マウンテン・ティムに相棒がいてもいいじゃない 作:不知東西屋
~プロローグ~
僕はスニベル・ノーネーム
ワイオミング州のカウボーイだ。
Snivel Noname(名無しのベソかき野郎)っていうひどい名前は孤児だった僕を助けてくれた人の命名。
まあ、名前負けすることがないのは良いことだと思うし、気に入っていないわけじゃない。
さて、これからするのはアメリカ全土を舞台に開催され、世界中から注目されたあるレース。
そして、その裏で蠢いていた陰謀に対して立ち向かった人たちの話だ。
楽しいことばかりの話じゃない。
つらいことも、悲しいこともあった。
聞き終えた後、君たちのなかに、僕たちを敗者として笑う人がいるかもしれない。
確かに、僕たちはいくつかのものを失った。
そこにはかけがいのないものも含まれていた。
でも、同時にやり遂げたんだ。
それは誰にも否定できない確かなことだ。
だから、誰がなんと言おうと、あの日々の輝きが失われることは永遠にない。
それだけは、自信をもって断言できる。
~1890年ワイオミング州~
「おーい、おーい。大変だよ!!」
僕が新聞(イーストアンドウエスト・トリビューン紙)を片手に駆け込んだとき、家の主人、マウンテン・ティムは馬の世話に取りかかろう。ってところだった。
まだ早朝だというのにこざっぱりとして、活力に満ち満ちている。
つまりは、いつも通りだ。
とても昨日まで強盗犯を追って強行軍をこなした人間とは思えない。
「どうした。ずいぶん早いな。お前のことだから、顔を出すにしても昼過ぎになると思っていたぜ。」
声にも疲れは感じられない。
ちなみに強盗犯は無事逮捕。
及ばずながら僕も参加した大捕物はめでたしめでたしの結末を迎え、昨夜はそれを祝うパーティーがあったのだ。
同じく夜更けすぎまで呑んでいたはずが、酔い潰れて酒場の床で目を覚ました僕との違いはどこにあるのだろうか。
まあ、そのおかげでビッグニュースをいち早くキャッチできたのだから、結果だけ見れば悪くない。
「ゆっくり寝てなんていられないよ。とにかく、コレを見てくれ」
僕のテンションについてこれていないマウンテン・ティムに新聞紙を突きつける。
お目当ての記事は1面トップ。
「スティール・ボール・ラン?」
「そうさ。すごいぞ、賞金5000万ドルの大陸横断レースだ。マウンテン・ティム、もちろん出るだろう?あなたなら優勝間違いなしだ!!」
「ちょっと、待て。まだ読んでる途中だ。」
そう言われて僕は口をつぐんだが、沈黙を保つにはとてつもない自制心が必要だった。
なんせ5000万ドルは桁違いの大金だし、それを受け取るべき男がいるとすれば、それは目の前の“伝説のカウボーイ”以外にいないってのはほとんど自明の理だからだ。
そわそわしっぱなしの僕をよそにゆっくりと、慎重と言ってもいいスピードで記事を読み終える。
「なるほど、なかなか
「なに言ってるのさ。優勝はあなたで決まりだよ。」
僕の言葉に苦笑して、マウンテン・ティムは部屋を出て行く。
「ちょ、待ってくれよ」
「昨日まで、散々ムリをさせたんだ。今日はたっぷり馬をねぎらってやらないとな。スニベルも来い。お前の馬もよく働いてくれただろう?」
そう言われては是非もない。
本当はもう少しレースの話をしたかった(少なくとも出場の意思を確認しておきたかった)が、後回しだ。
マウンテン・ティムと一緒に馬の世話に精を出す。
僕たちカウボーイにとって馬は半身に等しい。世話に手を抜くヤツは半人前以下だ。
集中してやらなければいけないし、無駄話なんてもってのほか。
だから、再びSBRが話題の上がったのは仕事が一段落して、木陰で休憩しているときだった。
「なあ、スニベル。お前、ここから見える景色をどう思う。」
唐突な問いかけに僕は首をひねる。
どう思うも何も、僕たちの前にはいつも通りの見慣れた平原が広がっているだけだった。
草、土、岩石、そして乾いた風。
所々に鉄条網で囲われた農園が点在し、其処此処で小鳥が鳴き交わしている。
「どうって、いつも通りの西部だね。」
マウンテン・ティムは肯いたが、その表情は僕の答えに不満足だと語っている。
「フロンティアはもうなくなった。西部にもどんどん人が増えている。毎年、農園は広がって、大陸横断鉄道なんてものまでできた。それは、間違いなくいいことだ。でも、」
「でも?」
「かつて無限に広がっていた草原は、いまや農園の鉄条網に切り裂かれて細切れだ。少しずつ、だが確実に牛の放牧はしづらくなっている。鉄道網がもっと発展すれば、それこそ牛を追って旅をする必要もなくなる。おそらく、
「そんな、まさか」
反射的に否定しかけたが、僕の言葉は尻切れトンボになった。
それは、僕自身がマウンテン・ティムの言葉を現実として感じていたからということもあったが、何より目の前の“伝説のカウボーイ”があまりにも静かな表情をしていたからだった。
そこにあったのは諦念や絶望ではなく覚悟だと、僕は思った。
押し黙った僕に向けて、マウンテン・ティムはニッと笑いかけた。
「いいじゃないか。スティール・ボール・ラン。タフなレースになるだろうし、間違いなく注目も集まる。それこそ、歴史に刻まれるくらいにな」
僕は肯く。強く。
「そうなんだよ。絶対、世界中が注目するレースになる。」
マウンテン・ティムの表情に不敵さが増した。
「ああ、優勝してやろうじゃないか。俺たちが時代遅れになる前に、時代に俺たちの名前を刻みつけてやろう。」
「もちろんさ。マウンテンティム。あなたなら、僕たちならそれが出来る!!」
思わず、拳を握って叫んでいた。「俺たち」と言ってくれたのがうれしかった。
マウンテン・ティムが微笑みながら掲げてくる右拳に僕も右拳をぶつける。
話は決まった。優勝は僕たちのものだ。
「ところで、スニベル。ちょっと気になることがあるんだがな。」
不敵な表情から一転、にやっと口角をつり上げてマウンテン・ティムが言う。
「なんだい。なんでも聞いてくれよ。」
「いや、大したことじゃないんだ。ただ、お前、レースの参加料は出せるのか?」
「え?」
冷や水をぶっかけられたみたいに僕は真っ青になった。
「昨日も酒とカードでずいぶん散財してたみたいじゃないか。いや、でも1200ドル位は蓄えてるか。」
「あ、当たり前だろ。ちゃんとあてはあるんだ。」
我ながらまったく自信はないが、なんとか言い切る。
声が震えているのは気のせいだろう。
マウンテン・ティムは今にも吹き出しそうな表情。
「そうか。なら安心だな。なに、まだ申込期限は先だし、万が一、お前が出場できなくても俺が1人で出るから心配はいらないぞ。」
言うだけ言って、颯爽と仕事へ戻っていく。
後には、必死に金策の術を考える僕だけが残された。
「ど、どうしよう」
全くもってシマらないが、こんな風にして僕たちはSBR出場を決めたのだった。