「──ああ、ユーリさん。ちょっといい?」
「はい、何でしょうか?ミーナ隊長」
「宮藤さんを呼んできて欲しいの。生憎、私は今手が離せなくて…お願いできるかしら?」
「はあ…分かりました」
「助かるわ。見つけたら、私の執務室に来るよう伝えてくれればいいから。それじゃあ、頼んだわね」
基地内を歩いていたところをミーナに呼び止められたユーリは、仰せつかったように芳佳の姿を探して移動を再開する。芳佳が呼び出された理由を聞きそびれた事に途中で気づいたが、内容が部外秘なものであった可能性も考えると、聞かなくて正解だったかもしれないと考え直す。
「…見つけた。宮藤さん──」
芳佳は基地の庭で洗濯物を干し終えたところだったようだ。隣には同じ洗濯当番であるリーネの姿もある。
「はい…?あ、ユーリさん。何かご用ですか?」
「ミーナ隊長がお呼びです。執務室へ向かってください」
「は、はい。分かりました。行ってくるね、リーネちゃん」
「うん。いってらっしゃい」
ミーナの元へ向かった芳佳を見送ったユーリは、目の前に見える海に一隻の巨大空母が停泊しているのを見つける。
「アレは……扶桑の艦船ですか?」
口をついて出たユーリの言葉にリーネが答える。
「アカギっていう扶桑の空母だそうです。芳佳ちゃんがブリタニアに来る時に乗ってたって言ってました。おっきいですよねぇ……」
「扶桑は今や世界最大級の海洋貿易国家ですからね……こと海上戦力に於いてはカールスラントやリベリオンにも勝ると聞きます──ですが、何故扶桑の船がここに?」
「それは私にも…もしかしたら、芳佳ちゃんが呼ばれたことと何か関係があるんでしょうか……?」
いくつか考えてみたが、501に来る前の芳佳の事を全く知らないユーリでは皆目見当がつかない。
「あ…そうだ。ユーリさんは何か知ってますか?ミーナ隊長のこと」
リーネは、今しがた芳佳が話していたことをユーリに伝える。何でも、芳佳がストライカーの整備作業をしている整備班に差し入れを持っていったところ、すげなく断られてしまったらしい。その際に「自分達整備兵はウィッチ隊との必要以上の会話をしないようミーナから命じられている」と言われたらしい。傍らに鎮座しているお盆とその上に乗った全く手が付けられていない扶桑のお菓子はその名残だそうだ。
「……残念ながら、僕にも詳しいことは。唯一分かる事があるとすれば、そういったような命令が他の基地でも実行されているという話は、少なくとも僕は聞いたことがありませんね」
整備兵はストライカーにかなり精通した、ウィッチ達にとって重要な存在だ。シャーリーのように自力である程度整備や改造をこなせる者もいるが、彼女のようなウィッチはどちらかといえば少数派だろう。ストライカーの整備や修理は基本整備兵に一任している基地がほとんどのはず。
そんな彼らとの必要以上の接触を禁止する命令にどのような意図があるというのだろうか。
考えられるものとしてはいくつかある。
まず、ウィッチは純潔を失うとシールドが張れなくなる。それは即ち、ネウロイの攻撃に対する防御手段を失うということ──大きな戦力ダウンを意味する。
ただでさえウィッチ達は皆容姿に優れた美しい女性が多いのだ。事実、中には実力だけでなく美しい容姿で人気を博しているウィッチもいる。そんな彼女達と同じ基地に身を置けば、恋情なり劣情なりを抱く者も出るかもしれない。前者ならまだしも、後者は倫理的に大問題だ。まだ年端もいかないうら若き
が、しかし。
ここはネウロイとの戦いの最前線だ。奴らに対抗できるのはウィッチのみ、同時に、整備兵達の手が彼女らの生死を左右すると言っても過言ではない。この基地に限らず、整備兵たちはそれを重々理解している。一時の感情に身を任せた結果、彼女達を死なせるようなことになれば取り返しがつかないのだ。
故に、この線は無いと思っていいだろう。
「……もしかしたら、ミーナさん自身に何か思う所があるのかもしれませんね。もし知っているとすれば、バルクホルンさんやハルトマンさん──それと、坂本さんも或いは」
バルクホルンもハルトマンも、ミーナとはカールスラント空軍にいた頃からの長い付き合いだ。そして美緒に対しては深い信頼を置いている。彼女達なら、ミーナがこんな命令を敷いている理由にも心当たりがあるかも知れない。
……もっとも、聞いて教えてくれるかは定かでないが。
暫くしてリーネと別れたユーリは、その後すぐに芳佳と出くわす。手には紫の風呂敷で包まれた箱のようなものを抱えていた。
今現在、このブリタニアには扶桑艦隊が寄港しており、旗艦である空母赤城の杉田艦長は以前芳佳に乗員を救ってもらった恩義で501の基地を訪れたらしい。芳佳が抱えているのは、そのお礼の品として貰い受けた物なのだそうだ。
まだ近くにいるはずのリーネの元へ向かった芳佳を見送ってから暫く──今度はミーナの姿を見つけた。同時に、ミーナの方もユーリに気づいたようだ。
「さっきはごめんなさいね。急に頼み事をしてしまって」
「特に用もありませんでしたから、お気になさらず」
軽く話しながら歩くこと数分。ユーリは、思い切って聞いてみることにした。
「あの、ミーナさん。お聞きしたいことが」
「何かしら?」
「もし、答えにくいものだったなら申し訳ないのですが…整備兵の──」
「ごめんなさい、その話は後で──!」
ふと窓の外を見たミーナは、慎重に言葉を選んでいたユーリの声を途中で遮り、急ぎ足で今来た道を引き返し始める。階段を下り、向かう先は外のようだ。ユーリは何事かと戸惑いながらも後を追った。
たどり着いたのは基地建物の外周付近──先程ユーリが芳佳と会った場所の近くだ。ミーナはそこから更に歩みを進める。
曲がり角の手前で足を止めたミーナは、辺りを吹き抜ける風に乗って飛んできた何かを掴み取る。彼女が手にしたのは、1通の手紙だった。
何やらただならぬ様子で走ってきて、その目的が手紙1通というのもおかしな話だ。もしや何か重要な連絡事項でも書かれていたのだろうかと眉をひそめたユーリ。その後ろから慌てた様子のリーネが現れ、建物の陰から角の向こうの様子を伺う。ユーリもそれに倣った。
「──このようなことは厳禁と、伝えたはずですが」
「す、すみません!是非とも一言、お礼が言いたくて……」
静かながらも怒気を孕んだミーナの声音に答えたのは、ユーリよりも2歳程年上に見える扶桑の男性兵だった。言葉から察するに彼も赤城の乗員なのだろう、以前自分たちを助けてくれた芳佳へ個人的に礼を言いに来た。といった所だろうか。
「ミーナ隊長。本当です!何も悪い事なんて……」
「ウィッチーズとの必要以上の接触は厳禁です。従って──これはお返しします」
芳佳の説得も虚しくミーナは手紙を男性兵に突き返す。彼は最後に一言謝罪すると、振り返ることなく走り去っていった。
「……あの、ミーナさん」
「ごめんなさい。片付けなくちゃいけない書類があるから、また今度にしてもらえる?」
「……分かりました。では、またの機会に」
あの後、立ち去るミーナについて行ったユーリは、改めて男性とウィッチのみだりな接触禁止の理由を問い質そうとしたが、すげなく断られてしまった。本人に聞けないのなら、やはり彼女に近しい誰かから聞くしかないのだろうか。
(けど、あのミーナさんがあそこまで頑なな態度を取るということは、余程の事なのかもしれない。今更ながら、それを嗅ぎ回るような真似をしてもいいものか……)
夕食中もそんな事を考えていたユーリは、真相を知ることができずに1日を終えた。
翌日──予てよりネウロイ出現の予報が出ていた通り、基地内に警報が響き渡った。501の面々はブリーフィングルームに集結している。
「観測所から、ガリアより敵が侵攻中との報告がありました」
「今回は珍しく予測が当たったな」
「ええ。目標の高度は現在1万5千、進路は真っ直ぐこちらへ向かって来てるわ」
「ならば、ルーチンの迎撃パターンで行けるな。本日の搭乗割は──バルクホルン、ハルトマンが前衛。ペリーヌとリーネが後衛。宮藤は私とミーナの直援。本来ならば以上だが、今回はユーリにも遊撃として来てもらう」
残るシャーリーとルッキーニ、エイラとサーニャには基地での待機を命じ、ブリーフィングは終了。各自持ち場へと移動を始めた。ユーリも格納庫へ向かおうとしたところを、美緒とミーナに呼び止められた。
「ユーリ。今回の出撃だが……もし必要と感じたなら〔炸裂〕を使え」
「……よろしいんですか?」
「坂本少佐と私で話し合った結果よ。もうあなたは立派な501の一員なんだから、隠す必要も無いだろう。って」
「それに……これは他言無用で頼むが、近いうちにガリア奪還の大規模反攻作戦が行われる。ネウロイの巣が相手ともなれば、出し惜しみはできんからな。いざ実戦で混乱しないよう、今の内にお前が〔炸裂〕を使うという事を皆にも知ってもらう必要がある。今回お前を単独での遊撃に回したのはそれが理由だ。無論、〔炸裂〕を使う際は一声かけてもらう必要があるが……やれるか?」
「……分かりました。必要であれば、皆さんを巻き込まないよう最大限配慮した上で〔炸裂〕を使います」
「頼むぞ。──我々も出撃だ!」
ユニットを履いたウィッチ達が続々と格納庫を出て行く。やがて大空へと飛翔した彼女達は、編隊を組んでネウロイの元へ向かった。
暫く飛び続けること数分──美緒が遠方にネウロイの姿を発見する。魔眼の力でより仔細に見た結果、今回の敵のタイプは300メートル級──中型の中でも比較的小型な部類であることが分かった。
「いつものフォーメーションで行くか?」
「ええ!」
「よし、突撃──!」
美緒の号令で、バルクホルン達を先頭にした前後衛の4人がネウロイに接近する。射程内に敵を収めたハルトマンが先制攻撃を加えようとした瞬間──
「っ……!?」
「くっ、分裂しただとッ!?」
立方体の形を取っていたネウロイは、ハルトマン達に気づくなりボディを細分化。より小さな小型ネウロイの群れと化して襲いかかる。
ミーナが固有魔法で感知した限りで、敵の総数はおよそ210機。全機撃墜すれば勲章の大盤振る舞いとなること請け合いの数だ。
「
『了解!』
「宮藤さん。あなたは坂本少佐の直援に入りなさい!」
「了解!」
「いい?あなたの役目は、少佐がコアを見つけるまで敵を近づけないことよ」
「はいっ!」
威勢のいい返事を聞いて大丈夫と判断したミーナは、左側に固まった約30機を単独で迎撃に向かった。
縦横無尽に不規則な動きをするネウロイの攻撃を器用に躱しながら、ミーナは1機、また1機と敵を撃墜していく。
その様子を離れた場所から確認したユーリは、あちらへの援護は無用だと判断し、自分にまとわり付くネウロイを徹甲弾で粉砕しながらペリーヌとリーネが担当する右下方へと移動する。
「──いいこと?あなたの銃じゃ速射は無理だわ。
「はい!」
「ワタクシの背中は、任せましたわよ──ッ!」
後方にリーネを残して独り先行したペリーヌは、ブツブツと文句を零しながらも多数のネウロイに囲まれた状態で固有魔法を発動させる。
「──トネールッ!!」
雷撃に変換して放出されたペリーヌの魔法力が、周辺に屯していた10機以上のネウロイを纏めて一掃した。雷撃の余波で乱れた髪を払いながら得意げに胸を張ってみせるペリーヌだが、背後から迫る1機に気づかずにいたところを、どこからか飛来した徹甲弾に救われる。後方で彼女を支援するリーネの狙撃だ。続けてもう1機、ペリーヌにほど近い場所まで接近していたネウロイに、リーネはドンピシャのタイミングで弾を命中させた。
「ハァ…ハァ……!」
「や、やるじゃない……!」
『ええ。ペリーヌさんの言うとおり、いい一撃です──!』
「え……っ!?」
不意にインカムから聞こえたユーリの声。次の瞬間、リーネとペリーヌの直上から急降下してきていた3機の小型が立て続けに粉砕された。
突然の事にポカンと口を開けた2人の元へ、ユーリが合流する。
「リーネさん、上への注意がやや疎かですよ」
「す、すみません!ありがとございます」
「お礼は後で──」
そう言葉を交わす間にも、ユーリはシモノフのセミオート機能を利用して次々とネウロイを屠っていく。
「先程の偏差狙撃は素晴らしい精度でした。訓練の成果が出てるようで何よりです」
「……はいっ!」
ユーリとの会話でいくらか余裕が出来たのか、リーネはペリーヌの死角から襲いかかる個体や、彼女が討ち漏らした個体を次々と撃ち抜いていく。
「こちらはもう大丈夫そうですね──」
中央を担当するバルクホルンとハルトマンには援護は不要だろう。却って邪魔になりかねない。よってユーリは、今も独りで小型ネウロイを捌き続けるミーナの援護に向かった。
「──ミーナさん!」
『ユーリ曹長、ここは任せていいかしら?私は一度、坂本少佐の所へ戻ります』
「了解」
離脱するミーナを追い掛け回していた小型ネウロイ達を撃墜したユーリは、そのまま戦闘を引き継いだ。大きな動きで敵を数体纏めて引きつけては、振り向きざまにシモノフから放たれる徹甲弾が複数の小型を一気に貫く。時折正面に回り込んでくる個体は、急制動からのバックターンで後続の敵と衝突させ、動きが止まった所を纏めて粉砕した。
「いくら倒してもキリがない……!」
弾倉クリップを交換しながら小さく呟く。
敵の母数は増えていないはずだが、周囲を飛び交うキューブ型のネウロイは一向にその数を減らす気配が無い。それもその筈、分裂した小型の中でコアを持っている本体以外は、何度撃墜しようと時間が経てば再生し、再び襲いかかってくるのだ。
今はまだ全員余力があるが、長引けば長引く程こちらが不利になる。その上戦線は大陸側へ移動しつつあり、このままでは街に被害が出かねない。美緒が早くコアを発見できればいいのだが……あちらもあちらで敵の数が多すぎて難航しているようだ。
時折インカムを通じて耳に入る情報を聞く限り、この戦場にコアを持つ本体がいることは間違いないらしいのだが、今はとにかく敵の数を減らして美緒がコアを捜索し易い状況を作り上げる必要がある。
「……坂本さん、今から敵の数を減らします。コアの発見を急いでください」
『……そうか。分かった、頼むぞユーリ!──バルクホルン、ペリーヌ両隊!高度を上げてユーリの射線上から退避しろ!』
『えぇー、急に何さ?』
『よく分からんが、とにかく行くぞ!少佐の指示だ』
美緒の指示で、ハルトマン達を始めとした4人は自分たちについてまわるネウロイを片付けた後、言われた通り高度を上げる。ユーリの射線上にネウロイだけが残ったところで、ユーリは薬室内の弾丸に魔法力を充填し始めた。
「──行きますっ!」
絞られた引き金、轟く銃声。細身の銃身から放たれた徹甲弾は、眼下に葉虫のごとく群がるネウロイの1体に命中。その瞬間、弾丸内部に込められた魔法力がユーリの力で〔炸裂〕し、対装甲ライフルではまず起きる事のない広範囲にわたる爆発が引き起こされた。今の1射で実に20機近い敵が破片と化して散っていく。
続く第2射──再び着弾位置を起点に爆発が起き、複数のネウロイを巻き込んで撃墜する。その様は、戦艦の砲撃や空からの絨毯爆撃をバルクホルン達に想起させた。
「すっごーい……!」
「何だこの威力は……!?ザハロフの奴、こんな隠し玉を──少佐やミーナは知っていたのか……?」
ユーリの攻撃によってあれだけ数の多かった小型ネウロイの約半分が消し飛び、戦況は一転。こちら側に大きな余裕が生まれた。バルクホルン隊とペリーヌ隊は爆発から逃れた敵の掃討に戻り、敵の数と妨害も減ったことで、美緒は魔眼を向ける対象を絞る。
「──坂本さん、上っ!」
「何──ッ!?」
芳佳が真っ先に上空より飛来するネウロイに気づき、美緒もその方向を見据える。だが……
「クソ……っ見えない……!」
急降下してくる数体のネウロイは太陽を背にすることで、美緒の魔眼を物理的に妨害してきた。もう少し接近してくれば内部を見通すことができるだろうが、それは同時に敵の集中砲火を浴びることを意味する。
「私が行きます──!」
『こちらも援護を!』
「頼む!」
芳佳とミーナ、そしてユーリの長距離狙撃支援で、飛来するネウロイが次々と撃ち落とされていく。最後の1機が残ったところで、美緒の魔眼が赤く光る結晶体を捉えた。
「──見つけた!」
「全隊員に通告、敵コアを発見!私達で叩くから、他を近づけさせないで!」
『了解!』
「行くわよ!」
ミーナと美緒、芳佳の3人はコアを持つ本体を仕留めに向かい、残った5人は引き続き分裂体の相手をする。ユーリも〔炸裂〕から〔射撃威力強化〕による攻撃へ戻り、一緒に攻撃へ参加した。
「──今日のトップスコアは間違いなくお前だろうな、ザハロフ」
「バルクホルンさん…恐縮です」
「もしお前がカールスラント軍人だったなら、ハルトマンと並ぶ日も遠くないかもしれんぞ?」
「それは過大評価しすぎですよ。それに……」
「……どうした?」
「……いえ、なんでも。今は与えられた役目を遂行します」
余計な考えを振り切るように、ユーリはネウロイが密集するポイントを狙って引き金を引いた。
その頃……
「そっちに行ったぞ!宮藤逃がすな──!」
「はいっ!」
美緒達の集中砲火から逃れた本体のネウロイを、芳佳が追撃する。既に末端部の装甲は削れており、敵も手負いの状態だ。再生される前に仕留めなければ、また分裂体を復活させられてしまう可能性もある。
「くっ…うううう──っ!」
敵の不規則な挙動にも何とか食らいつく芳佳。慣れない姿勢になりながらも目標を追従していた銃口が遂に敵を捉え、コアを内包したキューブ型の装甲を撃ち砕いた。
崩壊と共に勢いよく飛散するネウロイの破片をシールドで防いだ3人の元へ、分裂体の相手をしていた5人が駆けつけた。
「芳佳ちゃんすごーい!」
「フン、あんなのまぐれですわ」
「いやそうでもない、不規則挙動中の敵機に命中させるのは中々難しいんだ。宮藤が上達している証拠だな」
「ミヤフジやるじゃーん!」
皆が口々に芳佳を褒め称える中、浮かない顔をしている者が2人──ミーナとユーリだ。
(さっきのは見間違い……ならいいんだが)
先程──本体が撃墜されてすぐの時だ。ユーリは遠目に、美緒のシールドに穴が空いたように見えていた。
ユーリ自身、比較的目が良いとはいえ、魔眼や視覚強化の能力を持っていない以上断定はできない。
少なくとも、今言及してこの快勝ムードに水を差すような真似はすべきでないと判断した。
「きれい……」
無数の破片となって散っていくネウロイを見て、芳佳の口から感嘆の言葉が溢れる。
「ああ。こうなってしまえば、な」
「綺麗な薔薇には刺が……と言いますものね」
「それ自分のことか~?」
「なっ……失礼ですわね!──まあ、綺麗ってところは、認めて差し上げてもよろしいですけど?」
ハルトマンがペリーヌを茶化すのを見て、周りの皆も釣られて笑う。
だが未だに沈んだ表情のミーナは、ふらりと地上へ降下していった。ハルトマンは後を追おうとするが、美緒に止められる。
「今は、1人にしておこう……」
美緒の言葉の意図を捉えかねる一同だが、唯一バルクホルンだけがミーナの真意に思い当たった。
「そうか……ここは、パ・ド・カレーか──」
欧州の海に面したこのパ・ド・カレーは、ネウロイによって奪われてしまったガリアの領土だ。かつては港として船が並び栄えていたこの地にその面影はなく、無残に破壊され廃墟と化した建物と、荒廃した砂地が広がるばかり。
ミーナはその中にひっそりと鎮座していた1台の車を見つけ、ドアを開ける。その中に置かれていた小包の中身を見た彼女は、涙ながらにソレを抱きしめるのだった。
基地へ帰還した一同は、基地を出航する空母赤城へ挨拶に向かった芳佳、美緒、リーネを残して全員基地の広間に集合していた。広間には美しい歌声が木霊しており、その場にいる誰もが歌声に聴き入っている。
歌声の正体は、赤いドレスに身を包んだミーナだ。
サーニャのピアノと共に彼女が歌うカールスラントの歌謡曲「リリー・マルレーン」は、現在シャーリーの手元にある無線機によってこの基地だけでなく、赤城にも中継されている。顔こそもう見えないが、彼らもきっとミーナの歌声に耳を傾けていることだろう。
広間の片隅に立つユーリもその例外ではなく、これまでにない安らかな顔でミーナの歌に聞き惚れていた。特段音楽に造詣が深いわけではないが、それでもミーナの口から紡がれる歌が素晴らしいものだということくらいは理解できる。
……これは、後になってバルクホルンから聞いた話だ。
今から4年前──歌手を目指していたミーナには、同じく音楽家として共に夢を追いかけたクルト・フラッハフェルトという恋人がいた。当時、音楽学校への留学を控えていたミーナだったが、カールスラントへネウロイが侵攻してきたことによりそれを断念。ウィッチ隊に志願し、軍人となった。オストマルク陥落後、ミーナが最前線へ異動となったのを機に、クルトは夢を捨てて自ら軍に志願した。当然ミーナは反対したが、それでもクルトはウィッチとして戦うミーナを少しでも傍で支える道を選んだのだ。
カールスラントをはじめとする欧州各国からブリタニアへの大規模撤退戦が繰り広げられたダイナモ作戦時も、整備兵としてミーナの傍に寄り添い続けたクルトだったが……パ・ド・カレー基地からの撤退が間に合わず、戦死してしまったのだという……。
彼女が身に纏う赤いドレスは、カレー基地跡で発見した小包の中に入っていたもの──今は亡きクルトからの、ミーナへの贈り物だった。彼女にとって、クルトとの繋がりを示す大切な1着である。
やがて曲が終了すると、広間に集った全員から惜しみない拍手が送られる。
「とっても素敵な歌でした!」
「はい。思わず聴き惚れてしまいました」
「2人共、ありがとう」
真っ先に感想を述べた芳佳とユーリに、ミーナは少し照れくさそうに礼を言う。次の瞬間、ユーリの両頬を後ろから思いっきり摘み上げる手が──
「──エ、エイラはん……!?」
「確かに隊長の歌も良かったけど、サーニャのピアノを忘れてないだろうナ~?」
「と、とえもふばらひい演奏れした…い、痛いれすエイラはん……」
「何ダ~?感想くらいちゃんと言えヨ~ウリウリ」
「れ、れすから…はなひてふらはい……」
「ふふっ…ありがとう、ユーラ」
「あ、あのエイラさん。その辺で……」
サーニャがユーリにお礼を言う一方、彼の両頬を心配して助け舟を出した芳佳だったが……
「お…そういえば宮藤、オマエの感想も聞いてないナ──!」
「ふぇぁ~~!なにふるんれふか~~~っ!」
と、今度は芳佳の頬を摘まみ上げる。
「サーニャのピアノはどうだったんだヨ、サーニャの~~~ッ!」
「と、とっても…ふ、すてきれひた……!」
「ええい、もっと褒めロ~!」
「す、すてきれひたって~~!」
戯れる隊員達を見たミーナは楽しそうにクスクスと笑う。この瞬間だけは、出撃先で見せたような憂いは微塵も感じられなかった。
それから暫くして日が沈み、時刻は夜──ユーリは美緒と一緒にミーナの執務室へ向かっていた。
「お前の方から出向くとは珍しいな。ミーナ中佐に何か用か?」
「ええ、少し……」
「必要なら、私は席を外すが?」
「いえ、坂本さんにも関係のあることですから。どうぞご一緒に」
「ふむ……そうか」
執務室では、ドレスのままのミーナが月明かりの差し込む窓際で1人佇んでいた。美緒がドアをノックすると、少し驚いた様子でこちらを振り向く。
「美緒……それに、ユーリさんも」
「いい歌だった」
「ええ、本当に」
「そんなに何回も褒められると、流石に照れるわね……ありがとう」
部屋の奥でミーナと並んだ美緒は、赤城の見送りに行く許可を出してくれた事に礼を言う。
「あなただって本心では行きたかったんでしょ?」
「ああ。色々と世話になった船だからな」
内心では赤城にも顔を出したかっただろうに、立場上規律を守っていた美緒に申し訳なさと微笑ましさが綯い交ぜになった笑みを零す。
「あの人を失った時、本当に辛かったわ。こんな事になるなら、好きになんてならなきゃ良かった──ってね。でも、そうじゃなかった……」
「……そうか」
「……でもね美緒。大切な人を失うのは今でも恐ろしいわ。それなら、失わない努力をすべきなの──」
そう言って右腕を持ち上げたミーナ。その手には月明かりを受けて光るシルバーフレームの拳銃が握られていた。銃口は真っ直ぐ美緒に向けられている。
「ミーナさん何を……っ!?」
突然のことに困惑しながらも、ユーリは体を割り込ませて美緒を後ろに庇う。
「……そこを退きなさい、ユーリ・ザハロフ曹長」
「その命令は承服できません。銃を下ろしてください。理由なく味方に銃を向けるのは決して許されない行為です」
何とか説得を試みるユーリだが、ミーナが銃を下ろす気配はない。歯噛みしながらユーリも自分の銃に手を伸ばそうとすると……
「大丈夫だユーリ。お前は下がっていろ」
「坂本さん…しかし……」
「ありがとう。だが心配ない。私に任せてくれ」
美緒に言われ、ユーリは渋々ながらその場を離れた。だが有事の際はすぐに動けるよう、利き手は常に銃の近くに置いておく。
「お前にしては随分と物騒だな?ミーナ」
「……約束して、もう二度とストライカーを履かないって」
「それは命令か?」
いつぞやのユーリの時と同じ言葉を返されたミーナだが、今回は肯定も否定もできない。
「ふっ…そんな格好で命令されても、説得力が無いな?」
「私は本気よ…!今度戦いに出たら…きっと、あなたは帰ってこない……っ!」
「だったらいっそ自分の手で──という事か。矛盾だらけだな、お前らしくもない」
「違う…違うわっ!私は……っ!」
ミーナの銃を構える腕に力が篭る。この先に言葉が続けられる事は無かった。口にしてしまうのが怖いのだろう──目の前にいる大切な友が「死ぬ」等と。
そんな彼女の胸の内を知ってか知らずか、ユーリが口を開いた。
「……やはり、見間違いでは無かったんですね」
「ユーリ……お前まさか」
「はい。遠目に見ただけでしたので、僕の勘違いで済めば良かったのですが……坂本さん、あなたのウィッチとしての寿命はもう……」
一般的に、ウィッチがウィッチとしていられる期間は最長でも約20年前後と言われている。これは10代をピークとして、20歳を境に魔法力が減衰し始めるためだ。故に、前線で戦うウィッチ達は総じて平均年齢が低い。20歳を超えても全盛期と遜色ない魔法力を維持できる特異な血筋も存在するにはするが、それは稀少なケースだと言える。
そして、つい最近誕生日を迎えた美緒の年齢は20歳──既に彼女の魔法力は徐々に減衰を初めている時期だ。その証拠として、今日の戦闘で美緒は倒したネウロイの破片をシールドで防ぎきれなかった。ミーナは一番近くでその瞬間を目撃していたからこそ、こんな強硬手段に出てまで美緒がこれ以上戦わないよう懇願しているのだ。
「私は、まだ飛ばねばならないんだ。途中で投げ出すことなどできんさ」
そう言い残して、美緒は部屋を出ていった。その背中に銃を突きつけたミーナだったが、当然引き金が引かれることはない。扉が閉まる音と共に、銃を下ろして項垂れる。
「ミーナさん。昼間、お聞きしようとした事なんですが……」
こんな状況ではあるが、ユーリは改めて整備兵とウィッチーズが必要以上に接触しないよう命令を出していた理由を問い質した。ミーナは少し迷った末に、ゆっくりと話し始める。
「整備兵の人と話す度に、あの人の事を思い出してしまって……思い出す度に、あの時の自分が許せなくなるの──あの時、無理にでも戻っていれば…いえ、そもそも軍に入らないよう止めていたなら、あの人を助けられたんじゃないかって──あの子達には、そんな思いをして欲しくなかったのよ。だから……」
だから万が一にも恋仲になどなったりする事が無いよう……失う悲しみと己の無力さを憎む事が無いように整備兵とウィッチーズを遠ざけていたというわけだ。
「……今更何を言おうと言い訳にしかならないわね。私は自分が苦しむのが嫌で、自分の気持ちを勝手に押し付けていただけ──挙句、大切な仲間の1人も守れない……こんなんじゃ、指揮官失格よね」
「……そんなことは、ないと思います」
静かに投げかけられたユーリの言葉に、ミーナは顔を上げる。
「ずっと1人で失う恐怖と戦い、懸命に皆を守ってきたのはミーナさんでしょう?そんなあなたを責める人はいません。少なくとも僕にとって、ミーナさんは立派な指揮官です」
「ユーリさん……」
「1人で背負うのが辛いなら、僕にも分けてください。僕も一緒に背負います──もう、ミーナさん1人だけを戦わせたりしませんから」
ただ1つの目的の為に存在し、守りたいものを持たなかったユーリが初めて自分で決めた戦う理由。自分のことを「家族」だと言ってくれた皆が誰も悲しむ事の無いように……誰も失わずに済むように……ユーリは
「では失礼します」と部屋を出ていったユーリ。残されたミーナの脳裏には、過去の記憶が過ぎっていた──
──キミ1人を、戦わせたくない──
クルトが軍に志願したことを知った時、彼が言った言葉だ。ミーナはその言葉に折れ、クルトは戦場に身を置くこととなり、そして……
(……いいえ、彼はあの人じゃないわ。ユーリさんは強い。自分で自分の身を守れるだけの力がある)
何度自分にそう言い聞かせても、ミーナの胸の内に燻るチリチリとした嫌な感覚が消えることはなかった。
今回でアニメ1期8話を終えました。
本作開始時点で5話分すっ飛ばしているとはいえ、話の進み方が悪い意味でハイペースになってしまっているのではと思う最近です。
他の作者さんの作品を読んだりすると、ストーリー全体から1話分の内容まで自分のよりずっと濃いですからね…
それはさておき、先日ふとユーリの外見をイラストにしてみようかと思い至りましたが、自分の画力に敗北しました。
人様にお願いするのもタダではないですし、自分で絵を描ける人ってこういう時羨ましいなぁと思いますねぇ。
恐らく今回が年内最後の更新になるかと思われます。皆さん良いお年を。