闘神演義   作:不知東西屋

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第3回:女丑が東方の天帝に奏上を行うこと

(!?)

 

 我に返った時、女丑はすでに謁見の間で頭をたれていた。

 隣では羿が同じように跪いている。

 

 顔を伏せているため、天帝の姿を直接見ることは出来ない。

 しかし、目の前、ほんの十間ほどの距離に東方の天帝たる帝俊陛下が腰かけているはずだった。

 

(え、え?ちょっと、ちょっと待って)

 

 完全にテンパっている女丑だった。

 

 とは言っても、いきなりここに連れてこられたわけではない。

 半刻ほどは控えの間で待たされたし、他にも心を落ち着ける時間はあった。

 

 そもそも、少女は天帝陛下に奏上を行うためにここへと来たのではなかったか。

 しかし、それは人ごとだから言える外野の意見だ。

 

 奏上、と言っても直接の面会など想定していなかった。

 近習の何某に取り次いでもらえれば重畳だと考えていたのである。

 

 女丑は呪力こそあり、名も高かったが、本来的にはそれほど高い身分でない。

 はっきり言ってド田舎のイモねえちゃん。

 そんな彼女にとっては宮殿に存在する全てがプレッシャーのもとだった。

 

 生まれてこの方、見たことも聞いたこともないような荘厳な宮殿に心の準備なしで通され。

 落ち着きを取り戻すための控室でさえ、己が何百年働いても買うことは不可能であろう天界産の茶器でもてなされるのである。

 

 落ち着くとか、落ち着かないとかの次元の話ではなかったのだ。

 

(う、吐き気がする。)

 

 緊張のあまり、胃液がせりあがるが、必死に平静を装う。

 そんな彼女の内心を置き去りにして、謁見は進行していた。

 

 今は、羿が直答を許され、なにやら命じられていた仕事の首尾を報告しているらしかった。

 

「この度は猪婆竜の捕獲御苦労だった。いずれも良型ぞろい。丸々と肥えておるうえに、最近なかったほどの大猟。ほめてつかわす。」

「ありがたきお言葉、恐悦至極」

 天帝より送られた賛辞に羿が深々と頭を垂れる。

 

 ちなみに猪婆竜とは今で言うワニを太らせたような形をしていて、腹の皮が太鼓の材料として一級品であるばかりでなく、楽の音にあわせて自ら腹太鼓を打ち鳴らすおもしろ生物である。

 

 羿の謙虚な態度に、天帝は東方の統治者としてふさわしい悠々とした仕草で肯く。

 

「他の者なら得意満面に手柄を吹聴するであろう成果だが、お主には物足りないようだな。流石は羿よ。褒美を取らせたいが、なにか望みがあるか。」

 

 対する羿はあくまで控えめな態度を崩さない。

「お言葉のみでも過分でございますが、もしよろしければ後ろに控えし女丑の話をお聞き願いたく。」

 

 その言葉に、天帝は初めてその存在に気が付いたとでも言うように女丑に目を向けた。

 無論、帝俊とて女丑の存在には気が付いていた。

 どのような者かも先んじて報告を受けている。

 

 しかし、それはそれ。宮廷というか、支配者の行動には色々とお約束が付きまとうのだ。

「フム。他ならぬ羿の頼みとあらば是非もない。その方、直答を許すゆえ、面をあげよ。いかなる用で参ったのか。」

 

 指名を受け、女丑は顔をあげる。

 玉座にゆったりと腰かける天帝。

 帝俊の、穏やかな表情の中にも神々しい威容がにじみ出す佇まいに圧倒される。

 

 緊張のあまり、体が震えそうになる。

 それをこらえるべく手を握りしめ、女丑は自分を叱咤する。

 

 思い出すのは地上の惨状。背負っているのは自分の運命だけでないことを再確認する。

「ご威光に一片の陰りなく、高徳の比類なき天帝陛下。本日はぜひともお耳に入れていただきたいことがあり、非礼を承知の上でまかり越しました、」

 

 何とか一息にそこまで言えば、わずかに緊張もほどけてくる。

 後は、思いが自然と言葉になって現れた。

 

 しばしの後、少女が奏上を終えると天帝は重々しい表情になっていた。

 眉間には深い皺は刻まれている。

「お主の訴えはまことにもっともだ。ただちに策を講じよう。」

 

「あ、ありがとうございます」

 反射的に礼を口にしていた。遅れて言葉の意味が理解される。

 

 まさか、これほど上手くいくとは。

 驚きながら、女丑は平伏し、さらに感謝の言葉を述べる。

 

 天帝は少女の言葉にうなずくと、今度は羿に向き直った。

「羿よ、お前のことだ。このまま他人に始末を任せるつもりはないのだろう?」

 

 水を向けられた羿が胸を張って応じる。

「無論でございます。一部始終の面倒を見る積りがなくば、このような場まで女丑を連れては参りません。」

 

 この言葉に、天帝は我が意を得たりと肯いた。

「それでこそだ。なれば、汝に命じよう。女丑とともに地上へくだり、狼藉を働いている太陽を懲罰せしめよ。」

 

 ()()、の部分に力をこめて天命が発せられる。

 

 既に平伏している女丑にならう様に羿も頭をさげる。

「ありがたき幸せ。見事、大命を果たして御覧に入れます。」

 

 天帝が命じ、羿が請け負った。

 それで話が終ったかに見えたが、横から声をかけてくる者があった。

 

「お待ちください。恐れながら申し上げますが、これなる女丑は地上では既に死んだ身。いかに天命をおびてのこととはいえ、このまま降下させるのはいささか障りがあるかと。」

 

 声の主は帝俊の脇に控えた副官・理秤(リショウ)であった。

 万事に置いて帝俊を補佐する以心伝心の腹心である。

 

 帝俊もその台詞の意味をすぐに察っする。

「ふむ、確かに。女丑が焼身によって昇天したと明らかになれば、我も我もといたずらにその身を炎へ投ずるものが現れるやもしれん。となれば、女丑にあってはなにか正体を隠せるような工夫が必要だな。」

 

 わずかの間考えて、天帝は即決した。

「よし、女丑は何か禽獣の類にでも化生させてやれ。何人たりとも女丑と分からんようにな。」

 

「かしこまりました。では、早速。」

 言うが早いか。理秤は両の手のひらを重ねて筒のようにすると、それを口元にあてて女丑に向けて息を吹きかけた。

 続いて、呪文を唱える。

『心のままに、駆けよ。翔けよ。』

 

 すると、まだ呪文を言い終わらぬうちから女丑の身体が縮み始めた。

 一方で、耳はとがり伸び始める。

 

「え⁉」

 女丑が驚きの声をあげ、慌てふためくが変化は止まらない。

 見る見るうちに体は小さくなり、そして綿毛のような白い毛に覆われた。

 

「……うさぎ、ですな。」

 羿が確認するようにつぶやいた。

 

「白うさぎですね。」

 無感動に肯定したのは理秤だ。

 

「え、え、私、うさぎになってるんですか。」

 本人が一番状況を理解していなかった。

 床に落ちた衣の中からなんとか這い出したのはいいものの、周囲に鏡がなく、自分の姿を見ることができない。

 

 そのせいで、ただただオロオロとしていた。

 長い耳が主人の動揺にあわせてピョコピョコと揺れている。

 

「よしよし、これで問題なく地上へ向かえるだろう」

 些細なことは気にしないとばかりに、天帝が満足げに肯く。

 

「女丑どの。人の身に戻るときには『縮耳消尾』、うさぎに化生するときには『伸耳生尾』と唱えるようにしてください。くれぐれも、地上では人前で人の身をさらさぬようにしてください。」

 ついでのような調子で理秤が重要情報を告げてくる。

 

 あたふた、困惑しきりの女丑は元に戻りたい一心。とっさに呪文を唱えてしまう。

「え?しゅ『縮耳消尾』」

 

 さて、賢明なる読者諸兄であればご記憶の事とは思われるが、先ほど副官の不意打ちによってうさぎへ変じた女丑は自身の衣に埋もれる形になり、悪戦苦闘の末にそこから這い出した。

 

 現状は、いわば衣の上に腰を下ろしている状況である。

 

 つまり、毛皮に覆われているゆえに意識から外れているが、女丑は現在一糸まとわぬ裸なのであった。

 その少女が人の身に戻るための呪文を口にするとどうなるか。

 

「「あ」」

 

 帝俊と羿が状況を理解して声をあげる。

 

 1人、冷静かつ迅速なのが理秤だった。

 女丑が呪文を半分口にした時には懐から懐紙を一枚取り出し、宙へと放っている。

 

『伸び、延びて。疾く覆うべし。』

 呪文に応じて大きく広がった懐紙が人へと戻ろうとする少女の姿を覆い隠す。

 惜し……、危ういところであった。

 

「あ、ありがとうございます。」

 人間の姿に戻り、自身の恰好を把握した女丑が副官に礼を言う。

 彼女は今、紙製の円錐型テントの中にいるような形であった。

 

「礼など不要です。こちらも説明不足で術をかけてしまい申し訳ありません。」

 澄ました顔で応じる理秤。

 

「素早い術の展開。冷静な判断。流石だな。」

「もったいなきお言葉。」

 帝俊の賛辞にもクールに応対している。

 

「…本当に、流石ですな。」

 どこかとりつくろうような羿の台詞にはテント越しに女丑が応じた。

「なんで、ちょっと残念そうなんですか。」

 

 おそらく少女はジト目になっているだろう。

 紙製テントのために見えないが。

 

 ほどなく、衣服を整えた女丑がおずおずと出てきたのだが、その姿に一同は少々戸惑った。

 

「ん?耳がうさぎのままだぞ。」

「いや、それが、ここだけ元に戻らなくて。元々、こういうものかと思ったのですが、違うんですか?」

 羿が声をあげると、女丑も「あれ?」とばかりに首を傾げる。

 

 その頭上には長い耳がぴょんととび出している。可愛い。

 

 出来る副官はこの場においても取り乱しはしなかった。

「まあ、そう言うこともあります。耳は良くなるでしょうし、問題はないでしょう。」

 シレっと断言。

 

 静かだが確かな自信に裏打ちされた姿。

 それは羿と女丑に心中の疑問を飲み込ませるには十分な圧力を放っていた。

 

「まあまあ、ともかくこれで地上へ行くには障りない。二人とも気を付けていくのだぞ。」

 そして、天帝陛下はどこまでもおおらかに言い放つ。

 

「あっ、ハイ…」

 力なく返答したのは羿か女丑か。恐らく両方である。

 

 ともかくこれで二人の地上行は決定し、女丑は史上初のウサミミ巫女となったのだった。

 

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