晴風副長 宗谷ましろが負傷して帰還したその夜、パットン将軍率いる戦車部隊の配置が完了したことにより戻ることが出来た明乃達はましろが負傷したことに衝撃を受けていた
「シロちゃんが負傷!?命に別状は」
「命には問題ありません。医者の診断の結果、頭部に衝撃を受けての軽度の脳震盪らしいです。こっちに戻ってすぐに治療とレントゲン撮影を行って怪我の容態を確認してもらいましたので大丈夫だと思います。医者の診断結果も貰ってあります。一様を様子を見るために副長には病院船の方で入院してもらってます」
「それが妥当だろうな・・・このレントゲン写真を見る限り脳に影響は無さそうだ。これなら明日の朝には退院しても大丈夫だろう。レントゲン写真が無かったら流石に判断が難しかったが、横須賀の開放に成功して病院船の1隻が入港出来たのが良かった」
鏑木美波が、納沙幸子が受け取った診断結果に目を通し、ましろへの処置に納得する特にレントゲン写真があったのが良かった。一応本人への往診などすればある程度は分かるが、レントゲン写真並みに状態を把握できる経験は、まだ人生経験が浅い美波には無いだろう
身体的負傷については問題無かったが、精神的負傷についてはかなりの不安があった。なぜならましろにとって、気づかないうちに大切な存在の一人になっていた人が行方不明になったのだから・・・
「艦長、実はまだ言ってない事がありまして・・・」
明乃に報告していた納沙幸子が暗い表情で明乃に報告する。
その暗い表情が気になった明乃だが報告を聞いてその理由がわかった。
「副長が負傷した理由なんですけど、扶桑海軍から出された偵察部隊の偵察機の1機の操縦士を助けようとしたんですけど、ユニットの不具合で防御に失敗して被弾した偵察機の破片が頭部に当たってしまったんです・・・」
「偵察機に被弾!?その操縦士の人は」
「残念ですが、その時応戦してたネウロイの影響で、暴風と高波が発生していて副長を助けるのがやっとだったそうです・・・操縦士の方は作戦行動中行方不明ということでMIA扱いになりました。その操縦士の人なんですけど・・・私達もよく知る人で・・・」
「私達が知っている操縦士と言うとまさか・・・」
話を聞いていた野間マチコが納沙幸子が言っていた操縦士の正体に気付く
他の人もその人物に気が付く、晴風の乗員が知る人物で操縦士の名前まで知っているのはかつてましろに告白した緋田飛鳥、ただ一人である
「はい・・・副長に告白した緋田飛鳥さんです・・・」
「よりによってか・・・・最低でも今日は副長を一人にしておくしかないだろな、私達でケアが出来るとは思えん・・・精神的トラウマを抱えなければいいが、望みは薄いだろうな」
晴風の衛生長 鏑木美波が今後の方針を語る。精神的ショックを和らげるため今日は副長を一人にしておく方がいい、成人すらしてない小娘がケア出来る問題ではないからだ。全然意味が無いということは無いだろうが、恐らく副長にとって緋田飛鳥の存在は副長自身が思っている以上の存在であっただろう、副長が自分をごまかしていることは晴風の乗員の何名かは薄々感づいていた。
「やっぱり、そうだよねぇ・・・私もなんて言葉掛ければいいか全然分からないし」
「うぃ~・・・」
「宗谷さん、大丈夫よね!?きっと立ち直るわよね」
「それはきっと私達には分かりませんわ、己自身で答えを見つけて、立ち向かう覚悟を得られるかどうかは副長次第ですわ」
「私達に出来るのは祈るだけさ・・・」
「そう・・・じゃな、ワシらがなんと言ってもそれは建前とかに過ぎん・・・」
「副長、本当はきっと泣きたいくらい悲しいはずだもんね」
「うん・・・シロちゃんならきっと私達に心配掛けないようにするだろうから、今日くらいは思いっきり泣けるように一人にしてあげようか、明日以降は皆でシロちゃんをフォローしてあげようか、大切な人がいなくなっちゃうのは誰だってきっと悲しいだろうから」
今日一日、宗谷ましろは様子見の入院ということで一端晴風を離れた。それはただの治療だけでなく、心から今にも溢れるであろう悲しみを吐き出させるための時間としての要素が強かったが、ましろ自身はその感情を外には出していなかった。病院船の部屋の窓から瓦礫の山となってしまったが開放に成功した横須賀の風景をベットの上で見ていた時、一人の来客がましろの元へ訪れたのだ。その来客とは501のミーナ中佐だった
「夜分にごめんなさいね、今日中に貴方の様子を確認しておきたくてね」
「ミーナ中佐・・・わざわざすいません、こんな大事な時期に負傷するなんて」
「もう・・・そんなことは気にしないでいいのよ、貴方が無事に帰ってきてくれたのだから」
「ありがとうございます。明日の午前中には退院できるそうです」
「そう・・・宗谷さん貴方扶桑の偵察部隊の事は聞いたかしら」
ミーナ中佐はましろに気まずそうに聞く、扶桑の偵察部隊というのは勿論、緋田飛鳥の事である。ミーナ中佐に聞かれてましろは一瞬表情を歪めたがすぐに平然を装ってミーナ中佐の質問に答える
「聞きました・・・私があの時守るのを失敗しなければ助けることが出来たかもしれないのに・・・艦長もこの守れなかった悔しさを味わっても前に進むことを選んだので私もそうしようと誓いました・・・空の彼方へ行ってしまったあの人もきっとそう言うと思うので・・・」
ましろはミーナ中佐の方を向いてそう答えるが、ミーナ中佐はましろが話している所々で自分に掛けていた布団を強く握りしめていたところを見逃さなかった。ミーナ中佐は何も言わず、ましろのすぐ隣においてあった椅子に腰かけた。
「少し私の昔話に付き合って貰っていいかしら」
「昔話ですか?」
「えぇ、私って本当は音楽の道に進もうと思っていたのよ、前にちょっと話したけど」
「はい・・・覚えてます。ネウロイとの戦争が始まって確か軍に志願したんですよね」
「えぇ、それで私が軍に入ったことで兄の様に慕っていた隣家の青年のクルトっていう人も軍に志願してくれたの・・・」
「えっ、ミーナ中佐にそんな人がいたんですか」
ミーナのまさかの過去にましろが驚く、ウィッチの恋愛を禁止していたからそう言う話は無いと思っていたからだ
「えぇ、でも随分前に空へと旅立ったわ・・・」
「えっ・・・」
「戦況が悪化してダイナモ作戦が発動されたのだけれども、クルトがいた部隊は撤退が間に合わなくてね・・・ブリタニアで会う約束も果たされなかったわ・・・」
「ミーナ中佐もそんな経験が、もしかしてウィッチの恋愛を禁止にしたのって」
「貴方の予想通りよ、撤退に失敗したと知ったときは凄く悲しかったわ、でも他の人も大事な人を無くして悲しんでいたから人々の希望でもあるウィッチが勝手に泣くことは許されないと思ってしまってね、他の兵士がいる前では涙を隠して任務を行ったわ、一人になれたときにこっそり泣いて悲しみを吐き出したわ、大切な人を失った悲しみは胸の内に仕舞い続けるのは心を壊すだけだもの・・・」
ミーナ中佐はそう言うとましろを優しく抱きしめ頭を撫でた。
突然のことにましろはビックリするがミーナ中佐に掛けられた言葉で感情が溢れ出した
「ここに来る前に確認してきたのだけどこの部屋の両隣の部屋には患者はいないし、医者の休憩室からも離れているわ・・・女の子一人が泣いても誰も気づかないわ、無理に我慢する必要は無いのよ、ウィッチである前に少女でもあるのだから」
「あっ、あ・・・あぁ、うわぁぁぁぁん」
ミーナ中佐のその言葉で内に秘めていた感情が溢れ出す まるで幼い子供の様に泣きじゃくるましろをミーナは優しく抱きしめ悲しみを吐き出させる
「わたっ、私!守れなかったぁ、私の事、好きって言ってくれた人守れなかったぁぁぁ、私が守らなきゃいけなかったのに、うわぁぁぁぁぁ、あっ、あぁぁぁ」
ミーナ中佐とましろの二人しかいない病室で少女の鳴き声だけが響き渡る
悲しみを吐き出し、次へ進めるかはミーナにも分からない、だが自分と同じように大切な人を失った少女に付き添って悲しみを共有するのは間違いでは無いと思っている
きっと悲しみを乗り越えて次へ進むだろうと・・・
30分近く泣きじゃくったましろは疲れたのか、ミーナ中佐にお礼を言うとゆっくりと目を閉じ眠りに入った。
「ミーナ中佐ありがとうございました。気が楽になりまし・・・たぁぁ・・・」
「お休みなさい、宗谷さん、きっとあなたなら乗り越えられるわ、だって私の教え子と言っても過言ではないのだから・・・」
ミーナ中佐は眠ったましろの頭をなで微笑むのであった。それはまるで母親や姉のような微笑みであった。
翌日
ましろが再び医師の検診を受け問題が無いことを確認するとましろは予定通り午前中に退院出来た。今日の午後には横須賀で停泊中の艦艇すべてが首都東京の開放のため待機する海上へ出航する。ましろも準備のため晴風へと急ぎ乗り込む。晴風では艦長を始めとした皆がましろの帰還を待っていた。
「艦長、宗谷ましろ、ただ今を持ちまして職務に復帰します」
「うん、お帰りシロちゃん」
お帰りー 怪我大丈夫だった? 朝食食べた?
明乃の言葉を筆頭にクラスメイト達から言葉がかけられるが誰も緋田飛鳥のことについては触れない、きっと事前に話さないと決めていたのだろう・・・
ましろがクラスメイトの質問に答えていくと、書記の納沙幸子がやってきた。
その手には1つの封筒が握られていた。
「副長、こんな時に渡すのはどうかと思ったんですけど、空母天城の乗員から副長に手紙が届いています」
「天城から・・・か」
ましろは天城から手紙と聞いて十中八九、緋田飛鳥関連だと察した。納沙幸子はこれを今渡すか悩んだようだがましろにとっては良かった。ミーナ中佐のお陰で多少心にゆとりが出来たのだ。ましろはそれを受け取るとすぐに読み始め、笑みをこぼしたあと一筋の涙を流した。すぐに涙をふきその手紙を自分の懐に仕舞った
「納沙さん、ありがとう今渡してくれて」
「いえ、どういたしまして、でも大丈夫でしたか?さっき涙が・・・」
「大丈夫だ。これは嬉し涙だからな」
ましろが涙をふき納沙幸子が渡して大丈夫だったか聞き、ましろが問題無いと答えた直後電信員の八木鶫から連絡が入った
「艦長!先行していたホワイトドルフィン特務潜水艦より緊急入電!速度は遅いですが大型ネウロイが無数の子機を引き連れ東京湾に出ました。ウィッチの発進と予定を早めての全艦出航命令が降りました」
「艦長、行きましょう!最後の決戦前の下準備です」
「うん!マーメイドウィッチーズ、全機発進!艦隊が待機海上に着く前に終わらせよう」
『了解!』
最終決戦の準備のためウィッチは飛び立つ、精神状態が不安だったましろだが今はそのような心配は要らないだろう。手紙に何が書いてあったかは分からないが恐らくそれがましろの不安を打ち消したのかもしれない その真実を知るのはもう少し先になるだろう
そろそろ最終決戦に入れるかなぁ