マウンテン・ティムに相棒がいてもいいじゃない 作:不知東西屋
9月25日9時30分。
SBRのスタートまであとほんの30分。
僕はスタート地点、アメリカ西海岸サンディエゴのビーチに描かれたスタートグリッドの中に立っていた。
つまり、参加費1200ドルはなんとかなったってことだ。
正直、かなりヤバかった。
直近のマウンテン・ティムの強盗犯逮捕劇を文章にしたものが新聞社に売れたおかげでなんとかなったのだ。
ほとんど趣味の域から脱していない文筆業(副業)もたまには役に立つ。
馬の体調も万全だし、装備の確認も何度もした。
間違いなく準備は万端だが、それでも油断する気持ちはこれっぽっちも浮かんでこない。
なにせ出場選手がすごすぎる。
英国の天才ディエゴ・ブランドー(Dio)やチンギスハンの末裔ドット・ハーンといった優勝候補はもちろん。無名の選手の中にも、いわゆる一流の凄みや得体の知れなさを感じさせるヤツがゴロゴロしているのだ。
これはマウンテン・ティムを間近で見てきたからこそ感じる、彼にも通じる強者の空気みたいなものだと思う。
特に気になるのは2日前、出場受付窓口の近くで見かけた“鉄球”の男。
銃を持ったチンピラを難なく制した不思議な技。
僕の直感は彼が間違いなく強力なライバルになると告げていた。
そんなことを考えている内に開会式が始まる。
南極の氷に埋め込まれた優勝トロフィー。
オーナー、スティーブン・スティール氏の挨拶。
そして、優勝候補たちの紹介と入場。
レースの後で道中の冒険譚を新聞社に売り込むつもりだから、こういうセレモニーも見逃せない。
なんせ、優勝者(マウンテン・ティム)を一番間近な特等席で見た記録。人気が出ること間違いなし。
開始前からレース後のことに思いをはせ、想像をたくましくしていた僕の隣のグリッドに、優勝候補の一角として遅れて入場してきたマウンテン・ティムが悠々と歩み寄ってきた。
優雅な足運びで彼の愛馬、ゴーストライダー・イン・ザ・スカイがグリッドに収まる。
「いよいよだな、スニベル。なんだ、緊張してるのか?」
ちょい、と肩を指さされ、僕は自分の肩にカチカチに力が入っていることに気がついた。
「そりゃね。周りを見てみなよ。手強そうな相手ばかりさ。」
「だからこそ、意味があるんだろう。待ってました、そう来なくっちゃってトコだな。さあ、馬に乗れよ。楽しい旅の始まりだぜ。」
ニッと笑う彼の表情に緊張がほぐれていくのが分かった。
あぶみに足をかけ、我が愛馬サンチョ・パンサにまたがる。(名前は少しアレだけど、いい馬さ。ゴーストライダーほどじゃないけどね。)
ほどよくリラックスし、ほどよく張り詰めたいい感触。
隣ではマウンテン・ティムがスタートに向けて集中力を高めている。
頼りにしてるぞという気持ちを込めてサンチョの首筋をなでてやると、返事をするように鼻が鳴らされた。
さあ、レースの始まりだ。
『「スティール・ボール・ラン」スタート時刻です!!』
アナウンスと同時に花火が上がり、即座に馬を発進させる。
スムーズで思い切りのいいとびだし。まずまずのスタートだ。
もちろん、マウンテン・ティムは僕以上のスタートを決めている。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
4000頭近い馬たちのいななきと蹄の音が地鳴りのように僕を包みこむ。
このSBR第1ステージは荒野の教会を目指す短距離レース。
ステージ優勝者へのタイムボーナス1時間と賞金1万ドルにみんなの目の色が変わっている。
僕たちも譲る気持ちはないが、短距離とは言えコース全長15000m。
みんな、勝負をかけるのはずっと先の地点だろう。と、考えていた矢先だった。
横一列だった馬列から、ドンッ!!と飛び出す影が1つ。
「あれは、鉄球の男!!」
特徴的な帽子にマント。風のように突っ走っていくのは間違いなく、2日前に目撃した鉄球の男だった。
『ゼッケンはB636!!ジャイロ・ツェペリと記録されています!!』
スタート直後だったおかげで、アナウンスの絶叫がなんとか耳に届く。
「ジャイロ・ツェペリか。どうする、マウンテン・ティム。追いかけるかい?」
隣に声をかける。
「慌てるなよ、スニベル。今、気を払うべきは先を行く強敵じゃない。周り中にいる並以下の連中だ。」
「え?」
まるでその言葉が合図だったかのように、馬列が激しく乱れた。
ジャイロの先行に動揺した連中が、狭い隙間を強引に突破しようとしたり、よれて蛇行したりしたのだ。
「おお、危ないッ!チクショウ!!」
右側からよろけて転倒してきた馬を回避する。
「その調子だ。落ち着いて対応すれば問題ない。気のたった雄牛をいなすのに比べればなんてことはないぞ。」
冷や汗かいてる僕とは対照的にマウンテン・ティムは全くもって冷静だった。
下手くそのヨロケや荒くれ者の体当たりをまるで元から分かっているかのように、スイスイとかわして走り抜けていく。
だが、一方でジャイロのペースも落ちない。相変わらずの先頭。
くわえて、ウルムド・アヴドゥルとDioも集団を抜け出して先行していく。
広がっていく差に比例して焦りが増していく。
(落ち着けよ、スニベル。こんな時は状況を整理して自分の手札を確認するんだ。)
自分に言い聞かせる。
仮にも“伝説のカウボーイ”の相棒を気取るなら、みっともなく慌てるようなことはあっちゃいけない。
(ジャイロの方はアブドゥルとDioが競りかけたおかげで気楽な一人旅じゃなくなった。ここから先はそう簡単に差は広がらないはずだ。なら、僕は僕たちの勝利のために何をするべきか。僕とサンチョにはこんなところから足を使って勝負できる力はない、だが)
「マウンテン・ティム。あなたはこのまま足を温存しておいてくれ」
思いつきをマウンテン・ティムに向かって口にする。
「何をする気だ?」
「僕が突っかけてジャイロたちにプレッシャーをかけてくる。少しでも無駄足と体力を使わせれば、その隙をあなたなら突けるはずだ。」
この提案にマウンテン・ティムは少し考えるそぶりを見せた。
「悪くないが、やめておこう。」
「どうしてさ。まだ序盤だけど、このまま行かせるのはまずいよ。決定的な差をつけられかねない。」
対するマウンテン・ティムの声には確信があった。
「…、これは勘だが。本当にのるかそるかの勝負所はもっと先だ。そして、その時こそお前の力が必要になる。こんな序盤で
殺し文句だ。大事な相棒と言われちゃ、従うしかない。
僕は口角をあげて了承の意を示す。
「わかった。それじゃあ、このまま息を潜めていこう。勝負所はまだ先だというあなたの言葉を信じてね。」
その言葉の通り、続く8000mを僕たちは静かに、辛抱強く走行した。
トップをひた走るジャイロの周辺ではウルムド・アヴドゥルのラクダがサボテンに突っ込んだうえに転倒したり、橋桁が砕け落ちたことでDioが致命的なロスを抱えたり、やけに陽気な黒人の男がどこからともなく合流したりしていたが、こっちにはほとんど関係ない。
せいぜい身の程知らずが体当たりを仕掛けてきたくらい。
僕もマウンテン・ティムも可能な限り脚を温存しながら、虎視眈々と勝負所を見極めようとしていた。
そんなさなか、再びレースが動いた。
動かしたのはまたしてもジャイロ・ツェペリ。
9000m地点。ゴールまで残すところ6000mの位置で、あろうことか大胆なショートカットに挑み、うっそうとした森へと一直線に突っ込んだのだ。
「あいつ、本気か。確かに成功すれば1000m近いショートカット。森を抜ければ残りは4000mだ。決定的なリードになるかもしれない。しかし、そんな一か八かをトップの選手が普通やるか?」
後に続くべきか、それとも通常ルートの安全策をとるべきか。
迷う僕にマウンテン・ティムが問いかけてくる。
「スニベル。お前はどう思う。あの男、ジャイロ・ツェペリはこのショートカットをやり遂げるか?」
分からない、が2日前に見た表情、凄み。
そして、ここまでのレース中に見せつけられた底知れぬ技術と精神力。
「おそらく、アイツは成功させる。それだけの意思と自負を感じた。」
マウンテン・ティムは肯いた。
「お前が言うなら、おそらくそうなる。だったら、俺たちの選ぶべき方向も決まりだ。なにせ勝ちに来たんだからな。」
迷いのない言葉に僕も肯く。
「ああ、行こう。勝つのは僕たちだ!!」
気勢をあげて森の中へ突入する。
前方には僕たちと同じ決断をした者たちが10頭ほど。
後ろにはもっとたくさんだ。
その中で特に目立つのは、鐙を使わずに脚を完全に折りたたんだ独特な騎乗姿勢をとっているバンダナの青年。
そして、やけに陽気な黒人の男だ。
どちらもかなりのペースで森の障害をクリアしていく。
騎手としてみれば明らかにバンダナの青年が上。
だが、恐ろしいのは黒人の男の方だ。
何が恐ろしいかと言えば、まったく訳が分からないのが恐ろしい。
勝算などない無謀な突撃にしか見えないのに、結果を見れば最高以上。
落馬したかと思えば、騎乗したままではくぐり抜けられない狭いスペースを高速で通過。
枝にぶつかったかと思えばその勢いで鞍のうえに舞い戻る。
まぐれなのか、計算なのかもわからない事態の連続で、気がつけばジャイロに迫る単独2位に躍り出ていた。
訳が分からないが、ただ一つ、強敵が1人増えたことだけは確かだった。
「本当にタフなレースだな。」
「だからこそ、勝利に価値がある。でしょ?」
同じことを考えていたらしいマウンテン・ティムの台詞にニヤリと返す。
最近まで、人の手が入っていたのだろう。
森は外から見るほどには荒れてはいない。
そして、西部の自然は僕たちカウボーイのよく知るところだ。
あの黒人の様な猛追は出来なくとも、先頭も未だ射程圏内に捉えている。
丁寧に木の枝や茂みをパスし、森の外へと脱出する。
視界がひらけ、農場跡へと向かう長い下り坂が目にとび込んでくる。
残りは4000m。
先頭のジャイロと黒人の男はざっと50馬身先。
正規のルートを選んだ1団は遙か後方を駆けている。
「やったぞ。ショートカット成功だ!!」
快哉を叫び、その勢いのまま下り坂へと突進。したいところだが、そうはいかない。
ここは我慢だ。
人間でも、一番脚に負担がかかるのは上り坂ではなく、下り坂。
なぜなら、直接体重を受け止めなければいけないからだ。
人より何倍も体重がある馬ならなおさら。
うかつにスピードを出せば瞬く間にダメージは積み重なり、ゴールすることなく馬は潰れるだろう。
中には気持ちを抑えきれずに突っかけるヤツもいるが、そんなヤツは案の定、あっという間に潰れていく。
だからこそ、参加者全員にじりじりとした神経質な空気が流れ始める。
しかし、そんな常識の通じない奴が1人。
「YO-!!YO-!!」
やたらと騒がしい声を上げながらとびだしたのは、森の中でも散々やらかした黒人の男。
下り坂なんか知ったこっちゃないとばかりに加速して1位に踊り出る。
「あいつ、どうかしてるぞ!?」
ぼやくような声が出た。
理性が男の行動を無謀と断じる一方で、冷や汗が頬を伝う。
そんなわけがないと考えながら、何かが起こることを予感してしまっている。
男の行動に釣られたうかつな奴らが次々と潰れて転倒していく。
下り坂で加速したものの当然の末路で、それは黒人の男も例外ではなかった。
これ以上ない大転倒。
「よし!」
思わず拳を握る。
わけの分からない非常識から解放された気がしたのもつかの間。
黒人の男はリタイアどころかさらに加速してコースに復帰した。
あろうことか、うち捨てられて干からびた牛の死骸に馬ごと乗って急斜面を滑走し始めたのだ。
「そんなのありかよ?!」
僕たちが必死に馬の消耗を減らそうとしているのを尻目に黒人の男は悠々と斜面を滑り降りていく。
(このまま、アイツに楽々と下り坂をクリアされるのはまずい!)
そう感じたのは僕だけじゃなかったらしい。
2位に転落していたジャイロが、コース左側の岩壁に向けて鉄球を投擲する。
うなりを上げて岩へと食い込む鉄球。
おそらく、岩石を砕き、コース上にばらまくことで黒人の男の滑走を止めようとしたのだろう。
しかし、その試みは予想外の第三者の乱入で防がれた。
鉄球が命中した岩の上から、インディアンの若者がコース上に現れたのだ。
インディアンが岩の上でバランスをとったために、岩の動きが遅くなり、黒人の男は危ういところでその脇を通過した。
それだけでも驚きの光景だが、インディアンの方は徒歩のままコース上を疾走し始める。
腰にはレース参加者であることを示すゼッケン。
「まさか、アイツも選手なのか!本当に、なんてレースだ。ジャイロに黒人の男にインディアン。次から次へと強敵が沸いてくる。」
驚き過ぎて感覚が麻痺してきたのか。
一周まわって冷静になった僕がそんな風にこぼすと、隣のマウンテン・ティムも口を開いた。
「ああ、同感だな。それに、後方にも油断できない奴が迫ってきているぞ。」
「え、後方?」
言われて、後方に向けた目が1人の騎手を見つける。
でたらめなバネを感じさせる細身の身体。狼の眼光。スマートな乗馬用ヘルメットを身につけたソイツ。
「Dio?あの大差を挽回してきたのか。」
僕が状況を正しく理解したことを見てとったマウンテン・ティムが言う。
「先頭との差は50馬身以上。Dioには10馬身まで詰められている。強力な先頭集団にこれ以上離されるわけにはいかないし、何をしてくるか分からないDioを近づけるのも危険だ。つまり、ここが勝負所だ。」
宣言するように告げられた言葉に喉が鳴った。
「ついにか。待ちかねたよ!」
「ああ、下り坂がおわったらすぐにだ。敵はどいつもこいつもただ者じゃない。だが、1人きりで闘っている。対して俺たちは2人。それが決め手になる。卑怯とは言わせない。カウボーイは元々チームで働くものだからな。」
「ああ、まかせてくれよ。」
うなずきあうと、マウンテン・ティムは一段集中力を引き上げた。
僕もそれに倣って集中力を研ぎ澄ます。
瞬く間に下り坂の終点が近づいてくる。
インディアンがふたたび岩山越えのショートカットへ挑みコース上から姿を消す。
残るコースは坂の直後の右カーブとその先のストレートのみ。
残り2000m。
その距離で、僕たちが50馬身先のトップをぶち抜く。
下り坂が終わる。
同時にメキシコからの強烈な向かい風、サンタアナが僕たちを迎え撃つように吹き付けてくる。
瞬間、僕の中で全てのピースがピタリと合い、自分の役割を完全に理解した。
「マウンテン・ティム、行くぞ!!」
「ああ!!」
気合いとともに馬の脇腹に蹴りを入れる。
僕の意を完全に汲んだ愛馬が猛然とスパートをかけ、その背後に影のようにピタリとマウンテン・ティムが追走する。
瞬く間に集団を抜け出し、単独4位。
他の出場者は反応できていない。
当然だ。ゴールまでまだ2000m。スパートをかけるには早すぎる位置。
タイミングも良かった。
ちょうどジャイロが黒人の男に仕掛けてトップに出た。
皆の注目がトップに集まった瞬間にマウンテン・ティム直伝の蹄の音のしない静かな走りで抜け出せた。
そして、抜け出してしまえば、今の僕のスピードについてこれるのは、風よけのポジションに収まっているマウンテン・ティムだけだ。
なぜなら、自分自身がゴールを駆け抜けることを考えていない僕のペースに真っ向付き合えば、確実にゴール前で一緒に潰れてしまう。
自分が勝たなければならない他の出場者には出来ないスパート。
だが、僕はそれでいい。
僕が勝たなくても、それは僕たちの勝利だからだ。
ジャイロと黒人の男を追い上げながら、マウンテン・ティムと右カーブを抜ける。
目にとびこんでくるのはゴールのカトリック教会とコース両脇で手を振る大観衆。
(いいぞ、勝利の舞台として最高だ!!)
自然と笑みが浮かんでいた。
残り1000m。
既にトップとの差は10馬身もない。
背後からラストスパートをかけた集団が土石流の様に迫ってくるのを感じる。
愛馬サンチョ・パンサの限界も近い。
だが、恐れはない。手綱も緩めない。
残り900m。
トップとの差、7馬身。サンチョの呼吸が乱れる。
あと少し、もう少し、限界まで。
残り800m。
トップとの差、5馬身。そこで限界が来た。
がくりと糸が切れるように馬の身体から力が消える。
「マウンテン・ティム!!」
叫ぶ。
よろけるサンチョ・パンサの横をゴーストライダー・イン・ザ・スカイが名前の通りとぶように駆け抜けていく。
「任せろ!!」
ヨロヨロとそれでも前へと進み続けるサンチョの横を後続が次々と抜いていく。
バンダナの青年。Dio。大集団。
僕の仕事は終わった。そして、マウンテン・ティムが「任せろ」と言った。
勝利を確信するには十分すぎる。
コースの端で馬からおりる。
ここからは引いていこう。
どうせ10分もかからない距離だ。
先頭集団にインディアンが乱入したのが見えた。
いよいよ最終局面らしい。
ここからは順位までは見えないが、まあ、楽しみは後にとっておけばいい。
僕は胸を張って歩き始めた。