闘神演義   作:不知東西屋

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第2回:女丑が東天の都で羿と会うこと

 気が付いた時、女丑は草原の端、街道と思しき整備された道の上に立っていた。

 

 青々とした草と色とりどりの花をかき分けるように伸びる道の先には、石の壁に囲まれた街が見える。

 

 現在地も己の状況にも確信はなかったが、ともかくの手がかりを求めて歩き出した。

 

 歩をすすめ、近づくほどに磨き上げられた壁は高さを増していくようだった。

 しかし、それ以上に女丑を驚かせたのは街の入り口を守る門番。

 

 何と、二本の角と四本の腕を持つ鬼神であった。

 身の丈一丈あまり。筋骨隆々、顔つきも厳めしく、口元には鋭い牙が並んでいる。

 

 迂闊(うかつ)なことをすれば頭から丸かじりにされそうであったが、もとよりこの街よりほかに行く当てもない。

 たっぷり半刻ほどの逡巡の後、女丑は勇を振るって声をかけた。

 

「お、お勤め中に申し訳ありません。ここは東方の天帝・帝俊陛下のおわす東天の都でよろしいでしょうか。」

 

 これに対して鬼神は厳つい顔に似合わぬ気さくな様子で応じた。

「左様。こここそが東方において天地の運航を司る東天の都。お主、見かけぬ顔だが一体どのような用向きだね。」

 

 期待通りの答えに女丑は躍り上がるような気持になった。

 

 そうであればよい。と考えていた通り、どうやら本当に昇天したらしい。

 ならば、この機会を逃す手はない。なんとか地上の危機を天帝陛下に訴えたい。

 

 相手が思いのほか親切そうなのもあって、質問にも素直に答えた。

「私は女丑と申す者ですが、この度は帝俊陛下に奏上させていただきたき議がありまして、こうしてまかり越した次第にございます。」

 

 フム、と思案顔で肯く鬼神。

「天帝陛下の宮殿は街中どこからでもみえるから迷う心配はいらないが、しかしなぁ。お主、誰ぞ神仙の紹介状を持っておるかね。」

 

 その様子に不安をあおられたのか。女丑の表情が曇る。

「紹介状?いえ、何も持ってはおりませんが」

 

 女丑の返答を聞くと、鬼神は悩ましげな様子で顎に手をやった。

 もとより、面倒見が良くお人好しな性格なのであろう。

「う~む。紹介状がないと順番待ちだが、そうなるといつになるかわからんぞ。1月や2月ならいい方で半年以上待つこともざらにあると聞く。」

 

 これは完全に悪い知らせだった。

 何せ地上では毎日毎日いくつもの村が消えている。

 悠長に順番待ちなどしていたら、地上の人間は1人残らず死に絶えてしまうだろう。

 

 女丑は真っ青になった。

「そ、そんな、でも私、ここには来たばかりで。とても紹介状など」

 

 門番もまるで自分の事のように頭を悩ませている。

「どうやら、余程の用件のようじゃな。なんとか力になってやりたいが、ワシもしがない門番にすぎんし、そんな大層なコネなど持ってはおらぬのでな。」

 

 世も末とばかりの顔色をなくした少女といかつい顔一面に苦悩を貼り付けた門番の姿は否が応にも目を引く。

 

 通行人がチラチラと視線をよこして通り過ぎていく中で、二人に声をかけるものがあった。

 

「東天の都の玄関たる門前で何をそんなに辛気臭い顔をしているんだい。」

 

 女丑と門番が顔をあげてみれば、1人の男が質素だが造りのしっかりした衣をまとい笑顔を浮かべていた。

 鬼神に比べれば小柄だが、おおよそ人並み以上の堂々とした体躯。

 顔は童顔といってよい造りだが、眼だけは鷹のように鋭い光を放っていた。

 巫女である女丑は気づかなかったが、見る者が見れば、衣の下に鍛え抜かれた鋼のごとき肉体が隠れていることに気が付いただろう。

 

 男の言葉に反応したのは女丑ではなく、門番の鬼神の方だった。

 うやうやしく頭をさげてかしこまる。

「これは羿(ゲイ)様。無事のお帰り何よりにございます。」

 

 羿と呼ばれた男は鷹揚な顔で肯いた。

 鬼神の態度から、若く見えても相当な貴人と思われたが、偉ぶったところは感じられない。

 

 いかにも気楽な様子で手にした包みを鬼神に差し出しながら、口を開く。

巴鬼(ハキ)殿こそ、いつもお役目御苦労。これは土産だ。皆で分けてくれ。それで、妙な顔をしていたがどうかしたのか。」

 どうやら包みの中身は差し入れの菓子か何からしい。

 

「いつも心遣いありがとうございます。」

 鬼神は二本の腕で受け取ると丁重に礼を言うと、続けて事情の説明をする。

 

「お恥ずかしいところを見られてしまいましたが、実はこの娘が天帝陛下に奏上したいことがあるのに、残念ながら紹介状の類を持ち合わせていないとのこと。火急の用で順番待ちの間がないとのことで、どうしたものかと頭を悩ませておった次第で。」

 

 この台詞に男は少し考える表情になった。

「なるほどな。こうしてあったのも何かの縁。場合によっては力になれるかもしれない。良ければ何を奏上したいか教えてくれないか。」

 

 溺れる者は藁をもつかむ。地獄に仏の気持ちの女丑に否も応もない。

 いきおい込んで羿と門番・巴鬼に地上の窮状を訴えた。

 

 巴鬼は聞き上手なうえに同情的で、何度も大きく相槌を打つ。

 羿の方はといえば、要所でいくつか質問をした以外は腕を組んで静かに聞いていた。

 

「なんと、そんなことがなぁ」

 話を聞き終えた鬼神が長々と嘆息する。

 

 羿も応じるように口を開く。

「しばらく、都を離れていたが、その間にまさかそれほどの事態が地上で起こっていたとはな。」

 

 フム、と力強く肯いて腕をほどいた羿は女丑の目をまっすぐに見据えて言った。

「女丑と言ったか。お前の赤心、確かに聞いた。この羿が力を貸してやろう。」

 

 この言葉に喜んだのは状況のよくわかっていない女丑よりも、むしろ巴鬼の方だった。

「おお、良かったのう。羿様の力添えがあれば百人力。まさに大船に乗ったようなものじゃ。」

 

 既に問題が解決したような口ぶりで言われ、女丑も心強くなる。

 

 一方で羿はさばさばとした調子だ。

「それじゃあ、善は急げだ。早速宮殿に行くとしよう。はぐれないように着いて来いよ。」

 言いながら、脇に置いてあった荷物を担ぎ上げて歩き出す。

 

「え?」

 思わず、女丑の口から驚きの声が出た。

 

 驚いたのは荷物の大きさだ。

 大人10人が手を広げて、やっと周りを囲めるほどの大きな箱。

 

 それを長い棒の端に括りつけ、軽々と肩に担ぐ羿に女丑は今日何度目かの仰天をした。

 

 羿が近づいてきたときは、巴鬼と考え事に忙しく。

 また、あまりに軽々と静かに運ばれてきたので気づかず。

 近くに置かれた後はあまりに大きくて荷物と認識していなかったのだ。

 

 思わず足を止めてしまった少女に対し、羿は足を止めずに声をかける。

「早くしないと置いていくぞ。」

 

 早く行った方がいいと、手を振って見送ってくれる巴鬼に頭をさげてから、女丑は羿の後を追った。

 

 とはいえ、遠目から見てもハッキリわかる巨大な荷物。

 はぐれる心配など皆無だった。

 

 一刻ほど、迷いのない足取りの男について歩いただろうか。

 女丑は荘厳な宮殿の前にたどり着いた。

 

 遠目からも周囲とは一線を画す大邸宅だったが、どうやらここが天帝の住まう宮殿で間違いないらしい。

 

 周りを囲む濃い色の塀。その中央に大きな門があった。

 門は二重になっているらしく。奥の門は締め切られ、手前の門だけが開かれている。

 

 そこから長蛇の列がずらりと伸びていた。

 行列の先は通りの角まで伸びており、その先は見通せない。

 

「もしかして、あの行列は謁見の順番待ちですか?」

 尋ねると羿は同情するように眉根を寄せて答えてくれた。

 

「その通り。アレは帝俊陛下への謁見の申し込みの行列だ。なんの伝手もないものはああして1日かけてやっと、順番待ちの一番後ろに名前を載せられる。そこからさらに何ヶ月も待たされるわけだ。」

 申し込みをするためだけで1日仕事とは。

 

 唖然とする女丑。

 羿はそんな少女の驚きに微笑をもらしながら、行列を素通りして奥の門へと歩いていく。

 

 表側の門の脇には行列の人々のための受付口があったが、奥の門には衛兵が二人、脇を固めるようにして立っていた。

 

 物々しい様子に女丑が挙動不審になる。

 それを見とがめたのか、衛兵が警戒心のこもった視線を投げかけてくる。

 

 女丑の背中を冷たい汗が流れたが、羿が笑顔で衛兵をとりなした。

「そう心配しないでくれ。コイツは女丑、俺の連れさ。」

 

 その一言で衛兵の態度が明らかに変わる。

「ハッ、失礼しました。今、先ぶれを出しますのでしばしお待ちください。」

 言うや否や、衛兵の一人が通用口をくぐって駆け出していく。

 

 宮殿内に羿の来訪を告げに走ったものと思われた。

 貴人だろうと思ってはいたが、どうやら想像以上らしい。

 

「羿さんって一体、何者なんですか?」

 我慢できずに質問すると、羿は答えの代わりに笑い声をあげた。

 

「すぐに分かるさ。それよりも、帝俊陛下に何と申し上げるか今のうちからよく考えておけよ。」

「え、帝俊陛下に?それってどういう」

 

 女丑はさらに問い詰めようとしたが、それは締め切られていた奥の門が音もなく開かれたことで遮られた。

 

 門をくぐり、宮殿の前庭に進む。

 広がる光景に少女の口から感嘆が漏れた。

 

 燦々と降りそそぐ陽光の中、五色の花をつけた木々が枝を伸ばし、その足元を流れる小川では優美なひれをした魚が玉のように輝いている。

 せせらぎにあわせるようにして、どこからともなく妙なる調べすら響いて来ていた。

 

「わあ、スゴイっ」

 年相応に無邪気な声をあげ、2歩、3歩と駆け寄る。

 

 よくよく見れば五色の花と思われたのは大小さまざま、色とりどりの鳥たち。

 辺りに響く楽の音は彼らのさえずりであった。

 

 鳥たちは天上天下から集められ、いずれも声も姿も非の打ちどころのない。

 鳴き交わし、飛び交う小鳥たちによって風景も楽の音もつねに彩りを変え、見る者を飽きさせることがない。

 

 東天の都に名高い百鳥の庭園であった。

 

 見惚れ、聞き惚れ、危うく当初の目的を失念しかけた女丑だったが、羿の声に現実に引き戻される。

 

「お~い、何やってんだ。はやく来な。」

 見れば、すでに庭の端、宮殿の建物の入り口でニヤニヤと笑っている。

 

 あわてて駆け寄ると羿は家令と思しき壮年の男となにやら相談を終えたところらしかった。

 脇に置かれた羿の荷物を宮殿の使用人が8人がかりで持っていく。

 

 どうやら巨大な荷物とはここでお別れ。

 ようやく身軽になったとばかりに羿が軽く肩を回している。

 

「それでは、ご案内させていただきます」

 そう言って家令が先に立ち、羿が続く。

 

 壮麗極まりない宮殿だが、羿は全く気負う所もなくスタスタと歩いて行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~」

 

 女丑は自分の足が廊下の敷物を汚してしまうのではないかと心配しながら、心持ち爪先立ちになって足を踏み入れた。

 

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