋いでいた手をやんわりと解いたサーニャは、ミーナの元へ報告に向かった。残されたユーリもそれに続こうとした所、肩を落としていたエイラの鋭い視線に射抜かれる。
「……エイラさん?」
「………」
「あの……」
「……誕生日」
「……は?」
「宮藤が言ってたので思い出した。オマエの誕生日、知らないなってサ」
「あ、ああ……間違いでなければ、確か8月20日…だったかと」
「はァッ!?明日じゃんカ!宮藤といいオマエといい、どうして言わないんだヨ!?」
「宮藤さんの場合は無理もないのでは──僕は…そもそも、誕生日が祝われるものだという認識がなかったので。内心、少しだけ驚きました。宮藤さんやサーニャさんが"おめでとう"と言っている事に」
遠慮がちに答えたユーリに、今度はエイラが動揺して口篭る。芳佳も芳佳だったが、ユーリもユーリで中々にヘビーな理由だったことに面食らっているのだ。
「ま、まぁあれダ、良かったじゃんカ。前日の内に気付けて。今度からは誰かに祝ってもらえヨ」
「僕自身こうして聞かれるまで忘れているくらいですから、覚えてる人は多分いないでしょう」
落ち込んでいるわけではないが、どこか浮かない顔をしているユーリ。そんな彼を見たエイラは、少し葛藤した末に……
「シ、シカタネーナ……誕生日、おめでとう」
「え……っ?」
何かをボソリと呟いたエイラに、ユーリはつい聞き返してしまう。しかしエイラは顔を赤くして
「ウ、ウルセー!ナンデモナイ!早く報告行けヨ!?」
と、走り去っていってしまった。
尚、サーニャと入れ替わりで一番最後に報告に向かったユーリが、また無茶をしたことでミーナにこってりと絞られたのは言うまでもない。
翌日──もとい、同日19日。501は諸々の業務で忙しい隊長2人を除いたメンバー総出で誕生日パーティーを執り行った。当初は昨日誕生日を迎えた芳佳とサーニャを祝う予定だったのだが……
「──おい聞いたぞユーリ!お前明日誕生日なんだって!?水臭いなー、どうして教えてくれなかったんだよ!」
「そうですよー!ほら、一緒にお祝いしましょう!飲み物、何がいいですか?」
「宮藤、これはお前の誕生日を祝う席でもあるんだぞ?──ザハロフ、飲み物は私が用意してやる。座っていろ」
「そーそー。主役はどっしり構えてなって。ていうかさートゥルーデ、折角誕生日の後輩が3人もいるっていうのに、ケーキが1個だけってのは上官としてどーなのさ?せめてもう1つくらい用意するとこじゃない?チョコケーキがいいなぁ」
「お前はただケーキを食べたいだけだろ!寛いでないで少しは手伝えハルトマン!」
……どういうわけか、ユーリまでもがパーティーの主役に据えられる運びとなっていた。
「皆さん、何故僕の誕生日を……」
ユーリはこれまで、誰にも誕生日を口外していない。知っているとすれば、資料を見たはずのミーナと、後は──
「エイラが皆に教えてくれたのよ、あなたが明日誕生日だって」
「サ、サーニャ!バラすなって言ったダロ~!?」
「エイラさんが…?」
「ベ、別に大した理由なんてナイ。あくまでサーニャと宮藤のついでだ!どうせ近いなら纏めて祝った方がいいダロ」
恥ずかしそうにそっぽを向くエイラと、目を丸くするユーリ。サーニャはその様子を微笑みながら見ている。
「ナ、ナンダヨ。何か文句あんのカ…!?」
「いえ、その……こんな風に祝って頂けると思ってませんでしたし、なんだか申し訳ないなと」
「オマエなァ……いいか、誕生日は年に一度だけの特別な日なんだゾ。こういう時くらい、余計な事考えずに大人しく祝われればいいんダヨ」
「ですが、何もお返しすることができませんし……元々、僕の誕生日なんてあって無いようなものですから。態々気を使っていただかなくても──」
「──うるさイ!いいんダヨッ!」
何かが限界に達したエイラはユーリの胸ぐらを掴む。普段のエイラらしからぬ行動に、隊の面々も戸惑いを隠せない。
「何なんだよオマエ……!生まれてきた事を一度も祝福されない人生なんておかしいだろッ!あんな寂しそうな顔しといて、今更ヘーキぶってんじゃねぇヨッ!」
「エイラ、さん……?」
「……エイラ、気持ちは分かるが少し落ち着け──ザハロフ。私達はお前のことを全て知っている訳じゃない。お前に限らず、ここにいる全員がお互いそうだ。それでも、ここにいる私達は仲間であり、家族なんだ。少なくとも私達はお前のことをそう思っている。血は繋がってなくとも、な」
「──その通りよ。家族の誕生日を祝うのに、深い理由も見返りも必要ないわ。ただ祝いたいから祝う。それで十分なんじゃないかしら?」
騒ぎを聞きつけてやって来たミーナと美緒も、バルクホルンに同調する。これで501の隊員が一堂に会した。
「ユーリ。お前は誕生日を祝われて、どう思った?」
美緒の問いかけに、ユーリは静かに答える。
「初めての経験なので、まだよく分かりませんが……嬉しく思いました。少なくとも、不愉快な思いはしてません」
「そうか……なら簡単だ。そういう時はな、あれこれ難しい事を考える必要はないんだ。ただ一言──"ありがとう"と言ってくれれば、それだけで祝う側も嬉しくなるものだ」
美緒に背中を軽く押され、皆の前に進み出たユーリは、自分を囲む501のメンバー達の顔を順番に見回す。
──美緒、ミーナ、ハルトマン、バルクホルン、ペリーヌ、リーネ、芳佳、ルッキーニ、シャーリー、サーニャ、そしてエイラ──
「皆さん…僕なんかの誕生日を祝ってくれて、ありがとうございます……!」
深々と頭を下げる。そのまま数秒間の沈黙を経て、頭を上げたユーリが見たのは──
「あっちゃあ……ユーリ、お前どーしてそこで"なんか"とか付けちゃうかなぁ……?」
「全く、折角いい雰囲気でしたのに。その一言で台無しですわね」
「わざとではないんだろうが…ザハロフお前……」
──三者三様に呆れる隊員達の姿だった。
「……すみません、やり直すべきでしょうか……いえ、やり直させてください!やはりここはしっかり感謝を伝えるべきと判断しました」
「ユーリさん…ちょっと気づくのが遅いですよー…」
「お前という奴は……こうなれば仕方ない。お前達!今日は無礼講だ!宮藤、サーニャ、ユーリを徹底的に祝うぞ!特にユーリの笑顔を引き出せた者は、常識の範囲内に限り、ブリタニア市街で私の懐から好きなものを1つ買ってやる!」
美緒の号令で、この場にいる中の数人──ハルトマンとシャーリーとルッキーニの目が光った。
「へいへ~い、ユーリくん楽しんでるぅ~?今ならこのセクシーギャルのおねーさんがジュース注いであげるよ~?」
「ほらほら、遠慮するなって!これも美味いぞ、もっと食えよ!」
「ユーリ!こないだ見っけたキレーな石あげる!」
「あっ!物で釣るのは卑怯だぞルッキーニ──!」
褒美を提示された途端、積極的にユーリに擦り寄っていく問題児トリオを見て、ミーナはクスクスと笑う。
「あらあら…フフッ」
「こいつらもこいつらで現金なもんだ……」
「でも、ユーリさんをお祝いしようって気持ちに嘘は無いわ」
「……そうだな。さ、私たちも今日は楽しもう。折角の祝いの席だしな」
「ええ!」
ワイワイガヤガヤ──そんな表現がよく似合う誕生日パーティーも、早いものでお開きになろうとしていた。
「……結局、ユーリを笑わせた者は無し、か」
「ちぇー、くすぐっても全然効かないとか反則でしょー」
「うじゅぅ……」
「予想以上に手強かったな……」
シャーリーに至っては最終手段として脱ぐという手も考えたが、そうしようとする度にいつの間にか背後に立っているミーナの圧力に幾度となく阻止されている。表情こそにこやかなれど、内から滲み出るオーラは凄まじく、逆らえば命は無いと錯覚させるほどだった。
「よし、最後に写真でも撮るとするか!丁度カメラもあることだしな」
「ワーイ!撮ろ撮ろー!」
本日の主役である3人とエイラを中心に据え、他の皆は思い思いの場所に立つ。美緒とミーナは撮影係としてフレームから外れた。
「んー…トゥルーデ、もう少し内側に寄ってもらえる?──」
「む、このくらいか…?」
「それだと後ろのフラウに被ってるわ。半歩戻って」
「もー、トゥルーデってば写りたがりー」
「ハルトマン貴様ァ…っ!」
カールスラント組がまたも騒いでいるのを他所に、エイラとサーニャはユーリに話しかける。
「どうだった?初めての誕生日パーティーは」
「はい……初めて味わうことばかりでした。きっとこれが、楽しいという気持ちなんでしょうね」
「これだけやってもその表情だけは相変わらずだなオマエ。もっと楽しそうにシロヨ──ウリウリ」
背後からエイラの手が伸び、ユーリの口角を無理矢理持ち上げる。
「アハハっ、変な顔ダナ!」
「エイラさん……力が強いです、痛いです」
「お前達、今から撮るぞ。変な顔で撮れても責任は持たんからな──」
美緒の合図で、ミーナがシャッターを切る。
後になって、出来上がった写真を見たミーナは……
「……フフッ、これはエイラさんの勝ちかしらね?後で美緒に言っておかなきゃ」
写真中央に写る4人は、全員口元に笑みを浮かべているのだが──写真を撮った瞬間、ユーリの口角を引き上げていたエイラの手は既に離れていた。
8月20日──訓練を終えたユーリは、自室に戻ろうとしていたところをサーニャに呼び止められた。
「──そういえば、午前中はエイラさんと市街に出ていたようですが、何か買われたんですか?」
今朝方は珍しく美緒が朝練を早く切り上げ、サーニャとエイラ、運転係にハルトマンを伴って市街地へ繰り出しているのを見かけたのだ。てっきり何か急務で必要なものができたのだろうかと思っていたのだが……
「あのね、初めての誕生日パーティーなら、やっぱりコレが必要だと思って。エイラと一緒に選んだの。一緒に渡せれば良かったんだけど、エイラ、偵察に出ちゃってるから──はい、501の皆からの誕生日プレゼントよ」
そう言って彼女が差し出したのは、リボン付きの小さな袋だった。開けるよう促されて中身を取り出してみると……
「これは…ヘアピン、ですか?」
「うん。前髪で目を痛めたら困るだろうって──貸してみて?」
普通に髪を切ればいい話ではあるのだが、エイラが隊の皆にそれとなく相談してみたところ、満場一致で「短髪のユーリは想像できない」となり、このチョイスに至ったのだ。
デザインは代表として購入に赴くエイラとサーニャに一任されたが、着けるのが男であることも踏まえてシンプルなものを選んだつもりだ。
「──はい、できたわ」
髪を弄り終えたサーニャはユーリを近くの窓に向き直らせる。そこには、白い菱形のヘアピンで前髪を留めたユーリが写っていた。両目に掛かっていた前髪の片方はヘアピンで目を避け、もう片方は耳にかけることで、その下に隠れていたつり目気味の双眸が露わになり、随分と印象が変わった。
「このプレゼントというのも、昨日坂本さんが言っていた"祝いたいから"…なんでしょうか?」
「ええ。年に一度の記念すべき日だもの。こうして贈り物をして、その日の楽しい思い出を形として残しておくのよ」
「思い出を、形に……ありがとうございます。大切にさせていただきます」
ヘアピンをそっと撫でたユーリの口元は、本人でも気づかないうちに緩んでいく。
「ああそれと。2日も遅れてしまいましたが──お誕生日、おめでとうございます。サーニャさん」
あの夜の空で、サーニャ達3人は互いに祝福の言葉を送り合っていたのだが、ユーリだけは何も言葉を送れなかった。プレゼントまで貰ったのだから、後で芳佳にもきちんとお祝いの言葉を言わねばなるまい。
ユーリの言葉を受けたサーニャは嬉しそうに微笑み、
「あなたも。改めて、お誕生日おめでとう──
「……ユーラ?」
これまでと似て非なる名前で呼ばれたユーリは、それは自分の事か、と目を丸くする。
「皆が呼んでる私の名前──サーニャは本名の愛称なの。だから、あなたのこともユーラって呼んでいい?」
サーニャの本名はアレクサンドラ。それを縮めて皆からサーニャと呼ばれている。そしてユーリという名前にはユーラという愛称が付随しているのだが、ユーリ自身その事にこれといって関心を抱いていなかった為に、よもや自分の名前に愛称などというものが存在するとは露ほども思っていなかったのだ。
「どうぞ、ご自由に呼んでください」
生まれて初めて意味を持った誕生日。
疎まれはしなかったが、祝福もされない──年齢を重ねる為の区切り以上の意味を持たなかったこの日は、思い出とつながりをもらった大切な日へと変わった。
なんですかねコレ、最終回か…?